説明

球状黒鉛鋳鉄部材及びその結合方法

【課題】カシメ部での割れの発生を防止できる球状黒鉛鋳鉄部材を提供する。球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部を相手部材にカシメた場合に、そのカシメ締結力を長期に渡って良好に維持できる球状黒鉛鋳鉄部材の結合方法を提供する。
【解決手段】カシメ前又はカシメ中において、球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aにおける表層部の球状黒鉛を圧潰することにより、球状黒鉛の黒鉛形状をカシメ時におけるカシメ部11aの表層部の引張方向に沿って伸びるように変形させて、その黒鉛形状が楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状をなすようにする。そして、黒鉛形状が圧潰変形された状態のカシメ部11aを相手部材21に対してカシメて両部材11,21を結合する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カシメ部を備えた球状黒鉛鋳鉄部材と、そのカシメ部を他の部材(相手部材)にカシメて締結する場合の結合方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、球状黒鉛鋳鉄部材を他の部材(相手部材)に結合する方法として、カシメを利用して両部材を締結するカシメ結合が知られている(例えば特許文献1,特許文献2参照)。そして、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部を相手部材に対してカシメる際には、例えば特許文献2に記載された「かしめ機」が用いられている。このような「かしめ機」を用いて球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部を一遍にカシメることにより、当該カシメ部が相手部材に対してカシメられて、両部材が締結されるようになっている。
【特許文献1】特開平7−204758号公報(請求項2等)
【特許文献2】特開平8−310209号公報(段落番号0018,図2等)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上述した従来技術に係る球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部では、その塑性変形量が過大となるようなカシメの場合には、カシメ部(特に、塑性変形量の過大な表層部における球状黒鉛の周辺の基地組織)に過剰な応力集中が発生するため、カシメ部(特に、塑性変形量の過大な表層部における球状黒鉛の周辺の基地組織)が割れてしまうおそれがあった。特に、従来技術に係る「かしめ機」を用いて球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部を一遍にカシメる際には、カシメ部の割れが顕著なものとなり易い。
【0004】
本発明は、上述した実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、球状黒鉛鋳鉄部材を相手部材にカシメるにあたり、カシメ部での割れの発生を防止することができる球状黒鉛鋳鉄部材を提供することにある。また、本発明の目的は、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部を他の部材(相手部材)に対してカシメた場合に、そのカシメ締結力を長期に渡って良好に維持することができる球状黒鉛鋳鉄部材の結合方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明の球状黒鉛鋳鉄部材は、カシメ前において、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部の表層部における球状黒鉛を予め圧潰しておくことにより、その黒鉛形状をカシメ時におけるカシメ部の表層部の引張方向に沿って伸びるように変形させて、当該黒鉛形状が楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状をなしていることをその要旨としている。
【0006】
請求項1に記載の発明によれば、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部をカシメる前において、予めカシメ部の表層部における球状黒鉛は圧潰されており、その黒鉛形状は、カシメ時におけるカシメ部の表層部の引張方向に沿って伸びるように楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状に変形している。このようにカシメ部の表層部で圧潰されて変形した黒鉛形状の伸びる方向(黒鉛の伸びる方向)と、カシメ時におけるカシメ部の表層部の引張方向とをカシメの事前に一致させておくことで、当該カシメ部を相手部材にカシメた場合においては、黒鉛形状が球状又は略球状をなす従来技術に係る球状黒鉛の周辺の基地組織に比して、黒鉛形状が圧潰されて変形した楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状をなす本発明に係る黒鉛の周辺の基地組織に発生する応力集中が著しく低減される。そのため、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部(特に、表層部における黒鉛の周辺の基地組織)は、カシメ時に発生する引張応力の応力集中に耐え得るようになっており、当該カシメ部を相手部材にカシメた場合(特に、カシメ部の塑性変形量が過大となるようなカシメの場合)でも、カシメ部が割れることはない。また、カシメ時において、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部に割れが発生しないことから、当該球状黒鉛鋳鉄部材の使用範囲を広げることが可能となる。
【0007】
請求項2に記載の発明の球状黒鉛鋳鉄部材は、カシメ中において、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部の表層部における球状黒鉛を圧潰することにより、その黒鉛形状は、カシメ時におけるカシメ部の表層部の引張方向に沿って伸びるように楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状に変形されていることをその要旨としている。
【0008】
請求項2に記載の発明によれば、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部のカシメ中において、カシメ部の表層部における球状黒鉛は圧潰されて、その黒鉛形状は、カシメ時におけるカシメ部の表層部の引張方向に沿って伸びるように楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状に変形した状態となる。このようにカシメ部の表層部で圧潰されて変形した状態の黒鉛形状の伸びる方向(黒鉛の伸びる方向)と、カシメ時におけるカシメ部の表層部の引張方向とを一致させながらカシメることで、当該カシメ部を相手部材にカシメていく場合においては、黒鉛形状が球状又は略球状をなす従来技術に係る球状黒鉛の周辺の基地組織に比して、黒鉛形状が圧潰されて変形した状態の楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状をなす本発明に係る黒鉛の周辺の基地組織に発生する応力集中が著しく低減される。そのため、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部(特に、表層部における黒鉛の周辺の基地組織)は、カシメ時に発生する引張応力の応力集中に耐え得るようになっており、当該カシメ部を相手部材にカシメていった場合(特に、カシメ部の塑性変形量が過大となるようなカシメの場合)でも、カシメ部が割れることはない。また、カシメ時において、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部に割れが発生しないことから、当該球状黒鉛鋳鉄部材の使用範囲を広げることが可能となる。
【0009】
請求項3に記載の発明の球状黒鉛鋳鉄部材の結合方法は、カシメ前における球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部に対し、その表層部の球状黒鉛の黒鉛形状がカシメ時におけるカシメ部の表層部の引張方向に沿って伸びるように予め球状黒鉛を圧潰して黒鉛形状を変形させておく圧縮力を付与した後、その圧潰処理された球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部を相手部材に対してカシメることにより、両部材を締結することをその要旨としている。
【0010】
請求項3に記載の発明によれば、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部を相手部材にカシメる前に、そのカシメ部に対して圧縮力を付与することにより、当該カシメ部の表層部の球状黒鉛を圧潰して、その黒鉛形状がカシメ時におけるカシメ部の表層部の引張方向に沿って伸びるように当該黒鉛形状を予め変形させておく。このような球状黒鉛の圧潰(圧潰処理)により、カシメ部の表層部における球状黒鉛の黒鉛形状は、楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状に変形され、その黒鉛形状の伸びる方向(黒鉛の伸びる方向)と、カシメ時におけるカシメ部の表層部の引張方向とは、カシメの事前に一致するように調整される。この一致により、圧潰処理された球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部を相手部材に対してカシメる場合においては、黒鉛形状が球状又は略球状をなす従来技術に係る球状黒鉛の周辺の基地組織に比して、圧潰変形された楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状をなす本発明に係る黒鉛の周辺の基地組織に発生する応力集中が著しく低減されることとなる。そのため、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部(特に、表層部における黒鉛の周辺の基地組織)は、カシメ時に発生する引張応力の応力集中に耐え得るようになっており、当該カシメ部を相手部材にカシメて両部材を締結する場合でも、カシメ部(特に、塑性変形量が過大となる表層部)が割れることはない。その結果、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部のカシメ締結力を長期に渡って良好に維持することが可能となる。
【0011】
請求項4に記載の発明の球状黒鉛鋳鉄部材の結合方法は、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部の表層部に対し、カシメ時におけるカシメ部の表層部の引張方向と直交する直交方向から圧縮力を付与して、前記表層部の球状黒鉛を前記引張方向に沿って伸びる黒鉛形状となるように圧潰して変形させつつ、当該カシメ部を相手部材に対してカシメていくことにより、両部材を締結することをその要旨としている。
【0012】
請求項4に記載の発明によれば、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部を相手部材にカシメていく場合には、そのカシメ部の表層部に対してカシメ時における表層部の引張方向と直交する直交方向から圧縮力を付与して、前記表層部の球状黒鉛をカシメ時における表層部の引張方向に沿って伸びる黒鉛形状となるように圧潰しながら行う。ここで、カシメ部の表層部における球状黒鉛の黒鉛形状は、カシメ中の圧潰によって楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状に変形され、その黒鉛形状の伸びる方向(黒鉛の伸びる方向)と、カシメ時における表層部の引張方向とは、カシメ中において一致するように調整される。この一致により、圧潰された状態の球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部を相手部材に対してカシメていく場合においては、黒鉛形状が球状又は略球状をなす従来技術に係る球状黒鉛の周辺の基地組織に比して、圧潰変形された状態の楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状をなす本発明に係る黒鉛の周辺の基地組織に発生する応力集中が著しく低減されることとなる。そのため、カシメ中に圧潰された状態の球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部(特に、表層部における黒鉛の周辺の基地組織)は、カシメ時に発生する引張応力の応力集中に耐え得るようになっており、当該カシメ部を相手部材に対してカシメていって両部材を締結する場合でも、カシメ部(特に、塑性変形量が過大となる表層部)が割れることはない。その結果、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部のカシメ締結力を長期に渡って良好に維持することが可能となる。
【0013】
請求項5に記載の発明は、請求項3又は請求項4に記載の球状黒鉛鋳鉄部材の結合方法において、前記カシメは、バニシングにより行うことをその要旨としている。
【0014】
請求項5に記載の発明によれば、カシメ部のカシメをバニシング(バニシング加工)により行うことで、従来技術に係る「かしめ機」を用いてカシメる場合と異なり、カシメ部を徐々にカシメるため、カシメ部での割れ発生がより確実に防止される。
【0015】
請求項6に記載の発明は、請求項3〜請求項5のいずれか一項に記載の球状黒鉛鋳鉄部材の結合方法において、前記圧潰は、バニシングにより行うことをその要旨としている。
【0016】
請求項6に記載の発明によれば、球状黒鉛の圧潰をバニシング(バニシング加工)により行うことで、カシメ部の表層部がバニシング工具によって圧縮されて塑性変形されるため、当該カシメ部の表層部における球状黒鉛がより確実に圧潰される。更に、球状黒鉛の圧潰とカシメとを共にバニシング(バニシング加工)により行う場合には、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部と相手部材とのカシメ締結を一連の作業で行うことが可能となるため、作業性の向上が図られる。
【発明の効果】
【0017】
請求項1,請求項2の発明によれば、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部は、カシメ時に発生する引張応力の応力集中に耐えることができるため、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部を相手部材にカシメるにあたり、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部での割れの発生を防止することができる。また、請求項1,請求項2に記載の発明によれば、球状黒鉛鋳鉄部材の信頼性及び耐久性の向上を図ることができる。更に、請求項1,請求項2に記載の発明によれば、球状黒鉛鋳鉄部材の使用範囲を広げることができるようになる。請求項3,請求項4の発明によれば、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部を相手部材に対してカシメて両部材を締結した場合に、そのカシメ締結力を長期に渡って良好に維持することができる。請求項5の発明によれば、カシメ部の割れをより確実に防止できる。請求項6の発明によれば、カシメ部の表層部における球状黒鉛をより確実に圧潰することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の一実施形態である球状黒鉛鋳鉄部材及びその結合方法について、図1〜図5を参照しつつ説明する。
【0019】
図1に示すように、カシメ(最終塑性加工)前の状態の球状黒鉛鋳鉄部材11、すなわち本発明に係る球状黒鉛鋳鉄部材11は、有底略円筒状に形成されており、外径の小さな薄肉の円筒状をなすカシメ部11aと、そのカシメ部11aよりも外径の大きな厚肉の円筒状をなす側壁部11bと、その側壁部11bの下部に連設された円板状の底部11cとを備えている。また、カシメ部11aの外周面11dと側壁部11bの上端面11eとにより、球状黒鉛鋳鉄部材11の外周部には、その全周に渡って段部11fが形成されている。本実施の形態の球状黒鉛鋳鉄部材11では、その基地組織が主にパーライトとなっており、球状黒鉛鋳鉄中の基地組織を占めるパーライトの割合が60〜100%であることは好ましい。このようにパーライトの割合が60〜100%の範囲内にあると、球状黒鉛鋳鉄部材11は、優れた機械的性質を発揮することが可能となる。
【0020】
本実施の形態では、図1に示した球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aにおいては、最終塑性加工のカシメの前に、予め塑性加工が施されている。より詳しく説明すると、予め塑性加工が施されていない(従来技術に係る)カシメ部の表層部では、通常、図4(a)に示すように、球状黒鉛の黒鉛形状が球状又は略球状をなしているが、本実施の形態のように予め塑性加工が施されたカシメ部11aの表層部では、図4(b)に示すように、球状黒鉛の黒鉛形状が圧潰により積極的に塑性変形されて楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状の黒鉛形状をなしている。このような球状黒鉛(及び基地組織)の圧潰は、カシメ部11aの表層部に対して圧縮力を付与することでなされ、当該球状黒鉛は、カシメ時におけるカシメ部11aの表層部の引張方向に沿って伸びる黒鉛形状となるように事前に圧潰変形されている。すなわち、カシメ部11aの表層部において変形された黒鉛の黒鉛形状の伸びる方向(黒鉛の伸びる方向)と、カシメ時におけるカシメ部11aの表層部の引張方向とは、カシメの事前に一致するように調整されている。
【0021】
図1に示すように、本実施の形態の相手部材21は、有底略円筒状の前記球状黒鉛鋳鉄部材11と同心状(図3の同心Y参照)をなすように略円筒状に形成されており、前記カシメ部11aの下部及び前記側壁部11bの上端面11eと係合可能な円環状の係合部21aと、前記側壁部11bに対応する円筒状の側壁部21bと、その側壁部21bの内部空間に形成された円柱状の収容部21cとを備えている。また、円環状の係合部21aは、その傾斜内周面21dと内周面21eとにより形成される円環状の鈍角部21fと、係合部21aの内周面21eと下端面21gとにより形成される円環状の直角部21hとを有している。図1に示された態様では、相手部材21に対し、カシメ前の球状黒鉛鋳鉄部材11が内嵌されている。この場合、相手部材21の係合部21aにおける直角部21hに球状黒鉛鋳鉄部材11の段部11fが嵌合されると共に、相手部材21の収容部21cに球状黒鉛鋳鉄部材11の側壁部11b及び底部11cが収容されている。
【0022】
さて、球状黒鉛鋳鉄部材11と相手部材21とをカシメ締結して両部材11,21を結合する球状黒鉛鋳鉄部材11の結合方法を行う場合、まず、図1に示されるように、有底略円筒状の球状黒鉛鋳鉄部材11と、略円筒状の相手部材21とを準備する。ここで、準備される球状黒鉛鋳鉄部材11としては、カシメ前において、最終塑性加工のカシメが施される球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aに対し、その表層部の球状黒鉛の黒鉛形状がカシメ時における表層部の引張方向に沿って伸びるように予め球状黒鉛を圧潰して変形させておいたものを用いる必要がある。すなわち、球状黒鉛及び基地組織が事前に圧潰処理された図4(b)に示した状態のカシメ部11aを備えてなる球状黒鉛鋳鉄部材11を用いる。本実施の形態では、カシメ部11aの表層部における球状黒鉛及び基地組織の圧潰(塑性加工又は塑性変形)は、圧延加工により行った。その後、図1に示された態様となるように、相手部材21に対して当該球状黒鉛鋳鉄部材11を内嵌してセットする。
【0023】
次に、ローラバニシングマシン31について簡単に説明する。図3に示すように、ローラバニシングマシン31は、本体31aの軸31bに連結された円盤状のローラ31cを備えており、このローラ31cは、軸31bの軸心Xを中心として回転可能となっている。また、このローラバニシングマシン31は、図示しない駆動手段を備えており、当該駆動手段により、ローラバニシングマシン31及びローラ31cはあらゆる方向に移動可能で、ローラ31cは軸心Xを中心として回転されるようになっている。このため、軸心Xを中心として回転するローラ31cは、球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aに対し、その表層部をカシメ時における表層部の引張方向と直交する直交方向から圧縮して圧縮力を付与できる(図5参照)。
【0024】
図3に示したローラバニシングマシン31を用いて、図1及び図3に示した圧潰処理された球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aを相手部材21に対してカシメることにより、図2に示すように、球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aと相手部材21とがカシメ締結されて両部材11,21が結合されるようになる。この場合、球状黒鉛鋳鉄部材11及び相手部材21は、それらの同心Yを中心にして回転させられた状態で最終塑性加工のカシメが施されている(図3参照)。
【0025】
ここで、図1に示した状態から図2に示した状態に至るまでのカシメ工程について、模式化した図5及び図3を併せ参照して詳細に説明する。
【0026】
図1に示した状態の球状黒鉛鋳鉄部材11及び相手部材21を同心Y(図3参照)を中心として回転させた状態で、図3に示すように、軸心Xを中心として回転するローラ31cをカシメ部11aに押し当てるように接触(当接)させることで、円筒状のカシメ部11aに対してカシメを開始する。このカシメを開始した直後の状態では、図5(a)に示すように、カシメ部11aのカシメ時における表層部の引張方向と直交する直交方向から回転ローラ31cによって圧縮力が付与されている。次に、図5(b)に示すように、回転ローラ31cを移動させることで、円筒状のカシメ部11aが外方に押し広げられて、カシメの途中の状態でも、折曲したカシメ部11aのカシメ時における表層部の引張方向と直交する直交方向から回転ローラ31cによって圧縮力が付与されている。最後に、図5(c)に示すように、回転ローラ31cを移動させることで、円筒状のカシメ部11aが外方に更に押し広げられて、カシメを終了する直前の状態でも、更に折曲したカシメ部11aのカシメ時における表層部の引張方向と直交する直交方向から回転ローラ31cによって圧縮力が付与されている。
【0027】
なお、本実施の形態のカシメ工程では、図5(a)から図5(b)に至るまでのカシメの途中の状態、及び、図5(b)から図5(c)に至るまでのカシメの途中の状態でも、回転ローラ31cは所定位置に移動されて、カシメ部11aのカシメ時における表層部の引張方向と直交する直交方向から回転ローラ31cによって圧縮力が付与されている。以上のようにして、図1に示した状態から、図5(a)→ 図5(b)→ 図5(c)という継続的な段階を経ることで、球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aは相手部材21に対して徐々にカシメられ、両部材11,21はカシメ締結されて図2に示した状態となる。カシメ工程が終了した図2に示した状態では、球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aが相手部材21の係合部21aにおける傾斜内周面21dに対応するように折曲されて、球状黒鉛鋳鉄部材11の円筒状カシメ部11aは、その外周面11dが相手部材21の円環状係合部21aにおける傾斜内周面21d及び内周面21eに密着した状態でカシメられている。
【0028】
以上詳述した本実施の形態によれば、以下に記す効果が得られるようになる。
【0029】
・前記実施の形態によれば、球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aは、最終塑性加工のカシメの前(カシメ前)に予め塑性加工(塑性変形)されて、その表層部における球状黒鉛の黒鉛形状は、カシメ時におけるカシメ部11aの表層部の引張方向と同方向に伸びる楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状をなすように圧潰変形されている。このため、圧潰変形された黒鉛の伸びる方向(黒鉛形状の伸びる方向)と、カシメ時におけるカシメ部11aの表層部の引張方向とは、カシメ前において一致することとなり、この一致により、カシメ部11aのカシメ時においては、黒鉛形状が球状又は略球状をなす従来技術に係る球状黒鉛の周辺の基地組織に比して、本実施の形態に係る圧潰変形された楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状の黒鉛の周辺の基地組織に発生する応力集中が著しく低減される。そのため、球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11a(特に、表層部において圧潰変形された黒鉛の周辺の基地組織)は、カシメ時に発生する引張応力の応力集中に耐え得るようになっており、当該カシメ部11aを相手部材21にカシメた場合でも、カシメ部11aに割れが発生することを防止できる。
【0030】
・前記実施の形態では、図2に示した球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aにおいて、相手部材21の係合部21aにおける鈍角部21fに密着した部位の屈曲部11gと反対側の位置関係にある部位及びその周辺部位の湾曲部11hは、カシメによる塑性変形量が過大となる部位であるが、カシメ(カシメ工程)の前に予め塑性加工が施されてカシメ時における黒鉛周辺の基地組織に発生する応力集中が著しく低減されていることから、湾曲部11hに発生するおそれのある割れを防止することができる。
【0031】
・前記実施の形態によれば、球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aがカシメ時に割れないことから、球状黒鉛鋳鉄部材11の信頼性及び耐久性の向上を図ることができる。
【0032】
・前記実施の形態によれば、球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aがカシメ時に割れないことから、球状黒鉛鋳鉄部材11以外の態様のカシメ部を備えた球状黒鉛鋳鉄部材(球状黒鉛鋳鉄部品)にも使用することが可能となり、球状黒鉛鋳鉄部材の使用範囲を広げることができるようになる。
【0033】
・前記実施の形態では、球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aに対し、その表層部の球状黒鉛の黒鉛形状がカシメ時における表層部の引張方向と同方向となるように、予め球状黒鉛を楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状の黒鉛形状となるように圧潰して変形させておいた後、その圧潰処理されたカシメ部11aを係合部21aに対してカシメることで、球状黒鉛鋳鉄部材11及び相手部材21をカシメ締結した。このような球状黒鉛鋳鉄部材11の結合方法により、カシメ部11aを係合部21aにカシメて両部材11,21を締結した場合でも、カシメ部11aに割れが発生することを防止できる。従って、球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aのカシメ締結力を長期に渡って良好に維持することができる。
【0034】
・前記実施の形態によれば、球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aのカシメをローラバニシングマシン31を用いて行うことで、従来技術に係る「かしめ機」を用いて行う場合と異なり、カシメ部11aを徐々にカシメていくため、カシメ部11aの割れ防止をより確実なものとすることができる。バニシング(バニシング加工)としては、ローラバニシング(ローラバニシング加工)を用いることが好ましい。
【0035】
なお、前記実施の形態を、以下のように変更して実施することもできる。
【0036】
・前記実施の形態では、球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aに対し、カシメ前に予め塑性加工を施すことにより、その塑性加工後におけるカシメ部11aの表層部では、図4(b)に示すように、球状黒鉛の黒鉛形状が圧潰により積極的に塑性変形されて楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状をなすようになっているが、カシメ前に予め塑性加工を施すことなく、カシメ中、すなわちカシメを行いながら、球状黒鉛の黒鉛形状が前述した楕円状等をなすように球状黒鉛を圧潰変形させるようにしてもよい。
【0037】
例えば、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部の表層部に対し、カシメ時における表層部の引張方向と直交する直交方向から圧縮力を付与して、当該表層部の球状黒鉛をカシメ時における表層部の引張方向に沿って伸びる楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状となるように積極的に圧潰して変形させつつ、当該カシメ部を相手部材21に対して順次カシメていく。以上のように、カシメ中において球状黒鉛を圧潰して変形させながら、カシメ部を相手部材21に順次カシメていった場合でも、カシメ部が割れることはなく、そのカシメ締結力を長期に渡って良好に維持することが可能となる。
【0038】
・前記実施の形態では、球状黒鉛の圧潰を圧延加工により行ったが、その圧延加工に代えて、カシメ時に用いたローラバニシングマシン11(ローラバニシング又はローラバニシング加工)により行ってもよい。このように、球状黒鉛の圧潰をローラバニシングマシン31により行うことで、球状黒鉛をより確実に圧潰して楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状となるように変形させることができる。また、カシメ部11aの表層部における球状黒鉛の圧潰とカシメとを共にローラバニシングマシン11を用いて行うことで、球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aと相手部材21とのカシメ締結を一連の作業で行うことができるため、球状黒鉛鋳鉄部材11の結合方法に係る作業性の向上を図ることができるようになる。
【0039】
・前記実施の形態では、球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aをローラバニシングマシン31を用いてカシメるようにしたが、ローラバニシングマシン31に代えて、従来技術に係る「かしめ機」を用いて一遍にカシメるようにしてもよい。この場合でも、球状黒鉛鋳鉄部材11のカシメ部11aにおける黒鉛周辺の基地組織に発生する応力集中は著しく低減されているため、カシメ部11aが割れることはない。また、カシメに用いる工具としては、本実施の形態に係るローラバニシングマシン31や従来技術に係る「かしめ機」に特に限定されるものではない。要は、カシメ部11aをカシメることができるのであれば、どのようなものを用いてもよい。
【0040】
・前記実施の形態では、カシメ部11aをローラバニシングマシン31によってカシメるようにしたが、ローラバニシングマシン31(ローラバニシング又はローラバニシング加工)以外のバニシングマシン(バニシング又はバニシング加工)によってカシメるようにしてもよい。また、ローラバニシングマシンとしては、前記実施の形態に係るローラバニシングマシン31に特に限定されるものではなく、ローラバニシングマシン31以外のものを用いてもよい。
【0041】
・前記実施の形態では、最終塑性加工のカシメ(カシメ工程)の前に、カシメ部11aの表層部の全てに対して予め塑性加工を施すようにしたが、最終塑性加工のカシメによる塑性変形量が過大となる湾曲部11hに相当する部位に対してのみ予め塑性加工を施すようにしてもよい。また、最終塑性加工のカシメ(カシメ工程)の前に、カシメ部11aの外周面11dに予め塑性加工を施さずに、カシメ部11aの内周面の全部及び/又は一部に対して予め塑性加工を施すようにしてもよい。
【0042】
・前記実施の形態では、球状黒鉛鋳鉄部材11の基地組織が主にパーライトのものを用いたが、球状黒鉛鋳鉄部材の基地組織が主にフェライトのものを用いてもよいし、パーライト及びフェライトの混在しているものを用いてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の球状黒鉛鋳鉄部材は、カシメ部を備えた球状黒鉛鋳鉄部品として利用することができる。例えば、車両の懸架装置部品であるサスペンションアーム等のサスペンション部品や、モーターロータ、シャフトロータ等の駆動部品として利用できる。また、これらの各部品を相手部品にカシメを利用して締結するにあたり、本発明の球状黒鉛鋳鉄部材の結合方法を利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】球状黒鉛鋳鉄部材と相手部材とのカシメ締結前の状態を示す断面図である。
【図2】球状黒鉛鋳鉄部材と相手部材とのカシメ締結後の状態を示す断面図である。
【図3】球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部をローラバニシングマシンによってカシメていく直前の状態を示す部分断面図である。
【図4】(a)球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部において、圧潰されていない球状黒鉛及び基地組織の状態を拡大して示す模式図であり、(b)球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部において、圧潰された球状黒鉛及び基地組織の状態を拡大して示す模式図である。
【図5】(a)球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部をカシメ始めた直後の状態を模式的に示す部分断面図であり、(b)球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部をカシメる途中の状態を模式的に示す部分断面図であり、(c)球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部をカシメ終える直前の状態を模式的に示す部分断面図である。
【符号の説明】
【0045】
11 球状黒鉛鋳鉄部材
11a カシメ部
11f 段部
11g 屈曲部
11h 湾曲部
21 相手部材
21a 係合部
21f 鈍角部
21h 直角部
31 ローラバニシングマシン
31a 本体
31b 軸
31c ローラ(バニシング工具)
X 軸心
Y 同心

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カシメ前において、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部の表層部における球状黒鉛を予め圧潰しておくことにより、その黒鉛形状をカシメ時におけるカシメ部の表層部の引張方向に沿って伸びるように変形させて、当該黒鉛形状が楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状をなしていることを特徴とする球状黒鉛鋳鉄部材。
【請求項2】
カシメ中において、球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部の表層部における球状黒鉛を圧潰することにより、その黒鉛形状は、カシメ時におけるカシメ部の表層部の引張方向に沿って伸びるように楕円状、略楕円状、芋虫状又は略芋虫状に変形されていることを特徴とする球状黒鉛鋳鉄部材。
【請求項3】
カシメ前における球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部に対し、その表層部の球状黒鉛の黒鉛形状がカシメ時におけるカシメ部の表層部の引張方向に沿って伸びるように予め球状黒鉛を圧潰して黒鉛形状を変形させておく圧縮力を付与した後、その圧潰処理された球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部を相手部材に対してカシメることにより、両部材を締結することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄部材の結合方法。
【請求項4】
球状黒鉛鋳鉄部材のカシメ部の表層部に対し、カシメ時におけるカシメ部の表層部の引張方向と直交する直交方向から圧縮力を付与して、前記表層部の球状黒鉛を前記引張方向に沿って伸びる黒鉛形状となるように圧潰して変形させつつ、当該カシメ部を相手部材に対してカシメていくことにより、両部材を締結することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄部材の結合方法。
【請求項5】
請求項3又は請求項4に記載の球状黒鉛鋳鉄部材の結合方法において、前記カシメは、バニシングにより行うことを特徴とする球状黒鉛鋳鉄部材の結合方法。
【請求項6】
請求項3〜請求項5のいずれか一項に記載の球状黒鉛鋳鉄部材の結合方法において、前記圧潰は、バニシングにより行うことを特徴とする球状黒鉛鋳鉄部材の結合方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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