説明

病理解剖標本所見台設備

【課題】既設の解剖実習室や教室に大きい変更を加えることなく、また、密閉された部屋全体を換気することなく、病理・解剖標本を処理したホルマリンなどの防腐薬剤から所見台上に発生するホルムアルデヒドを所見台上から効率良く低減することができるとともに、容易に持ち運びできる病理解剖標本所見台設備を提供する。
【解決手段】ホルムアルデヒド中和剤を霧化して病理解剖標本所見台2の上方から病理解剖標本所見台2へ向けて噴霧する中和剤噴霧装置1と、病理解剖標本所見台2の台板9に中和剤のミストとホルマリン含有空気を吸引する吸引用小孔10が多数設けられ、台板9の裏側に、裏側の全面を覆う吸引箱3が設けられ、吸引箱3はファン11を備えた吸引装置4に接続され、吸引箱3内には乱気流発生装置13が配置されている病理解剖標本所見台設備。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、病理解剖標本所見台上の有害ガスの除去に関し、特に、病理・解剖実習における、ホルムアルデヒドないしホルマリンによる人体への影響を解消ないし軽減する病理解剖標本所見台設備に関するものである。
【背景技術】
【0002】
医学生、看護学生が行う解剖実習・見学においては、病理解剖標本所見台に載せられた遺体はホルマリンで防腐処理がなされているので、ホルマリン処理された遺体から発生するホルムアルデヒドが発散し、このホルムアルデヒドが解剖実習生や関係者に悪影響を及ぼす。その上、小規模な部屋での標本観察ではホルムアルデヒド濃度が異常に高くなり、観察者や近くにいる者の健康に悪影響を及ぼすという問題がある。なお、標本所見台というのは、ホルマリン処理された標本を含め解剖・観察するために検体を載置して病理解剖実習・見学を行う器具をいう。なお、ホルマリンはホルムアルデヒドを含有する溶液である。従って、所見台においては、主としてホルムアルデヒドが空気中に発散される。
【0003】
解剖実習・見学においては、ホルムアルデヒドの空気中への発散量が多いので、窓を開放したり、換気扇で室外に空気を送り出したりしているが、空調による冷房などの効果が低下し、実習環境が低下する問題が指摘されている。前記問題点を解決するため、各種の方法や装置が提案されている。
【0004】
特許文献1には、解剖室全体の空気を換気する場合、解剖室の空気中に含まれるホルムアルデヒドを酸化チタン等の光触媒によって分解した後、室外に排気する方法・装置が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、4 台の解剖台毎にそれらの解剖台の中央に配置されて、解剖台周辺のガスを吸引し、吸引した空気中のホルムアルデヒドをフィルターで除去するとともに、オゾン滅菌装置や紫外線ランプで滅菌を行う装置が記載されている。
【0006】
また、特許文献3には、ミョウバン、アミノ酸系又は尿素系を水で希釈したホルムアルデヒド分解除去剤又は脱臭剤を超音波霧化器により霧化し、空気中に噴霧し、空気中のホルムアルデヒド濃度又は臭気を低減すること、及び噴霧時間帯により該霧化器に連動する連続及び間歇制御タイマーで連続から間歇的まで噴霧時間と噴霧間隔を任意に選択してホルムアルデヒド分解除去することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−320220号公報
【特許文献2】特開2003−116859号公報
【特許文献3】特開2006−346373号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前記特許文献1に記載の空気清浄化方法・装置は、解剖室の空気中のホルムアルデヒドを分解除去しようとするもので、解剖台ないし解剖台付近の空気中のホルムアルデヒドを分解除去しようとするものではないので、解剖台上におけるホルムアルデヒドの除去効率は極めて低いものとなっている。
【0009】
また、前記特許文献2記載の装置は、解剖台周辺の空気を吸引し、フィルターでホルムアルデヒドを除去しようとするものであるが、解剖台上のホルムアルデヒドを含む空気を直接吸引するものではないので、解剖台上におけるホルムアルデヒドの除去効率は極めて低いものとなっている。
【0010】
また、前記特許文献3に記載されたホルムアルデヒド分解除去装置では、ホルムアルデヒド分解除去剤を超音波霧化器により霧化して空気中のホルマリン濃度を下げようとするものであり、解剖台上におけるホルムアルデヒドを効率よく除去でない。
【0011】
また、前記特許文献1〜3においては、いずれもホルムアルデヒドとの反応生成物質の処置については考慮されていない。
【0012】
一般的に、解剖室内全体を換気する方法は、建物及び空調機などの設備費が高く、その上維持費も大きな額になる。また、室内の空気全体を換気するので、冷暖房用の空調機の負荷が高くなり、その運転維持費も高いものとなっている。新設の建物に解剖室を設ける場合はまだよいが、既設の解剖室を改造することはきわめて費用の掛かるものである。かかる観点から、病理解剖標本所見台上の空気を局所的に処理し、しかも、費用を大きくかけないで、解剖実習・見学における標本から発散するホルムアルデヒドを効果的に除去する装置が求められている。
【0013】
そこで、本発明は、既設の解剖実習室や教室に大きい変更を加えることなく、また、密閉された部屋全体を換気することなく、病理・解剖標本を処理したホルマリンなどの防腐薬剤から所見台上に発生するホルムアルデヒドを所見台上から効率良く低減することができるとともに、容易に持ち運びできる病理解剖標本所見台設備を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の病理解剖標本所見台設備は、ホルムアルデヒド中和剤を霧化して病理解剖標本所見台の上方から病理解剖標本所見台へ向けて噴霧する中和剤噴霧装置と、病理解剖標本所見台の台板に中和剤のミストとホルマリン含有空気を吸引する吸引用小孔が多数設けられ、台板の裏側に、裏側の全面を覆う吸引箱が設けられ、吸引箱はファンを備えた吸引装置に接続されていることを特徴とする。
【0015】
前記構成において、中和剤噴霧装置を超音波噴霧装置とし、吸引箱内に乱気流発生装置を配置する。乱気流発生装置は、吸引側に末広がりの漏斗形状の円筒が数枚同心円状に間隔をおいて配置、あるいは漏斗形状の円筒が交互に上下逆さまに間隔をおいて配置されている。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、ホルムアルデヒドないしホルマリンによる不快感、健康障害を軽減、解消、予防するとともに、小型で簡易で安価な、しかも、設備のない部屋に容易に持ち運び込むことが可能な病理解剖標本所見台ユニットが提供される。
【0017】
本発明は、部屋全体の空気中のホルマリンを除去する従来の方法とは異なり、ホルマリンが広がる前に、局所空間的に中和、回収するので、大きなホルマリン空調設備や室外排出システムは不要となる。
【0018】
本発明は、乱気流発生装置により、乱流が形成され、反応が増幅される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の病理解剖標本所見台設備の全体を示す概略図である。
【図2】(a)は本発明に使用する乱気流発生装置の別実施例の概略平面図、(b)は同概略縦断面図である。
【図3】中和剤を超音波散布させた後の空気中のホルムアルデヒド濃度と時間の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施例について図面を参照しながら説明する。
【実施例】
【0021】
図1において、本発明の病理解剖標本所見台設備は、中和剤噴霧装置1、病理解剖標本所見台(以下「所見台」という。)2、吸引箱3、吸引装置4からなる。
【0022】
中和剤噴霧装置1は、従来から超音波を利用して水滴を噴霧している超音波加湿装置を使用することができる。超音波中和剤噴霧装置1は、従来の超音波加湿装置と同様に、ホルマリン中和剤を貯蔵するタンク5と発振器により振動する超音波振動子6と、中和剤吹出ノズル7を備える。超音波振動子6は中和剤に対して耐食性を有する材料、あるいは耐食性被膜を施す。中和剤吹出ノズル7の高さは、伸縮自在のアーム8を伸縮させることにより調整する。
【0023】
ホルムアルデヒドの中和剤には、アミノ酸系やエチレン尿素配合のホルムアルデヒド分解除去剤や酸素クラスターがあるが、本実施例では、超音波による霧化器を使用するため、水溶性物質を主成分とすると好ましいが、ミョウバン、アミノ酸系やエチレン尿素のみに限定されない。ミョウバンは水に溶け易く、粘性も水に近く調製出来、霧化しても粉末に成らず、透明に近く、さらに安全性が高いのでミョウバン希釈水が最も好ましい。ミョウバン或いはエチレン尿素が重量比0.001%〜5.0% の範囲内で配合された希釈水が好ましい。希釈水のpH調製は必要に応じて調製する。
【0024】
超音波振動子6にタンク5から中和剤を供給して接触させ、エネルギーを液面に作用させて波を作り出し、特に音圧の高くなった部位に水柱ができ、表面波が発生し、キャタピラ波と呼ばれる極小の波の先端から0.5μm〜7μmのミストが吹出しノズルよりから病理解剖標本を載せる所見台の上方から噴霧される。中和剤がミクロンの大きさのミストにすることで空中に漂う時間が長くなってホルマリン中和剤の中和効果が飛躍的に向上して瞬時に高濃度のホルマリンを除去することが可能となる。
【0025】
所見台2の台板9は、ホルマリンで腐食されないようにステンレス製板で作製される。台板9には、中和剤のミストとホルマリン含有空気を吸引するために、多数の吸引用小孔10が設けられている。台板9の裏側には、全面を覆う吸引箱3が設けられている。吸引箱3はファン11を備えた吸引装置4に接続されている。吸引箱3の底部にはホルマリンと中和剤の中和により生成する化学副産物を受けるステンレス製のトレイ12が配置されている。
【0026】
吸引箱3の中には、ホルマリンと中和剤を混合して反応を増幅させるために、乱気流を発生させる乱気流発生装置13が配置されている。図1に示す乱気流発生装置13は、横断面が漏斗形状で、吸引側(台板側)は広く、排気側(トレイ側)は狭くなっている吸引側に末広がりのステンレス製の円筒14が間隔をおいて複数同心円状に配置されている。乱気流発生装置13の広い吸引側から吸引されたホルマリンと中和剤が狭い排気側に吸引されることにより、乱流が形成され、反応が増幅される。
【0027】
図2は、乱気流発生装置13の別実施例で、漏斗形状の円筒14を上下逆さまにして間隔をおいて交互に並べることにより、ホルマリン除去効果が向上する。
【0028】
漏斗形状の円筒14は取り外しができ、使用後の洗浄が容易で、結晶化した化学副産物を完全に除去することができる。
【0029】
所見台2の台板9の吸引用小孔10を通って吸引装置4により吸引箱3に吸引された空気中のホルマリンとホルマリン中和剤は、乱気流発生装置13により乱気流で化学反応が完了するまでの時間が延ばされることにより十分に化学反応を起こして中和され、中和後に発生した化学副産物は、トレイ12に受けられる。これにより、空気中のホルマリンの99%は除去され、空気は室内に戻される。
【0030】
実験1
密閉した空間(1m×1m×1m)の中で35%ホルムアルデヒドを2分間自然気化させで蓋を閉じ、10分間放置若しくはホルムアルデヒド中和剤(商品名インフィルトレース、株式会社ファルマ製)を超音波散布させた後に空気中のホルムアルデヒド濃度を測定した。
【0031】
10分後の平均測定値ではホルムアルデヒド減少は中和散布なしの78.65%に対し、超音波で中和剤を散布したときは0.85%まで濃度は減少することが確認された。超音波中和剤散布による飛躍的なホルムアルデヒド除去効果が認められた。また、上記実験のホルムアルデヒド除去率を時間ごとに測定した結果、図3に示すように、最初の1分で90%除去され、極短時間で化学反応が起こっていることが示唆された。
【0032】
実験2
ホルマリン固定豚肉標本210g(ホルムアルデヒド15%に24時間以上に浸けたもの)を本発明の所見台にのせ、上部から超音波で発生させたホルムアルデヒド中和剤ミストを噴霧すると同時に、所見台の吸引用小孔、乱気流装置を通過した後の排出気体のホルムアルデヒド含有量を測定した。
【0033】
乱気流装置を通したホルムアルデヒド濃度は対照群に比べ1/4に低下した。また、乱気流発生装置内の吸引側に末広がりの漏斗形状の円筒の数が増加するほど、ホルムアルデヒド除去率が向上した。
【0034】
漏斗形状の円筒を上下逆にして交互に配置した乱気流装置は、10分間連続作動での排出濃度が0.162ppmで、ホルムアルデヒド除去率が高かった。ホルムアルデヒドを中和した結果、乱気流装置内に尿素系の化学副産物が容器内に結晶として残存していることが観察された。
【符号の説明】
【0035】
1:中和剤噴霧装置 2:所見台
3:吸引箱 4:吸引装置
5:タンク 6:超音波振動子
7:中和剤吹出ノズル 8:アーム
9:台板 10:吸引用小孔
11:ファン 12:トレイ
13:乱気流発生装置 14:漏斗形状の円筒
15:標本

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホルムアルデヒド中和剤を霧化して病理解剖標本所見台の上方から病理解剖標本所見台へ向けて噴霧する中和剤噴霧装置と、病理解剖標本所見台の台板に中和剤のミストとホルマリン含有空気を吸引する吸引用小孔が多数設けられ、台板の裏側に、裏側の全面を覆う吸引箱が設けられ、吸引箱はファンを備えた吸引装置に接続されていることを特徴とする病理解剖標本所見台設備。
【請求項2】
中和剤噴霧装置が超音波噴霧装置でありことを特徴とする請求項1記載の病理解剖標本所見台設備。
【請求項3】
吸引箱内に乱気流発生装置が配置されていることを特徴とする請求項1又は2記載の病理解剖標本所見台設備。
【請求項4】
前記乱気流発生装置は、吸引側に末広がりの漏斗形状の円筒が数枚同心円状に間隔をおいて配置されていることを特徴とする請求項3記載の病理解剖標本所見台設備。
【請求項5】
前記乱気流発生装置は、漏斗形状の円筒が交互に上下逆さまに間隔をおいて配置されていることを特徴とする請求項3記載の病理解剖標本所見台設備。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−62251(P2011−62251A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−213557(P2009−213557)
【出願日】平成21年9月15日(2009.9.15)
【出願人】(598015084)学校法人福岡大学 (114)
【出願人】(509259482)
【Fターム(参考)】