説明

特性変化型スイッチング材料及びこれを用いたスイッチング方法

【課題】外部刺激により特性変化を生じ、同一組成ながら異なる性質を有する別化合物へと変化する特性変化型スイッチング材料を提供する。また、磁性材料や吸着材料として優れた特性を発揮するスイッチング方法を提供する。
【解決手段】[XY22]n(但し、式中Xはコバルト、ニッケル、及び銅からなる群から選ばれたいずれかの2価陽イオンであり、Yはふっ素原子を3個以上含有する対イオンであり、Lは1,4-ビス(4-ピリジル)ベンゼンを示す)の構造単位を少なくとも含有する高分子金属錯体からなり、スイッチング材を用いてゲート型特性とI型特性との切り替えが可能な特性変化型スイッチング材料である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特性変化型スイッチング材料及びこれを用いたスイッチング方法に関し、詳しくは、外部刺激により特性変化を生じ、同一組成ながら異なる性質を有する別化合物へとスイッチング可能な高分子金属錯体からなる特性変化型スイッチング材料の利用に関する。
【背景技術】
【0002】
金属塩と多座配位子からなる高分子金属錯体は、ガス吸蔵材料、センサー、触媒等への利用が可能と考えられ、注目を集めている。この高分子金属錯体の特徴の一つが、活性炭に代表される炭素材料や、ゼオライトやシリカゲル等に代表される無機材料と比較して、構造変化し易いことである。これは、炭素材料や無機材料が、強固な共有結合やイオン結合等で構成されているのに対し、高分子金属錯体は、水素結合や配位結合等、弱い結合を構造中に含んでいるからと考えられている。例えば、外部刺激による動的構造変化を生じる高分子金属錯体が報告されている(非特許文献1、非特許文献2を参照)。この新規な動的構造変化金属錯体の中でも、高分子構造を有する高分子金属錯体で、かつ内部に空孔を有する錯体をガス吸着材として使用した場合、図10に示すように、ある一定の圧力(P1)まではガスを吸着しないが、ある一定圧P1を越えるとガス吸着が始まると言う特異な現象が観測されている。また、ガス放出に関しては一定圧P2まではガスを放出しないが、一定圧P2以下になるとガスを急激に放出する現象も同時に観察されている。このような錯体はゲート型高分子錯体と呼ばれ、例えば2,5−ジヒドロキシ安息香酸、4,4’−ビピリジル及び銅から得られるインターディジテイト型錯体などのようなものが具体例として知られており、ガス吸蔵材としての利用の期待が高まっている(非特許文献3、非特許文献4を参照)。
【0003】
この現象は、ガスの印加により、高分子錯体が、印加前とは異なる構造に変化することで生じるが、現在までに知られている、ガスの印加による構造変化錯体は、ガス圧が低下すると必ずガス印加前の構造に戻ってしまい、印加前、印加後の構造が異なる高分子錯体を別々の物質として取り出すことはできない。即ち、ゲート型高分子錯体はガス印加を止めると(ガス圧を低下させると)元の構造に変化してしまうため、構造の維持の為には、ガスを印加し続けなければない。
【0004】
また、ゲート型高分子錯体は、一般に吸着する圧力P1と放出する圧力P2の差が小さく、これを利用すると、小さな圧力差でガスの貯蔵、放出を繰り返すことが可能であり、PSA(圧力スイング吸着)等への応用に有利である。ところが、前述の通り、ゲート型高分子錯体は、ガスを吸着するのに一定の圧力を要するため、P1より極低い圧力P0で吸着、放出作用を実施したい場合においては、P0付近の低圧から、ガスの圧力に比例して吸着量が増加する物質、例えばMOFと総称される、亜鉛とジカルボン酸類から合成されるジャングルジム状の三次元骨格を有する錯体などのようないわゆる非構造変化型の、IUPAC分類で言うところのI型錯体等(非特許文献5、非特許文献6参照)が適している。つまり、ゲート型の挙動を示す錯体とI型の挙動を示す錯体はそれぞれ別物であり、そのため、ゲート的吸着と、I型的吸着の両方を切り替えて使用したい場合には、ゲート型高分子錯体と非ゲート錯体の吸着塔を別個に設置し、それらを切り替えて使用するしかないと言う問題があった。
【非特許文献1】植村一広、北川進、未来材料、(2002) 12月号、44
【非特許文献2】松田亮太郎,北川進、Petrotec、(2003) 第26巻2号、97〜104ページ
【非特許文献3】Kitagawa, S. et al., Angewandte Chem. Int. Ed. (2003) 428
【非特許文献4】Seki, K. et al., Phys. Chem. Chem. Phys., (2002) 4, 1968
【非特許文献5】近藤ら、「吸着の科学」、丸善株式会社、28頁
【非特許文献6】Yaghi, O. M. et al., J. Am. Chem. Soc. (2005) 17998
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、磁性材料や、吸着材料として優れた特性を有する特性変化型スイッチング材料を提供することにある。
【0006】
また、本発明の別の目的は、磁性材料や、吸着材料として優れた特性を発揮する特性変化型スイッチング材料のスイッチング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前述のような問題点を解決すべく、鋭意研究を積み重ねた結果、コバルト、ニッケル、銅から選ばれる2価の金属イオンと、ふっ素原子を3個以上含有する対イオンと、1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼンとを含む高分子金属錯体が、ガスの印加により別の構造に変化するが、ガスの印加を止めても元の構造に戻らず、尚且つ、ゲート型とI型のふたつ特性を併せ持つことを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は
(1) 下記式(i)の単位構造
[XY22]n … (i)
(但し、式中Xはコバルト、ニッケル、及び銅からなる群から選ばれたいずれかの2価陽イオンであり、Yはふっ素原子を3個以上含有する対イオンであり、Lは1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼンを示す)を有する高分子金属錯体からなり、スイッチング材を用いてゲート型特性とI型特性との切り替えが可能であることを特徴とする特性変化型スイッチング材料、
(2) ゲート型からI型への切り替えは、窒素、二酸化炭素、メタン、エタン、及び酸素からなる群から選ばれた1種以上のスイッチングガスを印加して行う(1)に記載の特性変化型スイッチング材料、
(3) I型からゲート型への切り替えは、水酸基含有低分子物質を接触させて行う(1)に記載の特性変化型スイッチング材料、
(4) 前記水酸基含有低分子物質が、水、及び沸点が100℃以下のアルコールからなる群から選ばれた1種以上である(3)に記載の特性変化型スイッチング材料、
(5) 前記高分子金属錯体が、二次元網目状構造の単位が積層した構造である(1)〜(4)のいずれかに記載の特性変化型スイッチング材料、
(6) 前記ふっ素イオンを3個以上含有する対イオンYが、ほうふっ化物イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、及びトリフルオロ(トリフルオロ)ボラートからなる群から選ばれたいずれかである(1)〜(5)のいずれかに記載の特性変化型スイッチング材料、
(7) 前記Xがニッケルイオンであり、前記Yがほうふっ化物イオンである(1)〜(6)のいずれかに記載の特性変化型スイッチング材料、
(8) スイッチングガスの印加により(1)〜(7)のいずれかに記載の特性変化型スイッチング材料をゲート型高分子錯体からI型錯体に変化させ、また、I型錯体となった(1)〜(7)のいずれかに記載の特性変化型スイッチング材料を水酸基含有低分子物質との接触によりゲート型錯体に変化させることを特徴とする特性変化型スイッチング材料のスイッチング方法、
(9) 前記スイッチングガスが、窒素、二酸化炭素、メタン、エタン、及び酸素からなる群から選ばれる1種以上である(8)に記載の特性変化型スイッチング材料のスイッチング方法、
(10) 前記水酸基含有低分子物質が、水、及び沸点が100℃以下のアルコールからなる群から選ばれる1種以上である(8)又は(9)に記載の特性変化型スイッチング材料のスイッチング方法、
である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の特性変化型スイッチング材料は、用途に応じて、I型的な、低圧からガスを吸着する材料と、一定圧以上で急激にガスを吸着、放出するゲート型高分子錯体とを切り替えて使用することができる。ここで、ゲート型高分子錯体とは、ある圧力まではガスを吸着しないが所定の圧力以上でガスを急激に吸着すると共に、その反対、すなわち、ある圧力まではガスを放出しないが所定の圧力以下でガスを急激に放出するような現象を示す錯体を言う。また、I型錯体とは、ガスの圧力に比例して吸着量が増加する現象を示す錯体を言う。本発明における特性変化型スイッチング材料は、例えば、所定のガス圧力の印加によりゲート型挙動を示した後にガスの印加を停止しても(ガス圧を低下させても)、ガスの印加前の状態に構造が戻ることがない。そのため、ガスを放出した後には、引き続きI型挙動を示す高分子金属錯体として使用することができる。
【0010】
また、本発明の特性変化型スイッチング材料の他の用途としては、ニッケルイオンやコバルトイオン等を金属イオンとして使用した場合には、スピン状態を構造変化によって変化させることが可能なスピンクロスオーバー錯体として、記録材料等に使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の特性変化型スイッチング材料は、下記式(i)で表される高分子金属錯体からなるものである。ここで、下記式(i)は単位構造の繰返しを示すnを有するが、式(i)の単位構造が繰り返されることを示しているに過ぎず、nの範囲については特に限定されない。また、本発明における特性変化型スイッチング材料は、後述するように、下記式(i)で表される高分子金属錯体以外の成分を含有する場合も含む。
[XY22]n … (i)
(但し、式中Xはコバルト、ニッケル、及び銅からなる群から選ばれたいずれかの2価陽イオンであり、Yはふっ素原子を3個以上含有する対イオンであり、Lは1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼンを示す)
【0012】
本発明における高分子金属錯体の単位構造は、金属イオン(X)を交点とし、細長い形状の両末端に配位点を有する配位子(L)が金属に配位することで、いわゆる二次元網目状の層を形成している。さらに、複数の二次元網目状の層が、金属イオン(X)に配位する対イオン(Y)を介して、すなわち対イオン(Y)のふっ素原子と隣接している二次元網目状の層の間に形成される水素結合で三次元的に積層している。
【0013】
本発明の特性変化型スイッチング材料については、特性変化型スイッチング機能の発現を妨げない範囲において、添加剤を加えることは機能や安定性を向上させる観点から好ましい。添加剤としては、例えば、取り扱いがし易くなるように成形体に加工する際の賦形剤や、物質吸着の際に発生する熱を吸収して熱安定性を高める吸熱剤や、I型的吸着機能と本発明の特性変化型スイッチング機能とを足し合わせた吸着特性、即ち、一定量以上のガスを吸着した後に本発明の特性変化型スイッチング機能が発現する、あるいは、本発明の特性変化型スイッチング機能が発現してそれ以降はI型的にガスを吸着するような特性が必要な場合は、活性炭やゼオライトや高分子錯体等、既知のいわゆるI型吸着剤を添加することが好ましい。
【0014】
これらの添加剤の添加量は、必要となる特性に応じて決められるものであり、一概に決めることはできないが、賦形剤又は吸熱剤の場合は、賦形剤又は吸熱剤により外部刺激が遮断されてスイッチング効率が低下することを防ぐ意味で、賦形剤又は吸熱剤の添加率は50質量%以下であることが好ましい。I型吸着剤を添加する場合は、必要とされるI型吸着特性と本発明の特性変化型スイッチング機能の特性バランスに応じて混合比を決めればよい。これらの添加剤は単独で使用してもよいし、複数を同時に使用してもよい。
【0015】
式(i)で表される化合物を合成するための原料を例示する。
原料の1つは、XY2の組成からなる金属塩である。ここで、Xはコバルト、ニッケル、及び銅からなる群から選ばれたいずれかの2価の金属イオンである。これらの金属イオンは、ふっ素原子を3個以上含有する対イオンや1,4-ビス(4-ピリジル)ベンゼンとの相互作用が強く、二次元網目状の単層を作り易いので好ましい。また、Xの対イオンであるYは、ふっ素原子を3個以上含有する必要がある。これは、層間の相互作用は対イオンと1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼンの水素結合であるため、3個以上のふっ素原子の存在が重要となる。ふっ素原子を3個以上含有する対イオンの具体例としては、ほうふっ化物イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、ペンタフルオロエタンスルホン酸イオン、及びトリフルオロ(トリフルオロ)ボラートが挙げられる。これらの内、ほうふっ化物イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、及びトリフルオロ(トリフルオロ)ボラートが、イオンの大きさがあまり大きくなく、積層構造形成の妨げとならないと言う点で好ましい。ふっ素原子が3個未満の場合、例えば、メタンスルホン酸イオン等では相互作用が弱くなり、適切な積層構造が形成されない。また、ふっ素以外で水素結合を作り得る元素を含有する対イオン、例えば、硝酸イオンや硫酸イオンは、1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼンと水素結合を形成し、積層構造が形成されるが、水素結合が強固過ぎるため、構造変化が生じなくなるので好ましくない。
【0016】
式(i)中のLは1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼンである。ピリジル型配位子であっても、1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼンよりも芳香環が少ないビピリジンやピラジンでは、ふっ素原子を3個以上含有する対イオンとの相互作用が弱くなり、適切な積層構造が形成されないので好ましくない。また、芳香環が多い4,4’−ビス(4−ピリジル)ビフェニル等は、層間の配位子同士のπ−π相互作用が強固になり、構造変化し難くなるので好ましくない。
【0017】
本発明では、式(i)で表される化合物を製造するために、原料の金属塩と有機配位子をそれぞれ溶媒に溶かして、この2液を混合して行うことが必要である。金属塩を溶かす溶媒としては、水かアルコール等の水酸基を有する溶媒の使用が必須である。これら水酸基を有する溶媒は、金属塩を溶かし易いと言うことの他に、特性変化型スイッチング材料の積層構造が形成される過程で、対イオンと配位子の間に水素結合が形成されるのを促進する作用を有するため、これら水酸基を含有する溶媒を使用することは重要である。
【0018】
アルコールの例としては、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール等の脂肪族系1価アルコール及びエチレングリコール等の脂肪族系2価アルコール類を例示できる。安価でかつ金属塩の溶解性が高いと言う点でメタノール、エタノール、1−プロパノール、及び2−プロパノールが好ましい。また、これらのアルコールは単独で用いてもよいし、複数のアルコールを混合使用してもよい。
【0019】
溶媒として、水と前記のアルコール類を混合して使用することも好ましい。混合比率は0:100〜80:20(体積比)であるのがよい。水の体積比が80を越えると、配位子が溶解し難くなるので好ましくない。
【0020】
また、水又はアルコール、又は水-アルコールの混合溶媒に、さらにアルコール以外の有機溶媒を混合して使用することも可能である。混合する有機溶媒としては、水と混和する溶媒であり、例えば、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、アセトン、1,4−ジオキサン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等である。これらは単独で使用してもよいし、2種以上を混合して使用してもよい。これらの中では、アセトン、1,4−ジオキサン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド及びアセトニトリルからなる群から選ばれたいずれかの1種以上が積層構造を発達し易くさせるので好ましい。有機溶媒の混合比は50体積%以下、好ましくは30体積%以下である。
【0021】
一方、有機配位子を溶かす溶媒としては、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、エチレングリコール等のアルコール系溶媒、エーテル、テトラヒドロフラン等の非環状又は環状の脂肪族エーテル類、アセトン等のケトン類、酢酸エチル等のエステル類、アセトニトリル等の脂肪族ニトリル類、ジクロロメタン等のハロゲン系溶媒、ベンゼン、トルエン等の芳香族溶媒、ジメチルホルムアミド等のホルムアミド類、ジメチルスルホキシド等のスルホキシド類を広く例示することができる。これらは単独で使用してもよいし、2種以上を混合して使用してもよい。コスト的かつ溶解度的に、メタノール、エタノール、2−プロパノール、アセトニトリル、アセトン等が好ましい。
【0022】
金属塩の溶液及び有機配位子の溶液の混合方法は、金属塩溶液に有機配位子溶液を添加しても、その逆でもよい。溶液の濃度について、金属塩溶液は40mmol/L〜4mol/L、好ましくは80mmol/L〜2mol/Lであり、配位子の有機溶液は40mmol/L〜3mol/L、好ましくは80mmol/L〜1.8mol/Lであるのがよい。これより低い濃度で反応を行っても目的物は得られるが、製造効率が低下するため好ましくない。また、これより高い濃度では、スイッチング能力が低下するため好ましくない。
【0023】
反応温度は−20〜120℃、好ましくは15〜90℃であるのがよい。これ以下の低温で行うと、原料の溶解度が下がるため好ましくない。オートクレーブ等を用いて、より高温で反応を行うことも可能であるが、加熱等のエネルギーコストの割には、収率は向上しないため実質的な意味はない。
【0024】
本発明の反応で用いられる金属塩と有機配位子の混合比率は、3:1〜1:4のモル比、好ましくは1.5:1〜1:3のモル比の範囲内であるのがよい。これ以外の範囲では、目的物の収率が低下し、また、未反応の原料が残留して、目的物の取り出しが困難となる。
【0025】
反応は、通常のガラスライニングのSUS製の反応容器及び機械式攪拌機を使用して行うことができる。反応終了後は濾過、乾燥を行うことで目的物質と原料の分離を行い、純度の高い目的物質を製造することが可能である。
【0026】
本願発明の特性変化型スイッチング材料は、ゲート的にガス吸着を示すゲート型高分子錯体と、I型的にガスを吸着するI型錯体の、両方の特性をスイッチング材によってスイッチングすることが可能である。ゲート型高分子錯体からI型錯体にスイッチするためには、スイッチング材としてスイッチングガスを用い、ゲート圧以上の圧力で印加すればよい。スイッチングガスとしては、分子専有面積am[McClellan, A. L. J. Colloid Interface Sci.,23, 577 (1967)参照]が0.125nm以上の分子、具体的には窒素、二酸化炭素、メタン、エタン、酸素等が、効率的にスイッチング可能な点で好ましい。amが0.125未満、例えば、水素分子等は、専有面積が小さく、特性変化型スイッチング材料にガスを印加した際の影響が小さく、スイッチング能力が低いことから好ましくない。
【0027】
I型錯体からゲート型高分子錯体にスイッチするためには、スイッチング材として水、アルコール等の水酸基を有する水酸基含有低分子物質を接触させればよい。水酸基は、構造変化型スイッチング材料の水素結合に作用して、効率的にスイッチングできる点で好ましい。アルコールとしては、メタノール、エタノール、プロパノール等の、沸点が100℃以下のアルコールが具体的に例示できる。沸点が100℃を越えるアルコールは、除去し辛く、高分子錯体中に残留して、吸着能力の低下等の物性低下を招く可能性があるので好ましくない。水、アルコール等の水酸基を有する低分子物質の添加量は、質量比で、高分子錯体:溶媒=1:1〜1:50が好ましい。低分子物質の使用量が上記比で1:1未満であると、スイッチングが不完全になる可能性があり好ましくない。低分子物質の使用量が上記比で1:50を超えても、スイッチングは可能であるが、多量の低分子物質の除去が必要となるため好ましくない。水酸基を有さない低分子物質は、構造変化型スイッチング材料のスイッチング効率が低い点で好ましくない。なお、水酸基含有低分子物質は液体の状態(高分子金属錯体の溶媒)として用いてもよく、気体として用いてもよい。
【0028】
また、スピンクロスオーバーとは、周囲の環境、即ち、圧力や温度に応じて、不対電子の数が変化する現象を言う。本発明の特性変化型スイッチング材料は磁気記録材料等への応用が期待される。コバルト、ニッケル等のイオンを含有する本発明の高分子金属錯体は、このようなスピンクロスオーバー現象を発現する可能性があるためである。
【実施例】
【0029】
下記の実施例において、テトラフルオロほう酸ニッケル(II)、及びテトラフルオロほう酸銅(II)は、アルドリッチ社品を使用した。トリフルオロメタンスルホン酸コバルト(II)は、塩化コバルト(II)と、トリフルオロメタンスルホン酸銀との反応から合成した。トリフルオロメタンスルホン酸銀及び塩化コバルト(II)はアルドリッチ社品を使用した。また、各種溶媒は関東化学(株)の特級品を使用した。更に、1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼンは、1,4−フェニレンビスボロン酸及び4−ブロモピリジンから、パラジウムを使用した鈴木カップリング法(Transition Metal Reagents and Catalysts. Tsuji, J. Wiley (2000) p66.)にて合成した。
【0030】
(実施例1)
テトラフルオロほう酸ニッケル(II)の水-メタノール溶液(水/メタノール体積比率=4/1、100mL、80mmol/L)に、1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼンのエタノール溶液(200mL、80mmol/L)をゆっくりと積層し、密栓をして20日間静置した。析出した粉体を減圧濾過し、エタノール及び水にて洗浄し、室温(25℃)にて減圧乾燥し、収率59%で薄青色の高分子金属錯体の結晶を得た。
【0031】
得られた結晶の組成を決定するために、大型放射光施設SPring-8 BL02B2及び解析ソフトRIETAN softwareを利用してX線結晶構造解析を実施した。その結果を図1に示し、また模式図を図2(a)に示す。なお、図1を図2(a)に模式化するための構成要素の略号の対照を図2(b)に示す。図1及び図2(a)から、ニッケルイオンを交点とし、ニッケルイオンの上下にそれぞれテトラフルオロほう酸イオンが配位した、1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼンからなる二次元網目状構造が積層していることが明らかになった。同時に、構造式は[Ni(BF4)2(bpb)2]n(bpbは1,4-ビス(4-ピリジル)ベンゼンを示す)であることが明らかになった。
【0032】
上記で得られた高分子金属錯体の77Kでの窒素吸着特性を調査した。測定には、BET自動吸着装置(日本ベル株式会社製)を用い、測定に先立って試料(得られた高分子金属錯体)を90℃で2時間真空乾燥して、微量残存している可能性がある溶媒分子等を除去した。窒素吸着特性を測定した結果、相対圧が約0.2までは窒素の吸着は観測されず、0.2を超えるあたりで急激な吸着量の増加が確認され、いわゆるゲート型吸着を示す化合物であることが判明した(図3参照)。なお、図3〜7において、図の横軸は77Kでの窒素の相対圧力、縦軸は吸着された窒素の量で単位はmL/gである。また、吸着された窒素は、測定時の減圧操作によりほぼ脱着していることも明らかになった。
【0033】
上記の窒素ガス吸着に使用した高分子金属錯体を、大気に暴露すること無く、再度77Kで窒素ガス吸着特性を調査すると、今度はI型の吸着を示した(図4参照)。即ち、一回目の窒素ガス印加により、ゲート型高分子錯体がI型錯体にスイッチできることが判った。また、吸着された窒素は、測定時の減圧操作によりほぼ脱着していることも明らかになった。
【0034】
そしてこのI型錯体を再度77Kで窒素ガス吸着特性を調査すると、再度I型の吸着を示した。即ち、本高分子金属錯体は、安定的にI型を示す構造を維持していることが明らかになった(図5参照)。また、吸着された窒素は、測定時の減圧操作によりほぼ脱着していることも明らかになった。
【0035】
さらに、このI型錯体を、室温(25℃)で大気に1時間暴露した後、90℃で2時間真空乾燥してから77Kにて窒素吸着測定を行ったところ、相対圧が約0.2までは窒素の吸着は観測されず、0.2を超えるあたりで急激な吸着量の増加が確認された(図6参照)。即ち、I型錯体が、大気暴露により、ゲート型高分子錯体へとスイッチできることが明らかになった。
【0036】
また、このI型錯体を、大気に暴露する代わりに、測定容器にエタノールを添加し、室温(25℃)で1時間保持した後、90℃で2時間真空乾燥してから77Kにて窒素吸着測定を行ったところ、相対圧が約0.2までは窒素の吸着は観測されず、0.2を超えるあたりで急激な吸着量の増加が確認された(図7参照)。即ち、I型錯体が、エタノールとの接触により、ゲート型高分子錯体へとスイッチできることが明らかになった。
【0037】
(実施例2)
トリフルオロメタンスルホン酸コバルト(II)の水-メタノール溶液(水/メタノール体積比率=1/1、100mL、80mmol/L)に、1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼンのメタノール/エタノール溶液(メタノール/エタノール体積比率=1/5、200mL、80mmol/L)をゆっくりと積層し、密栓をして20日間静置した。析出した粉体を減圧濾過し、エタノール及び水にて洗浄し、室温(25℃)にて減圧乾燥し、収率45%で薄桃色の高分子金属錯体の結晶を得た。
【0038】
得られた結晶について、実施例1と同様に構造解析した結果、コバルトイオンを交点とし、コバルトイオンの上下にそれぞれトリフルオロメタンスルホン酸イオンが配位した、1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼンからなる二次元網目状構造が積層していることが明らかになった。同時に、構造式は[Co(OTf)2(bpb)2]n(OTfはトリフルオロメタンスルホネート、bpbは1,4-ビス(4-ピリジル)ベンゼンをそれぞれ示す)であることが明らかになった。
【0039】
得られた高分子金属錯体の窒素吸着特性を、実施例1と同様にして調査した。相対圧が約0.3までは窒素の吸着は観測されず、0.3を超えるあたりで急激な吸着量の増加が確認され、いわゆるゲート型吸着を示す化合物であることが判明した。また、吸着された窒素は、測定時の減圧操作によりほぼ脱着していることも明らかになった。
【0040】
上記の窒素ガス吸着に使用した高分子錯体を、大気に暴露すること無く、再度77Kで窒素ガス吸着特性を調査すると、今度はI型の吸着を示した。即ち、一回目の窒素ガス印加により、ゲート型高分子錯体がI型錯体にスイッチできることが判った。また、吸着された窒素は、測定時の減圧操作によりほぼ脱着していることも明らかになった。
【0041】
このI型錯体を再度77Kで窒素ガス吸着特性を調査すると、再度I型の吸着を示した。即ち、本高分子金属錯体は、安定的にI型を示す構造を維持していることが明らかになった。
【0042】
さらに、このI型錯体を、実施例1と同様の方法でゲート型高分子錯体へスイッチングを試みた。その結果、大気暴露、及びエタノール添加の何れの方法でも、相対圧が0.3を超えるあたりで急激なガスの吸着が確認できた。即ち、I型錯体が、水分又はエタノールにより、ゲート型高分子錯体へとスイッチできることが明らかになった。
【0043】
(実施例3)
ほうふっ化銅(II)の水-メタノール溶液(水/メタノール体積比率=1/1、100mL、80mmol/L)に、1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼンのメタノール/エタノール溶液(メタノール/エタノール体積比率=1/5、200mL、80mmol/L)をゆっくりと積層し、密栓をして20日間静置した。析出した粉体を減圧濾過し、エタノール及び水にて洗浄し、室温(25℃)にて減圧乾燥し、収率67%で薄青色の高分子錯体の結晶を得た。
【0044】
得られた結晶について、実施例1と同様に構造解析した結果、銅イオンを交点とし、銅イオンの上下にそれぞれほうふっ化物イオンが配位した、1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼンからなる二次元網目状構造が積層していることが明らかになった。同時に、構造式は[Cu(OTf)2(bpb)2]n(bpbは1,4-ビス(4-ピリジル)ベンゼンを示す)であることが明らかになった。
【0045】
得られた高分子錯体の窒素吸着特性を、実施例1と同様にして調査した。相対圧が約0.2までは窒素の吸着は観測されず、0.2を超えるあたりで急激な吸着量の増加が確認され、いわゆるゲート型吸着を示す化合物であることが判明した。また、吸着された窒素は、測定時の減圧操作によりほぼ脱着していることも明らかになった。
【0046】
上記の窒素ガス吸着に使用した高分子錯体を、大気に暴露すること無く、再度77Kで窒素ガス吸着特性を調査すると、今度はI型の吸着を示した。即ち、一回目の窒素ガス印加により、ゲート型高分子錯体がI型錯体にスイッチできることが判った。また、吸着された窒素は、測定時の減圧操作によりほぼ脱着していることも明らかになった。
【0047】
このI型錯体を再度77Kで窒素ガス吸着特性を調査すると、再度I型の吸着を示した。即ち、本高分子金属錯体は、安定的にI型を示す構造を維持していることが明らかになった。
【0048】
さらに、このI型錯体を、実施例1と同様の方法でゲート型高分子錯体へスイッチングを試みた。その結果、大気暴露、及びエタノール添加の何れの方法でも、相対圧が0.2を超えるあたりで急激なガスの吸着が確認できた。即ち、I型錯体が、水分又はエタノールにより、ゲート型高分子錯体へとスイッチできることが明らかになった。
【0049】
(比較例1)
ほうふっ化銅(II)の水溶液(80mmol/L)に、4,4’−ビピリジルのエタノール溶液(80mmol/L)をゆっくりと積層し、密栓をして20日間静置した。析出した粉体を減圧濾過し、減圧乾燥し、収率63%で濃青色の高分子金属錯体の結晶を得た。
【0050】
得られた結晶の組成を決定するために以下の実験を行った。得られた結晶を5Paの減圧下、90℃で3時間乾燥し、アルゴン気流下で1.00gを秤量し、その粉体を1mol/Lのアンモニア水に溶解し、ジクロロメタンで抽出した。ジクロロメタンをロータリーエバポレーターにて留去し、得られた固体をガスクロマトグラフ質量分析計(島津製作所QP5050A)を用いて分析した結果、4,4’−ビピリジルであり、結晶中には55.8質量%含まれていることがわかった。またアンモニア水層をICP発光法により銅(II)イオンの含有量を調べた結果、12.3質量%であった。またアンモニア水層を蒸留分離吸光光度法によりふっ素原子の含有量を調べた結果、28.9質量%で有ることがわかった。これらをあわせて得られた結晶の組成は[Cu(BF4)2(bpy)2]n(bpyは4,4’-ビピリジルを示す)であることがわかった。
【0051】
得られたガス吸着材の77Kでの窒素吸着特性を調査した。測定には、BET自動吸着装置(日本ベル株式会社製)を用い、測定に先立って試料を120℃で3時間真空乾燥して、微量残存している可能性がある溶媒分子などを除去した。相対圧が約0.2未満では窒素の吸着は観測されなかったが、0.2以上で急激な吸着量の増加が確認された(図8参照)。また減圧により吸着したガスの殆ど全量が脱着した。なお、図8及び図9において、図の横軸は77Kでの窒素の相対圧力、縦軸は吸着された窒素の量で単位はmL/gである。
【0052】
二回目の測定として、一回目の測定と同様に、120℃、3時間の前処理後、窒素吸着性を評価した。その結果、一回目の測定と同様に、相対圧が約0.2未満では窒素の吸着は観測されなかったが、0.2以上で急激な吸着量の増加が確認された(図9参照)。また減圧により吸着したガスの殆ど全量が脱着した。すなわち、本比較例の高分子金属錯体は、一回目も二回目もゲート型の挙動を示すことが判った。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明の特性変化型スイッチング材料は、ガス等の印加により特性変化が生じる。即ち、ゲート型高分子錯体とI型錯体のいずれとしても使用することができ、吸着剤として使用する場合には、ガスの種類や目的に応じて、ゲート型高分子錯体とI型錯体を容易にスイッチングして使用することができる。
【0054】
また、ニッケルやコバルト等のイオンを含有する錯体の場合においては、特性変化に伴いスピン状態が変化するスピンクロスオーバー現象が発現する可能性があり、この場合には、スイッチング材料のほか、記録材料等として使用することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の特性変化型スイッチング材料の構造(X線結晶構造解析結果)
【図2】本発明の特性変化型スイッチング材料の構造(模式図)
【図3】本発明の特性変化型スイッチング材料のゲート的ガス吸着等温線
【図4】本発明の特性変化型スイッチング材料のI型的ガス吸着等温線
【図5】本発明の特性変化型スイッチング材料のI型的ガス吸着等温線
【図6】本発明の構造変化型スイッチング材料のゲート的ガス吸着等温線
【図7】本発明の構造変化型スイッチング材料のゲート的ガス吸着等温線
【図8】比較例で得られた高分子金属錯体のガス吸着等温線
【図9】比較例で得られた高分子金属錯体のガス吸着等温線
【図10】ゲート型高分子錯体におけるガスの吸着と離脱を示す模式図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(i)の単位構造
[XY22]n … (i)
(但し、式中Xはコバルト、ニッケル、及び銅からなる群から選ばれたいずれかの2価陽イオンであり、Yはふっ素原子を3個以上含有する対イオンであり、Lは1,4−ビス(4−ピリジル)ベンゼンを示す)を有する高分子金属錯体からなり、スイッチング材を用いてゲート型特性とI型特性との切り替えが可能であることを特徴とする特性変化型スイッチング材料。
【請求項2】
ゲート型からI型への切り替えは、窒素、二酸化炭素、メタン、エタン、及び酸素からなる群から選ばれた1種以上のスイッチングガスを印加して行う請求項1に記載の特性変化型スイッチング材料。
【請求項3】
I型からゲート型への切り替えは、水酸基含有低分子物質を接触させて行う請求項1に記載の特性変化型スイッチング材料。
【請求項4】
前記水酸基含有低分子物質が、水、及び沸点が100℃以下のアルコールからなる群から選ばれた1種以上である請求項3に記載の特性変化型スイッチング材料。
【請求項5】
前記高分子金属錯体が、二次元網目状構造の単位が積層した構造である請求項1〜4のいずれかに記載の特性変化型スイッチング材料。
【請求項6】
前記ふっ素イオンを3個以上含有する対イオンYが、ほうふっ化物イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、及びトリフルオロ(トリフルオロ)ボラートからなる群から選ばれたいずれかである請求項1〜5のいずれかに記載の特性変化型スイッチング材料。
【請求項7】
前記Xがニッケルイオンであり、前記Yがほうふっ化物イオンである請求項1〜6のいずれかに記載の特性変化型スイッチング材料。
【請求項8】
スイッチングガスの印加により請求項1〜7のいずれかに記載の特性変化型スイッチング材料をゲート型高分子錯体からI型錯体に変化させ、また、I型錯体となった請求項1〜7のいずれかに記載の特性変化型スイッチング材料を水酸基含有低分子物質との接触によりゲート型錯体に変化させることを特徴とする特性変化型スイッチング材料のスイッチング方法。
【請求項9】
前記スイッチングガスが、窒素、二酸化炭素、メタン、エタン、及び酸素からなる群から選ばれる1種以上である請求項8に記載の特性変化型スイッチング材料のスイッチング方法。
【請求項10】
前記水酸基含有低分子物質が、水、及び沸点が100℃以下のアルコールからなる群から選ばれる1種以上である請求項8又は9に記載の特性変化型スイッチング材料のスイッチング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−58034(P2010−58034A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−225610(P2008−225610)
【出願日】平成20年9月3日(2008.9.3)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】