説明

生体分子固定化基板、生体分子輸送基板及びバイオチップ

【課題】基板上に固定化する生体分子の位置や密度、パターン化、配列化を高度に制御でき、固定化した生体分子の流動性及び安定性が高く、該生体分子の生理機能が失活するおそれが低く、生産性が高い生体分子固定化基板及び生体分子輸送基板、並びにバイオチップの提供を目的とする。
【解決手段】基板本体11上に脂質二分子膜12が形成され、脂質二分子膜12に生体分子13が固定化されている生体分子固定化基板1。また、基板本体上に親水部と疎水部からなる所定のパターンが形成されており、前記親水部表面に、生体分子が固定化された脂質二分子膜を自発展開させる生体分子輸送基板。また、生体分子固定化基板1又は生体分子輸送基板を用いたバイオチップ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体分子固定化基板、生体分子輸送基板及びバイオチップに関する。
【背景技術】
【0002】
固体基板上に、生体分子を二次元的に配列して固定化したバイオチップは、医療診断、環境センシング、ナノバイオオプティクス・エレクトロニクスなどの幅広い分野における基盤素子として期待されている。特に、バイオ・環境センシング素子や医薬品開発においては、基板上に特定多数の生体分子を所望のパターンで固定化し、生体分子の種類や濃度、あるいは生体分子間の相互作用(活性検出、分子認識など。)をハイスループットで調査、診断できるバイオチップは、多大な市場価値をもたらすと期待されている。
【0003】
また、これらの産業分野だけでなく、酵素、抗体をはじめとするタンパク質やDNAなどの機能性生体分子を、非破壊で安定して基板上に固定化する方法は、生体組織内で起こる生体分子間の反応機構を解明する基礎研究分野においても重要である。
生体組織は、細胞内で、タンパク質同士の相互作用や、イオン、電子、化学物質などの信号の伝達により、情報交換を行うことで生体機能を発現する。生体組織における生理学的な機構を解明する場合、細胞内のような多数の生体分子が存在する複雑系を用いると、分子レベルでの生体分子間の相互作用や信号伝達の解析は非常に難解となる。そのため、特定の生体分子を基板上に固定化し、簡略化した生体モデルを構築することで、各生体分子の相互作用や情報伝達機構、あるいは構造変化などの時間的変動を簡便に追跡できるバイオチップの開発が求められている。
【0004】
特にタンパク質などの生体分子を基板上に固定化する方法としては、ビオチン−ストレプトアビジン間の特異的な結合を利用する方法が広く用いられている(非特許文献1)。該方法では、一般的に、末端を修飾したビオチン分子を基板上に固定化し、該ビオチン分子に、ビオチンを特異的に認識するストレプトアビジンを結合させ、該ストレプトアビジンに、ビオチン化されたタンパク質を結合させる方法が用いられる。
また、自己組織化膜を形成した基板やレジストを塗布した基板に、紫外線を照射してパターンを描画し、該パターン上にビオチン−ストレプトアビジン結合を介してタンパク質を固定化する、タンパク質のパターンニング方法が知られている(非特許文献2、3)。
ビオチン−ストレプトアビジン結合を利用する方法では、タンパク質を、活性を保ったまま基板上に固定化できる。具体的には、アルカンチオールを脂質部分に有するビオチン脂質を金表面に結合させ、ストレプトアビジン、ビオチン標識したanti−HCG(human chorionic gonadotropin)−Fabフラグメント、及びHCGを順に結合させた場合に、固定化したタンパク質の分子認識能が保持されていることが表面プラズモン共鳴測定により確認されている(非特許文献4)。
しかし、該方法は、基板に結合するためのビオチン分子の末端修飾や、タンパク質の末端をビオチン化する修飾が必要であるため、その反応収率、時間的効率を考慮すると、バイオチップの大量生産には不向きである。
【0005】
また、基板上にタンパク質を固定化する方法としては、ビオチン−ストレプトアビジン結合を利用する方法以外に、有機分子の自己組織化膜を用いる方法がある。例えば、下記に示す方法が挙げられる。
金基板上に、3−メルカプトプロピオン酸や11−メルカプトウンデカン酸などの自己組織化膜を形成する。次いで、該自己組織化膜の上側に位置する末端のカルボキシ基に、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノ)プロピルカルボジイミドを触媒として、N−ヒドロキシスクシンイミドをカップリングする。次いで、該自己組織化膜の最表面にあるスクシンイミド基と、タンパク質のアミノ酸末端(N末端)とを選択的に結合させ、タンパク質を基板上に固定化する(非特許文献5)。
しかし、該方法は、一般に末端がチオール化された化合物を用いる必要があるため、金基板のような特定の基板上にしかタンパク質を固定化することができない。また、最終的にタンパク質を結合するには、基板の前処理として、数種のスペーサー分子を結合させる必要があり、反応プロセスが多段階にわたるため工程が煩雑になる。また、反応が多段階になるほど、基板上にタンパク質を固定化する効率が低くなる。
【0006】
その他、基板上にタンパク質を化学的に固定化したり、パターンニングしたりする方法が知られている。具体的には、タンパク質を、スペーサー分子を介した共有結合により、基板上に強固に固定化する方法が挙げられる(非特許文献6)。
しかし、生体分子は本来流動性のある媒質中で活動しているのに対し、該方法はスペーサー分子により生体分子を基板上に強固に固定するため、生体分子の流動性が失われる。また、スペーサー分子と共有結合することで、生体分子自体の構造が変化する可能性があるため、固定化により生体分子本来の機能や活動が制限され、生理機能が損なわれるおそれがある。
【0007】
固定化する生体分子の生理機能が損なわれることを抑制する方法としては、タンパク質を金基板上に固定化し、該タンパク質の周囲をチオール化脂質分子の自己組織化膜で被覆することで、基板上に擬似的な細胞膜構造を形成する方法が示されている(非特許文献7)。該方法では、タンパク質が脂質分子で包囲されているため、比較的生理条件に近い状態で生体分子を基板上に固定化できる。
しかし、該方法でバイオチップを作製すると、脂質分子が金−チオール結合により基板に強く結合され、形成される脂質膜に柔軟性がなくなるため、該脂質膜の機能が時間とともに低下するおそれがある。また、タンパク質も直接基板に担持されるため、基板との相互作用が強く、タンパク質本来の構造や機能を保持したまま長時間安定して固定化できない可能性がある。そのため、このような方法は、長期保存やバイオチップの用途としては信頼性が低い。
【0008】
以上のように、バイオセンサやバイオチップ等への適用が検討されている従来の生体分子固定化基板は、生体分子の固定化手法が煩雑なために生産性が低く、固定化する基板が限定されるうえ、固定化した生体分子の流動性及び安定性が低くなり、該生体分子の生理機能が失活するおそれがある。また、従来の生体分子固定化基板では、生体分子の流動性が低いため、基板上で生体分子を移動させ、所望の位置に輸送することはできない。さらに、基板上に固定化する生体分子の位置や密度、パターン化や配列化の制御はまだまだ不充分であり、それらの制御のさらなる向上が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】V. H. Perez-Lunら、「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティ(Journal of American Chemical Society)」、第121巻、1999年、第6469−6478頁
【非特許文献2】J. Dohら、「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティ(Journal of American Chemical Society)」、第126巻、2004年、第9170−9171頁
【非特許文献3】K. L. Christmanら、「ラングミュア(Langmuir)」、第22巻、2006年、第7441−7450頁
【非特許文献4】W. Mullerら、「サイエンス(Science)」、第262巻、1993年、第1706−1708頁
【非特許文献5】M. Veisehら、「ラングミュア(Langmuir)」、第18巻、2002年、第6671−6678頁
【非特許文献6】A. S. Blawasら、「バイオマテリアルズ(Biomaterials)」、第19巻、1998年、第595−609頁
【非特許文献7】D. A. Cisnerosら、「アンゲヴァンテ・ ケミィ・インターナショナル・エディション(Angewandte Chemie International Edition)」、第45巻、2006年、第3252−3256頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、基板上に固定化する生体分子の位置や密度、パターン化、配列化を高度に制御でき、固定化した生体分子の流動性及び安定性が高く、該生体分子の生理機能が失活するおそれが低く、生産性が高い生体分子固定化基板、及び基板上の所望の位置に生体分子を輸送できる生体分子輸送基板、並びにそれらを用いたバイオチップの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。
[1]基板本体上に脂質二分子膜が形成され、該脂質二分子膜に生体分子が固定化されていることを特徴とする生体分子固定化基板。
[2]前記脂質二分子膜が、ヒスチジン残基と結合するニッケル錯体部位を有するニッケル錯体脂質分子を含み、前記生体分子がヒスチジン残基を有しており、前記ニッケル錯体脂質分子のニッケル錯体部位と、前記生体分子のヒスチジン残基の結合により該生体分子が固定化されている、前記[1]に記載の生体分子固定化基板。
[3]前記生体分子が、抗原、抗体、酵素、膜タンパク質、受容体型タンパク質、蛍光タンパク質、細胞骨格、モータータンパク質からなる群から選ばれる少なくとも1種の機能性タンパク質であり、かつ該機能性タンパク質の末端がヒスチジンタグ化されている、前記[2]に記載の生体分子固定化基板。
[4]前記脂質二分子膜が、前記ニッケル錯体脂質分子により形成されたドメイン領域、及びニッケル錯体部位を有さない脂質分子により形成されたドメイン領域からなる脂質二分子膜である、前記[2]又は[3]に記載の生体分子固定化基板。
[5]前記脂質二分子膜中に前記ニッケル錯体脂質分子が均一に分散している、前記[2]〜[4]のいずれかに記載の生体分子固定化基板。
[6]基板本体上に脂質二分子膜が形成され、該脂質二分子膜に生体分子が固定化された基板であって、前記基板本体上に親水部と疎水部からなる所定のパターンが形成されており、前記脂質二分子膜が、前記親水部表面に、生体分子が固定化された脂質二分子膜を自発展開させて形成されることを特徴とする生体分子輸送基板。
[7]前記[1]〜[5]に記載の生体分子固定化基板又は前記[6]に記載の生体分子輸送基板を用いたバイオチップ。
[8]多検体の生体分子をハイスループットスクリーニング検出するバイオチップであって、種類及び/又は濃度の異なる複数の生体分子が、脂質二分子膜に固定化され、前記基板本体上の所定の位置に配置された、前記[7]に記載のバイオチップ。
【発明の効果】
【0012】
本発明の生体分子固定化基板は、基板上に固定化する生体分子の位置や密度、パターン化、配列化を高度に制御できる。また、固定化した生体分子の流動性及び安定性が高く、該生体分子の生理機能が失活するおそれが低く、生産性も高い。
本発明の生体分子輸送基板は、さらに基板上の所望の位置に生体分子を輸送できる。
また、本発明は、前記生体分子固定化基板又は生体分子輸送基板を用いたバイオチップを提供する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の生体分子固定化基板の実施形態の一例を示した概念図である。
【図2】図1の生体分子固定化基板におけるニッケル錯体脂質分子(a)及び飽和脂質分子(b)を示した図である。
【図3】本発明の生体分子固定化基板における脂質二分子膜のパターン化の例を示した概念図である。
【図4】基板本体上にパターン化した脂質二分子膜を形成する方法の一工程を示した部分断面図である。
【図5】基板本体上に生体分子を所定のパターンで固定化する方法の一工程を示した部分断面図である。
【図6】本発明の生体分子固定化基板の他の実施形態例を示した概念図(a)、及び該基板に用いる不飽和脂質分子を示した図である。
【図7】本発明の生体分子輸送基板における脂質二分子膜の自発展開の様子を示した斜視図(a)、及びその領域Xの拡大図(b)である。
【図8】本発明のバイオチップの実施形態の一例を示した斜視図である。
【図9】実施例1〜3における脂質二分子膜のAFM像及び該AFM像中の直線部分の脂質二分子膜の高さ情報である。
【図10】実施例1〜3における基板のレーザー蛍光顕微鏡による蛍光像である。
【図11】実施例4及び比較例1における基板のレーザー蛍光顕微鏡による蛍光像である。
【図12】実施例5の生体分子輸送基板における脂質二分子膜の自発展開を観察した蛍光像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<生体分子固定化基板>
本発明の生体分子固定化基板は、基板本体上に脂質二分子膜が形成され、該脂質二分子膜に生体分子が固定化されていることを特徴とする。
【0015】
基板本体としては、安定に脂質二分子膜を形成できる親水性の基板が好ましく、例えば、ガラス、石英、シリコン、サファイア、マイカ(雲母)などからなる基板を用いることができる。また、疎水性の基板の表面に、化学洗浄、分子修飾などの処理を施し、表面を親水化したものを用いてもよい。
基板本体は、膜厚4〜5nm程度の脂質二分子膜を形成することが容易な点から、ナノメートルスケールの平坦性を有するものが好ましい。
基板本体の厚さは、0.1〜20mmが好ましい。
【0016】
本発明における脂質二分子膜とは、基板に支持された(人工)脂質二分子膜である。脂質二分子膜は、両親媒性分子であるリン脂質などの脂質分子が二層構造を形成した膜であり、生体膜の最も基本的な構造である。
脂質分子おいては、各脂質の疎水部のアシル鎖長、アシル鎖内の二重結合の有無、さらにその二重結合の部位と数は特に限定されない。本明細書中では、アシル鎖中に二重結合部位を含まない脂質分子を飽和脂質分子、アシル鎖中に二重結合部位を含む脂質分子を不飽和脂質分子という。
脂質分子の種類としては、例えば、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジルイノシトールホスフェイト(PIP)、ホスファチジン酸(PA)、ホスファチジルグリセロール(PG)、スフィンゴ脂質などが挙げられる。これら脂質分子は、1種類のみを使用してもよく、2種類以上を併用してもよい。
【0017】
本発明の生体分子固定化基板における脂質二分子膜は、ニッケル錯体脂質分子を含むことが好ましい。すなわち、脂質二分子膜への生体分子の固定化は、ニッケル錯体脂質分子を用いて行うことが好ましい。ニッケル錯体脂質分子とは、ヒスチジン残基と結合するニッケル錯体部位を有する脂質分子である。ニッケル錯体部位は、ヒスチジン残基を有する分子と特異的に相互作用(配位結合)するため、末端にヒスチジン残基を有する生体分子を脂質二分子膜表面に選択的に固定化できる。ニッケル錯体部位としては、ニトリロ三酢酸とニッケルの錯体が挙げられる。
基板本体上に、ニッケル錯体脂質分子を含む脂質二分子膜を形成させ、該脂質二分子膜に、末端にヒスチジン残基を有する生体分子を作用させることで、該ニッケル錯体部位と生体分子のヒスチジン残基の結合により生体分子が固定化される。
【0018】
脂質二分子膜に固定化する生体分子は、当該生体分子との間に何らかの相互作用(化学結合の形成、吸着など。)を生じ得る特異結合物質が存在する生体由来の分子であり、末端にヒスチジン残基を有する。すなわち、検体となる試料中の目的物質や候補目的物質(生体に由来するタンパク質、ペプチド、低分子化合物など。)と特異的に結合または吸着でき、かつ末端にヒスチジン残基を有する分子である。
【0019】
生体分子としては、生体分子間の特異的な相互作用を活かしたバイオチップを開発できる点から、末端がヒスチジンタグ化された機能性タンパク質が好ましい。
機能性タンパク質としては、抗原、抗体、酵素、膜タンパク質、受容体型タンパク質、蛍光タンパク質、細胞骨格及びモータータンパク質からなる群から選択される少なくとも1種が好ましい。
ただし、生体分子は、特異的に相互作用する特異結合物質が存在し、末端にヒスチジン残基を有するものであれば、ヒスチジンタグ化された機能性タンパク質には限定されない。例えば、ヒスチジンタグ化された糖鎖化合物、DNA、RNAなどを用いることもできる。
【0020】
ヒスチジンタグは、3〜10個のヒスチジン残基が連なるヒスチジン連鎖が好ましい。ヒスチジン残基が3個以上であれば、ニッケル錯体部位との結合の安定性が向上する。また、ヒスチジン残基が10個以下であれば、分子内での立体障害が生じにくい。
また、ニッケル錯体部位とヒスチジン残基の配位結合は、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)などのキレート剤を添加することで解離できる。そのため、脂質二分子膜上に固定化した生体分子は自由に脱離させることができるので、脂質二分子膜を形成した基板は再利用が可能である。
【0021】
このように、ニッケル錯体脂質分子と末端にヒスチジン残基を有する生体分子を用いることにより、脂質二分子膜に生体分子を固定化できる。脂質二分子膜は、ニッケル錯体脂質分子のみからなる膜であってもよく、ニッケル錯体脂質分子と他の脂質分子からなる膜であってもよい。ここで、他の脂質分子とは、ニッケル錯体部位を有さない飽和脂質分子又は不飽和脂質分子である。本発明の生体分子固定化基板では、ニッケル錯体脂質分子と、他の脂質分子を混合して脂質二分子膜中のニッケル錯体脂質分子の分布を制御することで、基板に固定化する生体分子の分布を制御できる。
具体的には、脂質二分子膜中に、ニッケル錯体脂質分子からなるドメイン領域と、他の脂質分子からなるドメイン領域とを形成させ、ニッケル錯体脂質分子を基板上で相分離させることで、基板上で生体分子を局在化させることができる。また、脂質二分子膜中でニッケル錯体分子と他の脂質分子を共に均一に分散させることで、基板上に生体分子を均一に固定化できる。
【0022】
以下、本発明の生体分子固定化基板の実施形態の一例を示して詳細に説明する。
(第1実施形態)
本実施形態の生体分子固定化基板1は、図1に示すように、基板本体11と、基板本体11上に形成された脂質二分子膜12と、脂質二分子膜12に固定化された生体分子13とを有している。
【0023】
基板本体11は、平板状の基板であり、ナノメートルスケールの平坦な表面を有する。
脂質二分子膜12は、不飽和型のニッケル錯体脂質分子14と、飽和脂質分子15からなる。
本実施形態のニッケル錯体脂質分子14は、1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−[(N−(5−アミノ−1−カルボキシペンチル)イミノジアセティックアシッド)スクシニル](ニッケル塩)(1,2-dioleoyl-sn-glycero-3-[(N-(5-amino-1-carboxypentyl)iminodiaceticacid)succinyl] (Nickel salt))である。ニッケル錯体脂質分子14は、図2(a)に示すように、二重結合を含むアシル鎖からなる疎水部14aと、疎水部14aと結合している親水部14bと、親水部14bに結合しているニッケル錯体部14cとからなる。ニッケル錯体脂質分子14のゲル−液晶相転移温度は−20℃である。
飽和脂質分子15は、1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−フォスフォコリン(1,2-distearoyl-sn-glycero-3-phosphocholine、DSPC)である。飽和脂質分子15は、図2(b)に示すように、直鎖状のアシル鎖からなる疎水部15aと、疎水部15aと結合している親水部15bとからなる。飽和脂質分子15のゲル−液晶相転移温度は55℃である。
生体分子13は、末端にヒスチジンタグ13aを有している。
【0024】
生体基板固定化基板1では、不飽和型のニッケル錯体脂質分子14と飽和脂質分子15の混合脂質を用いることで、ニッケル錯体脂質分子14と飽和脂質分子15が相分離した脂質二分子膜12が形成される。このように脂質分子が相分離してドメイン領域が形成されるのは、ニッケル錯体脂質分子14と飽和脂質分子15の流動性が異なるためである(L. J. Johnston、「ラングミュア(Langmuir)」、第23巻、2007年、第5886−5895頁)。
このドメイン領域を有する脂質二分子膜の構造は、多くの場合、アシル鎖同士の疎水性相互作用が強い飽和脂質分子(飽和脂質分子15)が密に集合したドメイン領域を形成し、その周囲を流動性の高い不飽和脂質分子(ニッケル錯体脂質分子14)が取り囲む相分離構造となる。ドメイン領域の大きさは、脂質二分子膜を形成する際、用いる各脂質分子のゲル−液晶相転移温度を考慮した最適な温度で熱処理を行うことで適宜変化させることができる。熱処理温度、熱処理時間、室温までの降温速度等がドメイン領域の大きさを決定する重要なパラメータとなる。また、ドメイン領域の大きさは、用いる各脂質分子のモル比を調節することによっても調節できる。
【0025】
生体分子13は、ヒスチジンタグ13aとニッケル錯体脂質分子14のニッケル錯体部位14cが結合することで、脂質二分子膜12中のニッケル錯体脂質分子14上に選択的に固定化される。
生体分子固定化基板1では、脂質二分子膜12中のニッケル錯体脂質分子14のドメイン領域の大きさを調節することで、生体分子13を自由に高密度化したり局在化させたりできる。また、生体分子13は末端にヒスチジン残基を有するので、生体分子13を脂質二分子膜12上に配向を揃えて固定化できる。
【0026】
生体分子固定化基板1は、以下に示す方法で製造できる。
基板本体11上に脂質二分子膜12を形成する方法としては、緩衝液内に作製した脂質ベシクルを基板本体11上に展開し、該脂質ベシクルが基板本体11表面に衝突することで脂質二分子膜を形成させるベシクルフュージョン法が好ましい。ベシクルフュージョン法によれば、基板本体11上に膜厚4〜5nm程度の脂質二分子膜12の単分子膜を容易に形成できる。ただし、基板本体11上に脂質二分子膜12を形成する方法は、ベシクルフュージョン法には限定されず、基板本体11上に安定して脂質二分子膜12を形成できる方法であれば、公知のいずれの方法を適用してもよい。
生体分子13を固定化する方法としては、生体分子を含む緩衝液を脂質二分子膜12上に添加し、30分〜数時間、室温で静置した後、緩衝液を滴下して上澄み液を取り除く処理を繰り返して洗浄し、未固定の生体分子13を除去する方法が好ましい。
また、生体分子固定化基板1に固定化した生体分子13は、EDTAなどのキレート剤を添加することで脱離させることができ、脂質二分子膜12を有する基板は再利用できる。
【0027】
生体分子固定化基板1は、脂質二分子膜12中のニッケル錯体脂質分子14からなるドメイン領域14Aと飽和脂質分子15からなるドメイン領域15Aを所定のパターンで形成し、生体分子14を所定のパターンでより精密に制御して固定化できる。例えば、図3し示す(a)〜(f)のパターンが挙げられる。
(a)円形状のドメイン領域15Bと、基板1上のドメイン領域15Bの周りを占めるドメイン領域15Aとが形成されるパターン。
(b)長方形状のドメイン領域15Aとドメイン領域15Bが、基板1を半分に分割するように形成されるパターン。
(c)2つのドメイン領域15Aと2つのドメイン領域15Bとを交互に、基板1を四分割するように配置されるパターン。
(d)基板1の中心に円形状のドメイン領域15Bが形成され、その周りに輪形状のドメイン領域15Aとドメイン領域15Bが交互に2つずつ形成され、さらにその周囲の残りの領域にドメイン領域Aが形成されているパターン。
(e)複数のドメイン領域15Aとドメイン領域15Bを交互に縞状に形成されるパターン。
(f)ドメイン領域15Aとドメイン領域15Bを交互に碁盤目状に形成されるパターン。
【0028】
図3(a)〜(f)に例示したようなパターンの脂質二分子膜12を形成する方法としては、例えば、下記工程(i)〜(iii)を有する方法が挙げられる。
(i)基板本体11表面にリソグラフィー技術で微細加工を施し、図4(a)に示すように、所望の形状の凹凸パターンを描画した基板本体11Aを得る。このとき、凸部上にレジスト薄膜16を残存させる。
(ii)飽和脂質分子15を基板本体11A上に展開し、図4(b)に示すように、基板本体11Aの凹部に飽和脂質分子15からなる脂質二分子膜を形成する。
(iii)図4(c)に示すように、凸部上のレジスト薄膜16を除去し、ニッケル錯体脂質分子14を基板本体11A上に展開して、図4(d)に示すように、基板本体11Aの凸部にニッケル錯体脂質分子14からなる脂質二分子膜を形成する。
【0029】
工程(i):
基板本体11表面への凹凸パターンの形成は、公知のリソグラフィー技術が適用できる。該凹凸パターンの大きさは、通常のリソグラフィー技術によれば、幅、深さ共に数10nm〜数mmの範囲で幅広く制御できる。凹部及び凸部の幅は、バイオチップの高密度化を考慮すると、10nm〜1μmが好ましい。また、凹部の深さ(凸部の高さ)は、同様の理由から、10nm〜100nmが好ましい。
【0030】
工程(ii):
飽和脂質分子15は、ベシクルフュージョン法により基板本体11A上に展開する。脂質分子はレジスト薄膜16上には吸着しない。基板本体11A上に飽和脂質分子15を展開した後、60〜80℃の温度で熱処理を施すことにより、凹部のみで飽和脂質分子15からなる安定な脂質二分子膜が形成される。
【0031】
工程(iii):
凸部上に残存するレジスト薄膜16を紫外線照射により除去し、緩衝液で基板上を繰り返し洗浄する。ニッケル錯体脂質分子14をベシクルフュージョン法で基板本体11A上に展開する。ニッケル錯体脂質分子14は、飽和脂質分子15が膜形成していない凸部上に堆積し、脂質二分子膜を形成する。
凹部では飽和脂質分子15が最密充填構造の密な脂質二分子膜を形成しており、該脂質二分子膜にニッケル錯体脂質分子14が混入することはほとんどないと考えられる。飽和脂質分子15の脂質二分子膜上に、ニッケル錯体脂質分子14の脂質二分子膜が積層することも考えられるが、その場合は緩衝液で繰り返し洗浄することで積層膜を容易に除去できる。
【0032】
前記工程(i)〜(iii)によるパターン形成方法では、基板本体11としてガラス基板や金属基板などを用いる場合、ニッケル錯体脂質分子14と飽和脂質分子15で基板表面全体を被覆することが好ましい。ガラス基板や金属基板の表面には生体分子14が吸着しやすい。そのため、それらの基板の表面が露出していると、ニッケル錯体脂質分子14以外の場所でも生体分子13が固定化され、所望のパターンで選択的に生体分子13を固定化することが困難になる。
また、生体分子固定化基板1においては、工程(ii)において、飽和脂質分子15の代わりにニッケル錯体脂質分子14を用いて凹部に脂質二分子膜を形成させ、工程(iii)において、ニッケル錯体脂質分子14の代わりに飽和脂質分子15を用いて脂質二分子膜を形成させてもよい。
【0033】
前記工程(i)〜(iii)の後、基板本体11A上の所定のパターンの脂質二分子膜12に、生体分子13を作用させることで、図5に示すように、生体分子13を基板本体11A上に所定のパターンで固定化できる。
このように、ニッケル錯体脂質分子14と飽和脂質分子15のドメイン領域を所定のパターンで形成した生体分子固定化基板1は、高効率、高密度で生体分子13を固定化できるため、バイオチップとして好適である。さらに、ナノスケールでパターン化された生体分子固定化基板1を用いれば、図3(a)〜(f)に例示したようなパターンで生体分子13を配列させて固定化したり、分子レベルで孤立させて固定化したりすることもできる。このような基板は、分子レベルでの生体分子間の反応メカニズムを解析する基板材料として有用である。
なお、該方法を用いれば、ニッケル錯体脂質分子14と飽和脂質分子15のような、飽和脂質分子と不飽和脂質分子の組み合わせを用いなくても、図3(a)〜(f)に例示したようなパターン化が可能である。例えば、不飽和型のニッケル錯体脂質分子と不飽和脂質分子の組み合わせであっても、前記工程(i)〜(iii)を行うことにより所定のパターンで脂質二分子膜を形成し、そのパターンで生体分子を固定化できる。
【0034】
(第2実施形態)
本実施形態の生体分子固定化基板2は、図6(a)に示すように、基板本体21と、基板本体21上に形成された脂質二分子膜22と、脂質二分子膜22に固定化された生体分子23とを有している。
基板本体21は、平板状の基板であり、ナノメートルスケールの平坦な表面を有する。
脂質二分子膜22は、不飽和型のニッケル錯体脂質分子24と、不飽和脂質分子25からなる。
ニッケル錯体脂質分子24は、第1実施形態のニッケル錯体脂質分子14と同じである。
不飽和脂質分子25は、1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−フォスフォコリン(1,2-dioleoyl-sn-glycero-3-phosphocholine、DOPC)である。不飽和脂質分子25は、図6(b)に示すように、二重結合を含むアシル鎖からなる疎水部25aと、疎水部25aと結合している親水部25bとからなる。不飽和脂質分子25のゲル−液晶相転移温度は−22℃である。
生体分子23は、第1実施形態の生体分子13と同様に、末端にヒスチジンタグ23aを有している。生体分子23は、生体分子13と同じものが挙げられ、好ましい態様も同じである。
【0035】
生体分子固定化基板2では、共に流動性の高い不飽和脂質分子同士を用いるため、ニッケル錯体脂質分子24と不飽和脂質分子25がそれぞれ均一に分散した脂質二分子膜22が形成される。この脂質二分子膜22のニッケル錯体脂質分子24に生体分子23を固定化することで、脂質二分子膜22上に、生体分子23を均一に分散させて固定化できる。
生体分子固定化基板2の製造方法は、ニッケル錯体脂質分子24と不飽和脂質分子の混合脂質を用いる以外は、第1実施形態の生体分子固定化基板1と同じ製造方法が用いられる。また、生体分子固定化基板2に固定化した生体分子23は、EDTAなどのキレート剤を添加することで脱離させることができ、脂質二分子膜22を有する基板は再利用できる。
【0036】
以上説明した本発明の生体分子固定化基板は、生体分子の固定化に脂質二分子膜を利用している。脂質二分子膜は細胞膜の基本構造であり、基板上に形成した脂質二分子膜に生体分子を固定化することで、生理条件に近い環境で生体分子が存在し得る。そのため、生体分子を非破壊で、かつ生理機能を保持したまま、長期間安定して基板上に担持でき、生体分子の生理機能の失活を抑制できる。また、不飽和型のニッケル錯体脂質分子を利用すれば、固定化した生体分子の流動性が特に優れた生体分子固定化基板が得られる。また、用いる脂質分子の種類及び混合比の調節、前記工程(i)〜(iii)のようなパターン形成方法により、基板上に固定化する生体分子の位置や密度、パターン化、配列化を高度に制御できる。また、生体分子固定化基板は、固定化の際の基板に対する処理が比較的少なく生産性が高い。
【0037】
なお、本発明の生体分子固定化基板は、前述の生体分子固定化基板1、2には限定されない。例えば、飽和型のニッケル錯体脂質分子と飽和脂質分子の組み合わせ、又は飽和型のニッケル錯体脂質分子と不飽和脂質分子の組み合わせを用いて脂質二分子膜を形成した生体分子固定化基板であってもよく、ニッケル錯体脂質分子のみを用いて脂質二分子膜を形成した生体分子固定化基板であってもよい。
また、脂質二分子膜への生体分子の固定化は、ニッケル錯体脂質分子と、末端にヒスチジン残基を有する生体分子を用いる方法には限定されず、例えば、ビオチン化された脂質分子にストレプトアビジンを介して、ビオチン化タンパク質を固定化する方法であってもよい。
【0038】
<生体分子輸送基板>
本発明の生体分子輸送基板は、前述した生体分子固定化基板と同様に、基板本体上に脂質二分子膜が形成され、該脂質二分子膜に生体分子が固定化される基板であり、前記基板本体上に親水部と疎水部からなる所定のパターンが形成されており、前記脂質二分子膜が、前記親水部表面に、生体分子が固定化された脂質二分子膜を自発展開させて形成される基板である。
室温で流動性の高い不飽和脂質分子(不飽和脂質分子25、卵黄由来のホスファチジルコリンなど。)及び不飽和型のニッケル錯体脂質分子(ニッケル錯体脂質分子14など。)を混合した脂質二分子膜は、自発展開現象を発現する。また、特開2007−248290号公報には、基板表面に親水部及び疎水部からなるパターンを形成することで、脂質二分子膜の自発展開を制御できることが示されている。自発展開とは、基板表面上を、脂質二分子膜が自己組織化によって成長しつつ広がっていくことをいう。自発展開は、通常、緩衝液中で生じる。
本発明の生体分子輸送基板は、生体分子を固定化した脂質二分子膜の自発展開を制御することで、生体分子の基板上での輸送を可能にしたものである。
【0039】
以下、本発明の生体分子輸送基板の実施形態の一例を示して詳細に説明する。
本実施形態の生体分子輸送基板3は、図7に示すように、表面に親水部32及び疎水部33からなるパターンが形成された基板本体31を有しており、生体分子35が固定化された脂質二分子膜34が親水部32に自発展開される。すなわち、基板本体31表面における親水部32が脂質二分子膜34を自発展開させる流路となり、該流路である親水部32を経由して生体分子35が輸送される。
【0040】
基板本体31の材質としては、ガラス、石英、シリコン、サファイア、マイカ(雲母)などが挙げられる。更に、基板の表面を親水性にするような表面修飾を施したものを用いてもよい。
【0041】
疎水部33の材質としては、例えば、フォトレジストなどの樹脂、金、チタンなどの金属類が用いられる。
親水部32は、試料収容部32a及び32bと、試料収容部32aと試料収容部32bを連絡する複数の流路案内部32cからなる。親水部32は、すべて基板本体31の親水性の表面から構成される。すなわち、親水部32は、親水性の表面を有する基板本体31の表面に、フォトレジストなどで疎水膜を形成し、該疎水膜を所定のパターンで剥離することにより形成される。
表面に親水部32及び疎水部33からなるパターンが形成された基板本体31は、特開2007−248290号公報に記載の方法で製造できる。
【0042】
試料収容部32aに生体分子が固定化された脂質二分子膜34を配置し(図7、点S)、親水部32が覆われるように基板本体31表面に緩衝液を滴下する。これにより、脂質二分子膜34が流路案内部32cを経由して他方の試料収容部32bまで自発展開し、脂質二分子膜34に固定化された生体分子35が試料収容部32bまで輸送される。
【0043】
以上説明した本発明の生体分子輸送基板は、生体分子を脂質二分子膜に固定化するため、固定化した生体分子の流動性が高く、基板上で生体分子を輸送できる。また、脂質二分子膜上に固定化することで生体分子の安定性が高くなるため、その生理機能の失活を抑制できる。また、生体分子輸送基板は、生産性が高い。
なお、本発明の生体分子輸送基板は、前述した生体分子固定化基板3には限定されない。例えば、親水部32及び疎水部33からなるパターンは特に限定されず、所望の流路が形成されるように適宜選定できる。
【0044】
<バイオチップ>
本発明のバイオチップは、前述した本発明の生体分子固定化基板又は生体分子輸送基板を用いたものである。
生体分子の診断、検出では、多くの場合、試料中には多検体の分子が含まれる。そのため、バイオチップには、多検体の分子を同時に、短時間で、分子選択的に判定、定量できるように素子構造化されることが求められる。すなわち、バイオチップには、検体となる生体分子のハイスループットスクリーニング機能が付与されることが求められる。
【0045】
本発明のバイオチップは、検出部として、種類及び/又は濃度が異なる特定の生体分子がそれぞれ固定化された脂質二分子膜が形成される生体分子配置部を複数設けることで、ハイスループットスクリーニング機能が付与できる。かかるバイオチップの素子構造としては、基板本体上の親水部及び疎水部のパターンを利用した流路型が好ましい。
以下、本発明のバイオチップの実施形態の一例として、親水部及び疎水部からなるパターンを有する生体分子輸送基板を利用した、流路型の素子構造を有するバイオチップを示して詳細に説明する。
【0046】
本実施形態のバイオチップ4は、図8に示すように、基板本体41上に、3つの試料配置部42a〜42cと、1つの試薬配置部43と、1つの検出部(ドレイン)44とが設けられている。検出部44には、3つの生体分子配置部44a〜44cが設けられている。各々の生体分子配置部44a〜44cには、それぞれ異なる種類の生体分子a〜cが固定化された脂質二分子膜が形成されている。また、試料配置部42a〜42cと、試薬配置部43と、生体分子配置部44a〜44cとは、流路案内部45により連絡されている。
試料配置部42a〜42c、試薬配置部43、生体分子配置部44a〜44c及び流路案内部45は、親水部である。基板本体41上のそれ以外の部分は、金属やレジストなどからなる疎水部である。
流路案内部45の幅は、1〜100μmが好ましい。
【0047】
バイオチップ4による診断・検出は、例えば、以下の手順で実施できる。
3つの試料配置部42a〜42cに脂質二分子膜を形成し、それぞれの脂質二分子膜上に、検体として末端にヒスチジン残基を有する異なる種類の生体分子を含む検体試料を配する。各試料は、脂質二分子膜の自発展開により輸送され、流路案内部45に流入して混合される。流路案内部45では、試薬配置部43から任意に試薬を流入させて、混合試料に試薬を混合し、試料中の生体分子と反応させることもできる。混合試料は、生体分子配置部44a〜44cに流入する。
【0048】
検出部44では、例えば、試料中に生体分子aと結合する標的分子がある場合、該標的分子が生体分子配置部44aにおいて生体分子aと結合する。オプティカルプローブ50により各生体分子配置部44a〜44cの分光測定を行うことで、検体試料中の標的分子が特異的に結合した生体分子配置部44a〜44cにおいてのみ、分光信号が観測される。
この流路型のバイオチップ4を用いることにより、試料中に含まれる標的分子を、分子選択的に、同定、定量、診断することが可能となる。
【0049】
以上説明したバイオチップでは、検出部における生体分子配置部に短時間、かつ高収率で生体分子を固定化できる。また、生体分子は脂質二分子膜に固定化するため、固定化された生体分子の流動性及び安定性が高く、生理機能が長期間にわたり保持される。さらに、固定化する生体分子の位置及び密度の制御、パターンニング、生体分子の輸送などが容易に達成できる。そのため、バイオチップ上の反応点(検出部)を高密度に集積させることが可能であり、バイオチップのスループットの向上、高感度化、小型化、生体分子の輸送に伴う逐次的な生体分子反応計測などの付加価値が得られる。
【実施例】
【0050】
以下、実施例及び比較例を示して本発明を詳細に説明する。ただし、本発明は以下の記載によっては限定されない。
本実施例では、生体分子として、緑色蛍光タンパク質(GFP)を用い、生体分子固定化基板及び生体分子輸送基板を作製した。
【0051】
<生体分子固定化基板>
以下、生体分子固定化基板を作製した例について説明する。
[実施例1]
(脂質二分子膜の形成)
1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−フォスフォコリン(DSPC、10mM)のクロロホルム溶液と、ニッケル錯体脂質分子(1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−[(N−(5−アミノ−1−カルボキシペンチル)イミノジアセティックアシッド)スクシニル](ニッケル塩)、1mM)のクロロホルム溶液をそれぞれ調製した。その後、脂質全体の質量が2.0mg、かつ、混合比がDSPC:ニッケル錯体脂質分子=50:50(mol%)となるように、それぞれのクロロホルム溶液をガラス瓶内で混合した。その後、混合液にアルゴンガスを吹き付けてクロロホルム溶液を蒸発させ、混合脂質分子からなる膜をガラス瓶の内壁に形成した。さらに、真空下で終夜乾燥し、クロロホルムを完全に除去した。次に、該ガラス瓶に、1.0mLのリン酸緩衝液(PBS緩衝液、0.1Mリン酸ナトリウム、0.15M塩化ナトリウム、pH7.2)を加え、1分間超音波処理を施し、該緩衝液内で脂質ベシクルを形成した。さらに、該緩衝液をPBS緩衝液で10倍希釈(脂質濃度0.2mg/mL)し、試料溶液とした。
次に、へき開したマイカ基板上に、前記試料溶液を20μL滴下し、さらにPBS緩衝液を200μL程度加えた後、該マイカ基板を30分間、60℃でアニール処理した。該アニール処理により、脂質ベシクルが素早くマイカ基板上に吸着し、脂質二分子膜が形成された。30分間静置して試料を室温に戻した後、マイカ基板上の試料の上澄み溶液を吸い取り、脂質分子を含まない以外は試料溶液と同じ組成の緩衝液を滴下する洗浄処理を5回繰り返し、マイカ基板に吸着していない脂質分子を除去して清浄化した。
得られた基板は、原子間力顕微鏡(AFM)で観察した。該基板のAFM像を図9(a)に示す。
【0052】
(生体分子の固定化)
末端がヒスチジンタグ化された緑色蛍光タンパク質(rTurbo GFP、Evogen社製)にPBS緩衝液を加え、10μg/mLのGFP溶液を調製した。マイカ基板上に形成した脂質二分子膜上に、該GFP溶液を20μL滴下し、吸着時間として30分静置した。添加したGFPの分子数は7.4×10−12molであり、脂質二分子膜内のニッケル錯体脂質分子の分子数(50mol%混合比)は2.2×10−9molであった。
その後、GFP溶液の上澄み溶液を吸い取り、試料の上澄み溶液を吸い取り、PBS緩衝液を滴下し、その上澄み液を吸い取る洗浄処理を5回繰り返し、ニッケル錯体脂質分子に吸着していないGFPを除去して清浄化し、生体分子固定化基板を得た。
GFP添加前の基板と、GFPを添加して得られた生体分子固定化基板は、レーザー蛍光顕微鏡(励起:488nmアルゴンレーザー、観測:505〜525nm領域観測用の蛍光フィルター、40倍対物レンズ)にて観察した。GFP添加前の基板の蛍光像を図10(a)、GFP添加後の基板の蛍光像を図10(b)に示す。
【0053】
[実施例2]
DSPCとニッケル錯体脂質分子の混合比を、DSPC:ニッケル錯体脂質分子=70:30(mol%)とした以外は、実施例1と同様にして脂質二分子膜を形成し、GFPを固定化して生体分子固定化基板を得た。脂質二分子膜を形成した基板のAFM像を図9(b)、GFP添加後の基板の蛍光像を図10(c)に示す。
【0054】
[実施例3]
DSPCとニッケル錯体脂質分子の混合比を、DSPC:ニッケル錯体脂質分子=90:10(mol%)とした以外は、実施例1と同様にして脂質二分子膜を形成し、GFPを固定化して生体分子固定化基板を得た。脂質二分子膜を形成した基板のAFM像を図9(c)、GFP添加後の基板の蛍光像を図10(d)に示す。
【0055】
図7(a)に示すように、実施例1では、マイカ基板上に脂質二分子膜を形成した際、直径約1〜2μmのドメイン領域(以下、「ドメイン領域A」という。)と、ドメイン領域Aとの高さの差が1nmのドメイン領域(以下、「ドメイン領域B」という。)が観測された。また、図7(b)、(c)に示すように、実施例2及び3でDSPCの割合を増加させた場合、ドメイン領域Aの面積が増大した。このことから、ドメイン領域AがDSPCからなるドメイン領域であり、ドメイン領域Bがニッケル錯体脂質分子からなるドメイン領域であることがわかった。ドメイン領域Aはマイカ基板からの高さが約5nmであった。また、ドメイン領域A、Bは、ともに脂質二分子膜の単分子膜構造を形成していた。
観測したAFM像から、ドメイン領域Aの面積を計測したところ、脂質二分子膜全体に対する面積比は、実施例1が47%、実施例2が81%、実施例3が94%であり、各例における試料溶液中の混合比とほぼ一致していた。このように、アシル鎖同士の分子間の相互作用が強い飽和型のDSPCと、不飽和型のニッケル錯体脂質分子を用いることにより、飽和型のDSPCの周りを不飽和型のニッケル錯体脂質分子が流動的に取り囲んだドメイン領域を有する脂質二分子膜を形成できることが確認された。
【0056】
また、実施例1におけるGFPの固定化については、図10(a)に示すように、GFP添加前は脂質二分子膜の蛍光像は得られないが、GFPを添加した後は、図10(b)に示すように、緑色の蛍光像が得られた。また、図10(b)の蛍光像と図9(a)のAFM像との対応から、ニッケル錯体脂質分子からなるドメイン領域Bのみから蛍光が観測されていることが分かった。すなわち、末端がヒスチジンタグ化されたGFPは、ニッケル錯体脂質分子と特異的に結合した。同様に、実施例2及び3についても、図10(c)及び図10(d)に示すように、緑色の蛍光像が観測され、図9(b)及び図9(c)との対応から、ニッケル錯体脂質分子からなるドメイン領域Bのみから蛍光が観測されていることが確認された。
このように、ニッケル錯体脂質分子と、末端がヒスチジンタグ化された生体分子を用いることにより、生体分子を特定の領域のみに選択的に固定化できることが確認された。
【0057】
[実施例4]
DSPCを1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−フォスフォコリン(DOPC)に変更し、60℃でのアニール処理を施さずに室温で静置して脂質二分子膜を形成した以外は、実施例1と同様にして脂質二分子膜を形成した。その結果、各脂質分子はドメイン領域を形成せず、それぞれが均一に分散した脂質二分子膜が形成された(図示せず)。これは、不飽和型のDOPCとニッケル錯体脂質は、室温で両者とも液晶相であり、双方が流動的に混ざり合うためである。
次に、実施例1と同様にして、脂質二分子膜上にGFPを固定化して生体分子固定化基板を得た。GFP添加後の基板の蛍光像を図11(a)に示す。
【0058】
[比較例1]
ニッケル錯体脂質分子を用いない以外は、実施例1と同様にして脂質二分子膜を形成し、GFPの固定化を行った。GFP添加後の基板の蛍光像を図11(b)に示す。
【0059】
DOPC:ニッケル錯体脂質分子の混合比を50:50(mol%)で形成した脂質二分子膜上にGFP溶液を添加した実施例4では、図11(a)に示すように、脂質間二分子膜全体に均一に緑色の蛍光像が観測された。
一方、DOPCのみからなる脂質二分子膜にGFP溶液を添加した比較例1では、脂質二分子膜上にヒスチジン残基の吸着サイトが存在しないため、図11(b)に示すように、GFPは膜上には固定化されず、蛍光像は観測されなかった。
以上のように、本発明の生体分子固定化基板では、ニッケル錯体脂質分子と組み合わせる脂質分子の種類(飽和・不飽和)や、その混合比などを変化させることにより、タンパク質などの生体分子の固定化密度、固定化領域(局所的あるいは分散)を容易に制御できることが確認された。
【0060】
<生体分子輸送基板>
以下、生体分子輸送基板を作製した例について説明する。
[実施例5]
実施例4と同じDOPCとニッケル錯体脂質分子からなる脂質二分子膜を用い、室温でのGFPの輸送を試みた。
(タンパク質輸送用試料)
実施例1と同様にして、DOPC:ニッケル錯体脂質分子=50:50(mol%)(合計脂質量:2mg)になるように、それぞれのクロロホルム溶液を混合した。その混合溶液中に、PBS緩衝液で10μg/mLの濃度に調製したGFP(rTurbo GFP、Evogen社製)を200μL添加した(GFP量:2μg)。次に、双溶性溶媒であるエタノール100μL程度を、双方の溶液が均一に混合するように添加した。その後、アルゴンガスを吹き付けて、全ての溶液を蒸発させ、GFPが固定化された混合脂質分子を含む脂質二分子膜をガラス瓶の内壁に形成した。これを真空下で終夜乾燥させ、残存する溶液を完全に除去した。さらに、再度、試料を微量のクロロホルムに浸し、クロロホルムを乾燥させてタンパク質輸送用試料とした。該試料中のGFPの分子数は7.4×10−11molであり、混合脂質中のニッケル錯体脂質分子の分子数(50mol%混合比)は2.2×10−7molであった。
【0061】
(パターン化流路基板)
ガラス基板(ガラスウエハ)上に、プライマーとしてヘキサメチルジシロキサンを滴下し、毎分500回転で30秒間、引き続き毎分2000回転で30秒間のスピンコートを行った。次いで、フォトレジスト(TSMR−V3、東京応化工業社製)を滴下し、毎分500回転で30秒間、引き続き毎分2000回転で30秒間のスピンコートを行った。このガラス基板を120℃のオーブンで90秒間ベーキングした。これをフォトマスクによって露光し、引き続き現像した。次に、スパッタ蒸着法によって、ガラス基板上にチタンを5nm蒸着し、さらに金を45nm蒸着した。スパッタ蒸着後のガラス基板を、メチルエチルケトンに浸漬して超音波処理し、リフトオフプロセスによりレジストを溶解・剥離した。次いで、純水流水下で洗浄し、図7に例示した、親水部及び疎水部からなるパターンを有するパターン化流路基板を得た。その後、該パターン化流路基板を、ピラニア溶液(過酸化水素水:硫酸=1:4)、及びフッ化アンモニウム溶液を用いて洗浄し、ガラス表面のSiO面をエッチングして親水化処理を施した。
【0062】
(タンパク質の輸送)
前記タンパク質輸送用試料をガラス製キャピラリーの先端に付着させ、前記パターン化流路基板の一方の試料収容部(図7、試料収容部32a)に配置した。その後のパターン化流路基板をレーザー蛍光顕微鏡で観察したところ、青色入射光の励起により、前記試料収容部でGFP由来の緑色発光が確認された(図示せず)。この状態で、レーザー蛍光顕微鏡の対物レンズ(40倍レンズ使用)と試料との間に、PBS緩衝液を静かに注入した。該PBS緩衝液の注入から30、300、600、900、1200、1500秒後の蛍光像を図12(a)〜(f)に示す。
【0063】
図12(a)〜(f)に示すように、流動性の高い脂質分子が親水性の流路内で自発展開し、その自発展開に伴って脂質二分子膜上に固定化されたGFPが輸送された。このGFPの輸送は、疎水的な金属からなる流路外の部分には展開しなかった。また、この生体分子輸送基板は、表面を洗浄して親水性処理を施していたため、有機物質の不純物の存在などによって自発展開速度が遅延するなどの不都合は確認されなかった。
【符号の説明】
【0064】
1、2 生体分子固定化基板 11 基板本体 12 脂質二分子膜 13 生体分子 14 ニッケル錯体脂質分子 15 飽和脂質分子 3 生体分子輸送基板 31 基板本体 32 親水部 33 疎水部 34 脂質二分子膜 4 バイオチップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板本体上に脂質二分子膜が形成され、該脂質二分子膜に生体分子が固定化されていることを特徴とする生体分子固定化基板。
【請求項2】
前記脂質二分子膜が、ヒスチジン残基と結合するニッケル錯体部位を有するニッケル錯体脂質分子を含み、前記生体分子がヒスチジン残基を有しており、
前記ニッケル錯体脂質分子のニッケル錯体部位と、前記生体分子のヒスチジン残基の結合により該生体分子が固定化されている、請求項1に記載の生体分子固定化基板。
【請求項3】
前記生体分子が、抗原、抗体、酵素、膜タンパク質、受容体型タンパク質、蛍光タンパク質、細胞骨格、モータータンパク質からなる群から選ばれる少なくとも1種の機能性タンパク質であり、かつ該機能性タンパク質の末端がヒスチジンタグ化されている、請求項2に記載の生体分子固定化基板。
【請求項4】
前記脂質二分子膜が、前記ニッケル錯体脂質分子により形成されたドメイン領域、及びニッケル錯体部位を有さない脂質分子により形成されたドメイン領域からなる脂質二分子膜である、請求項2又は3に記載の生体分子固定化基板。
【請求項5】
前記脂質二分子膜中に前記ニッケル錯体脂質分子が均一に分散している、請求項2〜4のいずれかに記載の生体分子固定化基板。
【請求項6】
基板本体上に脂質二分子膜が形成され、該脂質二分子膜に生体分子が固定化された基板であって、
前記基板本体上に親水部と疎水部からなる所定のパターンが形成されており、
前記脂質二分子膜が、前記親水部表面に、生体分子が固定化された脂質二分子膜を自発展開させて形成されることを特徴とする生体分子輸送基板。
【請求項7】
請求項1〜5に記載の生体分子固定化基板又は請求項6に記載の生体分子輸送基板を用いたバイオチップ。
【請求項8】
多検体の生体分子をハイスループットスクリーニング検出するバイオチップであって、
種類及び/又は濃度の異なる複数の生体分子が、脂質二分子膜に固定化され、前記基板本体上の所定の位置に配置された、請求項7に記載のバイオチップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−27632(P2011−27632A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−175572(P2009−175572)
【出願日】平成21年7月28日(2009.7.28)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】