説明

熱サイクル装置及び熱サイクル方法

【課題】簡易な機構によって短時間でPCRを可能とする熱サイクル装置を提供する。
【解決手段】熱サイクル装置は、長手方向を有するバイオチップ100を装着する装着部と、バイオチップの第1端部を加熱する加熱部と、装着部を回転させる回転部と、回転部の回転速度を制御する制御部とを有する。装着部は、バイオチップ100の一方の端部が他方の端部よりも高い位置となるように、かつ、バイオチップの一方の端部と回転軸との距離が、バイオチップの他方の端部と回転軸との距離よりも短くなるようにバイオチップを装着する。制御部は、反応液に作用する遠心力の大きさが重力よりも小さくなる回転速度とする第1モードと、反応液に作用する遠心力の大きさが重力よりも大きくなる回転速度とする第2モードとを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱サイクル装置、及び熱サイクル方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、様々な疾患に関与する遺伝子の存在が明らかになり、遺伝子診断や遺伝子治療など遺伝子を利用した医療が注目されている。また、農畜産分野においても品種判別や品種改良に遺伝子を用いた手法が多く開発されてきている。遺伝子を利用するための技術として核酸増幅技術が広く普及している。核酸増幅技術としては一般的にPCR(Polymerase Chain Reaction)などが知られている。PCRは、増幅の対象とする核酸(標的核酸)及び試薬を含む溶液(反応液)に熱サイクルを施すことで、標的核酸を増幅させる手法である。熱サイクルとは、2段階以上の温度を周期的に反応液に施す処理である。PCRにおいては、2段階または3段階の熱サイクルを施す手法が一般的である。今日では、PCRは、生体物質の情報解明において必要不可欠な技術となっている。
【0003】
PCRでは一般に、チューブやバイオチップ(生体試料反応用チップ)と称する、生化学反応を行うための容器を使用する。しかし、従来の手法においては、必要な試薬等の量が多く、また反応に時間がかかるという問題があった。一般にPCRに用いる試薬は高価なため、使用する試薬はできるだけ少なくすることが望ましい。また、PCRを例えば感染症の診断に利用するために、PCRを短時間で行える反応装置が必要とされていた。
【0004】
このような問題を解決するために、特許文献1には、反応液と、反応液と混和せず反応液よりも比重の小さい液体(ミネラルオイル等、以下「液体」と称する)とが充填されたバイオチップを、水平方向の回転軸の周りに回転させることで、反応液を移動させて熱サイクルを施す生体試料反応装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−136250号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示された生体試料反応装置は、バイオチップを連続して回転させることで反応液に熱サイクルを施していた。反応液は回転に伴ってバイオチップの流路内を移動するので、反応液を所望の温度に所望の時間保持するためには、バイオチップの流路構造を複雑にするなどの工夫をする必要があった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以上のような問題点に鑑みてなされたものであり、加熱時間の制御が容易な熱サイクル装置及び熱サイクル方法を提供することである。
【0008】
[適用例1]本適用例に係る熱サイクル装置は、反応液と、前記反応液とは混和せず、かつ、前記反応液よりも比重の小さい液体とが充填された、長手方向を有するバイオチップを装着する装着部と、前記装着部に前記バイオチップを装着した場合に、前記バイオチップの前記長手方向における第1端部を加熱する加熱部と、前記装着部を回転させる回転部と、前記回転部の回転速度を、前記回転部の回転によって前記反応液に作用する遠心力の大きさが前記反応液に作用する重力の大きさよりも小さい第1の速度にする第1モードと、前記回転部の回転速度を、前記回転部の回転によって前記反応液に作用する遠心力の大きさが前記反応液に作用する重力の大きさよりも大きい第2の速度にする第2モードとを有する制御部と、を含み、前記装着部は、前記第1端部と前記回転部の回転軸との距離が、前記バイオチップの前記長手方向における端部であって、前記第1端部とは異なる第2端部と前記回転軸との距離よりも短く、かつ、前記第1端部の重力ポテンシャルが、前記第2端部の重力ポテンシャルよりも小さくなる向きに前記バイオチップを装着する。
【0009】
本適用例に記載の熱サイクル装置は、回転部の回転速度を第1の速度にする第1モードと、回転部の回転速度を第1の速度とは異なる第2の速度にする第2モードとを有する。第1の速度は、反応液に作用する遠心力の大きさが反応液に作用する重力よりも小さい速度であり、第2の速度は、反応液に作用する遠心力の大きさが反応液に作用する重力よりも大きい速度である。ここで、装着部にバイオチップを装着した場合に、バイオチップの長手方向における第1端部と回転部の回転軸との距離は、バイオチップの長手方向における端部であって、第1端部とは異なる第2端部と回転軸との距離よりも短い。さらに、第1端部の重力ポテンシャルは第2端部の重力ポテンシャルよりも小さい向きにバイオチップが装着される。つまり、第1モードにおいては重力の方が遠心力よりも大きいため、重力の作用によって重力ポテンシャルが第2端部よりも小さい第1端部に反応液が保持される。一方、第2モードにおいては遠心力の方が重力よりも大きいため、遠心力の作用によって、回転軸に対して第1端部よりも遠い第2端部に反応液が保持される。そして、加熱部が第1端部を加熱することによって、第1モードにおいて第1端部に保持される反応液を所定の温度に保持することができる。第2端部は第1端部よりも回転軸に対して遠いため、第1端部と第2端部は異なる温度となる。すなわち、第2モードにおいて第2端部に保持される反応液を第1端部とは異なる温度に保持することができる。したがって、第1モードで回転させる時間と第2モードで回転させる時間とを制御することによって、加熱時間を容易に制御可能な熱サイクル装置を提供できる。
【0010】
[適用例2]上記適用例に記載の熱サイクル装置は、さらに、前記第2端部を加熱する第2加熱部を含み、前記加熱部は、第1の温度に前記第1端部を加熱し、前記第2加熱部は、前記第1の温度とは異なる第2の温度に前記第2端部を加熱してもよい。
【0011】
本適用例の熱サイクル装置は、第2の温度に第2端部を加熱する第2加熱部を含むため、装着部にバイオチップを装着した場合に、バイオチップの第2端部の温度をより正確に制御できる。したがって、より正確な熱サイクルを反応液に施すことができる。
【0012】
[適用例3]本適用例に係る熱サイクル方法は、熱サイクル装置を用いた熱サイクル方法であって、前記熱サイクル装置に、反応液と、前記反応液とは混和せず、かつ、前記反応液よりも比重の小さい液体とが充填された、長手方向を有するバイオチップを装着することと、前記バイオチップの前記長手方向における第1端部を加熱することと、前記バイオチップを、所定の回転軸を中心として第1の速度で回転させることと、前記バイオチップを、前記所定の回転軸を中心として前記第1の速度とは異なる第2の速度で回転させることと、を含み、前記装着することは、前記第1端部と前記所定の回転軸との距離が、前記バイオチップの前記長手方向における端部であって、前記第1端部とは異なる第2端部と前記所定の回転軸との距離よりも短く、かつ、前記第1端部の重力ポテンシャルが、前記第2端部の重力ポテンシャルよりも小さい向きに前記バイオチップを装着する。
【0013】
本適用例の熱サイクル方法は、バイオチップを第1の速度で回転させることと、バイオチップを第1の速度とは異なる第2の速度で回転させることとを含む。第1の速度は、反応液に作用する遠心力の大きさが反応液に作用する重力よりも小さい速度であり、第2の速度は、反応液に作用する遠心力の大きさが反応液に作用する重力よりも大きい速度である。ここで、バイオチップの長手方向における第1端部と回転部の回転軸との距離が、バイオチップの長手方向における端部であって、第1端部とは異なる第2端部と回転軸との距離よりも短くなるようにバイオチップが熱サイクル装置に装着される。さらに、第1端部の重力ポテンシャルが第2端部の重力ポテンシャルよりも小さい向きにバイオチップが装着される。つまり、第1の速度でバイオチップを回転させると、重力の方が遠心力よりも大きいため、重力の作用によって重力ポテンシャルが第2端部よりも小さい第1端部に反応液が保持される。一方、第2の速度でバイオチップを回転させると、遠心力の方が重力よりも大きいため、遠心力の作用によって、回転軸に対して第1端部よりも遠い第2端部に反応液が保持される。そして、第1端部を加熱することによって、第1の速度でバイオチップを回転させた結果、第1端部に保持される反応液を所定の温度に保持することができる。一方、第2端部は第1端部よりも回転軸に対して遠いため、第1端部と第2端部は異なる温度となる。すなわち、第2の速度でバイオチップを回転させた結果、第2端部に保持される反応液を第1端部とは異なる温度に保持することができる。したがって、第1の速度でバイオチップを回転させる時間と第2の速度でバイオチップを回転させる時間とを制御することによって、加熱時間を容易に制御可能な熱サイクル方法を提供できる。
【0014】
なお、以上述べた各構成は、本発明の趣旨を逸脱しない限り、互いに組み合わせることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施形態に係る熱サイクル装置の模式図。
【図2】実施形態に係るバイオチップの模式図。
【図3】実施形態に係る熱サイクル装置の回転部および装着部を回転軸方向から見た平面図。
【図4】変形例1に係る熱サイクル装置の模式図。
【図5】変形例2に係る熱サイクル装置の模式図。
【図6】変形例3に係る熱サイクル装置の模式図。
【図7】変形例4に係る熱サイクル装置の模式図。
【図8】実施形態に係る熱サイクル装置を用いた熱サイクル処理の手順を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を用いて以下の順序に従って説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0017】
1.実施形態
1−1.熱サイクル装置の構成
1−2.熱サイクル装置を用いた熱サイクル処理
2.変形例
2−1.変形例1
2−2.変形例2
2−3.変形例3
2−4.変形例4
【0018】
1.実施形態
1−1.熱サイクル装置の構成
図1は、実施形態に係る熱サイクル装置2(生体試料反応装置)の模式図である。図1は、装着部210にバイオチップ(生体試料反応用チップ)100が装着された状態を表す。図3は、実施形態に係る熱サイクル装置の回転部200および装着部210を回転軸方向から見た平面図である。図2は、実施形態に係るバイオチップを示す模式図である。まず、本実施形態に係る熱サイクル装置2に装着して使用するバイオチップ100について図2を参照して説明し、次に熱サイクル装置2について図1および図3を参照して説明する。
【0019】
図2は、本実施形態に係るバイオチップ100の模式図であり、反応液110が収容された状態を示す。バイオチップ100は、容器101と、容器101を封止する蓋102とを含む。容器101には、反応液110とは混和せず、かつ、反応液110よりも比重の小さい液体104が充填されている。バイオチップ100は、例えばポリプロピレンなどの樹脂で形成されることが望ましい。バイオチップ100の材質として樹脂を用いることにより射出成型による大量生産が可能となる。
【0020】
図2に示されているように、バイオチップ100は対向する内壁に近接して反応液110がバイオチップ100の底部(第1端部108)と蓋102で封止される反応液導入部(第2端部106)との間を移動するように形成されている。言い換えると、第2端部106はバイオチップ100の容器101における一方端部の領域を意味し、第1端部108はバイオチップ100の容器における、第1端部とは異なる側の端部の領域を意味する。ここで、バイオチップ100は、第1端部108と第2端部106との間の距離が、第1端部108と第2端部106とを結ぶ方向と垂直な方向の距離よりも長い形状となっている。すなわち、第1端部108と第2端部106とを結ぶ方向が長手方向である。反応液110はバイオチップ100の長手方向に沿って移動する。
【0021】
バイオチップ100は、容器101に液体104が充填され、蓋102で封止された状態で流通し、保管される。PCRを行う際には、ユーザーが蓋102を開封し、マイクロピペット等を用いて増幅の対象とする核酸(標的核酸)を含み得る検体及び試薬を含む反応液110を容器101に流入させ、再度蓋102で容器101を封止する。ここで、容器101に充填されている液体104は、反応液110とは混和しないため、反応液110は液体104内で液滴の状態となる。また、液体104は反応液110よりも比重が小さいため、反応液110は液体104内を沈降し、バイオチップ100の重力方向における最下部まで移動する。すなわち、バイオチップ100を鉛直に立てた場合には、重力方向において相対的に下方に位置する側の端部へ反応液110が移動する。なお、反応液110は試薬を含む状態で容器101に導入されるものとしたが、予め試薬をバイオチップ100に塗布しておき、標的核酸を含み得る液体を容器101に流入させたときに標的核酸を含む液体と試薬とが混合して反応液110を構成するようにしてもよい。
【0022】
本実施形態におけるバイオチップ100の大きさは、例えば、内径2mm、外径3mm、長さ30mm程度の寸法で作製し、バイオチップ100の内部には2マイクロリットル以下の反応液110を収容することが望ましい。反応液110の体積が2マイクロリットル以上になると、反応液110の直径がバイオチップ100の内径に近くなり、反応液110とバイオチップ100内壁とのすきまが狭くなって反応液110の上下間で液体104が流れにくくなるため、結果として反応液110が移動しにくくなるからである。
【0023】
容器101に充填される液体104としては、PCRを阻害せず反応液110よりも比重が小さければ、どのような種類の液体104を用いてもかまわない。ただし、液体104の粘度は3mPa・s以上10mPa・s以下にすることが望ましい。この範囲の粘度の液体104を用いることにより、バイオチップ100内部の温度分布を安定にすることができ、また、反応液110の移動を比較的短時間に行うことができる。3mPa・sよりも低い粘度の液体104を用いると、熱勾配の影響によりバイオチップ100内でオイル液体が対流しやすくなり、その結果、バイオチップ100に遠心力を印加した際にバイオチップ100内部の温度分布が不安定になりやすい。また、10mPa・sよりも高い粘度の液体104を用いると、バイオチップ100内部の反応液110が移動しにくくなり、反応液110の移動時間が長くなるため、結果としてPCRに要する時間が長くなってしまう。このような液体104の一例としては、ミネラルオイルやシリコンオイルを挙げることができる。
【0024】
図1に示すように、本実施形態に係る熱サイクル装置2は、装着部210と、回転部200と、回転部200を回転させるモーター400と、回転部200を支持しモーター400の回転動力を回転部200に伝える支持棒300と、モーター400の回転速度を制御する制御部410と、を含む。さらに、熱サイクル装置2は、バイオチップ100の第1端部108を加熱する第1加熱部(加熱部)620と、バイオチップ100の第2端部106を加熱する第2加熱部610と、第1加熱部620および第2加熱部610に電力を供給し回転部200の外部の電源と接続するスリップリング500と、を備えている。
【0025】
図3は、本実施形態に係るバイオチップ100を複数収容した場合の熱サイクル装置2の平面図である。図3は、熱サイクル装置2を回転軸方向から見た平面図であり、一例としてバイオチップ100を8本収容した例を示している。
【0026】
装着部210の機構は、バイオチップ100を固定できればどのような機構であってもよい。例えばバイオチップ100の第1端部108と嵌合することによって、バイオチップ100を装着する機構であってもよいし、バイオチップ100の第2端部106をベルトによって固定する機構であってもよい。
【0027】
また、装着部210は、後述する回転部200の回転軸sとバイオチップ100の第1端部108との距離が、回転部200の回転軸sとバイオチップ100の第2端部106との距離よりも短くなるようにバイオチップ100を装着する。言い換えると、第1端部108の方が第2端部106よりも回転軸sに近くなるようにバイオチップ100を装着する。また、装着部210は、バイオチップ100の第1端部108よりも第2端部106の方が高い位置になるようにバイオチップ100を装着する。言い換えると、第1端部108の重力ポテンシャルが、第2端部106の重力ポテンシャルよりも小さくなる向きにバイオチップ100を装着する。このようにバイオチップ100を装着部210に装着することによって、回転部200の回転によって生じる遠心力が重力よりも大きい場合には反応液110を第2端部106へ移動させ、回転部200の回転によって生じる遠心力が重力よりも小さい場合には反応液110を第1端部108へ移動させることができる。
【0028】
図1に示す例では、装着部210は、回転軸sとバイオチップ100の第2端部106との水平方向(重力方向と直交する方向)の距離uが回転軸sとバイオチップ100の第1端部108との水平距離dよりも長くなるように傾斜した状態でバイオチップ100を装着する。好ましくは、装着部210は、バイオチップ100の第2端部106と第1端部108を通る直線aと鉛直方向(重力方向)の直線(回転軸s)とのなす角度θが約45°になるように、バイオチップ100を装着してもよい。バイオチップ100を約45°に傾斜させて設置することによって、重力と遠心力との両方を最も効率的に反応液110に印加することができる。
【0029】
モーター400は、回転部200を回転させることによって、装着部210に装着されたバイオチップ100に作用する遠心力を生じさせる。本実施形態においては、装着部210は回転部200の一部として構成されているので、回転部200が回転すると装着部210が回転される。回転部200は、支持棒300を介して接続されたモーター400の回転動力によって回転する。モーター400は後述する制御部410から出力される制御信号に応じて回転速度を変更することができる。本実施形態では、回転部200の回転軸が重力方向と平行である。回転軸は重力方向と平行でなくてもよい。前述したように回転軸と第1端部108および第2端部106の位置関係は、第1端部108の方が第2端部106よりも回転軸に近い。
【0030】
制御部410は、モーター400に対して制御信号を送信することによって、モーター400の回転速度を制御する。制御部410はモーター400の回転速度を任意の速度に変更できるものであればよいが、少なくとも以下の2つのモードを備える。第1モードは、回転部200の回転速度が第1の速度となるように、モーター400の回転速度を制御するモードである。第1の速度は、装着部210に装着されたバイオチップ100(反応液110)に作用する遠心力の大きさが、バイオチップ100(反応液110)に作用する重力の大きさよりも小さくなる速度である。第1モードは、重力の方が回転によって発生する遠心力よりも大きくなればよく、低速度で回転するか、または、全く回転しない場合も含む。一方、第2モードは、回転部200の回転速度が第2の速度となるように、モーター400の回転速度を制御するモードである。第2の速度は、装着部210に装着されたバイオチップ100(反応液110)に作用する遠心力の大きさが、バイオチップ100(反応液110)に作用する重力の大きさよりも大きくなる速度である。第2モードは、回転によって発生する遠心力の方が重力よりも大きければよい。遠心力と重力との関係から明らかなように、第1の速度よりも第2の速度の方が速い。例えば、回転半径が5cmの場合に毎秒3回転の速度で回転させるとバイオチップ100には約1.8Gの遠心力が作用するため、遠心力が重力よりも大きくなる。
【0031】
第1加熱部620は、バイオチップ100を装着部210に装着した場合において、バイオチップ100の第1端部108を加熱する。一方、第2加熱部610は、バイオチップ100を装着部210に装着した場合において、バイオチップ100の第2端部106を加熱する。第1加熱部620と第2加熱部610とは、それぞれ異なる温度でバイオチップ100を加熱する。言い換えると、バイオチップ100の第1端部108(下部)と、第2端部106(上部)とは異なる温度で加熱される。本実施形態では、バイオチップ100の第1端部108を第1加熱部620によって約95℃に加熱し、バイオチップ100の第2端部106を第2加熱部610によって約60℃に加熱する。第1加熱部620の加熱温度を約60℃とし、第2加熱部610の加熱温度を約95℃としてもよい。また、熱サイクル装置2は第1加熱部620だけ備え、第2加熱部610が存在しない構成でもよい。この場合、第1加熱部620によって第1端部108を約95℃に加熱し、第2端部106は、第1端部108の高温部から第2端部106へ向かって徐々に低音となる温度勾配によって約60℃に加熱されればよい。第1加熱部620および第2加熱部610は、例えば熱電線など、スリップリング500を介して供給される電力によって熱を発するものであればよい。
【0032】
1−2.熱サイクル装置を用いた熱サイクル処理
次に、本実施形態に係る熱サイクル装置2を用いた熱サイクル方法について図8を参照して説明する。
図8は、本実施形態における熱サイクル処理の手順を示すフローチャートである。始めに、マイクロピペット等を用いて、反応液110をバイオチップ100に流入させ、バイオチップ100を封止する。次に、反応液110を流入させたバイオチップ100を熱サイクル装置2の装着部210に装着する。
【0033】
熱サイクル装置2の回転部200が停止している状態では、バイオチップ100内の反応液110は、重力の作用によって第1端部108に移動し、そのまま第1端部108に保持される。第1端部108は第1加熱部620によって約95℃に加熱されているため、反応液110も約95℃に加熱される。例えば、反応液110を第1端部108に約5秒間保持すれば、反応液110は約95℃で5秒間加熱される。
【0034】
次に、制御部410を第2モードとする、すなわち、回転部200の回転速度が第2の速度となるように回転部200を回転させる(ステップS22)。回転部200が第2の速度で回転している状態では、装着部210に装着されたバイオチップ100(反応液110)に作用する遠心力の大きさが、バイオチップ100(反応液110)に作用する重力の大きさよりも大きくなる。したがって、遠心力の作用によって、バイオチップ100内の反応液110が、バイオチップ100の第1端部108から第2端部106へ向かって移動する。そして、回転部200が第2の速度で回転している状態では、そのまま第2端部106に反応液110が保持される。第2端部106は第2加熱部610によって約60℃に加熱されているため、反応液110も約60℃に加熱される。例えば、反応液110を20秒間第2端部106に保持すれば、反応液110は約60℃で20秒間加熱される。
【0035】
次に、制御部410を第1モードとする、すなわち、回転部200の回転速度を遅くすることによって、回転部200の回転速度を第1の速度となるように回転部200を回転させる(ステップS23)。ここで、第1の回転速度で回転部200を回転させることは、回転部200の回転を停止させることも含む。回転部200が第1の速度で回転している状態では、装着部210に装着されたバイオチップ100(反応液110)に作用する遠心力の大きさが、バイオチップ100(反応液110)に作用する重力の大きさよりも小さくなる。したがって、バイオチップ100内の反応液110が、バイオチップ100の第2端部106から第1端部108へ向かって移動する。そして、回転部200が第1の速度で回転している状態ではそのまま第1端部108に反応液110が保持され、反応液110が再び約95℃に加熱される。
【0036】
この動作を繰り返し行うことによって、言い換えると、制御部410を第1モードとして回転部200を回転させることと、制御部410を第2モードとして回転部200を回転させることとを繰り返すことによって、反応液110をバイオチップ100内の第1端部108と第2端部106との間で移動させることができる。熱サイクル処理は、第1の温度と第2の温度とに加熱するサイクルが所定の回数行われたか否かを判定して、所定の回数に達した場合に終了される(ステップS24)。第1端部108は第1加熱部620によって、第2端部106は第2加熱部610によって、それぞれ異なる温度に加熱されている。したがって、反応液110を第1端部108と第2端部106との間で移動させることによって、反応液110に対して熱サイクルを施すことができる。さらに、制御部410によって回転部200の回転速度を切り替えるという簡単な制御によって、反応液110の加熱時間を容易に制御することができ、PCRを安定して行うことができる。
【0037】
2.変形例
本発明は上記実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様にて実施することが可能である。以下に上記実施形態の変形例について説明する。なお、変形例の説明においては、上記実施形態と同一の構成については同一の符号を付し、その説明を省略する。
【0038】
2−1.変形例1
図4は、変形例1に係る熱サイクル装置4の模式図である。図4は、制御部410を第2モードとして回転部200を回転させている状態を示す。上記の実施形態では熱サイクル装置2が第1加熱部620、第2加熱部610を有していたが、変形例1に係る熱サイクル装置4は、第1加熱部620、第2加熱部610に替えて加熱ランプ(加熱部)700を有する点で上記の実施形態とは異なる。また、変形例1に係る熱サイクル装置4は、装着部の構造が熱サイクル装置2とは異なる。
【0039】
図4に示すように、熱サイクル装置4は、加熱ランプ700によって、回転部200を加熱し、回転部200からの熱伝導によって、装着部210に装着されたバイオチップ100の第1端部108を加熱する。加熱ランプ700は例えば、バイオチップ100の第1端部108が約95℃に加熱されるように、加熱温度が設定される。回転部200は、加熱ランプ700からの熱を装着部210に効率的に伝えるために、熱伝導率の高い金属材料で形成されていることが好ましい。非接触の加熱方式を採用することにより、スリップリングなどの構成が不要となるので、熱サイクル装置を簡易な構成とすることができる。
【0040】
また、図4に示す熱サイクル装置4の装着部220は、バイオチップ100の第1端部108近傍を固定することによって、バイオチップ100を装着する構造となっている。また、装着部220は、バイオチップ100の第2端部106を、熱サイクル装置4内の雰囲気(熱サイクル装置4内部の気体)に開放状態とする構造となっている。例えば、熱サイクル装置4内の雰囲気を約60℃に保持することによって、バイオチップ100の第2端部106を加熱することができる。熱サイクル装置4内の雰囲気を加熱する方法としては、加熱された気体を外部から熱サイクル装置4内に送風することによって行うことができる。
【0041】
このような構成にすることによって、加熱ランプを用いて非接触でバイオチップ100を加熱することができる。したがって、装着部220の近傍、特にバイオチップ100の第2端部106に加熱機構を組み込む必要がなくなるため、装置構造を簡易な構成にすることができる。また、バイオチップ100の第2端部106が開放状態になっているため、PCRで増幅された増幅産物をリアルタイムで蛍光測定するリアルタイム蛍光検出を行う場合に、障害物のないバイオチップ100の側面から反応液110の蛍光を検出することが可能となる。したがって、検出感度が高く高精度な蛍光検出を行うことが可能となる。
【0042】
2−2.変形例2
図5は、変形例2に係る熱サイクル装置6の模式図である。図5は、制御部410を第2モードとして回転部200を回転させている状態を示す。変形例2に係る熱サイクル装置6は、蛍光検出部800が付加された点で上述した実施形態とは異なる。変形例2に係る熱サイクル装置6によれば、簡易な構造でリアルタイム蛍光検出が可能となる。
【0043】
蛍光検出部800は、装着部210の上部に配置され、装着部210に装着されたバイオチップ100の蓋102を介して励起光を反応液110に照射し、励起された蛍光を検出する。反応液110の蛍光検出は、熱サイクルにおいて反応液110の温度が低い状態、すなわち、反応液110がバイオチップ100の第2端部106に保持されているときに行う。反応液110が第2端部106に保持されている状態では、回転部200が第2の速度で回転している状態である。したがって、蛍光検出部800を1箇所に固定した状態であっても、装着部210に装着された複数のバイオチップ100について、反応液110の蛍光検出が可能となる。なお、バイオチップ100の内部にある反応液110の蛍光検出をバイオチップ100の外部から行うため、バイオチップ100は、例えばポリプロピレンなどの透明な樹脂で形成されることが望ましい。
【0044】
このような構成にすることによって、PCRとリアルタイム蛍光検出とを簡易な構造の熱サイクル装置6で実現することができる。さらに、蛍光検出部800を移動させることなく、装着部210に装着された複数のバイオチップ100について、反応液110の蛍光検出を行うことができる。
【0045】
2−3.変形例3
図6は、変形例3に係る熱サイクル装置8の模式図である。変形例3に係る熱サイクル装置8は、変形例1の構成と変形例2の構成とを組み合わせた構成である。すなわち、加熱ランプ700を用いて非接触でバイオチップ100の第1端部108を加熱することができる。さらに、蛍光検出部800を用いてリアルタイム蛍光検出が可能となっている。
【0046】
図6に示す熱サイクル装置8では、蛍光検出部800の配置が変形例2とは異なる。具体的には、変形例2では蛍光検出部800は装着部210の上部(蓋102に対して容器101と反対側)に配置されていたが、変形例3では、装着部220に装着されるバイオチップ100の第2端部106の側面方向(バイオチップ100の長手方向と直交する方向)に蛍光検出部800が配置されている。熱サイクル装置8では、バイオチップ100の第2端部106が熱サイクル装置8内の雰囲気に開放状態となっているため、第2端部106に保持された反応液110を蛍光検出する方向の自由度が高くなる。そこで、図6に示すように蛍光検出部800を配置することによって、バイオチップ100の側面から励起光を反応液110に照射し、励起された蛍光を蛍光検出部800によって検出することが可能となる。バイオチップ100の側面は、バイオチップ100の蓋102よりも部材の肉厚が薄く、部材による励起光や蛍光の透過率の低下を抑えることができるため、より高感度な蛍光検出を行うことが可能となる。
【0047】
2−4.変形例4
図7は、変形例4に係る熱サイクル装置10の模式図である。変形例4に係る熱サイクル装置10は、装着部および回転部の構造をより簡易にし、さらに、熱サイクル装置10内の雰囲気を温度制御することによって、バイオチップ100の第1端部108と第2端部106とを加熱する点で上述した実施形態とは異なる。
【0048】
図7に示されるように、熱サイクル装置10は、装着部230を有する。装着部230は、バイオチップ100の長手方向における中央部をベルト等によって固定する。このようにすることによって、バイオチップ100の第1端部108と第2端部106の付近を熱サイクル装置10内の雰囲気に開放状態にしている。
【0049】
また、熱サイクル装置10は、第1加熱部としての温風器910と、第2加熱部としての温風器920とを有する。温風器910は、熱サイクル装置10内の下部の雰囲気、言い換えると、装着部230に装着されたバイオチップ100の第1端部108近傍の雰囲気を例えば約60℃に加熱する。温風器920は、熱サイクル装置10内の上部の雰囲気、言い換えると、装着部230に装着されたバイオチップ100の第2端部106近傍の雰囲気を例えば約95℃に加熱する。回転部202は、回転軸sに対して垂直な平面を有する板の形状を有し、バイオチップ100を装着する穴が設けられている。回転部202は、装着部230を回転させる機能に加え、熱サイクル装置10内の上部の雰囲気と下部の雰囲気の温度が均一にならないように、上下の空間を隔離する機能を有する。これによって、バイオチップ100の第2端部106を約95℃に加熱し、かつ、バイオチップ100の第1端部108を約60℃に加熱することが一層確実に実現できる。
【0050】
図7に示す熱サイクル装置10の構成では、バイオチップ100の第1端部108と第2端部106とがともに開放状態となっているため、バイオチップ100内の反応液110の蛍光検出を第1端部108と第2端部106のどちらからも行うことができる。したがって、熱サイクル装置10の設計の自由度が高くなる。例えば、図7に示す熱サイクル装置10では、熱サイクルにおいて反応液110の温度が低い状態が、反応液110がバイオチップ100の第1端部108に保持されているときとなるため、蛍光検出部800を第1端部108の側面方向に配置することができる。これにより、熱サイクル装置10を一層小型化することができる。
【符号の説明】
【0051】
2,4,6,8,10…熱サイクル装置(生体試料反応装置)、100…バイオチップ(生体試料反応用チップ)、101…容器、102…蓋、104…液体、106…第2端部、108…第1端部、110…反応液、200,202…回転部、210,220,230…装着部、300…支持棒、400…モーター、410…制御部、500…スリップリング、610…第2加熱部、620…第1加熱部(加熱部)、700…加熱ランプ(加熱部)、800…蛍光検出部、910…温風器(第1加熱部)、920…温風器(第2加熱部)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
反応液と、前記反応液とは混和せず、かつ、前記反応液よりも比重の小さい液体とが充填された、長手方向を有するバイオチップを装着する装着部と、
前記装着部に前記バイオチップを装着した場合に、前記バイオチップの前記長手方向における第1端部を加熱する加熱部と、
前記装着部を回転させる回転部と、
前記回転部の回転速度を、前記回転部の回転によって前記反応液に作用する遠心力の大きさが前記反応液に作用する重力の大きさよりも小さい第1の速度にする第1モードと、前記回転部の回転速度を、前記回転部の回転によって前記反応液に作用する遠心力の大きさが前記反応液に作用する重力の大きさよりも大きい第2の速度にする第2モードとを有する制御部と、
を含み、
前記装着部は、前記第1端部と前記回転部の回転軸との距離が、前記バイオチップの前記長手方向における端部であって、前記第1端部とは異なる第2端部と前記回転軸との距離よりも短く、かつ、前記第1端部の重力ポテンシャルが、前記第2端部の重力ポテンシャルよりも小さくなる向きに前記バイオチップを装着する、
熱サイクル装置。
【請求項2】
請求項1に記載の熱サイクル装置であって、さらに、
前記第2端部を加熱する第2加熱部を含み、
前記加熱部は、第1の温度に前記第1端部を加熱し、
前記第2加熱部は、前記第1の温度とは異なる第2の温度に前記第2端部を加熱する、
熱サイクル装置。
【請求項3】
熱サイクル装置を用いた熱サイクル方法であって、
前記熱サイクル装置に、反応液と、前記反応液とは混和せず、かつ、前記反応液よりも比重の小さい液体とが充填された、長手方向を有するバイオチップを装着することと、
前記バイオチップの前記長手方向における第1端部を加熱することと、
前記バイオチップを、所定の回転軸を中心として第1の速度で回転させることと、
前記バイオチップを、前記所定の回転軸を中心として前記第1の速度とは異なる第2の速度で回転させることと、
を含み、
前記装着することは、前記第1端部と前記所定の回転軸との距離が、前記バイオチップの前記長手方向における端部であって、前記第1端部とは異なる第2端部と前記所定の回転軸との距離よりも短く、かつ、前記第1端部の重力ポテンシャルが、前記第2端部の重力ポテンシャルよりも小さい向きに前記バイオチップを装着する、
熱サイクル方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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