説明

産業用ポリエステルフィラメント用処理剤

【課題】 高温での熱処理が必要な産業用ポリエステルフィラメントの製造工程において、耐熱性が良好で工程汚れが少なく、かつ、金属の摩耗防止性と高い制電性を付与できる処理剤。
【解決手段】 ポリエステルフィラメントに用いる処理剤であって、処理剤有効成分に対するチオジプロピオン酸エステル化合物を含有しジアルキルスルホコハク酸金属塩を1〜5重量%を含有してなる処理剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に産業用ポリエステルフィラメントを製造する工程で用いられる処理剤に関するものである。さらに詳しくは、高温での熱処理が必要な産業用ポリエステルフィラメントの製造工程において、耐熱性が良好で工程汚れが少なく、かつ、金属の摩耗防止性と高い制電性を付与できる処理剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ポリエステルフィラメントの紡糸、延伸工程には種々の処理剤が必要に応じてしようされているが、生産性向上、高強力化が要求される産業用ポリエステルフィラメントにおいては、紡糸、延伸速度の向上、熱処理温度の高温化などが必要であり、処理剤に対する耐熱性、潤滑性に加えて極圧性等の性能向上が強く求められている。
【0003】
しかし、処理剤成分は一般的に耐熱性が不良であり、特に産業用ポリエステルフィラメントの延伸熱処理工程では処理剤が酸化分解して黒褐色に変質してしまうような高温での熱処理が一般的となっている。処理剤が酸化分解することで生ずる黒褐色の物質が発生すると、産業用ポリエステルフィラメントの熱処理ムラが生じ、収縮ムラ、ひいては布帛等の欠点、品位低下となる。従って、黒褐色の物質が発生すると、清掃を余儀なくされ、生産性の低下を招くことになる。
【0004】
そこで、耐熱性の良好な平滑剤や耐熱性を向上させる成分を用いた処理剤の提案が種々なされている。
【0005】
たとえば、分子量500〜1000のチオジプロピオン酸エステルを30〜70重量%含有し、特定の二級スルホネートを0.5〜5.0重量%および特定のりん酸エステルのアミン塩0.5〜5.0重量%を必須成分とする処理剤により、高度な平滑性を有した耐熱性良好な処理剤が得られる(特許文献1)。
【0006】
チオジプロピオン酸と炭素数12〜26の不飽和結合を含まない一価アルコールとジエステル化合物65〜80重量%、分子量が800〜1200の多価アルコールのエチレンオキサイド付加物をステアリン酸でエステル化した化合物10〜20重量%、および分子量が1200〜3000の硬化ヒマシ油エチレンオキサイド付加物10〜25重量%含有する処理剤により、耐熱性の良好な平滑効果を発揮し、高品位な合成繊維を得ることが出来る(特許文献2)。
【0007】
分子量600〜1200の多価アルコールと一価カルボン酸とのエステルおよび/または一価アルコールと多価カルボン酸とのエステル30〜70重量%、分子量500〜1500のチオエーテル基を含有するカルボン酸とアルコールとのエステル0.5〜30重量%、特定の二級スルホネートを0.5〜5.0重量%、および特定のりん酸エステルのアミン塩0.5〜5.0重量%、ヒンダートフェノール系酸化防止剤0.1〜3重量%を必須成分とする処理剤により、高度な平滑性を有しながら、特定のリン酸エステルのアミン塩とヒンダートフェノール系酸化防止剤の併用による耐熱性向上効果が得られる(特許文献3)。
【0008】
しかし、確かにこれら提案では良好な平滑性と高い耐熱性を有する処理剤を得ることができるが、金属の摩耗防止性と高い制電性を付与することは困難であった。
【特許文献1】特開平8−120564号公報
【特許文献2】特開平7−3643号公報
【特許文献3】特開平8−120563号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、高温での熱処理が必要な産業用ポリエステルフィラメントの製造工程において、耐熱性が良好で工程汚れの少ない産業用ポリエステルフィラメントを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の産業用ポリエステルフィラメントは、処理剤有効成分に対するチオジプロピオン酸エステル化合物を含有しジアルキルスルホコハク酸金属塩を1〜5重量%を含有してなる処理剤を付与していることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、高温での熱処理が必要な産業用ポリエステルフィラメントの製造工程において、耐熱性が良好で工程汚れが少なく、かつ、金属の摩耗防止性と高い制電性を付与された産業用ポリエステルフィラメントが提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0013】
本発明が対象とする産業用ポリエステルフィラメントは、寸法安定性、耐熱性、耐薬品性に優れたポリエステル系合成繊維であることが好ましく、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレートおよびこれらに第3成分を共重合あるいは艶消し剤、制電剤、抗酸化剤、耐熱剤などの一般的に使用される添加剤を含有していてもよい。また、産業用ポリエステルフィラメントの断面形状は丸断面の他、3葉以上の異形断面であってもよく、2種類以上の組み合わせからなる混繊糸、芯鞘型複合繊維糸、サイドバイサイド型複合繊維糸、海島型複合繊維糸、割繊糸、ポリマブレンド糸、中空部を有する糸、C型断面糸などの複合繊維であってもよい。
【0014】
また、本発明の処理剤を付与した産業用ポリエステルフィラメントは、産業用に使用されるのが好適であるが、織物、編み物、分繊、混繊などいずれの用途でも使用できる。
【0015】
本発明の産業用ポリエステルフィラメントに付与されている処理剤は、処理剤有効成分に対するチオジプロピオン酸エステル化合物を含有しジアルキルスルホコハク酸金属塩を1〜5重量%を含有している必要がある。
【0016】
チオジプロピオン酸エステル化合物は、優れた潤滑性と耐熱性を有するためそれ自体で潤滑剤として使用することができる。チオジプロピオン酸エステルの配合量は処理剤全量の40重量%以上、より好ましくは50重量%以上である。40重量%未満だと潤滑性が不足する。従って平滑剤として従来の処理剤に使用されている脂肪酸エステル類、鉱物油、ポリエーテル類、エーテルエステル類などと併用してもよいが、少なくとも40重量%以上チオジプロピオン酸エステルを配合すべきである。
【0017】
エステル残基を構成するヒドロキシ化合物の少なくとも一方は炭素数8以上、より好ましくは12から22、特に12から18の分岐を有してもよい飽和または不飽和のアルキル基、アラルキル基、脂環基を有してもよいアルキル基などである。具体的には2−エチルヘキサノ−ル、ラウリルアルコール、ミリスチルアルコ−ル、セチルアルコ−ル、ステアリルアルコ−ル、イソステアリルアルコ−ル、オレイルアルコ−ルなどであるが、中でも特に好ましいのは飽和のアルキル基である。
【0018】
チオジプロピオン酸のカルボキシル基は全て上記のアルコ−ル類でエステル化されているのが特に好ましい。
【0019】
好ましいチオジプロピオン酸エステルの例はジラウリルチオジプロピオネ−ト、ジステアリルチオジプロピオネ−ト、ジオレイルチオジプロピオネ−ト、ジイソトリデシルチオジプロピオネ−ト、ジイソステアリルチオジプロピオネ−トなどがある。
【0020】
ジアルキルスルホコハク酸金属塩は、製糸工程、高次加工工程でのさまざまな糸道ガイド等、特に金属の摩耗を防止する効果を有する他、製糸工程、高次加工工程における静電気の発生を抑制する効果を有する。糸道ガイド等は、産業用ポリエステルフィラメントが走行する際に直接接触する部分であり、摩耗していると毛羽や糸切れが発生する。また製糸工程で静電気が発生すると、ローラ上での糸道が不安定となり、熱処理ムラや糸道同士が重なり毛羽や糸切れが発生する。糸道ガイド等の摩耗と静電気を抑制するためには、ジアルキルスルホコハク酸金属塩を1重量%以上含有する必要がある。また、5重量%を超えると、比較的耐熱性の良好なジアルキルスルホコハク酸金属塩でも、酸化分解の原因物質となり好ましくない。
【0021】
ジアルキルスルホコハク酸金属塩としては、例えば炭素数8〜24の炭化水素基を有するジアルキルスルホコハク酸エステルジもしくはモノ金属塩が挙げられ、なかでもNaやKとの塩が好ましい。
【0022】
本発明の処理剤は、産業用ポリエステルフィラメントに付与する方法として、従来公知の方法であれば採用でき、ローラーを介して付与する方法、計量ポンプで計量した処理剤をノズルを介して付与する方法などが挙げられる。
【0023】
また、付与する際、ストレートでもエマルションでも採用できるが、好ましくはエマルションで付与する方法である。
【0024】
エマルションを用いて処理剤を付与する際の濃度は、薄すぎると付与後の処理剤の飛散、濃すぎると付与斑が発生する傾向があるので、1〜20重量%であることが好ましく、より好ましくは10〜20重量%である。
【0025】
産業用ポリエステルフィラメントに対する処理剤の付与量は、少ないと平滑性不良により毛羽や糸切れが発生する。また、多すぎると過剰に付与した処理剤が脱落して製糸工程での加熱ローラ上で酸化分解により黒褐色の汚れが発生する傾向があるので、産業用ポリエステルフィラメント重量に対して、処理剤成分が0.3〜1.5重量%付与されていることが好ましく、より好ましくは0.4〜0.8重量%である。
【0026】
本発明の処理剤には、本発明の効果を損なわない範囲内で、その他の成分を含有してもよい。例えば、アルキルスルホネート金属塩およびその誘導体やアルキルホスフェート金属塩およびその誘導体などのアニオン系界面活性剤、pH調整剤、酸化防止剤、防腐剤、乳化剤などである。
【実施例】
【0027】
以下実施例により本発明をさらに具体的に説明する。なお、実施例中の物性値、評価は以下に述べる方法で測定、評価した。
【0028】
1.固有粘度
35℃のo−クロロフェノール溶液を用いて測定した値である。
【0029】
2.糸−金属走行糸摩擦係数(μd)
固定された直径50mmの筒型の金属の接糸体の円周の半分に接糸させた状態で糸速55m/分で引き取った際、接糸体の入側の張力(T1)を出側の張力(T2)で除して下記式で求めた。
(μd)=1/π×log(T2/T1)
3.耐熱性評価
処理剤を付与した未円延伸糸を延伸機で、85℃に加熱した予備加熱ローラを介して、210℃に加熱した熱セットプレートで熱処理をしながら延伸倍率3.6倍で延伸しボビンに巻き上げる。
【0030】
1日間連続して延伸した後のドローロール表面の汚れ発生状態を目視で確認した。
【0031】
褐色着色物なし:○
褐色着色物あり:×
4.静電気評価
処理剤を付与した未円延伸糸を延伸機で、85℃に加熱した予備加熱ローラに5ターン巻き、ついで210℃に加熱した熱セットプレートで熱処理をしながらドローローラに5ターン巻き、延伸倍率3.6倍で延伸しボビンに巻き上げる。
【0032】
延伸時、予備加熱ローラおよびドローローラ上の糸道を目視で確認し下記の通り判定した。
【0033】
産業用ポリエステルフィラメント同士の重なり、接触なし:○
産業用ポリエステルフィラメント同士の重なり、接触あり:×
5.金属摩耗防止評価
GROZ−BECKERT社製編み針1000 KFPS 46.58 G 12を用いて、編み針への出入りの角度をそれぞれ45°に設定し、入り側張力を25g±5gとなるようにリングテンサー等を用いて調整し、糸速250m/分で4時間、編み針とポリエステルモノフィラメントを擦過させ、擦過部の摩耗状態を目視にて確認した。
【0034】
糸道跡あり、摩耗跡なし:◎
糸道跡あり、摩耗跡なし:○
糸道跡あり、摩耗跡あり:×
糸道跡とは、編み針表面に筋状に見られる跡であり、深く削れた状態ではない。
【0035】
摩耗跡とは、編み針が深く削れ、えぐれたように見える状態である。
【0036】
6.製糸操業性
一旦未延伸糸を巻き取った後に延伸する2工程法で延伸する場合は、延伸糸製品数量5,000kgを、延伸糸製品5,000kgを採取するのに用いた未延伸糸数量(kg)で除した値に100を乗じて収率(%)として評価し、○および△を合格とした。
【0037】
○:90%以上
△:85〜89%
×:85%未満
実施例1〜3
極限粘度が0.70、無機物粒子を含まないポリエチレンテレフタレートのチップを、Nシール減圧下で160℃、12時間で乾燥し、通常の溶融紡糸機にチップを供給し、紡糸温度290℃で口金より吐出した。25℃のチムニーエアーにて冷却固化した後、表1 実施例1〜3に示す処理剤を15%エマルジョンとして調整しローラーを介して給油、処理剤付与量0.5重量%となるようにし、引取速度1100m/分で引取り、未延伸モノフィラメントを巻取った。
【0038】
未延伸モノフィラメントは、延伸機にて85℃に加熱した予備加熱ローラを介して、210℃に加熱した熱セットプレートで熱処理をしながら延伸倍率3.6倍で延伸しボビンに巻き上げ、280dtex、2フィラメントの産業用ポリエステルフィラメントを得た。延伸の際、予備加熱ローラおよびドローローラ上の産業用ポリエステルフィラメントは重なり、接触なしはなく安定していた。同一延伸条件で1日間連続して延伸後、熱セットプレートの表面を目視で確認したが、黒褐色着色物はなかった。製糸操業性も90%以上で良好であった。
【0039】
また、金属摩耗防止評価においても、糸道跡は若干あるものの、えぐれたような摩耗跡はなかった。
【0040】
比較例1〜6
比較例1〜6の処理剤を用いて、処理剤以外は、実施例1〜3と同様の方法で製糸操業性、耐熱性、静電気評価、金属摩耗防止評価を行った。
【0041】
比較例1は、製糸工程で毛羽に起因する糸切れが多発し、製糸性が不良であった。
【0042】
比較例2は、予備加熱ローラおよびドローローラ上の産業用ポリエステルフィラメントの重なり、接触が発生しており、金属摩耗防止評価が不良であった。
【0043】
比較例3は、熱セットプレートの表面に黒褐色着色物が付着しており、これに起因する毛羽、糸切れが発生した。
【0044】
比較例4は、予備加熱ローラおよびドローローラ上の産業用ポリエステルフィラメントの重なり、接触が発生しており、金属摩耗防止評価が不良であった。
【0045】
比較例5は、熱セットプレートの表面に黒褐色着色物が付着しており、これに起因する毛羽、糸切れが発生した。
【0046】
比較例6は、予備加熱ローラおよびドローローラ上の産業用ポリエステルフィラメントの重なり、接触が発生しており、金属摩耗防止評価が不良であった。
【0047】
【表1】

【0048】
実施例4〜5、比較例7〜8
実施例1の処理剤を用いて、処理剤付与量以外は実施例1と同様の方法で製糸、製織、処理剤安定性評価、金属摩耗防止評価を行った。処理剤付与量は、ローラを介して付与する際に、ローラ回転数を変更して所定の付与量に調整した。
【0049】
実施例4、5は、製糸操業性、耐熱性評価、静電気評価いずれも良好であり、金属摩耗防止評価においても、糸道跡は若干あるものの、えぐれたような摩耗跡はなかった。
【0050】
比較例7は、実質処理剤なしの状態であり、毛羽、糸切れが激しく、製糸操業性は80%にも満たなかった。また、予備加熱ローラおよびドローローラ上の産業用ポリエステルフィラメントの重なり、接触も激しく、金属摩耗防止評価も激しい摩耗が発生した
比較例8は、処理剤付与量が多すぎたため、熱セットプレートの表面に黒褐色着色物が付着しており、これに起因する毛羽、糸切れが発生した。
【0051】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエステルフィラメントに用いる処理剤であって、処理剤有効成分としてチオジプロピオン酸エステル化合物を含有し、ジアルキルスルホコハク酸金属塩を1〜5重量%を含有してなる産業用ポリエステルフィラメント用処理剤。
【請求項2】
請求項1記載の成分を含有してなる処理剤を、フィラメント重量に対し0.2〜1.5重量%付与してなる産業用ポリエステルフィラメント。

【公開番号】特開2009−280941(P2009−280941A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−136480(P2008−136480)
【出願日】平成20年5月26日(2008.5.26)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】