説明

画像形成装置の製造方法

【課題】エージング中の蛍光体の劣化を抑制することと、エージングの時間を短縮することの少なくとも一方を実現する。
【解決手段】画像形成装置の製造方法は、電子の照射により発光する複数種の蛍光体と、複数種の蛍光体の各々に対応して設けられた電子放出素子と、を少なくとも収容した気密容器を形成する容器形成工程と、各々の蛍光体から放出されるガスの放出ガスレートが所定の規定値以下になるまで電子放出素子を駆動して蛍光体に電子を照射するエージング工程と、を有する。エージング工程では、エージング工程の直前に同じ大きさの電流密度で電子を照射した場合に得られる脱ガスの初期の放出ガスレートが小さい蛍光体ほど、照射される電子の総量が少なくなるように、各々の電子放出素子から放出される電子の電流密度と、各々の電子放出素子を駆動する駆動時間と、を調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子放出素子や蛍光体を収容した気密容器を備えた画像形成装置の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子放出素子、アノード電極、蛍光体等を収容した気密容器を備えた画像形成装置には、たとえば、電子放出素子として電界放出型電子放出素子を用いた電界放出ディスプレー(FED)がある。これらの画像形成装置においては、出荷前に、蛍光体に電子を照射して蛍光体から脱ガスを促して脱ガスを枯渇させるエージング工程が行われる。エージング工程は、電子を照射したときに蛍光体から生じる脱ガスの量、いわゆる放出ガスレートが所定の値以下になるまで行われる。これにより、画像形成装置の使用時に生じる脱ガスを低減することで、真空度の低下に伴う電子放出素子の特性劣化を防止することができる。エージング工程においては、脱ガス中に電子放出素子の劣化を軽減することや、エージング工程の時間を短縮すること等が求められている。
【0003】
特開2000−195428号公報(以下、特許文献1と呼ぶ。)では、真空容器に圧力測定系を設置し、真空容器内の圧力を管理しながらエージングを行うことが記載されている。特に、真空容器の内部の圧力が所定の許容値を超えると電子放出素子が著しく劣化するため、この容器内の圧力がこの許容値以下を維持するようにエージングが行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−195428号公報
【特許文献2】特開2003−45335号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
画像形成装置は、通常、赤色光を発光する蛍光体、青色光を発光する蛍光体および緑色光を発光する蛍光体を備えている。このように異なる種類の蛍光体では脱ガスの放出ガスレートは異なるが、特許文献1では、全ての蛍光体に対して電子の照射量を同一としている。そのため、最もガスを放出する蛍光体の放出ガスレートが所定の値以下にまでエージングを続ける必要があり、他の蛍光体に必要以上の電子を照射してしまう。このように、必要以上の電子を照射することで、蛍光体の寿命が低下する問題や、エージング時間が長くなるという問題が生じることがある。
【0006】
本発明の目的は、エージング中の蛍光体の劣化を抑制することと、エージングの時間を短縮することの少なくとも一方を実現できる画像形成装置の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の画像形成装置の製造方法は、電子の照射により発光する複数種の蛍光体と、前記複数種の蛍光体の各々に対応して設けられた電子放出素子と、を少なくとも収容した気密容器を形成する容器形成工程と、各々の前記蛍光体から放出されるガスの放出ガスレートが所定の規定値以下になるまで前記電子放出素子から電子を放出させて前記蛍光体に該電子を照射するエージング工程と、を有する。前記エージング工程では、前記エージング工程の直前に同じ大きさの電流密度で電子を照射した場合に得られる脱ガスの初期の放出ガスレートが小さい蛍光体ほど、照射される電子の総量が少なくなるように、各々の前記電子放出素子から放出される電子の電流密度を調整する。
【発明の効果】
【0008】
上記の製造方法によれば、エージング中の蛍光体の劣化を抑制することと、エージングの時間を短縮することの少なくとも一方を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の製造方法により製造される画像形成装置を示す模式図である。
【図2】蛍光体の脱ガス測定を行う装置の全体構成を示す図である。
【図3】(a)は蛍光体ごとの放出ガスレートの電子照射量依存性を示す図であり、(b)はエージング工程における蛍光体ごとの電子照射量の経時変化を示す図である。
【図4】本発明と従来の製造方法で製造された画像形成装置の電子放出素子の放出効率を比較した図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。図1に示す実施形態では、画像形成装置として表面伝導型電子放出素子ディスプレーを例に挙げて説明する。しかし、これに限らず、本発明の製造方法は、複数種の蛍光体と電子放出素子とを少なくとも収容した気密容器を備えた画像形成装置全般に適用できる。そのような画像形成装置の例として、電界放出型の画像形成装置や表面伝導型の画像形成装置などがある。これらの中でも、電界放出型の画像形成装置では、気密容器内の真空度が画像表示機能の品質に大きく影響を与えるため、本製造方法の効果を発揮する上で好ましい実施形態である。
【0011】
次に、画像形成装置の構成の一例を、図1を参照して説明する。図1(a)は、画像形成装置の一部を破断して示している。図1(b)は、画像形成装置が有している気密容器(真空容器)の断面図である。画像形成装置を構成する真空容器47は、第1の基板としてのリアプレート8と第2の基板としてのフェイスプレート2と支持枠46とを有する。リアプレート8とフェイスプレート2とは互いに対向しており、両プレート2,8と支持枠46とが接合されて真空容器47を構成している。
【0012】
リアプレート8は、電子源基板1と、電子を放出する電子放出素子7と、電子放出素子7に電気的に接続された行配線42および列配線31とを有する。行配線42および列配線31は、素子電極32,33を介して電子放出素子7と接続されている。行配線42および列配線31を介して適切な電圧を電子放出素子7に供給することで、電子放出素子7は電子を放出する。電子放出素子7は、真空容器47の内部側に配置される。電子放出素子7は複数設けられており、行配線42および列配線31によって各々の電子放出素子7から選択的に電子を放出できるようになっている。
【0013】
フェイスプレート2は、ガラス基板43と、ガラス基板43上に形成されたメタルバック45と、蛍光膜44とを有している。メタルバック45はアノード電極としても機能する。蛍光膜44は、電子の照射により発光する複数の種類の蛍光材料(蛍光体)を有している。蛍光体は、真空容器47の内部側に配置されており、各々の蛍光体に対応して上記の電子放出素子7が設けられている。また真空容器47は、上記の構成部材以外に、非蒸着型ゲッタのように真空容器47の内部の気体を排気する部材を収容しているが、図1では省略されている。
【0014】
電子放出素子7は、例えばSpindt型、表面伝導型、MIM型、CNT型の電子放出素子であって良い。これらの中でも、真空度の影響を受けやすいSpindt型または表面伝導型の電子放出素子を有する画像形成装置は、本発明の製造方法によって製造される利点が大きい。電子放出素子7から放出された電子は正のアノード電圧が印加されたフェイスプレート2の方に電場により加速され、メタルバック45を通過して蛍光膜44に到達する。蛍光膜44に塗布された蛍光体が電子の照射によって発光することにより、画像形成装置は画像を表示することができる。カラー画像を表示する場合には、一般に、画像形成装置は、赤色光を発光する蛍光体と、青色光を発光する蛍光体と、緑色光を発光する蛍光体とを備えている。しかし、これに限らず、少なくとも2種類の任意の蛍光体が真空容器47に収容されていれば良い。
【0015】
また、内部空間を真空にするために、真空容器47は排気孔4を有しており、この排気孔4は画像形成装置の製造終了時にまでには封着されることとなる。真空容器47の内部を真空にする方法は、このように排気孔4より内部の気体を排気した後に封止する方法だけに限らず、真空チャンバ内で容器を形成することで内部空間を真空にする方法を採用しても良いし、これらの方法を組み合わせた方法を採用しても良い。
【0016】
気密容器は、上記の形態のものに限らず、電子の照射により発光する第1の種類の蛍光体および第2の種類の蛍光体と、これらの蛍光体の各々に対応して設けられた第1の電子放出素子および第2の電子放出素子と、を少なくとも収容するものであれば良い。本発明の画像表示装置の製造方法では、気密容器を形成する容器形成工程を行った後に、装置の使用時に蛍光体から生じる脱ガスを抑制するため、電子放出素子7から電子を放出させて蛍光体に電子を照射するエージング工程を行う。以下、エージングの好ましい一例について説明する。
【0017】
(A)蛍光体の種類ごとの放出ガスレートの取得
まず、画像形成装置に使用したものと同じ種類の蛍光体について、予め放出ガスレートの特性、具体的には放出ガスレートの電子照射量依存性(図3(a)参照)を取得しておくことが好ましい。電子線照射時の放出ガスレートの測定サンプルは、画像形成装置と同じ製造プロセスを経て形成されたフェイスプレートを用いることが好ましい。フェイスプレートの半製品を測定サンプルとして真空チャンバ内に置いた状態で測定しても構わないし、画像形成装置に真空系を取り付けた状態で測定しても構わない。真空チャンバ内で測定する場合には、蛍光体ごとに放出ガスレートが測定できるようにサンプルを作成する必要があるため、特定の蛍光体に特定量の電子を照射できる機構を備えた電子銃を用いることが好ましい。このような機構がない場合には、画像形成装置に使用した蛍光体種ごとに測定を行えば良い。この場合、半製品サンプルは単一種の蛍光体のみを有している。
【0018】
電子の照射による蛍光体からの脱ガス、いわゆる電子線刺激脱離(Electron Stimulated Desorption:ESD)を測定する前に、画像形成装置の製造時に行う熱処理と同じ熱処理プロセスを必要に応じて実行しても良い。この場合、サンプルの測定で得られる蛍光体からの放出ガスレートと、エージング工程の開始時における蛍光体からの放出ガスレートが近似するという利点がある。電子線照射時の電子の加速電圧は、画像形成装置の定常的な駆動時、つまり通常の使用時と同様にすることが望ましいが、これに限定されず、メタルバック45等の蛍光体の上層部を電子が貫通して、蛍光体に電子が十分到達できる程度の加速電圧以上であれば良い。
【0019】
蛍光体に電子を照射したときの放出ガスレートの測定方法は、スループット法やビルドアップ法など、定量的に測定可能な方法であればどのような測定手法を用いても構わない。ただし、微量な放出ガスレートを測定する場合にはスループット法を使用することが好ましい。
【0020】
放出ガスレートの測定は、エージング工程終了後の蛍光体の放出ガスレートと同程度に達するまで行ってもよいし、放出ガスレートの電子照射量依存性の傾向が判る程度に留めておいても良い。蛍光体ごとの放出ガスレートは、エージング工程の前であれば任意の段階で行うことができる。
【0021】
(B)エージング条件
エージング条件は、エージング中に真空容器47内の雰囲気によって起こる電子放出素子7の劣化を抑制できるように決定される。電子放出素子7の劣化の要因となるガス種は、例えばH2OやO2等のガスであり、それらのガスの分圧または合計の圧力が、所定の上限値、例えば1×10-10Pa程度を超えると、電子放出素子7は急速に劣化することが知られている。そのため、真空容器47の内部の圧力が、この上限値に基づいて予め設定された許容圧力以下に維持するように、エージングを行う必要がある。許容圧力は、蛍光体や電子放出素子の材料などに応じて、電子放出素子7の劣化を抑制するように設定する事を含む。
【0022】
真空容器47内の許容圧力は、電子放出素子7の動作特性に影響するガス種に対して行う事が好ましい。電子放出素子の動作特性影響に関係するガス種の例としては、H2O、アルゴン、メタン、一酸化炭素、二酸化炭素、水素等があげられ、これらの複数種の脱ガスの分圧の合計に基づいて決定する事が可能である。
【0023】
本発明者は、ESD測定による蛍光体からの脱ガスレートの投入電子量依存性測定により、投入電子量Eに対して、前述の複数種のガスのそれぞれの脱ガスレートqが同様な投入電子量依存性、つまり同様なdq/dE特性を示す事を見出している。蛍光体への投入電子量=電子照射量Eについては後述する。この事から、許容圧力の設定は、複数ガス種の合計として全圧で設定する事も、代表するガス種(例えばH2O)を特定して許容圧力を分圧として設定する事をも、本発明の実施形態は含む。
【0024】
一般に、エージング中の真空容器47の内部の脱ガスの圧力は、電子線の照射によって蛍光体から放出される脱ガスの放出ガスレートの総計値(Pa・m3/s)を、ゲッタのような排気手段によるガスの排気速度S(m3/s)で除した値となる。なお、本明細書において、「放出ガスレート」とは、単位時間あたりに放出されるガス分子の数に対応しており、「Pa・m3/s」の単位で表すことができるもののことを言う。一方、「排気速度」は、単位時間で排気できるガスの体積によって定義される。
【0025】
上述のように、真空容器47の内部の圧力は、蛍光体からの放出ガスレートを排気速度で除した値となることから、エージング中の真空容器47内の圧力は蛍光体からの放出ガスレートで決定される。この放出ガスレートは蛍光体に照射する電子照射量と所定の関係を有する(図3(a)も参照)。なお、本明細書において「電子照射量」とは、単位面積あたりの蛍光体に照射した電子の総量を電荷量の絶対値で表わしたもの、つまり「C/m2」の単位で表わされるものとする。
【0026】
したがって、真空容器47の内部の圧力は、蛍光体に照射する電子照射量によって決定される。より具体的には、真空容器47の内部の全ての蛍光体について放出ガスレートと電子照射量との関係を予め取得していれば、エージング中の真空容器47内の圧力は、それぞれの蛍光体に照射する電子の電子照射量によって調整できる。なお、各蛍光体に照射される電子照射量E(k)は、時間の関数としての電流密度ie(k,t)を用いて、下記数1によって表わされる。
【0027】
【数1】

【0028】
なお、tは時間を示し、kは蛍光体の種類を特定するための指標である。積分範囲の下限、つまり時間が零の点は、電子を照射し始めた時刻を表している。また、積分範囲の上限は、エージング工程において、各蛍光体に対して実際に電子の照射が終了した時点tmax(k)を表わしている。なお、同一の蛍光体に対して2つの期間に分けてエージングを行う場合、最終的に電子の照射が終了した時点を積分範囲の上限tmax(k)とする。本明細書では、この値tmax(k)を各蛍光体に対する駆動時間と規定する。
【0029】
本願発明者は、様々な蛍光体材料について実験を行った結果、放出ガスレート(Pa・m3/s)は、蛍光体に照射される電子の電流密度に比例すること、また単位電流密度あたりの放出ガスレートが蛍光体の材料に特有の性質を有することを見出した。したがって、エージング中の真空容器47内の圧力は、それぞれの蛍光体に照射する電子の電流密度ie(k,t)によって調整できることがわかる。
【0030】
上述したように、エージング工程中は、常に、真空容器内の圧力が所定の許容圧力以下になるように調整する。つまり、エージング工程中のいずれの時点においても、電子の照射に伴って複数種の蛍光体から放出されるガスの放出ガスレートの合計値を、排気速度Sで割った値が、予め設定された所定の許容圧力値以下になるようにすることが好ましい。これは、各々の電子放出素子から放出される電子の電流密度を調整することで実現できる。この条件は、電子放出素子7から放出される電子の電流密度の上限値を決めるものとなる。
【0031】
また、より好ましくは、エージング工程中のいずれの時点においても、電子の照射に伴って複数種の蛍光体から放出されるガスの放出ガスレートの合計値を、排気速度Sで割った値が、予め設定された所定の許容圧力値と一致するようにすることが好ましい。この場合、真空容器内の圧力が所定の許容圧力以下になるという条件の基で、出来るだけ大きな電流密度の電子を蛍光体に照射することができるため、エージング時間を出来るだけ短くすることができる。
【0032】
蛍光体の単位電流あたりの放出ガスレートと電子照射量との関係は、図3(a)に示すように蛍光体の種類ごとに異なっている。図3(a)では、赤色光を発光する蛍光体(赤)としてのYOSと、青色光を発光する蛍光体(青)としてのZnSと、緑色光を発光する蛍光体(緑)としてのSGSとについて、放射ガスレートの電位照射量依存性を示している。様々な実験の結果、各種の蛍光体に対して、電子を照射し始めた初期の放出ガスレート(以下、単に「初期の放出ガスレート」と呼ぶことがある。)は異なっているが、電子照射量の増加に伴う放出ガスレートの減少率は蛍光体の種類が異なっていても同様な傾向を示すことが多いことがわかった。
【0033】
エージング工程では、蛍光体から放出される脱ガスの放出ガスレートが所定の値以下になるまで蛍光体に電子を照射するため、エージング中にすべての蛍光体が所定の放出ガスレート以下になるまで脱ガスを行うことになる。したがって、本願発明者は、各々の蛍光体に照射する必要がある電子の電子照射量は、初期の放出ガスレートに依存して変えることが望ましいことを見出した。
【0034】
エージング開始直後の初期の放出ガスレートは、エージング動作中の蛍光体の温度の安定化等の影響により、不安定な場合がある。従って、電子照射を受けてからの放出ガスレートが安定した時刻以降で、初期の放出ガスレートとして測る事が望ましい。駆動の垂直走査周波数によるが、初期の放出ガスレートは駆動開始から1秒以降の時刻で計測した放出ガスレートを採用する事が可能である。また、エージング時間に占める初期計測時刻の効率の点から、総エージング時間の20%以下の時刻までに計測すれば良い。初期の放出ガスレートの計測の駆動開始時間からのタイミングは、例えば、数秒〜10分を採用する事が可能である。
【0035】
従来では、蛍光体の種類ごとの放出ガスレートの差異に着目したエージング方法はなく、所定の放出ガスレートまでエージングする場合には、全ての蛍光体に対して同じ電流密度で電子を照射していた。ゆえに、初期の放出ガスレートが大きい蛍光体の放出ガスレートが十分低くなるまでエージングを続ける必要があった。これにより、他の蛍光体に必要以上の電子を照射して、蛍光体の寿命を低下させることがあった。
【0036】
本発明では、各種の蛍光体の初期の放出ガスレートに基づいて、所定の放出ガスレートに至るまでの電子照射量を予め推定し、エージング工程において、電子照射量、より具体的には電子の電流密度を蛍光体の種類ごとに調整する。具体的には、エージング工程の直前に同じ電流密度の電子を照射した場合に得られる脱ガスの放出ガスレートが小さい蛍光体ほど、照射される電子の総量(電子照射量)が多くなるという条件を満たすようにする。この条件は、各々の電子放出素子から放出される電子の電流密度と、各々の電子放出素子を駆動する駆動時間とを調整することで実現される。このように、多くの電子を照射する必要がある蛍光体に対して、照射する電子照射量を大きくすることで、必要な電子照射量に合わせて蛍光体に電子を照射できるため、電子の照射量が少なくても良い蛍光体に必要以上の電子を照射することがなくなる。これにより、エージング工程中に蛍光体の劣化を抑制することができる。
【0037】
電子線の照射に伴う放出ガスレートの減少は、電子照射量のn乗(n<0)に比例することが知られている。したがって、各々の種類の蛍光体の脱ガスの放出ガスレートを所定の規定値にするためには、エージング工程終了時までに照射する電子照射量をEとし、蛍光体の初期の放出ガスレートをqとしたときに、以下の関係式を満たしていることが好ましい。
【0038】
【数2】

【0039】
ここで、数式中のaおよびbは、蛍光体の種類を示しており、bはaとは異なる蛍光体の種類であることを意味している。つまり、E(a)は、ある種類の蛍光体(第1の種類の蛍光体)に照射した電子の単位面積当たりの合計の電荷量(電子照射量)である。E(b)は、別の種類の蛍光体(第2の蛍光体)に照射した電子の単位面積当たりの合計の電荷量(電子照射量)である。また、q(a)は、第1の種類の蛍光体の単位電流密度あたりの初期の放出ガスレートであり、q(b)は第2の種類の単位電流密度あたりの初期の放出ガスレートである。以下では、「a」の指標で示された蛍光体よりも初期の放出ガスレートが小さい蛍光体に対して「b」の指標を付すものとする。
【0040】
本願発明者は、様々な蛍光体の材料について実験を行った結果、ほとんどの材料について−1<n<0となることを発見した。特に、多くの材料について、nの値が−0.5付近の値になることを見出した。−1<n<0であることを考慮すると、上記数2は以下の不等式に一般化できる。
【0041】
【数3】

【0042】
したがって、様々な蛍光体の材料に対して、−1<n<0であることを考慮すると、エージング工程において、E(a)/E(b)≧q(a)/q(b)を満たすように、各々の電子放出素子から放出される電子の電流密度を調整することが好ましい。これに代えて、予め行う実験により、蛍光体ごとのnの値を測定しておき、上記数2に基づいて電子の電流密度を調整してもよい。
【0043】
上記の数2または数3を満足するように電子放出素子からの電流密度を調整することで、蛍光体の種類ごとに必要な量の電子を照射することができる。そのため、ある特定の蛍光体に対して所定量以上の電子を照射することがなくなり、その結果、蛍光体の寿命の低下を抑制することができる。
【0044】
より好ましい実施形態として、ある種類の蛍光体に電子線を照射する時間をt(a)とし、別の種類の蛍光体に電子線を照射する時間をt(b)としたとき、以下の関係式を満足するように各々の電子放出素子を駆動する駆動時間を調整することが好ましい。
【0045】
【数4】

【0046】
もし、複数種の蛍光体に対して同じ大きさの電流密度で電子を照射する場合、それぞれの蛍光体の放出ガスレートが同じ所定値になるまでに必要な時間は、数2,数3に基づき近似的に「t(a)/t(b)=q(a)/q(b)」の関係を満たすことがわかる。これに対し、より多くの電子を照射する蛍光体に対して電流密度を大きくし短時間でエージングが終了するように調整(数4参照)することで、全体としてエージング時間を短縮することができる。つまり、上記数3に加えて、上記数4を満たすようにエージングを行うことで、多くの電子を照射する必要がある蛍光体に対して短時間でエージングを終えることができるようになり、結果として、エージング工程の時間を短縮することができる。また、上記数4と上記数2とを満たすようにエージングを行っても良い。このように、エージング工程の駆動時間を短縮した効果は、時間短縮の効果に加えて、エージング工程中に画像形成装置が発生するジュール熱等による温度上昇分で発生する蛍光体以外の他の部材からの放出ガス量を抑制する点においても効果を有する場合がある。
【0047】
なお、エージング工程中のいずれの時点においても、複数種の蛍光体から放出されるガスの圧力が予め設定された所定の許容圧力値と一致するようにすれば、出来るだけ大きな電流密度の電子を蛍光体に照射することができる。したがって、エージング時間を最も短くすることができる。
【0048】
(C)エージング工程
本実施形態では、真空容器47に収容された蛍光体の各々に対応して電子放出素子7が設けられており、各々の電子放出素子7を個別に駆動することができるようになっている。そして、各々の電子放出素子7を個別に駆動することで、各々の蛍光体に照射される電子の電流密度を調整することができる。より具体的には、蛍光体の種類ごとに調整される電子放出素子7から放出される電子の電流密度の調整は、電子放出素子7を駆動する際の駆動パルス幅、駆動周波数、駆動電圧、アノード電圧の少なくとも1つを変調することで実現可能である。
【0049】
エージング工程では、上述したように設定したエージング条件に従ってエージングを実施する。なお、エージングを始める前に、予め、電子放出素子7の劣化を抑制できる許容圧力以下で標準的な駆動を行って、電子放出素子7から放出される電子の電流密度を計測しておくと、エージング条件の設定がしやすいという利点がある。エージングの終了判断は、エージング条件の設定時に予め設定されたエージング時間や、エージング中に電子放出素子から放出される電子の電流密度や、蛍光体に照射された電子照射量などの少なくとも1つが所定の値に達したことをもって判断することができる。
【0050】
なお、エージング工程では、複数種の蛍光体の全てに同時に電子を照射し始めて同時に電子の照射を終了しても良い。また、蛍光体の種類ごとに別々に電子を照射、つまり、複数種の蛍光体のうちの特定の種類の蛍光体に電子を照射し終えた後に別の種類の蛍光体に電子を照射しても良い。さらに、所定の期間だけ全ての蛍光体に対して同時に電子を照射して、残りの期間は蛍光体の種類ごとに別々に電子を照射しても良い。このように、エージング工程中に、同じ蛍光体に対して時間を開けて複数の期間にわたって電子を照射しても良い。なお、上記数1において、時間に依存する電流密度ie(k,t)自体は単一の式で代数的表現されている訳ではなく、ある蛍光体に対して複数の分離した期間にわたって電子を照射する形式も含んでいる。
【実施例】
【0051】
本実施例で製造する画像形成装置について図1を用いて説明する。本実施例の画像形成装置では、多数の表面伝導型の電子放出素子7がリアプレート8にマトリクス状に配置されている。電子放出素子7の数は、図中のX方向に5760個、Y方向に1080個配置されている。フェイスプレート2は、電子放出素子7と同数の蛍光体を有し、真空容器の内部空間を介してリアプレート8と対向して配置されている。また、リアプレート8には、電子放出素子7を駆動する駆動装置(不図示)が、フェイスプレート2には電子を加速するため高圧電源が高圧端子Hvを介してそれぞれ接続される。以下、本実施例における画像形成装置の製造方法について詳細に述べる。
【0052】
(1)フェイスプレート形成工程
前面のガラス基板43としてはPD−200(旭硝子(株)社製)を用いた。ガラス基板43には、印刷法により蛍光体粉末、結着材およびバインダーを含む蛍光膜ペーストを塗布し、蛍光体をガラス基板43上にマトリクス状に形成した。なお、蛍光体としては、赤色の蛍光を発するもの、緑色の蛍光を発するもの、青色の蛍光を発するもの3種類を用いた。以下では、赤色の蛍光を発する蛍光体を赤色蛍光体と称し、青色の蛍光を発する蛍光体を青色蛍光体と称し、緑色の蛍光を発する蛍光体を緑色蛍光体と称することとする。画像形成装置の画素数は、3種類の蛍光体を1つずつ含んだ単位を1画素として、1920×1080画素とした。1画素の領域は600μm×600μmとし、600μm×200μmを1画素単位として分割配置した3領域のストライプに形成した。それぞれの蛍光体の材料としては、YOS、SGSおよびZnSの3種類を用いた。なお、YOSは赤色の蛍光を発する材料であり、SGSは緑色の蛍光を発する材料であり、ZnSは青色の蛍光を発する材料である。また、黒色の導電材からなる不図示のマトリクス構造(ブラックマトリクス)を、マトリクス状に配置された蛍光体同士の間に設けた。更に、蛍光体およびブラックマトリクスの上(つまり画像表示部の全面)に、アルミ薄膜よりなるメタルバック45を電子ビーム蒸着法により形成した。なお、メタルバック45を電気的に高圧端子Hvに接続するための不図示の配線は、予め導電性ペーストの印刷および焼成によって形成した。
【0053】
(2)リアプレート形成工程
電子放出素子7は、フェイスプレート2の画素数と対応させるために(1920×3)×1080個のマトリクス状に配置され、電子放出素子7の位置は蛍光体の配置と対応するように配置した。電子源基板1としては、PD−200(旭硝子(株)社製)を用いた。高電圧側および低電圧側の素子電極32,33は、電子源基板1に下引層としてチタニウムを形成し、その上に白金をスパッタ法によって成膜をした後、フォトレジストを塗布し、露光、現像、エッチングという一連の工程を経てパターニングすることで形成した。次に、行配線42を素子電極32,33の一方に接して、且つそれらを連結するようにライン状のパターンで形成した。次に列配線31と行配線42を絶縁するための層間絶縁層を配置した。この絶縁層は、後に形成される列配線31の下に配置され、先に形成された行配線42と列配線31との交差部を覆うように配置される。そして、絶縁層は、列配線31と素子電極32,33の他方との電気的接続が可能なように、接続部にコンタクトホールを開けて形成された。列配線31は、先に形成した層間絶縁層の上に形成した。なお、リアプレート8の画像表示領域(素子電極部)の外側の、配線が形成されない部分には、予め排気孔4が設けられている。
【0054】
(3)素子膜塗布工程
素子電極32,33同士の間に素子膜(不図示)をインクジェット方式で塗布した。素子膜としては、水85:イソプロピルアルコール(IPA)15からなる水溶液に、パラジウム−プロリン錯体0.15重量%を溶解した有機パラジウム含有溶液を使用した。その後、この基板を空気中にて焼成処理をして、酸化パラジウム(PdO)とした。
【0055】
(4)素子膜フォーミング工程
形成された素子膜に対して、フォーミングと呼ばれる還元雰囲気中での通電処理により、素子膜内部に数nm程度のギャップを形成して、電子放出素子7を形成した。
【0056】
(5)リアプレート上への非蒸発型ゲッタ(NEG)の形成工程
電子放出素子7の形成が終了した後、行配線42上に、DCスパッタ法によりTi膜を成膜して非蒸発型ゲッタ(不図示)とした。
【0057】
(6)スペーサ設置工程
その後、真空容器が大気圧に耐えられる構造とするために、リアプレート8の画像表示領域内の非蒸着型ゲッタ上に、高さ1.8mm、厚さ0.2mm、長さ180mmのガラスからなるスペーサ(支持部材)を等間隔に設置した。
【0058】
(7)封着材料(低融点金属)塗布工程
フェイスプレート2及びリアプレート8を、加熱したホットプレート上に置き、フェイスプレート2とリアプレート8のそれぞれに対して、画像表示領域外周の封着部上に、溶融した封着材料、ここではインジウムを塗布した。
【0059】
(8)基板位置合わせ工程
フェイスプレート2の蛍光体とリアプレート8の電子放出素子7とが対向するように調節した上で、両プレート2,8の4辺をクリップで挟んで固定した。
【0060】
(9)封着工程
フェイスプレート2とリアプレート8との間のインジウムに通電し、インジウムを溶融および固化することによって両プレート2,8を封着して、電子放出素子7や蛍光体が収容された容器を形成した。
【0061】
(10)ベーク工程
電子放出素子7や蛍光体が収容された容器に対し、加熱機構や排気孔4を封止することができる機構を持つ真空チャンバ内で、減圧雰囲気下でベークを行った。非蒸発型ゲッタとしてのTiが活性化する温度以上でベークをする必要があることから、ベーク温度を350℃として60分間保維持した後、容器の降温を行った。
【0062】
(11)封止工程
ベーク工程に引き続き容器を真空チャンバ内に置いた状態で、容器に形成されている排気孔4の部分に封止蓋を押し当て、排気孔を塞ぐことによって封止した。封止した後、真空チャンバ内部を大気圧に戻し、チャンバ内から容器を取り出した。このようにして形成された真空容器を、駆動回路と共に筐体に組み込み、マトリクス駆動による表示が可能な画像形成装置、ここでは表面伝導型の電子放出素子ディスプレイ(SED)を形成した。
【0063】
(12)エージング工程
(A)蛍光体の種類ごとの放出ガスレートの電子照射量依存性の取得
蛍光体の放出ガスレートの特性は、フェイスプレート2の設計時、製造工程決定時、電界放出ディスプレー製造前等、エージング工程の前に予め取得しておく。本実施例では、画像形成装置の製造前にこの測定を行った。
【0064】
図2を参照して放出ガスレートの特性を測定する方法について説明する。放出ガスレートの特性を測定する際、まず、画像形成装置に用いられる蛍光体と同じ種類の蛍光体を備えたサンプル53を用意する。サンプル53は、ガラス基板を50×50にカットして、フェイスプレート2に用いた蛍光体と同じ材料の蛍光体を、カットしたそれぞれの基板に塗布した。サンプル53としては、赤色蛍光体、緑色蛍光体、青色蛍光体の3種類を用意した。このサンプル53に対し、予め、真空チャンバ55内にて真空ベークにより熱脱離を起こすガスを取り除いた。真空ベークの条件は、画像形成装置を製造する際に行った上述のベーク工程と同様の条件で行う。真空ベークを終了して降温した後、サンプル53に高圧端子56を介して高電圧(10kV)を印加した。
【0065】
次に、サンプル53の、蛍光体が塗布された面と対向する位置にある電子銃51によって、サンプル53に電子線を照射した。ここでは、電子銃51として熱フィラメントを用いた。これに代えて、冷陰極の電子銃を用いても構わない。電子銃51から照射される電子の電流値(電流密度)は、高電圧が印加される部分に設置された電流計(不図示)によって測定した。電子の照射によって発生する蛍光体からの脱ガスは、真空チャンバ55内に設置した四重極質量分析計54および電離真空計(不図示)によって圧力単位で計測した。この計測に基づいて、単位時間あたりの放出ガスレートはスループット法によって計測することができる。このような測定を、赤色蛍光体、緑色蛍光体、青色蛍光体のサンプル各々に対して行った。このようにして、蛍光体の種類ごとに、電子線照射時の放出ガスレートと電子線照射量との関係を調べたところ以下の事項を見出すことができた。
(一)蛍光体からの脱ガスに基づく放出ガスレートは、電子銃から照射された電流密度と正比例の関係にある。
(二)電子照射時の蛍光体からの単位電流あたりの放出ガスレートは、電子照射量と相関があり、電子照射量が増大するにつれて減少する(図3(a)も参照)。
(三)単位電流あたりの放出ガスレートが所定の値に低下するまでに必要な電子照射量は蛍光体の種類(材料)ごとに異なる。
【0066】
真空容器内の圧力は、主に、電子の照射時の全ての蛍光体からの放出ガスレートの合計値を、NEGなどによる排気速度で除した値となる。従って、上記の知見により、蛍光体の種類ごとに照射する電子照射量を調整することによって、真空容器内の圧力を制御できる。
【0067】
本実施例では、蛍光体からの脱ガスに基づく放出ガスレートを測定するためのサンプル53を別途準備したが、サンプル53は製造された画像形成装置を分解して得られたものであっても良い。例えば、上記のように作製したフェイスプレート2の一部をサンプル53として用いる事も可能である。
【0068】
(B)エージング条件
蛍光体の種類ごとの単位電流密度あたりの放出ガスレートと電子照射量との関係を示すデータから、エージング工程の開始直後の初期の放出ガスレートを見積もることができる。本実施例では、赤色蛍光体に対する初期の単位電流あたりの放出ガスレートが4.6×10-7(Pa・m3/s/A)であった。緑色蛍光体に対する初期の単位電流あたりの放出ガスレートは1.1×10-6(Pa・m3/s/A)であり、青色蛍光体に対する初期の単位電流あたりの放出ガスレートは1.2×10-6(Pa・m3/s/A)であった。本実施例では、蛍光体の放出ガスレートが、所定の値、ここでは1×10-8(Pa・m3/s/A)以下となるまでエージングを行う。このときに必要な電子照射量は、赤色蛍光体に対して72(C/m2)、緑色蛍光体に対して420(C/m2)、青色蛍光体に対して500(C/m2)である(図3(a)参照)。
【0069】
この電子照射量に基づいて、各種類の蛍光体に照射する電子の電流密度を調整する。本実施例では、全種類の蛍光体に対応する電子放出素子の駆動時間を蛍光体ごとに共通とした。そして、赤色蛍光体に照射する電子の電流密度と、緑色蛍光体に照射する電子の電流密度と、青色蛍光体に照射する電子の電流密度との割合を、エージングに必要な電子照射量の割合と同じ割合に設定した。ここでは、図3(b)に示すグラフのように、上記の割合が、常に72:420:500となるようにした。
【0070】
次に、蛍光体からの放出ガスレートと真空容器の排気速度とに基づいて、真空容器内の圧力が所定の許容圧力と一致させるという条件を考慮して、エージング工程における駆動初期の電子放出素子からの電流密度を、蛍光体の種類ごとに以下のように決定する。具体的には、駆動初期に蛍光体に照射する電子の電流密度は、赤色蛍光体に対して1×10-5A/m2とし、緑色蛍光体および青色蛍光体に対しては上記の割合に基づいて決定した。そして、真空容器内の脱ガスの圧力が、所定の許容圧力と一致するという前述の条件のもとで、エージング工程中に照射する電子の電流密度を単調増加させる(図3(b)参照)。この条件でエージングする際に、各々の蛍光体から放出されるガスの放出ガスレートが所定の規定値以下になるまでに必要な時間は10時間と見積もられた。
【0071】
10時間経過時(駆動終期)に赤色蛍光体に照射する電子の電流密度は4×10-3A/m2であった。これにともない、上記の割合を維持した状態で、緑色蛍光体および青色蛍光体に照射する電子の電流密度も増大させる。蛍光体からの脱ガスの放出ガスレートは、電子の照射とともに減少するため、真空容器内の圧力が所定の許容圧力と一致するという条件の下で、エージング工程中に徐々に電流密度を上昇させることができる。
【0072】
このように駆動することにより、エージング駆動中の真空容器内の水分圧が、1×10-10Paを超える事なく、電子放出素子7に与えるH2Oガスの影響を抑制した駆動をする事ができるようになる。また、真空容器内の水分圧が所定の値を超えることのない範囲で、電流密度をできるだけ大きくすることができるため、エージング工程を出来るだけ短くすることができる。
【0073】
(C)エージング工程
電子放出素子の駆動時における蛍光体材料ごとの脱ガスの量は、電子放出素子からの電子の放出電流により制御する。そのため、駆動電圧や駆動パルス幅などの条件と、電子放出素子からの電子の電流密度との関係を正確に調整する必要がある。そのため、予め、赤色蛍光体、青色蛍光体、緑色蛍光体のそれぞれに対応する電素放出素子ごとに駆動を行い、その時の電子放出素子からの電流密度を計測した。そして、設定されたエージング条件になるように、各電子放出素子の駆動パルス幅を設定した。アノード電圧、電子放出素子7の駆動および駆動パルス幅などは、設定したエージング条件をパーソナルコンピュータ(PC)等の制御装置により画像形成装置に逐次転送することで制御した。まず、アノード電圧を10kVに設定し、駆動周波数を120Hzに設定した。
【0074】
本実施例では、エージング工程において電子放出素子の全てを同時に駆動し、全ての蛍光体に電子を照射する。それぞれの蛍光体に照射される電子の電流密度は、全素子の駆動パルス幅を変調することにより調整できる。この時、上記のように、赤色蛍光体、緑色蛍光体、青色蛍光体に照射する電子の電流密度の比を、常に、72:420:500となるように駆動した。エージングは、設定したエージング条件をPCより画像形成装置に逐次転送しつつ行った。全蛍光体に照射した電子の電子照射量が、規定の放出ガスレート以下に達するまでに必要な、赤色蛍光体、青色蛍光体および緑色蛍光体の電子照射量の合計値である992[C]に達した時点で、エージングを終了した。エージングに要した時間は10時間であった。エージングが終了した時点で、駆動電圧を0Vとして、次にアノード電圧を0kVとした。
【0075】
[従来のエージング方法との対比]
比較例として、エージング工程を除いては、上記実施例と同様に画像形成装置を作成した。比較例で用いられる蛍光体の種類は、実施例で用いられているものと同一のものとした。駆動時間を12時間として各蛍光体に対して同一のエージング時間を設定した。赤色蛍光体、緑色蛍光体、青色蛍光体に照射する電子の電流密度の比を、常に、1:1:1としてエージングを行った。エージング中における電子放出素子7の劣化の度合いを本実施例と同一にする為、エージング中の真空容器内における脱ガスの全量が本実施例と同一となるように、電子放出素子からの電流密度を設定した。このとき、駆動初期において電子放出素子からの電流密度は5×10-5A/m2であった。12時間経過した時点(駆動終期)の電流密度は2×10-2A/m2であり、駆動初期から駆動終期にかけて単調に電流密度を増加させるように電子放出素子を駆動した。エージング終了時における電子照射量は、赤色蛍光体、緑色蛍光体および青色蛍光体で同一であり、500(C/m2)であった。エージングに要した時間は12時間であった。エージングが終了した時点で、駆動電圧を0Vとし、次にアノード電圧を0kVとした。
【0076】
本実施例および比較例のエージング条件をまとめると以下のようになる。実施例および比較例ともに、赤色蛍光体の単位電流当たりの初期の放出ガスレートは、4.6×10-7(Pa・m3/s/A)であり、また、実施例の電子放出素子の駆動時間(エージング時間)は10時間である一方、比較例の電子放出素子の駆動時間(エージング時間)は12時間である。実施例において、エージング工程の終了までに蛍光体に照射した電子照射量は、赤色蛍光体に対して72(C/m2)であり、緑色蛍光体に対して420(C/m2)であり、青色蛍光体に対して500(C/m2)である。また、比較例では、エージング工程の終了までに蛍光体に照射した電子照射量は、どの蛍光体においても500(C/m2)であった。なお、本実施例のエージング工程では、上記の数3および数4に示した関係式を両方満たしているが、比較例のエージング工程では、これらの関係式を両方とも満たしていない。
【0077】
実施例と比較例について、エージング後の、電子放出素子7の劣化の度合いを比較した。比較方法は、電子放出素子の放出効率の時間変化を比較することによって行った。ここで、電子の放出効率は、エージング後に、所定の電圧および所定の周波数で電子放出素子7を駆動し続けたときに電子放出素子7から放出される電子の電流密度によって規定した。図4においては、電子の電流密度(放出効率)の時間変化は、エージング直後に放出された電子の電流密度が「1」となるように規格化して示されている。なお、本実験では、実施例および比較例共に、アノード電圧を10kVに設定し、駆動周波数を120Hzに設定した。また、真空容器内に収容されている全ての電子放出素子を駆動し、エージング直後に電子放出素子から放出される電子の電流密度は、実施例および比較例共に同一となるように、駆動パルス幅を設定した。駆動条件は、時間とともに変調することなく固定とした。
【0078】
電子放出素子の放出効率の時間変化は、電子放出素子の劣化の度合いを示しており、放出効率が高い値に維持されているほど電子放出素子の劣化が抑制されていることを意味する。図4に示すように、電子放出素子の駆動後1万時間経過した時点で、比較例では、放出効率がエージング直後の約70%に低下した。これに対し、実施例では、1万時間経過した時点で、エージング直後の約90%を維持しており、良好な結果が得られている。これは、エージング工程で青色蛍光体よりも初期の放出ガスレートが小さい緑色および赤色蛍光体ほど、照射電子の総量を少なくすることで、過剰な放出ガス量を削減し、全ての蛍光体の脱ガスを効率的に枯渇させた結果、エージング工程中に発生した脱ガス量を低減した事により電子放出素子の劣化を抑制できたからと推定される。
【符号の説明】
【0079】
7 電子放出素子
47 真空容器
44 蛍光膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子の照射により発光する複数種の蛍光体と、前記複数種の蛍光体の各々に対応して設けられた電子放出素子と、を少なくとも収容した気密容器を形成する容器形成工程と、
各々の前記蛍光体から放出されるガスの放出ガスレートが所定の規定値以下になるまで前記電子放出素子を駆動して前記蛍光体に電子を照射するエージング工程と、を有する画像形成装置の製造方法であって、
前記エージング工程では、前記エージング工程の直前に同じ大きさの電流密度で電子を照射した場合に得られる脱ガスの初期の放出ガスレートが小さい蛍光体ほど、照射される電子の総量が少なくなるように、各々の前記電子放出素子から放出される電子の電流密度と、各々の前記電子放出素子を駆動する駆動時間とを調整する、画像形成装置の製造方法。
【請求項2】
前記エージング工程中に前記蛍光体からの脱ガスを所定の排気速度で排気し、
前記エージング工程中のいずれの時点においても、電子の照射に伴って前記複数種の蛍光体から放出されるガスの放出ガスレートの合計値を前記排気速度で割った値が、予め設定された所定の許容圧力値以下になるようにする、請求項1に記載の画像形成装置の製造方法。
【請求項3】
前記エージング工程中に前記蛍光体からの脱ガスを所定の排気速度で排気し、
前記エージング工程中のいずれの時点においても、電子の照射に伴って前記複数種の蛍光体から放出されるガスの放出ガスレートの合計値を前記排気速度で割った値が、予め設定された所定の許容圧力値と一致するようにする、請求項1に記載の画像形成装置の製造方法。
【請求項4】
複数種のうちの第1の種類の蛍光体の単位電流当たりの前記初期の放出ガスレートをq(a)とし、前記第1の種類の蛍光体に照射する電子の単位面積当たりの合計の電荷量をE(a)とし、前記第1の種類の蛍光体よりも前記初期の放出ガスレートが小さい第2の種類の蛍光体の単位電流当たりの前記初期の放出ガスレートをq(b)とし、前記第2の種類の蛍光体に照射する電子の単位面積当たりの合計の電荷量をE(b)としたときに、E(a)/E(b)≧q(a)/q(b)を満たすように、前記エージング工程を行う、請求項1から3のいずれか1項に記載の画像形成装置の製造方法。
【請求項5】
前記第1の種類の蛍光体に電子線を照射し始めてから照射し終わるまでの時間をt(a)とし、前記第2の種類の蛍光体に電子線を照射し始めてから照射し終わるまでの時間をt(b)としたときに、t(a)/t(b)≦q(a)/q(b)を満たすように、前記エージング工程において各々の前記電子放出素子を駆動する駆動時間を調整する、請求項4に記載の画像形成装置の製造方法。
【請求項6】
前記エージング工程において、前記複数種の蛍光体に同時に電子を照射し始めて同時に該電子の照射を終了する、請求項1から5のいずれか1項に記載の画像形成装置の製造方法。
【請求項7】
前記エージング工程において、前記複数種の蛍光体のうちの特定の種類の蛍光体に電子を照射し終えた後に、別の種類の蛍光体に電子を照射する、請求項1から5のいずれか1項に記載の画像形成装置の製造方法。
【請求項8】
電子の照射により発光する第1の種類の蛍光体と、前記第1の種類の蛍光体に対応して設けられた第1の電子放出素子と、電子の照射により発光する、前記第1の種類の蛍光体とは異なる第2の種類の蛍光体と、前記第2の種類の蛍光体に対応して設けられた第2の電子放出素子と、を少なくとも収容した気密容器を形成する容器形成工程と、
前記第1および第2の種類の蛍光体から放出されるガスの放出ガスレートが所定の規定値以下になるまで、前記第1および第2の電子放出素子を駆動して、前記第1および第2の種類の蛍光体のそれぞれに電子を照射するエージング工程と、を有する画像形成装置の製造方法であって、
前記第2の種類の蛍光体は、前記第1の種類の蛍光体よりも、前記エージング工程の直前に同じ大きさの電流密度で電子を照射した場合に得られる脱ガスの初期の放出ガスレートが小さく、
前記エージング工程では、前記第2の種類の蛍光体に照射する電子の総量が前記第1の種類の蛍光体に照射する電子の総量よりも少なくなるように、前記第1および第2の電子放出素子のそれぞれから放出される電子の電流密度と、前記第1および第2の電子放出素子のそれぞれを駆動する駆動時間とを調整する、画像形成装置の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−160401(P2012−160401A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−20919(P2011−20919)
【出願日】平成23年2月2日(2011.2.2)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】