説明

燃料電池の極間水移動評価方法

【課題】電気浸透による水移動と拡散による水移動とを切り分けて正確に評価することができる燃料電池の極間水移動評価方法を提供する。
【解決手段】燃料電池の極間水移動評価方法は、膜厚み方向の面内を仮想的にメッシュ状の小領域46に区分し、区分された各小領域46について膜含水率λi,j、電流密度Ii,j、膜中水拡散計数Di,jおよび電気浸透係数ndi,jを演算して記憶し(S10〜S18)、これらλi,j、Ii,j、Di,j、ndi,jから所定の式にしたがって膜厚み方向での水移動量を、拡散による水移動と電気浸透による水移動とに分けて算出する。ここで、膜中水拡散係数Di,jおよび電気浸透係数ndi,jは予め規定された関数にしたがって膜含水率λi,jから算出され、拡散水移動演算に用いられる膜含水率勾配gradλi,jは膜厚方向に隣接する小領域46間における膜含水率λi,jの差分で求められる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池の極間水移動評価方法に係り、特に、燃料電池において固体高分子膜の両側に設けられるアノードおよびカソード間の膜中水移動量を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、固体高分子形燃料電池が知られている。この燃料電池では、固体高分子膜の両側にアノード(または燃料極)およびカソード(または酸化極)が設けられている。このような燃料電池に対して、アノード側には燃料ガス、たとえば水素が供給され、カソード側に酸化ガス、たとえば空気中の酸素が供給される。すると、アノード側では、アノード側触媒層の触媒活性作用によって水素が電子を放出してプロトンが生成される。このとき水素から放出される電子が燃料電池から外部負荷(たとえばモータ等)へと流れて燃料電池における発電が行われることなる。
【0003】
上記においてアノード側で生成されたプロトンは、湿潤状態で良好なプロトン伝導性を示す固体高分子膜の中をアノード側からカソード側へ膜厚方向に通って移動する。一方、カソード側では、カソード側触媒層の触媒作用によって活性化した酸素が上記外部負荷を経由してアノード側から流れてきた電子を受け取って酸素イオンが生成され、この酸素イオンがプロトンと電気化学反応して水が生成される。
【0004】
上記のような固体高分子形の燃料電池における効率のよい発電状態を維持するには、固体高分子膜が適度な湿潤状態が保たれる必要があり、そのためには固体高分子膜内における含水率、または水濃度について正確に評価または管理することが重要である。
【0005】
これに関連する先行技術文献として、例えば、特開2008−293805号公報(以下、特許文献1という)がある。特許文献1には、膜電極接合体の面内の発電量分布を簡易かつ正確に予測することを目的として、燃料電池面内状態推定システムが開示されている。この燃料電池面内状態推定システムでは、膜電極接合体の発電環境と、電流密度I及び水移動量H2O_mとの関係を定めたマップを予め記憶している。まず、カソード入口並びにアノード入口の発電環境を特定する。そして、膜電極接合体を、仮想的に、反応ガスの流れに沿って並んだ複数の小領域に区分する。それから、前段から伝えられる発電環境122、128に基づき、上記マップを参照して、n-1領域の電流密度132及び水移動量136を算出する。また、電流密度132から反応ガス消費量138,146を求める。反応ガス消費量138,146及び水移動量136を反映させることにより(140,144,148,150)、n領域に伝わる発電環境を算出する。このようにして上記全ての小領域につき、発電環境と発電状態の予測を順次実行するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−293805号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述した燃料電池において固体高分子膜内の水移動には、プロトンの移動に随伴してアノード側からカソード側へ水が移動する電気浸透による水移動と、膜内の含水率の勾配によってカソード側からアノード側へ移動する拡散(または逆拡散ともいう)による水移動とがある。したがって、固体高分子膜内における水移動を正確に評価するには、上記の電気浸透による水移動と逆拡散による水移動とを切り分けてそれぞれにつき正確に予測することが求められる。
【0008】
しかしながら、上記特許文献1の燃料電池面内状態推定システムでは、カソードからアノードへの水移動量と発電環境との関係を規定したマップを予め記憶しており、特定された発電環境を基にマップを参照することによって拡散による水移動量を導出することはできるが、電気浸透による水移動量や固体高分子膜の面内における発生分布を正確に把握して評価することができなかった。
【0009】
本発明の目的は、電気浸透による水移動と拡散による水移動とを切り分けて正確に評価することができる燃料電池の極間水移動評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る燃料電池の極間水移動評価方法は、燃料電池において固体高分子膜の両側に設けられるアノードおよびカソード間の膜中水移動量を評価する方法であって、膜厚み方向の面内を仮想的にメッシュ状に区分し、区分された各小領域について膜含水率、電流密度、膜中水拡散計数、および、電気浸透係数を演算して記憶する第1工程と、前記第1工程で算出された膜含水率、電流密度、膜中水拡散係数、電気浸透係数から所定の式にしたがって膜厚み方向での水移動量を、拡散による水移動と、電気浸透による水移動とに分けて算出する第2工程と、を含み、前記第1工程における膜中水拡散係数および電気浸透係数は予め規定された関数にしたがって前記膜含水率から算出され、前記第2工程において拡散水移動演算に用いられる膜含水率の勾配は膜厚方向に隣接する前記小領域間における膜含水率の差分で求められるものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る燃料電池の極間水移動評価方法によれば、第1工程で演算により得られた膜含水率、電流密度、膜中水拡散係数および電気浸透係数から第2工程で所定の式にしたがって拡散による水移動と電気浸透による水移動とを分けて算出するから、固体高分子膜の膜厚方向の面内における水移動をより正確に予測および評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】燃料電池セルの分解斜視図である。
【図2】燃料電池の膜中水移動評価装置の概略構成を示すブロック図である。
【図3】本実施形態の膜中水移動評価方法を説明するための概念図である。
【図4】燃料電池の膜中水移動評価方法を実行する処理手順を示すフローチャートである。
【図5】膜中水移動評価結果の表示例を示すグラフである。
【図6】本実施形態の膜中水移動評価の計算時間を示すグラフである。
【図7】膜中の水移動分布を二次元的に表示する例を示すコンター図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明に係る実施の形態について添付図面を参照しながら詳細に説明する。この説明において、具体的な形状、材料、数値、方向等は、本発明の理解を容易にするための例示であって、用途、目的、仕様等にあわせて適宜変更することができる。
【0014】
図1は、本実施形態の燃料電池の極間水移動評価方法(以下、単に極間水移動評価方法ともいう)が適用される燃料電池10(「単セル10」ともいう)の構造を概略的に示す分解斜視図である。この単セル10は、電解質膜12と、電解質膜12の両側に接した状態で設けられるアノードアセンブリ20およびカソードアセンブリ22と、を有している。電解質膜12は、例えば、固体高分子電解質で形成されている。以下においては、アノードアセンブリを単にアノードといい、カソードアセンブリを単にカソードということがある。
【0015】
アノードアセンブリ20は、電解質膜12に接して設けられるアノード触媒層14a(アノード側の電極に相当する)と、アノード触媒層14aに接して設けられるアノード拡散層16aと、アノード拡散層16aに接して設けられるセパレータ18と、を含む。同様に、カソードアセンブリ22は、電解質膜12に接して設けられるカソード触媒層14c(カソード側の電極に相当する)と、カソード触媒層14cに接して設けられるカソード拡散層16cと、カソード拡散層16cに接して設けられるセパレータ18と、を含む。
【0016】
アノード触媒層14aとカソード触媒層14cとは、触媒を含み導電性の良好な材料で形成されており、例えば、触媒としての白金を担持したカーボン粉と、電解質膜12に用いられる電解質とを混ぜた樹脂を、膜状に成形したものが用いられる。
【0017】
アノード拡散層16aとカソード拡散層16cとは、ガス拡散性と導電性とが良好な材料で形成されており、例えば、カーボンクロス、カーボンペーパ、カーボンフェルトが用いられる。
【0018】
セパレータ18は、単セル10を積層する際に、アノード拡散層16aとカソード拡散層16cとを両側から挟む。セパレータ18は、水素透過性が低く導電性の良好な材料で形成されており、例えば、樹脂に導電材料を混入して成形したものが用いられる。
【0019】
アノード20のセパレータ18は、アノード拡散層16aと接する面に複数の溝を有している(ここでの図示省略)。このセパレータ18がアノード拡散層16aと接すると、この溝は、燃料ガス、例えば水素ガスの流れる燃料ガス流路を形成する。
【0020】
同様に、カソード22のセパレータ18は、カソード拡散層16cと接する面に複数の溝を有している(ここでの図示省略)。このセパレータ18がカソード拡散層16cと接すると、この溝は、酸化ガス、例えば酸素を含む空気の流れる反応ガス流路を形成する。
【0021】
なお、図1の「z方向」は、1つの単セル10内のカソード拡散層16cからアノード拡散層16aへ向かう積層方向を示している。また、「x方向」はz方向と垂直な方向であって電解質膜12の表面に沿った横方向を示し、「y方向」はx方向とz方向とのそれぞれと垂直な方向であって電解質膜12の表面に沿った縦方向を示している。
【0022】
続いて、上記構成からなる燃料電池10における発電動作について説明する。アノード20には、図示しない燃料系統を介して例えば水素が供給され、カソード22には例えば酸化ガスとしての酸素を含む空気が供給される。アノード20に供給された水素は、セパレータ18によって形成された燃料ガス流路をアノード拡散層16aに沿って矢印x方向に流れる。一方、カソード22に供給された空気は、セパレータ18によって形成される酸化ガス流路をカソード拡散層16cに沿って矢印xの逆方向に流れる。
【0023】
アノード20では、燃料ガス流路を流れる水素がアノード拡散層16a内に流入してアノード触媒層14aへと至り、白金等の触媒による活性化作用によって電子を放出してプロトンが生成される。水素が放出した電子は、それぞれ導電性を有するアノード触媒層14a、アノード拡散層16a、セパレータ18を流れて発電電力として燃料電池10から取り出される。そして、この発電電力が図示しない電気回路を介して外部負荷、例えばモータ等に供給されて、駆動電力として用いられることになる。外部負荷を通過して流れる電子は、図示しない電気回路を介して燃料電池10のカソード22に還流する。
【0024】
カソード22では、酸化ガス流路を流れる空気中の酸素がカソード拡散層16c内に流入してカソード触媒層14cへと至る。そこで、カソード触媒層14cに含まれる白金等の触媒による活性化作用によって、酸素は、外部負荷からカソード22へ還流してきた電子を受け取って酸素イオンとなる。また、カソード22に供給される空気は、燃料電池10へ供給される前に加湿器等を通過することによって適度に加湿されている。これにより、カソード22に供給された空気に含まれる水分は、カソード拡散層16cおよびカソード触媒層14cを介して電解質膜12に供給され、電解質膜12が良好なプロトン伝導性を発揮する湿潤状態にしている。ただし、燃料電池10に供給される空気は必ずしも加湿器等によって加湿されていなくてもよく、発電作用の結果としてカソード22で生成される水によって電解質膜12の湿潤状態が確保および維持されてもよい。
【0025】
上記のようにアノード20で生成されたプロトンは、湿潤した電解質膜12内をアノード20側からカソード22側へと移動する。そして、カソード触媒層14cにおいて生成されている酸素イオンと電気化学反応によって結合して水が生成される。カソード22で生成された水(以下、生成水ともいう)は、カソード22の酸化ガス流路を介して燃料電池10から排気される空気と共に外部へ排出されることになるが、生成水はカソード22側から電解質膜12内に浸透して湿潤状態を保つためにも用いられる。
【0026】
上述したように電解質膜12は、適度に湿潤していることで良好なプロトン伝導性を発揮し得るものであるため、燃料電池10の発電性能を維持または向上させるうえで、固体高分子からなる電解質膜12内における水移動を正確に評価または予測することが重要である。ここで電解質膜12内の水移動には、プロトンが移動するのに伴って水分がアノード側からカソード側へ移動する電気浸透による水移動と、膜中の含水率の勾配によって水分がカソード側からアノード側へ移動する拡散(以下、逆拡散ともいう)による水移動とがある。したがって、電解質膜12中における水移動を正確に評価するには、電気浸透による水移動と、拡散による水移動とを切り分けて解析できるようにすることが求められる。
【0027】
次に、本実施形態の極間水移動評価方法を実行するための燃料電池の極間水移動評価装置30について説明する。図2は、極間水移動評価装置30の概略構成を示すブロック図である。極間水移動評価装置30は、入力手段32、処理手段34および出力手段36を備える。
【0028】
入力手段32は、オペレータによる入力操作を受け付けて入力情報を処理手段34に送信する機能を有し、例えば、キーボード、タッチパネル、マウス等により構成される。オペレータは、燃料電池10が発電状態の演算に必要な情報(以下、発電状態演算情報ともいう)、例えば、水素供給量、酸素(空気)供給量、アノード20およびカソード22におけるガスの流れ方向、アノード20に供給される水素の露点、カソード22に供給される空気の露点、燃料電池10の温度等を入力手段32から入力することができる。ただし、入力手段32は、オペレータによって入力された情報を受け付けるものに限らず、燃料ガス系統や酸化ガス系統に設けられた流量計、圧力計、温度計、露点計(または湿度計)等の計測手段から信号を受信することによって、発電状態の演算に必要な情報を受け取って処理手段34に送信してもよい。
【0029】
処理手段34は、例えば、CUP(中央演算処理装置)またはMPU(超小型演算処理装置)を中心にRAM,ROM等のメモリ、入出力ポート等を含むコンピュータによって構成されている。処理手段34は、発電状態演算部38と水移動量演算部40と記憶部42とを含む。発電状態演算部38および水移動量演算部40は、上記に予め格納されて上記CPUにおいて実行されるソフトウェアによって構成されることができるが、その一部がハードウェア要素によって実現されてもよい。各部38,40における具体的な演算処理については後述する。また、記憶部42は、演算結果を書き換え可能に記憶することができる上記RAMによって構成されている。
【0030】
出力手段36は、処理手段34による処理結果を受信して視覚により認識可能に出力する機能を有する。具体的には出力手段36は、表示装置、印刷装置等によって構成されることができる。
【0031】
次に、図3,4を参照して本実施形態の膜中水移動評価方法について説明する。図3は、この膜中水移動評価方法を実行する処理手順を示すフローチャートであり、図4は膜中水移動評価方法における発電状態演算処理(第1工程)を説明するための概念図である。図3に示す膜中水移動評価の処理は、入力手段32から処理手段34に発電状態演算情報が送信されたときに実行される。
【0032】
処理手段34は、まず、膜厚み方向の面内を仮想的にメッシュ状に区分し、区分された各小領域について膜含水率λ、電流密度I、膜中水拡散計数D、および、電気浸透係数ndを演算する。この演算は上記発電状態演算部38の機能により実行される。
【0033】
具体的には、図4に示すように、電解質膜12においてy方向の所定の断面内にあるモデル領域44を想定し、モデル領域44を仮想的にx−z平面内で二次元メッシュ状の多数の少領域46に区分する。そして、区分された各小領域46について膜含水率λi,j、電流密度Ii,j、膜中水拡散係数Di,j、電気浸透係数ndi,jについてそれぞれ演算して求める。この解析モデルでは、アノード20側では水素がx方向(矢印48方向)に流れ、一方、カソード22側では空気がマイナスx方向(矢印50方向)に流れるように、すなわち水素と酸素とがカウンタ方向に流れる条件が与えられている。また、解析モデル44中において、下向き矢印52はカソード22からアノード20への拡散による水移動を表し、上向き矢印54はアノード20からカソード22への電気浸透による水移動を表している。
【0034】
詳細には上記発電状態演算処理では、図3に示すように、まずステップS10において、アノード20での水素流量、カソード22での酸素流量が各小領域46について順次にそれぞれ計算される。そして、続くステップS12において、水素濃度、酸素濃度および膜含水率λi,jが各小領域46について順次にそれぞれ計算され、その計算結果が記憶部42に一時記憶される。
【0035】
そして、ステップS14において、各小領域46について求められた膜含水率λi,jから下記(1)、(2)式にしたがって膜中水拡散係数Di,jおよび電気浸透係数ndi,jを各小領域46についてそれぞれ計算し、その計算結果が記憶部42に一時記憶される。下記(1)、(2)式は、実験やシュミレーション等から規定される関数の一例であり、処理手段34の記憶部42に予め記憶されている。ここで(1)式中において、Tはセル温度であり、膜含水率λの添え字i,jの表示が省略されている。
Di,j=3.1×10-7λ(e-0.28λ−1)e(-2346/T) (0<λ≦3のとき)
または
=4.17×10―8λ(1+161e―λ)e(-2346/T) (3<λのとき)
…(1)
ndi,j=25λi,j/22 …(2)
【0036】
次いで、ステップS16において、電子およびプロトンのポテンシャルが各小領域46について順次にそれぞれ計算され、その計算結果としての電流密度Ii,jが記憶部42に一時記憶される。
【0037】
上記のステップS10〜S16の各計算は、アンシス・ジャパン株式会社が提供する解析ソフトウェア「ANSYS FLUENT」などのCFDソフト上でユーザ関数を組み込むことで上記CPUにおいて実行することができる。また、そのユーザ関数の具体的な内容は、CHEMICAL REVIWS, 2004, Volume 104, pp4727-4766に掲載されたChoa-Yang Wang氏の論文「Fundamental Models for Fuel Cell Engineering」に詳細に記述されている。
【0038】
続いて、処理手段34は、ステップS18において、記憶部42に一時記憶された各小領域46についての膜含水率λi,j、電流密度Ii,j、膜中水拡散係数Di,j、および電気浸透係数ndi,jがそれぞれ収束しているかを判定する。この収束判定は、各小領域46についてそれぞれ算出された膜含水率λi,j、電流密度Ii,j、膜中水拡散係数Di,j、電気浸透係数ndi,jの妥当性を判断するもので、例えば、互いに隣接する小領域46における各値λi,j、Ii,j、Di,j、ndi,jの偏差が予め規定されて記憶されている各閾値Δλth, ΔIth, ΔDth, Δndthよりもそれぞれ小さいときに収束していると判定することができる。
【0039】
上記ステップS18において収束していないと判定されると、上記ステップS10に戻って水素および酸素の流量を変更してステップS12〜18の処理を繰り返し実行する。そして、ステップS18において収束したと判定されると発電状態演算処理を終了して、次の水移動量演算処理S20を実行する。水移動量演算処理S20では、電気浸透による水移動量の計算と、逆拡散による水移動量の計算とが並行して行われる。
【0040】
水移動量演算処理S20では、まず、ステップS22,S24において、上記発電状態演算処理の結果から得られた各小領域46についての電流密度Ii,jおよび電気浸透係数ndi,jと、膜含水率λi,jおよび膜中水拡散係数Di,jとを出力させる。
【0041】
そして、ステップS26において、電流密度Ii,jおよび電気浸透係数ndi,jから下記(3)式にしたがって各小領域46における電気浸透による水移動量(すなわちアノード側からカソード側への水移動量)を算出して、記憶部42にそれぞれ記憶する。
電気浸透による水移動量=ndi,j×Ii,j/F …(3)
ここで、F:ファラデー定数[C/mol]
【0042】
他方、ステップS28において膜含水率勾配gradλi,jを計算する。この膜含水率勾配gradλi,jは、膜厚方向に隣接する前段の小領域46の膜含水率λi-1,jと当該小領域46の膜含水率λi,jとの差分として求められる。そして、続くステップS30において、膜含水率λi,jと上記膜含水率勾配gradλi,jとから下記(4)式にしたがって各小領域46における逆拡散による水移動量(すなわちカソード側からアノード側への水移動量)を算出して、記憶部42にそれぞれ記憶する。
逆拡散による水移動量=Di,j×gradλi,j×ρ/EW …(4)
ここで、ρ:乾燥重量[kg/m3]、EW:等価重量[kg/mol]
【0043】
そして、ステップS32において、電気浸透による水移動と逆拡散による水移動とを合算して電解質膜12中の総水移動量を各小領域46について求め、最後にステップS34において電解質膜12中の総水移動量を出力手段36へ出力して表示させる。このとき、出力手段36へ送信される表示情報には、電気浸透による水移動量と逆拡散による水移動量とが区別されて含まれているため、出力手段36において電気浸透による水移動量、逆拡散による水移動量、および総水移動量を個別に表示することが可能である。
【0044】
図5は、膜中水移動評価結果の表示例を示すグラフである。この表示例では、横軸に電解質膜12の膜面内位置を、縦軸にアノード(A)からカソード(C)への水移動量を採り、アノードガス入口部56を膜面内位置の原点(すなわち縦軸との交点)として電解質膜12の全面につきx方向沿って水移動量分布を表したものである。このグラフでは、電気浸透による水移動量が破線で、拡散による水移動量が一点鎖線で、総水移動量が実線でそれぞれ示されている。
【0045】
図5を参照すると、電気浸透による水移動量は、アノードガス入口部56から水素流れ方向下流側へいくにしたがって増加することが判る。逆に、拡散による水移動量はアノードガス入口部56に電解質膜12を挟んで対向するカソードガス出口部58(図4参照)で最も多く、空気流れ方向の上流側へいくにしたがって減少することが判る。そして、これらを合わせた総水移動量について見ると、アノードガスの上流側の領域では拡散による水移動量が大きいためにアノードからカソードへの水移動量がマイナス域になっており、そこから次第に電気浸透による水移動量が増加して拡散による水移動量を相殺することによりアノードからカソードへの水移動量がプラス域に転じ、そこからアノードガス下流側領域(すなわちカソードガス上流側領域)では電気浸透による水移動量によってアノードからカソードへの水移動量がプラス域で支配的になっていることが判る。
【0046】
上記のように本実施形態の極間水移動評価方法では、発電状態演算処理によって得られた膜含水率λ、電流密度I、膜中水拡散係数Dおよび電気浸透係数ndから所定の式にしたがって拡散による水移動と電気浸透による水移動とを分けて算出している。これにより、電解質膜12の膜厚方向の面内における水移動をより正確に予測および評価することができ、その結果、良好な発電特性を有する燃料電池の設計を効率よく行うことが可能になる。
【0047】
また、本実施形態の極間水移動評価方法によれば、ステップS10〜S18の発電状態演算処理が収束してから水移動演算処理S20を実行することとしているので、例えばステップS16とステップS18との間で水移動量演算処理をその都度行う場合に比べて、解析計算に要する時間を大幅に短縮することができる。例えば、図6のグラフに示すように、水移動量演算処理を各発電状態演算処理ごとに行った場合の比較例に対して、本実施形態では水移動計算に要する時間が大幅に短縮され、全体としての計算時間が約20%短縮することができた。
【0048】
なお、上述した図4の解析モデルでは、アノード20に供給される水素の流れ方向とカソード22に供給される空気の流れ方向とをカウンターフローとして条件設定したが、これに限定されるものではなく、水素と空気の流れ方向が同じ方向(すなわちコフロー条件)として解析を行うことも可能である。
【0049】
また、電解質膜12についてy方向に積層する多数の断面について上記のような水移動解析を行うことにより、矩形状の電解質膜12の全面についての正確な水移動評価を行うことができる。
【0050】
図7は、本実施形態の極間水移動評価方法で算出した電気浸透による水移動分布および拡散による水移動分布をコンター図で二次元的に表示した例を示す。図7では、電解質膜12のうちx−y平面内の一部を切り出して表示したものである。
【0051】
また、この解析モデルとなった燃料電池10のセパレータ18では、櫛歯状に分岐した複数のガス供給流路と櫛歯状に分岐した複数のガス排出流路とが互いに連通することなくずれて噛み合ったような溝として形成されており、ガス供給流路に供給されたガスは拡散層16a,16c内を通ってガス排出流路へと流れる構成になっている。
【0052】
詳細には、図7を参照すると、アノード20では、水素が図中左下の破線矢印60の方向に水素供給流路に供給されるが、x方向に延伸する水素供給流路は符合62の位置で閉鎖されている。そのため、水素供給流路に供給された水素は、アノード拡散層16aの内部を矢印64の方向(すなわちy方向)に流れて、隣接する水素排出流路へと流れ込む。水素供給流路と連通せずに平行に延伸形成されている水素排出流路は符合64の位置で閉鎖されているため、水素排出経路に流れ込んだ水素は図中右上の破線矢印66の方向に流れて排出される。
【0053】
一方、カソード22では、アノード20における水素の流れとは逆方向に空気が流れるように空気供給流路および空気排出流路が形成されている。すなわち、空気は図中右上の実線矢印68の方向に空気水素供給流路に供給されるが、マイナスx方向に延伸する空気供給流路は符合64の位置で閉鎖されている。そのため、空気供給流路に供給された空気は、カソード拡散層16cの内部を矢印70の方向(すなわちマイナスy方向)に流れて、隣接する空気排出流路へと流れ込む。空気供給流路と連通せずに平行に延伸形成されている空気排出流路は符合62の位置で閉鎖されているため、水素排出経路に流れ込んだ水素は図中左下の実線矢印72の方向に流れて排出される。
【0054】
このコンター図では、下側にハッチング線が付された領域74がカソードからアノードへの拡散による水移動量が多い領域を示しており、ハッチング線の間隔が狭いほど又はクロスハッチング部ほど水移動量がより多いことを示している。
【0055】
他方、コンター図において、上側に逆傾斜のハッチング線が付された領域76はアノードからカソードへの電気浸透による水移動量が多い領域を示しており、ハッチング線の間隔が狭いほど水移動量がより多いことを示している。
【0056】
図7に示すように、この解析モデルの電解質膜12では、図示する平面内において右側の約半分でかつ上側の領域で電気浸透による水移動量が多く、反対に、図示する平面内において左側の約半分でかつ下側の領域で拡散による水移動量が多く、この平面内の全体としてみれば略ばらつきなく電解質膜12が良好な水分布状態すなわち湿潤状態にあることが判る。このように電解質膜12についてほぼ均一な湿潤状態が得られれば、電解質膜12の全面についてほぼ均一で良好な発電特性が得られることになる。
【0057】
図7に示すようなコンター図では、電気浸透による水移動と拡散による水移動とを異なる色でカラー表示し、かつ、膜中含水率の勾配を各色の濃淡で表示すれば、電解質膜12における水濃度分布が視覚的により一層把握しやすいものになるので好ましい。
【0058】
また、図7に示す解析モデルでは、水素および空気の流れ方向を異ならせた他の3つのモデルについても極間水移動についてのシュミレーションを行った。上記3つのモデルとは、図7に示すモデル平面内において、水素を右上角部からマイナスx方向に供給してマイナスy方向にアノード拡散層16a内を通過させて左下角部からマイナスx方向に排出し、空気についても同様に右上角部からマイナスx方向に供給してマイナスy方向にカソード拡散層16c内を通過させて左下角部からマイナスx方向に排出する第1モデル、(2)左上角部から水素をx方向に供給してマイナスy方向にアノード拡散層16a内を通過させて右下角部からx方向に排出し、空気を右上角部からマイナスx方向に供給してマイナスy方向にカソード拡散層16c内を通過させて左下角部からマイナスx方向に排出する第2モデル、(3)水素を右下角部からマイナスx方向に供給してy方向にアノード拡散層16a内を通過させて左上角部からマイナスx方向に排出し、空気は右上角部からマイナスx方向に供給してマイナスy方向にカソード拡散層16c内を通過させて左下角部からマイナスx方向に排出する第3モデルである。これら3つのモデルについてのシュミレーション結果と比較したところ、図7を参照して説明した水素および空気の流し方が電解質膜12について最もばらつきのない水濃度分布が得られることが判った。
【0059】
なお、燃料電池セル10についてアノードガス出口部での水濃度流量からアノードガス入口部での水濃度流量を差し引いて電解質膜におけるカソード側からアノード側への水移動量を算出する手法があるが、この手法では電気浸透による水移動量と拡散による水移動量との差分が数値として得られるだけで両者の切り分けができず、しかも、電解質膜の全面についての水移動分布を把握および評価することもできない。これに対し、上述したように本実施形態の極間水移動評価方法によれば、電解質膜12の一次元的(たとえばx方向)または二次元的(たとえばx−y平面内)な水移動分布を電気浸透によるものと拡散によるものとを区別して把握および評価することができ、発電特性の良い燃料電池の設計開発により有効に利用することができる。
【符号の説明】
【0060】
10 燃料電池、燃料電池セルまたは単セル、12 電解質膜、14a アノード触媒層、14c カソード触媒層、16a アノード拡散層、16c カソード拡散層、18 セパレータ、20 アノードアセンブリまたはアノード、22 カソードアセンブリまたはカソード、30 極間水移動評価装置、32 入力手段、34 処理手段、36 出力手段、38 発電状態演算部、40 水移動量演算部、42 記憶部、44 モデル領域または解析モデル、46 少領域、56 アノードガス入口部、58 カソードガス出口部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池において固体高分子膜の両側に設けられるアノードおよびカソード間の膜中水移動量を評価する方法であって、
膜厚み方向の面内を仮想的にメッシュ状の小領域に区分し、区分された各小領域について膜含水率、電流密度、膜中水拡散計数、および、電気浸透係数を演算する第1工程と、
前記第1工程で算出されて記憶されている膜含水率、電流密度、膜中水拡散係数、電気浸透係数から所定の式にしたがって膜厚み方向での水移動量を、拡散による水移動と電気浸透による水移動とに分けて算出する第2工程と、を含み、
前記第1工程における膜中水拡散係数および電気浸透係数は予め規定された関数にしたがって前記膜含水率から算出され、前記第2工程において拡散水移動演算に用いられる膜含水率の勾配は膜厚方向に隣接する前記小領域間における膜含水率の差分で求められる、燃料電池の極間水移動評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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