説明

燃料用W/O乳化剤

【課題】
燃料油に水を分散させてエマルジョン燃料を得る場合において、製造時の乳化・分散性及び経時安定性に優れたエマルジョン燃料用のW/O乳化剤を提供することを課題とする。
【解決手段】
トリグリセリン濃度とテトラグリセリン濃度の合計が50重量%以上であるポリグリセリンと、縮合リシノール酸とから構成されるポリグリセリン縮合リシノール酸エステルであることを特徴とする燃料用のW/O乳化剤を用いることで、軽油又は重油等の燃料油中に水を安定に分散することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料用W/O乳化剤に関し、さらに詳しくは、軽油又は重油等の燃料油と水を乳化して得られるエマルジョン燃料を製造するための乳化剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ディーゼルエンジン、大型船舶用、大規模工場のスチーム生成用等に用いられる大型のボイラーにおいて、重油、軽油、灯油等の燃料油が用いられている。しかし、これら燃料油を単独で燃焼した場合、不完全燃焼物である一酸化炭素や窒素酸化物(NOx)、煤煙等が発生し、大気汚染の原因となっていた。この対策として、燃料油と水を混合したエマルジョン燃料の使用が提案されている。
【0003】
エマルジョン燃料は、水を軽油又は重油等の燃料油と混合し、乳化させたもので、燃焼に伴い生成するNOxや煤塵を通常の燃料より低減でき、燃料油のみを燃焼させた場合と同等の燃焼効率を得られることが知られている。(特許文献1〜3)燃料油に水を乳化するためには、通常、乳化剤が使用され、例えば、非特許文献1及び特許文献4に記載されるポリグリセリン縮合リシノール酸エステル、特許文献5に記載されるソルビトール、ソルビタン等の多価アルコールの脂肪酸エステル、特許文献6に記載されるアルキルベンゼンスルホン酸塩などのアニオン性界面活性剤やアルコールアルキレンオキサイド付加物等のノニオン性界面活性剤を使用する技術が開示されている。しかし、いずれの技術も十分な乳化安定性がなく、経時的又は経日的にエマルジョンが分離することや乳化剤の添加量が多く必要であるなどの問題点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平6−346071号公報
【特許文献2】特開2006−182890号公報
【特許文献3】特開2006−2058号公報
【特許文献4】特開2003−201485号公報
【特許文献5】特開2004−123947号公報
【特許文献6】特許第3842168号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】日本機械学会文集(B編)67巻653号(2001−1)264−271頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、燃料油に水を分散させてエマルジョン燃料を得る場合において、製造時の乳化・分散性及び経時安定性に優れたエマルジョン燃料用W/O乳化剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究した結果、特定のポリグリセリンと縮合リシノール酸とから構成される、ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルが優れた乳化性を発揮することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、トリグリセリン濃度とテトラグリセリン濃度の合計が50重量%以上であるポリグリセリンと縮合リシノール酸とから構成される、ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルであることを特徴とする燃料用W/O乳化剤を提供する。(請求項1)
【0009】
請求項2に記載の発明は、トリグリセリン濃度とテトラグリセリン濃度の合計が50重量%以上であり、且つトリグリセリン及びテトラグリセリンの各々の濃度が10重量%〜70重量%の範囲であるポリグリセリンから構成されることを特徴とする、燃料用W/O乳化剤である。トリグリセリン濃度とテトラグリセリン濃度の合計が50重量%以上であるポリグリセリンの中でも、トリグリセリン及びテトラグリセリンの各々の濃度が10重量%〜70重量%の範囲であるポリグリセリンを用いた場合、乳化性能はさらに向上する。
【0010】
請求項3に記載の発明は、請求項1ないし2のいずれか1項に記載の燃料用W/O乳化剤を含有してなるエマルジョン燃料である。
【発明の効果】
【0011】
本発明のポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを使用することにより、乳化・分散性及び経時安定性に優れたエマルジョン燃料を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、実施形態に基づいて本発明を説明するが、本発明の範囲はこの実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で変更が加えられた形態も本発明に属する。
【0013】
本実施形態における燃料用W/O乳化剤は、ポリグリセリンと縮合リシノール酸をエステル化反応させて得られるポリグリセリン縮合リシノール酸エステルであり、燃料油と水の乳化に使用される。
【0014】
本発明の燃料用W/O乳化剤に用いられるポリグリセリンは、グリセリンの脱水縮合反応、グリシドール、エピクロルヒドリン、グリセリンハロヒドリン等のグリセリン類似物質を用いての合成、あるいは合成グリセリンのグリセリン蒸留残分からの回収等によって得られるが、一般的には、グリセリンに少量のアルカリ触媒を加えて200℃以上の高温に加熱し、生成する水を除去しながら重縮合させる方法により得られる。反応は、逐次的な分子間脱水反応により順次高重合体が生成するが、反応組成物は均質なものではなく、未反応グリセリン、ジグリセリン、トリグリセリン、テトラグリセリン等の複雑な混合組成物となり、反応温度が高いほど、あるいは反応時間が長いほど反応は高重合度側にシフトする。また、未反応のグリセリンは減圧蒸留による蒸留が可能であり、ジグリセリンは分子蒸留による蒸留が可能であるため、一般的にはジグリセリンは高純度品が使用され、それ以上の重合度のポリグリセリンは、複雑な他成分の混合物やグリセリン、ジグリセリンを蒸留した残分が使用される。
【0015】
ポリグリセリンの組成分析は、一例として、ポリグリセリン試料を約0.5g、及び内部標準物質としてパルミチン酸メチル(1級試薬;キシダ化学)を約0.05g精秤し、ピリジン(特級試薬;キシダ化学)約1.8mLにこれらを溶解させ、次いで、この溶液20μLに対してTMS−HT(試薬;東京化成工業)を0.2mL注入し、温浴にて反応後に上澄み液1μLを下記の分析に供することで判定される。
【0016】
ガスクロマトグラフ:GC−14B(島津製作所)
カラム:OV−1(GLサイエンス製、内径3mm、長さ1.5m)
カラム温度:100℃〜350℃(昇温速度10℃/min)
キャリアーガス:窒素(50mL/min)
注入部温度:350℃
検出器温度:350℃
検出器:FID
【0017】
本発明におけるポリグリセリンは、従来とは大きく異なった組成であり、分子量分布が狭い特徴を有するものである。具体的には、トリグリセリン濃度とテトラグリセリン濃度の合計が50重量%以上であり、好ましくは65重量%以上、より好ましくは70重量%以上である。50重量%未満のポリグリセリンを用いた場合、ポリグリセリンの分子量分布が広いものとなる。最終的に、より分子量分布が広いポリグリセリン縮合リシノール酸エステルとなり、燃料油に対する乳化力が大きく低下する。
【0018】
さらに、トリグリセリン濃度とテトラグリセリン濃度の合計が50重量%以上のポリグリセリンについて、トリグリセリン及びテトラグリセリンの各々の濃度が10重量%〜70重量%の範囲であり、さらに好ましくは20重量%〜70重量%である。
【0019】
また、これに加えて、ジグリセリン濃度が10重量%以下、ヘキサグリセリン以上のポリグリセリン濃度が15重量%未満であることが望ましい。
【0020】
本発明の燃料用W/O乳化剤に用いられる縮合リシノール酸は、主としてひまし油を原料とするリシノール酸を縮合したものである。本発明における縮合リシノール酸の酸価は、30〜50mgKOHが好ましい。本明細書において酸価とは、末端分析法によって算出される値であり、次式(式1)及び(式2)から算出される。
(式1)分子量=280m+18
(式2)酸価=56110/分子量
前記酸価とは、油脂中の遊離脂肪酸の指標となる数値であり、1gの油脂に含まれる遊離脂肪酸を中和するために必要な水酸化カリウムのミリグラム数をいい、水酸化カリウムのミリグラム数は、社団法人日本油化学会編纂、「日本油化学会制定、基準油脂分析試験法(I)、1996年度版」に準じて算出される。
【0021】
本発明の燃料用W/O乳化剤に用いられるポリグリセリン縮合リシノール酸エステルは、例えば、次の方法により合成することができる。リシノール酸に水酸化ナトリウム等のアルカリ触媒を加えた後、常圧もしくは減圧下において、常法に従ってリシノール酸の縮合反応を行う。その後、得られた縮合リシノール酸とポリグリセリンとのエステル化反応を、常圧もしくは減圧下において、常法に従って行い、仕込んだ縮合リシノール酸のほぼ全てがエステル化するまで反応させる。すなわち、遊離の縮合リシノール酸がほとんどなくなるまで十分に反応させる。
【0022】
ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルにおいて、ポリグリセリン(A)と縮合リシノール酸(B)の混合比は、それらの重量比が(A):(B)=20〜8:80〜92の範囲内にあることが好ましい。混合比がこの範囲内である場合、より優れた乳化性能が得られる。
【0023】
本発明の燃料用W/O乳化剤が適用される燃料は、原油を精製して得られる流体燃料、動植物油等の内燃機関の燃料として使用し得る燃料油であれば、特に限定されない。例えば、重油、軽油、灯油、廃油等を挙げることができる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例に基づき、本発明を具体的に示すが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、今回使用したポリグリセリンは、下記の合成例に示すポリグリセリンA〜Iを用いた。
【0025】
<ポリグリセリンA〜Iの合成>
温度計、窒素導入管、撹拌装置を備えた四ツ口フラスコに精製グリセリン(阪本薬品工業株式会社製)、及び触媒として水酸化ナトリウムを添加し、窒素気流下にて250℃で反応させ、ポリグリセリン組成物を得た。次いで、この組成物を減圧蒸留し、表1に示すポリグリセリンA〜Gを得た。尚、減圧蒸留工程を実施しないものとして、ポリグリセリンH及びIを得た。
【0026】
【表1】

【0027】
<縮合リシノール酸の合成>
リシノール酸に触媒として水酸化ナトリウムを添加し、窒素気流下にて180〜220℃で縮合反応を行い、縮合リシノール酸を得た。
【0028】
<ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルの合成>
実施例及び比較例にて使用されたポリグリセリン縮合リシノール酸エステルは、以下に示す方法により合成された。
【0029】
<合成例1>
ポリグリセリンA及び酸価45の縮合リシノール酸の17:83(重量比)の混合物を調製した。この混合物に触媒として水酸化ナトリウムを添加し、200〜220℃に昇温してエステル化反応を行い、実施例で使用されるポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを調製した。なお、エステル化反応は、窒素気流下において撹拌しながら、酸価が1以下となるまで行った。
【0030】
<合成例2〜9>
合成例1のポリグリセリンAの代わりに、ポリグリセリンB〜Iを用いた以外は、合成例1と同様にして、ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを調製した。
【0031】
<合成例10>
ポリグリセリンA及び酸価45の縮合リシノール酸の7:93(重量比)の混合物を調製した以外は、合成例1と同様にしてポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを調製した。
【0032】
<合成例11>
ポリグリセリンA及び酸価45mgKOHの縮合リシノール酸の10:90(重量比)の混合物を調製した以外は、合成例1と同様にしてポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを調製した。
【0033】
<合成例12>
ポリグリセリンA及び酸価45の縮合リシノール酸の25:75(重量比)の混合物を調製した以外は、合成例1と同様にしてポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを調製した。
【0034】
<合成例13>
合成例1の酸価45mgKOHの縮合リシノール酸の代わりに、酸価25mgKOHの縮合リシノール酸を用いた以外は、合成例1と同様にして、ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを調製した。
【0035】
<合成例14>
合成例1の酸価45mgKOHの縮合リシノール酸の代わりに、酸価35mgKOHの縮合リシノール酸を用いた以外は、合成例1と同様にして、ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを調製した。
【0036】
<合成例15>
合成例1の酸価45mgKOHの縮合リシノール酸の代わりに、酸価55mgKOHの縮合リシノール酸を用いた以外は、合成例1と同様にして、ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを調製した。
【0037】
<実施例1〜11、比較例1〜4>
300mLのビーカーにA重油を140g仕込み、そこに合成例1〜5、10〜15で得られた縮合リシノール酸エステルを2g添加し、T.K.ホモミキサー(特殊機化社製)で1分間、10,000rpmで撹拌して溶解させた。10,000rpmで撹拌しながら、水60gを徐々に加え、さらに2分間、10,000rpmで撹拌してW/O型エマルジョンを製造した。製造直後のW/O型エマルジョンは、分離のない、均一な乳化物であった。製造したW/O型エマルジョンを50mLのスクリュー管に移し、25℃にて3日間静置し、油相の分離を観察した。乳化性能は、次式(式3)より算出される分離率をもって評価した。これらの実験を実施例とし、その結果を表2に示す。また、合成例6〜9で得られたポリグリセリン縮合リシノール酸エステルを添加した場合を比較例とし、その結果も表2に示す。
(式3)分離率(%)=(分離したA重油の全長/乳化物の全長)×100
【0038】
【表2】

【0039】
<評価基準>
◎:分離したA重油の割合が20%未満
○:分離したA重油の割合が20〜30%未満
×:分離したA重油の割合が30%以上
【0040】
表2の結果より、本発明の実施例1〜11では、25℃で保存後の乳化安定性が良好であり、乳化状態が安定に保持されていた。特に、ポリグリセリンにポリグリセリンA、縮合リシノール酸に酸価30〜50mgKOHの縮合リシノールを用いた場合、さらに乳化安定性が向上する結果が得られた。一方、ポリグリセリンにF〜Iを使用した比較例1〜4では、乳化安定性が劣る結果となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トリグリセリン濃度とテトラグリセリン濃度の合計が50重量%以上であるポリグリセリンと、縮合リシノール酸とから構成される、ポリグリセリン縮合リシノール酸エステルであることを特徴とする燃料用W/O乳化剤。
【請求項2】
トリグリセリン濃度とテトラグリセリン濃度の合計が50重量%以上であり、且つトリグリセリン及びテトラグリセリンの各々の濃度が10重量%〜70重量%の範囲であるポリグリセリンから構成されることを特徴とする、請求項1記載の燃料用W/O乳化剤。
【請求項3】
請求項1ないし2に記載の何れかの燃料用W/O乳化剤を使用して製造されたエマルジョン燃料。

【公開番号】特開2012−92276(P2012−92276A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−242888(P2010−242888)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(390028897)阪本薬品工業株式会社 (140)
【Fターム(参考)】