説明

燃料電池用白金又は白金ルテニウム合金触媒の製造方法

【課題】高価な白金,ルテニウム使用量を低減でき、燃料電池に好適な高品質の触媒を簡便な方法で製造する。
【解決手段】白金塩,カーボン微粒子を含む水溶液に水素ガスを吹込み、ガスバブルによって白金カチオンから生成した白金ナノ粒子をカーボン微粒子に還元着床させる。ルテニウム塩を添加した水溶液も使用できる。カーボン微粒子にはカーボンブラック,カーボンナノチューブ,カーボンナノホーン等を使用でき、製造プロセスが極めて簡単である。不純物濃度が低く活性度の高い白金又は白金ルテニウム合金のナノ粒子がカーボン微粒子の表面に高分散した構造のため触媒活性が高く、担持量が少なくても燃料電池の発電効率を向上させる触媒として使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、OA機器,通信機器,自動車等のモバイル電源やコジェネレーションシステムのオンサイト電源として注目されている燃料電池に好適な白金系触媒を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種燃料電池の中でも、固体高分子型燃料電池は、室温程度の低温でも起動・発電できる長所から自動車の動力源を始め、各種分野で可動型又は定置型の電気エネルギー供給源として期待されている。固体高分子型燃料電池は、高分子イオン交換膜の両面に触媒電極層を形成し、多孔質カーボン電極で挟んだ膜-電極接合体を一単位とし、多数の膜-電極接合体をスタックすることにより実用可能な電力を取り出している。
【0003】
燃料電池の性能は、触媒電極層として使用される触媒に大きく影響される。触媒の高性能化は、固体高分子型に限らず他の形式の燃料電池でも重要である。
燃料電池用の白金触媒は、通常、白金塩含有液を含浸させたカーボンブラック等の担体を高温で焼結し、更に高温の水素気流で還元する乾式法で製造されている。乾式法では、焼成時に白金粒子相互の凝集が進行し、比表面積,ひいては触媒活性が低下しやすい。真空又は減圧雰囲気から大気雰囲気に触媒を取り出す際に表面汚染が進みやすいことも、乾式法の欠点である。
【0004】
そこで、金属塩,有機還元剤,担体を含む溶液から白金コロイドを担体表面に析出させる方法(特許文献1),カーボン粉末,白金錯体の水性分散液に還元剤を添加して白金粒子をカーボン粉末に担持させる方法(特許文献2)等、高機能触媒を製造する種々の湿式法が提案されている。コロイド状金属酸化物を含む溶液に水素ガスを吹き込むことにより合金コロイド粒子をカーボンブラック,活性炭等の粉末に担持させることも知られている(特許文献3)。
【特許文献1】特開2003-320249号公報
【特許文献2】特開2004-335252号公報
【特許文献3】特開2002-248350号公報
【0005】
白金錯体の還元で白金粒子を担持させる方法では、カーボンブラック等の微粒子に白金粒子を均一に析出させ難く、結果として品質安定性に欠けやすい。燃料電池用触媒としての要求特性を満足させる上で更なる性能向上が必要である。
水溶液の金属塩を金属コロイドに還元する湿式法でも、生成した金属コロイド表面から界面活性剤分子を除去するため、担持物質,金属塩を含む水溶液を濾別した後、真空焼結し、水素雰囲気下で還元することが一般的である。
【0006】
この方法では沈降,濾過,焼結,還元等、複雑な工程を経るため、電極触媒の製造コストが高くなる。高温での処理中に触媒粒子が凝集して比表面積を下げ、真空又は水素雰囲気から大気に開放されると触媒表面が汚染され反応効率が低下することも欠点である。
水素ガス吹込みによる方法(特許文献3)でも、複数種類の金属塩を含む溶液に酸化剤を添加してコロイド状金属酸化物を形成させる工程,コロイド状金属酸化物を還元した合金コロイド粒子を担体に担持させる工程が必要である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者等は、カーボンブラック等の微粒子表面に析出した白金の結晶性,分布状態,表面汚染が触媒の品質安定性に大きな影響を及ぼしているとの想定で、白金の析出手段を種々調査・検討した。その結果、白金塩,カーボン微粒子を含む溶液に水素ガスを直接吹き込むだけの単純な操作で、結晶性,分布状態が良好な白金ナノ粒子がカーボン微粒子に担持されることを見出した。白金塩,カーボン微粒子に加えルテニウム塩を含む溶液では、水素ガス吹込みによりクラスター状の金属白金,金属ルテニウムが生成し、個々の金属ナノ粒子ではなく白金ルテニウム合金ナノ粒子となってカーボン微粒子に担持される。
本発明は、かかる知見をベースとし、従来型触媒に比較し半分程度の白金担持量であっても3割以上も大きな発電性能を示し、CO耐性も改善可能な高品質触媒を極めて簡便な方法で製造することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の製造方法は、白金塩,カーボン微粒子を含む水溶液に水素ガスを吹き込み、水素ガスによる直接還元反応で白金カチオンから生成した白金ナノ粒子をカーボン微粒子に還元着床させ、白金が着床したカーボン微粒子を濾別することを特徴とする。白金カチオンに加えルテニウムカチオンを含む水溶液も使用でき、この場合には白金ルテニウム合金ナノ粒子がカーボン微粒子に還元着床する。水素ガス吹込みによる還元処理に先立って、水溶液にアルゴン,窒素等の不活性ガスを吹き込み水溶液中の溶存酸素を除去することが好ましい。
【0009】
白金カチオンの供給源となる白金塩には、塩化白金(II),ヘキサクロロ白金(IV)酸,テトラクロロ白金(II)酸カリウム,ヘキサクロロ白金(IV)酸カリウムの一種又は二種以上が使用される。ルテニウム塩には、塩化ルテニウム(III)がある。カーボン微粒子には、カーボンブラック,カーボンナノチューブ,カーボンナノホーン等がある。
【発明の効果及び実施の形態】
【0010】
本発明では、白金塩,カーボン微粒子を含む溶液を水素ガスでバブリングすることにより、白金カチオンを直接水素還元する。還元反応で生成した金属白金は、溶液中に原子状又は金属クラスター状で浮遊するが、溶液に懸濁しているカーボン微粒子に引き寄せられ捕捉される。金属白金の生成とカーボン微粒子による捕捉が繰り返されるため、金属白金が大きな粒径に成長することなく、比表面積の大きな状態(換言すれば、触媒活性の高い高分散状態)のナノ粒子としてカーボン微粒子に担持される。カーボン微粒子に担持された白金が水分子(溶媒)に水和され、溶媒和したナノ粒子間に反発力が発生することも、白金ナノ粒子の成長を抑制する原因と考えられる。
【0011】
白金塩,カーボン微粒子に加えルテニウム塩を使用する場合でも、水素ガス吹込みによりルテニウムカチオンが金属状態に直接還元され、白金ナノ粒子と同様にカーボン微粒子に捕捉される。金属状態のルテニウムナノ粒子は、原子レベルで白金ナノ粒子と混和した固溶状態を維持しながらカーボン微粒子に沈積するため、白金ルテニウム合金となる。この場合にも同様に溶媒和した粒子間に反発力が生じるため、白金ルテニウム合金は大きく成長することなくナノ粒子としてカーボン微粒子に沈積する。ルテニウム及び白金原子は原子サイズが近似しているので、規則的な配列なく完全に混じり合った全率固溶状態を達成でき、一酸化炭素CO耐性に優れた触媒となる。
【0012】
白金塩,ルテニウム塩,カーボン微粒子を含む水溶液を水素ガスでバブリングするとき、白金,ルテニウムが原子レベルで混和した状態でカーボン微粒子に沈積し、白金ルテニウム合金ナノ粒子となる。白金塩,ルテニウム塩が共存する水溶液に代え、時間的なズレをもって白金,ルテニウムをカーボン微粒子に順次還元着床させても、同様な白金ルテニウム合金ナノ粒子が生成する。具体的には、K2PtCl4を還元着床させた後で水溶液にRuCl3を導入してルテニウムを還元着床しても、或いは逆の順序でルテニウム,白金を還元着床させても、同様な白金ルテニウム合金のナノ粒子がカーボン微粒子に担持された触媒が得られる。
【0013】
白金塩には、PtCl2,K2PtCl6,H2PtCl6等の白金酸又は白金酸塩が使用可能であるが、中でも塩化白金酸又はそのアルカリ塩が好適である。ルテニウム塩としては、RuCl3がある。
【0014】
カーボン微粒子としては、バルカン,ケッチェン等のカーボンブラック,カーボンナノホーン,カーボンナノチューブ等が使用される。カーボン微粒子は、Pd処理等の活性化処理を必要とせず、そのまま水溶液に分散できる。なかでも、カーボンブラックは、微粒子表面にはCO,COOH等の表面酸化物が数多く露出し、白金又は白金ルテニウム合金のナノ粒子が付着しやすい表面状態になっているので、担持物質として好適である。
【0015】
白金塩,ルテニウム塩,カーボン微粒子を純水に分散して水溶液を調製するが、白金カチオン,ルテニウムカチオン,カーボン微粒子の濃度は別段制約されない。しかし、白金塩,ルテニウム塩,カーボン微粒子の過剰添加は、水素ガス吹込みによる還元反応が進行しがたくなるので好ましくない。カーボン微粒子に適量の白金,ルテニウムが着床するように、カーボン微粒子の添加量に比べて過小量又は過剰量の白金塩,ルテニウム塩を添加することも避けるべきである。
【0016】
具体的には、純水:100mlに対する白金塩,ルテニウム塩の合計添加量を10〜100mg,カーボン微粒子の添加量を10〜90mg,(白金塩+ルテニウム塩):カーボン微粒子の質量比を1:(1〜9)の範囲で選定する。純水に添加される白金塩,ルテニウム塩の比によって白金ルテニウム合金の組成を調整できる。燃料電池用触媒の要求特性を満足させる上でPt:Ru=1:1(質量比)の白金ルテニウム合金が好ましく、目標組成に応じ白金塩:ルテニウム塩の質量比を1:(1〜9)の範囲で選定する。
【0017】
溶媒に使用される純水には、繰返し蒸留した純水やMili-Q(18.3MΩ)の超純水が使用される。純水や超純水は、通常の蒸留水や工業用水と異なり余分なカチオン,アニオン,有機物分子を含んでいないが、通常、炭酸ガスが溶解している。炭酸ガスは、白金塩の還元反応に悪影響を及ぼさないので除去しなくても支障ない。炭酸を含むことから若干酸性(pH6.0〜6.5)の溶液になるが、還元効率に悪影響を及ぼす低pH値又は高pH値でない限り中性,弱酸性,弱アルカリ性何れの溶液も使用可能である。
【0018】
白金塩,ルテニウム塩,カーボン微粒子を含む水溶液は、好ましくは水素ガス吹込みに先立ってArパージされる。水溶液には酸素が溶存しており、このような水溶液に水素ガスを吹き込んで還元処理すると、還元反応で生成した白金や白金ルテニウム合金ナノ粒子の表面が溶存酸素で汚染され、触媒活性の低下が懸念される。溶存酸素によるナノ粒子の汚染は、アルゴンガスの吹込みで水溶液に溶存している酸素を除去することにより防止される。
【0019】
白金塩,ルテニウム塩,カーボン微粒子を含む水溶液に水素ガスを吹き込むと、白金カチオン,ルテニウムカチオンの還元反応で生成した白金又は白金ルテニウム合金ナノ粒子がカーボン微粒子の表面に着床する。Arパージされた水溶液中で還元反応が進行するため、生成したナノ粒子は汚染されることなく清浄状態に保たれる。また、水溶液中で水和した白金カチオン,ルテニウムカチオンが水素分子で直接還元されるので、還元反応自体も容易に進行する。
【0020】
白金カチオン,ルテニウムカチオンが金属状態に還元される割合は、水溶液中で水素分子が白金カチオン,ルテニウムカチオンに衝突する頻度等によって定まり、ある程度の吹込み量を必要とするものの吹込み量,吹込み時間,吹込み速度,液温等の影響をほとんど受けない。水素ガス吹込み後に水溶液を半日程度機械攪拌し、ナノ粒子の着床を進行させても良い。攪拌中に水素分子と白金カチオン,ルテニウムカチオンとの衝突が期待できるので、白金又は白金ルテニウム合金ナノ粒子への還元効率が高くなる。
【0021】
白金又は白金ルテニウム合金ナノ粒子が着床したカーボン微粒子は、ガラスフィルタを用いた濾過で水溶液から分離される。得られた白金又は白金ルテニウム合金担持カーボンを超純水で洗浄することにより、純度の高い触媒(カーボン微粒子に担持された白金又は白金ルテニウム合金ナノ粒子)が得られる。洗浄された触媒は比較的低温で乾燥されるが、乾燥温度を高くしすぎると白金ナノ粒子が比表面積の小さな粒子に融合成長する虞があるので加熱温度の上限を150℃に設定する。具体的には、80〜100℃の範囲で1時間以上加熱する乾燥が好ましい。
【0022】
乾燥後の触媒をTEM観察すると、粒径:2〜5nm程度の白金又は白金ルテニウム合金ナノ粒子がカーボン微粒子の表面に高分散していることが判る。白金又は白金ルテニウム合金ナノ粒子は、100〜200cm2/mgと大きな比表面積をもち、金属原子間距離も縮まっている。
金属原子間距離の短縮は、水素ガスバブル法による白金又は白金ルテニウム合金触媒に見られる特異な現象であり、金属原子の高密度化を意味し、ひいては触媒活性の向上に寄与する。
【0023】
合成された触媒は、ナノメータサイズの小さな粒径に加え、大きな比表面積,短い原子間距離のため、後述の実施例でも明らかなように、従来の触媒に比較して格段に優れた触媒活性を呈する。高性能触媒が白金塩,ルテニウム塩,カーボン微粒子含有溶液を水素ガスバブルするだけの簡単な操作で得られることは、従来法から予測できない効果であり、製造プロセスの簡略化,触媒コストの低減化にとって極めて有利である。
また、発電性能を損なわずに高価な白金,ルテニウムの使用量を従来法の半分以下にでき低減できること、燃料水素中に含まれる不純物としての一酸化炭素CO濃度が500ppmと高くても発電性能が劣化しないこと等、従来の触媒とは比較にならないほどの優れた性能を呈する。
【実施例】
【0024】
−白金触媒の製造−
2PtCl4:20mg,カーボンブラック(一次粒径:40〜60nm):28mgを超純水:100mlに添加し攪拌することにより、白金塩,カーボン微粒子を含む水溶液を調製した。
該水溶液に流量:約0.05リットル/分でアルゴンガスを20分間吹き込んだ後、水溶液を室温に保持し、更に流量:約0.2リットル/分で水素ガスを吹き込んだ。水素ガス吹込みを5分継続した後、水溶液を14時間静置した。次いで、ガラスフィルタを用いた濾過により、白金ナノ粒子を担持したカーボン微粒子を水溶液から分離した。白金担持カーボン微粒子を80℃×3時間で加熱・乾燥し、白金収率:98質量%で白金触媒を得た。
【0025】
得られた白金触媒をTEM観察したところ、粒径が5nm前後に揃った白金ナノ粒子がカーボンブラック上に付着していることが判った(図1)。質量分析の結果、白金ナノ粒子の担持量は25質量%であった。電位電流曲線から推定される白金ナノ粒子の比表面積は100〜200cm2/mgであり、市販白金触媒の約半分の値であった。
【0026】
−白金ルテニウム合金触媒の製造−
2PtCl4:18mg,RuCl3:9mg,カーボンブラック(一次粒径:40〜60nm):20mgを超純水:100mlに添加し攪拌することにより、白金塩,ルテニウム塩,カーボン微粒子を含む水溶液を調製した。
該水溶液をArパージしながら30分攪拌した後、流量:0.2リットル/分で水素ガスを吹き込み、更に12時間機械攪拌した。次いで、水溶液を濾過し、白金ルテニウム合金ナノ粒子を担持したカーボン微粒子を水溶液から濾別し、80℃で3時間乾燥した。
白金ルテニウム合金触媒も、白金ルテニウム合金(Ru:50質量%)のナノ粒子(平均粒径:2nm,比表面積:100〜200cm2/mg)が担持量:36質量%でカーボン微粒子に高分散していた。
【0027】
白金触媒をフッ素樹脂(Nafion 112)と共にホットプレスすることにより膜-電極接合体を作製して固体高分子型燃料電池にセットした。80℃に加温した燃料電池の燃料極側に水素ガス:1.4リットル/分,酸素極側に酸素ガス:2.6リットル/分を送り込み、発生電力を測定した。
図2の測定結果にみられるように、出力密度が1.24W/cm2と高く、電流上昇に伴う電圧降下も緩慢であった。
【0028】
図2には、K2PtCl4の他にK2PtCl6,H2PtCl4,PtCl2を白金塩とし、同様な方法で合成した白金触媒の発電性能を併せ示す。K2PtCl4が最も良好な成績を示しているが、K2PtCl6,H2PtCl4,PtCl2等の白金塩にも水素ガス吹込みによる還元処理を十分適用できることが判る。
白金ルテニウム合金ナノ粒子をカーボン微粒子に担持させた触媒を用いた膜-電極接合体でも、0.82W/cm2と高い出力密度を示し、電流上昇に伴う電圧降下も緩慢であった。
【0029】
水素ガスバブルで白金又は白金ルテニウム合金ナノ粒子をカーボン微粒子に還元着床させた触媒では、他の方法で製造された触媒に比較して金属原子間距離が0.4%程度短くなっている。金属原子平面間距離dhklは、X線回折結果(図3,4)の回折角度2θの値からブラッグ式(2dhklsinθ=λ,λは使用されたX線の波長であり、本例ではλ=0.15418nm)に従って計算される。
【0030】
白金触媒の(111)面間隔を比較すると、市販触媒(粒径:3nm,担持量:50質量%)では0.2266nm,無電解触媒(粒径:8nm,担持量:50質量%)では0.2257nmに対し、本発明の白金触媒I(粒径:4nm,担持量:24質量%)では0.2260nm,白金触媒II(粒径:1nm,担持量:1質量%)では0.2252nmであった。(図3)
白金ルテニウム合金触媒では、市販触媒(粒径:4nm)では0.2267nm,無電解Pt→Ru触媒I(粒径:5nm)では0.2262nm,無電解Pt→Ru触媒II(粒径:6nm)では0.2260nmに対し、本発明の触媒III(粒径:2nm)では0.2254nmの(111)面間隔であった。(図4)
【0031】
金属原子間距離の相違は(111)面間隔で0.001nmオーダーであるが、高精度測定では明らかな有意差として現れる。縮んだ金属原子間距離(結晶格子面間距離)は、触媒製造過程で金属表面が全く汚染しないため、表面の再構成(不飽和結合になっている表面原子の配列がより安定な構造に移り変わること)が円滑に進行した結果である。湿式以外の方法で製造される市販の触媒では、酸化等の表面汚染が避けられず結晶格子面間距離の短縮が生じない。
結晶格子が縮んでいる分、金属原子の電子密度が増加する。特に白金ルテニウム合金触媒(図4)で、金属原子間距離の短縮に及ぼす水素ガスバブルの効果が顕著になっている。電子密度の増加は、酸素還元能力の飛躍的な向上をもたらし、発電性能の向上(図2)に寄与する。
【0032】
また、溶媒の種類,Arパージが触媒性能に及ぼす影響を調査したところ、白金触媒では白金塩,カーボンブラックを添加したMili-Q(18.3MΩ)の超純水をArパージ後に水素ガスバブルした場合に最も良好な成績が得られた(図5)。図5の結果は、白金塩,カーボン微粒子を含む水溶液の不純物が少ないほど、燃料電池用触媒に使用したとき高出力の白金触媒となることを示している。白金ルテニウム合金触媒でも、不純物の少ない水溶液ほど良好な結果が得られている。
【0033】
白金担持量は水溶液の白金濃度及び白金濃度/カーボン微粒子の比率で調節できるが、白金担持量:25質量%で最も高い出力が得られた(図6)。25質量%を境として白金担持量が多すぎても或いは少なすぎても、出力が低下する傾向にあった。更に、白金担持量:25質量%の触媒を市販触媒の半分程度の量で使用した燃料電池の発電性能を調査したところ、半分程度の使用量でも市販触媒より優れた発電性能を示していた(図7)。
【0034】
白金ルテニウム合金触媒では、Pt-50質量%Ruの合金を36質量%担持した触媒で最も高い出力が得られた。しかも、燃料電池に送り込む水素燃料の純度と発電性能との関係を調査したところ、水素燃料に含まれている不純物COが500ppmを超える濃度になっても出力の著しい低下が見られなかった(図8)。すなわち、白金ルテニウム合金触媒は、水素燃料に濃度:500ppm程度の一酸化炭素が含まれていても、電池出力に影響を及ぼさない高CO耐性の触媒である。優れたCO耐性は、個々の白金原子の周りにルテニウムが存在する高分散状態であるため、不純物COがルテニウムで選択的にCO2に還元除去され、絶えず汚染COのない活性表面が維持されることに起因する。
【0035】
これに対し、市販の触媒では、不純物CO濃度:500ppm以上で発電性能が極端に低下した。
不純物COを含む水素燃料を消費する燃料電池の発電効率が低下しないことは、白金ルテニウム合金ナノ粒子を触媒とした燃料電池がメタノール燃料に好適であるだけでなく、一般的な水素改質ガスを使用する際のガス精製(COガス除去)プロセスが不要で安価なガス燃料が使用可能なことを意味する。
【産業上の利用可能性】
【0036】
以上に説明したように、本発明によれば、白金塩,ルテニウム塩,カーボン微粒子を含む水溶液を水素ガスバブルするだけの簡単な操作で白金又は白金ルテニウム合金ナノ粒子が還元析出した触媒が得られる。この触媒は、カーボン微粒子の表面に白金又は白金ルテニウム合金のナノ粒子が極めて高い比表面積で着床した構造をもっており、従来の触媒では達成できなかった高い発電効率の燃料電池が構築される。しかも、高価な白金やルテニウムの使用量を低減でき、長時間の還元や高温加熱を必要としないので、低い製造コストで高品質触媒が製造される。更に、CO耐性に優れた白金ルテニウム合金触媒では、多少の不純物COを含む水素ガスを使用する燃料電池でも十分な触媒活性を維持する。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】実施例で合成した白金担持カーボン微粒子のTEM像
【図2】白金塩の種類に応じて発電性能を比較したグラフ
【図3】白金触媒をX線回折(λ:0.15418nm)し、f.c.c.(111)反射の角度が白金触媒の種類に応じて異なることを示したグラフ
【図4】白金ルテニウム合金触媒をX線回折(λ:0.15418nm)し、f.c.c.(111)反射の角度が白金ルテニウム合金触媒の種類に応じて異なることを示したグラフ
【図5】純水の種類,Arパージが発電性能に及ぼす影響を表したグラフ
【図6】白金担持量が発電性能に及ぼす影響を表したグラフ
【図7】実施例で作製した触媒と市販触媒との発電性能を比較したグラフ
【図8】水素ガスバブル法で製造された白金ルテニウム合金触媒のCO耐性を市販触媒と比較したグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
白金塩,カーボン微粒子を含む水溶液に水素ガスを吹き込み、水素ガスによる直接還元反応で白金カチオンから生成した白金ナノ粒子をカーボン微粒子に還元着床させ、白金ナノ粒子が着床したカーボン微粒子を濾別することを特徴とする燃料電池用白金触媒の製造方法。
【請求項2】
白金塩,ルテニウム塩,カーボン微粒子を含む水溶液に水素ガスを吹き込み、水素ガスによる直接還元反応で白金カチオン,ルテニウムカチオンから生成した白金ルテニウム合金ナノ粒子をカーボン微粒子に還元着床させ、白金ルテニウム合金ナノ粒子が着床したカーボン微粒子を濾別することを特徴とする燃料電池用白金ルテニウム合金触媒の製造方法。
【請求項3】
塩化白金(II),ヘキサクロロ白金(IV)酸,テトラクロロ白金(II)酸カリウム,ヘキサクロロ白金(IV)酸カリウムの一種又は二種以上を白金カチオン源とする請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項4】
塩化ルテニウム(III)をルテニウムカチオン源とする請求項2記載の製造方法。
【請求項5】
カーボンブラック,カーボンナノチューブ,カーボンナノホーンの一種又は二種以上をカーボン微粒子に使用する請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項6】
水素ガス吹込みに先立ち、水溶液に不活性ガスを吹き込み不純物を除去する請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項7】
白金又は白金ルテニウム合金ナノ粒子が着床したカーボン微粒子を濾別後に150℃以下の温度で乾燥する請求項1又は2記載の製造方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図1】
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【公開番号】特開2007−27096(P2007−27096A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−158102(P2006−158102)
【出願日】平成18年6月7日(2006.6.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年4月1日、2日、3日 社団法人電気化学会主催の「電気化学会 第73回大会」において文書をもって発表
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】