説明

物質の熱安定性評価方法

【課題】物質の吸熱による分解の可能性を正確に且つ効率よく評価することができる、物質の熱安定性評価方法を提供することである。
【解決手段】物質の吸熱による分解の可能性を評価するにあたり、温度変調型示差走査熱量計(TM−DSC)による分析を行い、該分析結果に基づき、断熱熱量計による分析の要否を判断することを特徴とする物質の熱安定性評価方法である。前記温度変調型示差走査熱量計(TM−DSC)により分離された可逆熱流束と不可逆熱流束のうち、不可逆熱流束に吸熱ピークが認められたときに、断熱熱量計による分析を必要と判断する。また、断熱熱量計に代えて、温度と発生圧力との関係を測定できる装置を用いてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質の熱安定性評価方法に関し、詳細には、物質を加熱したときの吸熱による分解等の可能性を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
新規な製造プロセスを開発する際や、既知の製造プロセスを工業的にスケールアップする際には、そのプロセスで取り扱う物質を加熱したときの発熱の有無や、発熱に伴う分解、さらには発熱分解によるガス発生の有無等といった熱安定性が評価されるが、吸熱を伴う分解の有無を評価することも重要である。例えば炭酸水素ナトリウムは、加熱すると所定温度で吸熱しながら分解して二酸化炭素を発生する(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
しかし、吸熱を伴う物質の分解の可能性を正確に且つ効率よく評価する方法は、確立されていないのが現状である。
例えば、密封セル型示差走査熱量計(以下、SC−DSC(Sealed Cell-Differential Scanning Calorimetry)と言うことがある。)によれば、物質の吸熱の有無を比較的簡単に分析することができるが、SC−DSCでは、検出される吸熱ピークが物質の分解を伴わない融解等によるものか、あるいは吸熱分解によるものかを評価することができない。そのため、物質の融点等が未知の場合には、物質の吸熱分解の有無を判断することができない。
【0004】
一方、断熱熱量計であるARC(Accelerating Rate Calorimeter)によれば、物質の圧力発生の有無についても調べることができるので、物質の吸熱による分解の可能性を正確に評価することができる。また、圧力センサー付オートクレーブ等のように、温度と発生圧力との関係を測定できる装置によっても、物質の吸熱による分解の可能性を正確に評価することができる。
しかし、これらの装置による分析は、SC−DSCよりも試料量を多く必要とし、測定時間およびコストも多く掛かるという問題がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】G.G.T.Guarini, L.Dei and G.Sarti,“THE THERMAL DECOMPOSITION OF NaHCO3 POWDERS AND SINGLE CRYSTALS A Study by DSC and optical microscopy”, Journal of Thermal Analysis, 1995, Vol.44, p.31-44
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、物質の吸熱による分解の可能性を正確に且つ効率よく評価することができる物質の熱安定性評価方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、以下の知見を見出した。すなわち、ARC等によれば、上述の通り、物質の吸熱による分解の可能性を正確に評価することはできるものの、分析に試料量を多く必要とし、測定時間およびコストも多く掛かってしまう。本発明者らは、このARC等による分析に先立ち、予め該分析を行う必要があるか否かをスクリーニングしてARC等の測定件数を低減し、ARC等による分析の実施を最小限に抑えること考え、検討を重ねた。
【0008】
その結果、これまで主にガラス転移現象、融解、結晶化、構造相転移等の分析に利用されていた温度変調型示差走査熱量計(以下、TM−DSC(Temperature Modulated-Differential Scanning Calorimetry)と言うことがある。)を用いると、ARC等による分析の対象から除外できる物質を正確に判断することができ、前記課題を解決し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の物質の熱安定性評価方法は、以下の構成からなる。
(1)物質の吸熱による分解の可能性を評価するにあたり、温度変調型示差走査熱量計(TM−DSC)による分析を行い、該分析結果に基づき、断熱熱量計による分析の要否を判断することを特徴とする物質の熱安定性評価方法。
(2)前記温度変調型示差走査熱量計(TM−DSC)により分離された可逆熱流束と不可逆熱流束のうち、不可逆熱流束に吸熱ピークが認められたときに、断熱熱量計による分析を必要と判断する前記(1)に記載の物質の熱安定性評価方法。
(3)前記温度変調型示差走査熱量計(TM−DSC)による分析に先立ち、密封セル型示差走査熱量計(SC−DSC)による分析を行う前記(1)または(2)に記載の物質の熱安定性評価方法。
(4)前記断熱熱量計に代えて、温度と発生圧力との関係を測定できる装置を用いる前記(1)〜(3)のいずれかに記載の物質の熱安定性評価方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、断熱熱量計であるARC等による分析の実施を最小限に抑えて、正確に且つ効率よく物質の吸熱による分解の可能性を評価することができるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の一実施形態にかかる物質の熱安定性評価方法の判断手順を示すフローチャートである。
【図2】実施例におけるSC−DSC分析で得られたチャートである。
【図3】実施例におけるTM−DSC分析で得られたチャートである。
【図4】実施例におけるARC分析で得られたチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明にかかる物質の熱安定性評価方法の一実施形態について、図1を参照して詳細に説明する。同図に示すように、本実施形態にかかる物質の熱安定性評価方法は、物質の吸熱による分解の可能性を評価するにあたり、まず、TM−DSCによる分析を行う。
【0013】
TM−DSCは、SC−DSC等の通常のDSCで用いられる定速昇温(降温)に周期的な温度変調を加えることにより、定速昇温(降温)に対する熱流の応答(以下、THF(Total Heat Flow)と言うことがある。)と、周期的変調に対する熱流の応答(以下、RHF(Reversing Heat Flow)と言うことがある。)とを同時に得るものである。
【0014】
温度変調一周期あたりの平均の熱流であるTHFは、周期的温度変調に敏感な可逆熱流束であるRHFと、周期的温度変調に鈍感な不可逆熱流束(以下、NRHF(Non-Reversing Heat Flow)と言うことがある。)とに分離することができる。NRHFは、THFからRHFを差し引いた差分に相当する。なお、THFは、SC−DSC等の通常のDSCで得られる熱流と等価なものである。
【0015】
TM−DSCとしては、特に限定されるものではなく、市販のものを用いることができ、例えばティー・エイ・インスツルメント社製の「Q2000」、リガク社製の「Thermo plus DSC 8230L」等が挙げられる。TM−DSCの分析条件等は、分析に供する試料に応じて適宜設定すればよく、特に限定されない。なお、TM−DSCの原理等の詳細な説明については、例えば「熱測定」vol.29、No.1(2000)、p.21〜26等に記載されている。
【0016】
本実施形態では、上述のTM−DSCによる分析結果に基づき、断熱熱量計であるARCによる分析の要否を判断する。具体的には、まず、得られたTHFに吸熱ピークが認められるか否かを確認する。
【0017】
ついで、THFに吸熱ピークが認められた場合には、THFから分離されたRHFとNRHFのうち、いずれに吸熱ピークが認められるかを確認する。そして、RHFに吸熱ピークが認められた場合には、ARCによる分析は不要と判断し、NRHFに吸熱ピークが認められた場合には、ARCによる分析が必要と判断する。この理由としては、以下の理由が挙げられる。
【0018】
すなわち吸熱ピークは、通常、下記一般式(a)〜(d)に例示されるように、可逆と不可逆の2つの反応に分類される
【化1】

【0019】
RHFとNRHFのうち、RHFにおける吸熱は、可逆反応に伴う吸熱であり、一般式(a),(b)に示されるように、通常、熱分解ガスを発生することはない。それゆえ、RHFに吸熱ピークが認められた場合には、圧力発生の有無を調べるためのARCによる分析を省略することができる。
【0020】
一方、NRHFにおける吸熱は、不可逆反応に伴う吸熱であり、一般式(c)に示されるように、熱分解ガスを発生しない場合と、一般式(d)に示されるように、熱分解ガスを発生する場合とがある。そのため、NRHFに吸熱ピークが認められた場合には、熱分解ガスが発生する場合であるか否かを見極めるために、ARCによる分析が必要になる。
【0021】
ARC、すなわち断熱熱量計としては、物質の吸熱反応による温度および圧力の時間変化を測定できるものであれば特に限定されるものではなく、市販のものを用いることができ、例えばCSI(Columbia Scientific Industries)社製の「CSI−ARCTM」、いずれもTHT(Thermal Hazard Technology)社製の「ARCTM」、「ES−Accelerating Rate Calorimeter」、TIAX社製の「New ARCTM」、FAI(Fauske & Associates,Inc.)社製の「ARSSTTM(The Advanced Reactive System Screening Tool)」、いずれもHEL(Hazard Evaluation Laboratory Limited)社製の「TSU(Thermal Screening Unit)」、「PHITEC−II」、いずれもSystag社製の「RADEXTM」、「SEDEXTM」等が挙げられる。断熱熱量計の分析条件等は、分析に供する試料に応じて適宜設定すればよく、特に限定されない。なお、断熱熱量計の原理や装置の詳細な説明については、例えば特開2006−250771号公報等に記載されている。
【0022】
以上、本発明にかかる好ましい実施形態について説明したが、本発明は以上の実施形態に限定されるものではなく、種々の改善や変更が可能である。例えば、TM−DSCによる分析に先立ち、SC−DSCによる分析を行ってもよい。これにより、TM−DSCによる測定時間を短縮することができる。
【0023】
すなわち、SC−DSCによる分析は、TM−DSCよりも比較的短時間で行うことができる。したがって、まず、SC−DSCにより吸熱ピークが検出される温度範囲を特定し、この特定された温度範囲についてTM−DSCによる分析を行えば、TM−DSCによる測定時間を短縮することができる。
【0024】
SC−DSCとしては、特に限定されるものではなく、市販のものを用いることができ、例えばメトラー・トレド社製の「DSC1」、エスアイアイ・ナノテクノロジー社製の「EXSTAR DSC 7020」、「DSC6200−ASD2」等が挙げられる。SC−DSCの分析条件等は、分析に供する試料に応じて適宜設定すればよく、特に限定されない。なお、SC−DSCの原理や装置の詳細な説明については、例えば「反応性化学物質と火工品の安全」大成出版社、1988年11月28日、p.98〜116等に記載されている。
【0025】
また、断熱熱量計であるARCに代えて、温度と発生圧力との関係を測定できる装置を用いることもできる。該装置としては、例えば圧力センサー付オートクレーブ等が挙げられる。圧力センサー付オートクレーブとしては、特に限定されるものではなく、市販のものを用いることができ、例えばセタラム社製の「圧力センサー付C−80」、THT社製の「RSDTM(The Rapid Screening Device)」等が挙げられる。圧力センサー付オートクレーブの分析条件等は、分析に供する試料に応じて適宜設定すればよく、特に限定されない。
【0026】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【実施例】
【0027】
炭酸水素ナトリウムを試料とし、これをSC−DSC(エスアイアイ・ナノテクノロジー社製の「DSC6200−ASD2」)により分析した。分析条件を以下に示すとともに、その結果を図2に示す。
2ガス流量:50ml/分
昇温速度:10℃/分
試料量:1mg
試料容器:ステンレス鋼(SUS)製の密封セル
【0028】
また、前記試料をTM−DSC(ティー・エイ・インスツルメント社製の「Q2000」)により分析した。分析条件を以下に示すとともに、その結果を図3に示す。
変調周期:47秒
変調振幅:1℃
昇温速度:2℃/分
試料量:1.25mg
試料容器:SUS製の密封セル
【0029】
図2および図3から明らかなように、吸熱ピークが検出される温度範囲は、SC−DSCおよびTM−DSCにおいて、ほぼ一致しているのがわかる。したがって、SC−DSCにより吸熱ピークが検出される温度範囲を特定し、この特定された温度範囲についてTM−DSCによる分析を行えば、TM−DSCによる測定時間を短縮できると言える。
【0030】
また、図3か明らかなように、THFに吸熱ピークが認められ、該吸熱ピークは、THFから分離されたRHFとNRHFのうち、NRHFに認められる。したがって、前記試料の熱安定性を評価するにはARC分析が必要と判断した。
【0031】
前記試料を、ARC(Thermal hazard technology社製の「ES−Accelerating Rate Calorimeter」)により分析した。分析条件を以下に示すとともに、その結果を図4に示す。
探索開始温度:40℃
探索期間の昇温幅:5℃
探索期間の待ち時間:10分
発熱探知限界:0.02℃/分
試料量:3.99g
試料容器:ハステロイ(登録商標)製のセル
【0032】
図4に示すように、温度を階段状に昇温した。すなわち、昇温した温度を一定時間保持し、さらに昇温するという工程を繰り返した。その結果、100℃付近までは保持中の温度は一定に保持されたが、100℃付近を超えると、保持中の温度が下がる現象が確認された。この結果は、100℃付近から吸熱が検知されたことを示す。
【0033】
また、100℃付近から圧力が急激に上昇しているのがわかる。この結果は、熱分解ガスである二酸化炭素が発生していることを示す。したがって、TM−DSCの結果に基づいてARC分析が必要と判断した方法は、適切であったと言える。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物質の吸熱による分解の可能性を評価するにあたり、温度変調型示差走査熱量計(TM−DSC)による分析を行い、該分析結果に基づき、断熱熱量計による分析の要否を判断することを特徴とする物質の熱安定性評価方法。
【請求項2】
前記温度変調型示差走査熱量計(TM−DSC)により分離された可逆熱流束と不可逆熱流束のうち、不可逆熱流束に吸熱ピークが認められたときに、断熱熱量計による分析を必要と判断する請求項1に記載の物質の熱安定性評価方法。
【請求項3】
前記温度変調型示差走査熱量計(TM−DSC)による分析に先立ち、密封セル型示差走査熱量計(SC−DSC)による分析を行う請求項1または2に記載の物質の熱安定性評価方法。
【請求項4】
前記断熱熱量計に代えて、温度と発生圧力との関係を測定できる装置を用いる請求項1〜3のいずれかに記載の物質の熱安定性評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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