説明

生体物質発現レベル評価システム

【課題】本発明は、細胞膜上にある生体物質の評価方法を提供することを目的とする。
【解決手段】細胞膜を染色する蛍光体(a)、および、少なくともその一部が細胞膜に存在する生体物質に結合し、かつ、該蛍光体(a)とは異なる発光波長のピークを有する蛍光体(b)を用いて同じ組織切片を染色し、染色された該切片中の細胞膜の位置を該蛍光体(a)の発光により同定し、同定された細胞膜上の該蛍光体(b)による輝点数を計測することによって、細胞膜における該生体物質の発現レベルを評価することを特徴とする評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光物質内包ナノ粒子を用いて染色した組織切片を用いた生体物質発現レベル評価システムに関する。さらに詳細には、本発明は、発光波長のピークが異なる二種の蛍光物質を用いて染色した組織切片において、細胞膜に発現した生体物質のみを計測できる評価方法、標本の製造方法および該製造方法によって得られた標本に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の抗体医薬を中心とした分子標的薬治療の広がりに伴い、分子標的薬をより効率的に使用するための正確な診断法への必要性が高まっている。具体的には、標的となる生体物質の発現量を定量的に評価することにより、患者ごとの分子標的薬の適用可否を効率的に行うことが求められている。
【0003】
特に近年の抗体医薬の登場により、免疫組織化学の重要性は極めて高まっている。例えば、がんの増殖に関与する因子であるヒト上皮成長因子受容体2〔human epidermal growth factor receptor-2;HER2〕を標的とした抗体医薬であるハーセプチン〔Herceptin;商標登録〕として市販されているトラスツズマブ(Trastuzumab)は、乳がんの代表的な抗がん剤であることが知られている。この薬剤投与の有効性の判定方法として、HER2タンパク質等の発現を解析する免疫組織化学〔Immunohistochemistry;IHC〕法と、HER2遺伝子等の増幅を解析するFISH〔Fluorescence in situ hybridization〕法とが臨床の場で広く用いられている。IHC法により、HER2抗原部位に結合したHER2抗体をDAB〔Diaminobenzidine;ジアミノベンジジン〕を用いて染色し、可視化することでHER2の発現量を検出することができる。
【0004】
しかしながら、FISH法は、一般に煩雑であり病理医の負担は大きく、より簡便な方法が求められている。
現在は、患部より採取した組織を固定するために脱水し、パラフィンによるブロック化といった処理を行った後2〜8ミクロンの厚さの薄片に切り、パラフィンを取り除いた切片(以下「組織切片」ともいう。)に対し、標的とする生体物質を染色し、その顕微鏡観察を行っている。この顕微鏡画像の中で、細胞の核の大きさや形の変化、組織としてのパターンの変化などの形態学的な情報、染色情報をもとに診断を行っている。画像のデジタル化技術の発達は上述の病理診断に対して、顕微鏡やデジタルカメラなどを用いてデジタルカラー画像として入力された病理画像から、病理医が病理診断を行う際に必要となる情報を抽出および計測して表示する自動化された病理診断支援装置の提案を可能としており、例えば特許文献1に開示されている。
【0005】
特許文献1に記載の病理診断支援装置は、病理画像から細胞核領域および細胞質領域をそれぞれ特定する核・細胞質分布推定手段と、病理画像から腺腔領域(細胞組織を殆ど含まない領域)を特定する腺腔分布抽出手段と、がん細胞が存在するか否か判定するがん部位推定手段と、がんの進行度を判定する進行度判定手段と、がん細胞の分布図や進行度などを表示する画像表示手段とを有する。
【0006】
また特許文献2には、正常部位とがん部位とをそれぞれ選択的に染色するような二種類の染料で病理標本を染色し、さらにスペクトル画像からランベルト・ベールの法則を用いて染色濃度を評価し、がん細胞の有無を判定している。
【0007】
しかしながら、いずれの評価法を用いた場合でも、組織染色方法は従来の色素を用いるヘマトキシリン−エオジン〔HE〕染色、酵素を用いたDAB染色法であり、その染色濃度は温度、時間などの環境条件により大きく左右され、正確な定量測定は困難であると予想される。
【0008】
他方、色素に代わる標識試薬として定量性能高い蛍光色素を組織染色試薬として用いることが特許文献3に開示されている。
しかしながら、発明者らが特許文献3に開示されている方法を参考にして、蛍光有機色素であるFITCを用いて作製した病理切片の蛍光顕微鏡下観察を行い、HER2タンパク質を定量したところ、FITCの発光輝度が極めて弱く、極微量のHER2タンパク質を蛍光測定レベルによって自動判別することはできず、さらなる改善が必要であることがわかった。
【0009】
ところで、HE染色およびIHC法は、いずれも、細胞サンプルにおけるがん細胞の所在を検出する方法として用いられている。例えば、細胞サンプルにおけるがん細胞の所在を確認する場合、従来、病理医は、細胞サンプルに含まれるがん細胞の有無を判断する上で、まず組織サンプルから複数の組織切片(以下、単に「切片」ともいう。)を作製し、形態情報を得るために第一切片でHE染色を行ってがん細胞の有無を判断し、第二切片で酵素反応による色素沈着切片を作製して標的分子の有無を判断していた。また、がん以外の病気について、細胞サンプル中における病巣の存在をHE染色およびIHC法により検出する場合にも、同様の手順が一般に用いられてきた。しかしながら、二枚の切片で同一の部位を観察するには膨大な手間と熟練性を有し、病理診断における診断のばらつきの要因ともなっている。こうした状況から蛍光色素や半導体ナノ粒子(量子ドット)等の蛍光体を抗体に結合し標的分子の有無を判断する方法もなされてきたが、このような蛍光体からの蛍光量が少ないという問題点がある。そのため、切片自体が発する自家蛍光をきちんと分離除去しないと、標的分子の所在を蛍光体からの蛍光に基づいて判断することができず、また、形態情報は依然として別切片でのHE染色により取得する必要があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004−286666号公報
【特許文献2】特表2001−525580号公報
【特許文献3】特開昭63−66465号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記課題に鑑みなされたものであり、その解決課題は、細胞膜上にある生体物質の評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決し、本発明の目的を達成すべく鋭意検討した結果、1)蛍光物質を内包するナノ粒子(蛍光体(b))を用いて細胞膜上にある生体物質を染色する工程と、2)細胞膜を、1)工程とは別の蛍光波長を有する蛍光有機色素(蛍光体(a))で染色する工程により同時染色された組織切片に対し、細胞膜の位置を蛍光有機色素の蛍光により同定し、細胞膜上にある蛍光体(b)のみの蛍光レベルを計測することにより細胞膜上にある生体物質の発現レベルを精度良くかつ簡便に評価できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明の上記目的は、下記の構成により達成される。
1.細胞膜を染色する蛍光体(a)、および、少なくともその一部が細胞膜に存在する生体物質に結合し、かつ、該蛍光体(a)とは異なる発光波長のピークを有する蛍光体(b)を用いて同じ組織切片を染色し;染色された該切片中の細胞膜の位置を該蛍光体(a)の発光により同定し;同定された細胞膜上の該蛍光体(b)による輝点数および蛍光強度を計測することによって、細胞膜における該生体物質の発現レベルを評価することを特徴とする評価方法。
【0014】
2.上記の輝点数および蛍光強度を、演算手段による画像処理を行うことによって計測する、上記1に記載の評価方法。
3.上記画像処理が、下記(A-1)〜(A-4)の画像処理で得られた画像と下記(B-1)〜(B-4)の処理で得られた画像とを併せて、細胞膜の輝点をラベルする上記2に記載の評価方法;
(A-1) 顕微鏡の明視野で得られた切片画像に対してグレースケール変換を施す画像処理,
(A-2) (A-1)で得られた画像に対して2値化を施す画像処理,
(A-3) (A-2)で得られた画像に対して穴埋めを施す画像処理,および
(A-4) (A-3)で得られた画像に対してラベリングを施す画像処理;ならびに
(B-1) 顕微鏡の暗視野で得られた切片画像に対してグレースケール変換を施す画像処理,
(B-2) (B-1)で得られた画像に対して2値化を施す画像処理,
(B-3) (B-2)で得られた画像に対してノイズを除去する画像処理,および
(B-4) (A-3)で得られた画像に対してラベリングを施す画像処理。
【0015】
4.上記蛍光体(b)が、半導体ナノ粒子、または、蛍光有機色素もしくは半導体ナノ粒子を内包した内包ナノ粒子である上記1〜3のいずれかに記載の評価方法。
5.上記蛍光体(a)が、エオジン(eosin)である上記1〜4のいずれかに記載の評価方法。
【0016】
6.上記生体物質が、膜タンパク質である上記1〜5のいずれかに記載の評価方法。
7.上記膜タンパク質が、HER2である上記6に記載の評価方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明は、細胞膜の位置を染色に用いる蛍光体(a)(蛍光有機色素等)の発光を基に同定し、細胞膜にある蛍光体(b)のみの蛍光輝点または蛍光輝度の計測を行うことで、細胞膜外部分に非特異的に吸着した蛍光体(b)の蛍光輝点または蛍光輝度を除くことが可能となり、従来法であるFISH法と高い相関を示す方法を提供できる。
【0018】
また、蛍光体(b)として、半導体ナノ粒子、または、半導体ナノ粒子もしくは蛍光有機色素を内包した内包ナノ粒子を用いることで、従来の蛍光有機色素単独で用いた場合より高輝度での観察が可能となり、精度の向上に寄与する。
【0019】
さらに、本発明の評価方法は、従来病理医の行っている組織染色と共通工程が多く、迅速な診断に寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、蛍光体(a)および(b)を用いて染色した組織切片の染色画像を(A)明視野で取得し、かつ(B)暗視野で取得した後、それぞれ演算手段による画像処理のフローチャートを示す。
【図2】図2は、カラー画像(RGB)と、該カラー画像からグレースケール画像に変換するため、一例として、Y=0.299×R+0.587×G+0.144×Bを用いてグレースケール変換したグレースケール画像とを示す。
【図3】図3は、(A)予め設定された上限閾値および下限閾値に基づき2値化画像を作成する(2値化処理)ための、輝度値に対する頻度をプロットしたグラフにおける上限閾値および下限閾値との関係を模式的に示し、(B)これら閾値から抽出する画素を求めるフローチャートおよび(C)その際に使用した閾値決定のアルゴリズムを示す。なお、(A)に示す下限閾値以下のピークは細胞膜に由来するものであり、下限閾値と上限閾値との間のピークは生体物質に由来するものである。
【図4】図4は、Morphology処理による穴埋め処理を模式的に示した図であり、(A)細胞膜が寸断された細胞、および、穴埋め処理によって該細胞の細胞膜が一繋がりとなった細胞を表し、(B)それら細胞をピクセル単位で表示した場合の個々の処理を表す。
【図5】図5は、対象オブジェクト以外のオブジェクト(n3)を除去するために、同一オブジェクト内の面積(画素数)をカウントし(A)、ノイズとして規定した値以下の面積を有するオブジェクトはノイズとして、背景色と同色に変換する(B)ノイズ除去処理を模式的に示す。なお、例として、当該規定した値を「noise_val」とする。
【図6】図6は、ピクセル単位で表示された個々のオブジェクトを認識するために、ラベリング処理を施す前および後の模式図を示す。
【図7】図7は、(A)細胞ごと・細胞膜上の輝点ごとにラベルした細胞の模式図を示し、(B)細胞膜ごとの蛍光ナノ粒子重畳数をカウントするフローチャートを示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための形態について説明するが、本発明はこれらに限定されない。
<評価方法>
本発明の評価方法は、細胞膜を染色する蛍光体(a)、および、少なくともその一部が細胞膜に存在する生体物質に結合し、かつ、該蛍光体(a)とは異なる発光波長のピークを有する蛍光体(b)を用いて同じ組織切片を染色し、染色された該切片中の細胞膜の位置を該蛍光体(a)の発光により同定し、同定された細胞膜上の該蛍光体(b)による輝点数を計測することによって、細胞膜における該生体物質の発現レベルを評価することを特徴とする。
【0022】
〔蛍光体(b)〕
本発明で用いられる蛍光体(b)は、少なくともその一部が細胞膜に存在する生体物質に結合し、かつ、細胞膜を染色する蛍光体(a)(後述)とは異なる発光波長のピークを有するものである。このような蛍光体(b)としては、半導体ナノ粒子、または、蛍光有機色素もしくは半導体ナノ粒子を内包した内包ナノ粒子が好ましい。このような蛍光体(b)は、例えば、半導体ナノ粒子内包ナノ粒子と、その表面に固定化された、生体物質と特異的に結合および/または反応する物質とからなる態様が好ましい。また、蛍光体(b)は、波長200〜700nmの紫外〜近赤外光により蛍光体(b)を励起した場合、波長400〜900nmの可視〜近赤外光の発光を示すものが好ましい。
【0023】
(半導体ナノ粒子)
半導体ナノ粒子としては、II−VI族化合物、III−V族化合物またはIV族元素を成分として含有する半導体ナノ粒子(それぞれ、「II−VI族半導体ナノ粒子」、「III−V族半導体ナノ粒子」、「IV族半導体ナノ粒子」ともいう。)のいずれかを用いることができる。半導体ナノ粒子として1種単独で用いても2種以上の複数種を混合したものを用いてもよい。
【0024】
半導体ナノ粒子として、具体的には、セレン化カドミウム〔CdSe〕,硫黄化カドミウム〔CdS〕,テルル化カドミウム〔CdTe〕,セレン化亜鉛〔ZnSe〕,硫黄化亜鉛〔ZnS〕,テルル化亜鉛〔ZnTe〕,リン化インジウム〔InP〕,窒化インジウム〔InN〕,ヒ素化インジウム〔InAs〕,インジウム−ガリウム−リン〔InGaP〕,リン化ガリウム〔GaP〕,ヒ素化ガリウム〔GaAs〕,ケイ素〔Si〕,ゲルマニウム〔Ge〕等が挙げられるが、本発明はこれらに限定されない。
【0025】
半導体ナノ粒子をコアとし、その上にシェルを設けた半導体ナノ粒子を用いることもできる。以下、本明細書中、コア/シェル構造を有する半導体ナノ粒子の表記法として、コアがCdSe、シェルがZnSの場合、CdSe/ZnSと表記する。コア/シェル構造を有する半導体ナノ粒子として、例えば、CdSe/ZnS,CdS/ZnS,InP/ZnS,InGaP/ZnS,Si/SiO2,Si/ZnS,Ge/GeO2,Ge/ZnSなどを用いることができるが、本発明はこれらに限定されない。
【0026】
半導体ナノ粒子は必要に応じて、有機ポリマーなどにより表面処理が施されているものを用いてもよい。このような半導体ナノ粒子としては、例えば、表面カルボキシ基を有するCdSe/ZnS(インビトロジェン社製)や表面アミノ基を有するCdSe/ZnS(インビトロジェン社製)等が挙げられる。
【0027】
半導体ナノ粒子として、上記以外に、Qdot655(蛍光波長655nm;インビトロジェン社製),Qdot625(蛍光波長625nm;インビトロジェン社製),Qdot605(蛍光波長605nm;インビトロジェン社製)等の市販品も用いることができる。
【0028】
(蛍光有機色素)
蛍光有機色素としては、例えば、フルオレセイン系色素分子,ローダミン系色素分子,Alexa Fluor(インビトロジェン社製)系色素分子,BODIPY(インビトロジェン社製)系色素分子,カスケード系色素分子,クマリン系色素分子,エオジン系色素分子,NBD系色素分子,ピレン系色素分子,TexasRed系色素分子,シアニン系色素分子等が挙げられる。
【0029】
蛍光有機色素として、具体的には、5−カルボキシ−フルオレセイン、6−カルボキシ−フルオレセイン、5,6−ジカルボキシ−フルオレセイン、6−カルボキシ−2’,4,4’,5’,7,7’−ヘキサクロロフルオレセイン、6−カルボキシ−2’,4,7,7’−テトラクロロフルオレセイン、6−カルボキシ−4’,5’−ジクロロ−2’,7’−ジメトキシフルオレセイン、ナフトフルオレセイン、5−カルボキシ−ローダミン、6−カルボキシ−ローダミン、5,6−ジカルボキシ−ローダミン、ローダミン 6G、テトラメチルローダミン、X−ローダミン、およびAlexa Fluor 350、Alexa Fluor 405、Alexa Fluor 430、Alexa Fluor 488、Alexa Fluor 500、Alexa Fluor 514、Alexa Fluor 532、Alexa Fluor 546、Alexa Fluor 555、Alexa Fluor 568、Alexa Fluor 594、Alexa Fluor 610、Alexa Fluor 633、Alexa Fluor 635、Alexa Fluor 647、Alexa Fluor 660、Alexa Fluor 680、Alexa Fluor 700、Alexa Fluor 750、BODIPY FL、BODIPY TMR、BODIPY 493/503、BODIPY 530/550、BODIPY 558/568、BODIPY 564/570、BODIPY 576/589、BODIPY 581/591、BODIPY 630/650、BODIPY 650/665(以上インビトロジェン社製)、メトキシクマリン、エオジン(またはエオシン[eosin];励起波長520nm/蛍光波長540nm)、NBD、ピレン、Cy5(蛍光波長680nm;GE Healthcare社製)、Cy5.5、Cy7、Texas Red(蛍光波長615nm;インビトロジェン社製)等が挙げられる。
このような有機蛍光色素は1種単独で用いても2種以上の複数種を混合したものを用いてもよい。
【0030】
(半導体ナノ粒子または蛍光有機色素を内包した内包ナノ粒子)
本発明において「半導体ナノ粒子または蛍光有機色素を内包した内包ナノ粒子」(以下、単に「蛍光物質を内包したナノ粒子」ともいう。)とは、蛍光物質がナノ粒子内部に分散されたものをいい、ナノ粒子自体と化学的に結合していても、していなくてもよい。
【0031】
ナノ粒子を構成する素材は特に限定されるものではなく、例えば、ポリスチレン、ポリ乳酸、シリカ等が挙げられる。
半導体ナノ粒子を内包したシリカナノ粒子は、ニュー・ジャーナル・オブ・ケミストリー 33巻561ページ(2009)に記載されているCdTe内包シリカナノ粒子の合成を参考にして作製することができる。
【0032】
半導体ナノ粒子を内包したポリマーナノ粒子は、ネイチャー バイオテクノロジー 19巻631ページ(2001)記載のポリスチレンナノ粒子への量子ドットの含浸法を用いて作製することができる。
【0033】
本発明で用いられる蛍光物質を内包したナノ粒子は、公知の方法により作製することが可能である。例えば、蛍光有機色素を内包したシリカナノ粒子は、ラングミュア 8巻2921ページ(1992)に記載されているFITC内包シリカ粒子の合成を参考にして作製することができる。FITCの代わりに所望する蛍光有機色素を用いることで種々の蛍光有機色素内包シリカナノ粒子が作製できる。
【0034】
蛍光有機色素を内包したポリスチレンナノ粒子は、米国特許第4326008号(1982)に記載されている重合性官能基をもつ有機色素を用いた共重合法や、米国特許第5326692号(1992)に記載されているポリスチレンナノ粒子への蛍光有機色素の含浸法を用いて作製することができる。
【0035】
本発明で用いられる蛍光物質を内包したナノ粒子とは、平均粒径は特に限定されないが、30〜800nm程度のものを用いることができる。また粒径のばらつきを示す変動係数は特に限定されないが、20%のものを用いることができる。本発明において、平均粒径とは、走査型電子顕微鏡〔SEM〕を用いて電子顕微鏡写真を撮影し充分な数の粒子について断面積を計測し、その計測値を相当する円の面積としたときの直径を粒径として求めたものを意味する。特に、本発明では、1,000個の粒子の粒径の算術平均を平均粒径とした。変動係数も、1,000個の粒子の粒径分布から算出した値とした。
【0036】
(生体物質と特異的に結合および/または反応する物質の固定化方法)
本発明に係る蛍光体(b)は、生体物質と特異的に結合および/または反応する物質を、蛍光物質を内包したナノ粒子に固定化させたものを用いるのが好ましい。固定化の態様としては特に限定されず、例えば、共有結合,イオン結合,水素結合,配位結合,物理吸着または化学吸着等が挙げられる。
【0037】
蛍光体(b)として蛍光有機色素を用いる場合、カルボン酸またはその活性エステル基を有する蛍光有機色素を用いると、生体物質と特異的に結合および/または反応する物質中にあるアミノ基へ結合させることができる。また、マレイミド基を有する蛍光有機色素を用いると、生体物質と特異的に結合および/または反応する物質中にあるチオール基へ結合させることができる。
【0038】
蛍光体(b)として、蛍光物質を内包したナノ粒子を用いる場合、蛍光物質が蛍光有機色素の場合であっても、半導体ナノ粒子の場合であっても、同様の手順を適用することができる。例えば、無機物と有機物とを結合させるために広く用いられている化合物であるシランカップリング剤を用いることができる。このシランカップリング剤は、分子の一端に加水分解でシラノール基を与えるアルコキシシリル基を有し、他端に、カルボキシル基,アミノ基,エポキシ基,アルデヒド基などの官能基を有する化合物であり、上記シラノール基の酸素原子を介して無機物と結合する。具体的には、メルカプトプロピルトリエトキシシラン,グリシドキシプロピルトリエトキシシラン,アミノプロピルトリエトキシシラン,ポリエチレングリコール鎖を有するシランカップリング剤(例えば、Gelest社製PEG−silane no.SIM6492.7)等が挙げられる。シランカップリング剤を用いる場合、2種以上を併用してもよい。
【0039】
また、この場合、連結する有機分子があってもよい。例えば、生体物質との非特異的吸着を抑制するためポリエチレングリコール鎖を用いることができ、例えば、ThermoScientific社製 SM(PEG)12を用いることができる。
【0040】
蛍光物質を内包したシリカナノ粒子とシランカップリング剤との反応手順は、公知の手法を用いることができる。例えば、得られた蛍光物質を内包したシリカナノ粒子を純水中に分散させ、アミノプロピルトリエトキシシランを添加し、室温で12時間反応させる。反応終了後、遠心分離またはろ過により表面がアミノプロピル基で修飾された蛍光物質を内包したシリカナノ粒子を得ることができる。続いてアミノ基と抗体中のカルボキシル基とを反応させることで、アミド結合を介し抗体を、蛍光物質を内包したシリカナノ粒子と結合させることができる。必要に応じて、EDC〔1−Ethyl−3−[3−Dimethylaminopropyl]carbodiimide Hydrochloride;Pierce社製〕のような縮合剤を用いることもできる。
【0041】
必要により有機分子修飾された蛍光物質を内包したシリカナノ粒子と直接結合しうる部位と、分子標的物質と結合し得る部位とを有するリンカー化合物を用いることができる。具体例として、アミノ基に選択的に反応する部位とメルカプト基に選択的に反応する部位との両方を有するsulfo−SMCC〔Sulfosuccinimidyl 4[N−maleimidomethyl]−cyclohexane−1−carboxylate;Pierce社製〕を用いると、アミノプロピルトリエトキシシランで修飾した蛍光物質を内包したシリカナノ粒子のアミノ基と、抗体中のメルカプト基とを結合させることで、抗体結合した蛍光物質を内包したシリカナノ粒子が得られる。
【0042】
蛍光物質を内包したポリスチレンナノ粒子に生体物質認識部位を結合させる場合、蛍光物質が蛍光有機色素の場合であっても、半導体ナノ粒子の場合であっても、同様の手順を適用することができる。すなわち、アミノ基など官能基を有するポリスチレンナノ粒子に半導体ナノ粒子または蛍光有機色素を含浸することにより、官能基を有する蛍光物質内包ポリスチレンナノ粒子を得ることができ、以降EDCまたはsulfo−SMCCを用いることで、抗体結合した蛍光物質内包ポリスチレンナノ粒子ができる。
【0043】
また、化学吸着の例として、抗原抗体反応やストレプトアビジン・ビオチン間結合などが挙げられる。すなわち、生体物質と特異的に結合および/または反応する物質として抗体を用いた場合、その抗体を抗原として認識する物質を蛍光物質に結合させたものを用いることができる。また、生体物質と特異的に結合および/または反応する物質としてストレプトアビジン修飾した抗体を用いた場合、ビオチンを蛍光物質に結合したものを用いることができる。
【0044】
〔蛍光体(a)〕
本発明で用いられる蛍光体(a)としては、細胞膜を特異的に染色することのできる蛍光体が用いられる。
【0045】
例えば、細胞膜を構成するリン脂質(アニオン)に結合することによって細胞膜を染色することができる、細胞の形態観察用の染色剤として従来用いられているエオジン(励起波長520nm/蛍光波長540nm)をそのような蛍光体(a)として用いることができる。より具体的には、例えば、蛍光体(b)として、CdSe/ZnSやQdot655,Qdot625,Qdot605などの半導体ナノ粒子またはこれら半導体ナノ粒子を内包したナノ粒子を用いる場合、あるいは、蛍光有機色素Cy5もしくはTexas Redを内包したナノ粒子を用いる場合、蛍光体(a)としてエオジンを用いることができる。
【0046】
また、蛍光体(a)として、例えば、CellVue Lavender(励起波長420nm/蛍光波長461nm),CellVue Maroon(励起波長647nm/蛍光波長667nm),CellVue Plum(励起波長652nm/蛍光波長671nm),CellVue Claret(励起波長655nm/蛍光波長675nm),CellVue Burgundy(励起波長683nm/蛍光波長707nm),CellVue NIR780(励起波長743nm/蛍光波長776nm),CellVue NIR815(励起波長786nm/蛍光波長814nm)(以上Polyscience社製)等も挙げられる。これらの蛍光体は、各種の蛍光色素と、これに結合した脂質親和性の長い尾部からなり、この尾部が細胞膜に侵入し、蛍光発色部位を細胞の外表面に露出させ留まることにより、細胞膜を染色することができる。なお、CellVueは登録商標である。
生体物質と特異的に結合および/または反応する物質の固定化方法は、蛍光体(b)の場合と同様である。
【0047】
〔生体物質〕
本発明において蛍光体(b)が結合する対象となる生体物質は、少なくともその一部が細胞膜に存在する(すなわち、実質的に細胞膜のみに存在していてもよいし、細胞膜とそれ以外の部位、例えば細胞質中との両方に存在していてもよい)生体由来の化合物であれば、本発明においては特に限定されるものではないが、代表例としては膜タンパク質が挙げられる。膜タンパク質としては、例えばがんの増殖制御因子または転移制御因子等が好適であり、特にその遺伝子の発現レベルの異常と乳がんとが関与しているHER2が好ましい。
【0048】
他方、本発明に係る生体物質を認識する化合物としては、例えば、抗体,アビジン,ビオチン等が挙げられる。
特にがん患者に投与される、抗体を成分として含む医薬品における抗体としては、がんの増殖制御因子または転移制御因子等を標的抗原とし、該標的抗原に結合する抗体を有効成分とし、該抗体ががん細胞に結合することによってがん細胞の増殖を抑える、または、がん細胞を死滅させる抗体医薬品や、抗がん剤,抗ウィルス剤,抗生物質等を有効成分とし、がん細胞へのデリバリー手段として用いられる医薬品等を挙げることができる。
【0049】
上記抗体医薬品としては、例えば、シナジス(Synagis),レミケード(Remicade),リツキサン(Rituxan),トラスツズマブ(Trastuzumab)等が挙げられ、これら中でもトラスツズマブを好適に例示することができる。
【0050】
上記がんとしては、例えば、大腸がん,直腸がん,腎がん,乳がん,前立腺がん,子宮がん,卵巣がん,子宮内膜がん,食道がん,血液がん,肝がん,膵がん,皮膚がん,肺がん、乳がん等が挙げられる。
【0051】
また、がんの増殖制御因子または転移制御因子のうち、がんの増殖制御因子としては、例えば、表皮増殖因子〔EGF;epidermal growth factor〕,該EGF受容体〔EGFR〕,血小板由来増殖因子〔PDGF;platelet-derived growth factor〕,該PDGF受容体〔PDGFR〕,インスリン様増殖因子〔IGF;insulin-like growth factor〕,該IGF受容体〔IGFR〕,線維芽細胞増殖因子〔FGF;fibroblast growth factor〕,該FGF受容体〔FGFR〕,血管内皮増殖因子〔VEGF;vascular endotherial growthfactor〕,該VEGF受容体〔VEGFR〕,肝細胞増殖因子〔HGF;hepatocyte growth factor〕,該HGF受容体〔HGFR〕,神経栄養因子〔NT;neurotropin〕,形質転換増殖因子β〔TGFβ;transforming growth factor-β〕ファミリー,HER2等の細胞増殖因子、または、サイクリン(cyclin),サイクリン依存性キナーゼ〔CDK;cyclin-dependent kinase〕,サイクリンA,サイクリンB,サイクリンD,サイクリンE,CDK1,CDK2,CDK4,CDK6,p16INK,p15,p21,p27,RB〔retinoblastoma〕などの細胞周期を調節する因子などが挙げられる。
【0052】
一方、がんの転移制御因子としては、例えば、マトリックスメタロプロテアーゼ1〔MMP1〕,マトリックスメタロプロテアーゼ2〔MMP2〕,PAR1〔protease activated receptor 1〕,CXCR4〔chemokine [C−X−C motif] receptor 4〕,CCR7〔chemokine [C−C motif] receptor 7〕等が挙げられる。
【0053】
これらの中でも細胞膜上にあるHER2を標的とするトラスツズマブが広く用いられているため、HER2を好適に例示することができる。
また抗体の種類としてはモノクローナル抗体やポリクローナル抗体を例示することができる。また上記抗体のクラスやサブクラスは特に制限されず、クラスとしては、例えば、IgA,IgG,IgE,IgD,IgM等が挙げられ、サブクラスとしては、例えば、IgG1,IgG2,IgG3,IgG4,IgA1,IgA2等が挙げられる。また、ここでいう「抗体」という用語は、任意の抗体断片または誘導体を含む意味で用いられ、例えば、Fab,Fab'2,CDR,ヒト化抗体,多機能抗体、単鎖抗体(ScFv)などを含む。かかる抗体は、公知の方法で製造することができる(例えば、Harlow E. & Lane D., Antibody, Cold Spring Harbor Laboratory Press (1988) 等を参照)。
【0054】
〔組織切片の染色方法〕
以下、本発明で用いる染色方法の一例について説明する。この染色方法が適用できる組織切片(本明細書において、単に「切片」ともいい、例えば病理切片等の切片も包含する用語として用いる。)の作製法は特に限定されず、公知の手順により作製されたものを用いることができる。
【0055】
(1.脱パラフィン工程)
キシレンを入れた容器に、切片を浸漬させ、パラフィン除去する。温度は特に限定されるものではないが、室温で行うことができる。浸漬時間は、3分以上30分以下であることが好ましい。また必要により浸漬途中でキシレンを交換してもよい。
【0056】
次いでエタノールを入れた容器に切片を浸漬させ、キシレン除去する。温度は特に限定されるものではないが、室温で行うことができる。浸漬時間は、3分以上30分以下であることが好ましい。また必要により浸漬途中でエタノールを交換してもよい。
【0057】
水を入れた容器に、切片を浸漬させ、エタノール除去する。温度は特に限定されるものではないが、室温で行うことができる。浸漬時間は、3分以上30分以下であることが好ましい。また必要により浸漬途中で水を交換してもよい。
【0058】
(2.賦活化処理)
公知の方法に倣い、目的とする生体物質の賦活化処理を行う。賦活化条件に特に定めはないが、賦活液としては、0.01Mのクエン酸緩衝液(pH6.0)、1mMのEDTA溶液(pH8.0)、5%尿素、0.1Mのトリス塩酸緩衝液などを用いることができる。加熱機器はオートクレーブ、マイクロウェーブ、圧力鍋、ウォーターバスなどを用いることができる。温度は特に限定されるものではないが、室温で行うことができる。温度は50〜130℃、時間は5〜30分で行うことができる。
【0059】
次いでPBSを入れた容器に、賦活処理後の切片を浸漬させ、洗浄を行う。温度は特に限定されるものではないが、室温で行うことができる。浸漬時間は、3分以上30分以下であることが好ましい。また必要により浸漬途中でPBSを交換してもよい。
【0060】
(3.蛍光体(b)を用いて生体物質を染色する工程)
生体物質を染色するために、生体物質を認識する部位を有する蛍光体(b)のPBS分散液を調製し、切片に乗せ、目的とする生体物質との反応を行う。
【0061】
温度は特に限定されるものではないが、室温で行うことができる。反応時間は、30分以上24時間以下であることが好ましい。
蛍光体(b)による染色を行う前に、BSA含有PBSなど公知のブロッキング剤やTween20などの界面活性剤を滴下することが好ましい。
【0062】
次いでPBSを入れた容器に、染色後の切片を浸漬させ未反応の蛍光体(b)の除去を行う。温度は特に限定されるものではないが、室温で行うことができる。PBSに、Tween20などの界面活性剤を含有させてもよい。浸漬時間は、3分以上30分以下であることが好ましい。また必要により浸漬途中でPBSを交換してもよい。
【0063】
(4.蛍光体(a)を用いて細胞膜を染色する工程)
公知の方法に倣い、細胞膜の染色を行う。
蛍光体(a)であるエオジン含有溶液(和光純薬(株)製の1% EosinY Solution)を切片に乗せる。温度は特に限定されるものではないが、室温で行うことができる。反応時間は、5分以上24時間以下であることが好ましい。
【0064】
次いで脱水エタノールまたは市販の脱水溶液(和光純薬(株)製の組織脱水液)を入れた容器に、染色後の切片を浸漬させ未反応エオジンの除去および脱水を行う。温度は特に限定されるものではないが、室温で行うことができる。浸漬時間は、3分以上30分以下であることが好ましい。必要により浸漬途中でエタノールを交換してもよい。
【0065】
次いで、キシレンを入れた容器に染色後の切片を浸漬させ、エタノールの除去を行う。浸漬時間は、3分以上30分以下であることが好ましい。また必要により浸漬途中でキシレンを交換してもよい。
カバーガラスを切片に乗せ、封入する。必要に応じて市販封入剤を使用してもよい。
【0066】
(5.蛍光顕微鏡下の観察)
染色した切片に対し蛍光顕微鏡を用いて、細胞膜染色に用いた蛍光色素(蛍光体(a))の蛍光から細胞膜の位置を同定し、細胞膜上にある蛍光体(b)の輝点数または蛍光輝度を基に目的とする細胞膜上の生体物質の発現レベルを計測することができる。
【0067】
用いた蛍光物質の吸収極大波長および蛍光波長に対応した励起光源および蛍光検出用光学フィルタを選択する。
輝点数または発光輝度の計測は、演算手段による画像処理を行うことによって計測することが好ましく、例えば、市販画像解析ソフトである「ImageJ」や(株)ジーオングストローム社製の全輝点自動計測ソフト「G−Count」などを用いて行うこともできる。
【0068】
本発明においては、図1に示すようなフローチャートに沿って、細胞膜ごとの蛍光粒子重畳数をカウントする方法が好適である。
すなわち、下記(A-1)〜(A-4)の画像処理で得られた画像と下記(B-1)〜(B-4)の処理で得られた画像とを併せて、細胞膜の輝点をラベルする画像処理する方法である。
【0069】
(A-1) 顕微鏡の明視野で得られた切片画像(A)に対してグレースケール変換を施す画像処理,
(A-2) (A-1)で得られた画像に対して2値化を施す画像処理,
(A-3) (A-2)で得られた画像に対して穴埋めを施す画像処理,および
(A-4) (A-3)で得られた画像に対してラベリングを施す画像処理;ならびに
(B-1) 顕微鏡の暗視野で得られた切片画像(B)に対してグレースケール変換を施す画像処理,
(B-2) (B-1)で得られた画像に対して2値化を施す画像処理,
(B-3) (B-2)で得られた画像に対してノイズを除去する画像処理,および
(B-4) (A-3)で得られた画像に対してラベリングを施す画像処理。
この方法について、ステップを追いながら順に説明する。
【0070】
《グレースケール変換;(A-1),(B-1)》
カラー画像(RGB)は切片ごとに輝度にバラツキがあるため、グレースケール変換する必要がある。図2には、その一例を示す。グレースケール変換の条件は、公知のものを使用することができ、本発明では特に限定されないが、例えば下記式により変換することができる。
Y=0.299×R+0.587×G+0.114×B
【0071】
《2値化処理;(A-2),(B-2)》
グレースケール変換した画像から、予め設定された上限閾値および下限閾値に基づき2値化画像を作成する。この上限・下限閾値は、例えば、図3(C)に示す大津の判別分析法(大津展之; 判別及び最小2乗基準に基づく自動しきい値選定法, 電子通信学会論文誌, Vol.J63-D, No4, pp.349-356, 1980)による2値化などのような統計的閾値決定法を利用してもよい。
【0072】
この2値化処理によって、細胞膜に由来するもの(下限閾値以下)と生体物質に由来するもの(下限閾値以上上限閾値以下)とに分けることができる。(図3(A)を参照。)
具体的には、図3(B)に示すフローチャートに従って、抽出する画素を決定することができる。
【0073】
《Morphology処理による穴埋め処理;(A-3)》
図4(A)に示すように、細胞膜が寸断された細胞を、この穴埋め処理によって、細胞膜を一繋がりとすることができる。具体的な処理としては、ピクセル単位で表示した2値化画像において、「1」とラベルされたピクセルの周囲のピクセルをすべて「1」とラベル(膨張)した後、「1」とラベルされたピクセル一集団の最外周の「1」ピクセルのみを「0」とラベルする(収縮)ものである。(図4(B))
【0074】
《ノイズ除去処理;(B-3)》
図5に示すように、対象オブジェクト(図(A)中のn1, n2, n4)以外のオブジェクト(図(A)中のn3)をノイズとして識別して除去する処理である。オブジェクトの面積(画素数)をカウントし、規定値(図5では、noise_valに相当する。)以下の面積を有するオブジェクトをノイズとして、背景色と同色に変換する。図5において(A)をノイズ除去処理したものを(B)として示す。
【0075】
《ラベリング処理;(A-4),(B-4)》
ピクセル単位で表示された個々のオブジェクト、すなわち「1」ラベルされたピクセル一集団それぞれに順に番号を振る処理である。(図5)
【0076】
《細胞膜ごとの蛍光ナノ粒子重畳数のカウント》
図6(B)に示すようなフローチャートに従って、細胞ごとに細胞膜上の輝点1個ずつラベル(図6(A))し、輝点数をカウントする。1輝点は、1生体物質にほぼ相当するものである。
【実施例】
【0077】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
[製造例1]抗HER2抗体が結合したTexasRed内包シリカナノ粒子の製造:
下記工程(i-1)〜(iv-1)によりTexasRed内包シリカナノ粒子を作製し;下記工程(v)〜(vii)により該粒子表面にアミノ基を導入し;そして、下記工程(viii)〜(xvi)により、蛍光体(b)として、抗HER2抗体が結合したTexasRed内包シリカナノ粒子を製造した。
【0078】
工程(i-1):蛍光波長615nmをピークとして有するTexasRedのN−ヒドロキシスクシンイミドエステル誘導体(インビトロジェン社製)1mg(0.00126mモル)とテトラエトキシシラン400μL(1.796mモル)とを混合した。
工程(ii-1):エタノール40mLと14%アンモニア水10mLとを混合した。
【0079】
工程(iii-1):工程(ii-1)で得られた混合液を室温で撹拌しつつ、工程(i-1)で調製した混合液を添加した。添加した後12時間撹拌した。
工程(iv-1):この反応混合物を10,000×gで60分間遠心分離し、上澄みを除去した。その後、エタノールを加え沈降物を分散させ、再度遠心分離を行った。同様の手順でエタノールと純水による洗浄を1回ずつ行い、TexasRed内包シリカナノ粒子を得た。
このTexasRed内包シリカナノ粒子を走査型電子顕微鏡〔SEM;日立(株)製S−800型〕により観察したところ、平均粒径が110nm、変動係数が12%であった。
【0080】
工程(v):工程(iv)で得られたTexasRed内包シリカナノ粒子1mgを純水5mLに分散させた。そこにアミノプロピルトリエトキシシラン水分散液100μLを添加し、室温で12時間撹拌した。
工程(vi):この反応混合物を10,000×gで60分間遠心分離し、上澄みを除去した。
【0081】
工程(vii):これにエタノールを加え、沈降物を分散させ、再度遠心分離を行った。同様の手順でエタノールと純水による洗浄を1回ずつ行い、TexasRed内包シリカナノ粒子表面にアミノ基を導入した。
このように得られたアミノ基修飾したTexasRed内包シリカナノ粒子のFT−IR測定を行ったところ、アミノ基に由来する吸収が観測でき、アミノ基修飾できたことを確認できた。
【0082】
工程(viii):工程(vii)で得られた粒子をEDTA〔エチレンジアミン四酢酸〕を2mM含有したPBS〔リン酸緩衝液生理的食塩水〕を用いて3nMに調整した。
工程(ix):工程(viii)で調整した溶液に、最終濃度が10mMとなるようSM(PEG)12(サーモサイエンティフィック社製;succinimidyl-[(N-maleomidopropionamid)-dodecaethyleneglycol]ester)を混合し1時間反応させた。
【0083】
工程(x):この反応混合液を10,000×gで60分間遠心分離し、上澄みを除去した
工程(xi):これにEDTAを2mM含有したPBSを加え、沈降物を分散させ、再度遠心分離を行った。同様の手順による洗浄を3回行った。最後に500μLのPBSを用い再分散させた。
工程(xii):抗HER2抗体100μgを、100μLのPBSに溶解させたところに、1Mジチオスレイトール〔DTT〕を添加した、30分間反応させた。
【0084】
工程(xiii):この反応混合物について、ゲルろ過カラムにより過剰のDTTを除去し、還元化抗HER2抗体溶液を得た。
工程(xiv):工程(xi)で得られたアミノ基修飾したTexasRed内包シリカナノ粒子の分散液と工程(xiii)で得られた還元化抗HER2抗体溶液とをPBS中で混合し、1時間反応させた。
【0085】
工程(xv):これに10mMメルカプトエタノール4μLを添加し、反応を停止させた。
工程(xvi):この反応混合物を10,000×gで60分間遠心分離し上澄みを除去した後、EDTAを2mM含有したPBSを加え、沈降物を分散させ、再度遠心分離を行った。同様の手順による洗浄を3回行った。最後に500μLのPBSを用い再分散させて、蛍光体(b)として、抗HER2抗体が結合したTexasRed内包シリカナノ粒子を得た。
【0086】
[製造例2]抗HER2抗体が結合したCdSe/ZnS内包シリカナノ粒子の製造:
下記工程(i-2)〜(iv-2)に従いCdSe/ZnS内包シリカナノ粒子を作製した。製造例1の工程(v)〜(xvi)において、TexasRed内包シリカナノ粒子の代わりに、得られたCdSe/ZnS内包シリカナノ粒子を用いた以外は製造例1と同様にして、CdSe/ZnS内包シリカナノ粒子の表面にアミノ基を導入し、抗HER2抗体を固定化した。その結果、蛍光体(b)として、抗HER2抗体が結合したCdSe/ZnS内包シリカナノ粒子が製造できた。
【0087】
工程(i-2):蛍光波長655nmにピークを有するCdSe/ZnSデカン分散液(インビトロジェン社製の「Qdot655」)10μLとテトラエトキシシラン40μLとを混合した。
【0088】
工程(ii-2):エタノール4mLと14%アンモニア水1mLとを混合した。
工程(iii-3):工程(ii-2)で得られた混合液を室温で撹拌しつつ、工程(i-2)で調製した混合液を添加した。添加した後12時間撹拌した。
【0089】
工程(iv-2):この反応混合物を10,000×gで60分間遠心分離し、上澄みを除去した。これにエタノールを加え、沈降物を分散させ、再度遠心分離を行った。同様の手順でエタノールと純水による洗浄を1回ずつ行うことによって、CdSe/ZnS内包シリカナノ粒子が作製できた。
得られたCdSe/ZnS内包シリカナノ粒子のSEM観察を行ったところ、平均粒径が130nm、変動係数が13%であった。
【0090】
[製造例3]抗HER2抗体が結合したTexasRedの製造:
TexasRedのN−ヒドロキシスクシンイミドエステル誘導体(インビトロジェン社製)を用い、公知の方法に従い抗HER2抗体への結合を行った。
【0091】
[実施例1]
製造例1で得られた蛍光体(b)、すなわち抗HER2抗体が結合したTexasRed内包シリカナノ粒子を用いて、下記(1)〜(13)に従ってヒト乳房組織の免疫染色を行った。染色切片はコスモバイオ(株)製の組織アレイスライド(CB-A712)を用いた。
【0092】
染色切片はあらかじめパスビジョンHER-2 DNAプローブキット(アボット社製)を用いて各スポット当りのFISHスコアを算出した。このFISHスコアは、アボットジャパン社製HER−2遺伝子キット パスビジョン®HER−2 DNAプローブキットに添付されている文書に記載の手順に従って算出した。
【0093】
(1) キシレンを入れた容器に組織切片を30分間浸漬させた。途中3回キシレンを交換した。
(2) エタノールを入れた容器に組織切片を30分間浸漬させた。途中3回エタノールを交換した。
【0094】
(3) 水を入れた容器に、組織切片を30分間浸漬させた。途中3回水を交換した。
(4) 10mMクエン酸緩衝液(pH6.0)に組織切片を30分間浸漬させた。
(5) 121℃で10分間オートクレーブ処理を行った。
【0095】
(6) PBSを入れた容器に、オートクレーブ処理後の切片を30分間浸漬させた。
(7) 1%BSA含有PBSを組織に乗せて、1時間放置した。
(8) 1%BSA含有PBSで0.05nMに希釈した蛍光体(a)の分散液10μLを、組織に乗せて3時間放置した。
【0096】
(9) PBSを入れた容器に、染色後の切片をそれぞれ30分間浸漬させた。
(10) 蛍光体(a)であるエオジン含有溶液(和光純薬(株)製の1% EosinY Solution)10μLを組織に乗せて3時間放置した。
【0097】
(11) 脱水溶液(和光純薬(株)製の組織脱水液)を入れた容器に、染色後の切片を30分間浸漬させた。
(12) キシレンを入れた容器に染色後の切片を30分間浸漬させた
(13) 市販封入剤(メルク社製のエントランニュー)を乗せた後、カバーガラスを切片に乗せた。
【0098】
組織切片はオリンパス(株)製のレーザ共焦点顕微鏡FV1000−Dを用いて画像を取得し、ジーオンオングストロング社製の輝点計測ソフト「G−count」を用いて輝点の計測を行った。
【0099】
蛍光体(b)の場合の、細胞膜同定法,輝点および蛍光強度の計測法について以下に説明する。なお、蛍光体(a)の場合も、励起波長・蛍光波長が蛍光体(a)と異なる以外は同様にして計測した。
【0100】
波長520nmの励起光下、蛍光体(a)であるエオジンに由来する波長540nmの蛍光画像Iを取得し、細胞膜の位置を同定した。次いで、励起波長605nmの励起光下、蛍光体(b)に由来する615nmの蛍光画像IIを取得した。蛍光画像Iと蛍光画像IIとを画像処理ソフトを用いて重ね合わせを行うことで、蛍光体(b)による蛍光の位置が細胞膜上にあるか否かの判別を行った。
【0101】
輝点数は、組織アレイスライド中の8スポットについて蛍光画像Iと蛍光画像IIとの重ね合わせを行い、各30細胞の視野全体の蛍光輝点数および細胞膜上にある蛍光輝点数のそれぞれ計測し、その平均値を求めた。
【0102】
蛍光強度は8スポットそれぞれについて、視野全体の蛍光強度および細胞膜上の蛍光強度を計測し、その平均値を求めた。
その結果を表1に示す。
【0103】
[実施例2]
実施例1において、製造例1で得られた蛍光体(b)の代わりに、製造例2で得られた蛍光体(b)を用いた以外は、実施例1と同様にして組織切片を染色し、輝点数および蛍光強度を計測した。得られた結果を表1に示す。
【0104】
[比較例1]
実施例1において、蛍光体(a)であるエオジンを用いない以外は実施例1と同様にして組織切片を染色し、輝点数および蛍光強度を計測した。得られた結果を表1に示す。
【0105】
[比較例2]
実施例2において、蛍光体(a)であるエオジンを用いない以外は実施例2と同様にして組織切片を染色し、輝点数および蛍光強度を計測した。得られた結果を表1に示す。
【0106】
[比較例3]
実施例1において、製造例1で得られた蛍光体(b)の代わりに、製造例3で得られた蛍光体(b)を用いた以外は、実施例1と同様にして組織切片を染色し、輝点数および蛍光強度を計測した。得られた結果を表1に示す。
【0107】
【表1】

表1から、細胞膜染色を行わずに視野全体の蛍光体(b)の輝点数・蛍光強度を計測した場合(比較例1,2)に比べ、細胞膜染色し細胞膜同定を行って細胞膜上のみの蛍光体(b)の輝点数・蛍光強度を計測した場合(実施例1,2)の方が、従来技術であるFISH法との相関係数が高いことがわかる。
【0108】
従来の蛍光有機色素であるTexasRedを用いた場合(比較例3)は、輝点数・蛍光強度が弱く輝点観測ができなかった。
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明の評価方法は、従来病理医が実施している組織染色と共通する工程が多く、迅速な診断に寄与することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞膜を染色する蛍光体(a)、および、
少なくともその一部が細胞膜に存在する生体物質に結合し、かつ、該蛍光体(a)とは異なる発光波長のピークを有する蛍光体(b)
を用いて組織切片を染色し;
染色された該切片中の細胞膜の位置を該蛍光体(a)の発光により同定し;
同定された細胞膜上の該蛍光体(b)による輝点数および蛍光強度を計測することによって、細胞膜における該生体物質の発現レベルを評価することを特徴とする評価方法。
【請求項2】
上記の輝点数および蛍光強度を、演算手段による画像処理を行うことによって計測する、請求項1に記載の評価方法。
【請求項3】
上記画像処理が、下記(A-1)〜(A-4)の画像処理で得られた画像と下記(B-1)〜(B-4)の処理で得られた画像とを併せて、細胞膜の輝点をラベルする請求項2に記載の評価方法;
(A-1) 顕微鏡の明視野で得られた切片画像に対してグレースケール変換を施す画像処理,
(A-2) (A-1)で得られた画像に対して2値化を施す画像処理,
(A-3) (A-2)で得られた画像に対して穴埋めを施す画像処理,および
(A-4) (A-3)で得られた画像に対してラベリングを施す画像処理;ならびに
(B-1) 顕微鏡の暗視野で得られた切片画像に対してグレースケール変換を施す画像処理,
(B-2) (B-1)で得られた画像に対して2値化を施す画像処理,
(B-3) (B-2)で得られた画像に対してノイズを除去する画像処理,および
(B-4) (A-3)で得られた画像に対してラベリングを施す画像処理。
【請求項4】
上記蛍光体(b)が、半導体ナノ粒子、または、蛍光有機色素もしくは半導体ナノ粒子を内包した内包ナノ粒子である請求項1〜3のいずれか一項に記載の評価方法。
【請求項5】
上記蛍光体(a)が、エオジン(eosin)である請求項1〜4のいずれか一項に記載の評価方法。
【請求項6】
上記生体物質が、膜タンパク質である請求項1〜5のいずれか一項に記載の評価方法。
【請求項7】
上記膜タンパク質が、HER2である請求項6に記載の評価方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−57631(P2013−57631A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−197341(P2011−197341)
【出願日】平成23年9月9日(2011.9.9)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成22年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「がん超早期診断・治療機器の総合研究開発/超早期高精度診断システムの研究開発:病理画像等認識技術の研究開発/病理画像等認識自動化システムの研究開発(1粒子蛍光ナノイメージングによる超高精度がん組織診断システム)」委託研究 産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(303000420)コニカミノルタエムジー株式会社 (2,950)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】