説明

生体触媒を用いたα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法

【課題】生体触媒を用いてα−ヒドロキシニトリル化合物からα−ヒドロキシ酸又はα−ヒドロキシ酸アンモニウムを製造する方法の提供。
【解決手段】ニトリラーゼ活性を有する微生物菌体に由来する生体触媒を用いてα−ヒドロキシニトリルをα−ヒドロキシ酸アンモニウムに変換する工程を含むα−ヒドロキシ酸又はα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法において、該生体触媒として、α−ヒドロキシニトリルをα−ヒドロキシ酸アンモニウムに変換する反応の初期比活性が32[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上であるニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いることを特徴とするα−ヒドロキシ酸又はα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,ニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いてα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウム、とりわけグリコール酸或いはグリコール酸アンモニウムを製造する方法に関する
【背景技術】
【0002】
酵素活性を有する生体触媒を利用して目的の化合物を合成する方法は、反応条件が穏和であるため反応プロセスが簡略化できること、あるいは副生成物が少なく高純度の反応生成物を取得できる等の利点があるため、近年、様々な化合物の製造に用いられている。中でもニトリル化合物をカルボン酸或いはカルボン酸アンモニウムに変換する活性を持つニトリラーゼやニトリル化合物をカルボン酸アミドに変換する活性を持つニトリルヒドラターゼ等の加水分解酵素は、その特異的な反応挙動から、様々なカルボン酸或いはカルボン酸アンモニウム及びカルボン酸アミドの製造に用いる検討がなされている。
【0003】
それらの中で、ニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いて、α−ヒドロキシニトリルをα−ヒドロキシ酸アンモニウムに変換するα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法も数多く検討されている。例えばCorynebacterium属を用いてグリコール酸、乳酸、2−ヒドロキシイソ酪酸を製造する方法(特許文献1)、或いはRhodococcus属またはGordona属を用いてグリコール酸を製造する方法(特許文献2)、或いはAcidovorax属を用いてグリコール酸、2−ヒドロキシイソ酪酸を製造する方法(特許文献3)、或いはBrevibacterium属を用いて乳酸を製造する方法(特許文献4)、或いはPseudomonas属またはArthrobacter属またはAspergillus属またはPenicillium属またはCochliobolus属またはFusarium属を用いて乳酸、2−ヒドロキシイソ酪酸、2−ヒドロキシ−2−フェニルプロピオン酸、マンデル酸、を製造する方法(特許文献5)、或いはEnterobacter属またはArthrobacter属またはCaseobacter属またはBrevibacterium属またはAureobacterium属またはEscherichia属またはMicrococcus属またはStreptomyces属またはFlavobacterium属またはAeromonas属またはNocardia属またはMycoplana属またはCellulomonas属またはErwinia属またはCandida属またはPseudomonas属またはRhodococcus属またはBacillus属またはAlcaligenes属またはCorynebacterium属またはMyclobacterium属またはObsumbacterium属を用いてD-乳酸を製造する方法(特許文献6)、或いはGordona属を用いてL−3−フェニル乳酸、L−4−フェニル−2−ヒドロキシ酪酸、D−マンデル酸及びその誘導体を製造する方法(特許文献7)、Rhodococcus属またはAlcaligenes属またはBrevibacterium属またはPseudomonas属を用いてL−3−フェニル乳酸、L−4−フェニル−2−ヒドロキシ酪酸を製造する方法(特許文献8)、或いはRhodococcus属またはAlcaligenes属またはBrevibacterium属またはPseudomonas属を用いてL−3−フェニル乳酸、L−4−フェニル−2−ヒドロキシ酪酸を製造する方法(特許文献9)、或いはGordona属を用いてL−3−フェニル乳酸、D−マンデル酸及びその誘導体を製造する方法(特許文献10)、或いはPantoea属またはMicrococcus属またはBacteridium属またはBacillus属またはActinomadura属またはKitasatospora属またはPilimelia属またはAchromobacter属またはBeijerinckia属またはCelluslomonas属またはKlebsiella属またはActinopolispora属またはActinosynnema属またはActinopulanes属またはAmycolata属またはSaccharopolyspora属またはStreptomyces属またはNocardioides属またはProvindencia属またはMirobacterium属またはRhodobacter属またはRhodospirillum属またはCaceobcter属またはPseudomonas属またはAlcaligenes属またはCorynebaterium属またはBrevibacterium属またはNocardia属またはRhodococcus属またはArthrobacter属またはTorulopsis属またはRhodopseudomonas属またはAcinetobacter属またはMycobacterium属またはCandida属またはAgrobacterium属またはAspergillus属またはPenicillium属またはCochliobolus属またはFusarium属またはEnterobacter属またはXanthobacter属またはErwinia属またはCitrobacter属またはAeromonas属またはGordona属を用いて2−ヒドロキシ−4−メチルチオ酪酸を製造する方法(特許文献11)、或いはAlcaligenes属を用いて2−ヒドロキシ−4−メチルチオ酪酸を製造する方法(特許文献12)、或いはVarioovorax属またはArthrobacter属を用いて乳酸、2−ヒドロキシ−4−メチルチオ酪酸を製造する方法(特許文献13)、或いは或いはEscherichia属またはPseudomonas属またはAlcaligenes属を用いてR-マンデル酸、の製造方法(特許文献14)、或いはArthrobacter属を用いて2−ヒドロキシ−4−メチルチオ酪酸を製造する方法(特許文献15〜17)、或いはRhodococcus属を用いて2−ヒドロキシ−4−メチルチオ酪酸を製造する方法(特許文献18)、或いはCorynebacterium属を用いてマンデル酸を製造する方法(特許文献19)、或いはEnterobacter属またはArthrobacter属またはCaseobacter属またはBrevibacterium属またはAureobacterium属またはEschrichia属またはMicrococcus属またはStreptomyces属またはFlavobacterium属またはAeromonas属またはNocardia属またはMycoplana属またはCellulomonas属またはErwinia属またはCandida属またはPseudomonas属またはRhodococcus属またはBacillus属を用いてL−乳酸を製造する方法(特許文献20)、或いはAureobacterium属またはPseudomonas属またはCaseobacter属またはAlcaligenes属またはAcinetobacter属またはBrevibacterium属またはNocardia属を用いてR−マンデル酸及びその誘導体を製造する方法(特許文献21〜23)、Rhodococcus属を用いてR−マンデル酸を製造する方法(特許文献25、27)、或いはAlcaligenes属を用いてR−マンデル酸を製造する方法(特許文献26)、Alcaligenes属の由来のニトリラーゼ活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子DNAをベクターに組み込んだ組み替え体DNAで形質転換された形質転換体を用いてR−マンデル酸を製造する方法(特許文献28)、或いはAlcaligenes属またはCorynebacterium属を用いてR−2−ヒドロキシ−4−フェニル酪酸を製造する方法(特許文献29)、或いはAcinetobacter属またはAlcaligenes属またはPseudomonas属またはRhodopseudomonas属またはCorynebacterium属またはBacillus属またはMycobacterium属またはRhodococcus属またはNocardia属またはArthrobacter属またはKlebsiella属またはCandida属を用いて3-(S)-tert.-フ゛トキシカルホ゛ニルアミノ-4-シクロヘキシル-2-(R)-ヒドロキシ酪酸を製造する方法(特許文献30)、或いはRhodococcus属またはPseudomonas属またはArthrobacter属またはBrevibacterium属を用いて2−ヒドロキシイソ酪酸を製造する方法(特許文献31)、或いはRhodococcus属を用いて2−ヒドロキシイソ酪酸を製造する方法(特許文献32)、或いはAchromobacter属を用いて2−ヒドロキシイソ酪酸を製造する方法(特許文献33)等が開示されている。
【0004】
これら先行文献に開示されたα−ヒドロキシ酸の製造方法においては、α−ヒドロキシニトリルを微生物触媒(ニトリラーゼ)で加水分解し、まずα−ヒドロキシ酸アンモニウムを得て、これを当業者によく知られている通常の方法、例えば酸による中和、イオン交換樹脂カラム、電気透析、熱分解等の方法により、遊離のα−ヒドロキシ酸を製造している。
【0005】
しかしながら、前述の従来の技術では、用いている各種生体触媒の持つ加水分解酵素、つまりニトリラーゼがα−ヒドロキシニトリルに対して必ずしも工業的に満足できる初期比活性及びまたは初期生産速度を有しておらず、リアクターサイズが非常に大きくなる等の問題を抱えており、更なるニトリラーゼ初期比活性及びまたは初期生産速度の向上が求められていた。
【0006】
更に、工業的にα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムを製造する場合、経済的理由から高い生成物蓄積濃度が必要となるが、特に20重量%以上のような高濃度α-ヒドロキシ酸アンモニウムを製造する場合、反応初期のニトリラーゼ比活性及びまたは初期生産速度が高いにも拘らず、反応が進行し反応生成物の蓄積濃度が上がるにつれて、生成物阻害及びまたは失活、或いは高生成物蓄積濃度で初めて顕著となる基質阻害及びまたは失活のため、結果的に反応初期から反応終了時に至る時間平均のニトリラーゼ生産速度が低くなり、実用的な反応時間での高蓄積濃度の達成及びまたは実用的なリアクターサイズでの大量のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造ができるレベルではなかった。また、この解決法として大量の生体触媒を用いて短時間に生成物の高蓄積濃度を達成する方法が考えられるが、その場合、乾燥生体触媒重量当たりの生産量(=生体触媒の生産能力)が低いので触媒コストが非常に高く、とても実用的なものとは言えなかった。また、そのように大量の生体触媒を用いると、後の精製工程に多大な負荷をかけ、品質の低下或いは精製コストの上昇を招き、益々工業的には不利なもとなる。
【0007】
例えば、前記特許文献1では、Corynebacterium属を用いて、乳酸アンモニウム平均生産速度が15.4mmol/g−乾燥菌体/Hr、乳酸アンモニウム蓄積濃度が9.8重量%(30℃×4Hr)、乳酸アンモニウム生産量が0.164mol/g−乾燥菌体であることが記載されている。また、前記特許文献3では、Acidovorax属を用いて、グリコール酸アンモニウム平均生産速度が1.7mmol/g−乾燥菌体/Hr、グリコール酸アンモニウム蓄積濃度が9.3重量%、グリコール酸アンモニウム生産量が0.069mol/g−乾燥菌体であることが記載されている。
また、前記特許文献33では、Achromobacter属を用いて、2−ヒドロキシイソ酪酸アンモニウム平均生産速度が1.8mmol/g−乾燥菌体/Hr、2−ヒドロキシイソ酪酸アンモニウム蓄積濃度が3.7重量%(30℃×10Hr)、2−ヒドロキシイソ酪酸アンモニウム生産量が0.018mol/g−乾燥菌体であることが記載されている。これらの例はいずれも工業的に満足できるレベルの平均生産速度を有しているとは言えない。
【0008】
一方、例えば、前記特許文献17では、Arthrobacter属を用いて、2−ヒドロキシ−4−メチルチオ酪酸アンモニウム蓄積濃度が49重量%(30℃×19Hr)と非常に高いものもあるが、2−ヒドロキシ−4−メチルチオ酪酸平均生産速度が23.3mmol/g−乾燥菌体/Hr(35℃×18Hr)、2−ヒドロキシ−4−メチルチオ酪酸生産量が0.07mol/g−乾燥菌体と低い値であることが記載されている。また、前記特許文献2では、Rhodococcus属またはGordona属を用いて、グリコール酸アンモニウム蓄積濃度が48.2重量%(20℃×24Hr)と非常に高く、しかもグリコール酸アンモニウム生産量も0.77mol/ g−乾燥菌体と非常に高いが、グリコール酸アンモニウム平均生産速度が18.5mmol/g−乾燥菌体/Hr(20℃×24Hr)と低い値であることが記載されている。これらの例も、いずれも工業的に満足できるレベルの平均生産速度を有しているとは言えない。
【0009】
このように生成物蓄積濃度或いはまた初期生産速度及びまたは平均生産速度及びまたは乾燥生体触媒重量当たりの生産量が低い理由として、一般的にα―ドロキシニトリルが水溶液中で対応するアルデヒドもしくはケトンと青酸に部分的に分解・解離(非特許文献1)し、青酸によって酵素活性が阻害されることが挙げられる。(非特許文献2)また、解離したアルデヒドの作用で酵素が短時間で失活する可能性も指摘されており、これを解決するための方法として、反応系内に、亜硫酸イオン、酸性亜硫酸イオンまたは亜ジチオン酸イオンを添加する方法(特許文献34、35)、亜燐酸イオンまたは次亜燐酸イオンを添加する方法(特許文献36)が提案されている。しかしながら、これらの添加物を使用してもα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの生成蓄積濃度は決して高くはなく、Alcaligenes属によるマンデル酸の蓄積濃度16.6重量%(特許文献34,35)、Gordona属によるマンデル酸の蓄積濃度12重量%(特許文献36)がそれぞれ実施例に示されている。
【0010】
また、反応系中のシアンヒドリン濃度をコントロールすることにより、シアンヒドリンや部分的分解・解離生成物であるアルデヒド及びまたは青酸による酵素活性阻害及びまたは失活の影響を少なくする方法(特許文献37)が開示されている。この方法によれば、マンデル酸蓄積濃度20重量%を達成できることが実施例に示されているが、使用菌体量が、OD630=4.2とかなり多く、恐らく初期生産速度及びまたは平均生産速度及びまたは乾燥生体触媒重量当たりの生産量がかなり低いものと推定される。
【0011】
つまり、工業的に充分な生産性を有するために必要な、実用的な反応時間で高蓄積濃度を達成できる及びまたは実用的なリアクターサイズで大量のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムを製造できる、実質的に高いニトリラーゼ比活性を有する生体触媒を用いた工業的なα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法がないのが実状である。
【0012】
【特許文献1】特公平3−38836号公報
【特許文献2】特開平9−028390号公報
【特許文献3】特表2005−504506号公報
【特許文献4】米国特許第3940316号明細書
【特許文献5】特公平4−63675号公報
【特許文献6】米国特許第5234826号明細書
【特許文献7】特開平6−237789号公報
【特許文献8】特開平6−284899号公報
【特許文献9】欧州特許出願公開第610049号明細書
【特許文献10】欧州特許出願公開第610048号明細書
【特許文献11】特開平10−179183号公報
【特許文献12】特表2001−502908号公報
【特許文献13】米国特許第6037155号明細書
【特許文献14】特表2002−527106号公報
【特許文献15】特開2002−34584号公報
【特許文献16】国際公開第2002/052027号パンフレット
【特許文献17】国際公開第2003/062437号パンフレット
【特許文献18】特開2004−81169号公報
【特許文献19】特開昭62−296883号公報
【特許文献20】特開平4−99497号公報
【特許文献21】特開平4−99496号公報
【特許文献22】特開平4−99495号公報
【特許文献23】特開平4−218385号公報
【特許文献24】特開平5−95795号公報
【特許文献25】特開平5−192189号公報
【特許文献26】特開平4−341185号公報
【特許文献27】米国特許第5296373号明細書
【特許文献28】特開平6−153968号公報
【特許文献29】特開平5−192190号公報
【特許文献30】特開平6−319591号公報
【特許文献31】特開平4−40897号公報
【特許文献32】特開平5−219969号公報
【特許文献33】特開平6−237776号公報
【特許文献34】特開平5−192189号公報
【特許文献35】米国特許第5326702号明細書
【特許文献36】特開平7−213296号公報
【特許文献37】特開平8−131188号公報
【非特許文献1】Chemical Reviews,42,189- ,(1948)
【非特許文献2】Agricultural Biological Chemistry,46,1165- ,(1982)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の課題は、ニトリラーゼ活性を有する微生物菌体由来の生体触媒を用いてα−ヒドロキシニトリル化合物からα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムを製造するに当たり、実用的な反応時間での高蓄積濃度の達成及びまたは実用的なリアクターサイズでの大量のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造を実用的なレベルの触媒コストと製品品質で達成できる工業的α−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造法を提供することに有る。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らはニトリラーゼ活性を有する微生物菌体由来の生体触媒を用いてα−ヒドロキシニトリル化合物からα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムを製造するに当たり、実用的な反応時間で高蓄積濃度を達成でき、また、実用的なリアクターサイズで大量のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造を実用的なレベルの触媒コストと製品品質で達成できる、工業的α−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造法について鋭意検討を行ったところアシネトバクター・エスピー(Acinetobacter sp.)AK226(FERM BP-08590)が今まで知られている微生物の中で最も高いα−ヒドロキシニトリル加水分解能力を有すること、つまり、目的と
する初期比活性、初期生産速度、平均生産速度、蓄積濃度、g乾燥生体触媒重量当たりの生産量を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
即ち本発明は、以下に記載する通りの構成を有する。
[1]ニトリラーゼ活性を有する微生物菌体に由来する生体触媒を用いてα−ヒドロキシニトリルをα−ヒドロキシ酸アンモニウムに変換する工程を含むα−ヒドロキシ酸又はα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法において、該生体触媒として、α−ヒドロキシニトリルをα−ヒドロキシ酸アンモニウムに変換する反応の初期比活性が32[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上であるニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いることを特徴とするα−ヒドロキシ酸又はα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法。
[2]生体触媒が蓄積できるα−ヒドロキシ酸アンモニウム濃度が20〜70重量%であるニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いることを特徴とする請求項1記載のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法。
[3]生体触媒が、g乾燥生体触媒重量当たりのα−ヒドロキシ酸アンモニウムの生産量が0.78[mol/g-乾燥生体触媒]以上であるニトリラーゼ活性を有する生体触媒であることを特徴とする[1]、[2]記載のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法。
[4]生体触媒が、α−ヒドロキシ酸アンモニウムの初期生産速度が32[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上であり、且つ平均生産速度が16[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上であるニトリラーゼ活性を有する生体触媒であることを特徴とする[1]〜[3]記載のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法。
[5]α−ヒドロキシニトリルをα−ヒドロキシ酸アンモニウムに変換する反応の反応系中のpHを6以上8以下、且つ反応温度を30〜60℃にコントロールすることを特徴とする[1]〜[4]記載のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法。
[6]生体触媒が、アシネトバクター属に属する微生物菌体に由来する生体触媒であることを特徴とする[1]〜[5]記載のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法。
[7]アシネトバクター属に属する微生物菌体が、アシネトバクター・エスピー(Acinetobacter sp.)AK226或いはアシネトバクター・エスピー(Acinetobacter sp.)AK227又はそれら菌体より誘導された微生物菌体であることを特徴とする[6]記載のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法。
[8]アシネトバクター属に属する微生物菌体が、アシネトバクター・エスピー(Acinetobacter sp.)AK226又はそれら菌体より誘導された微生物菌体であることを特徴とする[7]記載のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウム)の製造方法。
[9]生体触媒が、微生物菌体そのもの、該微生物の菌体処理物、該微生物の抽出物、該微生物の固定化物、該微生物から単離されたニトリラーゼ酵素、該微生物から単離されたニトリラーゼ酵素の固定化物、あるいは該微生物のニトリラーゼ活性をコードする遺伝子を別の生物に組み替え、該ニトリラーゼ活性を発現させたもの、その処理物、抽出物、固定化物、該生物から単離されたニトリラーゼ酵素、該生物から単離されたニトリラーゼ酵素の固定化物よりなる群から選ばれた少なくとも一種であることを特徴とする[1]〜[8]記載のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法。
[10]基質として用いるα−ヒドロキシニトリルがグリコロニトリルである[1]〜[9]記載のグリコール酸或いはグリコール酸アンモニウムの製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、ニトリラーゼ活性を有する微生物菌体由来の生体触媒を用いてα−ヒドロキシニトリル化合物からα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムを製造するに当たり、実用的な反応時間での高蓄積濃度の達成及びまたは実用的なリアクターサイズでの大量のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造を実用的なレベルの触媒コストと製品品質で達成できるα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下本願発明について具体的に説明する。
本発明で言うニトリラーゼ活性を有する微生物菌体に由来する生体触媒とは、ニトリル基をカルボン酸基或いはカルボン酸アンモニウム基へ直接変換する能力を有する微生物菌体由来のニトリラーゼ酵素を保有する触媒であれば如何なる形態のものでもよい。
【0018】
微生物種としては多くのものが知られているが、例えばニトリラーゼ高活性を有するものとして、Rhodococcus属、Acinetobacter属、Alcaligenes属、Pseudomonas属、Corynebacterium属等が挙げられる。本発明においてはこれらの中でも、特にグラム陰性菌であるAcinetobacter属、Alcaligenes属が好ましく、更に好ましくはAcinetobacter属がよい。具体的にはAcinetobacter sp.AK226(FERM BP-08590)、Acinetobacter sp.AK227(FERM- BP-08591)である。これらの菌株は、特開2005−176639、特開2004−305066、特開2004−305058、特開2004−305062、特開2001−299378、特開平11−180971、特開平06−303991、特開昭63−209592、特公昭63−2596号公報等に記載されている。
【0019】
また例えば、天然の或いは人為的に改良したニトリラーゼ遺伝子を遺伝子工学的手法によって組み込んだ微生物、或いはそこから取り出したニトリラーゼ酵素であっても構わないが、ニトリラーゼの発現量が少ない微生物或いはα−ヒドロキシニトリルからα−ヒドロキシ酸アンモニウムへの変換活性の低いニトリラーゼを発現した微生物を少量用いてα−ヒドロキシ酸(アンモニウム)を製造するには、より多くの反応時間を要するため、可能な限りニトリラーゼを高発現した微生物、及びまたは変換活性の高いニトリラーゼを発現した微生物、或いはそこから取り出したニトリラーゼ酵素を用いることが望ましい。
【0020】
生体触媒の形態としては微生物細胞を休眠状態でそのまま使用しても構わないし、或いは破砕処理したもの、または該微生物細胞から必要なニトリラーゼ酵素を取り出したものをそのまま使用しても構わないし、一般的な包括法、架橋法、担体結合法等で固定化したものを使用してもよい。尚、固定化担体の例としては、ガラスビーズ、シリカゲル、ポリウレタン、ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール、カラギーナン、アルギン酸、光架橋樹脂等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0021】
微生物をそのまま用いる場合、水(蒸留水及びまたはイオン交換水)のみに懸濁させても構わないが、通常、ニトリラーゼ活性の長期保持の観点から無機塩のバッファー液に懸濁させて使用する。また、固定化したものを用いる場合にも同じく、通常、バッファー液に懸濁させて使用する。この時のバッファー液濃度は、反応液中の不純物低減の観点から低ければ低いほどよいが、生体触媒の安定性、ニトリラーゼ活性の保持の観点からは通常0.1M未満であり、好ましくは0.01〜0.08M、より好ましくは0.02〜0.06Mである。
【0022】
本発明で言うα−ヒドロキシニトリルとは、一般式[I]:RCH(OH)CN(式中Rは水素原子、置換基を有してもよいC1〜C6のアルキル基、置換基を有してもよいC2〜C6のアルケニル基、置換基を有してよいC1〜C6アルコキシル基、置換基を有してもよいアリール基、置換基を有してもよいアリールオキシ基又は置換基を有してもよい複素環基を示す。)で表されるα−ヒドロキシニトリルを言い、例えば、マンデロニトリル、アセトンシアンヒドリン、グリコロニトリル、ラクトニトリル、2−ヒドロキシ−4−メチルチオンブチロニトリル等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0023】
本発明で言う初期比活性は、本発明にとって非常に重要なファクターである。元来、該初期比活性は反応条件によって大きく変わるものであるが、本発明における該初期比活性とは、反応温度30℃、pH=6.5〜7.0、反応基質濃度:1wt%の反応条件で、生体触媒リン酸バッファー懸濁液にα−ヒドロキシニトリル水溶液を添加することで反応を開始し、反応開始から5分におけるα−ヒドロキシ酸アンモニウム生産モル量を使用乾燥生体触媒重量で除し、更に反応時間(5分=1/12時間)で除することにより得られる、乾燥生体触媒重量当たり、1時間当たりのα−ヒドロキシ酸アンモニウム生産量と定義する。但し、菌体使用量はα−ヒドロキシニトリル転化率が15〜30%になるように調整するものとする。本発明においては、該初期比活性が32[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上であることが必須であり、好ましくは50[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上、より好ましくは100[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上、更に好ましくは200[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上、最も好ましくは300[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上がよい。
【0024】
本発明における生体触媒が蓄積できるα−ヒドロキシ酸アンモニウム濃度は、本発明にとって非常に重要なファクターである。本発明における生体触媒が蓄積できるα−ヒドロキシ酸アンモニウム濃度とは、生体触媒懸濁液にα−ヒドロキシニトリル水溶液を連続的或いは間欠的に添加することで反応を開始し、反応中の反応液中のα−ヒドロキシニトリル濃度を基質阻害の現れる濃度以下にコントロールしながら反応させた時に到達し得るα−ヒドロキシ酸アンモニウムの重量濃度のことである。本発明においては20重量%以上が必須であり、好ましくは30重量%以上、より好ましくは40重量%以上、更に好ましくは50重量%以上、最も好ましくは60重量%以上がよい。
【0025】
本発明で言うg乾燥生体触媒重量当たりの生産量は、本発明にとって非常に重要なファクターである。本発明におけるg乾燥生体触媒重量当たりの生産量とは、生体触媒懸濁液にα−ヒドロキシニトリル水溶液を連続的或いは間欠的に添加することで反応を開始し、反応中の反応液中のα−ヒドロキシニトリル濃度を基質阻害の現れる濃度以下にコントロールしながら反応させた時に、α−ヒドロキシ酸アンモニウム蓄積濃度の増加に伴い現れる生成物阻害又は失活或いはその他要因によって引き起こされる阻害又は失活によって反応が完全に停止した時点までのα−ヒドロキシ酸アンモニウムの生産モル量を使用乾燥生体触媒重量で除することで得られる、乾燥生体触媒重量当たりのα−ヒドロキシ酸アンモニウム生産モル量のことである。本発明においては、0.78[mol/g-乾燥生体触媒]以上であることが必須であり、好ましくは2[mol/g-乾燥生体触媒]以上、より好ましくは3[mol/g-乾燥生体触媒]以上、更に好ましくは4[mol/g−乾燥生体触媒]以上、最もこの好ましくは5[mol/g-乾燥生体触媒]以上がよい。
【0026】
初期生産速度は、本発明にとって非常に重要なファクターである。本発明における初期生産速度は、任意の反応条件で、生体触媒懸濁液にα−ヒドロキシニトリル水溶液を連続的或いは間欠的に添加する事で反応を開始し、反応開始から1時間におけるα−ヒドロキシ酸アンモニウム生産モル量を使用乾燥生体触媒重量で除することにより得られる、乾燥生体触媒重量当たり、1時間当たりのα−ヒドロキシ酸アンモニウム生産量と定義する。本発明においては、該初期生産速度が32[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上、好ましくは50[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上、より好ましくは100[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上、更に好ましくは200[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上、最も好ましくは300[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上がよい。
【0027】
本発明で言う平均生産速度は、本発明にとって非常に重要なファクターである。本発明における平均生産速度は、任意の反応条件で、生体触媒懸濁液にα−ヒドロキシニトリル水溶液を連続的或いは間欠的に添加する事で反応を開始し、生成物であるα−ヒドロキシ酸アンモニウム蓄積濃度が高くなるにつれて引き起こされる活性低下の結果、生産速度が初期生産速度の1/2に低下した時点までの時間平均の生産速度のことであり、その時点までのα−ヒドロキシ酸アンモニウムの生産モル量を反応時間で除することにより得られる。本発明における平均生産速度は、16[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上が必須であり、好ましくは32[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上、より好ましくは50[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上、更に好ましくは100[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上、最も好ましくは150[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上がよい。
【0028】
反応液のpHは、1)使用する生体触媒のニトリラーゼ比活性の至適pHと2)基質α−ヒドロキシニトリルのHCNとアルデヒド或いはケトンへの分解抑制の観点から決定される。1)については、α−ヒドロキシニトリル以外のニトリルの加水分解活性挙動よりpH=7〜11のアルカリ性領域がよいと推定されるが、2)の観点からは、pH=2程度の酸性領域がよいことが判っている。本発明においては反応液のpHは6〜8がよく、好ましくは6.5〜7がよい。
【0029】
原料であるα−ヒドロキシニトリルは非常に不安定な物質であるため、通常、安定剤として硫酸やリン酸或いは酢酸といった酸成分を含む。よって、反応系中のpHを調整するには反応系へのアルカリの添加が必須となる。その場合使用するアルカリは反応に影響を及ぼさなければ特に限定されないが、生成物の一つであるアンモニアを使用するのが望ましい。アンモニアの形態はガスであっても、アンモニア水であっても構わないが、通常、扱いの容易さからアンモニア水が望ましい。
【0030】
反応温度については、反応温度が低すぎると反応活性が低くなり、高濃度のα−ヒドロキシ酸アンモニウムを製造する場合、より多くの反応時間を要する。一方、反応温度が高すぎると生体触媒の熱劣化で、目的とするα−ヒドロキシ酸アンモニウムの濃度が高い場合、該濃度まで到達させることが困難となり、結果として新たな生体触媒の追添等の処置が必要となり触媒コストが高くなる。また、温度が高すぎると、基質α−ヒドロキシニトリルのHCNとアルデヒド或いはケトンへの分解促進にも繋がり、それらによる反応阻害や失活等、ますますの反応活性低下を引き起こす。よって、通常、反応温度は30〜60℃がよく、好ましくは40〜50℃がよい。
【0031】
α−ヒドロキシ酸(アンモニウム)を製造する反応方法は、固定床、移動層、流動層、撹拌槽等、いずれでもよく、また連続反応でも半回分反応でもよいが、特に固定化されていない微生物菌体を用いる場合、反応の容易性から攪拌槽を用いた半回分反応がよい。その場合、反応効率の観点から、適切な攪拌を行うのがよい。
【0032】
また、半回分反応を行う場合、生体触媒は1バッチ使い捨てでもよいし、繰り返し反応を行ってもよい。但し、繰り返し反応を行う場合、該生体触媒をα−ヒドロキシ酸アンモニウム高濃度から低濃度へ急激に変化させるため、浸透圧の影響等で比活性が低下する場合があるので注意を要する。
【0033】
反応基質であるα−ヒドロキシニトリル化合物の定常濃度については、4重量%以下が好ましく、より好ましくは2重量%以下、更に好ましくは1重量%以下、最も好ましくは0.3重量%以下にコントロールするのがよい。α−ヒドロキシニトリル化合物の濃度が高すぎると、生成物阻害及びまたは失活、或いは高生成物蓄積濃度で初めて顕著となる基質阻害及びまたは失活の影響が急激に大きくなり、それまで進行していた反応が停止してしまう場合がある。また、α−ヒドロキシニトリル化合物の濃度が低すぎると反応速度を低下させることとなり、効率的にα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムを製造できないので不利である。以上の理由から、反応中のα−ヒドロキシニトリル化合物定常濃度を管理することは非常に重要である。
【0034】
製造されるα−ヒドロキシ酸アンモニウムに対する使用乾燥生体触媒重量は1/100以下がよく、好ましくは1/100〜1/200、より好ましくは1/200〜1/300、更に好ましくは1/300〜1/500、最も好ましくは1/500以下である。製造されるα−ヒドロキシ酸アンモニウムに対する使用乾燥生体触媒重量が多すぎると該生体触媒懸濁液由来の不純物が反応液中に多く同伴されるため精製コストが上がり、製品品質が低下するので好ましくない。逆に、製造されるα−ヒドロキシ酸アンモニウムに対する使用乾燥生体触媒重量が少なすぎるとリアクターボリューム当たりの生産性が低下し、大きなリアクターサイズが必要となり経済的に不利となる。
【0035】
<実施例>
以下実施例を挙げて本発明をより詳細に説明する。尚、本発明はこれらの実施例により限定されるものではなく、その要旨を超えない限り、様々な変更、修飾が可能である。特に実施例においては、グリコロニトリルを用いた実験のみを示すが、本発明の主旨を考慮すると、原料中に存在するアルデヒド或いはシアン化合物の濃度をコントロールすることが重要なので、グリコロニトリル以外のα−ヒドロキシニトリルについても同様の現象と結果が得られることは容易に類推できるものである。
【0036】
本発明に使用する生体触媒であるAcinetobacter sp.AK226は本発明者らが既に特許生物寄託センター(産総研)に国際寄託したものであり、FERM BP−08590の国際寄託番号を有するものである。
【0037】
生体触媒懸濁液中の乾燥生体触媒重量の測定法は、以下のごとく実施した。まず、適当な濃度の生体触媒懸濁液を適量取り、−80℃まで冷却した後、凍結乾燥機を用いて完全に乾燥し、その重量値から前記生体触媒懸濁液の濃度を算出した。既知濃度となった生体触媒懸濁液を適当な複数の濃度に希釈し、UV計(島津臨床用分光光度計、波長:600nm、石英製フローセル、容量:16μL、光路長:5mm)を用いて室温において透過度を測定し、該UV計での該生体触媒の検量線を作成した。以後、該UV計の指示値から任意の該生体触媒懸濁液の乾燥生体触媒濃度を算出した。
【0038】
反応液の分析は、以下のごとく実施した。
基質であるα−ヒドロキシニトリルを高速液体クロマトグラフィーで測定した。また、生成物であるα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムは、高速液体クロマトグラフィーでα−ヒドロキシ酸として測定した(高速液体クロマトグラフィーの溶離液はリン酸水溶液であり、酸性を呈するため、αヒドロキシ酸アンモニウムは分析器中でα−ヒドロキシ酸に変換される。)。カラムはイオン排除カラム(島津Shim−pack SCR−101H)、カラム温度は40℃、移動相はリン酸水溶液(pH=2.3)、検出器はUV(島津SPD−10AV vp、210nm)及びRI(島津RID−6A)で実施した。
【実施例1】
【0039】
[生体触媒の調製]
塩化ナトリウム0.1重量%、リン酸二水素カリウム0.1重量%、硫酸マグネシウム七水和物0.05重量%、硫酸第一鉄七水和物0.005重量%、硫酸アンモニウム0.1重量%、硝酸カリウム0.1重量%硫酸マンガン五水和物0.005重量%を含む培養液250mlを三角フラスコに仕込み、pHが7になるように水酸化ナトリウムで調整し、121℃で20分間滅菌した後、アセトニトリル0.5重量%を添加した。これにAcinetobacter sp.AK226を接種して30℃で振とう培養した(前培養)。ミーストパウダー0.3重量%、グルタミン酸ナトリウム0.5重量%、硫酸アンモニウム0.5重量%、リン酸水素二カリウム0.2重量%、リン酸ニ水素カリウム0.15重量%、塩化ナトリウム0.1重量%、硫酸マグネシウム七水和物0.18重量%、塩化マンガン4水和物0.02重量%、塩化カルシウム二水和物0.01重量%、硫酸鉄7水和物0.003重量%、硫酸亜鉛7水和物0.002重量%、硫酸銅5水和物0.002重量%、大豆油2重量%を含む培養液3Lを5Lジャーファーメンターに仕込み、121℃で20分間滅菌した後、前記の前培養液を接種して30℃で通気攪拌を行った。培養開始10時間後から大豆油のフィードを開始した。PHは7になるようにリン酸及びアンモニア水でコントロールし、最終的に約5重量%のAcinetobacter sp.AK226懸濁液を得た。更に0.06Mリン酸バッファーを用いて2回洗浄を行い、最終的にリン酸バッファーに懸濁されたAcinetobacter sp.AK226懸濁液(乾燥菌体濃度5〜10重量%)を得た。
【0040】
[初期比活性の測定]
生体触媒として実施例1の操作で得られたAcinetobacter sp.AK226を用いて、グリコロニトリルの加水分解反応を行った。まず、0.06Mリン酸バッファーに懸濁した状態で冷蔵保存された既知菌体濃度のAcinetobacter sp.AK226懸濁液を濃度が320重量ppmとなるように50mLナスフラスコに予め仕込まれた0.06Mリン酸水溶液(グリコロニトリル水溶液添加時にpH=6.8になるように予めpH調整したもの)20mlに懸濁させた。該フラスコを30℃恒温水槽に入れてスターラー攪拌を実施し、内温が30℃になるまでしばらく保持した。次に原料の55%グリコロニトリル水溶液(アルドリッチ製)を、マイクロピペッターを用いて0.36ml添加し反応を開始した。反応中の反応液のpHは6.8であった。5分後にサンプリングを実施し、2M塩酸水溶液で希釈することで反応を停止し、フィルター処理で菌体を除いた後、高速液体クロマトグラフィー分析を実施した。得られた初期比活性は350[mmol/g−乾燥菌体/Hr]であった。
【0041】
[グリコール酸アンモニウムの製造]
上記で得たAcinetobacter sp.AK226懸濁液を用いて、グリコロニトリルの加水分解によるグリコール酸アンモニウムの蓄積実験を行った。
既知菌体濃度のAcinetobacter sp.AK226懸濁液を濃度が4300重量ppmとなるように50mLナスフラスコに予め仕込まれた蒸留水15.8mlに懸濁させた。該フラスコにpH計と温度計を設置し反応液のpHと温度をモニタリングできるようにして、30℃恒温水槽に入れてスターラー攪拌を実施し、内温が30℃になるまでしばらく保持した。次に原料の55重量%グリコロニトリル水溶液(アルドリッチ製)を、マイクロピペッターを用いて500μLずつ間欠的に添加すると同時に5wt%KOH を添加してpHを6.5〜7に維持した。反応中は定期的にサンプリングを行い、高速液体クロマトグラフィーでグリコロニトリルとグリコール酸アンモニウム濃度を測定し、定常グリコロニトリル濃度が2重量%以下になるように原料の添加量を調節した。初期生産速度は180[mmol/g−乾燥菌体/Hr]、平均生産速度は150[mmol/g−乾燥菌体/Hr]、最終グリコール酸アンモニウム蓄積濃度は45.6重量%、生産性は1.57[mol/g−乾燥菌体]であった。最終結果は図1に示す。
【実施例2】
【0042】
実施例1と同様の操作で得られたAcinetobacter sp.AK226懸濁液を用いて、グリコロニトリルの加水分解によるグリコール酸アンモニウムの蓄積実験を行った。
既知菌体濃度のAcinetobacter sp.AK226懸濁液を濃度が1.02重量%となるように50mLナスフラスコに予め仕込まれた蒸留水15.8mlに懸濁させた。該フラスコにpH計と温度計を設置し反応液のpHと温度をモニタリングできるようにして、50℃恒温水槽に入れてスターラー攪拌を実施し、内温が50℃になるまでしばらく保持した。次に原料の55重量%グリコロニトリル水溶液(東京化成製)を、マイクロピペッターを用いて500μLずつ間欠的に添加すると同時に5wt%KOH を添加してpHを6.5〜7に維持した。反応中は定期的にサンプリングを行い、高速液体クロマトグラフィーでグリコロニトリルとグリコール酸アンモニウム濃度を測定し、定常グリコロニトリル濃度が2重量%以下になるように原料の添加量を調節した。最終的なグリコール酸アンモニウム蓄積濃度は68重量%であった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明法によれば、初期比活性が高いだけではなく、高α−ヒドロキシ酸アンモニウム蓄積濃度と該蓄積濃度になるまでの時間平均の比活性が高い生体触媒を用いることにより、任意のα−ヒドロキシニトリル化合物から工業的に有用なα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムを実用的なリアクターサイズ、反応時間、触媒コストで生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】実施例1における生体触媒によるグリコール酸アンモニウムの生産量−反応時間及び蓄積濃度−反応時間の関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニトリラーゼ活性を有する微生物菌体に由来する生体触媒を用いてα−ヒドロキシニトリルをα−ヒドロキシ酸アンモニウムに変換する工程を含むα−ヒドロキシ酸又はα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法において、該生体触媒として、α−ヒドロキシニトリルをα−ヒドロキシ酸アンモニウムに変換する反応の初期比活性が32[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上であるニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いることを特徴とするα−ヒドロキシ酸又はα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法。
【請求項2】
生体触媒が蓄積できるα−ヒドロキシ酸アンモニウム濃度が20〜70重量%であるニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いることを特徴とする請求項1記載のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法。
【請求項3】
生体触媒が、g乾燥生体触媒重量当たりのα−ヒドロキシ酸アンモニウムの生産量が0.78[mol/g-乾燥生体触媒]以上であるニトリラーゼ活性を有する生体触媒であることを特徴とする請求項1又は2記載のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法。
【請求項4】
生体触媒が、α−ヒドロキシ酸アンモニウムの初期生産速度が32[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上であり、且つ平均生産速度が16[mmol/g-乾燥生体触媒/Hr]以上であるニトリラーゼ活性を有する生体触媒であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法。
【請求項5】
α−ヒドロキシニトリルをα−ヒドロキシ酸アンモニウムに変換する反応の反応系中のpHを6以上8以下、且つ反応温度を30〜60℃にコントロールすることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法。
【請求項6】
生体触媒が、アシネトバクター属に属する微生物菌体に由来する生体触媒であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法。
【請求項7】
アシネトバクター属に属する微生物菌体が、アシネトバクター・エスピー(Acinetobacter sp.)AK226或いはアシネトバクター・エスピー(Acinetobacter sp.)AK227又はそれら菌体より誘導された微生物菌体であることを特徴とする請求項6記載のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法。
【請求項8】
アシネトバクター属に属する微生物菌体が、アシネトバクター・エスピー(Acinetobacter sp.)AK226又はそれら菌体より誘導された微生物菌体であることを特徴とする請求項7記載のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウム)の製造方法。
【請求項9】
生体触媒が、微生物菌体そのもの、該微生物の菌体処理物、該微生物の抽出物、該微生物の固定化物、該微生物から単離されたニトリラーゼ酵素、該微生物から単離されたニトリラーゼ酵素の固定化物、あるいは該微生物のニトリラーゼ活性をコードする遺伝子を別の生物に組み替え、該ニトリラーゼ活性を発現させたもの、その処理物、抽出物、固定化物、該生物から単離されたニトリラーゼ酵素、該生物から単離されたニトリラーゼ酵素の固定化物よりなる群から選ばれた少なくとも一種であることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のα−ヒドロキシ酸或いはα−ヒドロキシ酸アンモニウムの製造方法。
【請求項10】
基質として用いるα−ヒドロキシニトリルがグリコロニトリルである請求項1〜9のいずれかに記載のグリコール酸或いはグリコール酸アンモニウムの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−295821(P2007−295821A)
【公開日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−125072(P2006−125072)
【出願日】平成18年4月28日(2006.4.28)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】