説明

燃料電池用燃料

【課題】直接メタノール型燃料電池への使用において高い出力特性を維持しつつ、誤飲したり、故意に飲んだりしても速やかに吐出させることが可能な燃料電池用燃料を提供する。
【解決手段】メタノールと水との混合液に特定の有機化合物を苦味催吐剤として溶解したことを特徴とする燃料電池用燃料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用燃料に関する。
【背景技術】
【0002】
直接メタノール型燃料電池(DMFC)は、メタノールと水の混合液が燃料として供給される燃料極、酸化性ガスが供給される空気極およびこれらの極間に介在される高分子電解質膜を含む膜状電極ユニットと、この膜状電極ユニットの両面に配置される燃料用流路板および酸化性ガス用流路板とを含む単セルを備えた構造を有する。
このような燃料電池に用いられる燃料は、メタノールを含むためにエチルアルコールの水溶液として誤飲したり、故意に飲んだりすると、視力を失うか、さらに過剰に飲むとメチルアルコール中毒になる虞れがある。
【0003】
特許文献1には、幼児による玩具等の誤飲を防止するために新規化合物である4(2−カルボキシ−2−ヒドロキシ−エチルチオ)−2−ピペリジンカルボン酸を苦味催吐剤として玩具表面に塗布することが記載されている。
【0004】
特許文献2には、プリペードカードのような記録媒体の表面に苦味催吐剤、例えば第1工業製薬社製商標名;モノペットSOA、白石カルシウム社製商標名;BITREXを塗布することが記載されている。
【特許文献1】特開2001−58980
【特許文献2】特開平11−20349号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、直接メタノール型燃料電池への使用においてその高い出力特性を維持しつつ、誤飲したり、故意に飲んだりしても速やかに吐出させることが可能な燃料電池用燃料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によると、メタノールと水との混合液に下記化2に示す一般式(I)で表される有機化合物を苦味催吐剤として溶解したことを特徴とする燃料電池用燃料が提供される。
【化2】

【0007】
ただし、式中のR1はヘテロ元素、R2〜R5は少なくとも1つが親水性官能基で、残りが水素を示す。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、直接メタノール型燃料電池への使用においてその高い出力特性を維持しつつ、誤飲したり、故意に飲んだりしても激しい苦味、催吐作用により胃に達する前に速やかに吐出でき、メタノールの飲料に伴う事故を防ぐことが可能な燃料電池用燃料を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明に係る燃料電池用燃料を詳細に説明する。
【0010】
この実施形態に係る燃料電池用燃料は、メタノールと水との混合液に下記化3に示す一般式(I)で表される有機化合物を苦味催吐剤として溶解した組成を有する。
【化3】

【0011】
ただし、式中のR1はヘテロ元素、R2〜R5は少なくとも1つが親水性官能基で、残りが水素を示す。
【0012】
前記混合液は、メタノール濃度が0.1〜99.9重量%、より好ましくは0.5〜90重量%、最も好ましくは3〜70重量%であることが望ましい。
前記一般式(I)のR1であるヘテロ元素としては、例えば酸素、イオウ等を挙げることができる。
【0013】
前記一般式(I)のR2〜R5の少なくとも1つに導入される親水性官能基は、前記混合液に対する一般式(I)の有機化合物の溶解性を高めるとともに、苦味を増大させる作用を有する。この親水性官能基としては、例えばメチルアルコール、エチルアルコールのような脂肪族アルコール、酢酸メチル、酢酸エチルのような脂肪族エステル、メチレンアミン、エチレンアミンのような脂肪族アミノまたはアルデヒド等を挙げることができる。
【0014】
特に、前記親水性官能基は前記一般式(I)のR2〜R5のうちのR3(またはR4)に導入されることが好ましい。
【0015】
前記一般式(I)で表される有機化合物は、単独のみならず2種以上の混合物の形態で前記メタノールと水の混合液に苦味催吐剤として溶解して燃料を調製することを許容する。この一般式(I)の有機化合物は、前記混合液に0.01〜10重量%の量で溶解することが好ましい。この有機化合物の溶解量を0.01重量%未満にすると、この有機化合物が溶解された燃料に十分な苦味催吐作用を付与することが困難になる虞がある。一方、有機化合物の溶解量が10重量%を超えると、この有機化合物が溶解された燃料のpHが下がって、燃料電池の燃料極に組み込まれる触媒の金属が溶解する虞がある。その結果、燃料極の性能低下により燃料電池の出力特性が低下する虞がある。より好ましい有機化合物のメタノールと水との混合液への溶解量は、0.2〜3重量%である。
【0016】
以上説明した実施形態に係る燃料電池用燃料は、水とメタノールの混合液に前記一般式(I)で表される有機化合物を苦味催吐剤として溶解した組成を有するため、誤飲したり、故意に飲んだりしても前記有機化合物による激しい苦味、催吐作用により胃に達する前に速やかに吐出できる。また、燃料を燃料電池の燃料極に供給した場合、その触媒表面への被毒を回避して、苦味催吐剤無添加の燃料と同等の出力特性を維持することが可能である。
【0017】
したがって、直接メタノール型燃料電池への使用において発電時に高い出力特性を維持しつつ、誤飲したり、故意に飲んだりしても激しい苦味、催吐作用により胃に達する前に速やかに吐出でき、メタノールの飲料に伴う事故を防止することが可能な安全対策が講じられた燃料電池用燃料を提供できる。
【0018】
[実施例]
以下,本発明の合成例、実施例を詳細に説明する。
【0019】
(合成例1)
200mL丸底フラスコ反応容器にリービッヒ冷却管、攪拌磁子、マグネチックスターラを装着し、3−ブロモテトラヒドロフラン0.8g(分子量151、5.3×10-3モル)を入れた。溶媒としてジクロロエタン30mLを反応容器内に添加した。反応触媒としてニッケル粉末0.1gを入れた。反応溶液を攪拌回転数200rpmにて室温下で攪拌しながら、1−ナトリウムメチレン−アルコール(NaCH2OH)0.29g(分子量54、5.3×10-3モル)のジクロロエタン溶液10mLを0.5mL/分の滴下速度にて反応溶液中に滴下した。反応時間が4時間になったところで遠心分離用遠沈管に反応溶液を移し、回転数1500rpmにて10分間遠心分離処理を行い、上澄み液を取り出し、ロータリーエバポレータを用いて減圧留去することにより黄色で粘度が高い液状化合物(苦味催吐剤)を得た。
【0020】
得られた液状化合物は、下記化4に示す構造式(A)を有するものであった。なお、この構造式(A)は、下記の赤外線分析により得られた赤外線スペクトルデータおよびNMR分析により得られた1H NMRスペクトルデータから同定された。
【化4】

【0021】
<赤外線スペクトルデータ(単位cm-1)>
・3200〜3000(OH)、
・2920(CH)、
・1780,1450(環状C−C)、
・1120(C−O−C)。
【0022】
1H NMRスペクトルデータ(ppm)>
・2.2〜2.6(t,CH2)、
・3.2〜3.4(s,CH2−O)、
・3.5〜3.8(CH2−OH)、
・4.5〜4.8(s,OH)。
【0023】
(合成例2)
合成例1の1−ナトリウムメチレン−アルコールに代えて1−ナトリウム酢酸メチルエステル(NaCH2COOCH3)0.50g(分子量96、5.3×10-3モル)を用いた以外、合成例1と同様な方法により黄色で粘度が高い液状化合物(苦味催吐剤)を得た。
【0024】
得られた液状化合物は、下記化5に示す構造式(B)を有するものであった。なお、この構造式(B)は、下記の赤外線分析により得られた赤外線スペクトルデータおよびNMR分析により得られた1H NMRスペクトルデータから同定された。
【化5】

【0025】
<赤外線スペクトルデータ(単位cm-1)>
・1762(エステル)、
・2920(CH)、
・1780,1450(環状C−C),
・1120(C−O−C)。
【0026】
1H NMRスペクトルデータ(ppm)>
・2.2〜2.6(t,CH2)、
・3.2〜3.4(s,CH2−O)、
・3.5〜3.8(エステルCH2)、
・4.5〜4.8(s,エステルCH3)。
【0027】
(合成例3)
合成例1の1−ナトリウムメチレン−アルコールに代えて1−ナトリウムメチレンアミン(NaCH2NH2)0.29g(分子量55、5.3×10-3モル)を用いた以外、合成例1と同様な方法により黄色で粘度が高い液状化合物(苦味催吐剤)を得た。
【0028】
得られた液状化合物は、下記化6に示す構造式(C)を有するものであった。なお、この構造式(C)は、下記の赤外線分析により得られた赤外線スペクトルデータおよびNMR分析により得られた1H NMRスペクトルデータから同定された。
【化6】

【0029】
<赤外線スペクトルデータ(単位cm-1)>
・3200〜3000(NH2)、
・2920(CH)、
・1780,1450(環状C−C),
・1120(C−O−C)。
【0030】
1H NMRスペクトルデータ(ppm)>
・2.2〜2.6(t,CH2)、
・3.2〜3.4(s,CH2−O)、
・3.5〜3.8(CH2−NH2)、
・4.5〜4.8(s,NH2)。
【0031】
(合成例4)
合成例1で得られた前記構造式(A)の有機化合物0.2gをジクロロエタン30mLに溶解させ、反応触媒である過マンガン酸カリウム0.05gを添加し、室温下で2時間攪拌した。エーテル20mL中に得られた反応溶液を加えて沈殿を生成させ、遠心分離用遠沈管に採取した。回転数1500rpmで10分間遠心分離操作を行い、上澄みと沈殿をデカンテーションし、沈殿物(苦味催吐剤)として採取した。
【0032】
得られた沈殿物は、下記化7に示す構造式(D)を有するものであった。なお、この構造式(D)は、下記の赤外線分析により得られた赤外線スペクトルデータおよびNMR分析により得られた1H NMRスペクトルデータから同定された。
【化7】

【0033】
<赤外線スペクトルデータ(単位cm-1)>
・1650(アルデヒド)、
・2920(CH)、
・1780,1450(環状C−C),
・1120(C−O−C)。
【0034】
1H NMRスペクトルデータ(ppm)>
・2.2〜2.6(t,CH2)、
・3.2〜3.4(s,CH2−O)、
・3.5〜3.8(CHO)。
【0035】
(実施例1〜4および比較例1)
<苦味催吐剤の評価>
100mLビーカ4個に合成例1〜4で得られた構造式(A)〜(D)の苦味催吐剤をそれぞれ採取し、0.5%水溶液を調製した。比較例1の苦味催吐剤としてテトラヒドロフラン(アルドリッチ製)0.5%水溶液を準備した。モニタ3人にそれぞれ苦味催吐剤溶液0.06mLを口の中の舌上に落としたときをスタート0秒とし、モニタが嚥下反射を引き起こすまでの時間T1を測定した。比較例1の苦味催吐剤で測定した時間T2を指数100としたとき、合成例1〜4の苦味催吐剤を相対指数として催吐性の評価を行った。その結果を下記表1に示す。なお、催吐指数が低いほど、催吐性能が大きい。
【表1】

【0036】
前記表1から明らかなように実施例1〜4のように構造式(A)〜(D)の有機化合物(苦味催吐剤)は、人に対して十分かつ高い催吐作用を示すことがわかる。
【0037】
(実施例5〜8)
3%濃度のメタノール水溶液に前記合成例1〜4で合成した構造式(A)〜(D)の有機化合物をそれぞれ苦味催吐剤として0.5重量%溶解させて4種の燃料電池用燃料を調製した。
【0038】
<単セルの組み立て>
パーフルオロアルキルスルホン膜(デュポン社製商標名;ナフィオン112膜)の一方の面に白金−ルテニウム触媒層および炭素粉末−カーボンペーパを含む拡散層をこの順序で熱圧着してアノード(燃料極)を形成し、さらに前記パーフルオロアルキルスルホン膜の他方の面に白金触媒層および炭素粉末−カーボンペーパを含む拡散層をこの順序で熱圧着してカソード(空気極)を形成して電極面積5cm2の膜状電極ユニットを作製した。つづいて、この膜状電極ユニットの両面にコラムフロー流路を有するカーボン製セパレータおよび集電体をこの順序でそれぞれ積層し、ボルト締めすることにより評価用単セルを組み立てた。
【0039】
<単セル評価>
前記単セルを燃料電池評価装置に組み込んだ。実施例5〜8の燃料および苦味催吐剤無添加の3%濃度のメタノール水溶液からなる燃料(比較例2)を温度70℃にて単セルのアノード側に5mL/分の流速でそれぞれ送液し、空気を単セルのカソード側に8mL/分の流速で供給し、各単セルでの電流−電圧特性を観察した。その結果を図1に示す。
図1から明らかなように燃料電池の発電にあたり前記構造式(A)〜(D)に示す有機化合物をメタノール水溶液に苦味催吐剤として溶解した燃料を用いた実施例5〜8では、苦味催吐剤無添加の3%濃度のメタノール水溶液からなる燃料を用いた比較例2と同等の高い電流−電圧特性を示すことがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】実施例5〜8および比較例2の燃料を単セルのアノード(燃料極)に、空気をカソード(空気極)に供給して発電させたときの電流−電圧特性を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メタノールと水との混合液に下記化1に示す一般式(I)で表される有機化合物を苦味催吐剤として溶解したことを特徴とする燃料電池用燃料。
【化1】

ただし、式中のR1はヘテロ元素、R2〜R5は少なくとも1つが親水性官能基で、残りが水素を示す。
【請求項2】
前記一般式(I)のR3またはR4は、親水性官能基であることを特徴とする請求項1記載の燃料電池用燃料。
【請求項3】
前記混合液は、メタノールの濃度が0.1〜99.5重量%であることを特徴とする請求項1記載の燃料電池用燃料
【請求項4】
前記有機化合物は、前記混合液に0.01〜10重量%の量で溶解することを特徴とする請求項1記載の燃料電池用燃料。

【図1】
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【公開番号】特開2006−261034(P2006−261034A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−79691(P2005−79691)
【出願日】平成17年3月18日(2005.3.18)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】