説明

炭素繊維製造用プリカーサ及びその製造方法

【課題】高強度の炭素繊維を製造するためのプリカーサであり、炭素繊維製造工程において糸切れ(工程断糸数)が少なく、製品収率が高い炭素繊維製造用プリカーサを提供する。
【解決手段】重量平均分子量が10万〜100万のアクリロニトリル系プリカーサであって、前記プリカーサの水銀圧入法による細孔分布の測定において、プリカーサに圧入した際の水銀侵入曲線から求められる、総水銀量の半分の圧力値から計算される平均細孔直径が35nm以下である炭素繊維製造用プリカーサ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度の炭素繊維を製造するための、高分子量のポリマー溶液からなる紡糸原液が紡糸されてなるプリカーサであって、炭素繊維製造工程において糸切れが少なく、製品収率が高いプリカーサ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、炭素繊維製造用のプリカーサを原料として用い、これに耐炎化処理を施して耐炎化繊維を得ること、更にこの耐炎化繊維に炭素化処理を施して高性能炭素繊維を得ることは広く知られている。また、この方法は工業的にも実施されている。
【0003】
一般に、炭素繊維製造用のプリカーサは、アクリロニトリル系ポリマーの塩化亜鉛水溶液や有機溶剤溶液からなる紡糸原液を紡糸してポリアクリロニトリル系(PAN系)の原料繊維を得、このPAN系原料繊維を水洗、オイル付与、乾燥後、スチーム延伸、必要に応じて熱固定や二次オイル付与等をして製造される。このプリカーサは200〜300℃の酸化性雰囲気下で延伸又は収縮を行いながら部分酸化する耐炎化処理がされた後、300℃以上、通常1000℃以上の不活性ガス雰囲気中で炭素化されて炭素繊維が製造される。
【0004】
炭素繊維の強度向上、炭素繊維製造工程の安定化のために、種々の工程について提案がなされている。種々の工程のうちでも、例えば特許文献1、2では紡糸工程での提案がなされている。
【0005】
特許文献1では、45℃における紡糸原液(PAN系重合体溶液)の粘度を300〜1000ポアズと規定することにより、紡糸原液の伸張時破断時間を延ばし、ひいては、この紡糸原液を用いて製造する炭素繊維の製造工程を安定化させることが提案されている。
【0006】
しかし、特許文献1の製造方法においては、紡糸原液の脱泡については触れていない。
【0007】
特許文献2では、プリカーサの緻密性について水銀圧入法によって測定される細孔半径を14nm以下、11nm以下と規定することにより、高強度、高弾性率の炭素繊維を製造することが提案されている。
【0008】
しかし、特許文献2の製造方法で得られる炭素繊維は、紡糸原液の脱泡重要性に関する記載は無く、得られる炭素繊維の強度は4400MPa以下と低く、炭素繊維の強度向上を満足させることは不充分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2008−38327号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献2】特開平4−257313号公報 (特許請求の範囲)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明者は、上記問題を解決するため検討を重ねているうちに、炭素繊維製造工程の安定性の向上には、紡糸原液の粘度ばかりでなく、紡糸原液に含まれるアクリロニトリル系ポリマーが、ゲル透過クロマトグラフィー(GPC)により測定される重量平均分子量で10万以上の高分子量であることが重要と考えた。なお、特許文献1で用いられるアクリロニトリル系ポリマーの重量平均分子量は、2万程度で、通常この程度の分子量のアクリロニトリル系ポリマーが従来プリカーサの製造に用いられている。
【0011】
また、炭素繊維の強度向上には、プリカーサが緻密であること、即ち、プリカーサ中に含まれるボイドが少ないこと又はボイドサイズが小さいことが重要と考えた。そのためには、紡糸原液の脱泡を充分に行う必要がある。
【0012】
しかし、高分子量のアクリロニトリル系ポリマーを含む紡糸原液は、粘度が高い。この高粘度紡糸原液は脱泡を充分行い難く、その結果、得られるプリカーサ中にはボイドが多量に含まれ、高強度の炭素繊維が得られない問題がある。
【0013】
この問題について、更に検討を重ねているうちに、上記高分子量のアクリロニトリル系ポリマーを溶解する紡糸原液を、自公転式攪拌脱泡装置を使用して脱泡を行うと、得られるプリカーサは、特異的にボイドサイズが小さく且つボイドが少なくなることを本発明者は見出した。
【0014】
上記プリカーサを耐炎化、炭素化して得られる炭素繊維は高強度であり、その製造工程は安定化する。本発明は上記知見に基づき完成するに到った。
【0015】
よって、本発明の目的とするところは、上記問題を解決した炭素繊維製造用プリカーサ及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成する本発明は、以下に記載するものである。
【0017】
〔1〕 重量平均分子量が10万〜100万のアクリロニトリル系プリカーサであって、前記プリカーサの水銀圧入法による細孔分布の測定において、プリカーサに圧入した際の水銀侵入曲線から求められる、総水銀量の半分の圧力値から計算される平均細孔直径が35nm以下である炭素繊維製造用プリカーサ。
【0018】
〔2〕 重量平均分子量が10万〜100万のアクリロニトリル系プリカーサであって、前記プリカーサの窒素ガス吸着法による細孔分布の測定において、プリカーサに吸着した際の窒素ガス吸着曲線から求められる、総窒素ガス量の半分の吸着量から計算される平均細孔直径が30nm以下である炭素繊維製造用プリカーサ。
【0019】
〔3〕 重量平均分子量が10万〜100万であるアクリロニトリル系ポリマー溶液からなる紡糸原液を、軸傾斜自転式攪拌脱泡装置又は自公転式攪拌脱泡装置を使用して脱泡を行うことにより、25℃で13hPaの減圧下の10分間静置した場合発泡せず、且つ前記ポリマー溶液中に気泡を含まない紡糸原液を得、その後この紡糸原液を紡糸することを特徴とする炭素繊維製造用プリカーサの製造方法。
【0020】
〔4〕 紡糸原液の45℃における粘度が2000〜4000ポアズである〔3〕に記載の炭素繊維製造用プリカーサの製造方法。
【0021】
〔5〕 紡糸原液のポリマー濃度が7〜25質量%である〔3〕に記載の炭素繊維製造用プリカーサの製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明の炭素繊維製造用プリカーサは、水銀圧入法又は窒素ガス吸着法による細孔分布の測定から求められる平均細孔直径が小さいので、繊維の強度に大きく影響する欠陥部分が少ない。このプリカーサを耐炎化、炭素化して得られる炭素繊維は高強度であり、その製造工程は安定化している。
【0023】
本発明の炭素繊維製造用プリカーサの製造方法によれば、高分子量のアクリロニトリル系ポリマー溶液からなる紡糸原液を、自公転式攪拌脱泡装置を使用して脱泡するので効率良く脱泡でき、その結果、ボイドサイズが小さく且つボイドが少ないプリカーサを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明のプリカーサを製造する際に用いる軸傾斜自転式攪拌脱泡装置の一例を示す概略説明図である。
【図2】本発明のプリカーサを製造する際に用いる自公転式攪拌脱泡装置の一例を示す概略説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0026】
本発明の炭素繊維製造用プリカーサは、重量平均分子量が10万〜100万、好ましくは15万〜80万であるアクリロニトリル系ポリマーの塩化亜鉛水溶液又はジメチルホルムアミド等の溶媒溶液からなる紡糸原液を紡糸して得られる。アクリロニトリル系ポリマーの重量平均分子量が10万未満の場合は、得られる炭素繊維の強度は低下する。また、炭素繊維製造工程における糸切れ(工程断糸数)が多くなる。アクリロニトリル系ポリマーの重量平均分子量が100万を超える場合は、紡糸原液を紡糸しにくくなるので好ましくない。
【0027】
本発明の炭素繊維製造用プリカーサの水銀圧入法による細孔分布の測定においてプリカーサに圧入した際の水銀侵入曲線から求められる、総水銀量の半分の圧力値から計算される平均細孔直径(水銀細孔直径)は35nm以下、好ましくは11〜33nmである。窒素ガス吸着法による細孔分布の測定においてプリカーサに吸着した際の窒素ガス吸着曲線から求められる、総窒素ガス量の半分の吸着量から計算される平均細孔直径(窒素細孔直径)は30nm以下、好ましくは7〜27nmである。
【0028】
水銀細孔直径が35nmを超える場合又は窒素細孔直径が30nmを超える場合は、紡糸されたプリカーサを耐炎化、炭素化して得られる炭素繊維の強度が低下し、また、工程断糸数が多くなるので好ましくない。水銀細孔直径が11nm未満の場合又は窒素細孔直径が7nm未満の場合は、炭素繊維の強度はあまり向上しなくなり、細孔直径をそれ以上減少させる意味はなくなる。加えて、細孔直径が小さすぎると、耐炎化工程で酸素透過性が低くなり、耐炎化速度が低下する。そのうえ、繊維芯部と繊維表面とで耐炎化状態が大きく異なり、繊維の強度低下に繋がる。
【0029】
本発明の炭素繊維製造用プリカーサ、並びに、このプリカーサを用いて得られる耐炎化繊維及び炭素繊維は、例えば、以下の方法により製造することができる。
【0030】
<紡糸原液>
本発明の炭素繊維製造用プリカーサの製造に用いる紡糸原液は、アクリロニトリル系ポリマーの塩化亜鉛水溶液又はジメチルホルムアミドやジメチルスルホキシド等の非プロトン性溶媒溶液である。アクリロニトリル系ポリマーは、重量平均分子量が10万〜100万、好ましくは15万〜80万である。
【0031】
また、上記アクリロニトリル系ポリマーは、アクリロニトリルを90質量%以上、好ましくは95質量%以上含有する単量体を重合したものを用いることができる。共重合する単量体としては、アクリル酸メチル、イタコン酸、メタクリル酸などが例示される。
【0032】
上述したように、本発明の炭素繊維製造用アクリロニトリル系ポリマーの分子量は、従来の通常用いられるアクリロニトリル系ポリマーの分子量よりも、高分子量である。そのため、このポリマーを含む紡糸原液は、2000〜4000ポアズと高粘度である。
【0033】
なお、紡糸原液の粘度の制御を、より確実なものにするには、紡糸原液におけるアクリロニトリル系ポリマーの濃度を7〜25質量%とすることが好ましい。
【0034】
この紡糸原液を、軸傾斜自転式攪拌脱泡装置、好ましくは自公転式攪拌脱泡装置を使用して脱泡を行う。
【0035】
軸傾斜自転式攪拌脱泡装置とは、図1に示すように、容器2がX方向に自転すると共に、自転軸4の重力方向6に対する傾斜角θ1が40〜50度、好ましくは45度であり、減圧下に攪拌と脱泡を同時に短時間で行う装置8をいう。この装置8を用いることにより、高粘度の紡糸原液は、気泡を巻込むことなく充分攪拌されると共に効率的に脱泡が行える。
【0036】
自公転式攪拌脱泡装置とは、図2に示すように、容器2がX方向に自転すると共に、自転軸4に対する傾斜角θ2が40〜50度、好ましくは45度の公転軸10をもってY方向に公転する機構を有し、減圧下に攪拌と脱泡を同時に短時間で行う装置12をいう。この装置12を用いることにより、高粘度の紡糸原液は、気泡を巻込むことなく充分攪拌されると共に軸傾斜自転式攪拌脱泡装置よりも更に効率的に脱泡が行える。公転軸10の方向は、装置に掛かる負荷を少なくするため、重力方向が好ましい。
【0037】
このような機構を有する攪拌脱泡装置であれば、自転、公転の回転数等の条件は、紡糸原液の粘度等の性状、容器の大きさにより適宜調節すれば良く、特に限定されるものではないが、以下の条件にすることがが好ましい。
【0038】
図1に示す軸傾斜自転式攪拌脱泡装置を用いる場合は、自転の回転数は300〜1000rpmが好ましく、400〜800rpmがより好ましい。容器の直径は100〜800mmが好ましく、200〜600mmがより好ましい。減圧された容器内の圧力は4〜20kPaが好ましく、8〜16kPaがより好ましい。
【0039】
この軸傾斜自転式攪拌脱泡装置で脱泡する場合、脱泡時間は通常30分以内で、5〜20分が好ましく、8〜15分がより好ましい。この脱泡操作により、紡糸原液を室温(25℃)で13hPa(10Torr)の減圧下に10分間静置した場合、液表面に気泡が発生する現象、及び原液中に気泡が発生する現象が目視で観察されない状態になる。
【0040】
また、上述したように、上記軸傾斜自転式攪拌脱泡装置を使用する紡糸原液の脱泡では、紡糸原液に含まれる未反応モノマーも除去(脱モノマー)される。
【0041】
図2に示す自公転式攪拌脱泡装置を用いる場合は、自転の回転数は300〜1000rpmが好ましく、400〜800rpmがより好ましい。容器の直径は100〜800mmが好ましく、200〜600mmがより好ましい。公転の回転数は500〜3000rpmが好ましく、1000〜2000rpmがより好ましい。公転の直径は500〜1500mmが好ましく、700〜1300mmがより好ましい。減圧された容器内の圧力は4〜20kPaが好ましく、8〜16kPaがより好ましい。
【0042】
この自公転式攪拌脱泡装置で脱泡する場合、脱泡時間は通常30分以内で、5〜20分が好ましく、8〜15分がより好ましい。この脱泡操作により、紡糸原液を室温(25℃)で13hPa(10Torr)の減圧下に10分間静置した場合、液表面に気泡が発生する現象、及び原液中に気泡が発生する現象が目視で観察されない状態になる。
【0043】
また、上述したように、上記自公転式攪拌脱泡装置を使用する紡糸原液の脱泡でも、軸傾斜自転式攪拌脱泡装置と同様に、紡糸原液に含まれる未反応モノマーも除去(脱モノマー)される。
【0044】
<紡糸>
この紡糸原液を、1つの紡糸口金に100〜48000、好ましくは3000〜24000の孔を有する紡糸口金から紡出する。この紡糸に際しては、低温に冷却した凝固液(紡糸する際の溶媒−水混合液)を入れた凝固浴中に直接紡出する湿式紡糸、又は、空気中にまず吐出させた後、0.5〜5mm程度の空間を有して凝固浴に投入し凝固させる乾湿式紡糸法を用いる。更に、乾式紡糸法も用いることができる。これらのうち、凝固浴水面の波立ちに対して炭素繊維の表面に形成される皺の深さの影響を受けない湿式紡糸法がより好ましい。更に、塩化亜鉛水溶液を用いる湿式紡糸法が特に好ましい。
【0045】
凝固した後の原料繊維は、水洗・乾燥することが好ましい。水洗中、乾燥中、及び/又は、乾燥後、2〜5倍、好ましくは2.5〜4.5倍にスチーム延伸してアクリロニトリル系粗プリカーサが得られる。
【0046】
上記原料繊維には、水洗後、及び/又は、乾燥後、耐熱性向上や紡糸安定性を目的として、シリコーン系のオイル、例えば親水基を持つ浸透性油剤とアミノ変性シリコーン系油剤を組み合わせたオイルを付与しても良い。
【0047】
<プリカーサ>
以上の水洗・乾燥・スチーム延伸・オイル付与などの処理を施して、紡糸後の原料繊維は、アクリロニトリル系ポリマーが前述の重量平均分子量を有し、前述の平均細孔直径を有する炭素繊維製造用プリカーサになる。また、このプリカーサはボイドが少ない。プリカーサの直径は10〜30μmが好ましい。
【0048】
<耐炎化処理>
上記プリカーサは、引き続き加熱空気中200〜280℃で10〜30分間加熱して部分酸化させる耐炎化処理がなされる。この耐炎化処理により、プリカーサはアクリロニトリル系繊維の場合、アクリロニトリル系繊維の環化反応を生じさせ、酸素結合量を増加させて不融化、難燃化させてアクリロニトリル系耐炎化繊維(OPF)を得る。
【0049】
この耐炎化処理は、一般的に、延伸倍率0.85〜1.30の範囲で延伸されるが、高強度・高弾性率の炭素繊維を得るためには、0.95以上がより好ましい。この耐炎化処理により、繊維密度1.3〜1.5g/cm3の耐炎化繊維が得られる。耐炎化時の張力は上記延伸倍率の範囲を超えない限り特に限定されない。
【0050】
また、耐炎化処理の工程を安定化させるため、耐炎化処理に先立ち、炭素繊維製造用プリカーサに公知のプロセスオイルを付与することも有効である。
【0051】
<第一炭素化処理>
上記耐炎化繊維は、従来の公知の方法を採用して炭素化することができる。例えば、窒素雰囲気下300〜800℃で焼成炉(第一炭素化炉)で徐々に温度勾配をかけ、耐炎化繊維の張力を制御して緊張下で1段目の炭素化(第一炭素化)をする。
【0052】
<第二炭素化処理>
より炭素化を進め且つグラファイト化(炭素の高結晶化)を進める為に、窒素等の不活性ガス雰囲気下で昇温し、焼成炉(第二炭素化炉)で徐々に温度勾配をかけ、第一炭素化繊維の張力を制御して弛緩条件で焼成する。
【0053】
焼成温度については、第二炭素化炉で温度勾配をかけていき、最高温度領域で、好ましくは800℃から2500℃、より好ましくは1200℃から2100℃がよい。
【0054】
炉内の高温部での滞留時間が長くなると、グラファイト化が進み過ぎ、脆性化した炭素繊維が得られることになるので好ましくない。
【0055】
<表面酸化処理>
上記第二炭素化処理繊維は、引き続き表面酸化処理を施す。表面酸化処理には気相、液相処理も用いることができるが、工程管理の簡便さと生産性を高める点から、液相処理が好ましい。液相処理のうちでも、液の安全性・安定性の面から、電解液を用いる電解処理が好ましい。電解酸化処理に用いられる電解液としては、硫酸、硝酸、塩酸等の無機酸や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどの無機水酸化物、硫酸アンモニウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等の無機塩類などが挙げられる。
【0056】
<サイジング処理>
上記表面酸化処理後の繊維は、必要に応じ、引き続いてサイジング処理を施す。サイジング方法は、従来の公知の方法で行うことができ、サイジング剤は、用途に即して適宜組成を変更して使用し、均一付着させた後に、乾燥することが好ましい。
【0057】
以上の製造方法により得られる炭素繊維は、6200MPa以上の高強度である。
【実施例】
【0058】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に具体的に説明する。また、各実施例及び比較例における凝固糸条、プリカーサ、耐炎化繊維及び炭素繊維の諸物性についての評価方法は、前述の方法又は以下の方法により実施した。
【0059】
<密度>
アルキメデス法により測定した。試料繊維はアセトン中にて脱気処理し測定した。
【0060】
<分子量>
アクリロニトリル系ポリマーの濃度が0.1質量%となるように、ジメチルホルムアミド(0.01N−塩化リチウム添加)に溶解し、検体溶液を得た。得られた検体溶液について、ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー(以下、単にGPCという)装置を用いて分子量を測定した。測定条件は下記
GPC装置:(株)島津製作所製CLASS−LC10
カラム:極性有機溶媒系GPC用カラム[東ソー(株)製TSK−GEL−α―M(×2)]
ジメチルホルムアミド及び塩化リチウム:和光純薬工業(株)製
流速:1ml/分
温度:40℃
試料濾過:メンブレンフィルター(ミリポアコーポレーション製0.5μ−FHLP FILTER)
注入量:0.1ml
検出器:示差屈折率検出器[(株)島津製作所製RID−10AV]
検量線作成用の単分散ポリスチレン:分子量184000、427000、791000、1300000のもの
の通りであり、測定したGPC曲線より、分子量分布曲線を求め、Mwを算出した。
【0061】
予め、分子量が異なる分子量既知の単分散ポリスチレンを少なくとも3種類用いて、溶出時間―分子量の検量線を作成した。該検量線上を用いて、該当する検体の溶出時間に対応する分子量を読み取った。共重合量は、共重合されているか否かに拘らず使用した量を用いた。
【0062】
<水銀圧入法による平均細孔直径(水銀細孔直径)>
エタノールと純水の混合液でエタノールの濃度を3段階に渡り濃くした溶液に順次浸漬し、繊維構造の変化がないように糸条内の液を全てエタノールに置換した。これを液体窒素に浸漬させ、完全に凝結させた後、周囲を冷却しながら24時間真空下(3Pa以下)で乾燥した。
【0063】
この乾燥試料を約0.2g精秤し、水銀圧入装置に入れ、容器内を真空(20Pa以下)にし、その後水銀を充填した。そして、細孔分布の測定を行った。圧力は最大420MPaまでかけた。細孔直径は下式
細孔直径d=−4σcosθ/p
σ:水銀の表面張力
θ:接触角(140゜)
p:圧力
により算出した。平均細孔直径は、圧入した際の水銀侵入曲線から求められる、総水銀量の半分の圧力値から計算される細孔直径とした。
【0064】
<窒素ガス吸着法による平均細孔直径(窒素細孔直径)>
ガス吸着による細孔直径も、前処理等は基本的に水銀細孔直径と同一である。ただ、ガス吸着の場合は、BJH法(公知の換算方法)によって、求められた分圧を細孔直径に変換した。
【0065】
<炭素繊維の強度(CF強度)>
JIS R 7608に規定された方法により、炭素繊維の引張強度(CF強度)を測定した。
【0066】
<炭素繊維製造工程における断糸状況>
炭素繊維製造工程における断糸状況を下記
○ … 1日当たりの工程断糸数が2本/日未満
△ … 1日当たりの工程断糸数が2本/日以上6本/日未満
× … 1日当たりの工程断糸数が6本/日以上
の3段階で評価した。
【0067】
実施例1
単量体としてアクリロニトリル95質量%、アクリル酸メチル4質量%、イタコン酸1質量%を精秤し、重合缶に塩化亜鉛水溶液とともに投入して、53℃に加温しつつ攪拌した。このときの単量体濃度は、8.5質量%であった。重合缶に、還元剤(亜硫酸水素ナトリウム)と酸化剤(過硫酸ナトリウム)を投入して重合させ、プリカーサの紡糸原液を得た。
【0068】
この紡糸原液を真空式の自公転式攪拌脱泡装置(シンキー社製ARV−5000:自転の回転数500rpm、容器の直径200mm、公転の回転数1000rpm、公転の直径700mm、自転軸に対する公転軸の傾斜角45度)に10分間かけ、脱モノマーと脱泡を同時に行った。脱泡させた紡糸原液を13hPa(10Torr)の真空中に10分間放置した。紡糸原液の表面から気泡が出て行く様子は見られなかった。また、紡糸原液中に気泡は無かった。この紡糸原液のポリマー濃度、紡糸原液の粘度を測定したところ、7.5質量%、2200ポアズであった。この紡糸原液中ポリマーの分子量は、表1に示すように、おおよそ20万であった。
【0069】
この紡糸原液を、1つの紡糸口金に3000の孔を有する紡糸口金を通して、2℃、25質量%の塩化亜鉛水溶液からなる凝固浴中に吐出して凝固・水洗し、さらにシリコン系のオイルを用い、原料繊維質量に対し0.06質量%塗布した後、水洗後の原料繊維を得た。
【0070】
この水洗後の原料繊維をヒートローラに接触させて乾燥させ、直径20.5μmのPAN系粗プリカーサを得た。この粗プリカーサをスチーム延伸機に送り、延伸倍率3.2倍で延伸処理してプリカーサを得た。得られたプリカーサの繊度は1.27dtexであった。得られたプリカーサの水銀細孔直径、窒素細孔直径を表1に示す。
【0071】
このプリカーサに、プロセスオイルを0.03質量%塗布し、温度250℃に設定した熱風循環式耐炎化炉を用いて20分間耐炎化処理を行い、密度1.35g/cm3の耐炎化繊維を得た。
【0072】
この耐炎化繊維を窒素雰囲気中、300〜600℃の温度域を通過させて第一炭素化処理を施した。
【0073】
この第一炭素化処理繊維を窒素雰囲気中、600〜1500℃の温度域を通過させて第二炭素化処理を施した。
【0074】
次いで、この第二炭素化処理繊維を、硫酸アンモニウム水溶液を電解液として用い、炭素繊維1g当り30クーロンの電気量で表面処理を施した。
【0075】
引き続き公知の方法で、サイジング剤を施し、乾燥して、表1に示すCF強度の炭素繊維を得た。なお、炭素繊維製造工程における断糸は、少ないものであり、工程安定性は良好であった。
【0076】
実施例2
実施例1で、還元剤と酸化剤を投入して重合させた後、重合度をあげるために同条件で12時間放置してプリカーサの紡糸原液を得た以外は、実施例1と同様にして紡糸原液を得た。この紡糸原液のポリマー濃度、紡糸原液の粘度を測定したところ、12質量%、3500ポアズであった。この紡糸原液中ポリマーの分子量は、表1に示すように、おおよそ50万であった。
【0077】
この紡糸原液を、2℃、25質量%の塩化亜鉛水溶液からなる凝固浴を用いて、2mmの空間を通して乾湿式紡糸を行った。続いて実施例1と同様に水洗後、シリコーン系油剤によって処理し、乾燥緻密化、延伸を行い、本例のプリカーサを得た。得られたプリカーサの繊度は1.16dtexであった。得られたプリカーサの水銀細孔直径、窒素細孔直径を表1に示す。
【0078】
このプリカーサを、実施例1と同様に、耐炎化処理、第一炭素化処理、第二炭素化処理、表面処理、サイジング剤処理、乾燥処理を施し、表1に示すCF強度の炭素繊維を得た。なお、炭素繊維製造工程における断糸は、少ないものであり、工程安定性は良好であった。
【0079】
比較例1
実施例1の原料を用いて、脱泡の工程でシンキー社製ARV−5000を用いる代わりに紡糸原液をジャケット温水付きのプールタンクに投入し、37℃に加温しつつ真空ポンプで6時間、真空に保ちながら静置状態で脱泡(静置+真空脱泡)させた。この脱泡させた紡糸原液を13hPa(10Torr)の真空中に10分間放置したところ、液表面から気泡が出て行く様子が見られ、紡糸原液中には泡が存在した。この紡糸原液中ポリマーの分子量は、表1に示すように、おおよそ20万であった。
【0080】
この紡糸原液を、実施例1と同様に湿式紡糸を行った。続いて実施例1と同様に水洗後、シリコーン系油剤によって処理し、乾燥緻密化、延伸を行い、本例のプリカーサを得た。得られたプリカーサの繊度は1.22dtexであった。得られたプリカーサの水銀細孔直径、窒素細孔直径を表1に示す。
【0081】
このプリカーサを、実施例1と同様に、耐炎化処理、第一炭素化処理、第二炭素化処理、表面処理、サイジング剤処理、乾燥処理を施し、表1に示すCF強度の実施例1と同様にして炭素繊維を得た。
【0082】
脱泡操作において充分脱泡されていなかったため、得られたプリカーサは、水銀細孔直径、窒素細孔直径が大きかった。このプリカーサを用いて炭素繊維を製造したが、高強度の炭素繊維を得ることはできなかった。なお、炭素繊維製造工程における断糸は、多いものであり、工程安定性は良好ではなかった。
【0083】
比較例2
脱泡の工程で紡糸原液をジャケット温水付きのプールタンクに投入し、37℃に加温しつつ攪拌羽根を用いて30rpmで攪拌し、真空ポンプで6時間、13hPa(10Torr)の真空に保ちながら脱泡(攪拌+真空脱泡)した以外は実施例1と同様に操作した。比較例1と同様に、紡糸原液中に泡を巻込んでしまい、良好なプリカーサは得られなかった。このプリカーサを用いて製造した炭素繊維は強度が低かった。なお、炭素繊維製造工程における断糸は、多いものであり、工程安定性は良好ではなかった。
【0084】
比較例3
単量体としてアクリロニトリル95質量%、アクリル酸メチル4質量%、イタコン酸1質量%を精秤し、重合缶に塩化亜鉛水溶液とともに投入して、60℃に加温しつつ攪拌した。このときの単量体濃度は10質量%であった。重合缶に、還元剤(亜硫酸水素ナトリウム)と酸化剤(過硫酸ナトリウム)とを投入して重合させ、ポリマーを得た。濾紙でポリマー濾別して高分子量のポリマーを得た。
【0085】
これを塩化亜鉛水溶液に溶解させプリカーサの紡糸原液を得た以外は、実施例1と同様にして紡糸原液を得た。この紡糸原液のポリマー濃度、紡糸原液の粘度を測定したところ、15質量%、4300ポアズであった。この紡糸原液中ポリマーの分子量は、表1に示すように、おおよそ120万であった。
【0086】
この紡糸原液を、実施例1と同様に、1つの紡糸口金に3000の孔を有する紡糸口金を通して、2℃、25質量%の塩化亜鉛水溶液からなる凝固浴中に吐出した。しかし、粘度が高くて紡糸は不可であって、炭素繊維どころかプリカーサさえも得ることができなかった。
【0087】
比較例4
実施例1で用いた原料(単量体、塩化亜鉛水溶液、還元剤、酸化剤)を常圧下で40℃に加温しつつ攪拌した以外は、実施例1と同様にして紡糸原液を得た。この紡糸原液のポリマー濃度、紡糸原液の粘度を測定したところ、9質量%、1800ポアズであった。この紡糸原液中ポリマーの分子量は、表1に示すように、おおよそ8万と低いものであった。
【0088】
この紡糸原液を用いた以外は、実施例1と同様にして炭素繊維を得た。しかし、紡糸原液中ポリマーの分子量が低いため、高強度の炭素繊維を得ることはできなかった。なお、炭素繊維製造工程における断糸は、やや多いものであった。
【0089】
【表1】

【符号の説明】
【0090】
2 容器
4 自転軸
6 重力方向
8 軸傾斜自転式攪拌脱泡装置
10 公転軸
12 自公転式攪拌脱泡装置
θ1 自転軸の重力方向に対する傾斜角
θ2 自転軸の公転軸に対する傾斜角
X 自転方向
Y 公転方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量平均分子量が10万〜100万のアクリロニトリル系プリカーサであって、前記プリカーサの水銀圧入法による細孔分布の測定において、プリカーサに圧入した際の水銀侵入曲線から求められる、総水銀量の半分の圧力値から計算される平均細孔直径が35nm以下である炭素繊維製造用プリカーサ。
【請求項2】
重量平均分子量が10万〜100万のアクリロニトリル系プリカーサであって、前記プリカーサの窒素ガス吸着法による細孔分布の測定において、プリカーサに吸着した際の窒素ガス吸着曲線から求められる、総窒素ガス量の半分の吸着量から計算される平均細孔直径が30nm以下である炭素繊維製造用プリカーサ。
【請求項3】
重量平均分子量が10万〜100万であるアクリロニトリル系ポリマー溶液からなる紡糸原液を、軸傾斜自転式攪拌脱泡装置又は自公転式攪拌脱泡装置を使用して脱泡を行うことにより、25℃で13hPaの減圧下の10分間静置した場合発泡せず、且つ前記ポリマー溶液中に気泡を含まない紡糸原液を得、その後この紡糸原液を紡糸することを特徴とする炭素繊維製造用プリカーサの製造方法。
【請求項4】
紡糸原液の45℃における粘度が2000〜4000ポアズである請求項3に記載の炭素繊維製造用プリカーサの製造方法。
【請求項5】
紡糸原液のポリマー濃度が7〜25質量%である請求項3に記載の炭素繊維製造用プリカーサの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−174422(P2010−174422A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−20876(P2009−20876)
【出願日】平成21年1月30日(2009.1.30)
【出願人】(000003090)東邦テナックス株式会社 (246)
【Fターム(参考)】