説明

生薬を用いた野生獣忌避剤

【課題】野生獣の樹木幼木に対する忌避効果を付与することにより、野生獣の樹木幼木への食害を長期間軽減し、しかも樹木幼木に対する薬害の無い野生獣忌避剤を提供すること。
【解決手段】生薬苦み成分を含有し、樹木幼木に散布することを特徴とする野生獣忌避剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生薬苦み成分を有効成分として含有する薬剤を用い、樹木幼木に散布することにより、野生獣の樹木幼木への食害を軽減させる野生獣忌避剤およびその忌避方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在の樹木植林は、優れた品質を持ち、生育の速い樹木の新芽を苗畑に挿し、50cm程度の幼苗を育成した後、林野に移植し、生育させるため、幼苗が活着および定着し、野生獣の食害に遭わなくなる樹高まで生育させるために野生獣忌避剤を樹木に散布または塗布し、樹木保護を行っている。
【0003】
樹木保護を目的とした野生獣忌避剤および樹木保護の方法については、種々の検討がなされており、野生獣忌避剤としては、ジラム水和剤(商品名:コニファー)、チウラム剤(商品名:レント、アンレス)石油アスファルト剤(商品名:ブラマック)などが市販されている。その他に特許として、コーヒーの種々の段階におけるコーヒー成分を、林野や農耕地の植物に処理することによって、野生獣による食害から植物を防御する方法(例えば、特許文献1参照)、鶏卵の乾燥卵黄にその効果を見出し、さらに、乾燥卵黄単独では効果発現期間が短いものであったが、ロジンを組み合わせることにより、長期にわたり忌避性を持続する方法(例えば、特許文献2参照)が示されている。
【特許文献1】特開2004−182707号公報
【特許文献2】特開2003−192506号公報
【0004】
一方、野生獣から樹木を保護する方法としては、耕作地等の周囲に所定高さで張り巡らす繊維製ネット1であって、この繊維製ネット1に対して動物の嫌う忌避剤2を塗布又は含浸させて農作物防護ネットとし、このネットで防除網を構築する方法(例えば、特許文献3参照)などが示されている。
【特許文献3】特開平6−237680号公報
【0005】
さらに、一般に、野生獣は、天敵獣の臭気、異臭、辛味成分を塗布または散布された樹木に対し忌避効果を示すことが知られており、熱可塑性樹脂に殺虫成分、殺菌成分、味覚刺激成分ならびに臭覚刺激成分を含有する防護用シートによる樹木保護方法(例えば、特許文献4参照)、唐辛子、わさび、胡椒またはこれらの辛味成分、カプサイシン類を内包するマイクロカプセルまたはこれらの辛味成分を有効成分として吸着した多孔質粒子が、生分解性樹脂をバインダーとして繊維またはプラスチックからなるシート状物、繊維などに固着している有害動物による食害防御用保護材(例えば、特許文献5参照)があげられる。
【特許文献4】特開2003−333974号公報
【特許文献5】特開2004−217623号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、野生獣が成育し、樹木保護が必要な場所は、自然の豊かな環境であることから、天然物のような環境負荷の小さな薬剤であり、人畜に対する安全性の高い薬剤の開発が求められており、毒性の問題がなく人畜に対する安全性が明確となっている生薬等の中から野生獣に対し忌避作用を有し、さらに長期間にわたって忌避効果が持続することのできる野生獣食害忌避剤が求められ、本発明はこのような野生獣忌避剤を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記した課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、生薬苦み成分の中からゲンチアナ、リュウタン、センブリの粉末または生薬エキスを含有する分散体を樹木幼木に散布することにより、野生獣の樹木幼木への食害を軽減し、しかも樹木幼木に対する影響のないことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち本発明は、植物の根、茎、葉から選択される植物体を乾燥し、粉砕して得られた生薬苦み成分を含む生薬粉末、該生薬苦み成分を含む生薬粉末から抽出して得られた生薬エキス、前記したこれらの生薬苦み成分を含む生薬粉末および生薬エキスから選択される1種または2種以上を含有し、樹木幼木に散布することにより、樹木幼木への野生獣の食害を軽減することを特徴とする生薬苦み成分を含有する野生獣忌避剤である。また本発明は、前記した生薬苦み成分を含む生薬粉末および生薬エキスから選択される1種または2種以上を含有する野生獣忌避剤を、樹木幼木に散布することを特徴とする、樹木幼木への野生獣の食害を軽減させる方法である
【0009】
さらに本発明において、前記した植物の根、茎、葉、枝から選択される植物体は、ゲンチアナ、リュウタン、センブリまたは他のリンドウ科植物に由来するものであることを特徴としており、また前記した生薬苦み成分の有効成分は、ゲンチオピクロサイド、ゲンチオピクリン、スエルチアマリン、アマロゲンチンまたはアマロスエリンであることを特徴としている。
【0010】
本発明において、樹木幼木に散布する生薬苦み成分を含有する野生獣忌避剤の剤型は、水和剤または水性懸濁剤が適している。また、それらの水和剤または水性懸濁剤は、生薬苦み成分を含む生薬粉末および生薬エキスを、1%〜50%含有することを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
本発明の生薬苦み成分を含有する野生獣忌避剤によれば、野生獣の樹木幼木に対する忌避効果を付与することにより、野生獣の樹木幼木への食害を長期間軽減し、樹木幼木に対する薬害を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
生薬苦味成分が樹木幼木の茎葉に付着し、風雨等により流れ落ちないようにする資材として牛脂、亜麻仁油などの天然油と界面活性剤の混合物があげられる。
【0013】
界面活性剤としては、ジアルキルエステルスルホネート、アルケニルスルホネート、ポリオキシアルキルアリルエーテルサルフェート、アルキルアリルスルホネート、ナフタレンスルホネート縮合物、アルキルサルフェートから選ばれる2種以上の界面活性剤の混合物、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油(ソルポールHC10、CA20、CA30、CA40:東邦化学(株))から選ばれる1種以上の界面活性剤の単品または混合物などが挙げられる。
【0014】
散布確認のため、樹木幼木を着色する資材として、具体的に酸化チタン(アナターゼ型またはルチル型)、白色クレー、炭酸カルシウム粉末(軽質又は重質)が使用できる。
【実施例1】
【0015】
[水和剤の作製]
ゲンチアナ末(日本粉末薬品(株))10部にシリカ(カープレックス#80D:デグッサジャパン)5部、ベントナイト(関東ベント鉱業、豊順ベント鉱業)5部、さらにカルボキシメチルセルロースナトリウム(セロゲン6A:第一工業製薬)3部を加えて混合し、この混合物を空気圧縮型粉砕機(ジェットミル粉砕機)で粒子径5〜10μmに粉砕した後、界面活性剤(ジアルキルエステルスルホネート,アルキルアリルスルホネート,ナフタレンスルホネート縮合物混合物(東邦化学(株))を7部、軽質炭酸カルシウム5部、更にクレー(勝光山鉱業所、関東ベントナイト鉱業(株))を65部加え100部に調製した粉末物を混合機(配合機)で均一に混合してゲンチアナ末10%水和剤を得た。
【実施例2】
【0016】
[水性懸濁剤の作製]
アルカシーガム0.1部(伯東化学(株))を加えた分散水溶液に、酸化チタン1部(アナターゼ型)を加え高速攪拌して均一懸濁分散液を作成した後、亜麻仁油10部、エチレングリコール5部、ソルポールCA20(東邦化学(株))5部、防菌防黴剤(proxel)1.0部、ポリビニルアルコール完全ケン化型1.0部(ゴーセノール:日本合成化学(株))を加え低速攪拌しながら、リュウタン末10部(日本粉末薬品(株))、炭酸カルシウム粉末5.0部、シリカ(カープレックス#80D:デグッサジャパン)を1.0部加え、最後に水道水を加えて100部に調製したリュウタン末分散液を密閉型湿式粉砕機(ダイノミル:シンマルエンタープライゼス(株))で湿式粉砕し平均粒子径5〜50μmの水性懸濁剤を得た。
【実施例3】
【0017】
[水性懸濁剤の作製]
アルカシーガム0.1部(伯東化学(株))を加えた分散水溶液に、酸化チタン1部(ルチル型)を加え高速攪拌して均一懸濁分散液を作成した後、ゲンチアナエキス10部、亜麻仁油10部、プロピレングリコール5部、ソルポールHC10(東邦化学(株))5部、防菌防黴剤(proxel)0.1部、ポリビニルアルコール部分ケン化型1.0部(ゴーセノール:日本合成化学(株))を加え低速攪拌しながら、炭酸カルシウム粉末(重質)5.0部、シリカ(カープレックス#80D:デグッサジャパン)を2.0部加え、最後に水道水を加えて100部に調製したセンブリエキス分散液を密閉型湿式粉砕機(ダイノミル:シンマルエンタープライゼス(株))で湿式粉砕し平均粒子径5〜50μmの水性懸濁剤を得た。
【実施例4】
【0018】
[ヒノキ幼木における生薬苦味薬剤の散布による鹿に対する忌避効果試験1]
栃木県において3月に移植したヒノキ新植林内のヒノキ幼木を用い、10月にわずかに発生している鹿によるヒノキ食害部位をペンキで着色し、既存食害部位を示した後、[実施例1]に準じた方法により調製した生薬苦味成分分散剤を所定希釈倍率に分散させ、蓄圧式散布器を用い、ヒノキ幼木に調製液が十分にかかるように散布した。各試験区のヒノキ幼木の本数は、25本とした。
調査は、薬剤処理30日後、60日後、100日後に野生獣による新規食害程度およびヒノキに対する薬害程度を観察調査し、平均食害程度により有効性を調査した。
結果は、[表1]に示すとおりである。
【0019】
食害程度の調査は、以下に示す観察基準に従い、食害指数とした。
0:食害なし。
1:僅かな食害が観察されるが、頂芽の食害なし。
2:食害は観察されるが、頂芽の食害はなく実用上問題ない程度。
3:食害は中程度であり、全体の60%が食害されている。
4:食害は甚大であり、全体の80%が食害されている。
5:完全食害
【0020】
【表1】

【0021】
生薬苦み成分を含有する野生獣忌避剤を散布した群は、無処理区に比して食害が軽減されていることがわかる。また、食害程度の軽い幼木について薬害の有無を調査したが、生薬苦み成分を含有する野生獣忌避剤を散布した群、無処理区共に薬害は認められなかった。
【実施例5】
【0022】
[ヒノキ、スギ幼木に対する薬害の検討]
茨城県下妻市にある保土谷化学下妻圃場を用い、3月下旬にヒノキ幼木およびスギ幼木を移植し、活着したのを確認した後、実施例1に準じた方法により調製した生薬苦味成分分散剤を所定希釈倍率に分散させ、蓄圧式散布器を用い、ヒノキ幼木に調製液が十分にかかるように散布した。各試験区のヒノキ、スギ幼木の本数は、10本とした。
調査は、薬剤処理2週間後、4週間後にヒノキ、スギに対する薬害程度を観察調査し、平均薬害程度によりヒノキ、スギ幼木に対する製剤の薬害の有無を調査した。
結果は、[表2]に示すとおりである。
【0023】
薬害程度の調査は、以下に示す観察基準に従い、薬害観察指数とした。
0:無処理区同様(影響なし)
1:僅かな薬害症状有り。
2:薬害症状が観察されるが実用上問題ないと判断される程度。
3:薬害症状が観察されるが実用できないと判断される程度。
4:薬害症状は甚大であり実用できないと判断される程度。
5:薬害症状により完全に枯死している程度。
【0024】
【表2】

【0025】
生薬苦み成分を含有する野生獣忌避剤を散布した試験区、無処理区共に薬害は認められなかった。
【実施例6】
【0026】
[ヒノキ幼木における生薬苦味薬剤の散布による鹿に対する忌避効果試験2]
長野県の野生獣食害激害地において5月にヒノキ幼木を各試験区10本移植し、移植直後に実施例2および3に準じた方法により調製した生薬苦味成分分散剤を所定希釈倍率に分散させ、蓄圧式散布器を用い、ヒノキ幼木に調製液が十分にかかるように散布した。
調査は、ヒノキ新芽の伸長が見られるまでの薬剤処理14日後、40日後に野生獣による新規食害程度およびヒノキに対する薬害程度を観察調査し、平均食害程度により薬剤の有効性を調査し平均食害指数で示した。
結果は、[表3]に示すとおりである。
【0027】
【表3】

【0028】
生薬苦み成分を含有する野生獣忌避剤を散布した試験区の幼木は、無処理区のものに比して食害が軽減されていることがわかる。比較用に実施した、市販の「コニファー」とは同程度の平均食害指数であった。また、食害程度の軽い幼木について薬害の有無を調査したが、生薬苦み成分を含有する野生獣忌避剤を散布した試験区、無処理区共に薬害は認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0029】
野生獣忌避剤を樹木幼木に散布することにより、自然環境に対する負荷が小さく、野生獣の樹木幼木への忌避効果を発現し、野生獣の食害を長期間軽減させる、樹木幼木に対し薬害のない野生獣忌避剤として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の根、茎、葉から選択される植物体を乾燥し、粉砕して得られた生薬苦み成分を含む生薬粉末、該生薬苦み成分を含む生薬粉末から抽出して得られた生薬エキス、前記したこれらの生薬苦み成分を含む生薬粉末および生薬エキスから選択される1種または2種以上を含有し、樹木幼木に散布することにより、樹木幼木への野生獣の食害を軽減することを特徴とする生薬苦み成分を含有する野生獣忌避剤。
【請求項2】
前記した、生薬苦み成分を含む生薬粉末および生薬エキスから選択される1種または2種以上を、1%〜50%含有する、請求項1記載の生薬苦み成分を含有する野生獣忌避剤。
【請求項3】
前記した植物の根、茎、葉、枝から選択される植物体が、ゲンチアナ、リュウタン、センブリまたは他のリンドウ科植物に由来するものである、請求項1または請求項2記載の生薬苦み成分を含有する野生獣忌避剤。
【請求項4】
前記した生薬苦み成分の有効成分が、ゲンチオピクロサイド、ゲンチオピクリン、スエルチアマリン、アマロゲンチンまたはアマロスエリンである、請求項1〜請求項3いずれかの項に記載の生薬苦み成分を含有する野生獣忌避剤。
【請求項5】
前記した樹木幼木に散布する剤型が、水和剤または水性懸濁剤である、請求項1〜請求項4いずれかの項に記載の生薬苦み成分を含有する野生獣忌避剤。
【請求項6】
植物の根、茎、葉から選択される植物体を乾燥し、粉砕して得られた生薬苦み成分を含む生薬粉末、該生薬苦み成分を含む生薬粉末から抽出して得られた生薬エキス、前記したこれらの生薬苦み成分を含む生薬粉末および生薬エキスから選択される1種または2種以上を含有する野生獣忌避剤を、樹木幼木に散布することを特徴とする、樹木幼木への野生獣の食害を軽減させる方法。
【請求項7】
前記した、生薬苦み成分を含む生薬粉末または生薬エキスから選択される1種または2種以上を、1%〜50%含有する、請求項6記載の樹木幼木への野生獣の食害を軽減させる方法。
【請求項8】
前記した植物の根、茎、葉から選択される植物体が、ゲンチアナ、リュウタン、センブリまたは他のリンドウ科植物に由来するものである、請求項6または請求項7記載の樹木幼木への野生獣の食害を軽減させる方法。
【請求項9】
前記した生薬苦み成分の有効成分が、ゲンチオピクロサイド、ゲンチオピクリン、スエルチアマリン、アマロゲンチンまたはアマロスエリンである、請求項6〜請求項8いずれかの項に記載の樹木幼木への野生獣の食害を軽減させる方法。
【請求項10】
前記した樹木幼木に散布する剤型が、水和剤または水性懸濁剤である、請求項5〜請求項9いずれかの項に記載の樹木幼木への野生獣の食害を軽減させる方法。

【公開番号】特開2007−91668(P2007−91668A)
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−285163(P2005−285163)
【出願日】平成17年9月29日(2005.9.29)
【出願人】(000005315)保土谷化学工業株式会社 (107)
【Fターム(参考)】