説明

生体分子アレイ

【課題】生体分子を複数の方向で固定化し、固定化の方向による相互作用の違いを評価することを可能とする。
【解決手段】生体分子を固定化したアレイであり、該生体分子の複数の末端部のうち、一つの末端部に存在する官能基またはグループを用いて固体表面に固定化され、該固体表面上に、同一の該生体分子が二つ以上の方向で固定化されている生体分子アレイ

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体分子が有する複数の末端部のうち、一つの末端に存在する官能基またはグループを用いて、生体分子を固体表面に固定化する方法において、同一の固体表面上に複数の固定化方向で生体分子を固定化したアレイに関する。
【背景技術】
【0002】
生体分子の生体内における機能を解析する手段として、生体分子の相互作用が調べられてきた。相互作用を調べる手段の一つとして、結合ペアの一方の分子(A)を固体表面に固定化して、測定対象となる分子(B)との相互作用を解析する方法が一般的に用いられている。最近は生体分子をアレイ状に固定化することで、少ないサンプル量でかつ高いスループットで相互作用が観察されるようになっている。
【0003】
アレイ技術が最も使用されているのは、DNAアレイであろう。DNAアレイでは、DNA分子が固体表面に固定化され、DNAとDNAの相互作用が観察されて、遺伝子の一塩基多型や遺伝子発現が解析されている。最近ではDNAやRNAなどの核酸だけではなく、ペプチド、蛋白質、抗体、糖鎖などの生体分子のアレイが作製され、相互作用を解析されるようになってきた。
【0004】
生体分子が固定化される場合に、その固定化方法についても検討されてきた。固定化する方法として、物理吸着、キレート結合、共有結合、イオン結合、水素結合などが使われてきた。それらの知見より、生体分子を固定化する手段が重要であることは既知である。なぜなら生体分子の活性部位(結合部位)に存在する官能基を介して表面に固定化された場合、生体分子はその活性を保つことはできないからである。
【0005】
そのため、生体分子の末端や、活性の関係のない部分に官能基またはグループを導入しておき、その官能基もしくはグループを介して生体分子を表面に固定化する方法が取られてきた。オリゴDNAの場合、5’末端または3’末端にビオチンを導入して合成し、ストレプトアビジン表面に反応させることで、末端でDNAが固定化され中心の配列には固定化による悪影響を与えないことができる(特許文献1)。また、共有結合でオリゴDNAを固定化する方法としては、チオール末端のDNAを合成し、マレイミド基の表面と反応させることで固定化する方法が示されている(特許文献2)。
【0006】
ペプチドの場合、N末端もしくはC末端にシステインを導入して合成し、ピリジル基を有するジスルフィド表面とチオール−ジスルフィド交換反応させることで固定化する方法が示されている(非特許文献1)。蛋白質の場合は、N末端もしくはC末端にタグを設ける手段により、方向を考慮して固定化する技術が既知である。タグとしてはヒスチジンタグ、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)、エラスチン様タンパク(ELP)などが挙げられ、融合蛋白質として発現される。
【0007】
しかし、いずれの場合も、同一のアレイ上に複数の方向に生体分子を固定化する方法は示されていない。固体表面に生体分子を固定化する場合、固定化の方向によって、相互作用対象の物質が、立体障害によって相互作用しやすいかどうかが異なると予想される。
【0008】
このように、固定化する方向を変えて固体表面上にアレイ状に固定化し、固定化方向によって相互作用の挙動が異なるかどうかを評価する方法は、今まで示されていなかった。すなわち、好ましい固定化方向を評価する手段が示されていなかった。本発明によって、生体分子を複数の方向で固定化し、固定化の方向による相互作用の違いを評価することを可能とする。
【0009】
【特許文献1】米国特許第6207381号公報
【特許文献2】米国特許第6127129号公報
【非特許文献1】Wegnar, Lee and Corn, Anal.Chem.,第74巻,第5161−5168頁、2002年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、生体分子が有する複数の末端部のうち、一つの末端部に存在する官能基またはグループを用いて、生体分子を固体表面に固定化する方法において、同一の固体表面上に複数の固定化方向で生体分子を固定化したアレイを得、このアレイを解析することにより、固定化の方向による相互作用の違いを評価し、生体分子のより詳細な相互作用の解析を可能とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは鋭意検討した結果、以下に示す手段により、上記課題を解決できることを見出した。
1.生体分子を固定化したアレイであり、該生体分子の複数の末端部のうち、一つの末端部に存在する官能基またはグループを用いて固体表面に固定化され、該固体表面上に、同一の該生体分子が二つ以上の方向で固定化されている生体分子アレイ
2.固定化方向によって生体分子の固定化される区画が分けられている1記載の生体分子アレイ
3.上記固体表面が平面基板である1、2いずれか記載の生体分子アレイ
4.上記固体表面が金属である1〜3いずれか記載の生体分子アレイ
5.表面プラズモン共鳴法によって相互作用が観察可能な1〜4いずれか記載の生体分子アレイ
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法により、従来では考慮されなかった、生体分子の方向による相互作用の影響が明らかになり、より詳細な生体分子の解析を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に本発明を詳細に説明する。本発明は、生体分子が有する複数の末端部のうち、一つの末端部に存在する官能基またはグループを用いて、生体分子を固体表面に固定化する方法において、同一の固体表面上に複数の固定化方向で生体分子を固定化したアレイを開示している。
【0014】
生体分子間の相互作用を解析する方法として、結合ペアの一方の生体分子(A)を固体表面に固定化して、測定対象となる生体分子(B)との相互作用を解析する方法が一般的に用いられている。しかし、固定化する生体分子(A)が固定化される方向によって、生体分子(B)との相互作用挙動が異なることは容易に想像がつく。従って、生体分子(A)の固定化方向を制御して固体表面に固定化する技術は非常に重要である。
【0015】
本発明においては生体分子(A)は分子の末端部に存在する官能基もしくはグループを用いて表面に固定化される。生体分子としては、DNAやRNAなどの核酸、ペプチド、蛋白質、抗体、糖鎖などが挙げられるが、分子量500以下の低分子化合物は含まれない。生体分子の形は特に限定されるものではなく、直鎖状でも枝分かれ状でもよい。生体分子には少なくとも二つの末端が存在しており、そのうちの少なくとも一つの末端部には官能基もしくはグループが存在している。
【0016】
本発明において、上記官能基もしくはグループは生体分子(A)の末端部には存在するものの、完全な末端でなくてもよい。すなわち、官能基もしくはグループのさらに末端方向に活性部位(結合部位)を有さない配列が存在してもよい。ただし、活性部位(結合部位)に挟まれて官能基もしくはグループが存在する場合は含まない。
【0017】
官能基もしくはグループとしては、チオール基、マレイミド基、アジリジン基、ビオチン、ヒスチジンタグ、Flagタグ、Mycタグ、V5エピトープ、6×His−Glyエピトープ、GST、マルトース結合蛋白(MBP)、チオレドキシン、ストレプトアビジンやニュートラアビジンを含むアビジン類が好ましい。特にチオール基、ビオチン、GSTが好ましい。逆に生体分子に豊富に存在するアミノ基やカルボキシル基との反応性をもつ官能基であるスクシンイミド基、イソシアネート基、エポキシ基、カルボニルジイミダゾール基などは本発明には好ましくない。
【0018】
生体分子を固体表面に固定化する方法としては、共有結合、水素結合、イオン結合などが挙げられ、ビオチン−アビジン結合、GST−グルタチオン結合、抗原−抗体反応を含む。
【0019】
本発明のアレイでは生体分子(A)は複数の方向で固定化される。ただし、生体分子(A)をランダムな方向で固定化する方法は含まない。例えば、固体表面に導入したカルボキシル基を用いてアミンカップリング法によって蛋白を表面に固定化する方法では、蛋白のどの部分で表面と結合するかは制御困難であり、本発明には当たらない。
【0020】
複数の方向で固定化する方法として、DNAの場合では、同一の配列を有するオリゴDNAにおいて、5’末端にチオール基を有するDNAと、3’末端にチオール基を有するDNAをそれぞれ合成し、同一の基板上にチオールカップリング法によって固定化する方法が挙げられる。ペプチドの場合は同一のアミノ酸残基を有するペプチドにおいて、N末端にシステイン残基を有するペプチドと、C末端にシステイン残基を有するペプチドを二つ合成し、それぞれを同一の基板にチオールカップリング法によって固定化する方法が考えられる。蛋白の場合はN末端にGSTを入れた形と、C末端にGSTを入れた形の両方の融合蛋白質を発現させ、グルタチオン表面に固定化する方法が考えられる。
【0021】
このように生体分子(A)は複数の方向でアレイ状に同一基板表面に固定化され、生体分子(B)との相互作用が観察される。アレイは区画化されており、この際に、生体分子(A)はある区画においては同一の方向性をもって表面に固定化されていることが好ましい。すなわち、区画によって固定化されている方向が異なっている状態のことを言う。この手段によって、生体分子(B)が相互作用しやすい方向を見出すことができる。
【0022】
アレイの区画の形状は特に限定されるものではなく、円形、楕円形のスポット、三角形、四角形、それ以上の多角形、線状の領域など、任意の形状を含む。固体表面上に固定化される生体分子の種類は特に限定されるものではなく、1以上である。ただし、固定化された生体分子のうち、少なくとも一種類は複数の方向で表面に固定化されている。
【0023】
本発明のアレイは平面状の固体基板の上に形成されていることが好ましい。平面であると、生体分子(B)を含むサンプルの量が低減化できる利点を有する。また、ハンドリングに優れている点も見逃せない。さらにはチップ上に液を流すフローセルを形成できることも大きな利点である。固体基板の形状はとくに限定されるものではなく、プレート状、シート状、ブロック状などの形状が一般的である。
【0024】
生体分子(A)を固定化する固体基板の表面は金属であることが好ましく、金であるとさらに好ましい。金属を起点として自己組織化表面(SAMs)を形成させることで表面に官能基を導入できる。導入された官能基を用いて、生体分子(A)を前述のさまざまな方法によって表面に固定化することができる。金属の厚みは特に限定されるものではないが、通常は20nmから200nmの範囲が選択される。また、一成分ではなく、複数の成分が混合されてコーティングされてもよい。または層状に複数の金属が形成されてもよい。金属のコーティング方法も特に限定されるものではないが、蒸着法、スパッタリング法、イオンコーティング法などが用いられる。
【0025】
固体基板は透明であることが好ましい。透明であることで表面プラズモン共鳴(SPR)法などの光学的検出方法が可能となるために好ましい。SPR法はラベルフリーかつリアルタイムに相互作用解析できることが利点である。複数の方向で生体分子が固定化された本発明のアレイは、SPR法によって、好ましい方向がどの方向であるかを見出すことができる。透明基板の素材は特に限定されるものではないが、ガラスやポリカーボネート、ポリオレフィンなどの物質を用いることができる。
【実施例】
【0026】
以下に実施例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0027】
[実施例]
(固定化する生体分子の準備)
表1に示した配列のDNAを5種類、キアゲン社に受託合成した。表に示した5種類については5’末端にチオール基を導入した形で合成した。配列に示すように、チオール基の3’側にチミン(T)を15塩基並べた配列を設計した。これは表面基板から、目的となる配列までの距離を十分に取るためである。収量は0.2μmol、レベルはHPLC精製とし、5’末端にチオール基があるDNA(固定化側DNA)に関しては保護基をつけずに合成依頼した。
5種類の5’チオール末端DNAに対する、相補的なDNAも5種類合成した。この配列は固定化側DNAのチオール基とチミン15塩基を取り去った配列に対して相補的なDNA配列を有する(相補側DNA)。
【0028】
このDNA配列の中には、hNQO1とhNQO1revが含まれる。図1に示すように、hNQO1revはhNQO1の逆向きの配列であり、固定化された場合に、二方向での固定化となる。5’aGt 3’の配列の方にヘテロダイマーのNrf2側が結合すると考えられている。MafG1−123の分子量は14kDa、Nrf2は43kDaである。MafGホモダイマーは対称分子であり、固定化されている配列の方向性は問題にならないと予想される。しかし、MafG/Nrf2ヘテロダイマーは非対称分子であり、Nrf2が結合する方向が表面に近い場合は、立体障害のために結合しにくくなる可能性がある。
【0029】
25μM固定化側DNAと、100μM相補側DNAの5XSSC(75mMSodium Citrate、750mM NaCl、pH7.0)溶液を準備した。この溶液にはトリス(2−カルボキシエチル)ホスフィン(東京化成社製)を1mMの濃度になるように添加し、末端のチオール基の酸化を抑制した。準備した溶液をサーマルサイクラー(アプライドバイオシステムズ社製GeneAmp9700)で94℃に5分間保持し、4℃に急冷して15分、37℃で3時間インキュベートし、DNAをアニールさせた。スポッティング操作を行う前に水で5倍に希釈した。
【0030】
【表1】

【0031】
(チップへの固定化)
表面に金がコーティングされたガラスからなり、アルカンチオール分子が固定されてアミノ基が導入されているMultiSPRinter NHチップ(東洋紡績製)を使用した。スクシンイミド(NHS)基とマレイミド(MAL)基を有するヘテロ二官能型ポリエチレングリコール(NHS−PEG−MAL,Nektar Therapeutics社製)を10mg/mlの濃度でリン酸緩衝液(20mM リン酸、150mM NaCl、pH7.2)に溶解させた。この溶液250μlをMultiSPRinter NHチップ上に滴下し、チップ表面のアミノ基とNHS−PEG−MALのNHS基が反応させ、PEGを介してマレイミド基を表面に導入した。
【0032】
得られたマレイミド化表面にMultiSPRinter自動スポッター(東洋紡績社製)を用いて、アニールさせた5’末端DNA溶液をスポッティングした。スポットの大きさは直径約500μmであり、スポットの中心間の距離は1mmである。溶液をスポット後、チップを湿潤な環境に18時間放置し、表面のマレイミド基とDNAのチオール基を反応させ、DNAを表面に固定化させた。
【0033】
(固定化されなかったDNAの除去)
リン酸バッファーでチップを洗浄したのち、チップを0.1%SDS含有1XSSC溶液に15分間浸漬、次に0.1%SDS含有0.2X SSC溶液に15分間浸漬、最後に0.2X SSCに15分間浸漬し、フリーのDNAを除去した。
【0034】
(測定対象となる蛋白質の準備)
MafGホモダイマーについては、C末端側39アミノ酸残基を省略し、Hisタグ(6XHis)蛋白として大腸菌で発現させた(MafG1−123)MafG1−123はEHRとbZipモチーフを有している。蛋白を発現させたライゼートをSPセファロース(ファルマシア)とProBondレジン(インビトロジェン)を用いて精製した。組み換え蛋白はトロンビンでタグ部分を消化し、SPセファロースで再度精製した。
【0035】
MafG/Nrf2ヘテロダイマーについては、 HisタグNrf2と、タグを除去したMafGを別々に大腸菌内で発現させ、混合することでヘテロダイマーを形成させた。HisタグNrf2はbZipドメインをエンコードするpKI−256からのHindIII/NotIフラグメントをpET−15b(ノバジェン)のXhoIサイトに入れてクローンを作製した。形成したヘテロダイマーはニッケルアフィニティカラムを用いて回収した。
【0036】
(表面プラズモン共鳴の測定)
二重鎖のDNAを固定化したアレイを形成したチップをMultiSPRinter SPRイメージング機器(東洋紡績社製)にセットし、転写因子測定用緩衝液(20mM Hepes、200mM NaCl、4mM MgCl、1mM EDTA・2Na)をフローセル内に流した。SPRからのシグナルが安定したのを確認した後に、200nM MafGホモダイマーを約15分間SPR装置に流しいれ、次に転写因子測定用緩衝液を流しいれて洗浄した。その際のシグナル変化を図2に示す。また、同様のプロトコールで1.5μM MafG/Nrf2ヘテロダイマーを流しいれた場合の結果を図3に示す。
【0037】
(結果と考察)
対称分子であるMafGホモダイマーの結合を観察した結果では、予想通り、hNQO1とhNQO1revの差は全く見られなかった。
しかし、非対称分子であるMafG/Nrf2ヘテロダイマーの結合においては、hNQO1とhNQO1revで結合曲線に大きな差がみられた。このように二つ以上の方向で生体分子を結合することで、アフィニティの違いを解析することができる。結合方向の最適化、結合方向の制御など、さまざまな利点があり、生体分子の解析に非常に効果的である。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の生体分子アレイによって、生体分子の相互作用がより詳細に解析され、医療や創薬などバイオテクノロジーを用いた産業界の技術がさらに進むことが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】実施例でのhNQO1とhNQO1revの固定化方向の違いを示す図。
【図2】実施例でのMafGホモダイマーの結合によるSPRシグナル変化
【図3】実施例でのMafG/Nrf2ヘテロダイマーの結合によるSPRシグナル変化

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体分子を固定化したアレイであり、該生体分子の複数の末端部のうち、一つの末端部に存在する官能基またはグループを用いて固体表面に固定化され、該固体表面上に、同一の該生体分子が二つ以上の方向で固定化されている生体分子アレイ
【請求項2】
固定化方向によって生体分子の固定化される区画が分けられている請求項1記載の生体分子アレイ
【請求項3】
上記固体表面が平面基板である請求項1、2いずれか記載の生体分子アレイ
【請求項4】
上記固体表面が金属である請求項1〜3いずれか記載の生体分子アレイ
【請求項5】
表面プラズモン共鳴法によって相互作用が観察可能な請求項1〜4いずれか記載の生体分子アレイ

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−132963(P2006−132963A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−319144(P2004−319144)
【出願日】平成16年11月2日(2004.11.2)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】