説明

生体組織中の膜タンパク質の水輸送機能の解析用薬剤

【課題】in vivoにおける生体組織を対象とする水輸送機能およびその機能の異常に関わる情報の取得および解析に好適であり、生体組織中に存在する膜タンパク質の水輸送機能を安全かつ高精度に解析できる薬剤を提供する
【解決手段】膜タンパク質の水輸送機能を安全かつ高精度に解析するために、膜タンパク質の基質である水分子を17Oまたは18Oの一方若しくは両方の存在量が、天然水における存在量よりも多く標識した水分子を提供する。17O水分子または/及び18O水分子の一方若しくは両方の存在量が、天然水における存在量よりも多いことを特徴とする水分子を用いて核磁気共鳴分光法、核磁気共鳴イメージング法または質量分析法により測定することによって、生体組織中の膜タンパク質の水輸送機能の情報の取得および解析が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体組織中の生体膜に存在する膜タンパク質の水輸送機能の解析方法に関する。ここで、「水輸送機能」とは、生体膜に存在する膜タンパク質が、膜を介して水分子を輸送する時の機能のことを指す。
【背景技術】
【0002】
水は生体成分の大部分を占め、生体の機能を正常に保つ重要な役割を担っている。そこで、生体内における水輸送機能の解明は、種々の病気の原因解明や、治療法の確立、診断薬や治療薬の開発などに結びつくと期待されている。
【0003】
このような中、水分子の細胞膜における通路として水輸送に関与する膜タンパク質が1998年に発見され、アクアポリン(以下、「AQP」と記載することがある。)と命名された。そして多くの種類のアクアポリンが、細菌から植物に至るまで普遍的に見出されている。
アクアポリンは生体においてさまざまな生理的役割を果たしており、その異常は生体の種々の異常に関連するとの可能性が示唆されている。
アクアポリンの生理学的役割としては、例えば、大腸菌では、AQP−Zの欠損でコロニーが小さくなることが報告されており、細胞増殖に関わっていることが示唆されている。シロイヌナズナでは、その根に発現しているアクアポリンの欠損で根の増殖がさかんになることが報告されており、これは水チャネルの欠損を根の面積拡大で代償しようとしているためと考えられている。また植物では、メシベの柱頭のアクアポリンが欠損すると自家受粉を抑制できなくなることから、受粉時における花粉管の増殖に当該アクアポリンが関与していることが示唆されている。
一方、AQP1からAQP5までのノックアウトマウスが作成されており、AQP1、2、3および4のノックアウトマウスでは尿濃縮の障害がみられる。特に、AQP2の欠損では多尿が著しく、マウスは生後2週ほどで死亡してしまう。また、AQP5の欠損では唾液腺の分泌障害が認められている。残りのAQP6〜9の欠損によるマウスの障害はまだ不明であるが、重篤な症状を呈する可能性がある。AQP1は血管内皮にも発現しているが、AQP1ノックアウトマウスでは、移植した腫瘍の発育が悪く、栄養血管の発育障害に関与している可能性が指摘されている。また、脳脊髄液の産生が有意に抑制され、例えば20〜25%抑制されることが報告されている。皮膚にはAQP3があり、その障害で皮膚が異常に乾燥することがノックアウトマウスで知られており、皮膚の保湿性の維持にAQP3が必要であると考えられている。また、AQP4ノックアウトマウスでは、脳浮腫がおこりにくく、脳虚血後の脳浮腫にAQP4が関与していることが示唆され、従来脳浮腫の軽減に使用されているステロイドホルモンが、AQP4の発現を抑制することが報告されていることから、薬理効果の一部にもAQP4が関与している可能性がある。
このような状況から、アクアポリンのような膜タンパク質の水輸送機能を解析することは非常に重要であり、その解析方法の確立が強く望まれている。
【0004】
細胞膜における水輸送の解析は、従来in vitroで解析する方法がいくつか知られている。例えば、電気化学的手法や浸透圧を測定する手法で行われている(非特許文献1参照)。
【非特許文献1】加藤潔ほか、植物細胞工学18「植物の膜輸送システム−ポンプ・トランスポーター・チャネル研究の新展開」、秀潤社(2003)pp159−166
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、生体内における水の膜透過機能を明らかにすることは、種々の疾患の原因解明、治療法の確立、診断薬や治療薬の開発において非常に重要である。しかし、in Vitroにおいては利用可能な従来の技術は存在するが、in vivoにおいて応用し得る技術は、いまだに開示されていない。
本発明は上記の事情に鑑みてなされたものであり、in vivoにおける生体組織を対象とする水輸送機能およびその機能の異常に関わる情報の取得および解析に好適であり、生体組織中に存在する膜タンパク質の水輸送機能を安全かつ高精度に解析できる薬剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、
請求項1に記載の発明は、生体組織中の膜タンパク質の水輸送機能の解析用薬剤であって、該解析用薬剤中の17O水分子または18O水分子の一方若しくは両方の存在量が、天然水における存在量よりも多いことを特徴とする水輸送機能の解析用薬剤である。
請求項2に記載の発明は、前記解析用薬剤が重水素を含むことを特徴とする。
請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載の解析用薬剤を生体組織に導入し、導入後に画像解析して水の動態(移動状態)を評価することを特徴とする生体組織中の膜タンパク質の水輸送機能の解析方法である。
請求項4に記載の発明は、前記解析方法において、膜タンパク質の水輸送機能を阻害する物質を生体組織に導入後、前記解析用薬剤を生体組織に導入することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
以下の説明では、「17O、18Oの一方、若しくは両方を含む水分子」を「本水分子」、「本水分子」を含む水を「本水分子含有水」と称することがある。
請求項1に記載の発明によれば、生存状態における生体組織を対象として、生体組織中に存在する膜タンパク質の水輸送機能を安全かつ高精度に解析でき、水輸送機能およびその異常に関わる情報を取得できる。
請求項2に記載の発明によれば、より詳細な水輸送機能およびその異常に関わる情報を取得できる。
請求項3に記載の発明によれば、請求項1の解析用薬剤を生体組織に導入後、画像解析によって生体組織中の水の動態を評価するので、膜タンパク質の異常の有無や異常の程度及び膜タンパク質の存在領域の特定を詳細に行うことができ、さらに膜タンパク質の種類も推測することができる。
請求項4に記載の発明によれば、水輸送機能を阻害する物質の影響は個々の膜タンパク質で異なるので、個々の膜タンパク質の水輸送機能の低下に差をつけた上で請求項3の方法を行うと、膜タンパク質の水輸送機能をより詳細に解析できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明について詳しく説明する。
酸素安定同位体を含む水分子としては、重水素(D)を含むものも含めると、H16O、HD16O、D16O、H17O、HD17O、D17O、H18O、HD18OおよびD18Oの9種類が存在するが、本発明では、H17O、HD17O、D17O、H18O、HD18OおよびD18Oからなる群から選択される一種以上の水分子を用いる。これらの中でも、特に優れた効果を奏し、工業上安価に入手可能であることから、H17Oを用いることが好ましい。
【0009】
本発明では、本水分子含有水を生体組織に導入後、生体組織中の水分子または生体組織を経由した水分子を測定する。あるいは、生体組織中の水分子および生体組織を経由した水分子の両方を測定しても良い。膜タンパク質を介した水の輸送は、生体組織間で行われる場合と、生体組織と外界との間で行われる場合があり、目的に応じて測定対象とする水分子を選択すれば良い。そして、水分子の測定を行うことで、生体組織中の膜タンパク質の水輸送機能を解析する。なお、本水分子含有水には本水分子以外の同位体の水分子が含まれていても良く、また、測定する水分子には、本水分子以外の水分子も含まれ得る。
【0010】
生体組織に導入する水中における、本水分子の含有量が多いほど高精度な解析が可能であり、例えば、17O、18Oのいずれか一方、もしくは両方の含有量を0.3atom%以上とするのもひとつの方法である。
また17Oを用いる場合は、17Oの含有量が天然存在比より高い0.05atom%以上含まれた水で十分なコントラストの増強効果が得られることがファントム実験の結果から確認されている(Bilgin Keserci et al.,Feasibility Study of Oxygen−17 water as a cerebrospinal disease diagnosis agent:Phantom Study(2006)JSMRM2006,I84−34PM)。
【0011】
また、生体組織に導入する水に、本発明の効果を損なわず、生体許容性を有するその他の成分を含ませても良い。前記その他の成分としては、例えば、リン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩等の緩衝液等の緩衝剤、亜硫酸塩、アスコルビン酸、α−トコフェロール等の抗酸化剤、ヒアルロン酸やペクチンなどの粘張化剤、パラヒドロキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸等の防腐剤、ブドウ糖、D−ソルビトール、塩化ナトリウム、塩化カリウム、グリセリン、D−マンニトール、ほう酸等の等張化剤、ベンジルアルコール等の無痛化剤等があり、これらは、解析の目的に応じて適宜選択する。
【0012】
本発明においては、前記水が導入された生体組織中の本水分子および前記生体組織を経由した本水分子を測定するが、測定法としては、核磁気共鳴分光法(以下、「NMR法」と言う。)、核磁気共鳴イメージング法(以下、「MRI法」と言う。)、質量分析法(以下、「MS法」と言う。)が挙げられる。そして、これらの測定法は一種若しくは二種以上を組み合わせても良い。
本水分子含有水は、生体組織に対して通常の水(H16O)と同様に振る舞うので、生体内における膜タンパク質の水輸送機能を正確に解析できる。
【0013】
なかでも、生体組織中の水分子の測定、特に17Oを含む水分子の測定には、汎用性が高く、高精度で、解析結果を画像表示し易いなどの利点を有することから、NMR法またはMRI法が好適である。
【0014】
NMR法またはMRI法であれば、Hを検出核として検出する場合、16Oに結合したH、17Oに結合したH、および18Oに結合したHのスペクトルを別々に測定することは困難である。しかし、17Oに結合したHは、16Oに結合したHよりも、水素原子の横緩和時間(T2)が短縮されることが知られているので、この時間差を検出すれば良い。また、NMR法またはMRI法では、17Oを含む水分子中の17Oを検出核として直接検出しても良い。
NMR法またはMRI法では、Hを検出する方が、感度が高く容易に行える点で好ましいが、17Oを含む水分子を濃縮した水を用いるのであれば、17Oを直接検出することでも、高精度にこれら水分子の測定を行うことができる。
【0015】
17Oは、その核スピンによって、近傍原子の結合状態を変化させるので、このような原子は核磁気共鳴時に緩和時間の変化を生じる。したがって、17Oを含む水分子をNMR法またはMRI法によって測定する時には、さらに、生体組織内原子の緩和時間の変化を検出することが好ましい。ここで、生体組織内原子とは、生体組織を構成する原子や生体組織に含まれる原子を指し、17Oの影響で緩和時間が変化するものであればいずれでも良い。
【0016】
一方、生体組織を経由した水分子の測定、特に18Oを含む水分子の測定には、MS法が好適である。MS法であれば、水分子の質量の相違に基づいて、水分子の酸素安定同位体の存在比率に関する情報が取得でき、本水分子の存在を定量的に確認できる。
【0017】
以上のように、本水分子を測定することができる。生体組織における本水分子の存在領域を確認することにより、生体組織中におけるこれら水分子の動態を検出することも可能である。さらに、例えば、ストレスや阻害剤など膜タンパク質に影響を与えた前後で、生体内の水の動態を比べる、膜タンパク質に関係する水輸送機能を解析することができる。
特に、NMR法またはMRI法においては、水素原子の横緩和時間(T2)を強調した画像を取得することで、17Oを含む水分子の存在をより鮮明に確認できる。また、検量線を作成すれば、これら水分子の量を定量できる。
【0018】
本発明において、解析対象である膜タンパク質とは、これを介した水輸送に関与するものであれば特に限定されない。例えば、生体膜内外への水輸送に関わるチャネル機能を有するものが挙げられ、特に、後記するアクアポリンが例示できる。
本発明は、これら膜タンパク質の水輸送の機能やその異常に関する情報を得るのに好適である。
【0019】
解析対象の生体組織は、菌類に由来するもの、動物に由来するものおよび植物に由来するものなど、生物由来であればいずれでも良い。
動物としては、例えば、原核生物、真核生物、軟体動物、環形動物、節足動物などの無脊椎動物、および脊椎動物が挙げられる。植物としては、例えば、裸子植物、被子植物等が挙げられる。
生体組織としては特に限定されず、水輸送機能を有する膜タンパク質の存在が示唆されるものが好適である。例えば、細胞、カルス、胚組織、木部組織、クチクラ、分裂組織、表皮組織、通道組織、機械組織、結合組織、筋組織、神経組織、並びに体液、血液、リンパ液、組織液、体腔液、脳脊髄液、関節液または眼房水を含有する組織等が挙げられる。
さらに具体的には、例えば、葉、茎、導管、根毛、液胞、気孔、胚葉、えら、気門、脳、心臓、肺、肝臓、膵臓、胆嚢、腎臓、膀胱、腸、眼、鼻腔、唾液腺、気管、脊髄、精巣、皮膚、筋肉、赤血球、白血球等が挙げられる。
【0020】
このような生体組織を解析に供することで、本発明により、膜タンパク質の水輸送機能およびその異常並びにその異常に関連する罹病に関する情報が取得できる。特に膜タンパク質としてアクアポリンは、アクアポリン0〜12など、類似の機能および構造を有するものが多数知られ、これらは天然に広く存在しており、様々な生体組織の水輸送機能異常への関与が指摘されている。そして、先に具体的に挙げた生体組織には、いずれもアクアポリンが含まれる可能性が高い。
例えば動物の場合、脳脊髄液は、脳室の脈絡叢と呼ばれる部位で産出され、脊髄を巡り最終的には脳表溝内の上矢状静脈で吸収されることが知られている。そして、脈絡叢にはアクアポリン1が、上矢状静脈にはアクアポリン4が存在しており、これらアクアポリンに欠損などの異常が生じると、脳脊髄液の産出や吸収に障害が発生し、体液循環異常となる可能性が示唆されている。
一方、脳は、血液脳関門により化学物質の侵入から守られているので、薬物を用いた脳内の検査を行うことができず、さらに繊細な組織であるため直接観察することも困難である。したがって、脳におけるアクアポリンの機能解析は十分行われていない。これに対し、本発明で用いる本水分子は、生体組織に対して通常の水(H16O)と同様に振る舞う。そして、脳内に導入後は、体外から高精度に測定することが可能である。したがって、脳内における脳脊髄液の産出量や吸収量などの体液循環を定量的に測定することが可能である。
また、例えば植物の場合、水輸送には導管などの通道組織が関与していることが知られており、これら導管の近傍にはアクアポリンが存在している可能性が高いので、導管を有する部位は解析対象として好適である。
【0021】
本水分子含有水を生体組織に導入する方法は特に限定されず、解析に供する生体組織の種類や状態に応じて適宜選択する。
例えば、生存中の植物の生体組織に導入するには、前記水を根毛から吸収させても良いし、培養時に吸収させても良い。あるいは生体組織を前記水に浸漬しても良い。水に浸漬する場合には、例えば、切片、カルス、表皮組織、上皮組織、皮層、内皮等を浸漬する方法が挙げられる。さらに、生体組織に前記水を直接注入しても良い。水を注入する場合には、例えば、通道組織、葉肉組織、中心柱、種子、胚組織等へ注入する。直接注入は、生体組織が水の吸収能を有していないかあるいは弱い場合に好適である。
一方、動物の生体組織に導入するには、例えば、飲水、給餌、吸入により導入する方法、皮膚から吸収させる方法が挙げられる。また、植物の場合と同様に、生体組織に水を直接注入しても良いし、生体組織を水に浸漬しても良い。さらに、例えば、前記水を腹腔内、消化器官内、血管内または脊髄内へ注入することにより、体液に載せて解析対象の生体組織に導入しても良い。血管内へ注入する場合には、静脈および動脈のいずれでも良い。
【0022】
前記水の導入量は、本水分子の含有量、解析に供する生体組織の種類や状態等に応じて適宜選択する。例えば、生存中の動物の生体組織に導入する場合には、より正確な解析を行えるように、動物体内の生理的条件が大きく変化しないようにすることが好ましい。具体的には、本水分子の含有量が、0.05質量%〜90質量%である水を体重1kgあたり0.01ml〜10mlで導入することが好ましい。
生存中の動物の生体組織以外、例えば、植物の生体組織に導入する場合には、前記水の導入量は特に限定されず、精度良く測定できるように調節すれば良い。
【0023】
本発明においては、本水分子の含有水を生体組織に導入する前に、解析対象の膜タンパク質の水輸送機能を阻害する物質を該生体組織に導入することが好ましい。このように阻害物質を併用することで、例えば、該阻害物質を用いなかった場合と解析結果を比較することで、膜タンパク質の水輸送機能をより詳細に解析できる。具体例を挙げると、阻害物質が無い場合に水分子が輸送されるのに対し、阻害物質がある場合に水分子が輸送されなければ、膜タンパク質は正常と推測される。また、このような現象が見られる領域を特定することで、膜タンパク質の存在領域を詳細に特定できる。また、阻害物質として、膜タンパク質に特有のものがあれば、膜タンパク質の種類を推測できる。
【0024】
阻害物質の種類や導入量は、解析対象の膜タンパク質の種類に応じて適宜選択すれば良い。膜タンパク質がアクアポリンである場合には、その水輸送機能の阻害物質として、例えば、銀イオン、水銀イオン、金イオンを用いることができる。そして、銀イオンは100μmol/L以上、水銀イオンおよび金イオンは1mmol/L以上の濃度の水溶液として、生体組織に導入することが好ましい。
【0025】
本発明においては、本水分子の含有水を生体組織に導入後、水分子の測定を複数回行うこと、いわゆる経時測定を行い、経時的に解析工程を行うことで、膜タンパク質の水輸送機能を解析できる。
特に、水分子の定量や移動速度の測定を、生体組織の中でも臓器レベルまたは細胞レベルで行うことは、膜タンパク質の異常の有無を判断する上で重要である。
【0026】
前記膜タンパク質の種類の中には、重水素(以下Dという)を含む水分子、即ち重水を透過させないものや、重水の透過効率の低いものがある。また、Dを検出核に、核磁気共鳴法、核磁気イメージング法、質量分析法を用いると、重水素と本水分子とを生体試料内で比較観測することができる。膜タンパク質の水輸送機能を解析する際に、本水分子に適当量の重水を含有させることにより、重水と本水分子を含む水との動態を同時に解析することができ、それぞれの膜タンパク質での透過率の差を利用できる、より詳細な解析ができ好ましい。
【0027】
なお、重水とは、D16O、HD16O、D17O、HD17O、D18OまたはHD18Oのことを指し、いずれを用いても良い。
【0028】
本発明において、解析に供する、生体組織を経由した水分子としては、例えば、蒸散、蒸発、発汗、排泄、排尿、分泌、呼吸、浸透、切片からの抽出、表皮組織からの抽出、上皮組織からの抽出、通導組織からの抽出、腹腔からの抽出、消化器官からの抽出、筋肉からの抽出、血管からの抽出または脊髄からの抽出により前記生体組織外に存在する水分子が挙げられる。
生体を経由した水分子を測定することで、膜タンパク質の水輸送機能だけでなく、水の循環に関する情報も取得でき、膜タンパク質の生体内における役割の理解に有用である。
【0029】
膜タンパク質の水輸送機能の異常に起因する生体の異常としては、植物であれば、例えば、萎凋、吸水異常、蒸散異常、細胞増殖異常等が挙げられる。
また動物であれば、例えば、細胞増殖異常、尿濃縮異常、内分泌異常、保湿異常、血圧異常、体液循環異常、消化器系の異常、循環器系の異常、呼吸器系の異常、泌尿器系の異常、生殖器系の異常、内分泌器系の異常、感覚器系の異常、中枢神経系の異常、運動器系の異常、唾液分泌低下、白内障、腎性尿崩症および多発性のう胞腎皮膚乾燥等が挙げられる。その中で、人については例えば脳脊髄循疾患、浮腫性疾患、ドライアイおよびシェーグレン症候群等が挙げられる。
本発明は、これら各種異常の検査、診断に用いるのに、特に好適である。
【0030】
水輸送機能の異常は、生体組織中の膜タンパク質に異常が生じることで引き起こされる。そして、膜タンパク質の異常は、例えば、各種罹病や環境ストレスの受容が原因となって生じる。
罹病は、例えば、細菌、菌類、ウイルスまたは線虫の侵入によって生じることがある。
また、環境ストレスとしては、例えば、浸透圧ストレス、塩ストレス、乾燥ストレス、温度ストレス、光ストレス、酸素ストレス、栄養ストレス、騒音ストレス、紫外線ストレス、水ストレス、養分ストレス、土壌ストレスまたは電気ストレスが挙げられる。特に植物は環境ストレスを受容し易い。
したがって、膜タンパク質の水輸送機能を評価することで、罹病や環境ストレス受容の程度を評価することもできる。
【実施例】
【0031】
以下、具体的実施例により、本発明についてさらに詳しく説明する。ただし、本発明は、以下に示す実施例に何ら限定されるものではない。
[実施例1]
(ダイコン中のアクアポリンの検出)
(a)17O濃度が5atom%となるようにH17Oを含有する水、(b)注射用水を用いて、これらに直径約14.5mmのスティック状のダイコンを20時間浸漬した。次いで、これらを取り出した後、ダイコンをスライスして、Hを検出核としてMRI測定を行った。MRI測定での磁場強度は1.5T、TE は177.7ms、TRは5318.7ms、撮像方法はファーストスピンエコー(FSE)法でT2強調画像を取得し、撮影時のエコー数は8回、積算数は4回、FOVは64mm×64mm、matrixは128×256で行った。この時、比較対照として注射用水のみのサンプルも同様に測定および撮像を行った。またこの時、ダイコンの導管を挟み込むように二箇所の関心領域((a)を用いた場合、(a)−1および(a)−2、(b)を用いた場合、(b)−1および(b)−2とする)を設定し、これら関心領域における信号強度を算出して比較した。この時のグラフを図1に示す。
撮像の結果、図1に示すように、(b)に浸漬したダイコンのスライスの信号強度((b)−1;416177、(b)−2;392158)よりも、(a)に浸漬したダイコンのスライスの信号強度((a)−1;325554、(a)−2;346196)の方が小さく、H17Oの検出に伴うT2の緩和によると見られる信号強度の相違が確認された。これは、通道組織近傍に存在するアクアポリンによる水輸送が検出されたことを示すものであり、本発明により、アクアポリンの水輸送機能解析が可能であることが確認された。
【0032】
[比較例1]
厚さ6〜10cmに輪切りにしたダイコンを用いて、輪切りの下面を1〜16時間食紅水に浸漬した。食紅としては、赤色102号(化学名:7−ヒドロキシ−8−(4−スルホナフチルアゾ)−1,3−ナフタレンジスルホン酸=三ナトリウム塩=1・1/2水和物)を使用した。1時間経過すると、下面から輪切り周辺の通道組織に食紅が浸透した。しかし、16時間食紅水に浸漬した輪切りのダイコンであっても、通道組織以外で、食紅水浸透した箇所は認められなかった。これは、アクアポリンが食紅のような高分子化合物を透過させず、通道組織から他の部位への食紅の浸透が起こらなかったためと考えられる。
以上により、通道組織以外での水輸送の多くにはアクアポリンが関わっており、特に通道組織とその周辺との間の水輸送のほとんどが、アクアポリンを通じて行われていることが示唆された。
【0033】
[実施例2]
(イヌの脳におけるアクアポリンの検出)
体重5kgの雄ビーグル犬について、Hを検出核とする脳の核磁気共鳴イメージングを行った。標準quadratureヘッドコイルを使用し、装置は3T MRIスキャナ(SignaExcite、GE Healthcare)にて撮像した。撮像法はFSE法(TR/TE=3000/120ms,ETL=64,number of slices=4,slice thickness=5mm,BW=31.25kHz,FOV=120×120mm,matrix=256×128,scan time=15sec)を用いた。17O 濃度が40atom%となるようにH17Oを含有する水を10mL、大腿静脈に一定のスピードで40秒にて投与し、投与45秒前から投与後5分までは15秒毎に、その後投与後19分まで1分間毎に撮像を行った。イヌは麻酔下にて、二酸化炭素分圧を2〜4%COにて40mmHgに制御した。脳脊髄液を産生する脈絡叢が存在する脳室、脳脊髄液を吸収する上矢状静脈が存在する脳表溝、および大脳溝に関心領域を設定し、H17O投与後のHの信号強度から投与前のHの信号強度のサブトラクションを行い、投与後の信号変化率を算出した。そして、各時間における信号変化率をプロットし、グラフを作成した。その結果を図2に示す。
投与後数秒から数10秒後という早い時点で、脳室にH17Oの流入によると考えられる信号の変化が確認された。また、時間経過と共に、大脳溝および脳表溝にも同様の信号の変化が観測された。生体内におけるこのような迅速な水分子の輸送は、膜タンパク質を介したもの以外は知られておらず、脳室へのH17Oの流入は、アクアポリンによる水の輸送を反映したものであり、この結果は、アクアポリン1によって脳室内にH17Oが脳脊髄液と共に流入し、その後脊髄を通過してから大脳溝を経由して、最終的に脳表溝に到達したことを示している。
以上より、本発明により、アクアポリンの水輸送機能解析が可能であることが確認された。
【0034】
本発明では、NMR法、MRI法またはMS法など、放射性同位体を用いずに水分子の測定が可能であり、測定時における被爆の危険性がないので安全性に優れる。また、測定専用の設備も不要であり、汎用性のある設備で簡便に行うことができるので、コスト負荷が小さい。
また、本水分子の含有水は通常の水(H16O)とほぼ同じ物性を有し、生体組織に対しても同様に振る舞うので、通常の生体内における膜タンパク質の水輸送機能を正確に解析できる。
【産業上の利用可能性】
【0035】
生体内の膜タンパク質の水輸送機能は生物に普遍的に重要な役割を果たしているため、これを解析できる本発明は、生体の関わるあらゆる分野で利用される可能性がある。例えば医薬分野においては、尿障害、消化液の分泌障害、脳脊髄液に関わる脳障害、脳浮腫といった種々の病気の原因解明、治療法の確立、診断薬や治療薬の開発、医用画像解析、画像診断やその機器の開発などに利用できる。また農業分野においては、水利用効率の高い農作物の開発などに利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】実施例1における、MRI測定結果から算出した信号強度の平均値を示すグラフである。
【図2】実施例2における、MRI測定結果から算出した信号変化率を各時間ごとにプロットしたグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体組織中の膜タンパク質の水輸送機能の解析用薬剤であって、該解析用薬剤中の17O水分子または18O水分子の一方若しくは両方の存在量が、天然水における存在量よりも多いことを特徴とする水輸送機能の解析用薬剤。
【請求項2】
前記解析用薬剤が重水素を含むことを特徴とする請求項1記載の水輸送機能の解析用薬剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の解析用薬剤を生体組織に導入し、導入後に画像解析して水の動態(移動状態)を評価することを特徴とする生体組織中の膜タンパク質の水輸送機能の解析方法。
【請求項4】
膜タンパク質の水輸送機能を阻害する物質を生体組織に導入後、前記解析用薬剤を生体組織に導入することを特徴とする請求項3に記載の生体組織中の膜タンパク質の水輸送機能の解析方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−239566(P2008−239566A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−84353(P2007−84353)
【出願日】平成19年3月28日(2007.3.28)
【出願人】(000231235)大陽日酸株式会社 (642)
【出願人】(300019238)ジーイー・メディカル・システムズ・グローバル・テクノロジー・カンパニー・エルエルシー (1,125)
【出願人】(000230250)日本メジフィジックス株式会社 (75)
【Fターム(参考)】