説明

癌抑制遺伝子WT1の産物に基づく癌抗原

【課題】癌抗原、及びそれを含む癌ワクチンの提供。
【解決手段】Wilms腫瘍癌抑制遺伝子WT1の産物、又は該アミノ酸配列中、主要組織適合性抗原(MHC)クラスIとの結合のアンカーアミノ酸を含む連続する7〜30個のアミノ酸から成るペプチド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Wilms腫瘍の癌抑制遺伝子WT1の産物に基づく癌抗原に関する。この癌抗原は、白血病、骨髄異形成症候群、多発性骨髄腫、悪性リンパ腫などの血液の癌、又は固形癌、例えば胃癌、大腸癌、肺癌、乳癌、胚細胞癌、肝癌、皮膚癌、膀胱癌、前立腺癌、子宮癌、子宮頸癌、卵巣癌等、並びにさらにはWT1を発現するすべての癌に対する抗癌ワクチンとして有用である。
【背景技術】
【0002】
異物を排除するための免疫機構には、一般に、抗原を認識して抗原提示細胞として機能するマクロファージ、該マクロファージの抗原提示を認識して種々のリンホカインを産生して他のT−細胞等を活性化するヘルパーT−細胞、該リンホカインの作用により抗体産生細胞に分化するB−リンパ球等が関与する液性免疫と、抗原の提示を受けて分化したキラーT−細胞が標的細胞を攻撃し破壊する細胞性免疫とがある。
【0003】
現在のところ、癌の免疫は主として、キラーT−細胞が関与する細胞性免疫によるものと考えられている。キラーT−細胞による癌免疫においては、主要組織適合抗原(Major Histocompatibility Complex ; MHC)クラスIと癌抗原との複合体の形で提示された癌抗原を認識した前駆体T−細胞が分化増殖して生成したキラーT−細胞が癌細胞を攻撃し、破壊する。この際、癌細胞はMHCクラスI抗原と癌抗原との複合体をその細胞表面に提示しており、これがキラーT−細胞の標的とされる(非特許文献1〜4)。
【0004】
標的細胞である癌細胞上にMHCクラスI抗原により提示される前記の癌抗原は、癌細胞内で合成された抗原蛋白質が細胞内プロテアーゼによりプロセシングされて生成した約8〜12個のアミノ酸から成るペプチドであると考えられている(非特許文献1〜4)。
【0005】
現在、種々の癌について抗原蛋白質の検索が行われているが、癌特異抗原として証明されているものは少ない。
【0006】
Wilms腫瘍の癌抑制遺伝子WT1(WT1遺伝子)は、Wilms腫瘍、無紅彩、泌尿生殖器異常、精神発達遅滞などを合併するWAGR症候群の解析からWilms腫瘍の原因遺伝子の1つとして染色体11p13から単離された(非特許文献5)ものであり、ゲノムDNAは約50kbで10のエキソンから成り、そのcDNAは約3kbである。cDNAから推定されるアミノ酸配列は、配列番号:1に示す通りである(非特許文献6)。
【0007】
WT1遺伝子はヒト白血病で高発現しており、白血病細胞をWT1アンチセンスオリゴマーで処理するとその細胞増殖が抑制される(特許文献1)ことなどから、WT1遺伝子は白血病細胞の増殖に促進的に働いていることが示唆されている。さらに、WT1遺伝子は、胃癌、大腸癌、肺癌、乳癌、胚細胞癌、肝癌、皮膚癌、膀胱癌、前立腺癌、子宮癌、子宮頸癌、卵巣癌等の固形癌においても高発現しており(特許文献2)、WT1遺伝子は白血病及び固形癌における新しい腫瘍マーカーであることが判明した。しかしながら、WT1遺伝子発現生成物が癌ワクチンとして有用な癌特異抗原であることは立証されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平9−104627号公報
【特許文献2】特開平11−35484号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Cur. Opin, Immunol., 5, 709, 1993
【非特許文献2】Cur. Opin, Immunol., 5, 719, 1993
【非特許文献3】Cell, 82, 13, 1995
【非特許文献4】Immunol. Rev, 146, 167, 1995
【非特許文献5】Gessler, M. ら、Nature,Vol. 343, p.774-778 (1990)
【非特許文献6】Mol. Cell. Biol., 11, 1707, 1991
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従って本発明は、WT1遺伝子発現生成物が癌抗原である可能性を確認し、新規な癌抗原を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく種々検討した結果、WT1遺伝子の発現生成物のアミノ酸配列中で、マウス及びヒトのMHCクラスI及びMHCクラスIIとの結合において、アンカーアミノ酸として機能すると予想される少なくとも1個のアミノ酸を含有する連続する7〜30個のアミノ酸から成るポリペプチドを合成し、これらのペプチドがMHC蛋白質と結合することを確認すると共に、MHCクラスI抗原と結合した場合にキラーT−細胞を誘導し、且つ標的細胞に殺細胞効果を及ぼすことを確認して本発明を完成した。
【0012】
従って本発明は、マウスWT1発現産物、又はその部分を含んで成る癌抗原を提供する。好ましい態様において、本発明は、WT1のcDNAに対応する配列番号:1に示すアミノ酸配列において、MHC抗原との結合のためのアンカーアミノ酸を含む6〜30個のアミノ酸から成るペプチドを活性成分とする癌抗原を提供する。
【0013】
さらに、本発明は、ヒトWT1のcDNAに対応する配列番号:2に示すアミノ酸配列において、MHC抗原との結合のためのアンカーアミノ酸を含む7〜30個のアミノ酸から成るペプチドを活性成分とする癌抗原を提供する。
【0014】
本発明はまた、上記の癌抗原を含んで成る癌ワクチンを提供する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、実施例1における、D126 ペプチドで免疫した細胞と非免疫細胞のフローサイトメトリーにおけるCD4細胞とCD8細胞の比率を示すグラフである。
【図2】図2は、実施例2における、D126 ペプチドにより免疫した細胞の、D126 ペプチドでパルスした標的細胞とパルスしていない標的細胞に対する殺細胞作用を比較したグラフである。
【図3】図3は、図2と同じ意味のグラフである。
【図4】図4において、Aは、実施例3における、D126 ペプチドを用いて誘導したCTLの、D126 ペプチドをパルスしたT2細胞に対する殺細胞効果を示し、Bは実施例3における、WH 187ペプチドを用いて誘導したCTLの、WH 187ペプチドをパルスしたT2細胞に対する殺細胞効果を示すグラフである。
【図5】図5は、D126 ペプチドにより誘導されたCTLの表面マーカーをFACSにより解析した結果を示すチャートである(CD19細胞及びCD3細胞)。
【図6】図6は、CD4細胞及びCD8細胞についての、図5と同様のチャートである。
【図7】図7は、CD 56 細胞についての図5と同様のチャートである。
【図8】図8は、WH 187ペプチドにより誘導したCTLの表面マーカーをFACSにより解析した結果を示すチャートである(CD 19 細胞及びCD3細胞)。
【図9】図9は、CD4細胞及びCD8細胞についての、図8と同様のチャートである。
【図10】図10は、CD 56 細胞についての、図8と同様のチャートである。
【図11】図11は、D126 ペプチド特異的CTLによる、D126 ペプチドをパルスしたT2細胞に対する特異的細胞溶解に対する抗HLA−A2.1抗体の影響を示すグラフである。
【図12】図12は、WT1を発現している標的細胞又はWT1を発現していない標的細胞に対する、D126 ペプチド特異的CTLの細胞溶解活性を比較したグラフである。aはE:T比が7.5:1の場合の結果を示し、bはE:T比が15:1の場合の結果を示す。
【図13】図13は、生来的にWT1を発現する腫瘍細胞(FBL3)及びWT1を発現しない腫瘍細胞(RMA)に対する、D126 ペプチド特異的CTLの細胞溶解効果を比較したグラフである。
【図14】図14は、WT1遺伝子により形質転換された細胞及び形質転換されていない同じ細胞に対する、D126 ペプチド特異的CTLの細胞溶解効果を比較したグラフである。
【図15】図15は、D126 ペプチド特異的CTLの細胞毒性に対する、抗H−2クラスI抗体の影響を示すグラフである。
【図16】図16は、D126 ペプチドをワクチンとして使用してマウスを免疫した場合の、インビボ免疫効果を示すグラフである。
【図17】図17は、WT1を発現するプラスミドをDNAワクチンとしてマウスに投与した場合の免疫効果を示すグラフである。
【図18】図18は、図17の対照であって、WT1を発現しないプラスミドを投与した場合に免疫効果が生じないことを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明においては、癌抗原ペプチドを設計する際の基礎として、マウスMHCクラスIのK及びD、並びにヒトHLAのA0201を選択し、これらと高い親和性を有すると予想されるペプチドを選択した。
【0017】
Immunogenetics Vol.41, p.178-228 (1995) の記載から、Kへの結合のアンカーアミノ酸として5番目のPhe及びTry並びに8番目のLeu及びMet等が予想され、またDへの結合のアンカーアミノ酸として5番目のAsn並びに9番目のMet及びIle等が予想される。
【0018】
また、癌細胞の表面においてMHCクラスIにより提示される癌抗原ペプチドのサイズはおよそ8〜12個であることが知られている。従って、本発明の癌抗原ペプチドは、配列番号:1に示すWT1遺伝子産物のアミノ酸配列において、アンカーアミノ酸を含む、連続する7〜30個のアミノ酸から成るペプチドである。アミノ酸の数は好ましくは8〜12個であり、例えば8又は9個である。
【0019】
本発明においては、その具体例として、MHCクラスIのKに結合するペプチドとして、アミノ酸8個からなる下記ペプチド:
45 Gly Ala Ser Ala Tyr Gly Ser Leu(配列番号:3)
330 Cys Asn Lys Arg Tyr Phe Lys Leu(配列番号:4)
MHCクラスIのDに結合するペプチドとして、アミノ酸9個から成る下記のペプチド:
126 Arg Met Phe Pro Asn Ala Pro Tyr Leu(配列番号:5)
221 Tyr Ser Ser Asp Asn Leu Tyr Gln Met(配列番号:6)
235 Cys Met Thr Trp Asn Gln Met Asn Leu(配列番号:7)
を使用した。上記配列において下線を付したアミノ酸がアンカーとして機能すると予想されるアミノ酸である。
【0020】
次に、これらのペプチドの内、K45及びK330 についてはMHCクラスIのKとの結合性を、D126 ,D221 及びD235 についてはMHCクラスIのDとの結合性を、抗原ペプチドを提示していないが(empty)、K及びDは発現されているセルライン(RMA−S)を用いて測定した。
【0021】
すなわち、RMA−Sを26℃にて培養してMHCクラスIを高発現せしめ、この培養細胞を被験ペプチド溶液と37℃にて1時間インキュベートした。これにより、ペプチドと結合しないMHC分子は不安定になって細胞表面から消失し、ペプチドを結合したMHCクラスI分子のみが残る。次に、MHCクラスI(K,D)を認識する蛍光標識モノクローナル抗体によりRMA−S細胞を染色した。最後に、FACS解析により、細胞当りの平均蛍光量から結合解離定数を計算した(Immunol. Lett., 47, 1, 1995)。
【0022】
その結果、次の結果が得られた。
45 −4.5784838(log)
330 −5.7617732
126 −6.2834968
221 −5.7545398
235 −6.1457624
【0023】
以上の通り、いずれもK又はDと強〜中程度の結合親和性(kd値)を有しているが、最も高い結合親和性を示すD126 ペプチドを以後の実験において用いた。
【0024】
また、ヒトについては、Immunogenetics Vol. 41, p. 178-228 (1995) の記載から、ヒトのHLA−A0201への結合アンカーアミノ酸として、N−末端から2番目のLeu及びMet、並びにN−末端から9番目のVal及びLeuが予想される。そこで、ヒトWT1蛋白質のアミノ酸配列(Mol. Coll. Biol. Vol. 11, p. 1707-1712, 1991)(配列番号:2)中で、上の条件に合致する、9個のアミノ酸から成る2種類のペプチドを合成した。
126; Arg Met Phe Pro Asn Ala Pro Tyr Leu(配列番号:5)
(マウスにおけるD126 の配列と同じ)
WH 187; Ser Leu Gly Glu Gln Gln Tyr Ser Val(配列番号:8)
(下線はアンカーアミノ酸を示す。)
【0025】
上記ペプチドと、HLA−A0201との結合能を次のようにして測定した。
【0026】
上記ペプチドと、emptyなHLA−A0201をもつT2細胞(J. Immunol., 150, 1763, 1993; Blood, 88, 2450, 1996)を37℃、1時間インキュベート後、HLA−A2.1を認識する蛍光標識モノクローナル抗体で、T2細胞を染色し、FACS解析で、細胞当りの平均蛍光量から結合解離定数を計算した。
結 合 能
ペプチド Kd(M)
126 1.89×10−6
WH 187 7.61×10−6
2種類のペプチドは、ともに中等度以上の結合親和性を有する。
【0027】
ヒトMHCに対応するペプチドとして、上記D126 及びWH 187を用いて、以下の実験を行った。
【0028】
本発明はまた前記抗原を有効成分とする癌ワクチンに関する。このワクチンは、WT1遺伝子の発現レベルの上昇を伴う癌、例えば白血病、骨髄異形成症候群、多発性骨髄腫、悪性リンパ腫などの血液の癌、胃癌、大腸癌、肺癌、乳癌、胚細胞癌、肝癌、皮膚癌、膀胱癌、前立腺癌、子宮癌、子宮頸癌、卵巣癌等の固形癌の予防又は治療のために使用することができる。このワクチンは、経口投与、又は非経口投与、例えば腹腔内投与、皮下投与、皮内投与、筋肉内投与、静脈内投与、鼻腔内投与等により投与することができる。
【0029】
さらに、本発明のワクチンの投与方法として、患者の末梢血から単核球を集め、その中から樹状細胞を取り出し、本発明のペプチドをパルスして患者に皮下投与などで患者に戻す方法も行われる。
【0030】
ワクチンは、前記有効成分としての投与ペプチドのほかに、医薬として許容されるキャリアー、例えば適当なアジュバンド、例えば水酸化アルミニウムのごとき鉱物ゲル;リソレシチン、プルロニックポリオールのごとき界面活性剤;ポリアニオン;ペプチド;又は油乳濁液を含むことができる。あるいは、リポゾーム中へ混合し、又は多糖及び/又はワクチン中に配合される他の集合体を含むことができる。投与量は一般に、1日当り0.1μg〜1mg/kgである。
【0031】
本発明はまた、上記のポリペプチドワクチンをコードするDNAもワクチン(DNAワクチン)として使用することができる。すなわち、WT1又はその部分をコードする核酸、好ましくはDNAを、適切なベクター、好ましくは発現ベクターに挿入した後、動物に投与することにより、癌免疫を生じさせることができる。その具体例を実施例9に示す。
【実施例】
【0032】
次に、実施例により、本発明のペプチドが癌抗原及び癌ワクチンとして有用なことを、明らかにする。
【0033】
実施例1
126 ペプチド100μg、ブタ由来の乳酸脱水素酵素(LDH)200μg、及びフロイントの不完全アジュバント0.5mlをC57BL/6マウスの腹腔内に、1週毎に2回注射して免疫処理した。この免疫処理の1週間後にマウスの脾臓を摘出し、脾臓細胞の浮遊液を調製した。他方、D126 ペプチドをパルスした同系マウスの放射線照射脾細胞を、ペプチド50μg/mlを含む溶液と37℃にて30分間インキュベートし、抗原提示細胞とした。
【0034】
前記の免疫処理した脾細胞と放射線照射した脾細胞を混合して、5日間共培養し、キラーT−細胞を誘導調製した。他方D126 ペプチドによりパルス(100μg/mlのペプチド溶液と37℃にて30分間インキュベート)した Europium ラベルEL−4細胞(K及びDを発現している)を標的細胞とし、通常の方法を用いて、次の操作によりKillingアッセイを行った(表1)。
【0035】
その結果、D126 をパルスしたEL−4細胞を標的にした場合は、殺細胞効果が見られたが、D126 をパルスしていないEL−4細胞標的した場合は、殺細胞効果はほとんど見られなかった。
【0036】
【表1】

【0037】
次に、Killingアッセイにより有意な殺細胞効果を示した脾細胞試料を、蛍光標識した抗CD4抗体又は抗CD8抗体で染色しフローサイトメトリーにより、CD4及びCD8の発現を解析した。
【0038】
その結果、図1に示すごとく、非免疫対照細胞に比べて、D126 ペプチドで免疫処理した脾細胞においては、キラーT−細胞により代表されるCD8細胞が増加し、ヘルパーT−細胞等により代表されるCD4細胞に対するCD8細胞の比率が逆転増加していた。
【0039】
実施例2
C57BL/6マウスの骨髄由来の樹状細胞(dendritic cells ;DC)を次の様にして調製した。常法に従い、骨髄細胞をGM−CSF存在下で培養し、骨髄由来樹状細胞を調製した(J. Exp. Med. 182, 255, 1995)。
【0040】
7日間培養した樹状細胞と10μMのOVAII(Ovalbumin II )及び1μMのD126 ペプチドと共に3時間インキュベートした後、洗浄した。
【0041】
次に、C57BL/6マウスのfoot padsとhandsとに上記DC細胞を皮内注射し、5日目に所属リンパ節を取り出し、細胞浮遊液を調製した。他方、D126 ペプチドでパルスし、放射線照射したB7.1−RMA−S細胞(Co−stimulatory moleculeであるB7.1をコードする遺伝子をトランスフェクトしたRMA−S細胞)を調製した。
【0042】
次に、上記のリンパ節由来細胞浮遊液とB7.1−RMA−S細胞とを混合して培養することによりインビトロで再刺激した。
【0043】
次に、インビトロでの再刺激の5日目に、51CrでラベルしたRMA−S細胞を標的としてKillingアッセイを行った。再刺激5日目に回収されたリンパ球全体の1/8をエフェクター細胞として用いた時を、最大のE/T比(1.0)とした。
【0044】
図2及び図3に示すごとく、D126 ペプチドにより免疫されたマウスのリンパ節由来のエフェクター細胞は、該ペプチドでパルスされた標的細胞を殺したのに対して、該ペプチドでパルスされない標的細胞は殺さなかった。
【0045】
また、実施例1と同様にして行ったフローサイトメトリーでCD4細胞とCD8細胞の比を解析したところ、CD4:CD8=1:1.4〜1.7であり、非免疫マウス細胞(対照)に比べて、D126 ペプチドで免疫されたマウス細胞においては、CD8細胞が増加し、CD4細胞:CD8細胞の比(対照細胞においては約2:1)が免疫された細胞においては逆転していた。
【0046】
実施例3
ペプチドD126 又はWH 187(40μg/ml)と1時間インキュベートした後に放射線照射したT2細胞5×10個とHLA−A0201をもつ健常人の末梢単核球1×10個とを共培養した。一週間後、ペプチド(20μg/ml)と1時間インキュベートした後に放射線照射したT2細胞を上記の共培養系に加え、再刺激を行なった。その翌日から、ヒトIL−2(最終濃度100 JRU/ml)を培養液に加えた。
【0047】
以後、ペプチドでパルス後に放射線照射されたT2細胞での刺激を5回くり返した後、ペプチドをパルスされたT2細胞、あるいは、ペプチドをパルスされていないT2細胞を標的にして、Killing assayを行なった。また、誘導されたCTLの表面マーカーをFACS解析した。
【0048】
Killing assayは常法に従いEuropiumでラベルしたT2細胞にペプチドをパルスしたものを標的として行った。
Effector:Target比(E/T ratio)は10:1
共培養時間:3時間
培養液中のペプチド濃度:5μg/ml
【0049】
結果を図4に示す。図4のAはD126 ペプチドを用いて誘導したCTLの、D126 ペプチドをパルスしたT2細胞に対する殺細胞効果を示し、図4のBはWH 187ペプチドを用いて誘導したCTLの、WH 187ペプチドをパルスしたT2細胞に対する殺細胞効果を示す。
【0050】
いずれの場合でも、ペプチドをパルスしたT2細胞に対してより強い殺細胞効果が見られた。
【0051】
FACS解析の結果を図5〜図10に示す。図5〜7にD126ペプチドで誘導したヒトのCTLの結果を示し、ほとんどの細胞がCD8陽性であった。図8〜図10はWH 187ペプチドで誘導されたヒトのCTLの結果を示す。CD4陽性細胞とCD8陽性細胞がほぼ同数であった。
【0052】
実施例4
126 ペプチド特異的CTLの細胞溶解活性のMHC拘束性を試験するため、ペプチドでパルスしたT2細胞に対するCTLの細胞毒性活性をブロックするために抗HLA−A2.1モノクローナル抗体を用いた。D126 ペプチドでパルスしたT2細胞の特異的細胞溶解を5:1のE/T比において、HLA−A2.1分子に対するブロッキングモノクローナル抗体(BB7.2)の存在下又は不存在下で測定した。
【0053】
結果を図11に示す。この図において印は抗HLA−A2.1モノクローナル抗体の代りに抗H−2Kモノクローナル抗体を使用した結果を示す。この図から明らかな通り、60μg/mlの抗HLA−A2.1モノクローナル抗体の添加により、細胞毒性は、T2細胞の細胞溶解のバックグラウンドまで低下した。アイソタイプが同じ無関係のモノクローナル抗体(抗H−2Kモノクローナル抗体Y3)はT2細胞の溶解に効果を有しなかった。
【0054】
実施例5
126 ペプチド特異的CTLが、生来的にWT1を発現するHLA−A2.1陽性白血病細胞を殺すことができるか否かを試験した。標的細胞としてTF1細胞(WT−1を発現し、HLA−A2.1陽性)、JY細胞(WT1を発現せず、HLA−A2.1陽性)、及びMolt−4細胞(WT1を発現し、HLA−A2.1陰性)を用い、7.5:1(a)又は15:1のE:T比において、細胞毒性を測定した。
【0055】
結果を図12に示す。D126 ペプチド特異的CTLは生来的にWT1を発現しHLA−A2.1陽性の白血病細胞TF1に対して有意な細胞毒性を示したが、Molt−4(WT1を発現し、HLA−A2.1−陰性)又はJY細胞(WT1を発現せず、HLA−A2.1−陽性)に対してはバックグラウンドレベルの細胞溶解を示した。
【0056】
実施例6
126 ペプチド特異的CTLが、生来的にWT1を発現する腫瘍細胞を認識しそして細胞溶解するか否かを試験した。WT1を発現する腫瘍細胞(FBL3)もしくはWT1を発現しない腫瘍細胞(RMA)(図13)、又はWT1遺伝子をトランスフェクトされたC1498細胞もしくはTW1遺伝子をトランスフェクトされていないC1498細胞(図14)について、特異的細胞溶解を図13及び図14に示すE/T比において測定した。
【0057】
図13に示す通り、D126 ペプチド特異的CTLは、生来的にWT1を発現するFBL3細胞を溶解したがWT1を発現しないRMA細胞を溶解しなかった。図14に示す通り、さらに、D126ペプチド特異的CTLは、WT1を発現しない親C1498細胞に比べて、マウスWT1遺伝子をトランスフェクトされたC1498細胞を殺した。これにより、CTLによる殺細胞のために標的化された分子が確かにWT1ペプチドであることが確認された。これらの結果は、D126 ペプチド特異的CTLが、WT1蛋白質の細胞内プロセシングにより天然に産生され、そしてWT1発現細胞のH−2D分子上に存在するD126 ペプチド又は関連ペプチドを認識することができることを示唆している。
【0058】
実施例7
CTLの細胞溶解活性がMHC拘束性であるか否かを試験するため、H−2クラスI分子に対する抗体の存在下で測定を行った。すなわち、D126 ペプチド特異的CTLによる、D126 ペプチドでパルスしたRMA−S細胞、H−2K(28.13.3S)、H−2D(28.11.5S)又はH−2L(MA143)に対する、タイターを調整したモノクローナル抗体の存在下で試験した。対照モノクローナル抗体としてアイソタイプが一致したモノクローナル抗体を使用した。
【0059】
結果を図15に示す。H−2Dに対する抗体の濃度の増加に依存して、D126 ペプチドでパルスしたRMA−S細胞に対するCTLの細胞溶解活性が抑制されたが、H−2K又はH−2Lに対する抗体はCTLの細胞溶解活性を抑制しなかった。これらの結果は、CTLがH−2D拘束的に細胞溶解活性を発揮することを示している。
【0060】
実施例8
126 ペプチドによる積極的免疫化により生体内腫瘍免疫が惹起されるか否かを試験した。D126 ペプチドによりパルスされたLPS活性化脾細胞(図16中の実線)、LPS活性化脾細胞のみ(網線)、又はリン酸緩衝液のみ(PBS)(破線)により、1週間に1回マウスを免疫した。3週間の免疫の後、3×10個のFBL3白血病細胞を腹腔内注射した。
【0061】
結果を図16に示す。D126 ペプチドにより免疫されたマウスは腫瘍チャレンジを克服しそして生存したが、非免疫マウス及びLPS活性化脾細胞のみで免疫されたマウスは腫瘍チャレンジを拒絶することができず、死亡した。免疫されたマウス及び非免疫マウスの両方について、腫瘍細胞の前記腹腔内接種の後3日間で腹水が観察された。非免疫マウスにおいては腹水が増加し続け、そしてマウスは死んだ。他方、免疫マウスにおいては、腹水はその後徐々に減少し、マウスは腫瘍チャレンジを完全に拒絶し、そして生存した。非免疫マウスにおいて、自然的退行(regression)が時々観察された。この退行は、Friend白血病ウイルス(FBL3白血病細胞はこのウイルスにより形質転換される)に対して特異的なCTLの自然的誘導によるものと予想される。なぜなら、このようなCTL誘導は、C57BL/6マウスにおいて時おり観察されるからである。
【0062】
実施例9 DNAワクチン
6〜8週齢のC57BL/6マウスに、100μgのWT1を発現するプラスミッドDNA(マウスWT1cDNA(Molecular and Cellular Biology, vol.11, No.3, p.1707-1712(1991), p.1709の左欄)のSun 3AI断片をCMV−IEプロモーターに連結し、WT1を持続発現するプラスミッドを作製)(Proc.Natl.Acod.Su, USA., 92, 11105-11109(1995))を10日毎に、計3回筋肉注射した。最後の筋肉注射の10日後、マウスの脾を取り出し脾細胞を調整し、この脾細胞と、WT1を発現しているmWT1C1498細胞(40Gy放射線照射)と6日間、37℃で共培養を行なった後、標的細胞として、WT1を発現しているC1498(PM5G−mWT1)とWT1を発現していないC1498(PM5G)を用いて、Killing assay(Europiumでラベル)を行った。なお、C1498はWT1を発現しないマウス骨髄性白血病細胞株である。
【0063】
WT1を発現している、C1498(PM5G−mWT1)細胞を殺すが、WT1を発現していない細胞は殺さない細胞毒性Tリンパ球(CTL)が誘導された。
【0064】
結果を図17に示す。
対照として、上記と同様の実験を行ったが、WT1を発現しているプラスミッドの代りに、WT1を発現しない(WT1cDNAをもたない)プラスミッドをマウスに筋肉注射した。上記の実験と同じように脾細胞を採取し、WT1を発現しているC1498(PM5G−mWT1)でin vitro刺激後、Killing assayを行った。
【0065】
図18に示す通り、WT1cDNAをもたないコントロールプラスミッドDNAの筋肉注射からは、WT1タンパク特異的CTLは誘導されなかった。
【産業上の利用可能性】
【0066】
上記の結果から、本発明のペプチドは確かに癌抗原として機能し、癌細胞に対するキラーT−細胞(癌細胞傷害性T細胞)を誘導増殖させたことが立証された。従って、本発明の癌抗原ペプチドは、WT1遺伝子の発現の上昇を伴う白血病及び固形癌に対する癌ワクチンとして有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号:1または配列番号:2のアミノ酸配列において、MHC分子に結合するために必要なアンカーアミノ酸を含む、連続する7〜30個のアミノ酸からなるペプチド。
【請求項2】
前記ペプチドが、
b 45 Gly Ala Ser Ala Tyr Gly Ser Leu(配列番号:3)
b 330 Cys Asn Lys Arg Tyr Phe Lys Leu(配列番号:4)
b 221 Tyr Ser Ser Asp Asn Leu Tyr Gln Met(配列番号:6)
b 235 Cys Met Thr Trp Asn Gln Met Asn Leu(配列番号:7)
のいずれかである、請求項1記載のペプチド。
【請求項3】
請求項1または2に記載のペプチドを有効成分として含有する癌ワクチン用医薬組成物。
【請求項4】
請求項1または2に記載のペプチドをコードする遺伝子を有効成分として含有する癌ワクチン用医薬組成物。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate


【公開番号】特開2010−59172(P2010−59172A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−251079(P2009−251079)
【出願日】平成21年10月30日(2009.10.30)
【分割の表示】特願2000−562398(P2000−562398)の分割
【原出願日】平成11年7月30日(1999.7.30)
【出願人】(505443953)株式会社癌免疫研究所 (8)
【Fターム(参考)】