説明

焼入れ方法及び焼入れ装置

【課題】油焼入れにおける鋼部材の有効比率(有効硬化層深さ/全浸炭深さ)が高く、且つ、内部(芯部)の靭性に優れる焼入れ品を得ることができる焼入れ方法を提供する。
【解決手段】 焼入れ温度からワークの芯部がワークの芯部のMs点より高い第1の温度域まで第1の冷却速度で冷却する第1の冷却工程と、その後、前記第1の温度域より低い温度域において第1の冷却速度より小さい第2の冷却速度で冷却する第2の冷却工程と、を備え、焼入れ後にワークの表面がマルテンサイト組織となり、且つ、ワークの有効硬化層深さがワークを焼入れ温度から室温まで第2の冷却速度で冷却した場合よりも大きく、ワークを焼入れ温度から室温まで第1の冷却速度で冷却した場合と同じか又は小さく、且つ、ワークの芯部の硬度がワークを焼入れ温度から室温まで第2の冷却速度で冷却した場合と同等になるように、前記第1の冷却速度と前記第2の冷却速度とを制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼の熱処理における焼入れ方法及びその装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の油焼入れでは、冷却能の異なる油を用途に応じて使い分けている。冷却能は、ホット油、セミホット油、コールド油の順で高くなる。
【0003】
コールド油で焼入れをすると、焼入れ品の有効硬化層が深く得られ、内部硬度が高くなる。一方、ホット油で焼入れをすると、有効硬化層が浅くなり、内部硬度が低くなる。
【0004】
なお、本発明に関連する技術(焼入れ中に冷却液を振動させたり攪拌したりする技術)として、特許文献1〜3に記載のものがある。
【0005】
具体的に、特許文献1には、焼入れの際に冷却液に8〜600kHzの範囲の超音波振動を与えることが記載されている(第2欄下から3行目以下)。
【0006】
特許文献2には、冷却液に与えられる振動数を10〜500Hzとすることが記載されている(請求項2)。
【0007】
特許文献3には、冷却液を攪拌するためのプロペラ攪拌機や噴流攪拌機が記載されている(0002段落及び図21)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平4−13808号公報
【特許文献2】特開2001−64722号公報
【特許文献3】特開2003−286517号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、歯車などでは、表面を硬化させつつ内部には靭性が必要とされる。冷却能に優れるコールド油を用いて単純に有効比率(有効硬化層深さ/全浸炭深さ)を向上させるだけでは、内部(芯部)硬度が高くなって靭性に乏しく、歯車等としては好ましくない。
【0010】
本発明は、前記の如き事情に鑑みてなされたものであり、有効比率(有効硬化層深さ/全浸炭深さ)が高く、且つ、内部(芯部)の靭性に優れる焼入れ品を得ることができる焼入れ方法及び焼入れ装置を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するため、本発明に係る焼入れ方法は、鋼部材からなるワークを浸炭処理した後、冷却する鋼部材の焼入れ方法であって、焼入れ温度からワークの芯部がワークの芯部のMs点より高い第1の温度域まで第1の冷却速度で冷却する第1の冷却工程と、その後、前記第1の温度域より低い温度域において第1の冷却速度より小さい第2の冷却速度で冷却する第2の冷却工程と、を備え、焼入れ後にワークの表面がマルテンサイト組織となり、且つ、ワークの有効硬化層深さが、ワークを焼入れ温度から室温まで第2の冷却速度で冷却した場合よりも大きく、ワークを焼入れ温度から室温まで第1の冷却速度で冷却した場合と同じか又は小さく、且つ、ワークの芯部の硬度が、ワークを焼入れ温度から室温まで第2の冷却速度で冷却した場合と同等になるように、前記第1の冷却速度と前記第2の冷却速度とを制御することを特徴とする(請求項1)。なお、本発明における芯部とは全浸炭深さ(カーボン濃度が母材と同じとなるワーク表面からの距離、全硬化層深さと同等)の境界位置とする。
【0012】
好適な実施の一形態として、ワークの表面が連続冷却変態線図において、全てマルテンサイト変態するように、前記第1の冷却速度と前記第2の冷却速度とを制御する態様を例示する(請求項2)。
【0013】
好適な実施の一形態として、前記ワークの有効硬化層深さとなるように前記第1の冷却速度を制御する態様を採用することもできる(請求項3)。
【0014】
好適な実施の一形態として、前記第1の冷却工程と前記第2の冷却工程との間に、ワークの芯部の温度を前記第1の温度域で所定の保温時間保持する保温工程を備え、ワークの芯部の硬さが所定の硬さとなるように前記保温時間を制御する態様を例示する(請求項4)。
【0015】
前記第2の冷却速度が、ホット油でワークを冷却するときのワークの冷却速度である態様を例示する(請求項5)。
【0016】
前記第1の冷却速度が、コールド油でワークを冷却するときのワークの冷却速度である態様を例示する(請求項6)
なお、「ホット油」及び「ホット油でワークを冷却するときのワークの冷却速度(ホット油本来の冷却速度)」とは、JIS K 2242「熱処理油」における JIS 2種 の油を使用し、該JISに記載された条件で冷却することを指す。また、「コールド油」及び「コールド油でワークを冷却するときのワークの冷却速度(コールド油本来の冷却速度)」とは、JIS K 2242 における JIS 1種 の油を使用し、該JISに記載された条件で冷却することを指す。特に本発明において「ホット油本来の冷却速度」とは、流速が毎秒0.6m以下のホット油でワークを冷却したときの冷却速度を意味する。
【0017】
また、鋼材の焼入温度とは、一般に実施されているようにA3線およびA1線より30〜50℃程度高い温度である。
【0018】
本発明の他の好適な実施の一形態として、次のものを採用することもできる。すなわち、ワークに対する冷却用ホット油の流速が毎秒0.87m以上となるように前記冷却用ホット油を焼入れ開始時点から高速で攪拌しながらワークを急速に冷却し、前記ワークの芯部温度がMs点に突入するより前に前記高速攪拌を終了してMs点突入時には前記冷却用ホット油本来の冷却速度となるようにし、その後も前記冷却用ホット油本来の冷却速度で緩やかに冷却することを特徴とする焼入れ方法である(請求項7)。
【0019】
この焼入れ方法によれば、焼入れ開始時点からホット油を高速で攪拌しながらワークを冷却する。攪拌の速度は、ワークに対するホット油の流速が毎秒0.87m以上となる高速である。このため、沸騰段階ではワークを包み込む沸騰泡が確実且つ効率的に剥ぎ取られ、ワーク表面のホット油の入れ替えが促進されて冷却速度が速くなる。よって、ワーク表面の硬度が高く、且つ有効比率(有効硬化層深さ/全浸炭深さ)が高い焼入れ品が得られる。
【0020】
また、沸騰段階後、前記ワークの芯部温度がMs点に突入するより前に前記高速攪拌を終了し、Ms点突入時には前記ホット油本来の冷却速度となるようにする。その後は、ホット油本来の冷却速度で緩やかに冷却する。これにより、ワークの内部(芯部)硬度はホット油本来の焼入れの場合と同等となり、靭性に優れた焼入れ品を得ることができる。
【0021】
前記焼入れ方法によれば、ホット油一種類のみでホット油からコールド油並みの広い冷却能が得られるため、油を入れ替えることなく要求される品質に合わせた焼入れが可能となる。
【0022】
なお、本発明において、高速攪拌の終了とは、攪拌を完全に停止することだけでなく、攪拌速度を低速に落とすことも含む。具体的には前記ホット油本来の冷却速度となるように、ワークに対する冷却用ホット油の流速を毎秒0.5m以下となるように(請求項8)、攪拌速度を低速に落とすか停止することが好ましい。
【0023】
本発明に係る焼入れ装置は、前記焼入れ方法を実施するための装置であって、ワークに対する前記ホット油の流速が毎秒0.87m以上となるように前記ホット油を高速で攪拌する高速攪拌翼を備えることを特徴とする(請求項9)。
【0024】
本発明に係る焼入れ装置によれば、前記高速攪拌翼によりホット油が高速攪拌されることで、ワークに対するホット油の流速が毎秒0.87m以上となる。このため、焼入れ初期の沸騰段階で前記高速攪拌翼を作動させることで、ワークを包み込む沸騰泡が確実且つ効率的に剥ぎ取られ、ワーク表面のホット油の入れ替えが促進されて冷却速度が速くなる。このため、ワーク表面の硬度が高く、且つ有効比率(有効硬化層深さ/全浸炭深さ)が高い焼入れ品が得られる。
【0025】
また、沸騰段階後、前記ワークの芯部温度がMs点に突入するより前に前記高速攪拌を終了し、Ms点突入時にはホット油本来の冷却速度となるようにする。その後は、ホット油本来の冷却速度で緩やかに冷却する。よって、ワークの内部(芯部)硬度はホット油本来の焼入れの場合と同等の硬度となり、靭性に優れた焼入れ品が得られる。すなわち、全浸炭深さの同じワークであれば、有効硬化層深さ(ECD)がより大きく、芯部の硬度が小さい、靭性に優れた焼入れ品を得ることができる。
【0026】
好適な実施の一形態として、前記高速攪拌翼が船舶用スクリューであり、該船舶用スクリューによる前記ホット油の高速流を前記ワークに向けて案内するダクトを備え、前記船舶用スクリューの回転により焼入れ槽内で前記ホット油が高速で循環する態様を例示する(請求項10)。この場合、前記船舶用スクリューはその特性上高速流を生じさせやすい。前記船舶用スクリューの回転によって生じるホット油の高速流は、前記ダクトに案内されて前記ワークに噴きかかり、該ワークを冷却する。前記焼入れ槽内には、前記船舶用スクリューの回転により焼入れ油の循環流ができ、効率的な焼入れが行われる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の焼入れ方法で得られる硬度分布の模式図である。
【図2】SCM420試験片0.8mass%CのCCT線図(表面相当)である。
【図3】SCM420試験片0.5mass%CのCCT線図である。
【図4】SCr435試験片0.35mass%CのCCT線図である。
【図5】SCr415試験片0.2mass%CのCCT線図(芯部相当)である。
【図6】本発明の実施の一形態に係る焼入れ方法による冷却曲線と冷却速度を示すグラフである。
【図7】本発明の実施の一形態に係る焼入れ方法による冷却曲線と冷却速度を示すグラフである。
【図8】本発明方法の実施例と比較例1,2によるテストピース1の歯先、歯面及び歯底の硬度分布を示すグラフである。
【図9】本発明方法の実施例と比較例1,2によるテストピース2の歯先、歯面及び歯底の硬度分布を示すグラフである。
【図10】本発明の実施の一形態に係る焼入れ装置を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本願発明者は、有効比率(有効硬化層深さ/全浸炭深さ)が高く、且つ、内部(芯部)の靭性に優れる焼入れ品を得ることができる焼入れ方法及び焼入れ装置について、鋭意検討と試験を繰り返し、本願発明を見いだした。
【0029】
従来の焼入れ方法では冷却能の異なる焼入れ油を用途に応じて使い分けている。焼入れ油としてはコールド油、セミホット油、ホット油があり、コールド油が最も冷却能が大きく、ホット油が最も冷却能が小さい。
【0030】
コールド油とホット油での焼入れの違いは、同じ鋼部材、すなわち同形状・同材質・同じ深さ方向のカーボンプロファイル(カーボン濃度分布)の鋼部材においてコールド油では有効硬化層が深く得られるが内部硬度が高く、ホット油では有効硬化層が浅くなるが内部硬度は低い。
【0031】
歯車などは表面を硬化させ内部に靭性が必要なため、単純に冷却能を上げて有効比率を上げるだけでは靭性に優れた製品を製造することはできない。ホット油で焼入れされた製品の内部硬度はそのままで、有効硬化層だけを深く得る焼入れができれば優れた表面硬度と靭性を併せ持つ製品となる。すなわち、有効比率(有効硬化層深さ/全浸炭深さ)が高く、且つ、内部(芯部)の硬度がホット油で冷却した程度である靭性に優れる焼入れ品について、発明者は次の通り検討と試験を重ねた。
【0032】
まず、本発明の焼き入れ方法で目標とする鋼部材の硬度分布の例として、鋼部材SCr420(浸炭品)の焼入れ品の深さ方向の硬度分布について、図1に模式図を示した。図1に示されるとおり、SCr420をコールド油で焼入れした場合はECD(有効硬化層深さ)が0.8mm(ビッカース硬度Hvが513のときの深さ、JISに準拠)であり、芯部の硬さがHRC35である。また、SCr420をホット油で焼入れした場合はECDが0.65mm(ビッカース硬度Hvが513のときの深さ、JISに準拠)であり、芯部の硬さがHRC30である。本発明の焼入れ方法においては、ECDをコールド油の焼入れと同様の0.8mm程度に保持したまま、芯部硬さをホット油と同様のHRC30程度とするものを目標とする。
【0033】
本発明者は上記特性が得られる方法として、まず、1回の焼入れにおいて、コールド油とホット油を使用し、冷却時間(冷却速度)をコントロールすることで、有効硬化層深さはコールド油焼入れ並み、芯部硬度はホット油焼入れ程度に制御することができるか試験を行った。
【0034】
<実施例・比較例>
(1)サンプル及び試験方法
鋼種SCr420、直径18mm、長さ40mmの試験片を準備し、以下の5つの方法で焼入れ処理を実施した。なお、コールド油(日本グリース製:ハイスピードクエンチ 1070)は60℃、ホット油(日本グリース製:光輝マルテンパー油 S)は130℃に加熱したものを、それぞれステンレス製バケツに10L準備した。また、試験片の中心部と外周部から1.5mmの距離の部分に直径1mm、深さ20mmの穴を開け、熱電対を挿入して温度プロファイルを測定した。
【0035】
試験1: 浸炭品である試験片を850℃まで窒素中で加熱して15分保持した後、コールド油焼入れした。
【0036】
試験2: 浸炭品である試験片を850℃まで窒素中で加熱して15分保持した後、ホット油焼入れした。
【0037】
試験3: 試験片を浸炭処理せずに(素材そのまま)850℃まで窒素中で加熱して15分保持した後、コールド油に浸漬して600℃まで冷却した後にコールド油から取り出し、1秒保持後、該試験片をホット油に浸漬する手順で焼入れを実施した。
【0038】
試験4: 試験片を浸炭処理せずに(素材そのまま)850℃まで窒素中で加熱して15分保持した後、コールド油に浸漬して600℃まで冷却した後にコールド油から取り出し、3秒保持後、該試験片をホット油に浸漬する手順で焼入れを実施した。
【0039】
試験5(実施例): 浸炭品である試験片を850℃まで加熱し、850℃で15分保持した後、コールド油に浸漬して600℃まで冷却(第1の冷却工程)した後にコールド油から取り出し、1秒保持(保温工程)後、該試験片をホット油に浸漬する(第2の冷却工程)手順で焼入れを実施した。
【0040】
試験6(実施例): 浸炭品である試験片を850℃まで加熱し、850℃で15分保持した後、コールド油に浸漬して600℃まで冷却(第1の冷却工程)した後にコールド油から取り出し、3秒保持(保温工程)後、該試験片をホット油に浸漬する(第2の冷却工程)手順で焼入れを実施した。
【0041】
なお、試験1、試験2、試験5、試験6の浸炭品である試験片の浸炭処理条件は同一であり、それぞれの試験片の深さ方向のカーボンプロファイルは図1と同じものである。
【0042】
(2)結果
試験1及び試験2:
試験1(コールド油焼入れ)及び試験2(ホット油焼入れ)は冷却曲線及び硬さのリファレンスとして実施した。図1に示されるとおり、SCr420をコールド油で焼入れした場合はECD(有効硬化層深さ)が0.8mm(ビッカース硬度Hvが513のときの深さ、JISに準拠)であり、芯部の硬さがHRC35であった。また、SCr420をホット油で焼入れした場合はECDが0.65mm(ビッカース硬度Hvが513のときの深さ、JISに準拠)であり、芯部の硬さがHRC30であった。
【0043】
なお、本願の有効硬化層深さ(ECD)はJIS G 0557「鋼の浸炭硬化層深さ測定方法」に準拠して測定し、限界硬さはビッカース硬さ513とした。
【0044】
試験3及び試験4:
コールド油冷却曲線からホット油冷却曲線に移行させることができた。ただし、初期(約500℃まで)にはコールド油冷却曲線上に乗せても表面硬度はコールド油と同等にはならなかった。約500℃でホット油に切り替えたあと、Ms点を通過するまでの時間、CCT線図(連続冷却変態線図:オーステナイトを任意の速度で冷却したときの相変態の開始と終了を表す図。縦軸を温度、横軸を対数表記した時間として異なる冷却速度における変態開始あるいは終了の時刻を結んだ曲線として表される。)におけるベイナイト領域を横断するためと推定される。また、浸炭品ではないため、有効比率向上効果が判断できなかった。
【0045】
試験5及び試験6:
コールド油冷却曲線からホット油冷却曲線に移行させることができた。芯部の温度をコールド油冷却曲線上の500℃付近(Ms点を超える温度)でホット油冷却に切り替えれば、芯部はホット油の冷却速度に変更できることがわかった。
【0046】
コールド油冷却から600℃ですぐ(約1秒;試験4)ホット油冷却に切り替える(約500℃)と、表面硬度および有効硬化層深さはコールド油と同等(試験1)、芯部硬度はホット油(試験2)と同等となった。
【0047】
コールド油冷却から600℃保持3秒(試験5)にてホット油冷却に切り替える(約500℃)ことで、表面硬度および有効硬化層深さはコールド油と同等(試験1)、芯部硬度はホット油と同等(試験2)となった。
【0048】
以上より、図1の狙いの硬度分布に示されるような有効比率(有効硬化層深さ/全浸炭深さ)が高く、且つ、内部(芯部)の硬度がホット油で冷却した程度である靭性に優れる焼入れ品が得られることがわかった。
【0049】
(3)考察
浸炭品(浸炭領域、試験5、試験6)であればCCT線図におけるノーズに引っかかることがないため、表面はコールド油と同等が得られると推定される。以下、CCT線図と関連づけて考察する。
【0050】
a.上記試験5、6においては浸炭拡散処理において、表面のカーボン濃度が0.8mass%となっている。芯部温度を約600℃までコールド油で冷却し、1〜3秒保持した後ホット油で冷却した場合、表面はマルテンサイト変態となった。図2のCCT線図(カーボン濃度0.8mass%)に示すとおり、フェライト、ベイナイトノーズが右に寄っているため、表面全てがマルテンサイト変態となったと考えられる(図2の鋼種はSCM420であるが、傾向は類似しているため説明のため代用した)。
【0051】
b.次にカーボン濃度が0.5mass%の箇所(表面から約0.52mmの深さの部分)における冷却を検討してみる。約600℃までコールド油で冷却し、1〜3秒保持した後ホット油で冷却した場合、カーボン濃度が0.5mass%の部分はマルテンサイト変態となった。図3のCCT線図(カーボン濃度0.5mass%)に示すとおり、フェライト、ベイナイトノーズが右に寄っているため、全てマルテンサイト変態となったと考えられる(図3の鋼種はSCM420であるが、傾向は類似しているため説明のため代用した)。
【0052】
c.次にカーボン濃度が0.35mass%の箇所(表面から約0.71mmの深さの部分)における冷却を検討してみる。約600℃までコールド油で冷却し、1〜3秒保持(保温工程)した後ホット油で冷却した場合、ベイナイトを含むマルテンサイトの組織となった。図4のCCT線図(カーボン濃度0.35mass%)に示すとおり、ベイナイトノーズのかぶり量(ベイナイトの量)によって、大きなECD(Hv513)が得られるか得られないかが決まると考えられる。コールド油の冷却曲線であればHv550、ホット油の冷却曲線でHv430となる。したがって、試験片内部(芯部)はマルテンサイト変態を抑制しながらMs点直上でホット油の冷却曲線にのせ、且つカーボン濃度が0.35mass%付近の浸炭層をいかに早く冷却してベイナイトノーズのかぶりを少なくしてマルテンサイト変態させるかが本発明のポイントとなると考えられる(図4の鋼種はSCr435であるが、傾向は類似しているため説明のため代用した)。
【0053】
d.次に、カーボン濃度が約0.2mass%の箇所(表面から約1.5mmの深さの部分、芯部)における冷却を検討してみる。約600℃までコールド油で冷却し、1〜3秒保持した後ホット油で冷却した場合、フェライトとセメンタイトを含むマルテンサイトの組織となった。本試験片の場合、コールド油での焼入れ硬度(ロックウェル硬度)はHRC35であり、ホット油の焼入れ硬度はHRC30であった。図5のCCT線図(カーボン濃度0.2mass%)に示すとおり、初期冷却速度はコールド油並みに速くしてもMs変態線より高い温度で冷却速度をホット油程度に落とすことで内部硬度HRC30に近づけることが可能となると考えられる(図5の鋼種はSCr415であるが、傾向は類似しているため説明のため代用した)。
【0054】
なお、コールド油からホット油への切り替え時間が長すぎると芯部の保有熱により表面温度が復温し、Ms点より低くなった箇所が再度Ms点以上に復温した場合、硬度低下が懸念される。
【0055】
上述の通り、コールド油とホット油を使用することにより、図1に示される目標とした深さ方向の硬度プロファイル、すなわち有効硬化層深さはコールド油焼入れ並み、芯部硬度はホット油焼入れ程度が得られることがわかった。
【0056】
以上の試験及び考察より、本発明に係る焼入れ方法として、次の方法が得られる。すなわち、鋼部材からなるワークを浸炭処理した後、冷却する鋼部材の焼入れ方法であって、焼入れ温度からワークの芯部がワークの芯部のMs点より高い第1の温度域まで第1の冷却速度で冷却する第1の冷却工程と、その後、前記第1の温度域より低い温度域において第1の冷却速度より小さい第2の冷却速度で冷却する第2の冷却工程と、を備え、焼入れ後にワークの表面がマルテンサイト組織となり、且つ、ワークの有効硬化層深さが、ワークを焼入れ温度から室温まで第2の冷却速度で冷却した場合よりも大きく、ワークを焼入れ温度から室温まで第1の冷却速度で冷却した場合と同じか又は小さく、且つ、ワークの芯部の硬度が、ワークを焼入れ温度から室温まで第2の冷却速度で冷却した場合と同等になるように、前記第1の冷却速度と前記第2の冷却速度とを制御することを特徴とする、焼入れ方法である。
【0057】
第1の温度域とはワークの芯部のMs点より高い温度であり、具体的にはMs点温度+200℃の温度域であることが好ましい。
【0058】
また、前述の、ワークの芯部の硬度が、ワークを焼入れ温度から室温まで第2の冷却速度で冷却した場合と“同等”になるように、とは、ワークを焼入れ温度から室温まで第2の冷却速度で冷却した場合のワークの芯部の硬さに対し、本発明の焼入れ方法で作製したワークの芯部の硬度がロックウェル硬さ(HRC)で概ね±2以内の範囲であれば“同等”といえる。
【0059】
本発明においてワークの深さ方向のカーボン濃度の測定は、まずワークを硬化面に垂直に切断し、切断面を研磨仕上げして被検面とした。被検面について、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)を用いて表面に垂直な深さ方向のカーボン(C)濃度を測定した。図1のC濃度(カーボンプロファイル)はこのようにして測定した。また、カーボンプロファイルにおいて、浸炭前のワーク(母材)のC濃度と同じになる深さ(表面からの距離)を全浸炭深さとし、本発明においては、この位置(境界部)を芯部とした。
【0060】
なお、本願における芯部のロックウェル硬さの測定は、前述のようにワークの切断し、断面研磨したサンプルにおける芯部の部分を、JIS Z 2245「ロックウェル硬さ試験−試験方法」のロックウェル硬さ、Cスケールに準拠して測定した。
【0061】
また、本願におけるワーク表面のビッカース硬さの測定は、JIS Z 2244「ビッカース硬さ試験−試験方法」に準拠して試験力300g(2.942N)で測定した。
【0062】
有効硬化層深さは、JIS G 0557「鋼の浸炭硬化層深さ測定方法」に準拠して、前述のようにワークの切断し、断面研磨したサンプルについてビッカース硬さを測定した。
【0063】
さらに、前記第1の冷却工程と前記第2の冷却工程との間に、ワークの芯部の温度を前記第1の温度域で所定の保温時間保持する保温工程を備え、ワークの芯部の硬さが所定の硬さとなるように前記保温時間を制御すると、より好ましい。
【0064】
保持時間はワークの大きさ、形状、目的とする硬さにもよるが、概ね20秒以下、好ましくは10秒以下、さらには5秒以内で良い。
【0065】
さらに、発明者は、前記焼入れ方法を実施する上で工業的に有利な方法を検討した。
【0066】
まず、2種類の冷媒(冷却油)を使用する装置は設備が略2倍になり設備コストが大きくなり、それぞれの冷却油の管理が必要となる。また、鋼種に応じて冷却油を選択して入れ替えが必要となることも考えられる。そこで、1種類の冷媒(冷却油)で冷却速度切り替えが可能であるか検討した。
【0067】
冷却には段階があり、まず「沸騰段階」、「沸騰と対流の混合段階」、「対流段階」に分けられる。必要な冷却能力としては、500℃まではコールド油並みの早い冷却(沸騰段階)、500℃以下ではホット油並みの遅い冷却(対流段階)とすることが目安である。発明者はまず冷却油の沸点(蒸気圧)を制御することを考えた。
【0068】
1種類の冷却油の場合、まずコールド油においては、被処理物を大気圧焼入れ(沸騰段階)を実施し、500℃で冷却油を加圧して焼入れを行う(対流段階)が考えられる。このときの加圧は例えば1.25MPa(絶対圧力)ぐらい必要であることがわかった。これは理論上は可能であると考えられるが、設備コストが非常に大きくなり工業的には利用は難しいことがわかった。
【0069】
また、ホット油においては、減圧焼入れ(沸騰段階)を実施し、その後500℃で大気圧で焼入れ(対流段階)を実施することが考えられる。このときの減圧は2700Pa(絶対圧力)ぐらいは必要であることがわかった。これも理論上は可能であると考えられるが、設備コストが非常に大きくなり工業的には利用は難しいことがわかった。
【0070】
次に、1種類の冷却油の場合について、ホット油の強攪拌により冷却能力が向上しないかどうか、以下の項目について検討した。
【0071】
ホット油にて500℃までコールド油並みの冷却速度を得るために必要な油の流速はどのぐらいであり、それが工業的に実現可能であるか検討した。
【0072】
冷却速度をコールド油並みとするには、現状のホット油の1.5倍程度の冷却能力が必要であることがわかった。また冷却において「沸騰段階」あるいは 「沸騰+対流の混在する段階(混在領域)」があるが、攪拌による冷却能の向上は可能であるか不明であるので検証する必要があると考えた。
【0073】
「沸騰+対流段階」を強制対流の乱流領域として考えると、熱伝達率は乱流領域の場合、流速の0.8乗に比例する。
【0074】
従来例として通常の攪拌流速Vは0.2〜0.5m/s(秒速0.5m)程度である。流速を0.5m/sとした場合、1.5倍の冷却能力が出せるようにするとV=V0.8×1.5よりV=0.862m/sとなる。すなわちホット油の流速を0.862m/s以上に上げることができればコールド油の冷却速度に近づけることができるのではないかと予測した。
【0075】
以下、添付図面を参照して、前記焼入れ方法を実施するための具体的な態様として、ホット油の強攪拌に関する本発明の実施の一形態に係る焼入れ方法及び焼入れ装置について説明する。
【0076】
本発明の実施の一形態に係る焼入れ方法は、ワークに対する冷却用ホット油の流速が毎秒0.87m以上となるように前記冷却用ホット油を焼入れ開始時点から高速で攪拌しながらワークを急速に冷却し(第1の冷却工程)、前記ワークの芯部温度がMs点に突入するより前に前記高速攪拌を終了してMs点突入時には前記冷却用ホット油本来の冷却速度(第2の冷却速度)となるようにし、その後も前記冷却用ホット油本来の冷却速度で緩やかに冷却することを特徴とする。
【0077】
すなわち、本実施の形態では、焼入れ開始時点からホット油を高速で攪拌しながらワークを冷却する。攪拌の速度は、ワークに対するホット油の流速が毎秒0.87m以上となる高速である。このため、沸騰段階ではワークを包み込む沸騰泡が確実且つ効率的に剥ぎ取られ、ワーク表面のホット油の入れ替えが促進されて冷却速度が速くなる(第1の冷却速度)。よって、ワーク表面の有効比率(有効硬化層深さ/全浸炭深さ)が高い焼入れ品が得られる。
【0078】
なお、ワークに対する冷却用ホット油の流速が毎秒0.87m以上としたのは、前述の攪拌流速に関する計算を根拠としており、好ましくは毎秒0.9m以上、さらに好ましくは毎秒1m以上である。
【0079】
また、沸騰段階後、前記ワークの芯部温度がMs点に突入するより前に前記高速攪拌を終了し、Ms点突入時には前記冷却用ホット油本来の冷却速度(第2の冷却速度)となるようにする。その後は、ホット油本来の冷却速度で緩やかに冷却する。よって、ワークの内部(芯部)硬度はホット油本来の焼入れの場合と同等の硬度となり、靭性に優れた焼入れ品が得られる。
【0080】
本発明の発明者等は、本発明の実施の一形態に係る焼入れ方法の効果を検証するため、次のような試験を行った。
【0081】
テストピース1として、直径84mm(歯数40)のSCM415材の平歯車(浸炭品)の一部をカットして用い、このテストピース1に穴を開けて芯部温度測定用のシース熱電対を取り付ける。同じく、テストピース2として、直径81mm(歯数25)のSCM415材の平歯車(浸炭品)の一部をカットして用い、このテストピース2に穴を開けて芯部温度測定用のシース熱電対を取り付ける。これらのテストピース1,2を一本のSUS棒に針金で固定する。このように、一本のSUS棒にテストピース1,2を固定したものを3セット準備する。
【0082】
3セットのテストピースを、N雰囲気、850℃に保持された加熱炉(ゴールドファーネス)に挿入後、30分間保持する。その後、加熱された3セットのテストピースを、電気コンロで保温されたステンレスバケツ内の油(冷却液、油の量10L)で冷却する(焼入れ)。
【0083】
冷却液として、130℃のホット油を二つと60℃のコールド油一つを準備する。同じ条件で加熱した前記テストピースの各セットをそれぞれの油で焼入れし、焼入れ過程におけるテストピース1,2の温度を前記各シース熱電対で連続的に測定する。ホット油、コールド油の銘柄は前述のものと同じである。
【0084】
<実施例>
一方のホット油による焼入れにおいては、本発明の一実施例に係る焼入れ方法を実施する。具体的には、前記テストピース1,2の付いたSUS棒をホット油に漬け、それと同時に、ハンドドリルに装着したインペラーでホット油を高速攪拌する。このとき、テストピースに対するホット油の流速が1m/秒となるように高速攪拌する。なお、本願において流速は熱線流速計により測定した。途中で高速攪拌を停止し、前記テストピース1,2の芯部温度がMs点に突入するより前(本実施例では芯部温度600℃のとき)に前記高速攪拌を停止する。高速攪拌の停止のタイミングは、その後、Ms点(本実施例では400℃)に突入した時点でホット油本来の冷却速度となるようなタイミングとする。その後、芯部温度が300℃になった時点からホット油の流速が約0.5m/秒となるように弱い攪拌を開始し、ホット油本来の冷却速度で緩やかに冷却する。
【0085】
<比較例1>
他方のホット油による焼入れは、比較例1である。すなわち、テストピース1,2の付いたSUS棒自体をホット油内で手回しして緩やかに攪拌する。この場合の、テストピースに対するホット油の流速は、約0.5m/秒とする。
【0086】
<比較例2>
コールド油による焼入れは、比較例2である。テストピース1,2の付いたSUS棒自体をコールド油内で手回しして攪拌する。この場合の、テストピースに対するコールド油の流速も約0.5m/秒とする。
【0087】
前記実施例及び比較例1,2の各測定結果から、テストピース1について図6の冷却曲線を、テストピース2について図7の冷却曲線を得た。また、これらの冷却曲線から算出した冷却速度も、図6及び図7に示してある。
【0088】
図6及び図7から次のことが分かる。テストピース1,2ともに、ホット油を高速攪拌した本実施例では、それより低速でホット油を攪拌した比較例1よりも、沸騰段階(500℃以上)における冷却速度が速くなる。
【0089】
図8(a)〜(c)は、前記実施例と比較例1,2によるテストピース1の歯先、歯面及び歯底の硬度分布を示している。同様に、図9(a)〜(c)は、前記実施例と比較例1,2によるテストピース2の歯先、歯面及び歯底の硬度分布である。これらの図から分かるように、ホット油を高速攪拌した本実施例によれば、有効硬化層深さ[ECD=ビッカース硬度Hvが513のときの深さ(JISに準拠)]がコールド油による焼入れの場合(比較例2)とほぼ同等で、内部(芯部)硬度がホット油による従来の焼入れ(比較例1)とほぼ同等である。すなわち、本実施例によれば、有効硬化層深さ(ECD)をコールド油並みに深くでき、芯部硬度はホット油並みの焼入れ品を得ることができる。以下の表に、ECD及び芯部硬さ(ロックウェル硬さ)を示す。
【0090】
なお、テストピース1の歯先、歯面、歯元の全浸炭深さは、実施例、比較例1、比較例2において全て同じである。また、テストピース2の歯先、歯面、歯元の全浸炭深さは、実施例、比較例1、比較例2において全て同じである。したがって、有効硬化層深さが大きいほど有効比率も大きい。例えばテストピース1の歯面の全浸炭深さは1mmであった。
【0091】
本発明の焼入れ方法は、ホット油による従来の焼入れ方法よりも有効硬化層深さを大きくし、且つ芯部の硬度がホット油による従来の焼入れと同等のものが得られるという効果があるともいえる。
【表1】

【表2】

【0092】
ところで、実際の焼入れにおいて、前記方法を実施するためには、ワークを浸漬したホット油を攪拌機構によって高速で攪拌させることになる。そのため、ワークに対するホット油の流速を毎秒0.87m以上となし得る高速攪拌機構を備えた焼入れ装置を用いる。
【0093】
図10に、前記高速攪拌機構1を備える焼入れ装置2を例示する。この焼入れ装置2は、従来の焼入れ装置と同じく、焼入れ槽3と、該焼入れ槽3に対してワークを出し入れするためのワーク昇降機構4と、を備える。さらに、前記焼入れ装置2は、前記高速攪拌機構1と、ダクト5とを備える。
【0094】
前記ワーク昇降機構4は、昇降駆動源としてのシリンダ6と、該シリンダ6の伸縮ロッド7の下端に連結される昇降フレーム8と、を備える。前記シリンダ6は、前記焼入れ槽3の上部に一体に設けられたシリンダ支持枠9に前記伸縮ロッド7を下向きにして固定される。前記伸縮ロッド7が一杯まで伸長することで、前記昇降フレーム8が所定の焼入れ位置(図10に仮想線で示す位置)まで下降し、前記伸縮ロッド7が一杯まで収縮することで、前記昇降フレーム8が焼入れ油Fから上方へ脱して、所定のワーク受入位置(図10に実線で示す位置)まで上昇する。
【0095】
前記昇降フレーム8には、浸炭品である多数のワークが整列されたワーク整列棚10が支持される。
【0096】
前記焼入れ槽3内の前記焼入れ位置には、矩形の囲み筒11が配設される。該囲み筒11は、上下両端が開放され周囲が閉じており、下降して前記焼入れ位置に停止した前記昇降フレーム10の周囲を取り囲む。
【0097】
前記高速攪拌機構1は、攪拌駆動源としての攪拌用モータ12と、該攪拌用モータ12で駆動される攪拌翼13とを備える。前記攪拌用モータ12は、前記焼入れ槽3の天井部14に固定されていて、出力軸15が下向きに延び、該出力軸15の下端に前記攪拌翼13が固定されている。前記攪拌用モータ12は高速攪拌に適する出力を有する。前記攪拌翼13は軸流式の回転翼(一例として3枚羽根)であり、前記焼入れ位置の横側方に位置する。前記攪拌翼13としては、船舶用のスクリューを用いるのが好ましい。船舶用のスクリューは、用途上高速流を生じさせ易いからである。前記攪拌翼13の周囲は上下方向に延びる円筒形の攪拌胴16で囲まれている。前記高速攪拌機構1の各部の強度は、高速攪拌に耐え得る強度とされる。
【0098】
前記ダクト5は、前記焼入れ槽3の内底面に配置されて水平方向に延びている。前記ダクト5の入口部5aは前記攪拌胴16の下端部に連結され、前記ダクト5の出口部5bは前記囲み胴11の下端部内に開口している。前記ダクト5は、前記攪拌翼13の回転で前記攪拌胴16内に生じる焼入れ油Fの高速流を、流速のばらつきを抑制しつつ前記囲み筒11内へと案内する。
【0099】
前記囲み筒11内に高速で流入した焼入れ油Fは、前記焼入れ位置にある前記ワーク整列棚10上の各ワークに毎秒1m以上の流速で接触又は衝突し、前記ワークを冷却する。ワークの冷却に関与した焼入れ油Fは、前記囲み筒11の上部開口から流出し、前記攪拌胴16内へと流入する。前記攪拌翼13の回転中、焼入れ油Fのこのような循環が継続するので、効率的な焼入れが行われる。
【0100】
なお、前記焼入れ槽3の高さ(深さ)をできるだけ低く抑える観点から、前記ダクト5は、図10に示すように、角のない扁平な形状にするのが好ましい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼部材からなるワークを浸炭処理した後、冷却する鋼部材の焼入れ方法であって、
焼入れ温度からワークの芯部がワークの芯部のMs点より高い第1の温度域まで第1の冷却速度で冷却する第1の冷却工程と、
その後、前記第1の温度域より低い温度域において第1の冷却速度より小さい第2の冷却速度で冷却する第2の冷却工程と、を備え、
焼入れ後にワークの表面がマルテンサイト組織となり、
且つ、ワークの有効硬化層深さが、ワークを焼入れ温度から室温まで第2の冷却速度で冷却した場合よりも大きく、ワークを焼入れ温度から室温まで第1の冷却速度で冷却した場合と同じか又は小さく、
且つ、ワークの芯部の硬度が、ワークを焼入れ温度から室温まで第2の冷却速度で冷却した場合と同等になるように、
前記第1の冷却速度と前記第2の冷却速度とを制御することを特徴とする、焼入れ方法。
【請求項2】
ワークの表面が連続冷却変態線図において、全てマルテンサイト変態するように、前記第1の冷却速度と前記第2の冷却速度とを制御することを特徴とする、請求項1に記載の焼入れ方法。
【請求項3】
前記ワークの有効硬化層深さとなるように前記第1の冷却速度を制御することを特徴とする、請求項1又は2に記載の焼入れ方法。
【請求項4】
前記第1の冷却工程と前記第2の冷却工程との間に、ワークの芯部の温度を前記第1の温度域で所定の保温時間保持する保温工程を備え、ワークの芯部の硬さが所定の硬さとなるように前記保温時間を制御することを特徴とする、請求項1,2又は3に記載の焼入れ方法。
【請求項5】
前記第2の冷却速度が、ホット油でワークを冷却するときのワークの冷却速度であることを特徴とする、請求項1乃至4のいずれか一項に記載のガス焼入れ方法。
【請求項6】
前記第1の冷却速度が、コールド油でワークを冷却するときのワークの冷却速度であることを特徴とする、請求項1乃至5のいずれか一項に記載のガス焼入れ方法。
【請求項7】
ワークに対する冷却用ホット油の流速が毎秒0.87m以上となるように前記冷却用ホット油を焼入れ開始時点から高速で攪拌しながらワークを急速に冷却し、前記ワークの芯部温度がMs点に突入するより前に前記高速攪拌を終了してMs点突入時には前記冷却用ホット油本来の冷却速度となるようにし、その後も前記冷却用ホット油本来の冷却速度で緩やかに冷却することを特徴とする、焼入れ方法。
【請求項8】
前記ホット油本来の冷却速度となるように、ワークに対する冷却用ホット油の流速を毎秒0.5m以下とすることを特徴とする、請求項7に記載の焼入れ方法。
【請求項9】
ワークに対する冷却用ホット油の流速が毎秒0.87m/s以上となるように前記ホット油を高速で攪拌する高速攪拌翼を備えている、焼入れ装置。
【請求項10】
前記高速攪拌翼が船舶用スクリューであり、該船舶用スクリューによる冷却用ホット油の高速流を前記ワークに向けて案内するダクトを備え、前記船舶用スクリューの回転により焼入れ槽内で前記ホット油が高速で循環する、請求項9に記載の焼入れ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−207239(P2012−207239A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−71394(P2011−71394)
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【出願人】(306039120)DOWAサーモテック株式会社 (45)