説明

炭素繊維およびその製造方法

【課題】本発明は電気二重層キャパシタの電極剤、放熱材料、樹脂補強材として好適に使用できる炭素繊維およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 下記(a)〜(d)の工程よりなる炭素繊維の製造方法。
(a)メソフェーズピッチからメルトブロー法により炭素繊維前駆体を得る紡糸工程、
(b)前工程(a)で得られた炭素繊維前駆体を不融化して不融化炭素繊維前駆体を得る不融化工程、
(c)前工程(b)で得られた不融化炭素繊維前駆体を20〜5000ppmの酸化性ガスを含む不活性ガス雰囲気下、500〜1000℃で5〜120分焼成して炭素繊維を得る焼成工程、ついで
(d)前工程(c)で得られた炭素繊維を粉砕する粉砕工程

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電気二重層キャパシタの電極剤、放熱材料、樹脂補強材として好適に使用できる炭素繊維およびその製造方法に関する。更に詳しくは、メルトブロー法によって製造した炭素繊維であって、電気二重層キャパシタの電極剤、放熱材料、樹脂補強材として好適に使用できる炭素繊維を提供することにある。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話やPCの急速な発展に伴って高速化されたCPUや電子回路のジュール熱による発熱問題が取り上げられている。これらを解決するために、熱を効率的に処理する、いわゆるサーマルマネジメントの必要性が問われている。
【0003】
熱伝導性の優れた物質として、例えば酸化アルミニウム、窒化ホウ素、窒化アルミニウム、酸化マグネシウム、酸化亜鉛、炭化ケイ素、石英、水酸化アルミニウムなどの金属酸化物、金属窒化物、金属炭化物、金属水酸化物などが知られている。しかし、金属材料系の充填材は比重が高く複合材としたときに重量が大きくなる或いは、強度劣化が起こる等の問題を内在していた。これを解決する方法として、炭素系材料であるカーボンブラックを用いる方法が提案されている。しかしながら、添加量の増加に伴い、粉落ちが生じるなどの問題があった。
【0004】
これら問題を解決する手段として、炭素繊維を用いる方法が提案されている。炭素繊維は金属材料系の充填材に比べて、同体積における複合材の重量を軽くできるだけでなく、強度が向上するといった特徴を有する。また、カーボンブラックに比べて、繊維特有のアンカー効果により粉落ちしにくいといった長所も有している。炭素繊維の放熱特性は、その黒鉛化性に大きく影響している。そのため一般にPAN系炭素繊維よりも、高い黒鉛化性を達成できるピッチ系炭素繊維、特にメソフェーズピッチを原料にした炭素繊維が用いられている。
【0005】
ピッチ系炭素繊維を充填剤として用いる場合、0.01〜5mm程度の適度な大きさに炭素繊維を粉砕する必要があるが、メルトブローで製造された炭素繊維は不織布の形態を要しており、均一な粉砕物を得るのが難しい。また、通常メソフェーズピッチを原料とした炭素繊維は、繊維軸方向の優れた配向性のために、粉砕時に繊維軸方向に繊維が裂けたような状態になるといった問題があった。
【0006】
上記を解決するための方法として、賦活により炭素繊維に均一な空孔を形成させておき、繊維が避けたような状態に粉砕されるよりは、空孔を基点とする粉砕が起こりやすいように、炭素繊維表面に欠陥を作成しておく方法が考えられる。
【0007】
メソフェーズピッチを原料とする炭素繊維に空孔を形成する方法としては、水酸化カリウム、水酸化ナトリウムなどの薬品を用いる、いわゆる薬品賦活が一般的である。しかし、この方法は、賦活により金属カリウムや金属ナトリウム等が生成し、その金属をクエンチする工程が煩雑となること、原料の炭素繊維に対して2〜5倍重量の薬品を用いるため、その中和処理に多大の費用が掛かることなど、多くの問題を有していた。(例えば、特許文献1、2,3,4を参照)。
【0008】
上記を解決するために、炭素繊維をガスで賦活する方法がある。しかし、メソフェーズピッチは、その高い結晶性のためにガス賦活が困難であった。これを解決する方法として、ピッチとラジカル重合性モノマーを混合しラジカル重合した炭素材料前駆体を炭素繊維の原料に用いる方法(特許文献5)があるが、この方法では未反応のラジカル重合性モノマーを除去する操作が煩雑になるなどの問題があった。また、別法として、不融化繊維を500〜700℃、0.01〜30%の酸素ガス雰囲気中で20〜300秒の予備炭化処理する方法が報告されている(特許文献6)。この方法は、炭素繊維を高温の酸化性ガスに短時間接触させることで、不融化繊維の不融化を促進させる方法である。しかしながら、この方法では、次工程の炭化処理において炭素繊維同士の融着が起こるといった問題があった。このため、炭素繊維を粉砕した際に、繊維形状を維持した粉砕が出来ないなどの問題があった。
【0009】
上記に述べたごとく、メソフェーズピッチを原料とする炭素繊維はその優れた配向性のために、粉砕時に繊維軸方向に繊維が裂けたような状態になる。上記を解決するために、賦活で炭素繊維に均一な空孔を形成しておき、その空孔を基点に粉砕する方法が考えられる。メソフェーズピッチ由来の炭素繊維表面に空孔を形成させる方法としては、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムのような薬剤を用いる方法が一般的である。しかし、この方法は賦活により金属カリウムや金属ナトリウム等が生成し、その金属をクエンチする工程が煩雑となること、原料の炭素繊維に対して2〜5倍重量の薬品を用いるため、その中和処理に多大の費用が掛かるなど、多くの問題を有していた。このため、酸化性ガスによる賦活が望まれているが、工業的に利用される水蒸気や炭酸ガスでは、メソフェーズピッチの高い結晶性のために、炭素繊維表面に径を制御した空孔を作成することが困難であること、炭化の際に炭素繊維同士が融着を引き起こすといった問題があった。
【0010】
【特許文献1】特開2004−107121号公報
【特許文献2】特開2004−18292号公報
【特許文献3】特開2000−128518号公報
【特許文献4】特開平11−293527号公報
【特許文献5】特開2004−143190号公報
【特許文献6】特開平4−119125号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は繊維軸方向に繊維が裂けることなく、また繊維同士に融着のない炭素繊維の粉砕物を得る方法を提供することを目的とする。また本発明は電気二重層キャパシタの電極剤、放熱材料、樹脂補強材として好適に使用できる均一な炭素繊維の粉砕物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために、メソフェーズピッチを原料とする炭素繊維の表面に径を制御した空孔を作成する方法について鋭意検討したところ、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、下記(a)〜(d)の工程よりなる炭素繊維の製造方法、および当該製造方法から得られる炭素繊維である。
(a)メソフェーズピッチからメルトブロー法により炭素繊維前駆体を得る紡糸工程、
(b)前工程(a)で得られた炭素繊維前駆体を不融化して不融化炭素繊維前駆体を得る不融化工程、
(c)前工程(b)で得られた不融化炭素繊維前駆体を20〜5000ppmの酸化性ガスを含む不活性ガス雰囲気下、500〜1000℃で5〜120分焼成して炭素繊維を得る焼成工程、ついで
(d)前工程(c)で得られた炭素繊維を粉砕する粉砕工程
【発明の効果】
【0014】
本発明により繊維軸方向に繊維が裂けることなく、繊維同士に融着のない炭素繊維の粉砕物を好適に得ることができる。このようにして得られた炭素繊維は、電気二重層キャパシタの電極剤、放熱材料、樹脂補強材として好適に使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の炭素繊維は、(a)メソフェーズピッチからメルトブロー法により炭素繊維前駆体を得る紡糸工程、
(b)前工程(a)で得られた炭素繊維前駆体を不融化して不融化炭素繊維前駆体を得る不融化工程、
(c)前工程(b)で得られた不融化炭素繊維前駆体を20〜5000ppmの酸化性ガスを含む不活性ガス雰囲気下、500〜1000℃で5〜120分焼成して炭素繊維を得る焼成工程、ついで
(d)前工程(c)で得られた炭素繊維を粉砕する粉砕工程を経ることで製造される。
【0016】
以下に、(a)〜(d)の工程について順に詳述する。
[(a)紡糸工程]
本工程ではメソフェーズピッチを用いて、メルトブロー法により炭素繊維前駆体を製造する。本発明の炭素繊維製造に用いる、メソフェーズピッチとしてはナフタレン、アントラセンやフェナントレンといった縮合多環炭化水素化合物、石油系ピッチや石炭系ピッチといった縮合複素環化合物等が挙げることができる。その中でもナフタレンやフェナントレンといった縮合多環炭化水素化合物が特に好ましい。メソフェーズピッチの軟化点は230〜350℃の範囲にあることが好ましい。メソフェーズピッチの軟化点が230℃未満であると、炭素繊維前駆体を不融化する際に多大の時間を要し、生産性の低下を引き起こすため好ましくない。一方、350℃を越えると、メソフェーズピッチから炭素繊維前駆体をメルトブロー法で製造する工程において、メソフェーズピッチの溶融粘度が非常に高くなるため、紡糸性の著しい低下を引き起こすため好ましくない。メソフェーズピッチの軟化点のより好ましい範囲は260〜330℃である。本発明のメソフェーズピッチは、そのメソフェーズ率が90〜100%であることが好ましい。メソフェーズ率が90%未満であると、紡糸性の著しい低下を引き起こすため好ましくない。メソフェーズ率のより好ましい範囲は95〜100%である。なお、メソフェーズピッチのメソフェーズ率は偏向顕微鏡の光学異方性相の面積から確認することができる。
【0017】
この際、キャピラリー内の溶融粘度が0.1〜30.0Pa・s、キャピラリー内の流速が0.05〜5.0m/sの範囲であることが好ましい。キャピラリー内の溶融粘度が0.1Pa・s未満であると、キャピラリーから出糸されたメソフェーズピッチが表面張力により球形となり、粉状物となるため好ましくない。一方、キャピラリー内の溶融粘度が30.0Pa・sを超えると、炭素繊維の断面構造が強いラジアル構造となり、焼成工程にて炭素繊維にクラックを生じさせることがある。その結果、最終的に得られる炭素繊維の品質を低下させるだけでなく、機械強度の低下を引き起こすため好ましくない。キャピラリー内の溶融粘度のより好ましい範囲は0.2〜20.0Pa・sである。本発明では、キャピラリー内の流速も、炭素繊維を製造するための重要な要因となる。すなわち、キャピラリー内の流速が0.05m/s未満であると、キャピラリーから出糸されたピッチが表面張力により球形となり、粉状物となるため好ましくない。一方、5.0m/sを越えると、メソフェーズピッチから炭素繊維前駆体を良好に製造することができるが、その断面構造が強いラジアル構造となるため、上記で記載したような問題を発生するため好ましくない。キャピラリー内の流速のより好ましい範囲は、0.07〜3.0m/sの範囲である。
【0018】
キャピラリー形状については特に制約はされるものではないが、キャピラリー空孔の長さとキャピラリー径の比(長さ/径)が20よりも小さいものが好ましく用いられ、更に好ましくは10以下のものが用いられる。
【0019】
紡糸時のノズルの温度についても特に制約はないが、安定した紡糸状態が継続できる温度として、ピッチの軟化点にもよるが、おおよそ250〜400℃の範囲にあることが好ましく、300〜360℃の範囲にあることが特に好ましい。キャピラリー空孔から出糸されたメソフェーズピッチは、250〜400℃に加温された毎分100〜10000mのガスを細化点近傍で吹き付けられ、繊維化され、炭素繊維前駆体となる。吹き付けるガスは空気、窒素、アルゴン等を用いることができるが、コストパフォーマンスの点から空気が特に望ましい。炭素繊維前駆体は金網ベルト上に捕集され、連続的な不織布の形態として巻き取ることが出来る。
【0020】
[(b)不融化工程]
本工程では、上記で得た炭素繊維前駆体を酸化性ガス雰囲気下で不融化して、不融化炭素繊維前駆体を製造する。炭素繊維前駆体の不融化処理は、炭素化もしくは黒鉛化された炭素繊維を得るために必要な工程であり、この工程を実施せず次工程である焼成工程に移ると、炭素繊維前駆体が熱分解したり、溶融して融着したりするなどの問題を生じる。使用するガス成分としては、酸化性のガスであれば特に制限はないが、例えば空気、酸素、ハロゲンガス、二酸化窒素、オゾン、水蒸気、二酸化炭素などを採択することができる。これらの中でも、コストパフォーマンスと低温で速やかに不融化させうるという点から空気および/またはハロゲンガスを含む混合ガスである事が好ましい。ハロゲンガスとしてはフッ素、ヨウ素、臭素などを取り上げることが出来るが、これらの中でもヨウ素が特に好ましい。ガス気流下での不融化の具体的な方法としては、温度150〜400℃、好ましくは180〜350℃で、1時間以下、好ましくは0.5時間以下で所望のガス雰囲気中で処理する事が好ましい。なお、ここで言う酸化性ガスとは、酸素原子を含有した化合物あるいは電子アクセプターとなる化合物を指す。上記不融化により炭素繊維前駆体の軟化点は著しく上昇し、不融化炭素繊維前駆体となるが、所望の炭素繊維を得るという目的から、不融化炭素繊維前駆体の軟化点が400℃以上となる事が好ましく、500℃以上である事がさらに好ましい。
【0021】
[(c)焼成工程]
本工程では、上記で得た不融化炭素繊維前駆体を20〜5000ppmの酸化性ガスを含む不活性ガス雰囲気下、500〜1000℃で5〜120分間焼成して炭素繊維を製造する。焼成工程で使用する酸化性ガスとしては、酸化性のガスであれば特に制限はないが、例えば空気、酸素、ハロゲンガス、二酸化窒素、オゾン、水蒸気、二酸化炭素などを採択することができるが、この中でも特に酸素を用いるのが好ましい。また、これら酸化性のガスを含む混合ガスであってもなんら問題はない。なお、ここで言う酸化性ガスとは、酸素原子を含有した化合物あるいは電子アクセプターとなる化合物を指す。不活性ガス雰囲気下の酸化性ガスの濃度としては、20〜5000ppmの範囲である。ガス濃度が20ppm未満であると、炭素繊維の表面に目的とする径の空孔を形成することが出来ず、得られた炭素繊維を粉砕した際に、繊維軸方向に繊維が避けたような状態となり好ましくない。一方、5000ppmを越えると、本工程において炭素繊維が焼失してしまうことがあり、好ましくない。不活性ガス雰囲気下の酸化性ガスの濃度としては、30〜2500ppmの範囲が好ましく、30〜1000ppmの範囲が更に好ましい。
【0022】
本発明で使用する不活性ガスとしては、窒素、アルゴン、クリプトン等のガスを採択することができるが、これらの中でもコストの観点から窒素ガスを用いるのが好ましい。不融化炭素繊維前駆体を酸化性ガスを含む不活性ガス雰囲気下で処理する温度としては、500〜1000℃である。処理温度が500℃未満であると、不融化炭素繊維前駆体の十分な結晶化が促進されず、次工程の粉砕工程で繊維形状を維持した粉砕が困難となるため好ましくない。一方、1000℃を越える温度であると、逆に炭素繊維の結晶化が促進され、炭素繊維の表面に目的とする径の空孔を形成することが出来ないだけでなく、粉砕工程で繊維軸方向に繊維が裂けたような状態となり、均一な粉砕物を製造することができないため好ましくない。処理温度の好ましい範囲としては、600〜900℃である。
【0023】
焼成処理の時間としては5〜120分である。焼成処理の時間が5分未満であると、炭素繊維の表面に目的とする径の空孔を形成することが出来ないため好ましくない。一方、120分を超えると、本工程において炭素繊維が焼失してしまうことがあり、好ましくない。焼成処理の時間のより好ましい範囲は10〜80分、更には30〜60分が好ましい。
【0024】
[(d)粉砕工程]
本工程では、上記で得た炭素繊維を粉砕する。前工程(c)で得られた炭素繊維は、メルトブロー法で製造したものであることから、不織布の形態として得ることができるので、本工程ではこの不織布を粉砕する。不織布の粉砕方法としては、特に限定されるものではないが、乾式法では例えばボールミルを用いたボールミル粉砕方法、粉砕室に送られた原料が衝撃爪(ピン)と蓋に取り付けられた爪状のステータ(固定盤)との回転の結果、衝撃、せん断作用により微粉化する方法(インパクトミル)せん断粉砕方法、ハンマー式粉砕方法、ロッドミル方法、圧縮空気で粉体の相互衝突、相互摩擦により粉砕を行う方法(ジェットミル)、衝突粉砕方法、摩擦粉砕方法、遠心粉砕方法などを例示することができる。一方、湿式法としては、例えば水またはN−メチルピロリドン、ジメチルアセトアミドなどの有機溶剤中でジルコニアボールなどと一緒に仕込み、衝突・せん断などにより粉砕する方法などを例示することができる。
【0025】
本発明方法において粉砕に供する炭素繊維は、窒素吸着から求めたBET比表面積(S)(m/g)と77Kの窒素吸着等温線のBJH解析から求めた脱離側の比表面積(S)(m/g)が、下記式(1)及び(2)を同時に満足し、かつ平均繊維径が1〜20μm、平均繊維径に対する繊維径の分散値の百分率として求められるCV値が、3〜20%の範囲にある炭素繊維であることが好ましい。
30 < S <1200 (1)
0.5 < S/S <0.9 (2)
【0026】
窒素吸着から求めたBET比表面積(S)が30(m/g)以下であると、炭素繊維を粉砕する際に、紡糸により形成された炭素繊維の断面構造を反映して、繊維軸方向に繊維が裂けたような状態となり好ましくない。一方、1200(m/g)以上であると、繊維表面に無数に形成された空孔が繊維の粉砕性アップに過剰に働き、結果として粉砕により繊維形状を維持することができなくなり、無定形の粉が無数に発生するためいずれも好ましくない。粉砕性をアップさせ、かつ粉を発生させずに繊維形状を維持するための、窒素吸着から求めたBET比表面積(S)のより好ましい範囲は30 < S <700(m/g)である。
【0027】
また、本発明方法において粉砕工程に供する炭素繊維は、上記(1)のBET比表面積(S)(m/g)と77Kの窒素吸着等温線のBJH解析から求めた脱離側の比表面積(S)(m/g)の比(S/S)が、0.5 < S/S <0.9 の範囲にあることが好ましい。この範囲から逸脱すると、炭素繊維の粉砕により繊維形状を維持した粉砕が困難となるため好ましくない。ここで、Sは77Kの窒素吸着から求めたBET比表面積を、Sは77Kの窒素吸着等温線のBJH解析から求めた窒素脱離量から求めた比表面積を示すが、吸着したものが全て脱離した場合、S/S値は1.0となる。S/S値が1.0未満であることは、炭素繊維に吸着した窒素の一部が、非常に強い物理吸着のために、脱離できないことを意味している。空孔の径が非常に小さくなった場合、例えば1nm未満の空孔では、窒素分子は空孔の両壁から強い相互作用を受け、結果として非常に強い物理吸着を示すことになる。すなわち、S/S値が1.0未満とは、窒素分子と強い物理吸着を有するような、非常に小さな細空孔があることを意味している。なぜ、S/S値が、0.5 < S/S <0.9 の範囲から逸脱すると、炭素繊維の粉砕により繊維形状を維持した粉砕が困難になるのか良く分かっていないが、S/S値が空孔のサイズに依存することから、均質な粉砕物を得るための適度な空孔径があると推測される。
【0028】
/S値が0.5以下であると1nm未満の細空孔が優位に形成されるのに対し、0.9以上では2nmを超えるメソポアまたは50nmを超えるマクロポアが支配的となる。従って、空孔を基点とした均質性の高い粉砕を行うには、1〜2nm程度の空孔径を選択的に製造することが好ましいと推測される。本発明では、1〜2nm程度の空孔径を選択的に製造することにより、粉砕により繊維が繊維軸方向に裂けたような状態を避け、均質性の高い、すなわち平均繊維径に対する繊維径の分散値の百分率として求められるCV値がが3〜20%の範囲にある粉砕を可能とする。炭素繊維の粉砕により適したS/S値の範囲は0.7< S/S <0.85である。本工程により平均繊維長0.01〜2mmの炭素繊維を好ましく得ることができる。
【0029】
[黒鉛化]
本発明では、さらに上述の粉砕物を2500〜3500℃で黒鉛化しても良い。通常2000℃を超える炭素繊維の焼成は黒鉛化と呼ばれ、窒素ガス等は電離を起こしてしまうため、アルゴン、クリプトンといった不活性ガスを使用する。炭素繊維の熱伝導率を高くするためには、2500〜3500℃で黒鉛化処理することが好ましく、さらには2800〜3200℃で処理するのが特に好ましい。
【0030】
[炭素繊維]
上述の工程により平均繊維径1〜20μmの炭素繊維を得ることができる。平均繊維径が1μm未満であると、メルトブロー法で炭素繊維前駆体を製造する際、不織布の形状を保持できなくなり、ハンドリングの低下を招くことがあり好ましくない。一方、20μmを越えると、不融化工程での不融化ムラが大きくなり部分的に融着が起こることがある。その結果、炭素繊維の品質、さらには最終的に得られる炭素繊維の品質を低下させることがあるため好ましくない。平均繊維径のより好ましい範囲は3〜18μm、さらに好ましくは5〜15μmである。
【0031】
上述の工程により糸径の平均値に対する糸径の分散値の百分率として求められるCV値は、3〜20%の炭素繊維を得ることができる。CV値が20%を超えると不融化工程でトラブルを起こしやすい平均繊維径20μmを超える炭素繊維前駆体が増え、生産性の観点から望ましくない。また、CV値が3%未満であると樹脂への高充填が困難となり好ましくない。より望ましくは3〜17%である。
【0032】
上述の工程により引っ張り弾性率が100〜1000GPa,引っ張り強度が1〜10GPa、伸度が0.1〜2%の炭素繊維を得ることができる。引っ張り弾性率、引っ張り強度および伸度が上記範囲から逸脱すると、樹脂に混ぜたときの補強効果が著しく低減するだけでなく、放熱特性の低下も引き起こすため好ましくない。引っ張り弾性率、引っ張り強度および伸度のより好ましい範囲としては、引っ張り弾性率で500〜1000GPa、引っ張り強度が3〜10GPa、伸度が0.1〜1.5%である。
【0033】
本発明の方法により、炭素繊維を粉砕する際に、繊維軸方向に繊維が裂けたような状態を避けることが出来、電気二重層キャパシタの電極剤、放熱材料、樹脂補強材として好適に使用できるバランスの取れた炭素繊維を提供できる。
【0034】
本発明の炭素繊維は放熱材料として好適に使用される。熱伝導は主としてフォノンによって担われており、欠陥のない強い結合で結ばれていることが必要となる。炭素繊維の場合、黒鉛を形成する結晶において、結晶の厚み方向よりはむしろ六角網面の成長方向に熱が伝導することが知られている。このため、六角網面の成長方向に由来する結晶子サイズが大きな役割を果たすことになる。六角網面の成長方向に由来する結晶子サイズは公知の方法によって求めることができ、X線回折法にて得られる炭素結晶の(110)面からの回折線によって求めることができる。本発明の炭素繊維は六角網面の成長方向に由来する結晶子サイズ(La)が5nm以上であることが望ましく、より望ましくは10nm、さらに望ましくは20nm以上である。
【実施例】
【0035】
以下に本発明の実施例を述べる。尚、以下に記載される内容により本発明が限定されるものではない。
メソフェーズピッチのメソフェーズ率は、窒素雰囲気下で加熱できるステージを有する偏向顕微鏡を用い、光学異方性相の面積分率から見積もった。炭素繊維の比表面積は、NOVA1200(ユアサイオニックス製)で評価した窒素吸着量から求めた。また、77Kの窒素吸着等温線は同装置を用いてデータを採取し、同装置に付随した解析プログラム(Autosorb Ver.1.0.7)のBJH解析から、脱離側の比表面積を見積もった。炭素繊維の平均繊維径ならびに粉砕状態は、走査型電子顕微鏡S−2400(株式会社日立製作所製)で観察で確認した。炭素繊維の結晶子サイズは、X線回折に現れる(110)面からの反射を測定し、学振法にて求めた。
【0036】
[実施例1]
メトラートレド(株)製の軟化点測定装置(FP−90)を用い、1℃/分の昇温速度でメソフェーズピッチを評価したところ、軟化点は285℃であった。このメソフェーズピッチを窒素雰囲気下320℃に過熱し、偏向顕微鏡観察したところ、メソフェーズ率100%であった。上記メソフェーズピッチを333℃において、直径0.2mmφ、長さ2mmのキャピラリーからなる口金を用い、キャピラリー内流速0.21m/s(せん断速度:8413s−1)で送液し、かつキャピラリー横のスリットから毎分5500mで338℃の空気を吹き付けて、平均直径13μmの炭素繊維前駆体からなる不織布を作成した。
【0037】
得られた炭素繊維前駆体からなる不織布を、180℃から300℃の温度勾配を持つ空気雰囲気の連続不融化炉に連続的に導入した。昇温速度は6℃/分であり、不融化時間は20分であった。この操作により、不融化炭素繊維前駆体からなる不織布を得た。得られた不融化炭素繊維前駆体からなる不織布を炭化炉へ送給した。本実施例において、炭化炉内部は、予備加熱室と焼成室の大きく2つのゾーンから構成されており、それぞれの部屋は仕切り板で独立しており、雰囲気を変えることが可能な設備となっている。予備加熱室を150℃の窒素雰囲気(酸素濃度18ppm)、加熱室を530ppmの酸素ガスを含む800℃の窒素ガス雰囲気に設定し、予備加熱室の通過時間2分、加熱室の通過時間を40分に設定し、不織布を炭化炉へ送給することで、炭素繊維からなる不織布を得た。この炭素繊維の窒素吸着から求めたBET比表面積(S)は720m/gであった。また、77Kの窒素吸着等温線のBJH解析から求めた脱離側の比表面積(S)(m/g)は630m/gであり、S/S値は0.875であった。また、炭素繊維の平均繊維径は11μm、平均繊維径に対する繊維径の分散値の百分率として求められるCV値が12.8%であった。この炭素繊維からなる不織布をセイシン企業(株)製のA−Oジェットミルを用いて粉砕した。粉砕物の顕微鏡観察の結果、繊維軸方向に繊維が裂けたような形状および繊維同士の融着物は認められなかった(図1参照)。また、平均繊維径に対する繊維径の分散値の百分率として求められるCV値が13.5%であった。この粉砕物をアルゴンガス雰囲気下で室温から4時間掛けて3000℃に焼成した。得られた黒鉛化繊維の平均繊維径は9μm、平均繊維径に対する繊維径の分散値の百分率として求められるCV値が14%、平均繊維長は78μmであった。また、学振法で評価したLcは0.3361(nm)、Laは87(nm)であった。
【0038】
[実施例2]
実施例1で得られた不融化炭素繊維前駆体からなる不織布を、55ppmの酸素ガスを含む窒素ガス雰囲気下、800℃で30分焼成して炭素繊維からなる不織布を得た。この炭素繊維の窒素吸着から求めたBET比表面積(S)は23m/gであった。また、77Kの窒素吸着等温線のBJH解析から求めた脱離側の比表面積(S)(m/g)は18m/gであり、S/S値は0.78であった。また、炭素繊維の平均繊維径は11μm、平均繊維径に対する繊維径の分散値の百分率として求められるCV値が12.8%であった。この炭素繊維からなる不織布をセイシン企業(株)製のA−Oジェットミルを用いて粉砕した。粉砕物の顕微鏡観察の結果、繊維軸方向に繊維が裂けたような形状および繊維同士の融着物は認められなかった。また、平均繊維径に対する繊維径の分散値の百分率として求められるCV値が14.2%であった。この粉砕物をアルゴンガス雰囲気下で室温から4時間掛けて3000℃に焼成した。得られた黒鉛化繊維の平均繊維径は9μm、平均繊維径に対する繊維径の分散値の百分率として求められるCV値が16.2%、平均繊維長は75μmであった。また、学振法で評価したLcは0.3362(nm)、Laは78(nm)であった。
【0039】
[比較例1]
実施例1で得られた不融化炭素繊維前駆体からなる不織布を、予備加熱室が体積分率で5%の酸素ガスを含む500℃の窒素ガス雰囲気、加熱室を11ppmの酸素ガスを含む800℃の窒素ガス雰囲気とし、予備加熱室の通過時間2分、加熱室の通過時間を40分に設定し、不織布を炭化炉へ送給することで、炭素繊維からなる不織布を得た。この炭素繊維の窒素吸着から求めたBET比表面積(S)は6m/gであった。また、炭素繊維の平均繊維径は11μm、平均繊維径に対する繊維径の分散値の百分率として求められるCV値が12.8%であった。この炭素繊維からなる不織布をセイシン企業(株)製のA−Oジェットミルを用いて粉砕した。粉砕物の顕微鏡観察の結果、繊維軸方向に繊維が裂けたような形状、および融着によって繊維径が著しく太くなっている、あるいは繊維束のようになっているものが観察された(図2参照)。また、平均繊維径に対する繊維径の分散値の百分率として求められるCV値が26.2%であった。この粉砕物をアルゴンガス雰囲気下で室温から4時間掛けて3000℃に焼成した。得られた黒鉛化繊維の平均繊維径は6.1μm、平均繊維径に対する繊維径の分散値の百分率として求められるCV値が27.2%、平均繊維長は59μmであった。
【0040】
[比較例2]
実施例1で得られた不融化炭素繊維前駆体からなる不織布を小型の雰囲気炉に仕込み、窒素雰囲気(酸素濃度5ppm)下、室温から800℃まで30分で昇温し、同温度で60分焼成することで炭素繊維からなる不織布を得た。この炭素繊維の窒素吸着から求めたBET比表面積(S)は2m/gであった。また、炭素繊維の平均繊維径は11μm、平均繊維径に対する繊維径の分散値の百分率として求められるCV値が12.8%であった。この炭素繊維からなる不織布をセイシン企業(株)製のA−Oジェットミルを用いて粉砕した。粉砕物の顕微鏡観察の結果、繊維軸方向に繊維が裂けたような形状が認められた。また、平均繊維径に対する繊維径の分散値の百分率として求められるCV値が25.2%であった。この粉砕物をアルゴンガス雰囲気下で室温から4時間掛けて3000℃に焼成した。得られた黒鉛化繊維の平均繊維径は6.1μm、平均繊維径に対する繊維径の分散値の百分率として求められるCV値が25.6%、平均繊維長は67μmであった。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】実施例1で得られた炭素繊維の走査型電子顕微鏡写真図である。
【図2】比較例1で得られた炭素繊維の走査型電子顕微鏡写真図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)〜(d)の工程よりなる炭素繊維の製造方法。
(a)メソフェーズピッチからメルトブロー法により炭素繊維前駆体を得る紡糸工程、
(b)前工程(a)で得られた炭素繊維前駆体を不融化して不融化炭素繊維前駆体を得る不融化工程、
(c)前工程(b)で得られた不融化炭素繊維前駆体を20〜5000ppmの酸化性ガスを含む不活性ガス雰囲気下、500〜1000℃で5〜120分焼成して炭素繊維を得る焼成工程、ついで
(d)前工程(c)で得られた炭素繊維を粉砕する粉砕工程
【請求項2】
焼成工程の不活性ガス雰囲気中の酸化性ガスの濃度が30〜1000ppmである請求項1記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項3】
メソフェーズピッチのメソフェーズ率が90〜100%である請求項1または2に記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項4】
酸化性ガスに酸素を用いる、請求項1〜3のいずれかに記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項5】
粉砕工程に供する炭素繊維が、窒素吸着から求めたBET比表面積(S)(m/g)と77Kの窒素吸着等温線のBJH解析から求めた脱離側の比表面積(S)(m/g)が、下記式(1)及び(2)を同時に満足する請求項1〜4のいずれかに記載の炭素繊維の製造方法。
30 < S <1200 (1)
0.5 < S/S <0.9 (2)
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかの方法で得られる平均繊維径が1〜20μm、平均繊維径に対する繊維径の分散値の百分率として求められるCV値が3〜20%の範囲にある炭素繊維。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法で得られた炭素繊維を2500〜3500℃で黒鉛化する黒鉛化繊維の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−191391(P2009−191391A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−31923(P2008−31923)
【出願日】平成20年2月13日(2008.2.13)
【出願人】(000003001)帝人株式会社 (1,209)
【Fターム(参考)】