説明

生体組織への細胞注入方法および装置

生体組織へ細胞を注入するための方法は、組織吸着手段(210)へ吸着した組織(5)を微小振動する注入針(200)で刺通し、該針を通って細胞浮遊液を組織内へ注入する。生体組織へ細胞を注入するための装置も提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として再生医療、すなわち正常に機能しない患者自身の器官や組織に代って移植し、正常な機能を回復させる医療技術の分野に関し、詳しくは移植用生体由来組織内へ細胞を注入するための方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトドナーまたは動物から採取した生体組織から細胞成分を取り去って、あるいはそのまま、または例えばグルタルアルデヒド固定のような化学処理することによって移植用組織片が作成され、広く臨床応用されている。その場合、移植用組織片に患者の自家細胞を注入し、組織片内で細胞を増殖させ、ハイブリッド再生組織として移植するのが有利である。これは移植した組織に対する患者の免疫拒絶反応を回避できるのみならず、患者による移植組織の自己組織化を促進するからである。
【0003】
また、一般にこのようなハイブリッド再生組織を作成する場合、移植組織片への細胞注入は、術者が自ら注射器等を用いて注入しなければならないが、前記組織片が弾性に富んだ組織表面を有する場合が多く、そのため組織表面に注射針を押し付けて刺通しようとしても、その押し付け力によって組織表面が伸びてしまい注射針を上手く刺通できない。
【0004】
したがって、このような弾性に富んだ組織片へ薬剤等を注入する方法や装置として、針に超音波等による微振動を与えて刺通する注入方法や注射器具が、例えば特開平8−322568号公報や特開2001−46500号公報に開示されている。
【0005】
しかしながら、ハイブリッド再生組織を作成する場合には、移植細胞を含んだ溶液をマイクロリットルのレベルで、そしてマイクロメートルレベルの位置精度をもって目標部位に正確に注入しなければならず、また、その注入箇所も1平方センチメートル当り数千箇所にも及ぶため、熟細した術者が前記注射器等を用いても、所望のハイブリッド組織を作成することは事実上不可能であった。
【0006】
さらに、ハイブリッド再生組織を作成するための移植用組織(片)は、例えば拍動している動物の心臓壁や壁厚が薄い血管壁をも対象とするため、前記針が微振動する注射器具を用いても、組織表面の上下振幅により組織内の所定の深さに正確に注入することができなかったり、組織(片)の厚みが薄すぎて、注入時の針によるわずかな変形でも微振動している針が組織(片)を貫通してしまうといった問題があった。
【発明の開示】
【0007】
前記課題を解決するために、本発明の細胞を注入する方法および装置は、弾性に富んだ組織表面の少なくとも一部を組織吸着手段により吸着させた後、吸着された該組織表面を微小振動が与えられた針より刺通し、該組織内の所望の部位に細胞を注入することを特徴とする。
【0008】
また、組織内の所望の部位に細胞を所定量注入するために、本発明の細胞を注入する方法および装置は、精密注入手段を組み合せて細胞を含む溶液を定量注入できるようにしていることを特徴とする。
【0009】
さらには、組織内の所望の部位に正確かつ自動的に細胞を注入するために、本発明の細胞を注入する方法および装置は、3次元精密位置決め手段と組み合せて注入できるようにしていることを特徴とする。
【0010】
このように、本発明の細胞を注入する方法および装置を使用すると、
(1)術中に細胞の供給が必要な部位へ注入することができる、といった患者生体への直接注入が可能となる。
(2)脳死、あるいは臓死ドナーからの移植用軟組織処理や、もしくはブタ、ウシなどの異種動物からの移植用軟組織処理が可能となる。
(3)移植用合成組織についても、上記と同様に組織内へ細胞注入ができる。
といった効果が得られることを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の自動注入装置全体の斜視図である。
【図2】図1の線X−Xに沿った断面図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0013】
図1は、本発明の自動注入装置1の全体構成を示している。自動注入装置1は、微小振動させることができる振動針200を備えた微小振動精密注入装置2と、微小振動精密注入装置2をフレーム11上に支承した3次元精密位置決め装置3とから構成される。
【0014】
微小振動精密注入装置2は、振動子202により微小振動させることができる振動針200と、振動針200を囲み針を正確に刺通させるために試料(片)5の表面を吸着するための試料片吸着ハウジング210より構成され、詳細は図2を用いて後で説明される。
【0015】
3次元精密位置決め装置3は、フレーム11上に前記微小振動精密注入装置2を支承し、注入装置2をX−Y水平平面内に正確に位置決めするとともに、振動針200を容器4内にある試料(片)5の所定の深さに刺通させるために精密に上下移動させることができる。
【0016】
位置決め装置3は、一般に市販されているものであれば特に制限なく使用でき、図1に示されている具体例1においては、市販の3次元位置決め装置が使用されている。
【0017】
本位置決め装置3は、精密注入装置2を支承し、精密注入装置2を昇降するためのZ軸位置決め装置30と、Z軸位置決め装置30を支承し、装置30をX−Y水平平面内に位置決めするためのX−Y平面位置決めフレーム31、およびX−Y位置決めフレーム31を水平移動可能に支承するとともに、試料(片)5を内容した容器4を固定するための材料固定ベッド32とから構成される。
【0018】
次に、図1を用いて移植用組織(片)5内部へ細胞を注入するための方法について説明する。
【0019】
移植用組織(片)5は、組織が死滅又は汚染されないように湿潤状態を保持したまま容器4の中へ静置するように収容させ、その容器4は、3次元精密位置決め装置3の材料固定ベッド32上に固定される。
【0020】
容器4の固定は、容器の材料又は形状に適合したものなら何でもよく、本位置決め装置3においては、治具(図示せず)を用いた機械的固定方法により容器4を固定ベッド32上に固定している。
【0021】
位置決め装置3には、X−Y平面位置決めフレーム31およびZ軸位置決め装置30の動きを制御する制御手段(図示せず)が内蔵されており、かかる制御手段に注入位置、注入深さを予め設定しておくことにより、移植用組織(片)5の所望の部位に所定量の細胞を注入することができる。
【0022】
具体的には、位置決めフレーム31上に支承された精密注入装置2の振動針200を組織(片)5の上方へマニュアル操作により移動させた後、前記制御手段にその位置がX−Y平面における基準点であることを記憶させる。その後、精密注入装置2の試料吸着ハウジング210の下面212(図2参照)が組織(片)5の上部表面と接触するように、マニュアル操作によって精密注入装置2全体をゆっくりと下降させ、組織(片)5の上部表面が接触された位置がZ軸(垂直軸)における基準点であることを前記制御手段に記憶させる。
【0023】
この時、材料吸着チャンバー211(図2参照)内には、組織(片)5を吸着するための適当な負圧が発生させられており、かつ振動針200の先端は、吸着された組織(片)5を傷付けることがないように、吸着ハンウジング下面212より面一か又はわずかに引っ込んだ位置に配置される。
【0024】
振動針200は、吸着ハウジング210とは独立して前記制御手段により昇降可能であり、制御手段は、振動針200を吸着ハウジング210との相対的位置関係に基づいて下降させる。従って、例えば振動針200が吸着ハウジング下面212より下に1ミリメートル突き出た場合は、それが組織(片)5に対する振動針200の注入深さとなる。
【0025】
この時、組織(片)5が吸着チャンバー211内に発生させられた負圧により、吸着孔213を通して吸着ハウジング下面212にしっかりと吸着させ、かつ、針200に微小振動を与えながら組織(片)5を刺通することが重要である。
【0026】
なぜなら、組織(片)5を吸着ハウジング210に吸着させることにより、吸着ハウジング下面212と同一相となった組織(片)5の表面位置を検出することが可能となり、吸着ハウジング210の底面212、すなわち、組織(片)5の表面を基準に振動針200の注入深さを正確に決定できること、および、針200に与えられた微小振動と組織(片)5の表面が吸着ハウジング210に吸着されることによる適度な緊張状態が相俟って、弾性に富んだ組織(片)表面を変形させることなく振動針200が所望の部位(深さ)までスムーズに刺通できるからである。
【0027】
振動針200は、振動針200先端が所望の部位まで到達した後、振動針200と液体連通した精密注入手段(図示せず)により、前記部位へ細胞を含んだ溶液を所定量注入する。
【0028】
細胞を注入後、振動針200は細胞(片)5から引き抜くために吸着ハウジング下面212より面一又は上へ上昇させられる。
【0029】
さらに、振動針200が引き抜かれた後、吸着チャンバー211内の負圧は大気圧又はそれ以上の正圧にまで戻されて、組織(片)5を吸着チャンバー211から脱離し、そしてZ軸位置決め装置30により精密注入装置2が上昇させられる。
【0030】
3次元精密位置決め装置3は、その制御手段に上述した方法により振動針200が最初に刺通、注入したX−Y平面における基準点、および吸着ハウジング210が組織(片)5を吸着する位置であるZ軸(垂直軸)における基準点を記憶しているため、かかる基準点に基づいて次の予め設定された注入位置、注入深さを決定し、所望の部位に所定量の細胞を注入するように上述の方法を繰り返し実行する。
【0031】
図2は、図1の中のX−X方向から見た微小振動精密注入装置2の試料吸着ハウジング210の断面を示している。
【0032】
精密注入装置2は、振動子2により微小振動させることができる振動針200と、振動針200を囲み針を正確に刺通させるために試料(片)5の表面を吸着するための試料片吸着ハウジング210より構成され、振動針200は吸着ハウジング210内に上下移動可能に取り付けられた昇降フランジ203に支承されているため、吸着ハウジング210とは独立して昇降させることができる。
【0033】
すなわち、吸着ハウジング210は、直接Z軸位置決め装置30本体に支承させることにより、Z軸位置決め装置30本体の上下動に伴って昇降させることができるように構成されており、一方、吸着ハウジング210内を通る振動針200は、振動針200と嵌め合い不可分に結合された振動針案内ロッド201をZ軸位置決め装置30本体に内蔵された昇降手段(図示せず)に支承させることにより、吸着ハウジング210とは独立して昇降させることができるように構成されている。
【0034】
また、振動針200は、細胞を含む溶液を組織(片)5へ所定量注入するために、精密注入手段(図示せず)に液体連通に接続される。
【0035】
精密注入手段は、一般に市販されているものであれば特に制限なく使用でき、また、微小振動精密注入装置2の中に組み込んで取り付けても、または精密注入装置2の外部で接続してもよい。
【0036】
図1に示される具体例においては、精密注入手段は振動針200と液体連通している細胞浮遊液供給チューブ205を介して精密注入装置2の外部で接続されている。
【0037】
このように精密注入手段を外部接続した場合は、精密注入装置2の内部構造が単純化されてメンテナンスが容易となると共に、故障因子が減少し、装置の信頼性が向上するといったメリットがある。
【0038】
また、注入すべき溶液の供給を自動注入装置1の外部で独立して行なえるため、装置の操作性も向上するというメリットもある。
【0039】
吸着ハウジング210の内部には、吸着チャンバー211が形成され、かかる吸着チャンバー211には負圧または正圧を発生させることができるように、外部正圧および負圧源(図示せず)と接続するための吸排気口214が設けられている。
【0040】
正圧および負圧源は、例えばポンプ又は予め所定の気体圧が保持された正圧タンクおよび負圧タンクのようなものであってよく、図2に示されている具体例においては、吸排気口214と気体連通している吸排気プラグ215および吸排気チューブ216を介して前記正圧および負圧源に接続され、試料(片)5を吸着ハウジング210に吸着させる場合には、吸着チャンバー211内に負圧を発生させ、試料(片)5を脱離させる場合には、大気圧又はそれ以上の正圧を発生させる。
【0041】
吸着ハウジング210の底部には、吸着チャンバー211内に負圧が発生させられた場合に試料(片)5を吸着するための吸着孔213が適当な位置に設けられている。また、吸着ハウジング210の底面212は、吸着された試料(片)5の表面が一定平面となるように、また、試料(片)5の吸着性を向上させるために、X−Y水平平面において面一の形状を有している。
【0042】
吸着ハウジング210の上部及び下部には、振動針200の昇降を安定させ、かつ吸着チャンバー211の気密性を保持するための滑りスリーブ217及び218がそれぞれに固定されるように備え付けられている。
【0043】
振動針200は、吸着ハウジング210の下部においてスリーブ217の中を昇降自在に、かつ気密性を保って通過させられ、また吸着ハウジング210の上部においては、振動針200と嵌め合い不可分に結合された振動針案内ロッド201が昇降自在に、かつ気密性を保ってスリーブ218の中を通過させられている。
【0044】
振動針200は、吸着チャンバー211内に昇降自在に取り付けられた昇降フランジ203によって支承され、前記吸着チャンバー211内を垂直方向に所定の範囲だけ昇降できるように位置決めされる。
【0045】
また、昇降フランジ202は振動針案内ロッド201と接続固定され、かかる案内ロッド201をZ軸位置決め装置30本体に内蔵された昇降手段により上下動させることにより、支承した振動針200と共に昇降させられる。すなわち、振動針200は、吸着ハウジング210とは独立して相対的に昇降可能であり、従って、吸着ハウジング下面212を基準面として、振動針200の先端がハウジング下面212より下又は上にある場合の針の突出長さを組織(片)5へ注入深さ又は引き込み深さとして制御される。
【0046】
さらに、好ましくは昇降フランジ203のフランジ面は、吸着チャンバー211内に正圧又は負圧が発生させられた場合でも、昇降フランジ203の上面及び下面で圧力差が生じないように、気体連通構造とするのがよい。
【0047】
なぜなら、昇降フランジ203の上面及び下面の間で圧力差が生じると、昇降フランジ203の昇降に支障をきたし、ひいては、振動針200の垂直方向における位置制御精度に悪影響を及ぼすことになるからである。
【0048】
図2に示される具体例においては、昇降フランジ203の強度と、圧抜き性を考慮して、フランジ面にベント孔204が適当に設けられている。
【0049】
振動針200には、そのほぼ中間部に、針200に微小振動を与えるために振動子202が取り付けられている。
【0050】
振動子202は、針に微小振動を与えることができるものであれば特に制限なく使用でき、例えば、機械的振幅又は回転運動を利用したもの、電気的コイルの励起振動を利用したもの、または超音波振動を利用したものなどが本発明の振動子202に使用できる。
【0051】
このように、本発明においては、振動針200を正確に刺通するために組織(片)5を吸着固定するための手段として吸引圧を利用するが、前記吸着固定するための手段としては特に本実施例に限定されるものでない。
【0052】
例えば、組織(片)を金属容器の中に収容し、磁気を利用して間接的に組織(片)を吸着固定させる方法や、組織(片)に悪影響を与えない粘着剤を利用する方法などが考えられる。
【実施例1】
【0053】
本発明の自動注入方法および装置を用いると、容器4の中に静置したブタ心筋組織に、1×1センチメートル四方の範囲に200マイクロメートルの間隔で2500箇所に深さ2ミリメートルの位置に100ピコリットルの細胞浮遊液(1ミリリットル当り1×105個細胞)を注入することができた。
【実施例2】
【0054】
本発明の自動注入方法および装置を用いると、容器4の中に静置した拍動しているブタ心臓壁に200マイクロメートルの間隔で一列に50箇所に深さ5ミリメートルの位置に100ピコリットルの細胞浮遊液を注入することができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
弾性に富んだ組織表面の少なくとも一部を組織吸着手段により吸着させた後、微小振動が与えられた針により吸着された該組織表面を刺通し、該組織内の所望の部位に細胞を注入する方法。
【請求項2】
該組織内の所望の部位に細胞を所定量注入するために、精密注入手段を用いて定量注入する請求項1に記載の注入方法。
【請求項3】
該組織内の所望の部位に正確かつ自動的に細胞を注入するために、3次元精密位置決め手段を用いて位置決めする請求項1又は2いずれかに記載の注入方法。
【請求項4】
該組織の吸着は、吸引圧を利用することにより吸着させることを特徴とする請求項1ないし3いずれかに記載の注入方法。
【請求項5】
針に与える微小振動は、機械的振動、電気的コイル励起などによる振動、又は超音波を含む物理的振動により発生させられた振動であることを特徴とする請求項1ないし4いずれかに記載の注入方法。
【請求項6】
弾性に富んだ組織が、ヒト、動物又は植物などの生物由来組織である請求項1ないし5いずれかに記載の注入方法。
【請求項7】
弾性に富んだ組織表面の少なくとも一部を吸着するための組織吸着手段と、吸着された該組織表面を刺通し、該組織内の所望の部位に細胞を注入するための微小振動手段を備えた針部とからなる細胞注入装置。
【請求項8】
該組織内の所望の部位に細胞を所定量注入するための精密注入手段を備えていることを特徴とする請求項7に記載の注入装置。
【請求項9】
該組織内の所望の部位に正確かつ自動的に細胞を注入するための3次元精密位置決め手段を備えていることを特徴とする請求項7又は8いずれかに記載の注入装置。
【請求項10】
該組織吸着手段は、吸引圧を利用したものであることを特徴とする請求項7ないし9いずれかに記載の注入装置。
【請求項11】
該針部に備えられた微小振動手段は、機械的振動、電気的コイル励起などによる振動、又は超音波を含む物理的振動により発生させたものであることを特徴とする請求項7ないし10いずれかに記載の注入装置。
【請求項12】
弾性に富んだ該組織が、ヒト、動物又は植物などの生物由来組織である請求項7ないし11いずれかに記載の注入装置。

【図1】
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【図2】
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【国際公開番号】WO2005/002651
【国際公開日】平成17年1月13日(2005.1.13)
【発行日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−511361(P2005−511361)
【国際出願番号】PCT/JP2004/009436
【国際出願日】平成16年7月2日(2004.7.2)
【出願人】(591108880)国立循環器病センター総長 (159)
【Fターム(参考)】