説明

物質分離材および物質分離方法

【課題】新規な物質分離材を提供することを目的とする。
【解決手段】物質分離材は対象化合物を分離するものである。物質分離材は固体と液体とを有している。液体は分離機能化合物を含有するか分離機能化合物と溶質化合物を含有する。ここで、対象化合物は、光学活性物質、または光学活性物質以外の化合物であることが好ましい。また、固体は、分離機能化合物および溶質化合物を含有する氷、分離機能化合物を含有する氷などが好ましい。また、対象化合物が光学活性物質であるとき、分離機能化合物は、β−シクロデキストリン、シクロデキストリンおよびその誘導体などであり、対象化合物が光学活性物質以外の化合物であるとき、分離機能化合物は、無機塩、金属錯体などであることが好ましい。また、溶質化合物は、KCl、NaClなどが好ましい。また、液体は、水、アルコール類などが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な物質分離材に関する。また、本発明は、この物質分離材を用いる新規な物質分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、キラルな物質を化学結合によりシリカゲルなどに導入した固定相を用いるクロマトグラフィーは、キラル分離に最も広く利用されている。例えば、キラル認識能をもつ物質(キラルセレクター、例えばシクロデキストリン)をシリカゲルなどの固体上に、化学結合を用いて導入したものがある。また、キラルな物質をシリカゲル上に化学修飾した後、重合したものがある。現状での一般的な方法は、このように化学結合を介して、固体上にキラルセレクターを導入する方法が用いられている(非特許文献1参照)。
【0003】
しかしながら、化学結合を介して固体上にキラルセレクターを導入する方法では、つぎのような問題点がある。すなわち、(1)キラル分離にはほとんど理論的な根拠がなく、そのため特定の物質の分離に適切なキラルセレクターを試行錯誤で探す必要がある。したがって、特定の構造を持つ固定相が常に有効であるとは限らない。つまり、より融通性が高く、機動性に富む手法が必要である。(2)既存技術では、化学結合によりキラルセレクターを固定相上に導入する手法が用いられており、その結果固定相の合成が難しく、高価になりがちである。(3)固体上に固定化するために、分子の自由度が制限され、分離選択能が悪くなることがある。(4) 固定相の合成が難しく、高価になりがちであることから、薬剤の分離などに必要な高い容量をもつ分取用のカラムの作製、使用には極めて多額の資金を要する。市場規模としては年間3千〜5千万ドルに達している。
【0004】
これらのことから、安価で、キラルセレクターの固体への導入が容易な技術が求められている。上述の既存技術の問題点を解決するにはつぎの事項が必要である。すなわち、(1)安価で作製容易なキラル分離固定相を開発する。(2)この安価で作製容易なキラル分離固定相の有効な使用法を確立する。
【0005】
発明者が、既に報告した技術として、(1)氷を用いる物質分離法(アイスクロマトグラフィー)(非特許文献2,3参照)、(2)塩をドープした氷を用いるアイスクロマトグラフィーにおける、共存液相への物質分配(非特許文献4参照)がある。
【0006】
(1)氷を用いる物質分離法(アイスクロマトグラフィー)では、球状の氷を固定相としてカラムに充填し、これを物質分離のためのクロマトグラフィーを行うものであり、単純な有機物から葉緑素などの分離への適用が可能になっている。
【0007】
(2)塩をドープした氷を用いるアイスクロマトグラフィーにおける、共存液相への物質分配では、塩の水溶液を急冷して凍結することにより、塩の微小結晶が分散した氷を調製する。これを塩と水の系での共晶点以上の温度に保つと、塩が水溶液となり氷の中に保たれる。この液滴に物質が分配し分離が可能である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Effect of the configuration of the substituents of derivatized b-cyclodextrin bonded phases on enantioselectivity in normal-phase liquid chromatography, A.M.Stalcup, S.-C.Chang, D.W.Armstrong, J.Chromatogr.A, 540, 113-128 (1991)
【非特許文献2】Ice Chromatography. Characterization of Water-ice as a Chromatographic Stationary Phase, Yuiko Tasaki and Tetsuo Okada, Analytical Chemistry, 78, 4155 - 4160 (2006)
【非特許文献3】Facilitation of Applicability in Ice Chromatography by Mechanistic Considerations and by Preparation of Fine Water-ice Stationary Phase, Yuiko Tasaki and Tetsuo Okada, Analytical Chemistry, 81, 890-897(2009)
【非特許文献4】Adsorption-partition Switching of Retention Mechanism in Ice Chromatography with NaCl-doped Water-ice, Yuiko Tasaki and Tetsuo Okada, Analytical Sciences, 25, 177-181 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上述した従来の技術ではつぎのような問題点がある。
すなわち、(1)氷を用いる物質分離法(アイスクロマトグラフィー)では、分離可能な物質が限定されており、適用性が低いという問題点がある。
【0010】
また、(2)塩をドープした氷を用いるアイスクロマトグラフィーにおける、共存液相への物質分配では、共存液相への分配だけでは分離能や分離選択性を向上させることが困難であるという問題点がある。
【0011】
そのため、このような課題を解決する、新規な物質分離材および物質分離方法の開発が望まれている。
【0012】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、新規な物質分離材を提供することを目的とする。
また、本発明は、この物質分離材を用いる新規な物質分離方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決し、本発明の目的を達成するため、本発明の物質分離材は、対象化合物を分離する物質分離材であって、前記物質分離材は固体と液体とを有し、前記液体は分離機能化合物を含有するか分離機能化合物と溶質化合物を含有する。
【0014】
ここで、限定されるわけではないが、対象化合物は、ヘキソバルビタール、バルビツール酸類、アミノ酸類およびその誘導体、ペプチド、タンパク質、核酸、糖類およびその誘導体、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、金属イオン錯体からなる光学活性物質、または、無機イオン、金属錯体、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素からなる、光学活性物質以外の化合物であることが好ましい。また、限定されるわけではないが、固体は、分離機能化合物および溶質化合物を含有する氷、分離機能化合物を含有する氷、分離機能化合物および溶質化合物を含有する液体を凍結させた固体、分離機能化合物を含有する液体を凍結させた固体、分離機能化合物溶液を含有するシリカゲルなどの多孔性無機酸化物、分離機能化合物溶液を含有する有機性多孔体から選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせであることが好ましい。また、限定されるわけではないが、対象化合物が光学活性物質であるとき、分離機能化合物は、β−シクロデキストリン、シクロデキストリンおよびその誘導体、糖類およびその誘導体、アミノ酸およびその誘導体、ペプチド、タンパク質、核酸、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、金属イオン錯体であり、対象化合物が光学活性物質以外の化合物であるとき、分離機能化合物は、無機塩、金属錯体、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素であることが好ましい。また、限定されるわけではないが、溶質化合物は、KCl、NaCl、LiCl、MgCl2、その他の無機塩類、糖類、アルコール類、その他の有機物、HClなどの酸、NaOH等の塩基、pH緩衝溶液成分から選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせであることが好ましい。また、限定されるわけではないが、液体は、水、アルコール類、アミン類、フェノール類、ニトリル類、エーテル類、酸類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、イオン性液体から選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせであることが好ましい。
【0015】
本発明の物質分離方法は、物質分離材を用いて対象化合物を分離する物質分離方法であって、前記物質分離材は固体と液体とを有し、前記液体は分離機能化合物を含有するか分離機能化合物と溶質化合物を含有する。
【0016】
ここで、限定されるわけではないが、対象化合物は、ヘキソバルビタール、バルビツール酸類、アミノ酸類およびその誘導体、ペプチド、タンパク質、核酸、糖類およびその誘導体、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、金属イオン錯体からなる光学活性物質、または、無機イオン、金属錯体、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素からなる、光学活性物質以外の化合物であることが好ましい。また、限定されるわけではないが、固体は、分離機能化合物および溶質化合物を含有する氷、分離機能化合物を含有する氷、分離機能化合物および溶質化合物を含有する液体を凍結させた固体、分離機能化合物を含有する液体を凍結させた固体、分離機能化合物溶液を含有するシリカゲルなどの多孔性無機酸化物、分離機能化合物溶液を含有する有機性多孔体から選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせであることが好ましい。また、限定されるわけではないが、対象化合物が光学活性物質であるとき、分離機能化合物は、β−シクロデキストリン、シクロデキストリンおよびその誘導体、糖類およびその誘導体、アミノ酸およびその誘導体、ペプチド、タンパク質、核酸、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、金属イオン錯体であり、対象化合物が光学活性物質以外の化合物であるとき、分離機能化合物は、無機塩、金属錯体、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素であることが好ましい。また、限定されるわけではないが、溶質化合物は、KCl、NaCl、LiCl、MgCl2、その他の無機塩類、糖類、アルコール類、その他の有機物、HClなどの酸、NaOH等の塩基、pH緩衝溶液成分から選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせであることが好ましい。また、限定されるわけではないが、液体は、水、アルコール類、アミン類、フェノール類、ニトリル類、エーテル類、酸類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、イオン性液体から選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせであることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明は、以下に記載されるような効果を奏する。
【0018】
本発明の物質分離材は、対象化合物を分離する物質分離材であって、前記物質分離材は固体と液体とを有し、前記液体は分離機能化合物を含有するか分離機能化合物と溶質化合物を含有するので、新規な物質分離材を提供することができる。
【0019】
本発明の物質分離方法は、物質分離材を用いて対象化合物を分離する物質分離方法であって、前記物質分離材は固体と液体とを有し、前記液体は分離機能化合物を含有するか分離機能化合物と溶質化合物を含有するので、新規な物質分離方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】β−シクロデキストリンの分子構造と空孔内の疎水空間をモデル的に示す図である。
【図2】ヘキソバルビタールの分子構造を示す図である。
【図3】ヘキソバルビタールを光学分離した結果を示す図である。
【図4】氷と共存する液相、および試料分子とβ−シクロデキストリンの液相中での会合をモデル的に示す図である。
【図5】ヘキソバルビタールを光学分離した結果を示す図である。
【図6】1,1'-bi-2-naphtholの分子構造を示す図である。
【図7】(±)-1,1'-bi-2-naphtholを光学分離した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、物質分離材および物質分離方法にかかる発明を実施するための形態について説明する。
【0022】
物質分離材は、対象化合物を分離するものであって、前記物質分離材は固体と液体とを有し、前記液体は分離機能化合物を含有するか分離機能化合物と溶質化合物を含有する。
物質分離方法は、物質分離材を用いて対象化合物を分離する方法であって、前記物質分離材は固体と液体とを有し、前記液体は分離機能化合物を含有するか分離機能化合物と溶質化合物を含有する。
【0023】
対象化合物としては、光学活性物質、または光学活性物質以外の化合物がある。
以下に、対象化合物が光学活性物質の場合について説明する。
【0024】
対象化合物である光学活性物質としては、ヘキソバルビタール、バルビツール酸類、アミノ酸類およびその誘導体、ペプチド、タンパク質、核酸、糖類およびその誘導体、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、金属イオン錯体などを挙げることができる。
【0025】
分離機能化合物としては、β−シクロデキストリン、シクロデキストリンおよびその誘導体、糖類およびその誘導体、アミノ酸およびその誘導体、ペプチド、タンパク質、核酸、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、金属イオン錯体などを挙げることができる。
【0026】
分離機能化合物の濃度は0.001〜1000mMの範囲内にあることが好ましい。分離機能化合物の濃度が0.001mM以上であると、分離能が高くなるという利点がある。分離機能化合物の濃度が1000mM以下であると、分離機能化合物の消費を抑制できるという利点がある。
【0027】
溶質化合物としては、KCl、NaCl、LiCl、MgCl2、その他の無機塩類、糖類、アルコール類、その他の有機物、HClなどの酸、NaOH等の塩基、pH緩衝溶液成分などから選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせを挙げることができる。
【0028】
溶質化合物の濃度は3000mM以下であることが好ましい。溶質化合物の濃度が3000mM以下であると、分離可能な温度範囲が広いという利点がある。
【0029】
なお、分離機能化合物が所定濃度にあるとき、溶質化合物の添加を省略することができる。分離機能化合物が十分に高い濃度であるとき、分離機能化合物が溶質化合物と同様の機能を果たすために溶質化合物の添加を省略し得る。
【0030】
溶質化合物の添加を省略する場合、分離機能化合物の所定濃度は0.001〜1000mMの範囲内にあることが好ましい。分離機能化合物の所定濃度が0.001mM以上であると、分離能が高くなるという利点がある。分離機能化合物の所定濃度が1000mM以下であると、分離機能化合物の消費を抑制できるという利点がある。
【0031】
液体としては、水、アルコール類、アミン類、フェノール類、ニトリル類、エーテル類、酸類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、イオン性液体などから選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせを挙げることができる。
【0032】
固体としては、分離機能化合物および溶質化合物を含有する氷、分離機能化合物を含有する氷、分離機能化合物および溶質化合物を含有する液体を凍結させた固体、分離機能化合物を含有する液体を凍結させた固体、分離機能化合物溶液を含有するシリカゲルなどの多孔性無機酸化物、分離機能化合物溶液を含有する有機性多孔体などから選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせを挙げることができる。
【0033】
つぎに、対象化合物が、光学活性物質以外の化合物の場合について説明する。
【0034】
対象化合物である、光学活性物質以外の化合物としては、無機イオン、金属錯体、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素などを挙げることができる。
【0035】
分離機能化合物としては、無機塩、金属錯体、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素などを挙げることができる。
【0036】
溶質化合物としては、KCl、NaCl、LiCl、MgCl2、その他の無機塩類、糖類、アルコール類、その他の有機物、HClなどの酸、NaOH等の塩基、pH緩衝溶液成分などから選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせを挙げることができる。
【0037】
なお、分離機能化合物が所定濃度にあるとき、溶質化合物の添加を省略することができる。分離機能化合物が十分に高い濃度であるとき、分離機能化合物が溶質化合物と同様の機能を果たすために溶質化合物の添加を省略し得る。
【0038】
溶質化合物の添加を省略する場合、分離機能化合物の所定濃度は0.001〜1000mMの範囲内にあることが好ましい。分離機能化合物の所定濃度が0.001mM以上であると、分離能が高くなるという利点がある。分離機能化合物の所定濃度が1000mM以下であると、分離機能化合物の消費を抑制できるという利点がある。
【0039】
液体としては、水、アルコール類、アミン類、フェノール類、ニトリル類、エーテル類、酸類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、イオン性液体などから選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせを挙げることができる。
【0040】
固体としては、分離機能化合物および溶質化合物を含有する氷、分離機能化合物を含有する氷、分離機能化合物および溶質化合物を含有する液体を凍結させた固体、分離機能化合物を含有する液体を凍結させた固体、分離機能化合物溶液を含有するシリカゲルなどの多孔性無機酸化物、分離機能化合物溶液を含有する有機性多孔体などから選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせを挙げることができる。
【0041】
なお、本発明は上述の発明を実施するための形態に限らず本発明の要旨を逸脱することなくその他種々の構成を採り得ることはもちろんである。
【実施例】
【0042】
つぎに、本発明にかかる実施例について具体的に説明する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されるものではないことはもちろんである。
【0043】
実施例1
【0044】
<光学分離>
本発明は、光学分割能を持つキラルセレクターを水と共に凍結し、その氷を適切な条件下でクロマトグラフィーの固定相として用いる。これによって光学分割を行う。以下に、β−シクロデキストリン(以下、「β-CD」という。図1参照)とKClを同時に凍結した氷を固定相とし、ヘキソバルビタール(図2参照)を光学分離した例を示す。
【0045】
まず、水にKCl(50mM)とβ-CD(0.5mM)(和光純薬社製、ベータシクロデキストリン)を溶解した。この水溶液を、加圧窒素気流を用いて噴霧器により霧状にし、これを液体窒素に導入することで急冷凍結した。その結果、粒径約50μmの氷粒子が得られた。また、顕微鏡下で観察して粒径を計測した。
【0046】
この氷粒子を集めて低温下(液体窒素蒸気中)で直径7.6mm×長さ150mmのカラムに充填し、固定相を作製する。このカラムを-8℃の一定温度に保ち、0.5質量%THFを含むヘキサンからなる移動相をポンプで流す。
【0047】
試料としてヘキソバルビタール(シグマ社製、ヘキソバルビタール)をカラムに一定量(100μl)注入し、分離挙動を検出器で確認する。
【0048】
<評価方法>
光学分離の評価をするため、円偏光二色性検出器を用いた。円偏光二色性検出器(日本分光社製、CD-2095)の検出条件を示す。検出波長を230nmとし、円偏光二色性検出信号および紫外吸収検出信号を記録計で計測した。
【0049】
<評価結果>
ヘキソバルビタールを光学分離した結果は、図3に示す通りである。
下が紫外検出器の応答、上のクロマトグラムが円偏光二色性検出器の応答である。ヘキソバルビタールのラセミ体を試料としたときのクロマトグラムでは、2つの光学異性体(黒と白の矢印)に対応するピークが紫外ではいずれも正のピークを与えており、これらが分離されていることを示唆している。
【0050】
円偏光二色性検出器の応答は、先に溶出したピークについて正のCD応答、後のピークは負のCD応答を示している。
ヘキソバルビタールが光学分離される機構について説明する。キラルセレクターの溶液を単に凍結してもあまり機能しない。つまり、キラルセレクター分子が氷中で固定されると、分子に全く自由度がなくキラル認識は起きにくい。キラルセレクターと共に適当な塩を同時に凍結させ、温度制御することで氷の中に共存水相を生成させ、そのなかでキラルセレクターを機能させることがキラル分離を起こすための重要なポイントの一つである。具体的には、温度を水-KCl系の共晶点である-12.7℃以上に上げると、共存液相が氷中に生じる。氷中にドープされたβ-CDも共存液相に溶解し図4の上側のような状態になる。このような氷を固定相としてクロマトグラフィーを行うと、図4の下側に示すように、試料分子はその特性に応じて共存液相に分配し、液相内でβ-CDと会合体を生成、光学認識されると考えられる。
【0051】
実施例2
【0052】
水にβ-CD(0.75mM)(和光純薬社製、ベータシクロデキストリン)を溶解し、実施例1と同様に氷粒子を得た。これを実施例1と同様のカラムに充填して、-8℃の一定温度に保ち、0.5質量%THFを含むヘキサンからなる移動相をポンプで流す。試料注入、検出は実施例1と同じである。
【0053】
ヘキソバルビタールを光学分離した結果は、図5に示す通りである。下が紫外検出器の応答、上のクロマトグラムが円偏光二色性検出器の応答である。2つの光学異性体に対応するピークが紫外では明確な2つのピークとはなっていないが、円偏光二色性検出器では正と負のピークが表れており、ヘキソバルビタールの2つの光学異性体が分離されていることを示唆している。
【0054】
実施例3
【0055】
水にKCl(100mM)とβ-CD(0.5mM)(和光純薬社製、ベータシクロデキストリン)を溶解し、実施例1と同様に氷粒子を得た。これを実施例1と同様のカラムに充填して、-8℃の一定温度に保ち、0.5質量%THFを含むヘキサンからなる移動相をポンプで流す。試料注入、検出は実施例1と同じである。
【0056】
試料として50μMの (+)-1,1'-bi-2-naphthol(シグマ社製、(+)-1,1’-ビス-2-ナフトール)と50μMの(-)-1,1'-bi-2-naphthol(シグマ社製、(-)-1,1’-ビス-2-ナフトール)混合物(図6参照)を注入し、分離挙動を検出器で確認する。検出は紫外検出波長が276nmである点を除いて、実施例1と同じである。
【0057】
1,1’-ビス-2-ナフトールを光学分離した結果は、図7に示す通りである。下が紫外検出器の応答、上のクロマトグラムが円偏光二色性検出器の応答である。2つの光学異性体に対応するピークが紫外では明確な2つのピークとはなっていないが、円偏光二色性検出器では正と負のピークが表れており、1,1’-ビス-2-ナフトールの2つの光学異性体が分離されていることを示唆している。
【0058】
以上のことから、本実施例によれば、以下のような効果が得られる。
(1)氷は環境負荷の全くない物質であり、環境に極めて優しい分離法である。
(2)化学反応を用いることなく光学分割能を持つクロマトグラフィー固定相を得ることができる。
(3)一般にキラル認識反応は発熱反応であり、低温で認識能が促進される。
(4)精製や分取目的の固定相を多量にかつ安価に供給することができる。
(5)固定相に用いたキラルセレクターは回収、再凍結により完全リサイクルが可能である。また、低温分離であるので分解などの心配もほとんどない。
【0059】
β-CDは、空孔内の疎水空間に分子を取り込み、周辺部の光学異性を識別する機能を持つことが知られている。この機能を利用する市販の光学分離用クロマトグラフィー固定相では、化学結合によりシリカゲル上などにβ-CDを固定している。本発明では、このような化学合成手段を一切用いない。
【0060】
キラル分離クロマトグラフィーの市場は全世界で年間3千〜5千万ドルとされており、その大部分が医薬品の分離に用いられている。本発明では氷と共存する液相中で光学認識をさせることで、安価な光学分割用液体クロマトグラフィー固定相が調製できることを示したものであり、キラルセレクターとして利用できる可能性を持つものは事実上無限に存在する。本法によれば化学修飾などの合成プロセスを一切経ることなく、極めて容易に光学分割材料が得られる。この点から、広い応用分野が見込めるものと期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象化合物を分離する物質分離材であって、
前記物質分離材は、固体と液体とを有し、
前記液体は、分離機能化合物を含有するか、分離機能化合物と溶質化合物を含有する
物質分離材。
【請求項2】
対象化合物は、ヘキソバルビタール、バルビツール酸類、アミノ酸類およびその誘導体、ペプチド、タンパク質、核酸、糖類およびその誘導体、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、金属イオン錯体からなる光学活性物質、または、無機イオン、金属錯体、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素からなる、光学活性物質以外の化合物である
請求項1記載の物質分離材。
【請求項3】
固体は、分離機能化合物および溶質化合物を含有する氷、分離機能化合物を含有する氷、分離機能化合物および溶質化合物を含有する液体を凍結させた固体、分離機能化合物を含有する液体を凍結させた固体、分離機能化合物溶液を含有するシリカゲルなどの多孔性無機酸化物、分離機能化合物溶液を含有する有機性多孔体から選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせである
請求項1記載の物質分離材。
【請求項4】
対象化合物が光学活性物質であるとき、分離機能化合物は、β−シクロデキストリン、シクロデキストリンおよびその誘導体、糖類およびその誘導体、アミノ酸およびその誘導体、ペプチド、タンパク質、核酸、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、金属イオン錯体であり、
対象化合物が光学活性物質以外の化合物であるとき、分離機能化合物は、無機塩、金属錯体、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素である
請求項1記載の物質分離材。
【請求項5】
溶質化合物は、KCl、NaCl、LiCl、MgCl2、その他の無機塩類、糖類、アルコール類、その他の有機物、HClなどの酸、NaOH等の塩基、pH緩衝溶液成分から選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせである
請求項1記載の物質分離材。
【請求項6】
液体は、水、アルコール類、アミン類、フェノール類、ニトリル類、エーテル類、酸類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、イオン性液体から選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせである
請求項1記載の物質分離材。
【請求項7】
物質分離材を用いて、対象化合物を分離する物質分離方法であって、
前記物質分離材は、固体と液体とを有し、
前記液体は、分離機能化合物を含有するか、分離機能化合物と溶質化合物を含有する
物質分離方法。
【請求項8】
対象化合物は、ヘキソバルビタール、バルビツール酸類、アミノ酸類およびその誘導体、ペプチド、タンパク質、核酸、糖類およびその誘導体、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、金属イオン錯体からなる光学活性物質、または、無機イオン、金属錯体、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素からなる、光学活性物質以外の化合物である
請求項7記載の物質分離方法。
【請求項9】
固体は、分離機能化合物および溶質化合物を含有する氷、分離機能化合物を含有する氷、分離機能化合物および溶質化合物を含有する液体を凍結させた固体、分離機能化合物を含有する液体を凍結させた固体、分離機能化合物溶液を含有するシリカゲルなどの多孔性無機酸化物、分離機能化合物溶液を含有する有機性多孔体から選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせである
請求項7記載の物質分離方法。
【請求項10】
対象化合物が光学活性物質であるとき、分離機能化合物は、β−シクロデキストリン、シクロデキストリンおよびその誘導体、糖類およびその誘導体、アミノ酸およびその誘導体、ペプチド、タンパク質、核酸、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、金属イオン錯体であり、
対象化合物が光学活性物質以外の化合物であるとき、分離機能化合物は、無機塩、金属錯体、アミン類、カルボン酸類、アルコール類、フェノール類、エーテル類、チオール類、ヘテロ環化合物、カルボニル化合物、ハロゲン化炭化水素類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素である
請求項7記載の物質分離方法。
【請求項11】
溶質化合物は、KCl、NaCl、LiCl、MgCl2、その他の無機塩類、糖類、アルコール類、その他の有機物、HClなどの酸、NaOH等の塩基、pH緩衝溶液成分から選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせである
請求項7記載の物質分離方法。
【請求項12】
液体は、水、アルコール類、アミン類、フェノール類、ニトリル類、エーテル類、酸類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、イオン性液体から選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の組み合わせである
請求項7記載の物質分離方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−169877(P2011−169877A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−36718(P2010−36718)
【出願日】平成22年2月22日(2010.2.22)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】