説明

生体等価ファントムおよびその製造方法

【課題】 本発明の目的は、水を含有する複合誘電体からなる生体等価ファントムにおいて、広い周波数領域の電磁波に対する電気特性が、人体とほぼ同等であり、取り扱い性に優れ、安定性が高く寿命が長い生体等価ファントムを提供することにある。
【解決手段】 上記目的を達成する本発明の生体等価ファントムは、水100重量部に対して、電解質を0.1〜5重量部、および吸水性高分子を3〜50重量部、さらに必要に応じて水分により硬化が阻害されない重合体を10〜200重量部、配合する生体等価ファントムである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体等価ファントムに関し、さらに詳しくは、電磁波の人体に対する影響の調査に使用される生体等価ファントムであって、人体の部位毎に相違する電磁波の周波数依存性を、広い周波数領域に対して単一体で再現することが可能な生体等価ファントムに関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話などの移動通信機器やテレビ、冷蔵庫等の家電製品が発する電磁波、および通信塔や高圧送電線等が発する電磁波が人体へ与える影響が関心を集め、種々の調査・研究が進められている。特にこれら電磁波が、人体に作用し特定の疾病の罹患率を高めているのではないかとの懸念から、電磁波と人体との相互作用の解明が鋭意検討されている。
【0003】
一般に電磁波が人体へ与える影響を検討する場合、人体の代わりに、電磁波に対する電気的特性が人体と等価な物質からなる擬似人体(生体等価ファントム)を使用する。しかし人体の電気特性は、脳(頭部)、筋肉、内臓、脂肪および骨等、人体の各部位毎に含水率や組織構造により相違するとともに、特に電磁波の周波数領域毎に相違する。そのため、使用目的に合わせて、人体部位や周波数領域に適応した生体等価ファントムを準備しなければならない。
【0004】
従来、生体等価ファントムとしては、人体の部位毎に、また対象とする周波数領域毎に、水に塩化ナトリウム、ポリエチレン粉末およびゲル化剤などを溶解、分散させた複合誘電体を使用していた。しかし、時間経過とともに複合誘電体の表面が乾燥したり、水分と固形成分が分離したり、カビ等が発生したりするなど、その寿命が最大でも一ヶ月程度と短く、再現性に乏しいという問題点があった。
【0005】
特許文献1は、水分を含まず、導電性フィラーを含む高分子複合体からなるドライファントムを提案し、特許文献2は、熱硬化性樹脂と誘電体セラミック粉末および導電性粉末を含む複合誘電体を提案している。しかしこれらのファントムおよび複合誘電体は、電気特性の周波数依存性が人体と完全には一致しておらず、狭い周波数領域毎に個別に作製しても電気的特性の合致が不十分であったり、生体等価ファントムの作製時における取り扱い性がよくない等の不都合があった。
【特許文献1】特開平10−170454号公報
【特許文献2】特開2000−82333号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、水を含有する生体等価ファントムにおいて、広い周波数領域の電磁波に対する電気特性が、人体とほぼ同等であり、取り扱い性に優れ、保存安定性に優れ寿命が長い生体等価ファントムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成する本発明の生体等価ファントムは、水100重量部に対して、少なくとも電解質を0.1〜5重量部、および吸水性高分子を3〜50重量部、さらに好ましくは水分により硬化が阻害されない重合体を10〜200重量部配合する生体等価ファントムである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の生体等価ファントムは、広い周波数領域の電磁波に対する電気特性が、人体とほぼ同等であり、水を含有する複合誘電体でありながら、取り扱い性に優れ、安定性が高く寿命が長い優れた特徴をもち、生体等価ファントムとして有効に使用することができる。
【0009】
本発明の生体等価ファントムは、人体各部の各周波数領域における電気特性の再現性が高く、頭部の電気的特性に関して、誘電率を、周波数領域300MHz〜2GHzでは±5%以内、2GHz〜3GHzでは±10%以内とすることができ、さらに導電率を、周波数領域300MHz〜3GHzにおいて±5%以内とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下に、本発明を詳細に説明する。
【0011】
本発明の生体等価ファントムは、水100重量部に対して、電解質を0.1〜5重量部、および吸水性高分子を3〜50重量部、さらに好ましくは水分により硬化が阻害されない重合体を10〜200重量部配合する生体等価ファントムである。
【0012】
本発明において、電解質は誘電率の調整用に配合される。使用する電解質としては、好ましくは、塩化ナトリウム(食塩)、塩化カリウム、塩化リチウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム等の塩化物、あるいは他の水溶性の塩、例えば、硫酸ナトリウム等の硫酸塩、硝酸ナトリウム等の硝酸塩、有機酸塩等であり、より好ましくは、塩化ナトリウムまたは塩化カリウムが挙げられる。特に、人体への安全性及び適合性という点から、塩化ナトリウムが好ましい。
【0013】
本発明の生体等価ファントム中、電解質の配合量は、水100重量部に対して、0.1〜5重量部、好ましくは0.1〜2.0重量部、より好ましくは0.5〜1.5重量部である。電解質の配合量がこの範囲より多いと、生体等価ファントムの誘電率が高くなり過ぎる傾向があり、またこの範囲未満であると、誘電率が低くなり過ぎる傾向があり、好ましくない。
【0014】
本発明において吸水性高分子は、水および電解質を均一に分散させた状態に保持するために使用される。その吸水性高分子としては、好ましくは、アクリル酸塩重合体架橋物、アクリル酸塩−メタクリル酸塩共重合体架橋物、澱粉−アクリル酸塩グラフト共重合体架橋物、澱粉−アクリロニトリルグラフト共重合体のケン化物の架橋物 、ビニルアルコール−アクリル酸塩共重合体の架橋物、無水マレイン酸グラフトポリビニルアルコールの架橋物、イソブチレン−無水マレイン酸共重合体変性物の架橋体の塩、ポリアクリル酸部分中和物架橋体、酢酸ビニル−アクリル酸エステル共重合体のケン化物の架橋物、カルボキシメチルセルロース架橋物、ポリアルキレンオキシド変性物、エチレンオキサイド重合体架橋物等が挙げられる。これらの中でも、アクリル酸塩重合体の架橋物、ポリアルキレンオキシド変性物、酢酸ビニル−アクリル酸エステル共重合体ケン化物、イソブチレン−無水マレイン酸共重合体変性物の架橋体の塩がより好ましい。特に、アクリル酸塩重合体の架橋物またはポリアルキレンオキシド変性物は、大量の水を吸収することができ、多少の荷重をかけても吸収した水を分子内に保持することができ好ましく、さらに、酢酸ビニル−アクリル酸エステル共重合体ケン化物またはイソブチレン−無水マレイン酸共重合体変性物の架橋体の塩は、吸水後のゲル強度が強く、ゲルの腐敗がなく、また長期耐久性に優れていることから、好ましく使用される。
【0015】
具体的には、アクリル酸塩重合体の架橋物は、アクリル酸重合体部分ナトリウム塩架橋物を挙げることができる。
【0016】
本発明の生体等価ファントム中、吸水性高分子の配合量は、水100重量部に対して、3〜50重量部、好ましくは4〜45重量部である。吸水性高分子として、アクリル酸塩重合体の架橋物を使用する場合、その配合量は、水100重量部に対して、好ましくは3〜40重量部、より好ましくは3〜20重量部、さらに好ましくは4〜10重量部であり、ポリアルキレンオキシド変性物を使用する場合、その配合量は、水100重量部に対して、好ましくは4〜50重量部、より好ましくは10〜50重量部、さらに好ましくは20〜45重量部である。吸水性高分子の配合量がこの範囲より多いと、誘電率が小さくなりすぎる傾向があり、またこの範囲未満であると、誘電率が大きくなりすぎる傾向があり、好ましくない。
【0017】
本発明の生体等価ファントムは、好ましくは、水分により硬化が阻害されない重合体を含むものであってもよい。水分により硬化が阻害されない重合体は、複合誘電体を構成する水、電解質および吸水性高分子が均一に分散した状態を維持し、さらに生体等価ファントムの形状を保持することができる。水分により硬化が阻害されない重合体は、硬化する前に、複合誘電体を構成する水、電解質および吸水性高分子を含む混合物に添加して、均一に混合・分散した後に、硬化することにより、生体等価ファントムの構成成分の分散状態、およびその形状を固定化することができる。
【0018】
水分により硬化が阻害されない重合体は、その目的を達成するものであれば、特に限定されるものではないが、好ましくはシリコーンゴムが挙げられる。シリコーンゴムは、好ましくは液状シリコーンゴムであり、電気電子部品のポッティング(注型封止)用の液状シリコーンゴム、型取り用液状シリコーンゴム等を好ましく挙げることができる。
【0019】
液状シリコーンゴムは、加熱により硬化してもよいが、室温で硬化することが好ましく、また室温で硬化するタイプが縮合タイプであっても付加タイプであってもよく、さらに1液型であっても2液型であってもよい。縮合タイプは、大気中の湿気と反応し酢酸、アルコール、アセトン、オキシムなど、タイプに応じた副生成物を生じながら硬化反応が進み、付加タイプは、熱が加わることで硬化反応が進み、副生成物は発生しない。通常、硬化反応は、ケイ素に結合したビニル基および水素を、白金触媒等の硬化剤によって反応させるものであり、硬化剤の添加量によって定量的な硬化反応を得ることができる。
【0020】
液状シリコーンゴムは、硬化剤が主剤と別に保存され、成形時に混合して硬化させるものが2液型であり、初めから硬化剤が主剤と一所になっているものが1液型である。室温硬化の縮合タイプの液状シリコーンゴムは、市販のものを使用することができ、例えば信越化学社製KE108、348、1400等、ジーイー東芝シリコーン社製TSE3051、TSE350等、を好ましく使用することができる。またこれらに対する硬化剤も適宜、入手することができる。
【0021】
本発明の生体等価ファントム中、水分により硬化が阻害されない重合体の配合量は、水100重量部に対して、10〜200重量部である。水分により硬化が阻害されない重合体の配合量を前記範囲内にすることによって、好適な誘電率と取り扱い性のバランスをより向上することが可能になる。
【0022】
本発明の生体等価ファントムは、その電気的特性に影響を及ぼさない範囲で、老化防止剤、防カビ剤、抗菌剤等を配合することができる。
【0023】
本発明の生体等価ファントムは、広い周波数領域の電磁波に対する電気特性が、人体とほぼ同等である。人体各部の各周波数領域における電気特性は、米国 Federal Communications Commission (FCC) OET Bullentin 65 Supplement. C 規格に記載された特性値(目標値)と合致していること、好ましくは目標値の20%範囲内、より好ましくは15%範囲内、さらに好ましくは10%範囲内、特に好ましくは5%範囲内であることが求められている。特に300MHz〜2GHzの比誘電率は±5%以内、2GHz〜3GHzの比誘電率は±10%以内にすることが求められている。
【0024】
本発明の生体等価ファントムは、人体各部の各周波数領域における電気特性の再現性が高く、頭部の電気的特性に関して、誘電率を、周波数領域300MHz〜2GHzでは±5%以内、2GHz〜3GHzでは±10%以内とすることができ、さらに導電率を、周波数領域300MHz〜3GHzにおいて±5%以内とすることができる。
【0025】
なお、複素比誘電率の虚部(ε’’)と誘電率(σ)には、次の関係があることから、生体等価ファントムの誘電率を測定することによって、導電率を算出することができる。
ε’’ = (σ/ωε
[ただし、式中、εは真空中の誘電率であり、ωは角周波数である。]
【0026】
さらに、本発明の生体等価ファントムは、水を含有する複合誘電体でありながら、取り扱い性に優れ、安定性が高く寿命が長い優れた特徴がある。
【0027】
本発明の生体等価ファントムは、人体による電磁波の反射、吸収および散乱の影響を安定して測定・評価することができる。
【0028】
本発明の生体等価ファントムの製造方法は、以下の工程(1)〜(4)を含むものである。
(1)水100重量部に対して、電解質を0.1〜5重量部添加し溶解する。
(2)さらに、水100重量部に対して、3〜50重量部の吸水性高分子を添加し混合する。
(3)さらに、水100重量部に対して、10〜200重量部の水分により硬化が阻害されない重合体を添加し混合する。また必要に応じて硬化剤を同時に添加してもよい。電解質の水溶液を吸水性高分子に吸収させた後、水分により硬化が阻害されない重合体を添加して混合することにより、吸水性高分子と水分により硬化が阻害されない重合体を均一に分散させることができる。すなわち水、電解質、吸水性高分子、および水分により硬化が阻害されない重合体を一括して配合し混合すると、構成成分を均一に分散させることができないことがあり、好ましくない。
(4)上記で得られた複合誘電体を、型に流し込み生体等価ファントムを成型する。生体等価ファントムの型は、人体各部を模擬した形状であってもよいし、立方体、直方体、円柱などの単純な立体形状であってもよい。なお、水分の揮発を抑制するために、成型した生体等価ファントムの表面に遮水性のフィルムを貼り付けたり、遮水性材料で表面コーティングしてもよい。
【0029】
本発明の生体等価ファントムは、水分を含有する複合誘電体でありながら、取り扱い性、および保存安定性に優れ、寿命が長いという優れた特徴がある。さらに、本発明の生体等価ファントムは、広い周波数領域の電磁波に対する電気特性が、人体とほぼ同等であり、電磁波と人体の相互作用関係を長時間安定して測定・評価することができる
【実施例】
【0030】
以下、実施例によって本発明をさらに説明するが、本発明の範囲をこれらの実施例に限定されるものではない。
【0031】
生体等価ファントムの電気特性は、以下の試験機および条件により測定した。
1.誘電率 ネットワークアナライザーを使用してSパラメータ法により測定した。
試験機: Agilent社製ベクトル・ネットワーク・アナライザー8720
プローブ 形式85070
評価条件: 温度 23℃、
周波数領域 500MHz〜6GHz、
【0032】
<実施例1>
水100重量部に対して、塩化ナトリウムを1重量部溶解し、この水溶液に、アクリル酸重合体部分ナトリウム塩架橋物(住友精化社製:アクアキープ10SH−NF)を5重量部添加し、混合・撹拌した。次に、シリコーンゴム(信越化学工業社製:信越シリコーンKE108)を、水100重量部に対して50重量部と、シリコーンゴム硬化剤(信越化学工業社製:信越シリコーンCAT−108)を2.5重量部、添加して均一に混合した。得られた混合物を、直径50mm、高さ150mmの円柱形の型に流し込んで成型した。温度23℃、24時間静置した後、型から取り出し生体等価ファントムを得た。
【0033】
得られた生体等価ファントムの電気特性を、図1および2に示す。脳(頭部)の誘電率と広い周波数領域において、よく一致していることが認められる。
【0034】
<実施例2>
水100重量部に対して、塩化ナトリウムを2重量部溶解し、この水溶液に、変性アルキレンオキサイド(旭電化工業社製:アデカウルトラロックA−30)を5重量部添加して均一に混合・撹拌した。得られた混合物を、直径50mm、高さ150mmの円柱形の型に流し込んで成型した。温度23℃、24時間静置した後、型から取り出し生体等価ファントムを得た。
【0035】
得られた生体等価ファントムの電気特性を、図3および4に示す。脳(頭部)の誘電率と広い周波数領域において、よく一致していることが認められる。
【0036】
また本実施例により得られた生体等価ファントムは、濃度が等しい塩化ナトリウム水溶液に、浸漬して保存することができ、より長い期間、電気的特性を維持したまま保存することができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】実施例1の生体等価ファントムにおける複素誘電率(実部)の周波数特性を示すグラフ図である。
【図2】実施例1の生体等価ファントムにおける複素誘電率(虚部)の周波数特性を示すグラフ図である。
【図3】実施例2の生体等価ファントムにおける複素誘電率(実部)の周波数特性を示すグラフ図である。
【図4】実施例2の生体等価ファントムにおける複素誘電率(虚部)の周波数特性を示すグラフ図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水100重量部に対して、少なくとも電解質を0.1〜5重量部、および吸水性高分子3〜50重量部を配合する生体等価ファントム。
【請求項2】
水100重量部に対して、さらに水分により硬化が阻害されない重合体10〜200重量部を配合する請求項1に記載の生体等価ファントム。
【請求項3】
前記吸水性高分子が、アクリル酸塩重合体の架橋物、またはポリアルキレンオキシド変性物である請求項1または2に記載の生体等価ファントム。
【請求項4】
前記水分により硬化が阻害されない重合体が、シリコーンゴムである請求項2または3に記載の生体等価ファントム。
【請求項5】
前記電解質が、塩化ナトリウムまたは塩化カリウムである請求項1〜4のいずれか1項に記載の生体等価ファントム。
【請求項6】
下記の工程(1)〜(4)を含む生体等価ファントムの製造方法。
(1)水100重量部に対して、電解質を0.1〜5重量部添加し溶解する。
(2)さらに、水100重量部に対して、3〜50重量部の吸水性高分子を添加し混合する。
(3)さらに、水100重量部に対して、10〜200重量部の水分により硬化が阻害されない重合体を、添加し混合する。
(4)上記で得られた複合誘電体を、型に流し込み生体等価ファントムを成型する。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−251012(P2006−251012A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−63759(P2005−63759)
【出願日】平成17年3月8日(2005.3.8)
【出願人】(000006714)横浜ゴム株式会社 (4,905)
【Fターム(参考)】