説明

生理活性物質の分離用材料及びその製造方法

【課題】生理活性物質の回収に際して、生理活性物質の活性低下や作業の煩雑さのない生理活性物質の分離用材料を提供する。
【解決手段】生理活性物質の分離用材料であって、支持体の表面上に、該生理活性物質に対して親和性を有する物質と、下限臨界共溶温度を有するセグメントとおよび親水性セグメントとから構成されるポリマーとを、それぞれ独立に結合しているものを提供する。前記生理活性物質に対して親和性を有する物質が、前記生理活性物質とキレート環を形成する。前記下限臨界共溶温度を有するセグメントとおよび親水性セグメントとから構成されるポリマーがブロックポリマーである。前記下限臨界共溶温度を有するセグメントがポリ(N置換アクリルアミド誘導体)である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生理活性物質の分離用材料、及び生理活性物質の回収方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、遺伝子工学等の急速な進歩により、生理活性物質(例えば生理活性ペプチド、タンパク質、DNAなど)の、医薬品を含むさまざまな分野への利用が期待される中、生理活性物質の分離・精製法が極めて重要な課題となっている。特に、生理活性物質をその活性を損なうことなく分離・精製する技術の必要性が増大している。
【0003】
生理活性物質の有力な分離・精製技術として、液体クロマトグラフィーが知られている。中でも、アフィニティークロマトグラフィーは、目的とする生理活性物質の選択的回収が可能であるため、広く利用されている。アフィニティークロマトグラフィーは、生体物質間の特異的な相互作用を利用して分離を行うものであり、生理活性物質に対して親和性を有する物質(以下ではアフィニティーリガンドと表現する)を結合した構造体をカラム充填剤として使用する。しかし、従来のアフィニティークロマトグラフィーでは、分離した生理活性物質を回収するために、酸或いはアルカリ溶離液や、大量の競合剤を添加する必要があるため、操作の煩雑化や生理活性物質の活性低下など様々な問題を有している。
【0004】
このような問題を解決するため、非特許文献1には、アフィニティークロマトグラフィーにおいて、生理活性物質をその活性低下を生じさせない、穏和な溶媒条件で回収する方法が提案されている。この発明は、カラム充填剤として下限臨界共用温度を有するポリマーとアフィニティーリガンドを、独立に結合したシリカ粒子を用いることに特徴がある。このカラム充填剤は、ポリマーの下限臨界共溶温度以上において、ポリマーが収縮してアフィニティーリガンドが表面に露出するため、生理活性物質とカラム充填剤が結合する。一方、下限臨界共溶温度以下では、ポリマーが溶解してアフィニティーリガンドを覆い隠すため、生理活性物質とカラム充填剤は結合できない。このような特性から、このカラム充填剤を充填したアフィニティークロマトグラフィーを利用すると、溶液の溶媒組成を変化させることなく生理活性物質の保持特性を制御することができる。ただし、このカラム充填剤は、下限臨界共溶温度以上において、ポリマーの性質が疎水性に移行するため、生理活性物質/ポリマー間の非特異的吸着が生じ、分離選択性が低下する。
【非特許文献1】第33回医用高分子シンポジウム 要旨集p1
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
生理活性物質の有力な分離・精製手段として知られる従来型のアフィニティークロマトグラフィーでは、生理活性物質を回収するために、酸或いはアルカリ溶離液や、大量の競合剤を添加する必要があるため、操作の煩雑化や、操作中に生理活性物質の活性低下が生じるなどがあった。
【0006】
一方、非特許文献1に開示される方法は、カラム充填剤に結合したポリマーの下限臨界共溶温度以上において、生理活性物質/ポリマー間の疎水性相互作用により非特異的吸着が生じてしまうため、生理活性物質の分離能が低下することがあった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、極めて穏和な環境下で、目的とする生理活性物質をその生理活性を損なうことなく分離・精製する方法を見出し、本発明に至った。
【0008】
すなわち本発明は、生理活性物質の分離用材料であって、支持体の表面上に、前記生理活性物質に対して親和性を有する物質(以下、アフィニティーリガンドという)と及び;下限臨界共溶温度を有するセグメントと親水性セグメントとから構成されるポリマーとを、それぞれ独立に結合してなることを特徴とする生理活性物質の分離用材料に関するものである。
【0009】
また本発明は、生理活性物質の分離用支持体表面上に、前記アフィニティーリガンドを結合する工程と、下限臨界共溶温度を有するセグメントとおよび親水性セグメントとから構成されるポリマーを結合する工程とを含むことを特徴とする生理活性物質の分離用材料の製造方法である。
【0010】
さらに本発明は、上記の分離用材料を、生理活性物質を含む溶液中に浸漬させ、下限臨界共溶温度の条件を変化させることにより、アフィニティーリガンドと生理活性物質が解離し、かくして生理活性物質を溶液中から回収することを特徴とする生理活性物質の回収方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、生理活性物質を、当該物質を含有する溶液中から、極めて穏和な溶媒条件にて回収する方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明に係る生理活性物質の分離用材料について添付図面を参照して詳細に説明する。
【0013】
図1は、本発明における生理活性物質の分離用材料を模式的に例示したものである。
【0014】
本発明における生理活性物質の分離用材料は、支持体1a表面に、ポリマーとアフィニティーリガンド1eがそれぞれ独立に結合していることを特徴とする。前記ポリマーは、下限臨界共溶温度を有するセグメント1bと親水性セグメント1cから構成されるブロックポリマーである。また、アフィニティーリガンド1eは、通常、支持体1a表面にスペーサー1dを介して結合している。ただし、アフィニティーリガンド1eが支持体1aに直接結合してもその機能が損なわれない場合に限り、アフィニティーリガンド1eと支持体1aが直接結合しても良い。
【0015】
下限臨界共溶温度について説明する。臨界共溶温度とは、ある物質の溶解度が低下しはじめる温度をいい、特定温度以上で溶解性が低下する場合を特に下限臨界共溶温度と言う。図1において、支持体1a表面に結合したポリマーは、2種類のセグメント鎖から構成されるジブロックポリマーを例示しているが、下限臨界共溶温度を有するセグメント1bと親水性セグメント1cから構成されるならば、同様の効果が期待できる範囲において、3種類のセグメントから構成されるトリブロックポリマー、あるいはそれ以上のセグメントから構成されるブロックポリマーであっても適用可能である。
【0016】
図2は、下限臨界共溶温度以下、下限臨界共溶温度以上での、本発明における生理活性物質の分離用材料の状態変化について例示したものである。図2(a)は、下限臨界共溶温度以下における生理活性物質の分離用材料である。この温度範囲において、下限臨界共溶温度を有するセグメント1bは溶液中に良好に溶解し、アフィニティーリガンド1eは、下限臨界共溶温度を有するセグメント1bと親水性セグメント1cから構成されるブロックポリマーに覆い隠されている。一方、図2(b)は、下限臨界共溶温度以上における生理活性物質の分離用材料を示しており、この温度範囲において、下限臨界共溶温度を有するセグメント1bは疎水化して収縮するため、アフィニティーリガンド1eが材料表面に露出する。ただし、親水性セグメント1cは図2(a)と図2(b)のいずれにおいても溶液中に良好に溶解し、材料表面の親水性度を一定に保持する役割を担う。
【0017】
以下、本発明の構造体について、その製造方法とともに、より詳細に説明する。
【0018】
[支持体]
本発明における支持体1aとして、有機材料や無機材料あるいはそれらのハイブリッド材料等、種々の組成の材料を使用することができる。支持体1aは、下限臨界共溶温度を有するセグメント1bと親水性セグメント1cから構成されるブロックポリマー、さらにはアフィニティーリガンド1e、スペーサー1dと化学結合を形成し得る官能基を有していることが好ましく、官能基を有していない場合には、適宜処理して官能基を導入しておくことが好ましい。官能基としては、アミノ基、水酸基、カルボキシル基、エステル基、クロロメチル基などを挙げることができる。ただし、同様の効果が期待できる範囲において、他の官能基であっても適用可能である。
【0019】
[ブロックポリマー]
本発明において、支持体1aに結合している高分子鎖は、下限臨界共溶温度1bと親水性セグメント1cから構成されるブロックポリマーである。
【0020】
まず、下限臨界共溶温度を有するセグメント1bについて説明する。本発明における下限臨界共溶温度を有するセグメントは、水溶液中で下限臨界共溶温度を示すポリマーであることを特徴とする。下限臨界共溶温度を有するセグメント1bを構成するポリマーとして、ポリ(N置換アクリルアミド誘導体)が代表例として挙げられるが、それ以外の物質であっても同様の効果が期待できる範囲において適用可能である。
【0021】
つぎに、親水性セグメント1cについて説明する。親水性セグメント1cとして、ポリアクリルアミド誘導体やポリエチレンオキサイド(PEO)など親水性の高い物質を使用することが好ましい。ただし、それ以外の物質であっても同様の効果が期待できる範囲において適用可能である。
【0022】
本発明におけるブロックポリマーは、支持体1a表面の官能基を開始種としたグラフト重合を行うことによって支持体1aに導入しても良いし、あらかじめ合成しておいたフリーのブロックポリマーを支持体1aに結合しても良い。後者の場合、ブロックポリマーに含まれる下限臨界共溶温度を有するセグメント1b末端に、支持体1aに結合し得る官能基、例えば、アミノ基、水酸基、カルボキシル基、エポキシ基などの官能基を有する場合には、その官能基を支持体1aに結合する基として使用することができる。また、ブロックポリマーが温度応答性セグメント1b末端に支持体1aに結合し得る官能基を有していない場合には、温度応答性セグメント1b末端に新たに支持体1aに結合し得る官能基を導入することにより、支持体1aと結合させることができる。
【0023】
本発明に適用されるブロックポリマーは、種々の重合法で合成できる。最も一般的に用いられる方法はリビング重合法である。リビング重合法として、リビングアニオン重合やリビングカチオン重合、リビングラジカル重合などを用いることができる。これらの重合法は、ブロックポリマーの分子量やセグメント長の比を精密に制御することができ、分子量分布の狭いブロックポリマーを合成することができるため好ましい。しかし、本発明に用いるブロックポリマーの製法は、これらに限られるものではなく同様の効果が期待できる範囲において適用可能である。
【0024】
[アフィニティーリガンド]
本発明における、アフィニティーリガンド1eは、特定の生理活性物質に対して親和性を有する物質である。ここでいう生理活性物質とは、ペプチドやタンパク質のように、生体内において活性を示し、生体内または生体外の他の物質との間に相互作用、親和性を有する物質を意味する。本発明におけるアフィニティーリガンド1eとして、ターゲットとする生理活性物質と金属イオンを介したキレート環を形成する物質が好ましい。生理活性物質とキレート環を形成する物質として、分子内にジカルボン酸構造を有する化合物などが挙げられる。ただし、生理活性物質とキレート環を形成しないアフィニティーリガンド1eであっても、同様の効果を期待できる範囲において適用可能である。
【0025】
アフィニティーリガンド1eの分子内に支持体1aあるいはスペーサー1dに結合し得る官能基、例えば、アミノ基、水酸基、カルボキシル基、エポキシ基などの官能基を有する場合には、その官能基を支持体1aあるいはスペーサー1dに結合する基として使用することができる。また、これらのアフィニティーリガンド1eがその分子内に支持体1aあるいはスペーサー1dに結合し得る官能基を有していない場合には、アフィニティーリガンド1e中に新たに支持体1aあるいはスペーサー1dに結合し得る官能基を導入することにより、支持体1aあるいはスペーサーと結合させることができる。いずれの場合においても、支持体1aあるいはスペーサー1dに結合させることにより、アフィニティーリガンド1eが失活しないよう留意しなければならない。
【0026】
[スペーサー]
本発明における、スペーサー1dとは、支持体1aとアフィニティーリガンド1eの間に存在する化学物質である。スペーサー1dは、支持体1a及びアフィニティーリガンド1eと結合する前は、その両端に例えば、アミノ基、水酸基、カルボキシル基、エポキシ基等の官能基を有していることが好ましい。本発明におけるスペーサー1dとは、支持体1aとアフィニティーリガンド1eとを適当な距離を置いて結合しうるものであれば特に制限されないが、具体的にはエチレングリコールジグリシジルエーテル誘導体を使用することが好ましい。
【0027】
[生理活性物質の分離・回収工程]
以下、本発明の生理活性物質の分離用材料を用いて目的の生理活性物質を分離・回収(まとめて回収という)する仕組みを説明する。
【0028】
本発明における目的の生理活性物質とは、アフィニティーリガンド1eと親和性を有し選択的に結合する物質である。通常はペプチドやタンパク質を用いる。中でもヒスチジンタグを含有するペプチドやタンパク質が好ましい。ヒスチジンタグを含有するペプチドあるいはタンパク質は、アフィニティーリガンド1eと良好にキレート環を形成する。ただし、アフィニティーリガンド1eと生理活性物質との結合は、キレート環を介した結合だけに限定されるわけではなく、化学結合(水素結合を含む)であってもよいし、化学的または物理的な吸着であっても同様の効果が期待できる範囲において適用可能である。
【0029】
図3は、生理活性物質を含む水溶液から、生理活性物質物質を選択的に回収するシステムを例示したものである。
【0030】
図1に例示した生理活性物質の分離用材料を、生理活性物質3aを含む水溶液中に浸漬させた場合、下限臨界共溶温度を有するセグメント1bの下限臨界共溶温度以下において、下限臨界共溶温度を有するセグメント1bと親水性セグメント1cから構成されるブロックポリマーによって、アフィニティーリガンド1eが覆い隠されるため、生理活性物質3aとアフィニティーリガンド1eは結合しない(図3(a))。
【0031】
一方、下限臨界共溶解温度以上において、下限臨界共溶温度を有するセグメント1bが溶液中で疎水化して収縮するため、アフィニティーリガンド1eが露出し、アフィニティーリガンド1eと生理活性物質3aが結合する(図3(b))。ここで、図3(b)において親水性セグメント1cが存在しない場合を仮定すると、下限臨界共溶温度以上において、下限臨界共溶温度を有するセグメント1bが疎水化するため、生理活性物質3aと下限臨界共溶温度を有するセグメント1bが疎水性相互作用によって非特異的吸着するという問題が生じる。一方、本発明では、下限臨界共溶温度を有するセグメント1bに親水性セグメント1cが結合しているため、下限臨界共溶解温度前後において、生理活性物質の分離用材料表面の親水性度が変化せず、生理活性物質3aの非特異的吸着を抑制することができる。
【0032】
アフィニティーリガンド1eと生理活性物質3aが結合した状態で、不純物を洗浄除去した後、下限臨界共溶温度以下に温度を降下すると、下限臨界共溶温度を有するセグメント1bが溶液中に再溶解して、アフィニティーリガンド1eが、下限臨界共溶温度を有するセグメント1bと親水性セグメント1cから構成されるブロックポリマーによって覆い隠されるため、その排除体積効果によってアフィニティーリガンド1eと生理活性物質3aが解離する。このようなメカニズムで、生理活性物質3aを溶液中から回収することができる(図3(c))。
【0033】
図3に例示した生理活性物質の回収システムは、分離した生理活性物質を回収するために従来のような酸或いはアルカリ溶液や、大量の競合剤を添加する必要がないため生理活性物質の活性低下を最小限に抑制できるという利点がある。さらに、親水性セグメント1cの存在により、生理活性物質の非特異的吸着が抑制される点が従来技術と比較して大きな利点となる。
【0034】
以下、実施例を挙げてさらに詳細に本発明を説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0035】
本実施例は、図1に例示した構造体の作製方法およびその構造体を用いた生理活性物質の分離・回収能について評価した例である。この実施例では、支持体へのブロックポリマーの導入工程において、あらかじめ合成したフリーのブロックポリマーを、支持体表面に固定化するという手法を示している。
【0036】
[1−1]ブロックポリマーの合成
反応用シュレンク管にブロモ化末端を有するPEO(Mn:1000, Mw/Mn:1.1)、N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)、CuCl、tris[2−(dimethylamino)ethyl]amine (MeTREN)、ジメチルホルムアミド(DMF)を加え反応溶液とする。凍結真空脱気によりシュレンク管内の酸素を除去し、室温にて原子移動ラジカル重合(ATRP)を進行させる。所定時間経過後、反応系内に大量のメルカプト酢酸を加えることにより、生成するブロックポリマーの末端をカルボキシル化する。カルボキシル化はNMRにより確認する。さらに、カルボキシル化ブロックポリマー(poly(EO−b−NIPAM)−COOH)を透析により精製し、凍結乾燥法により乾燥状態で回収する。回収したpoly(EO−b−NIPAM)−COOHを水溶性カルボジイミド(WSC)を含む水溶液中に溶解させ、N−ヒドロキシルスクシンイミド(NHS)と反応させることにより、poly(EO−b−NIPAM)−COOHのカルボキシル基を活性エステル基に変換する。この反応の進行はNMRにより確認する。活性エステル化ブロックポリマー(poly(EO−b−NIPAM)−NHS)をGPCにて測定したところ、数平均分子量 6000、分子量分布指数 1.3であることが確認できる。
【0037】
[1−2]ブロックポリマーの支持体への導入
poly(EO−b−NIPAM)−NHSの活性エステル基とアミノプロピルシリカビーズ(5μm)のアミノ基を水中で反応させることで、アミノプロピルシリカビーズ表面にpoly(EO−b−NIPAM)−NHSを導入する。この導入はXPSによる表面元素分析にてS原子を指標に確認する。
【0038】
[1−3]アフィニティーリガンドの支持体への導入
ポリエチレングリコールグリシジルエーテルのエポキシ基とpoly(EO−b−NIPAM)−NHSを導入したアミノプロピルシリカビーズの残存アミノ基を水中にて反応させることで、ポリエチレングリコールグリシジルエーテルを結合させる。次に、イミノ2酢酸のアミノ基とエチレングリコールグリシジルエーテルを水中にて反応させる。その後、CuCl水溶液中にて攪拌し、イミノ2酢酸基とCu2+イオンとの間にキレートを形成させる。キレート形成は、ethylene diamine tetra−acetic acid(EDTA)を用いてCu2+を溶出させ、原子吸光分析にて溶出Cu2+量を定量することによって確認する。以下、このような手法でアフィニティーリガンドとブロックポリマーを共固定したシリカビーズをcode1と表現する。
【0039】
[1−4]生理活性物質の分離・回収
生理活性物質のモデルとしてウシ血清アルブミン(BSA)を用いる。
【0040】
[1−4−1]
25℃に温度設定した蒸留水にcode1を分散させ、さらにBSAを加えて評価用の水溶液を調整する。この水溶液を25℃にて1時間振騰した後、遠心分離によってcode1を沈降させてその上澄み液を採取する。採取した上澄み液中のBSA濃度を吸光度測定により評価したところ、初期のBSA濃度と変化しないことが確認される。このことから25℃の水溶液中では、code1にBSAは吸着しない。
【0041】
[1−4−2]
40℃に温度設定した蒸留水にcode1を分散させ、さらにBSAを加えて評価用の水溶液を調整する。この水溶液を40℃にて1時間振騰した後、遠心分離によってcode1を沈降させてその上澄み液を採取する。採取した上澄み液中のBSA濃度を吸光度測定により評価したところ、初期のBSA濃度の10%以下であることが確認される。このことから40℃の水溶液中では、code1にBSAは選択的に吸着する。
【0042】
[1−4−3]
1−4−2でBSAを吸着したcode1が分散した水溶液を、25℃に温度降下した後、遠心分離によってcode1を沈降させてその上澄み液を採取する。採取した上澄み液中のBSA濃度を吸光度測定により評価したところ、初期のBSA濃度と変化しないことが確認される。このことから40℃でcode1にBSAを選択的に吸着させた後、25℃に温度降下させることでBSAを回収することができる。
【0043】
[1−4−4]
code1の作製過程において、実施例[1−3]の過程を行わずブロックポリマーのみを固定化したシリカビーズ(code1’)を用いて比較実験を行う。40℃に温度設定した蒸留水にcode1’を分散させ、さらにBSAを加えて評価用の水溶液を調整する。この水溶液を40℃にて1時間振騰した後、遠心分離によってcode1’を沈降させてその上澄み液を採取する。採取した上澄み液中のBSA濃度を吸光度測定により評価したところ、初期のBSA濃度と変化しないことが確認される。つまり、実施例[1−4−2]におけるcode1へのBSAの吸着は、非特異的吸着ではなく、アフィニティーリガンドに起因して生じる。
【実施例2】
【0044】
本実施例は、図1に例示した構造体の作製方法およびその構造体を用いた生理活性物質の分離・回収能について評価した例である。この実施例では、支持体へのブロックポリマーの導入工程において、支持体表面に官能基を導入し、その官能基を開始種としてブロックポリマーをグラフト化する手法を示している。
【0045】
[2−1]支持体の前処理
シリカビーズを濃硝酸で洗浄した後、ろ過により回収する。回収したシリカビーズを乾燥N雰囲気下、135℃にて5時間加熱処理した後、無水トルエンに分散させる。このシリカビーズ/トルエン分散液に、シランカップリング剤である2−(4−クロロメチルフェニル)エチルトリメトキシシランを添加し、シリカビーズ表面の水酸基と反応させる(クロロメチル化)。この反応の進行は、XPSによる表面分析にてCl原子を指標に確認する。次に、クロロメチル化したシリカビーズを水で分散し、その分散液にアミノエタンチオールを添加して、クロロメチル基の一部をアミノ化する。さらに、分散液中にジチオカルバミン酸ナトリウムを添加し、残存クロロメチル基と反応させる。これらの反応の進行は、XPSによる表面分析にてN原子とS原子を指標に確認する。以下このようにして処理したシリカビーズを前処理済みビーズと表現する。
【0046】
[2−2]アフィニティーリガンドの支持体への導入
ポリエチレングリコールグリシジルエーテルのエポキシ基と前処理済みビーズ表面のアミノ基とを水中にて反応させることで、前処理済みビーズ表面にポリエチレングリコールグリシジルエーテルを結合させる。次に、イミノ2酢酸のアミノ基とエチレングリコールグリシジルエーテルを水中にて反応させる。以下このようにして作製したアフィニティーリガンド導入済みシリカビーズを、アフィニティービーズと表現する。
【0047】
[2−3]ブロックポリマーの合成と支持体への導入
反応用シュレンク管にアフィニティービーズとNIPAM、水、ベンジルN,N−ジエチルジチオカルバメートを加えて反応溶液とする。シュレンク管内を窒素置換し、室温にてUVグラフト重合を進行させることでアフィニティービーズ表面にpoly(NIPAM)を形成させた。ここでUVランプとして照射波長312nm〜577nmのものを用いた。次に、反応系内にアクリルアミドを後添加し、さらにUVグラフト重合を進行させることで、アフィニティービーズ表面にpoly(NIPAM−block−AAm)を形成させる。フリーな開始種として加えておいたベンジルN,N−ジエチルジチオカルバメートから生成した高分子鎖の分子量と分子量分布を測定したところ、数平均分子量が約5200で、分子量分布指数が1.25であることが確認できる。以下、このような手法でアフィニティーリガンドとブロックポリマーを共固定したシリカビーズをcode2と表現する。
【0048】
[2−4]生理活性物質の分離・回収
生理活性物質のモデルとしてリゾチームを用いる。
【0049】
[2−4−1]
code2をスラリー状にしてステンレスカラム(30×4.6mmφ)に充填後、NiCl溶液を通液して、イミノ二酢酸基とN2+イオンとのキレートを形成させる。次に、カラム温度を40℃に保持して所定量のリゾチーム水溶液をカラム内に通液し、その溶出液を採取する。採取した溶出液中のリゾチーム濃度をマイクロBCA法により評価したところ、溶出液中にはリゾチームが含まれないことが確認される。このことから40℃においてリゾチームは、code2に選択的に吸着する。
【0050】
[2−4−2]
実施例2の[2−4−1]に引き続いて、カラム温度を20℃に降下させ、リゾチーム水溶液通液後の溶出液を採取する。溶出液中のリゾチーム濃度をマイクロBCA法により評価したところ、初期のリゾチーム濃度の90%以上が含有されることを確認する。このことから、40℃でcode2にリゾチームを選択吸着させた後、20℃に温度降下することでリゾチームを回収することができる。
【0051】
[2−4−3]
code2の作製過程において、[2−2]の過程を経ずに、ブロックポリマーのみを固定化したシリカビーズ(code2’)を用いて比較実験を行う。code2’をスラリー状にしてステンレスカラム(30×4.6mmφ)に充填後、NiCl溶液を通液する。次に、カラム温度を40℃に保持して所定量のリゾチーム水溶液をカラム内に通液し、その溶出液を採取する。採取した溶出液中のリゾチーム濃度をマイクロBCA法により評価したところ、初期のリゾチーム濃度の100%が含有されることを確認する。つまり、実施例[2−4−1]におけるcode2’へのリゾチームの吸着は、非特異的吸着ではなく、アフィニティーリガンドに起因して生じる。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は遺伝子工学の分野において生理活性物質の回収を容易にするので、利用が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】アフィニティーリガンドとブロックポリマーを独立に結合した生理活性物質の分離用材料を示す図である。
【図2】生理活性物質の分離用材料の温度応答を示す図である。
【図3】生理活性物質の分離用材料を用いた生理活性物質の回収を示す図である。
【符号の説明】
【0054】
1a 支持体
1b 温度応答性セグメント
1c 親水性セグメント
1d スペーサー
1e アフィニティーリガンド
3a 生理活性物質

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生理活性物質の分離用材料であって、支持体の表面上に、前記生理活性物質に対して親和性を有する物質と下限臨界共溶温度を有するセグメントと親水性セグメントとから構成されるポリマーとを、それぞれ独立に結合してなることを特徴とする生理活性物質の分離用材料。
【請求項2】
前記生理活性物質に対して親和性を有する物質が、前記生理活性物質とキレート環を形成することを特徴とする請求項1に記載の生理活性物質の分離用材料。
【請求項3】
前記下限臨界共溶温度を有するセグメントとおよび親水性セグメントとから構成されるポリマーが、ブロックポリマーであることを特徴とする請求項1〜2のいずれかに記載の生理活性物質の分離用材料。
【請求項4】
前記下限臨界共溶温度を有するセグメントがポリ(N置換アクリルアミド誘導体)であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の生理活性物質の分離用材料。
【請求項5】
生理活性物質の分離用支持体表面上に、前記生理活性物質に対して親和性を有する物質を結合する工程と、下限臨界共溶温度を有するセグメントとおよび親水性セグメントとから構成されるポリマーを結合する工程とを含むことを特徴とする生理活性物質の分離用材料の製造方法。
【請求項6】
請求項1に記載の分離用材料を、生理活性物質を含む溶液中に浸漬させ、温度を下限臨界共溶温度以下に変化させることにより、前記生理活性物質に対して親和性を有する物質と前記生理活性物質が解離し、かくして前記生理活性物質を前記溶液中から回収することを特徴とする生理活性物質の回収方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−312117(P2006−312117A)
【公開日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−134985(P2005−134985)
【出願日】平成17年5月6日(2005.5.6)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】