説明

甲状腺刺激ホルモンレセプターの安定化方法

【課題】甲状腺刺激ホルモンレセプター(TSHR)を支持体に固定化した状態で用いる免疫測定法において、固定化の際にTSHRが不安定となり測定結果に変動を生じる可能性を回避するために、TSHRを水性媒体中で安定化する方法を提供する。
【解決手段】リン酸ナトリウム又はリン酸カリウムに代表されるリン酸塩を共存させ、また好ましくは両イオン界面活性等の界面活性剤を共存させる事による、甲状腺刺激ホルモンレセプターを水性媒体中で安定化させる方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、甲状腺刺激ホルモンレセプター(Thyroid Stimulation Hormone Receptor;以下「TSHR」と記載することがある)の安定化方法等に関するものである。より具体的には、本発明は、支持体に固定化等されたTSHRの安定化方法、安定化されたTSHR、それを用いる免疫測定試薬測定試薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヒトTSHRは、分子量約100kDaの糖蛋白で甲状腺細胞膜上に存在する甲状腺刺激ホルモン(TSH)の受容体であり、脳下垂体から分泌されるTSHが甲状腺の細胞膜にあるTSHRに結合すると、甲状腺は代謝機能の調節ホルモンであるT3およびT4を分泌する。このレセプターに対する自己抗体が自己免疫性甲状腺疾患(バセドウ病及び甲状腺機能低下症の一部)の患者血中に認められる。この抗体は、TSHがレセプターに結合するのを阻止することになるためTSH結合阻止抗体−TBIIともよばれる。そしてこの抗体には、刺激型と阻害型の2種類があり、刺激型はTSHRを刺激し甲状腺機能亢進を、阻害型はTSHのTSHRへの結合を阻害して機能低下を引き起こすことが知られており、臨床的測定の意義が高く確定診断の補助に有効である。つまり、TSHレセプター抗体(TRAb)陽性ならば、バセドウ病である可能性が高く、かつその抗体の力価は病態を反映し、治療効果の判定や寛解・再発の指標となる。また,甲状腺ホルモンの欠乏が認められ、かつレセプター抗体が陽性であれば、甲状腺ホルモン欠乏がTSHR阻止抗体によるものである可能性を示し、機能低下症の診断あるいは発症の予測に有用である。
【0003】
このTRAbの測定にはスミスらによって開発された液相法による1ステップ法(第1世代)(非特許文献1)から固定化したTSHレセプターと標識TSHを用いた2ステップ法(第2世代)へと進化し、さらに近年、酵素標識抗ヒトTSHレセプターモノクローナル抗体を用いた測定法も開発されている(非特許文献2)。また従来はTRAbが存在するとTSHのTSHRへの結合反応が阻害されことから結合阻害率(TBII%)で算出され、TBII値がTRAbの値を反映すると言われていたが、最近では測定精度の向上により国際標準品に準拠した濃度値(IU/L)が用いられてきており、疾患の鑑別だけでなく治療経過、寛解、再発の判断を正確に判断することが試みられている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Methods in Enzymology,74,405〜420,1981及びEndocr.Rev.,9,106〜120,1988
【非特許文献2】TSH receptor autoantibody measurements−new and old assays,Rees Smith,RSR Ltd,CF23 8HE
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
TRAbの測定にはTSHRが支持体に固定化された状態で用いられるが、支持体への固定化の際にTSHRが不安定性となってしまうという課題があった。TSHRが不安定になると、製造されるTSHR固定化支持体のロット内変動、ロット間差を生じ、微量ながら測定結果に変動を生じることになる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題に鑑みて、本発明者らは、かかる微量な変動をも生じないTRAb測定試薬を提供することを目的としてTSHRの安定化方法等について鋭意検討を行った結果、本発明を完成するに至った。即ち本発明は、リン酸塩を共存させることを特徴とする、甲状腺刺激ホルモンレセプターを水性媒体中で安定させるための方法である。また本発明は、リン酸塩及びリン酸により安定化された甲状腺刺激ホルモンレセプターを含有する水性媒体である。以下、本発明を詳細に説明する。
【0007】
本発明は、リン酸塩を共存させることにより、TSHRを水性媒体中で安定させるものである。TSHRと共存させるリン酸塩として、リン酸ナトリウム塩、リン酸カリウム塩等を例示することができる。本発明では、このようなリン酸塩を単独で、又は2種類以上混合して、使用することができる。TSHRと共存させるリン酸塩の濃度は、TSHRを含む水性媒体において0.02〜1.0M、好ましくは0.1〜0.5Mである。ここで水性媒体とは、水を主体とし、可溶化が良好に行われ、さらに可溶化されたTSHRが媒体中で安定して保持されるものであれば種々の組成の媒体を用いることができ、例えば、各種の緩衝液等を好適なものとして例示することができる。
【0008】
本発明では、リン酸塩に加えて、更に界面活性剤を共存させることが好ましい。界面活性剤を共存させるとTSHRの安定効果が強くなる傾向があり、共存させる濃度としては、w/v換算で0.05〜1%、好ましくは0.05〜0.2%である。界面活性剤としては、具体的に、両イオン界面活性(ASB−14(amidosulfobetaine−14)、ASB−16(amidosulfobetaine−16)、C7BzO、CHAPS(3−[3−Cholamidopropyl)dimethylammonio]propanesulfonate)、CAPSO(3−[3−Cholamidopropyl)dimethylammonio]−2−hydoroxypropanesulfonate)、EMPIGEN BB、SB3−8(3−(N,N−Dimethyloctylammonio)propanesulfonate inner salt)、SB3−10(3−(Decyldimethylammonio)propanesulfonate inner salt)、SB3−12(3−(Dodecyldimethylammonio)propanesulfonate inner salt)、SB3−14(3−(N,N−Dimethylmyristylammonio)propanesulfonate)SB3−16(3−(N,N−Dimethylpalmitylammonio)propanesulfonate)及びSB3−18(3−(N,N−Dimethyloctadecylammonio)propanesulfonate)からなる群から選択される一種以上を使用することができる。中でも、SB3−16(3−(N,N−Dimethylpalmitylammonio)propanesulfonate)、CHAPS(3−[3−Cholamidopropyl)dimethylammonio]propanesulfonate)は、TSHRの安定化において最も高い効果を発揮した。
【0009】
リン酸塩や界面活性剤の共存のさせ方に特に限定はなく、例えばTSHRを含む水性媒体中に単に添加すれば良い。添加する順序にしても特に制限はなく、リン酸塩と界面活性剤のどちらかを先に添加しても良いし、同時に添加してもよい。
【0010】
リン酸塩の共存により安定化されるTSHRは、天然由来のもの(例えばブタから精製されたブタTHSR等)に加えて、遺伝子組み換え品(例えばヒトやブタの組換えTSHR)であっても良い。またTSHRは、遊離した分子として水性媒体中に存在していても良いし、また例えば支持体に固定化されていても良い。固定化は、物理的な吸着であっても化学的結合であっても良い。遊離しているTSHRには、その後支持体に固定化されるべきTSHRも含まれる。更にTSHRは、全長であるものや一部分であっても安定化が可能であり、少なくとも細胞外ドメインを備えたものであれば制限はない。なお、支持体としては、ポリスチレン・ポリプロピレンといった材質のプラスチック製のビーズやマイクロタイタープレート等の一般的材料が例示できる。
【0011】
本発明の安定化方法では、目的に応じて保剤(例えばウシ血清アルブミン等)、抗酸化剤(例えばアスコルビン酸やビタミンE等)、結合剤(例えばカルボキシメチルセルロース等)、湿潤剤(例えばセルロース、ポロエチレングリコール等)、着色剤(例えば合成食用色素等)、懸濁化剤(例えばポリビニルピロリドン等)、乳化剤(例えばアルキルスルホン酸等)、溶解補助剤(例えばグリセリン等)、緩衝剤(例えばトリスヒドキシルアミン塩酸塩等)、等張化剤(例えばD−ソルビトール、塩化ナトリウム等)等の、TSHRの安定化効果には寄与しないものの、種々の助剤としての効果が期待できる添加物を共存させても良い。
【発明の効果】
【0012】
本発明のTSHRの安定化方法や安定化されたTSHRは、例えばTSHRを試薬構成の一部として使用する種々の免疫測定法で使用するTSHRに適用することが可能である。従って、免疫測定の分野において重要な測定項目の一つであるTRAbの測定の際、支持体に固定化された状態で用いられるTSHRが固定化の際に不安定性となってしまうという課題を排除することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明を更に詳細に説明するために実施例を記載するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。なお本実施例においては、固定化したTSHRと標識TSHを用いた2ステップ法の酵素免疫測定法(EIA)でTRAbを測定した例を示したが、放射免疫測定法(RIA)、蛍光免疫測定法(FIA)又は発光免疫測定法(LIA)等すべての方法に適用することができる。
【実施例1】
【0014】
方法
【0015】
組換えヒトTSHR(特開平8−228769号公報に記載している方法に従って調製)を固定化した磁性ビーズ(フェライトを練りこんだエチレン−酢酸ビニル共重合体(EVA)による粒子:東ソ−(株)製)を表1に示した組成の緩衝液で4℃に保存した後、免疫測定装置として市販の自動免疫測定装置(AIA−1800、東ソー(株)製)を用い、2ステップ競合法によりTRAbの測定を行った。測定は、専用のプラスチックカップに上記条件で保存された各TSHR固定化磁性ビーズと1次反応液(1%BSAを含むトリス緩衝液(pH7.5))と分注した後に、TRAb陰性血清を分注して37℃にて10分間インキュベートした。その後に、洗浄水で洗浄することにより遊離の検体成分を除去し、次にアルカリ性ホスファターゼ標識アビジンとビオチン標識TSHを含む2次反応液(1%BSA、1mM塩化マグネシウム、0.1mM塩化亜鉛を含むトリス緩衝液(pH7.5))を分注し37℃にて10分間インキュベートした。その後、洗浄水で洗浄することにより遊離のアルカリ性ホスファターゼ標識アビジンとビオチン標識TSHを除去し、磁性ビーズに結合した酵素活性を測定するために基質として4−メチルウンベリフェリルリン酸を添加し、蛍光物質(4−メチルウンベリフェロン)の生成速度(レート値)を測定した。支持体に固定化したTSHRの活性は、下記式1に示す、調製直後のレート値と保存後のレート値を比較した「百分率」を算出し、比較することで判断した。
【0016】
【表1】

【0017】
式1 百分率=((4℃で7日保存した時点のレート値)/(調製直後のレート値))×100
【実施例2】
【0018】
リン酸塩による効果の確認
【0019】
TSHRを結合させた磁性ビーズを表1に示す添加剤を各0.1Mで調製された緩衝液AからE(pH7.0)で4℃保存し、保存開始から7日目の時点で上記手段にてレート値を測定した。結果を表2に示す。
【0020】
【表2】

【0021】
表2から明らかなように、リン酸塩を共存させていない溶液A〜Dでは、7日間の保存により測定値が大幅に減少していたが、溶液Eでは、リン酸塩を共存させたことにより、7日後でも残存活性が80%以上を示していた。以上の結果から、リン酸塩を共存させることにより、支持体に結合したTSHRの安定性を確保できることが明らかである。
【実施例3】
【0022】
リン酸塩濃度による効果の確認
【0023】
TSHRを結合させた磁性ビーズを0.1、0.2、0.5、1.0Mのリン酸緩衝液(リン酸2水素ナトリウムとリン酸水素2カリウムで調製)の溶液AからEで4℃保存し、保存開始から7日目の時点で上記手段にてレート値を測定した。結果を表3に示す。
【0024】
【表3】

【0025】
表3の結果から、リン酸塩の添加濃度によってその効果は高くなり、0.5M以上では7日後でも残存活性が実に95%以上を示すことが分かる。
【実施例4】
【0026】
界面活性剤を共存させることによる効果の確認
【0027】
TSHRを結合させた磁性ビーズをリン酸2水素ナトリウムとリン酸水素2カリウムで調製した0.1Mのリン酸緩衝液(溶液A)、溶液Aに界面活性剤(SB3−16(3−(N,N−Dimethylpalmitylammonio)propanesulfonate)、CHAPS(3−[3−Cholamidopropyl]dimethylammonio)propanesulfonate))0.1%を共存させた溶液Bで4℃保存し、保存開始から7日目の時点で上記手段にてレート値を測定した。結果を表4に示す。
【0028】
【表4】

【0029】
表4の結果から、界面活性剤を共存させていない溶液Aの残存活性が85%に対して、界面活性剤を共存させた溶液Bは界面活性剤を共存させたことで残存活性95%以上を示し、リン酸塩に界面活性剤を共存させることにより、支持体に結合したTSHRの安定性向上できることが明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸塩を共存させることを特徴とする、甲状腺刺激ホルモンレセプターを水性媒体中で安定させるための方法。
【請求項2】
更に、界面活性剤を共存させることを特徴とする、請求項1記載の甲状腺刺激ホルモンレセプターを水性媒体中で安定させるための方法。
【請求項3】
甲状腺刺激ホルモンレセプターが支持体に固定化されていることを特徴とする、請求項1又は2に記載の甲状腺刺激ホルモンレセプターを水性媒体中で安定させるための方法。
【請求項4】
甲状腺刺激ホルモンレセプターが細胞外ドメインを備えたものである、請求項1又は2に記載の甲状腺刺激ホルモンレセプターを水性媒体中で安定させるための方法。
【請求項5】
リン酸塩として、リン酸ナトリウム又はリン酸カリウムを使用することを特徴とする、請求項1又は2に記載の甲状腺刺激ホルモンレセプターを水性媒体中で安定させるための方法。
【請求項6】
界面活性剤として、両イオン界面活性(ASB−14(amidosulfobetaine−14)、ASB−16(amidosulfobetaine−16)、C7BzO、CHAPS(3−[3−Cholamidopropyl)dimethylammonio]propanesulfonate)、CAPSO(3−[3−Cholamidopropyl)dimethylammonio]−2−hydoroxypropanesulfonate)、EMPIGEN BB、SB3−8(3−(N,N−Dimethyloctylammonio)propanesulfonate inner salt)、SB3−10(3−(Decyldimethylammonio)propanesulfonate inner salt)、SB3−12(3−(Dodecyldimethylammonio)propanesulfonate inner salt)、SB3−14(3−(N,N−Dimethylmyristylammonio)propanesulfonate)SB3−16(3−(N,N−Dimethylpalmitylammonio)propanesulfonate)及びSB3−18(3−(N,N−Dimethyloctadecylammonio)propanesulfonate)からなる群から選択される一種以上を使用することを特徴とする、請求項1又は2に記載の甲状腺刺激ホルモンレセプターを水性媒体中で安定させるための方法。
【請求項7】
リン酸塩及びリン酸により安定化された甲状腺刺激ホルモンレセプターを含有する水性媒体。

【公開番号】特開2011−136911(P2011−136911A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−295878(P2009−295878)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】