説明

特定遺伝子に点突然変異をもつ有用なモデルマウス

【課題】 特定の疾患関連遺伝子、具体的には、ドーパミン受容体D4(Drd4)遺伝子、ハンチンティン遺伝子、アルギニンバゾプレシン受容体1a(Avpr1a)遺伝子またはチロシナーゼ遺伝子に点突然変異を有するマウスを提供する。
【解決手段】 逆向遺伝学的アプローチに基づいて、大規模ENU誘発突然変異体マウスライブラリーを作製し、ENU誘発突然変異を特定遺伝子に有するものを同定検出し、そのマウス個体を作製し表現型を解析する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドーパミン受容体D4(Drd4)遺伝子、ハンチンティン遺伝子、アルギニンバゾプレシン受容体1a遺伝子、またはチロシナーゼ遺伝子に点突然変異を有する、新規点突然変異マウスに関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト疾患の解明や治療法開発にはモデル動物が重要な役割を担う。
ゲノム研究の進展に伴い、遺伝的素因に基づく疾患発症や外部要因に対する個人差が明確になりつつある。遺伝的素因が異なる、ということは、ゲノムDNAの配列が異なった突然変異をもつ生物個体ということと同義である。
そこで、遺伝的素因の異なるモデル動物系として、マウスに体系だって突然変異体を作出する方法が開発されている。
【0003】
従来は、突然変異体を「表現型」から同定確立し、ポジショナルクローニング法などを駆使し、その原因遺伝子を突き止め変異の原因であるゲノムDNA配列の違い、すなわち、「遺伝子型」を解明する手法を取っていた。これに対し、近年、トランスジェニックマウスやノックアウトマウスのように、まず、マウスゲノムDNAに手を加え「遺伝子型」を人工的に変えた突然変異体を作製したのち、その個体表現型を詳細に解析する方法も開発されている。前者を順向遺伝学(forward genetics)、後者を、逆向遺伝学(reverse genetics)と呼ぶ。
【0004】
逆向遺伝学の例としてトランスジェニックマウスを挙げることができる。DNAをマウス受精卵の前核にマイクロインジェクションするとマウス染色体DNAに組み込まれることがある。組み込まれたDNAは、マウスゲノムの一部として挙動し、次世代へも安定に伝達していく。これがトランスジェニックマウスである。注入DNA分子に、プロモーター配列と解析したいコーディング配列を適切に配置すれば、その発現機能をマウス個体レベルにおいて観察できる。メタロチオネイン遺伝子プロモーター下流に成長ホルモンのコーディング配列を配して作製したジャイアントマウス(Palmiter R.D.ら、Nature 300: 611-615, 1982)はその一例である。
【0005】
さらにもう一つの逆向遺伝学の例としてノックアウトマウスが挙げられる。トランスジェニックマウスでは、注入DNAは染色体DNAにランダムに挿入される。ところが注入DNAにゲノムDNAと同じ配列がある場合には、極まれに相同組換えによってゲノムのその配列領域に組み込まれることがある。これを利用するのがジーンターゲッティング法である(Capecchi M.R.、Science 244: 1288-1292, 1989)。極わずかな相同組換え体を捉えるため、受精卵ではなくES細胞を材料に用いる。導入するDNAベクターは、標的とするマウスゲノム配列をもち、それを分断するようマーカー遺伝子を配する。ベクターDNAがゲノムに相同組換えにより導入(ターゲッティング)されると、結果として、目的とする遺伝子配列がマーカー遺伝子で分断される。ノックアウトマウスと呼ばれる由縁である。この方法によってマウスゲノムDNAの特定箇所を狙って人工的に破壊分断することが可能となった。
【0006】
逆向遺伝学的アプローチに基づく突然変異個体を用いる一番の有用性は、ゲノムDNA配列の1文字1文字のもつ機能を、直接、個体というマクロなレベルで知ることができるという点である。トランスジェニックマウスやノックアウトマウスを用いる逆向遺伝学では、ゲノムDNAを人工的に変化させたゲノムDNAの獲得効果や喪失効果を、直接、個体表現型の変化として観察できる。この逆向遺伝学的アプローチ法が遺伝子機能解明の常法として定着する一方で、問題点も明確になってきた。例えば、トランスジェニックマウスでは、導入した染色体箇所による「位置の効果」や、メチル化/非メチル化などによってその発現が予想と異なることも多い。また、同系統でも、世代間で伝達するうちに発現量や表現型が変化することさえある。一方、導入された染色体箇所においてゲノムDNAが分断されておりその表現型への影響を明確にすることも容易ではない。ノックアウトマウスにおけるもっとも大きな問題点は、標的遺伝子を破壊するとマウス個体が致死となってしまうケースが少なくないことである。例えば、遺伝子がクローニングされてから10年以上経つハンチントン病原因遺伝子であるハンチンティン(huntingtin)の機能解明のためにノックアウトマウスが作製された。その結果、ハンチンティン遺伝子を破壊した変異をホモ接合体にもつマウスは胎生8日目において致死となった(Nasir J.ら、Cell 81: 811-823, 1995)。ハンチンティンが必須遺伝子であることは証明されるものの本来の目的である個体発生およびその後の、特に脳における遺伝子機能解明は果たせなくなった。
【0007】
トランスジェニックマウスやノックアウトマウスの抱える課題を解決するには、目的の標的遺伝子に自在に点突然変異を導入できればよい。また、ヒト遺伝子疾患や遺伝子素因の違いに基づく症状や体質の違いは、SNPをはじめ点突然変異に基づくものが多い。そこで、有用なモデル動物となる変異体マウスを作製するために、特定のゲノムDNA配列を狙って破壊するだけのジーンターゲッティング法をさらに改良したCre-LoxP法や、ダブルターゲッティング法などが開発された(Gondo Y.ら、Biochem Biophys Res Commun 202: 830-837, 1994)。しかし、時間、労力、コストの面でゲノム全体にわたってすべての遺伝子で変異体を網羅するには実用的ではない。一方で、発想を180度変えた、順向遺伝学的アプローチが始まった。オスのマウス生殖細胞に高頻度に点突然変異を誘発するエチルニトロソウレア(ENU)を用いる方法である。変異誘発はランダムにゲノムDNA上に生じるので目的とする遺伝子に自在に点突然変異を導入することは不可能である。そのかわりに、誘発変異をもつマウスG1を大量に生産することによって確率的にどの遺伝子にも点突然変異が存在するように整備する。いわば、「マウス点突然変異ライブラリー」を構築するという発想である。特定遺伝子座テストを用いたENU誘発変異の研究から、どの遺伝子座においても10-3/G1マウス/世代の頻度で劣性点突然変異が誘発されていることが示されている(Russell WL.ら、Proc Natl Acad Sci USA 76: 5818-5819, 1979)。言い換えるとG1マウスを1000匹整備すればどの遺伝子にも平均1個劣性変異が確率的に存在することとなる。10,000匹整備すればどの遺伝子にも平均10個、すなわち、「10×劣性点突然変異マウスライブラリー」を構築したことになる。
【0008】
問題は、いかにして有用な突然変異体をこのライブラリーから検出するかである。このENUを用いたマウス突然変異体作出において、膨大なマウスゲノムDNA配列中に点突然変異がどこに生じているかを直接同定することは時間、労力、コストの面で採算が取れないと考えられていたので、まず、作出したマウスにおいて疾患などのモデル動物となる有用な表現型をもつマウスをまず同定し、その表現型をもたらす原因となるゲノムDNA配列をポジショナルクローニング法で同定するという、順向遺伝学的アプローチ法であった。この大規模ENUマウス変異体作製(Hrabe de Angelis M., Balling R.: Mutat Res 400: 25-32, 1998、Brown S.D.M., Nolan P.M.: Human Molec. Genet., 7: 1627-1633, 1998)が着手された1990年後半はゲノムプロジェクトがまだいつ完成するか定かでなく、このため、一つの突然変異表現型から原因突然変異遺伝子をポジショナルクローニングするには数年を要していた。しかし、これは、ヒトゲノムプロジェクトの進展に伴い、マウスゲノムプロジェクトも早かれ遅かれ完成するということを視野に入れての先行投資的な基盤整備であった。実際に、ヒトゲノムプロジェクト完了後の2002年に既にマウスゲノム配列も概要版が発表(Mouse Genome Sequencing Consortium; Nature 420: 520-562, 2002)されておりこの見通しは正しかったことが証明されている。
【0009】
このようにENU変異誘発により樹立されたモデルマウスとして有名なものに、概日リズム(circadian rhythm)を支配する遺伝子Clockの変異マウス(Vitaterna, MHら、Science, 264 : 719-725, 1994)や、家族性大腸癌の原因遺伝子Apcに変異を誘発したApcMinマウス(Moser, A.R.ら、Eur. J. Cancer., 31A : 1061-1064, 1990)などが知られている。どちらも非常に優れたモデル動物であると共に、遺伝子機能の解析、遺伝子の機能から表現型の発現にいたるメカニズムの解析に関する研究などに広く用いられている。
【0010】
しかしながら、マウスゲノムの概要版が発表されたものの、表現型から特定された点突然変異マウスの原因遺伝子同定とクローニングは、やはり時間および労力を要している。また、有用な表現型と思われても、環境の効果、遺伝的背景の効果、変異発現の透過度の問題、複数の突然変異に基づく表現型の可能性、さらには、突然変異に起因する生存力の低下や妊性の低下などの原因で、次世代に明確に表現型を確認することができず「突然変異体」と同定できない場合も少なくない。また、突然変異体と同定できても、同様の理由で、原因遺伝子を染色体上にマップするために必要な産仔数が得られなかったり、さらには、該産仔数は得られても必要な表現型を示す個体数が少なすぎたりしてマッピングが不可能となり、結局、原因遺伝子同定が不可能な場合も多々見られる。
【0011】
上記のとおり、ENUを用いた優性突然変異体作製は、当初の懸念を払拭し、予想以上の成果をあげた。そこで、優性突然変異より遥かに多く誘発されている劣性突然変異体作製に世界の動向は移行しつつある。特に、ヒト遺伝子疾患に劣性が多いこともその大きな理由となっている。とはいえ、G1世代ですぐに表現型異常を検出できる優性突然変異表現型と異なって、劣性変異表現型はさらに2世代交配したG3世代でようやく発見することができる。そのために、検出速度と系統数が大幅に低減されてしまう。
【0012】
以上の理由から、本発明者らは、ゲノムDNA配列のわかっている特定遺伝子に着目し、ENU誘発突然変異をその特定遺伝子において同定検出し、そのマウス個体を作製し表現型を解析するという逆向遺伝学的アプローチに着手した。これをgene-driven型のENUマウスミュータジェネシスと呼んでいる。大規模ENUマウスミュータジェネシスを進める本発明者らの所属する理研プロジェクトは、他の同様なプロジェクト(Hrabe de Angelis M., Balling R.、Mutat Res 400: 25-32, 1998、Brown S.D.M, Nolan PM.: Human Molec. Genet., 7: 1627-1633, 1998)と異なり、晩発性表現型に着目し、マウスの生後、78週齢まで観察を続けた。また、その際に系統としての維持繁殖能を保障したうえで78週齢まで観察できるよう、すべてのG1オスマウスにおいて生後13週齢を経過した時点で片方の精巣上体から精子凍結を施して系統維持保存が保障されているものについてのみ78週齢まで表現型を解析し順向遺伝学アプローチを進めている。本発明者らのgene-driven型のENUマウスミュータジェネシス開発基盤は、この精子凍結バンクである。また、開発に着手した時点では、マウスにおいてわかっているDNA配列はcDNAの方が主流であり、ゲノムDNAが判明しているものは限られていたが、ヒトゲノムプロジェクトによるヒトゲノムの解読の完了に続き、マウスゲノム配列の概要版もまた、すでに発表されている(Mouse Genome Sequencing Consortium; Nature 420: 520-562, 2002)。
【0013】
【非特許文献1】Mouse Genome Sequencing Consortium; Nature 420: 520-562, 2002
【非特許文献2】Rubinsztein Mら、Cell. 1997 Sep 19;90(6):991-1001.
【非特許文献3】Carter C. S.ら 1995. Neurosci. Biobehav. Rev. 19: 303-314.
【非特許文献4】Insel T. R. および Young L. J. 2000. Curr. Opin. Neurobiol. 10: 784-789.
【非特許文献5】Yokoyama Tら、Nucleic Acids Res. 1990 Dec 25;18(24):7293-8
【非特許文献6】http://www.gsc.riken.jp/Mouse/
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、ドーパミン受容体D4(Drd4)遺伝子、ハンチンティン遺伝子、アルギニンバゾプレシン受容体1a(Avpr1a)遺伝子またはチロシナーゼ遺伝子に点突然変異を有するマウスを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、以下の:
1.ドーパミン受容体D4(Drd4)遺伝子に点突然変異を有するマウスであって、該変異遺伝子が、野生型Drd4タンパク質の203番目のメチオニンが他のアミノ酸に変異したDrd4タンパク質をコードすることを特徴とする、上記点突然変異を有するマウス;
2.上記1記載の点突然変異を有するマウスであって、上記変異遺伝子が、野生型Drd4タンパク質の203番目のメチオニンがロイシンに変異したDrd4タンパク質をコードすることを特徴とする、上記点突然変異を有するマウス;
3.ハンチントン病原因遺伝子であるハンチンティン遺伝子に点突然変異を有するマウスであって、該変異遺伝子が、野生型ハンチンティンタンパク質の17番目のフェニルアラニンが他のアミノ酸に変異したハンチンティンタンパク質をコードすることを特徴とする、上記点突然変異を有するマウス;
4.上記3記載の点突然変異を有するマウスであって、上記変異遺伝子が、野生型ハンチンティンタンパク質の17番目のフェニルアラニンがロイシンに変異したハンチンティンタンパク質をコードすることを特徴とする、上記点突然変異を有するマウス;
5.アルギニンバゾプレシン受容体1a(Avpr1a)遺伝子に点突然変異を有するマウスであって、該変異遺伝子が、野生型Avpr1aタンパク質の2番目のセリンが他のアミノ酸に変異したAvpr1aタンパク質をコードすることを特徴とする、上記点突然変異を有するマウス;
6.上記記載の点突然変異を有するマウスであって、上記変異遺伝子が、野生型Avpr1aタンパク質の2番目のセリンがアスパラギンに変異したAvpr1aタンパク質をコードすることを特徴とする、上記点突然変異を有するマウス;
7.チロシナーゼ遺伝子に点突然変異を有するマウスであって、該変異遺伝子が、該遺伝子の開始コドンから5’上流領域内の-263位に当たる塩基Aが、欠失するか、またはT、CもしくはGに変異したものであることを特徴とする、上記点突然変異を有するマウス;ならびに
8.上記7記載の点突然変異を有するマウスであって、上記変異遺伝子が、該遺伝子の開始コドンから5’上流領領域内の-263位に当たる塩基がAからTに変異したものであることを特徴とする、上記点突然変異を有するマウス;
に関する。
【0016】
本発明の第1の態様は、ドーパミン受容体D4(Drd4)遺伝子に点突然変異を有する、特に、野生型Drd4タンパク質の203番目のメチオニンが他のアミノ酸に変異したDrd4タンパク質をコードするDrd4遺伝子を有する点突然変異マウスに関する。さらには、上記メチオニン残基がロイシンに変異したマウスに関する。最も典型的な例としては、該変異は、Drd4遺伝子の転写産物であるDrd4 mRNAの639位のAがTに変異するDrd4遺伝子を有する点突然変異マウスである。
【0017】
ドーパミンは、カテコラミン系の脳内神経伝達物質であり、楽しさ、喜び(覚醒・快感・創造活動)に関与している。パーキンソン病では、ドーパミンが不足し、振戦、動作緩慢、抑うつ的精神症状などの症状が起こることが知られている。
【0018】
ヒトおよびマウスでは、D1〜D5の5種類のドーパミン受容体(受容体)が脳に局在している。ドーパミン受容体D4 (Drd4)は、1991年にヒトのDrd4がクローニングされ(Van Tol H.H.ら、Nature. 1991; 350(6319):610-4)、ヒトでは前頭葉前野で高発現し、情動行動に関与していることがわかった。
【0019】
ヒトにおいてドーパミン受容体D4配列中に16アミノ酸の繰り返し回数の多型が広く存在していることがわかり、新奇探索傾向の違い(好奇心の強さ)に関連していることが示唆され、話題を呼んだ(Ebstein R.P.ら、Nat Genet. 1996; 12(1):78-80.、Benjamin J.ら、Nat Genet. 1996; 12(1):81-4.)。
【0020】
さらにDrd4遺伝子の多型が、注意欠陥多動障害(ADHD)と関連しているという報告や(e.g. LaHoste G.J.ら、Mol Psychiatry. 1996; 1(2):121-4.)、統合失調症と関連しているという報告(例えば、Seeman P.ら、Nature. 1993; 365(6445):441-5.)、および薬物中毒と関連しているという報告(例えば、Muramatsu T.ら、J Med Genet. 1996 Feb;33(2):113-5.)が多数なされている。しかし、いずれも否定する報告も多数なされており、現在もよくわかっていない。
【0021】
マウスにおいても、Drd4遺伝子がクローニングされ(Fishburn,C.S.ら、FEBS Lett. 361, 215-219 (1995))、さらにノックアウトマウスが作出され(Rubinsztein M.ら、Cell. 1997; 90(6): 991-1001.)、エタノール、コカイン、メタアンフェタミンなどの薬物への感受性が上昇することや、ローターロッドで落下しにくくなることが報告された。また、新奇探索傾向が減少することや(Dulawa S.C.ら、J Neurosci. 1999; 19(21):9550-6.)、経験していない刺激を恐がる傾向があることが報告されている (Falzone,T.L.ら、Eur. J. Neurosci. 15 (1), 158-164 (2002))。しかしこれらも明確であるとは言い難い。
【0022】
また、ドーパミン受容体D2の解析によるとダイマーを形成して働く可能性があることから(Ng GYら、Biochem Biophys Res Commun 1996 ;227(1):200-4)、Drd4もダイマーとして働く可能性もあるため、ノックアウトのような欠失型ではない点突然変異型の解析が必用である。
【0023】
以上のような多くの不明な点を解明するために、より優れた点突然変異型モデルマウス確立とその解析が必要とされている。
【0024】
Drd4はGタンパク質共役型受容体の一種であり、マウスでは387のアミノ酸からなり、細胞膜を7回貫通した構造をもつ。遺伝子構造としては、4つのエキソンからなっている。
【0025】
本発明において、第2イントロンと第3エキソンにプライマーを設定し、ENU投与後のG1世代のオスマウスゲノムDNA96個体をセットとした多数のテンプレートから増幅したPCR産物をダイレクトシーケンシングすることによって、1366bpのmRNA(GenBank Accession Number: NM_007878)の639番目のAがTに変異し、コドンがATGからTTGに変わるため、結果として387アミノ酸(NP_031904)の203番目のメチオニンがロイシンに変わっているマウス(G1DB004008)が確認された。該アミノ酸残基はヒト-マウス間で保存されているアミノ酸であり、膜貫通部位であるTM5ドメイン内の変化である。LMLLLと並ぶところが、LLLLLに変わっており、構造・機能が変化していることが期待される。同じTM5ドメインにおいて、ヒトで194番目のバリンがグリシンに変わる点変異が報告されており(Liu, I.S.ら Am J Med Genet 1996; 61(3):277-82)、ドーパミンやクロザピンなどの薬剤への感受性が著しく低下することがわかっているため、このドメインの重要性が示されている。
【0026】
本発明の上記ドーパミン受容体D4点突然変異マウスは、野生型マウスに比べて臆病であることが、行動解析試験により判明した。したがって、かかるマウスは、注意欠陥多動障害(ADHD)や統合失調症等の神経障害/疾患の疾患モデルマウスとなり得る。
【0027】
本発明の第2の態様は、ハンチンティン遺伝子に点突然変異を有する点突然変異マウスに関する。特に、ハンチンティンタンパク質の17番目のフェニルアラニンが他のアミノ酸、特にロイシン、に変異したマウスに関する。該変異は、10081bp mRNA(NM_010414)の216番目のTがCに変異し、コドンがTTTからCTTに変わることによっても達成され得る。
【0028】
ハンチントン病(Huntington Disease)は、舞踏運動、精神障害、痴呆を主な症状とする慢性進行性の神経変性疾患である。脳において線条体と大脳皮質が萎縮しており、線条体のニューロン脱落変性がみられる。35歳から50歳で発症し、有病率は4-10/10万人(白人)であるが、人種間によって異なり、日本人では少ない(5-6/100万人)。
【0029】
単一遺伝子疾患であり、優性遺伝し、透過度も高く、遺伝子診断も可能である。しかしながら、治療法および予防法がいまだに確立されていない。
【0030】
原因遺伝子は1993年に同定された(The Huntington's Disease Collaborative Research Group, Cell. 1993; 72(6):971-83.)。約210kbという大きな遺伝子で、約10kbのmRNAを転写し、ハンチンティン(huntingtin)タンパク質という大きなタンパク質をつくる。このタンパク質は発生初期から様々な組織でユビキタスに発現しているが、正常な機能はいまだ不明であり、病因解明の妨げの一つとなっている。
【0031】
ハンチントン病はいわゆるトリプレットリピート病のひとつで、ハンチンティン遺伝子のDNA配列の中にCAGトリプレットの繰り返しがあり、これによってグルタミンが連続してコードされる。正常人では10〜35回だが、ハンチントン病患者では36〜240回繰り返していることがわかり、このポリグルタミンが影響して核内に凝集体をつくり細胞死をもたらすのではないかと言われているが、なぜ特異的部位の神経細胞のみ脱落するか不明であり、機序はまだ明らかにされていない(Rubinsztein DC. Trends Genet. 2002; 18(4):202-9., Menalled and Chesselet, Trends Pharmacol Sci. 2002; 23(1):32-9.)。
【0032】
マウスにおいてもハンチンティン遺伝子構造は明らかにされ、約210kbの広がりをもつ遺伝子で、67個のエキソンにより、約10kbのmRNAが転写され、348kDaの大きなタンパク質を生成することが分かったが(Lin B.ら、Hum Mol Genet. 1994; 3(1):85-92. Erratum in: Hum Mol Genet 1994 Mar;3(3):530.)、既知ドメインがほとんど見られず、その機能はまだわかっていない。ちなみに、マウスではCAGリピートは4回しかみられず、グルタミンも7回繰り返されるのみとなっている。
【0033】
ノックアウトマウスが作られているが、8.5日胚までに致死となり、この遺伝子が生存に必須な遺伝子であることがわかっている(Duyao M.P.ら、Science. 1995; 269(5222): 407-10.、Nasir J.ら、Cell. 1995; 81(5):811-23.)。また、CAGトリプレットリピートを伸張した遺伝子をもつトランスジェニックマウスも作られ、このマウスはハンチントン病様の症状を示すことが報告されている(例えば、Mangiarini L.ら、Cell. 1996; 87(3):493-506.)。
【0034】
コンディショナルノックアウトマウスによる時期および組織特異的にノックアウトした実験によると、正常なハンチンティンタンパク質が神経細胞の生存に必用なこと、この遺伝子機能を失うとハンチントン病様の症状が現われること、および精子形成異常が見られることが示唆されている。正常なハンチンティンタンパク質の機能として、抗毒、抗細胞死、抗ストレス、小胞輸送、転写因子制御などへの関与も報告されているが、不明な点が多い(Dragatsis I.ら、Nat Genet. 2000; 26(3):300-6、 Cattaneoら、Trends Neurosci. 2001; 24(3):182-8.)。
【0035】
トリプレットリピートを含むエキソン1領域はGC含量が高くさらに繰り返し配列を含むため解析困難な領域であるが、このエキソン1を挟んだプライマーの設計に成功し、672個体のダイレクトシーケンスにより、点変異を持つ個体をスクリーニングした。
【0036】
その結果、10081bp のmRNA(NM_010414)の216番目のTがCに変異しており、コドンがTTTからCTTに変わり、3120アミノ酸(XP_132009)の17番目のフェニルアラニンがロイシンに変わったマウス(G1DB005447)が得られた。これはポリグルタミンの直前のアミノ酸配列であり、ヒト、チンパンジー、ブタ、ラット、ゼブラフィッシュでも保存されているアミノ酸であるため、機能的に重要であることが期待される。
【0037】
本発明の第3の態様は、アルギニンバゾプレシン受容体1a(Avpr1a)遺伝子に点突然変異、特に、Avpr1aタンパク質の2番目のアミノ酸がセリンから他のアミノ酸に変異する点突然変異を有するマウスに関する。さらには、該セリンがアスパラギンに変化する点突然変異を有するマウスに関し、典型的には、該セリン残基をコードするコドンAGTをAATに変化させる変異を有する点突然変異マウスに関する。
【0038】
バゾプレシンは神経下垂体後葉より末梢血液に神経分泌されるペプチド性ホルモンの一種であり、マウスではその受容体としてAvpr1a、Avpr1b、Avpr2の3種類が知られている。バゾプレシンの主な中枢作用として、覚醒、注意力の増強、ストレス作用の増強が知られており、脳内に分布するAvpr1aを介して作用すると考えられている(今城俊浩1997,神経下垂体ホルモン、「情動とホルモン」伊藤眞次・熊谷朗・出村博編、155-172頁.中山書店)。また、ハタネズミ属齧歯類を用いた実験から、バゾプレシンがオスの配偶行動や育児行動等の社会的な性質の誘発に深く関わっていることが示されている(Wang Z.ら、1994. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 91: 400-404.)。
【0039】
マウスのAvpr1aは423のアミノ酸からなるタンパク質であり、329番目のコドンの第1塩基までが第1エキソンによって、329番目のコドンの第2塩基以降が第2エキソンによってコードされている(Kikuchi S.ら、 1999. Jpn. J. Pharmacol. 81: 388-392.)。第1エキソンと第2エキソンの配列長は各々1291塩基、1380塩基であり、その間を2284塩基からなるイントロンが介在している。
【0040】
Avpr1aは、Gタンパク質共役型受容体の一種であり、細胞膜を7回貫通する構造を持つ。誘発された突然変異は、開始コドンの次のコドンAGTをAATに変化させる変異であり、この塩基変化によって2番目のアミノ酸がセリンからアスパラギンに変化する。Gタンパク質共役型受容体のN末端領域は、一般にリガンドとの結合に重要な機能を持つと考えられており、この誘発変異によってバゾプレシンと受容体との結合に何らかの変化をもたらすことが期待される。
【0041】
これまでのハタネズミ類の研究から、血縁個体に対する親愛行動、部外者に対する選択的な攻撃行動等、単婚的なハタネズミ類のオスに特徴的な社会行動の発現が脳内におけるAvpr1aの分布パターンと強く関連していることが明らかにされている(Carter C.S.ら、1995. Neurosci. Biobehav. Rev. 19: 303-314.;Insel T.R.およびYoung L.J. 2000. Curr. Opin. Neurobiol. 10: 784-789.;Wang Z.ら、1997. J. Comp. Neurol. 378: 535-546.;Young L.J. 1999. Horm. Behav. 36: 212-221.、Young L.J. 2002. Biol. Psychiatry 51: 18-26.;Young L. J.ら、2001. Horm. Behav. 40: 133-138.)。単婚的なハタネズミ類では、Avpr1a遺伝子5'側上流に428塩基からなる介在配列の存在が明らかにされており、また、この介在配列を導入することで、マウスでも脳内での受容体分布パターンが変化し、単婚的なオスに特徴的な社会行動が誘発されることから、この介在配列の有無が脳内のAvpr1aの分布を変化させ、オスの社会性に見られる種間差を引き起こしていると考えられている(Young L.J.ら、1999. Nature 400: 766-768.)。以上の点に鑑み、マウスAvpr1a突然変異系統の確立は、社会行動の発現機構の分子レベルでの解明に繋がると考えている。
【0042】
また、ヒトではAvpr1aの突然変異と自閉症との関連も報告されており、自閉症を特徴付ける社会性の欠落がAvpr1a遺伝子の変異によってもたらされる可能性が示唆されている(Kim S-J.ら、2002. Mol. Psychiatry 7: 503-507.)。マウスAvpr1a変異系統は、ヒトの心理・行動異常の疾患モデルとしても有効であることが期待され、延いては人類の社会進化を考える上で有用なモデルとなる可能性を秘めるものである。
【0043】
本発明の第4の態様における点突然変異マウスは、チロシナーゼ(tyrosinase)遺伝子に点突然変異を有するマウスである。典型的には、チロシナーゼ遺伝子の開始コドン(ATG)のAを1としたとき、-263番目のAがT、CもしくはGになる塩基置換変異を有するか、または該塩基Aが欠失している点突然変異マウスに関する。
【0044】
メラノサイトにおけるメラニン色素合成経路で主要な働きをするチロシナーゼ遺伝子産物はチロシン加水分解活性とドーパ酸化活性を同時に持つ。チロシンを加水分解してドーパへと変換し、そのドーパを酸化してドーパキノンを産生する。
【0045】
メラニン色素は紫外線を吸収することで皮膚を守る。しみ、そばかすなどの色素沈着の原因でもある。
【0046】
ヒトのチロシナーゼ欠損症としては、チロシナーゼ依存型アルビノ症、いわゆる「白子症」がよく知られている。中には視覚や聴覚に異常を併発するケースもあり、欠損のタイプによっては脳神経系に影響していると考えられる。脳神経系でメラニン色素を合成している領域として、パーキンソン病で変性する「黒質」がある。また、脳神経系で各種カテコラミンを産生する代謝経路の律速段階であるチロシンをドーパへ変換する酵素はチロシン水酸化酵素であるが、これはチロシナーゼと全く同じ反応を触媒している。
【0047】
ヒトでのチロシナーゼ遺伝子欠損は、白皮症、眼皮膚白皮症などのメラノサイトでのメラノソーム生成障害による完全色素脱失性の症状を誘発する。これらは、常染色体劣性遺伝病である。チロジナーゼの先天性欠損や減少に起因する。また日光角化症や皮膚癌を合併するケースが多い。
【0048】
また、ヒトチロシナーゼ遺伝子は視覚(Taylor, W. O. G., Trans. Ophthal. Soc. U.K. 98: 423-445, 1978)および聴覚(Creel, D.; Garber, S. R.ら、Science 209: 1253-1255, 1980)とも関連があることが報告されており、マウスにおいては、古典的アルビノマウスは、チロシナーゼタンパク質の85番目のアミノ酸がシステインからセリンへ変化していることが原因であるとの報告がある(Yokoyama T.ら、Nucleic Acids Res. 1990;18(24):7293-8)。また、チロシナーゼ遺伝子の発現は、DNA損傷で誘導されること(Eller M.S.ら、Proc Natl Acad Sci U S A. 1996; 93(3):1087-92)、ならびにp53により調節されていること(Khlgatian M.K.ら、J Invest Dermatol. 2002; 118(1):126-32)も報告されている。
【0049】
本発明のチロシナーゼ遺伝子点突然変異マウスは、その開始コドン(ATG)のAを1としたとき、-263番目のAがTになる塩基置換変異を持つ。この領域のDNA配列はマウスーヒト間で高く保存されており、ごく近傍にCAT boxやTATA boxが存在する。見つかった変異により、チロシナーゼ遺伝子発現量の変化が予想される。発現量が減少する場合はメラニン色素合成が減り、増加する場合はメラニン色素が増えることが予想される。
【発明の効果】
【0050】
本発明のドーパミン受容体D4遺伝子点突然変異マウスは、注意欠陥障害および統合失調症を含む神経障害の疾患モデルマウスとして、ならびに該障害および薬物中毒についての発症機序の解明、およびその予防・治療のための方法および薬剤の開発に有用である。
【0051】
本発明のハンチンティン遺伝子点突然変異マウスは、ハンチントン病発症機序の解明、およびその予防・治療のための方法および薬剤の開発に有用である。
【0052】
本発明のアルギニンバゾプレシン受容体1a遺伝子点突然変異マウスは、自閉症等を含む該受容体の関与が疑われている心理・行動異常の疾患モデルとして有用であり、これらの異常の発現機構およびその予防・治療のための方法および薬剤の開発に有用である。
【0053】
本発明のチロシナーゼ遺伝子点突然変異マウスは、ヒト白皮症のモデルマウスとして有用であり、また、チロシナーゼ関連疾患へのチロシナーゼの関与機構ならびに、その予防・治療のための方法および薬剤の開発に有用である。さらには、美白化粧品の開発にも有用である。
【0054】
なお、本明細書および特許請求の範囲において「アミノ酸」という場合は、核酸のコドンによりコードされるアミノ酸を指す。
【0055】
本明細書および特許請求の範囲において「点突然変異」とは、アミノ酸配列または核酸配列において1残基または1塩基のみが、置換・欠失された変異を指す。
【0056】
点突然変異の検出は、当該変異部位を挟むプライマーを用いて、PCR増幅を行い、該増幅産物の配列を決定し、野生型の配列と比較することにより達成できる。かかる方法は当業者であれば容易に実施することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0057】
ヒト疾患や遺伝的素因に基づく症状や体質の違いを解明し治療や創薬に活用できる突然変異マウスを作製することを目標とした。効率よくマウス変異体をゲノム全体すべての遺伝子に渡って作出できるようENUで多数の点突然変異を誘発したマウスを8000匹以上整備した。この変異マウス系統はいつでも必要に応じて利用できるように、凍結精子として液体窒素タンクに保存した。また、検出効率をさらに高めていくことが可能となるよう1台の430L液体窒素タンクで50,000匹以上の凍結精子を保存できるシステムをすでに発明し特許出願中(特願第2001-319360号)である。精子を凍結したマウス個体がもつ突然変異は、各個体の臓器の一部から抽出したゲノムDNAを用いて検出同定できる。このゲノムDNA中にはENUで誘発された点突然変異がヘテロ接合の状態で多数存在する。特定遺伝子のゲノムDNA配列を特異的に増幅できるPCRプライマーおよびPCR条件を整備する。これによって、液体窒素に保管しているマウス全個体のゲノムDNAについて、特定遺伝子配列をPCR増幅し、ダイレクトシーケンシングを施すことで、どの凍結精子サンプルに有用な点突然変異が含まれているかを高速かつ高精度に検出同定できる。このシステムを用いて:
ハンチンティン遺伝子(huntingtin)
ドーパミンD4受容体遺伝子 (Drd4)
アルギニンバゾプレシン受容体1a遺伝子(Avpr1a)または
チロシナーゼ遺伝子(tyrosinaseまたはTyr)
に点突然変異をもつマウスを発明した。
【0058】
さらに、本発明のマウスを作製するための方法は、上述の点突然変異マウスライブラリーを用いる方法に限定されることなく、本発明のマウスの突然変異部位を特定して変異を導入することによっても作製することができる。すなわち、野生型Drd4タンパク質の203番目のメチオニンをコードするコドン(ATG)を、他のアミノ酸、例えばロイシンをコードするコドン(例えばTTG)に置換するような特定の変異、野生型ハンチンティンタンパク質の17番目のフェニルアラニンをコードするコドン(TTT)を、他のアミノ酸、例えばロイシンをコードするコドン(例えばCTT)に置換するような特定の変異、野生型Avpr1aタンパク質の2番目のセリンをコードするコドン(AGT)を、他のアミノ酸、例えばアスパラギンをコードするコドン(例えばAAT)に置換するような特定の変異、またはチロシナーゼ遺伝子の5’非翻訳領域内の-263位に当たる塩基aが、欠失するか、またはt、c、もしくはgに変異するような特定の変異を、人為的に導入したマウスを作製することによっても、本発明のマウスを作製することができる。かかる人為的変異導入法は、既に公知であるが、遺伝子ターゲティング法等が挙げられる。例えば、「実験医学別冊 新訂 新遺伝子工学ハンドブック 改訂第3版」(村松正寛、山本雅編集、1999年9月)の第234〜269頁等が参考文献として挙げられるが、他にも多くの技術文献が刊行されており、それらを参照することにより、当業者であれば容易に、特定部位に人為的に特定の変異を導入することができる。
【実施例】
【0059】
gene-driven型のENUマウス突然変異誘発
ENU投与によるマウス突然変異誘発
【0060】
材料
ENU (SIGMAより購入; N-3385、1g, 100 ml血清ビン入り):-20℃で保管する。
リン酸クエン酸バッファー (pH 5.0) :0.1M NaH2PO4、0.05M Na3C6H5O7
100%エタノール
ENU失活溶液:5%チオ硫酸ナトリウム、0.1N NaOH
投与マウス系統:C57BL/6Jオス個体
交配用マウス系統:DBA/2Jメス個体
【0061】
投与用ENU溶液の調製
上記ENU1gのボトルそのものに4mlの100%エタノールを加えてENU粉末を懸濁する。さらにリン酸クエン酸バッファーを76ml加えてENUの粉末が完全に溶けるまでよく振り混ぜる。薄い黄色の透明な液となる。ENUの力価はロットによって異なることが多いので、正確な力価濃度はディスポーザブルキュベットを用いて395nmでの吸光度を測定して決定する(1OD = 1 mg/ml)。吸光度測定で濃度が10mg/mlとなるように調製し投与液とする。投与液は使用分ずつ褐色ガラスバイアルに分注し、-20℃で数ヶ月間安定して保存できる。ただし、分注・凍結保存したENU投与液は使用直前に融解後、再度、吸光度測定により力価濃度を確認する。一度融解したENU投与液は使い切り、再凍結はしない。
【0062】
オスマウスへの腹腔内投与と後処理等
マウスは前日から投与までの間に体重測定し、投与液量を予め計算しておく。例えば、ENU投与液の力価濃度が10mg/mlでマウスが40gの場合、100mg/kgで投与するには、0.4mlを投与する。投与は安全キャビネット内で腹腔内注射で行う。投与後のマウスは紙製ディスポーザブルケージ(微細な塵がでにくい紙製床敷を使用)内で保持し、投与後24時間は安全キャビネット内あるいはクローズドラック内で飼育する。ENUは強力な発がん性物質であるが中性〜アルカリ性下では非常に分解されやすく、1日で発がん性は無視できるほどに消滅する。投与終了後、安全キャビネット内および周辺をENU失活溶液で清拭し、余ったENU液はすぐには処理せず1週間程度安全キャビネット内に放置する。分解が十分に進んだ後、1N NaOH液(強アルカリ液)を加え完全に失活させる。すぐにアルカリ液を加えると反応時に、毒性が強く爆発性のある有毒な気体であるジアゾアルカンの一種が発生するため、使用直後にENU溶液を処理することは避けるべきである。
【0063】
効果的な投与および評価
ENUは細胞分裂能が高い減数分裂以前の精原細胞に対して強い作用を発揮する。そこでオス個体にENUを投与することにより雄性生殖細胞に点突然変異を誘発する。このENUを投与した世代をG0と呼んでいる。G0の精子に誘発されている点突然変異がその産仔G1世代に受け継がれる。ENUは変異原性と共に強い細胞毒性をも有しているため、有効に投与されたG0個体では、投与後、影響を受けていない精母細胞や精子細胞が成熟精子となって放出された後の約3〜4週目から一時的に不妊となる。不妊期間(投与量にもよるが、約7週〜10週間)が短すぎる場合、ENUの効果が弱く、生殖細胞に突然変異が充分に誘発されていないことが考えられる。逆に投与量が多すぎれば不妊期間が長すぎたり、また回復しないばかりか、ENUの発がん性などのために死亡してしまうケースが多くなる。どちらの場合も効率よく変異個体を得ることができない。また、HitotsumachiらはENUを1週間間隔で複数回にわけて投与することにより、細胞毒性を低く、かつ、突然変異誘発性を高くできることを報告した(Hitotsumachi, S.ら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 82 : 6619-6621, 1985)。そこで、使用する系統については必ず事前に予備実験を行ったうえで最終的な投与量を決定することが必要である。C57BL/6Jに対しては、100mg/kgで3回投与もしくは85mg/kgで3回投与では妊性が回復する個体が少なく、効率よい突然変異体の生産には不適切であった。なるべく高い投与量で、安定して産仔が生産でき、突然変異率が安定している投与量として、現在では100mg/kgで2回投与ならびに85mg/kgで2回投与の2パターンの投与量を採用することにより、安定したG0供給と交配によるG1の生産が可能となった。
【0064】
ENU誘発変異をヘテロ接合体として保有するG1マウス系統の確立
上記で調製したG0オスマウスをDBA/2J近交系メスマウスと交配した。ここで得られる産仔が、ENU誘発変異をヘテロ接合体として保有するG1マウスである。メスマウスは本発明には使用せず、凍結精子を12週齢以降に施し78週齢まで表現型解析を行うために維持するG1オスマウスのみを対象とした。
【0065】
G1オスマウスの精子凍結
生後12週齢以降に片側の精巣および付着している精巣上体とともに外科的に取り出し、マウスは止血し飼育を継続した。取り出した精巣上体から成熟精子をストロー6本に分注し、熱シーラーで密封したのち、液体窒素タンクに保管した。
【0066】
G1オスマウスのゲノムDNAの調製
材料
精巣溶解バッファー:Tris-HCl pH7.5, Na2EDTA, SDS, Protenase K, Pronase
TE:10mM Tris-HCl, pH8, 1mM Na2EDTA
フェノール溶液:Tris-HCl, pH8で飽和したフェノールに0.2%ヒドロキシキノリンを加えたもの。
【0067】
方法
上記、精子凍結時に得られる片側の精巣からゲノムDNAを調製した。精巣は2mlクライオチューブに入れ-80℃でDNA抽出時まで凍結保存し、個別に以下の方法に従って抽出精製した。
【0068】
1〜1.5mlの精巣溶解バッファーを、精巣を入れた2mlクライオチューブに加えた。55℃で40rpmほどのゆっくりとした振とうをしながら一晩溶解した。室温に戻し、溶解液のうち0.5mlをゲノムDNA抽出に用いた。残りの溶解液は-80℃において予備として保管した。精巣溶解液0.5mlに同容積のフェノール溶液を加え、よく振とう懸濁後、遠心し、上精を新しいチューブに移し、再度、同様にフェノール抽出を繰り返した。上精を2mg/ml RNase溶液5μlを予め分注しておいた新しいチューブに移し、37℃で30分消化する。100%エタノールを1ml直接加え振盪して抽出した。析出するゲノムDNAを予め100%エタノール1mlを分注しておいた新しいチューブに移し析出DNAを洗浄し、エタノールを除去、乾燥後、TE溶液100μlを加えて溶解した。これをマスターストックとして4℃にて保管する。分光光度計にてDNA濃度を測定し、10ng/μlに調製したものを変異検出に用いる。
【0069】
G1マウスゲノムの標的遺伝子上に存在するENU誘発点突然変異の検出同定
基本的な手順
エキソン-イントロン構造を含めたゲノムDNA配列より、コーディングエキソンを中心にPCR増幅するためのプライマーを設計した。この際、同じプライマーでPCR産物を全長ダイレクトシーケンシングできるように増幅されるPCR産物の大きさは1kb程度に設計する。
【0070】
具体的には、本発明の実施においては、Drd4遺伝子エキソン3、huntingtin遺伝子エキソン1、Avpr1a遺伝子エキソン1、チロシナーゼ遺伝子エキソン1および5’フランキング領域に対するプライマーを、公共データベース(http://www.ncbi.nih.gov/)から配列情報を得て(括弧内は登録番号)、以下のプライマーをOLIGO6ソフトウェア(Molecular Biology Insights, Inc.)を用いて設計した;
Drd4 遺伝子エキソン3(C059402883)プライマー:
SZ173: CCCTCGATTCCCCTCAACAA(配列番号1)およびSZ174: GCCTGTACACCCGCACTCCA(配列番号2)
huntingtin遺伝子エキソン1 (L34008)プライマー:
SZ17: GGTGACTCCAGGGTGTAGGG(配列番号3)およびSZ134: AGGGAACAGTGTTGCCATGC(配列番号4)
Avpr1a遺伝子エキソン1および5’フランキング領域(AB030013)プライマー:
KA81: TGGCTAGGCTAGGGATACGC(配列番号5)およびKA76: CATGGCAAACACCTGCAAGT(配列番号6)
チロシナーゼ遺伝子エキソン1および5’フランキング領域(D00439)プライマー:
YS36: GGCAACTATTTTAGACTGAT(配列番号7)およびYS37: GAGGTCGTAGATGTTGATA(配列番号8)。
【0071】
G1ゲノムDNAを抽出後10ng/mlに濃度調製し、上記プライマーで増幅した。PCR反応は、T1サーモサイクラー(Biometra)を使用し、以下の条件で実施した。
【0072】
【表1】

【0073】
【表2】

【0074】
PCRサイクルは、94℃ 4分間の後、開裂:94℃ 30秒、アニーリング:Drd4遺伝子の場合: 58℃、huntingtin遺伝子の場合: 55℃、Avpr1a遺伝子の場合: 64℃、チロシナーゼ遺伝子の場合: 58℃ 1分、伸長:72℃ 1分を30回繰り返して行い、最後に72℃にて4分間インキュベートして伸長反応を完了させた後、10℃にて保存した。
【0075】
配列がGCリッチであるため、10X PCR xバッファーに、Drd4遺伝子の場合は最終濃度0.5X、ハンチンティン遺伝子の場合は最終濃度2Xとなるように、PCRx エンハンサー(インビトロジェン)を加えた。
【0076】
PCR反応液5.00μl、ExoSAP-IT 0.15μl(アマシャムバイオサイエンス)、および精製水2.85μlを混ぜて、37℃ 30分インキュベートして過剰プライマーの除去とdNTPを不活化した後、80℃ 15分、4℃で保存し、シーケンス反応のテンプレートとした。
【0077】
上記精製後のPCR産物を、BigDye Terminator v2.0(アプライドバイオシステムズ)を用いて、直接ジデオキシ法(サンガー法)によるシーケンシング反応(96℃ 10秒, 55℃ 5秒, 72℃ 4分を25サイクル反応後、4℃ 保存)にかけた。反応溶液組成は下記表3に示す。この際、異なる蛍光色素で標識されたジデオキシヌクレオチドを用いることでそれぞれの塩基を蛍光標識する。また、PCRに用いたプライマーを個別にシーケンシングプライマーとして用いることで断片を両端から解読するとともにプライマー設計を最小限に、また、解読範囲を最大限になるようにした。
【0078】
【表3】

【0079】
シーケンシング反応産物を精製してABI3700自動キャピラリーシーケンサーにかけ、塩基配列を決定した。この際の精製は常法により行い、ABI PRISM 3700 DNA Analyzer(アプライドバイオシステムズ)でPOP6ポリマーを利用して105 V/cmで約3時間泳動し、得られた波形データについて、DNASpace(日立ソフトウェア)を用いて、突然変異を一次検出した。最終的には目視によって決定した。
【0080】
既知の標準配列と比較することにより、各々のG1ゲノムDNA中の標的配列内にENUによって誘発された点突然変異の有無を検討し、変異箇所を検出同定した。検出同定された場合、再度、ゲノムDNAからPCRを施し、その変異を確認するための再検定を行った。
【0081】
ドーパミン受容体D4(Drd4)遺伝子点突然変異マウス(G1DB004008)
上記方法により、ドーパミン受容体D4遺伝子点突然変異マウスが得られた。
Drd4遺伝子は4つのエキソンからなっているが、上記Drd4のPCRプライマーは、第2イントロンと第3エキソンを増幅するためのプライマーである。かかるプライマーを用いてPCR反応後シーケンシング(上記参照)を行ったところ、Drd4 mRNAの639位に当たるDrd4遺伝子4086位に変異が特定された。すなわちmRNAの639位のAがTに変異し、コドンがATGからTTGに変化することにより、Drd4タンパク質の387アミノ酸中の203番目のメチオニンがロイシンに変異することとなる。該変異は第5番目の膜貫通ドメイン内に存在する。
【0082】
ドーパミン受容体D4(Drd4)遺伝子点突然変異マウス(G1DB004008)の行動解析
(1)明暗試験
明暗試験は、個体の不安の強さを調べる試験である。一般にマウスは明るい場所を避け、暗い場所を好むが、不安が高いとこの傾向が増強される。
【0083】
塩化ビニールでできた箱(サイズ)を2つ連結したもの(小原医科産業製)で、一方は黒色、一方は白色であり、黒箱の上は黒色、白箱の上は透明のアクリル蓋で塞がれており、各箱の蓋の中央部にはCCDカメラが取付けられているものを用意する。連結部の壁の中央・下部には出入口(サイズ)が開けられており、両方の箱を自由に行き来することができる。黒箱と白箱の側面には、マウスを装置内に投入するための、蝶番により開閉可能な出入り口(サイズ)がそれぞれ1個ずつ設けられている。CCDカメラの画像はコンピュータPower Mac G4(アップル)にとりこまれ、NIHイメージ(NIH)を改造したプログラム(小原医科産業製)によって、マウスが明箱に出てくるまでの時間、明箱滞在時間、明箱と暗箱の往来回数が画像解析によりリアルタイムで自動計測される。実験時、室内の天井蛍光灯はオフにし、各装置の床面から60cmの高さにとりつけた4wの蛍光灯で装置内を照明した。明箱の床面の照度は約85ルクス程度であった。
【0084】
暗箱側壁の出入口を開け、マウスを暗箱に投入する。その後、10分間放置し、マウスが明箱進入時間、明箱滞在時間、明箱と暗箱の往来回数を画像解析により計測する。実験終了後は、装置から糞を取り除いた後、薬液(塩素1000倍)で装置内壁を清掃した。
【0085】
結果を図1に示す。明箱滞在率は、野生型マウス(+/+)では平均42.500%であるのに対し、ヘテロ点突然変異マウス(+/M)では平均40.154%、ホモ点突然変異マウス(M/M)では平均34.875%と低かった。このことから、ドーパミン受容体D4(Drd4)遺伝子点突然変異マウスは、野生型に比べて臆病であると考えられる。
【0086】
(2)チューブイマージェンス試験
チューブイマージェンス試験は、個体の不安の強さ(広場恐怖)を調べる試験である。一般にマウスは狭い場所を好み、広い場所を避けるが、不安の強い個体ではその傾向が増強すると考えられる。広い場所に出るかどうかは自分で選択できるので、このような場面は「自由探索場面:free-exploration」と呼ばれる(一方、OFは強制探索場面:forced-exploration)と呼ばれる)。強制場面においては、マウスの活動性の高さ=不安の低さと解釈されることが多いが、マウスが恐怖にかられて走り回ったり、隠れ場所を探して動きまわる可能性があることが問題とされていた。上記明暗試験を含む自由探索場面はそのような可能性を排除するための考え出されたものである。
【0087】
行動・形態表現型スクリーニング法の一つであるSHIRPA試験に用いられるアリーナ(約55 x 33 x18 cm)と、マウスの出入りができる程度の太さのチューブを用意し、マウスをチューブに入れ、チューブの入口をアルミ板で閉じて横倒しにし、チューブの開放部を外側に向けてSHIRPAアリーナの角に置く。この時、チューブが転げるのを防ぐため、透明パティーションでチューブを支える。30秒経ったら、アルミ板をはずしてチューブの入口を開放して300秒放置し、チューブから最初に後肢が出るまでの時間、チューブを往来した回数(後肢が出た時、往来したとみなした)およびチューブ内に滞在した時間を記録する。
【0088】
結果を図2に示す。チューブ滞在率は、野生型マウス(+/+)では平均81.882秒、ヘテロ点突然変異マウス(+/M)では平均79.179秒あるのに対し、ホモ点突然変異マウス(M/M)では平均111.588秒と有意に高かった。この結果からも、ドーパミン受容体D4(Drd4)遺伝子点突然変異マウスは、野生型に比べて臆病であると考えられる。
【0089】
かかる結果より、上記点突然変異マウスは、Drd4タンパク質の機能に異常があり、それが直接的または間接的な引き金となり、不安または恐怖をより強くじさせると考えられる。Drd4タンパク質の欠損が、不安または恐怖を増強させることが示唆される。また、かかるマウスは、注意欠陥他動障害等の神経障害のモデルマウスとしてリサーチツールとすることができると考えられる。
【0090】
ハンチントン病原因遺伝子(huntingtin)遺伝子点突然変異マウス(G1DB005447)
上述の方法により、ハンチントン病原因遺伝子点突然変異マウスが得られた。
ハンチンティン遺伝子は、210kb長の遺伝子であり、67個のエキソンからなっているが、上記ハンチンティン遺伝子のPCRプライマーは、第1エキソンを挟んだ領域を増幅するためのプライマーである。かかるプライマーを用いてPCR反応後シーケンシング(上記参照)を行ったところ、ハンチンティン mRNAの216位に当たるTがCに変異し、コドンがTTTからCTTに変化することにより、ハンチンティンタンパク質の17番目のアミノ酸のフェニルアラニンがロイシンに変異することとなる。該17番目のフェニルアラニンは、ポリグルタミン配列領域の直ぐN末端側に存在する残基でありヒト、チンパンジー、ブタ、ラット、ゼブラフィッシュの間で保存されているアミノ酸残基であり、機能的に重要な残基であると考えられる。
【0091】
したがって、かかる点突然変異マウスを作出したことにより、ハンチンティンタンパク質の機能、およびハンチントン病の分子レベルでの発症機序、治療/予防方法の解明および開発が可能となると考えられる。
【0092】
アルギニンバゾプレシン受容体1a(Avpr1a)遺伝子点突然変異マウス
上述の方法により、アルギニンバゾプレシン受容体1a(Avpr1a)遺伝子点突然変異マウスが得られた。
Avpr1a遺伝子は423個のアミノ酸からなるタンパク質であり、7回膜貫通型Gタンパク質共役型受容体である。上記Avpr1aのPCRプライマーを用いてPCR反応後シーケンシング(上記参照)を行ったところ、Avpr1a mRNAの5位(開始メチオニンコドン(ATG)のAを1位として数える)に当たる塩基がGからTに変異していることが特定された。すなわち開始コドンの隣のコドンがAGTからAATに変化することにより、Avpr1aタンパク質の2番目のアミノ酸であるセリンがアスパラギンに変異することとなる。Gタンパク質共役型受容体のN末端領域は、一般にリガンドとの結合に重要な機能を持つと考えられており、かかる変異はバゾプレシンと該受容体との結合に何らかの変化をもたらすと考えられる。
【0093】
チロシナーゼ(tyrosinase)遺伝子点突然変異マウス
上述の方法により、チロシナーゼ遺伝子点突然変異マウスが得られた。
上記チロシナーゼ遺伝子のPCRプライマーを用いてPCR反応後シーケンシング(上記参照)を行ったところ、チロシナーゼ遺伝子の-263位(開始メチオニンコドン(ATG)のAを1位として数える)に当たる塩基がAからTに変異していることが特定された。これはCATボックスおよびTATAボックスの近傍に当たり、ヒトおよびマウス内で高く保存されている領域内であり、チロシナーゼ遺伝子の発現制御に関与する領域内であると考えられる。したがって、該変異マウスは、チロシナーゼ発現制御機構の研究に有用であると考えられる。
【0094】
検出した点突然変異の評価と劣性表現型の解析
アミノ酸置換もしくはナンセンス変異を生じる点突然変異、RNAスプライシングに必須なエキソン配列に接しているイントロンの端の2塩基配列であるスプライシングドナーおよびアクセプター配列を変化させる変異、プロモーター領域やエンハンサー領域などシスエレメントとして既知の機能配列を変化させる変異、以上のものを劣性候補点突然変異とした。
【0095】
劣性候補点突然変異をもつG1個体の生存を調べた。生存中の場合は、ただちにC57BL/6Jメスマウスと交配した。G2産仔が得られた場合は、4週齢以降に尾の一部を採材し、上記と同じ方法でゲノムDNAを抽出後、突然変異の有無を解析した。G1はヘテロ接合として変異を有しているので、確率的にG2の半分に検出した変異がこれもヘテロ接合として伝達していることが期待される。
【0096】
もし交配してもG2産仔が得られない場合は、そのG1オスマウスに残っているもう片方の精巣を摘出しその精巣上体から成熟精子を取り出し、体外受精および偽妊娠メスマウスに移植することによってG2産仔を得る。得られた場合は、上記と同様の方法で変異が伝達したG2マウスを同定する。
【0097】
もし該当G1マウスがすでに死亡している場合は、そのオスマウスの凍結精子を用いて体外受精を施し、偽妊娠メスマウスに移植することによってG2産仔を得る。得られた場合は、上記と同様の方法で変異が伝達されたG2マウスを同定する。
【0098】
変異を有するG2メスマウスとG1マウスを交配した。もしG1マウスが交配できない場合は、変異を持っているG2マウスの雌雄を交配する。いずれのケースもヘテロ接合どうしの交配であり、得られるG3産仔の1/4が同定検出した変異をホモ接合として、1/2はヘテロ接合として有し、残りの1/4は検出した変異を有していない野生型のホモ接合となるはずである。
【0099】
G3で得られた劣性候補変異をホモ接合にもつマウス個体の表現型を詳細に解析し、突然変異の劣性表現型を同定した。これによって、標的とした遺伝子の特にその塩基置換の生物学的効果を知ることができる。この表現型解析において、G3産仔中に得られたヘテロ接合体や野生型ホモ接合体マウスをネガティブコントロールとして解析に用いた。
【図面の簡単な説明】
【0100】
【図1】図1は、Drd4遺伝子点突然変異マウス(G1DB004008)について、明所恐怖試験を行った結果を示す。
【図2】図2は、Drd4遺伝子点突然変異マウス(G1DB004008)について、新奇場面(広場)恐怖試験を行った結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドーパミン受容体D4(Drd4)遺伝子に点突然変異を有するマウスであって、該変異遺伝子が、野生型Drd4タンパク質の203番目のメチオニンが他のアミノ酸に変異したDrd4タンパク質をコードすることを特徴とする、上記点突然変異を有するマウス。
【請求項2】
請求項1記載の点突然変異を有するマウスであって、上記変異遺伝子が、野生型Drd4タンパク質の203番目のメチオニンがロイシンに変異したDrd4タンパク質をコードすることを特徴とする、上記点突然変異を有するマウス。
【請求項3】
ハンチントン病原因遺伝子であるハンチンティン遺伝子に点突然変異を有するマウスであって、該変異遺伝子が、野生型ハンチンティンタンパク質の17番目のフェニルアラニンが他のアミノ酸に変異したハンチンティンタンパク質をコードすることを特徴とする、上記点突然変異を有するマウス。
【請求項4】
請求項3記載の点突然変異を有するマウスであって、上記変異遺伝子が、野生型ハンチンティンタンパク質の17番目のフェニルアラニンがロイシンに変異したハンチンティンタンパク質をコードすることを特徴とする、上記点突然変異を有するマウス。
【請求項5】
アルギニンバゾプレシン受容体1a(Avpr1a)遺伝子に点突然変異を有するマウスであって、該変異遺伝子が、野生型Avpr1aタンパク質の2番目のセリンが他のアミノ酸に変異したAvpr1aタンパク質をコードすることを特徴とする、上記点突然変異を有するマウス。
【請求項6】
請求項5記載の点突然変異を有するマウスであって、上記変異遺伝子が、野生型Avpr1aタンパク質の2番目のセリンがアスパラギンに変異したAvpr1aタンパク質をコードすることを特徴とする、上記点突然変異を有するマウス。
【請求項7】
チロシナーゼ遺伝子に点突然変異を有するマウスであって、該変異遺伝子が、該遺伝子の開始コドンから5’上流領域内の-263位に当たる塩基Aが、欠失するか、またはT、C、もしくはGに変異したものであることを特徴とする、上記点突然変異を有するマウス。
【請求項8】
請求項7記載の点突然変異を有するマウスであって、上記変異遺伝子が、該遺伝子の開始コドンから5’上流領域内の-263位に当たる塩基がAからTに変異したものであることを特徴とする、上記点突然変異を有するマウス。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−38(P2006−38A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−178832(P2004−178832)
【出願日】平成16年6月16日(2004.6.16)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】