説明

炭素繊維用アクリル系前駆体繊維束の製造方法

【課題】炭素繊維用アクリル系前駆体繊維束を製造するにあたり、巻取装置直前に設置した速度制御駆動ローラーから巻取装置間のエリアにおいて、収束性を維持し、巻取装置入りローラーでの単繊維糸切れ、ローラー巻き付きなどの工程トラブルや巻取装置でアクリル系前駆体繊維束を巻取る時のパッケージ端面からの単繊維の糸落ちや単繊維弛みの発生を極小化できる炭素繊維用アクリル系前駆体繊維束の製造方法を提供する。
【解決手段】湿式紡糸法または乾湿式紡糸法により、アクリル系前駆体繊維束を紡糸し、延伸して巻き取るに際して、巻取装置直前の駆動ローラーから巻取装置間のエリアを、絶対湿度が12〜25g/m3の範囲の雰囲気領域に設定し、この雰囲気領域にアクリル系前駆体繊維束を走行させた後に巻取ることを特徴とする炭素繊維用アクリル系前駆体繊維束の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として炭素繊維用前駆体繊維などに使用されるアクリル系前駆体繊維束の製造方法に関するものであり、さらに詳しくは、走行しているアクリル系前駆体繊維束の収束性を維持させることで、巻取り装置入側に設置したローラーでの単繊維糸切れ、ローラー巻き付きなどの工程トラブルやアクリル系前駆体繊維束を巻取り装置で巻取る際にパッケージ端面からの単繊維糸落ちや単繊維弛みの発生を極小化できる炭素繊維用アクリル系前駆体繊維束の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維用前駆体繊維束などのアクリル系前駆体繊維束は、アクリル系重合体を有機、または無機の溶媒に溶解させたものを凝固浴中で凝固して紡糸するか、または一旦空気中に吐出して凝固浴で紡糸し、その後に、水洗して浴中延伸するか、または浴中延伸して水洗する。その後、繊維束に油剤を付与し、乾燥緻密化して、スチーム延伸して製造することが多い。ここで、油剤成分としてはシリコーン系が汎用で高強度炭素繊維製品が得られるため用いられることが多い。しかし、アクリル系前駆体繊維束は静電気を起こしやすい上に、さらに、ローラー通過時の剥離で生じる静電気により糸さばけが発生し、ローラー上に単繊維が貼り付き、ローラー巻き付きが起こることや、巻取装置でのアクリル系前駆体繊維束を巻取り時にトラバースガイドから単繊維がはずれて単繊維切れやパッケージ端面から単繊維が浮遊したり、弛みなどによって生産性や製品の品質品位が低下する問題があった。さらには炭素繊維用アクリル系前駆体繊維束の場合、甚だしい場合は炭素繊維の強度低下を引き起こす結果となっていた。
【0003】
また、工場内の給排気バランスや作業環境換気を行う方法として、大気を加温もしくは冷却して工場内に供給するのが一般的である。そのため空気が乾燥する冬場は特に上記問題が顕在化していた。
【0004】
このような問題を解決するために、繊維束に収束性を付与することが行われている。この収束性付与手段として、従来から油剤処理、交絡(繊維束を構成する単繊維同士を該繊維束内で絡み合せること)処理、または加撚処理を単独で、あるいはこれらの処理を組み合わせて収束性を付与することなどが提案されている。
【0005】
例えば、繊維束に収束性を付与する手段として、溝付きガイドを通過させることや気体交絡処理を行うことが提案されている(特許文献1参照)。しかし、本特許文献1のような細繊度の湿式紡糸繊維束は、溝付きガイドを通過させることにより大部分の単繊維については収束性をもたすことはできるが、一部の単繊維は依然ガイド外れを発生させたり、ガイドとの擦過により単繊維切れが発生することが起こっている。また、気体交絡処理については、交絡処理部分は収束性を維持しているが、巻取装置でのパッケージ巻取中帯電による糸さばけが発生しているため、収束性の効果が十分得られていない。さらには原糸交絡度が高くなることで炭素繊維用アクリル系前駆体繊維束の場合は、焼成工程で焼け斑を引き起こし、糸切れや品位低下を引き起こしていた。
【0006】
特に巻取装置直前に設置した速度制御駆動ローラーから巻取装置まで走行しているアクリル系前駆体繊維束、または巻取時のアクリル系前駆体繊維束は、その張力が一般にそれ以前の工程より低く設定されるので、その間に暴露されている雰囲気温度や湿度に影響を受ける。
【0007】
静電気抑制として相対湿度を60%程度にすることで緩和することは一般的に知られているものの、特に冬場であれば外気温度の変動により空気中の水分量が低下し、相対湿度を60%程度に維持していても糸さばけ抑制効果が不足していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平9−273032号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明はこのような従来技術における問題点を解決するものであり、炭素繊維用アクリル系前駆体繊維束を製造するにあたり、巻取装置の直前に設置される速度制御駆動ローラーから巻取り装置間のエリアにおいて、収束性を維持し、巻取装置入側ローラーでの単繊維糸切れ、ローラー巻き付きなどの工程トラブルや巻取装置でアクリル系前駆体繊維束を巻取る際のパッケージ端面からの単繊維の糸落ちや単繊維弛みの発生を極小化できる炭素繊維用アクリル系前駆体繊維束の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の要旨は、湿式紡糸法または乾湿式紡糸法により、アクリル系前駆体繊維束を紡糸し、延伸して巻取装置で巻取るに際して、巻取装置入り直前の駆動ローラーから巻取装置までのエリアを、絶対湿度が12〜25g/m3の範囲の雰囲気領域に設定し、この雰囲気領域にアクリル系前駆体繊維束を走行させた後に巻取ることを特徴とする炭素繊維用アクリル系前駆体繊維束の製造方法にある。
【発明の効果】
【0011】
本発明では空気中の水分量を一定範囲に維持する絶対湿度の管理を行い、湿式紡糸法または乾湿式紡糸法により紡糸されシリコーン系油剤を付与した細繊度の繊維束を、特定の絶対湿度に管理している雰囲気領域に走行させることで収束性を維持し、糸さばけを抑制でき、また巻取時の帯電も抑制されるため単繊維糸切れやパッケージへの単繊維弛みの発生などを極小化し、品質、生産量低下のトラブルを解決させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係るアクリル系前駆体繊維束を巻取る周辺の製造方法の一例を示した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好適な実施の形態について具体的に説明する。
【0014】
本発明では、湿式紡糸法または乾湿式紡糸法により得られたアクリル系前駆体繊維束を巻取るに際し、巻取り工程における繊維束走行領域を、一定範囲の絶対湿度に保つことにより、走行中および巻取り中に静電気を帯電させることなく、繊維束を収束させ単繊維糸切れなどを発生させないで巻取りが可能となり、外観も良好なパッケージを得ることが可能となる。
【0015】
本発明におけるアクリル系前駆体繊維束は、例えば、アクリル系重合体として、アクリルニトリルのホモポリマーあるいは、コモノマーを少量共重合したアクリルニトリルの共重合体であり、たとえばイタコン酸を0.1モル%から1モル%程度共重合した共重合体を、有機または無機の溶媒に溶解した紡糸原液中に紡糸し、浴中延伸、油剤付与した後、乾燥緻密化し、さらにスチーム延伸などして得ることができる。紡糸方法としては直接凝固浴中に紡糸する湿式紡糸方法を採用しても良いし、一旦空気中に紡出した繊維束を浴中凝固させる乾湿式紡糸方法を採用しても良いが、口金多ホール化による生産設備面や単繊維間接着などの品位トラブルを起こしにくい湿式紡糸方法が有効である。紡出糸には通常浴中延伸が施される。浴中延伸は紡出後にそのまま行っても良いし、一度水洗して溶媒を除去したのち行ってもよい。浴中延伸は通常50℃から98℃の延伸浴中で約3倍から6倍に延伸されることが望ましい。乾燥緻密化は浴中延伸後に油剤を付与した繊維束をホットローラー等で乾燥することによって行われるが、乾燥温度、乾燥時間等は適宜選択することができる。さらにかかる繊維束をスチーム延伸する。スチーム延伸は、通常1〜6kg/cm2の加圧スチーム中で120〜170℃の温度で2〜7倍に延伸されることが望ましい。またスチーム延伸後、必要に応じて熱緩和などを行うものである。
【0016】
ここで、付与する油剤として開繊性、さらには炭素繊維用繊維束として用いられる際は炭素繊維の高強度化の点からシリコーン系油剤が好ましい。たとえば、ポリエーテル変性ポリシロキサン、アルコール変性ポリシロキサン、あるいは若干の乳化剤と乳化重合したジメチルポリシロキサン、アルキル変性ポリシロキサンおよびアミノ変性ポリシロキサンなどのシリコーン油剤である。また、これらのシリコーン油剤と炭素繊維製造用繊維束油剤として用いられる非イオン活性剤との配合油剤などを用いることができる。繊維束に対する油剤付着量は0.3〜5.0重量%の範囲が好ましく用いられる。
【0017】
スチーム延伸された繊維束は巻取装置によりボビンといわれるコアに巻取られる。コアにアクリル系前駆体繊維束を巻取る方法としては、トラバース1回あたりの巻取り機のスピンドル回転数、いわゆるワインド比が一定になるように巻取り機スピンドルとトラバースカムはプーリーとタイミングベルトなどで直結している固定型巻取装置を用いた巻取方法や、スピンドル駆動とトラバース駆動を独立させ、スピンドル回転数を検知した後、設定ワインド比になるよう演算後、トラバース駆動回転数を制御するような機構とする、いわゆる可変型巻取装置を用いた巻取方法のものを適宜使用することができる。
【0018】
本発明ではかかる方法で得られた繊維束を、巻取装置直前に設置した速度制御駆動ローラーから巻取装置に至るエリアを、絶対湿度が12〜25g/m3、好ましくは18〜22g/m3の範囲にある雰囲気領域に走行させて巻き取るのである。なお、そのときの雰囲気温度は15℃〜35℃が好ましく、20〜30℃であることがより好ましい。
【0019】
図1は、本発明に係るアクリル系前駆体繊維束を巻取る周辺の製造方法の一例を示した模式図である。
【0020】
図1において、複数設置された速度制御駆動ローラー2からなるドライブステーションからフリーローラー3、巻取装置入りローラー4を介して巻取装置6まで走行しているアクリル系前駆体繊維束1、または巻取時のアクリル系前駆体繊維束5は、その張力が一般にそれ以前の工程より低く設定されるので、その間に暴露されている雰囲気温度や湿度に影響を受ける。本発明においては、巻取装置6の直前に設置した速度制御駆動ローラー2aから巻取装置6に至るエリアを絶対湿度管理エリア7とし、絶対湿度が12〜25g/m3の範囲にある雰囲気領域とするものである。
【0021】
ワインダー雰囲気領域の絶対湿度が上記範囲よりも小さいと、単繊維糸切れを起こすばかりか、単繊維がローラーに巻き付いたりする。このような現象が生じるのは、巻取り時に静電気により糸がさばけ、単繊維糸切れを起こすためである。一方、ワインダー雰囲気領域の絶対湿度が上記範囲を超える場合は、単繊維切れは減少するが、高温、高湿度のため、巻き形状が不良となるばかりか、設備の腐食進行を促進させたり、作業者への肉体的負担が大きくなる。
【0022】
雰囲気絶対湿度を上記範囲とするために、蒸気噴霧、水のミスト噴霧、気化加湿などがある。また雰囲気湿度・温度を制御する方法として当該雰囲気領域全体を他の雰囲気領域から隔離して、特定の絶対湿度に制御する制御設備を設置することが好ましいが、絶対湿度を制御する設備、方法などについては特に限定はされない。
【0023】
本発明の方法は、繊維束のフィラメント数が1000〜6000フィラメントのもので、さらに単繊維繊度が0.4〜1.1dtexの細繊度のものに好ましく適用される。6000フィラメントを越えるものや1.1dtexより太いものには繊維束の割合に対し帯電量が少ないため、本発明の効果が著しいものとは言えない。
【0024】
絶対湿度については、巻取装置直前の駆動ローラーから巻き取り部の絶対湿度の測定を行い、自動または手動で上記範囲内になるよう蒸気噴霧量や全体給気量を調整・制御される。好ましいバラツキの範囲は±4g/m3以内、更に好ましくは±2g/m3以内である。
【実施例】
【0025】
以下実施例により本発明を具体的に説明する。
(雰囲気の絶対湿度)
神栄株式会社製、ネットワーク型温湿度計TRH−7Xを用いて雰囲気温度、絶対湿度を測定した。
(手動調整時の空気中絶対湿度測定頻度)
巻取装置直前に設置した駆動ローラーから巻取装置入りローラーを走行するアクリル系前駆体繊維束10cm下部を均等距離3箇所を8時間毎に測定し、その平均値を求めた。
(単繊維糸切れ個数)
なお、実施例においてアクリル系炭素繊維前駆体繊維束に発生する単繊維糸切れの個数は次のようにして測定した。
ボビンにアクリル系炭素繊維前駆体繊維束をボビン表面からパッケージ外層部までの巻高さ10cmになるまで巻取る。その後、パッケージの表面と両端面の単繊維糸切れの本数を目視により観察し、その合計値を単繊維糸切れ個数とした。
(弛み個数)
なお、実施例においてアクリル系炭素繊維前駆体繊維束に発生する単繊維弛みの個数は次のようにして測定した。
ボビンにアクリル系炭素繊維前駆体繊維束をボビン外層部からパッケージ外層部までの巻高さ10cmになるまで巻取る。その後、パッケージの両端面の単繊維浮遊の本数を目視により観察し、その合計値を弛み本数とした。
(パッケージの巻形状外観点検)
巻取ったパッケージの端面がボビンの表面に対して直角に巻き上がっているものを良、端面がふくらんでいるもしくは反り返っているものがやや良好、巻取られないものを不良とした。
(作業者負担)
60分程度連続作業可能な場合を小、30分程度連続作業可能な場合を中、10分程度しか連続作業出来ない場合を大とする。
【0026】
(実施例1〜4)
アクリロニトリル99.5モル%、イタコン酸0.5モル%からなる固有粘度[η]が1.80のアクリル系重合体の22重量%含むジメチルスルホキシド溶液を紡糸原液として、孔径が0.07mmφの6000ホールの口金を用いて60℃に温調されたジメチルスルホキシド55%、水45%からなる凝固浴中に吐出し凝固糸を得た。該凝固糸を65℃で水洗後90℃の熱水中で5倍に延伸しアミノ変性シリコーンを付与した後、乾燥緻密化を行って、アクリル系前駆体繊維束を得た。得られたアクリル系前駆体繊維束を、スチーム延伸装置を用いて、スチーム延伸機内のスチーム圧力を3.0kg/cm2の加圧スチームとして、3倍に延伸を行なった。その後乾燥し、巻取装置直前の駆動ローラーから巻き取り装置間のエリア雰囲気温度、絶対湿度を表1に示すように変化させ、加湿調整して、単繊維繊度が0.8dtexで、総繊度が4800dtexのアクリル系前駆体繊維束を得た。
【0027】
(比較例1〜4)
周辺の温度、湿度の調整を行わない以外は、実施例と同様の条件で紡糸し、巻取を行った。
【0028】
【表1】

【0029】
表1に示すように、本発明によれば、巻取装置周辺雰囲気の絶対湿度を12〜25g/m3とすることで、単繊維糸切れの少ないアクリル系前駆体繊維束を得ることができた。
【符号の説明】
【0030】
1:アクリル系前駆体繊維束
2:駆動ローラー(ドライブステーション)
2a:巻取装置直前駆動ローラー
3:フリーローラー
4:巻取装置入りローラー
5:巻取りパッケージアクリル系前駆体繊維束
6:巻取装置
7:絶対湿度管理エリア

【特許請求の範囲】
【請求項1】
湿式紡糸法または乾湿式紡糸法により、アクリル系前駆体繊維束を紡糸し、延伸して巻取るに際して、巻取装置直前に設置された駆動ローラーから巻取装置までのエリアを、絶対湿度が12〜25g/m3の範囲の雰囲気領域に設定し、この雰囲気領域に繊維束を走行させた後に巻取ることを特徴とする炭素繊維用アクリル系前駆体繊維束の製造方法。
【請求項2】
雰囲気領域温度を15〜35℃の範囲に制御し、巻取ることを特徴とする請求項1に記載の炭素繊維用アクリル系前駆体繊維束の製造方法。
【請求項3】
巻取るアクリル系前駆体繊維束の単繊維繊度が0.4〜1.1dtexであることを特徴とする請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前駆体繊維束のフィラメント数が1000本から6000本からなり、アミノ変性シリコーン系の成分を含む油剤で処理されたものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の炭素繊維用アクリル系前駆体繊維束の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−208314(P2011−208314A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−77073(P2010−77073)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】