説明

疲労の評価方法及び評価用キット

【課題】本発明は、勤労者の日常的な疲労の研究過程で知見を得たものであり、尿中の17−KS−Sと17−OHCSの濃度比を利用した、疲労の新規な評価方法及び評価用キットを提供する。
【解決手段】被検体から採取した尿中の17−KS−S/17−OHCS比を指標とすることを特徴とする、疲労の評価方法、ならびに被検体から採取した尿中の17−KS−S濃度と17−OHCS濃度を測定し、17−KS−S/17−OHCS比を求めることを特徴とする、疲労評価用キット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、簡便で客観的な疲労の評価方法及び評価用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
今日、経済不況、リストラの拡大、急速なIT化、グローバリゼーションに伴う競争の激化など、勤労者を取り巻く環境は大きく変化している。その中で、勤労者の多くが職場でストレスを強く感じるようになってきており、仕事でストレスを感じる人の割合は60%を超えるといわれている。ストレスによるうつ病などの健康障害も増大し、中には自殺に至るケースもあり、深刻な社会問題となっている。このような中で、職場におけるストレス対策は喫緊の課題となっている。その一環として、ストレスの早期発見、早期対策が強く求められている。
【0003】
ストレスの早期発見を目的にPOMS(気分プロフィール検査)が使用されている。POMSは、被験者の気分、感情、及び情緒などの精神状態を数値で評価したもので、「緊張−不安」「抑うつ−落込み」「怒り−敵意」「活気」「疲労」「混乱」の6つの気分尺度について複数の質問項目に被験者が回答する質問紙検査である。気分、感情、情緒といった人間の情動を主観的に自己評価する検査法といえる。POMSは、精神障害・身体疾患のある人々の気分の状態を知ったり、治療経過を評価したりするのに活用されている。例えば、精神障害(うつ病、不安傷害)の治療経過、身体疾患をもつ人々の精神面の変化、職場でのスクリーニング、運動やリラクセーションの効果などの評価測定といった幅広い分野で使用されている(非特許文献1、2)。
【0004】
しかし、POMSは、55項目からなる質問に対して被験者が回答するという方式であるため、必ずしも簡便な方法とはいえず、またPOMSは主観的側面からのアプローチ法でもあるため客観性に欠けるという問題もある。
最近、質問項目を30項目とした気分プロフィール検査短縮版(以下「POMS短縮版」ともいう)も開発されたが(非特許文献2)、依然として、簡便性や客観性に欠ける。
【0005】
一方、尿中の17−ケトステロイド及び17−ヒドロキシコルチコステロイドは、副腎皮質機能の評価を目的に測定されてきたが、被験者の気分、感情、情緒などの精神状態を評価する際の指標に使用できることは知られていなかった。
【非特許文献1】横山和仁、下光輝一、野村忍編,「診断・指導に活かすPOMS事例集」,初版第2刷,2003年7月10日発行,株式会社金子書房,東京
【非特許文献2】横山和仁編著,「POMS短縮版 手引と事例解説」,初版第1刷,2005年1月28日発行,株式会社金子書房,東京
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、勤労者の日常的な疲労の研究過程で知見を得たものであり、尿中の17−ケトステロイド硫酸抱合体(17−KS−S)と17−ヒドロキシコルチコステロイド(17−OHCS)の濃度比を利用した、疲労の新規な評価方法及び評価用キットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、POMSの疲労の評価と、尿中の17−OHCS濃度に対する17−KS−S濃度の比(17−KS−S/17−OHCS比)とが、相関することを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は、
(1)被検体から採取した尿中の17−KS−S/17−OHCS比を指標とすることを特徴とする、疲労の評価方法。
;ならびに
(2)被検体から採取した尿中の17−KS−S濃度と17−OHCS濃度を測定し、17−KS−S/17−OHCS比を求めることを特徴とする、疲労評価用キットに関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法によれば、簡便かつ客観的に疲労を評価することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明において、被検体とは、疲労の評価を受けるヒト又は哺乳類動物である。本発明の哺乳類動物として、イヌ及びネコなどの愛玩動物ならびにウシ及びウマなどの家畜が例示される。
【0010】
被検体からの尿の採取方法は、慣用の方法を適宜選択できる。採取された尿は17−KS−S量や17−OHCS量を測定するために必要に応じて調製されてもよい。調製方法として、例えば、生理食塩水などで希釈したり、あるいは遠心分離や簡易カラムクロマトグラフィーなどにより分離精製したりしてもよく、慣用の一般的調製方法が適宜選択できる。
【0011】
本発明において疲労の指標となる17−KS−S/17−OHCS比は、尿中の17−OHCS濃度に対する尿中の17−KS−S濃度の比、すなわち尿中の17−KS−S濃度/17−OHCS濃度である。
尿中の17−OHCS濃度及び17−KS−S濃度は、慣用の方法で定量することで求められる。尿中の17−OHCS及び17−KS−Sの定量には、市販の測定用キットが使用できる。
【0012】
本発明で測定される17−OHCSは、17−ヒドロキシコルチコステロイド(17−ヒドロキシコルチコイドともいう)を意味し、ステロイド骨格のC−17位にヒドロキシル基を持ったステロイドであり、ヒドロコルチゾン、コルチゾン、テトラヒドロコルチゾール、ジヒドロコルチゾール、テトラヒドロコルチゾン、ジヒドロコルチゾン、コルトール、コルトロン、11−デオキシコルチゾール、及びコルチゾールなどが例示される。
【0013】
尿中の17−OHCSは慣用の方法で定量できる。例えば、採取した尿からステロイド類を抽出してから、17−OHCSとフェニルヒドラジン又はその誘導体(例えば、アセチルヒドラジン、2,4−ジニトロフェニルヒドラジンなど)との呈色反応であるポーター・シルバー反応を利用して、17−OHCSを定量してもよい。尿からのステロイド類の抽出には、尿中のステロイド抱合体をβ-グルクロニダーゼなどの酵素で水解させてからジクロロメタンなどでステロイド類を抽出してもよいし、尿から直接ブタノールでステロイド類を抽出してもよい。
【0014】
本発明で測定される17−KS−Sは、17−ケトステロイド硫酸抱合体を意味する。17−ケトステロイドは、17−オキソステロイドともいい、17−KSと略される。17−KSはステロイド骨格のD環の17位にケトンを有するステロイドのことをいい、例えば、アンドロステロン、デヒドロエピアンドステロン、エチオコラノロン、アンドロステンジオンなどがある。17−KSは、硫酸抱合体(すなわち17−KS−S)又はグルグロン酸抱合体として尿中に排泄される。
【0015】
尿中の17−KS−Sは慣用の方法で定量できる。例えば、採取した尿からベンゼンなどで17−KS−Sを抽出し、17−KS−Sの16位の活性メチレン基とm−ジニトロベンゼンとが反応して発色するチンメルマン反応を利用して17−KS−Sを定量してもよい。
【0016】
本発明では、17−KS−S/17−OHCS比を指標として、疲労、特にPOMSによる疲労を評価することができる。
【0017】
例えば、17−KS−S/17−OHCS比が低いほど疲労度が大きいと評価することができる。
あるいは、被検体から得られた17−KS−S/17−OHCS比を、非疲労体及び/又は疲労体から得られた17−KS−S/17−OHCS比と対比して、疲労を評価してもよい。その際、慣用の手法、例えばカットオフ値を用いる手法を適用してもよい。
【0018】
例えば、非疲労体から採取した尿中の17−KS−S/17−OHCS比を複数例、好ましくは10例以上、より好ましくは50例以上、もっとも好ましくは200例以上集め、そのうちの中央の95%を占める範囲を基準範囲とする。正規分布であれば、平均値±2SD(SDは標準偏差)を求め、この平均値−2SD〜平均値+2SDの範囲を基準範囲とする(図1)。この下限の平均値−2SDをカットオフ値としてもよい。
あるいは、基準範囲を平均値−SD〜平均値+SDの範囲とし、下限の平均値−SD値をカットオフ値としてもよい。
【0019】
本発明では、被検体の17−KS−S/17−OHCS比を、非疲労体の17−KS−S/17−OHCS比の他に、疲労体から採取した生体試料中に存在する17−KS−S/17−OHCS比と対比してもよい。
非疲労体群と疲労体群の17−KS−S/17−OHCS比に重なりがない場合、カットオフ値は、その中間点とすることができる(図2)。
非疲労体群と疲労体群の17−KS−S/17−OHCS比に重なりがある場合、この重複範囲にカットオフ値を適宜設定すればよい(図3)。あるいは、重複範囲を17−KS−S/17−OHCS比の低い方向から順に、陽性、疑陽性、疑陰性、及び陰性の各範囲に分類してもよい。
【0020】
カットオフ値はROC(Receiver Operating Characteristics Curve)曲線を使用して算出してもよい。
【0021】
上記のようにしてカットオフ値を算出し、これよりも被検体の17−KS−S/17−OHCS比が低ければ、疲労があると評価することができる。あるいは、陽性、疑陽性、疑陰性、及び陰性の各範囲に分けて、どの範囲に属するかを調べて疲労の陽性等を評価してもよい。
このようなカットオフ値又は陽性等の範囲を記載した対比表を使えば、医師の判断によらなくとも疲労を評価することが可能となり、有用である。
【0022】
本発明で、非疲労体とは、例えば、あらかじめPOMS又はPOMS短縮版の結果から、活気のT得点が50点以上かつ疲労のT得点が50点未満であったヒトである。疲労体とは、例えば、POMS又はPOMS短縮版の結果から、活気のT得点が50点未満かつ疲労のT得点が50点以上であったヒトである。
【0023】
前記対比させる際には、被検体、非疲労体、及び疲労体は、いずれも同種の動物であり、例えば、ヒトである被検体の17−KS−S/17−OHCS比は、ヒトである非疲労体の17−KS−S/17−OHCS比やヒトである疲労体の17−KS−S/17−OHCS比と対比される。
また、対比させる際、被検体、非疲労体、及び疲労体は、特に制限されるものではないが、お互いの年齢が近い方が、疲労の評価精度が高まる点から好ましい。
【0024】
本発明に係る評価用キットは、前述したような測定方法による17−KS−S及び17−OHCSの測定用の試薬を含む。また、本発明の評価用キットは17−KS−S/17−OHCS比の対比手段、例えば上記のカットオフ値や陽性等の範囲を記載した対比表を含んでもよい。本発明の評価用キットは、尿の採取用具や調製用具、17−KS−S及び17−OHCS測定用具、例えば、24時間尿比例採集器などの採尿容器、カラムカートリッジ等も含んでもよい。
【実施例】
【0025】
以下、実施例などを挙げて本発明を更に詳しく具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0026】
1.試験目的
17−KS−S/17−OHCS比と、POMSの「活気」「疲労」との関係を調べた。
【0027】
2.被験者の選択基準と除外基準
被験者として勤労者25名を選んだ。現在治療中の疾患のある者、重量物を運搬する等の肉体労働に従事している者、交替勤務の者、採尿期間中に採尿容器を常に携帯できない者は除外した。
【0028】
3.試験スケジュール及び検査内容
被験者には、一勤務日にPOMS短縮版及び職業性ストレス簡易調査票に記入させた。その日から翌日までの24時間蓄尿中の17−KS−S及び17−OHCSの濃度を測定して、17−KS−S/17−OHCS比を算出した。POMS短縮版の結果から活気のT得点が50点未満かつ疲労のT得点が50点以上であった被験者を疲労顕著群とし、他の被験者を健常群とし、疲労顕著群と健常群との間で、職業性ストレス簡易調査票のストレス要因及びストレス反応の各尺度得点及び尿中17−KS−S/17−OHCS比に差があるかノンパラメトリック検定にて検討した。
【0029】
4.検査方法
〔24時間蓄尿〕
採尿容器として、1日(24時間)分の尿量の1/50を正確に比例採集できる容器〔ユリンメート(登録商標)、住友ベークライト製〕を使用して24時間の尿を全量採取した。被検体に、起床後2回目の排尿から、翌日の起床後1回目までの排尿まで、尿をすべてユリンメートに排泄させた。1回の排尿において、ユリンメートの上層部に尿をすべて排泄させ、排泄した尿量及び排尿時刻を記録させた。次いでユリンメートのコックを2回開けて、排泄した尿の一部(1/25量)をユリンメートの下層部に移動させた。コックを閉じた後、残った上層部の尿は捨てる。このようにして24時間蓄尿を採取し、約10mlをスピッツ管に、約50mlをポリボトルに分注し、直射日光、高温多湿を避けて試料分析まで保管した。
【0030】
〔17−KS−Sの測定〕
常法に従い、採取した尿から17−KS−Sを抽出してから、チンメルマン反応を利用して17−KS−Sを定量した。
【0031】
〔17−OHCSの測定〕
常法に従い、採取した尿からステロイド類を抽出してから、ポーター・シルバー反応を利用して17−OHCSを定量した。
【0032】
〔POMS短縮版及び職業性ストレス簡易調査票〕
POMS短縮版を用いた評価は、非特許文献2に記載された方法に準じて行った。職業性ストレス簡易調査票を用いた評価は、「職業性ストレス簡易調査票を用いたストレスの現状把握のためのマニュアル―より効果的な職場環境等の改善対策のために−」(平成14年〜16年度厚生労働科学研究費補助金労働安全衛生総合研究 職場環境等の改善によるメンタルヘルス対策に関する研究 主任研究者:東京医科大学衛生学公衆衛生学 下光輝一)に記載された方法に準じて行った。
【0033】
5.試験結果
POMS短縮版の結果から活気のT得点が50点未満かつ疲労のT得点が50点以上であった被験者9名を疲労顕著群とし、他の被験者16名を健常群とした(図4)。
疲労顕著群と健常群に年齢に有意な差はなかった。図5に示すとおり、疲労顕著群は健常群と比較して、職業性ストレス簡易調査票によるストレス要因として、仕事の量的負担及び対人関係によるストレスが高く、働きがい、上司サポート、同僚サポートが低く(各々p<0.05)、仕事の満足度が低かった(P<0.001)。またストレス反応尺度では、図6に示すとおり、イライラ感、不安感、抑うつ感、身体愁訴の得点が高かった(各々p<0.01、p<0.05、p<0.01、p<0.001)。図7に示すとおり、尿中17−KS−S/17−OHCS比は疲労顕著群で有意に低かった(p<0.05)
【0034】
POMSの活気と疲労とから評価された上記疲労顕著群は、職業性ストレス簡易調査票のストレス要因尺度や身体愁訴得点が高値を示しており、妥当な集団と考えられる。その疲労顕著群において尿中17−KS−S/17−OHCS比が低値を示したことから、17−KS−S/17−OHCS比が疲労のバイオロジカルマーカーとして使用できることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の方法は、被検体の疲労を客観的に評価することができ、疲労の検査、鑑別、測定、及び診断に使用できる。例えば、従来POMSが使用されてきた分野、すなわち精神障害(うつ病、不安傷害)の治療経過、身体疾患をもつ人々の精神面の変化、職場でのスクリーニング、運動やリラクセーションの効果などの評価測定といった幅広い分野で、POMSの代わりに被検体の疲労の評価などに使用することができる。特に、本発明によれば、ストレスによる疲労を客観的に評価できるので、うつになる前に早期にストレス対策を立てられ、有用である。本発明の方法を、POMSなどの従来の評価方法と組み合わせて、被検体の疲労の評価などの精度を高めることもできる。本発明のキットはこれら目的に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】S/OH比の分布を示す模式図である。S/OH比は17−KS−S/17−OHCS比を意味する(他の図でも同様である)。
【図2】非疲労体と疲労体のS/OH比の分布を示す模式図である。
【図3】非疲労体と疲労体のS/OH比の分布を示す模式図である。
【図4】疲労顕著群と健常群のPOMSプロファイルの比較を示す図である。
【図5】疲労顕著群と健常群の職業性ストレス簡易調査票によるストレス要因尺度の比較を示す図である。点数はストレス要因尺度の点数を表す。
【図6】疲労顕著群と健常群の職業性ストレス簡易調査票によるストレス反応尺度の比較を示す図である。点数はストレス反応尺度の点数を表す。
【図7】疲労顕著群と健常群のS/OH比の比較を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体から採取した尿中の17−KS−S/17−OHCS比を指標とすることを特徴とする、疲労の評価方法。
【請求項2】
被検体から採取した尿中の17−KS−S濃度及び17−OHCS濃度を測定し、17−KS−S/17−OHCS比を求めることを特徴とする、疲労の評価用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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