説明

白金族金属の回収方法

【課題】白金族金属の抽出に際し、酸化力の無い溶液を用いて目的の金属を効率良く溶解し有害な廃液の発生量を大幅に低減できる、環境調和性に優れる貴金属の回収法を提案する。
【解決手段】白金族金属を含む基材から前記白金族金属を回収する方法であって、前記白金族金属を活性金属と反応させて合金化する工程と、前記合金化した白金族金属へ、塩化処理および/または酸化処理を行うことで、白金族金属塩化物または酸化物と塩化物との複合化合物を形成する工程と、前記基材から塩水を用いて前記白金族金属塩化物、または、酸化物と塩化物との複合化合物を抽出する工程と、を有する白金族金属の回収方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、白金族金属の回収方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子材料や触媒などのスクラップ中の白金族金属を分離、回収する方法として、本発明者らは、活性金属蒸気を用いて白金族金属を分離する方法を提供している(特許文献1参照)。さらに本発明者らは、当該方法を改良し、白金族金属を含む基材から白金族金属を回収する方法であって、前記基材上の前記白金族金属を塩化処理することで白金族金属塩化物を形成する工程と、前記基材から前記白金族金属塩化物を抽出する工程と、を有する方法を提供している(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003−247030号公報
【特許文献2】特開2009−256744号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献2記載の回収方法によれば、スクラップ等からの白金族金属を抽出するのに先立って、基材上の白金族金属を塩化処理して白金族金属塩化物を形成することで、強力な酸化剤を含まない塩酸等の酸であっても白金族金属の抽出を行えるようになった。ここで、本発明者らは、特許文献2にて提案した成果から、さらに、環境調和性に優れランニングコストも低減できる白金族金属の抽出方法の検討を行うこととした。
本発明は、上述の状況の下でなされたものであり、その解決しようとする課題は、白金族金属の抽出に際し、環境調和性に優れる上、原料コストが安価な物質を用いることの出来る方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上述の課題を解決する為、本発明者は鋭意研究を行った。そして、環境負荷の殆どない、塩化ナトリウム水溶液等の塩水を用いて、スクラップ等から白金族金属を抽出出来るという画期的な構成に想到し、本発明を完成した。
【0006】
即ち、上述の課題を解決する為の第1の発明は、
白金族金属を含む基材から前記白金族金属を回収する方法であって、
前記白金族金属を活性金属と反応させて合金化する工程と、
前記合金化した白金族金属を、塩化処理および/または酸化処理することで白金族金属塩化物を形成する工程と、
前記基材から塩水を用いて、前記白金族金属塩化物を抽出する工程と、を有することを特徴とする白金族金属の回収方法である。
【0007】
第2の発明は、
前記白金族金属を、塩化処理および/または酸化処理する工程が、前記白金族金属を含む前記基材と塩化剤との混合物を加熱する工程であることを特徴とする第1の発明に記載の白金族金属の回収方法である。
【0008】
第3の発明は、
前記塩化剤が、Cl、CuCl、FeCl、CuClおよび/またはFeClの低級塩化物、CuClおよび/またはFeClを含む複合塩化物、から選択される1種以上であることを特徴とする第1の発明に記載の白金族金属の回収方法である。
【0009】
第4の発明は、
前記活性金属が、Mg,Ca,Zn,Fe,Na,K,Pb,Liから選ばれる1種又は2種以上の金属であることを特徴とする第1の発明に記載の白金族金属の回収方法である。
【0010】
第5の発明は、
前記白金族金属を合金化する工程が、前記活性金属の気相雰囲気中で、前記基材上の白金族金属と前記活性金属とを反応させる気相反応工程であることを特徴とする第1の発明に記載の白金族金属の回収方法である。
【0011】
第6の発明は、
前記白金族金属が、Pt、Pd、Rh、Ru、Ir、Osのいずれか1種又は2種以上であることを特徴とする第1から第5の発明のいずれか1項に記載の白金族金属の回収方法である。
【0012】
第7の発明は、
白金族金属を含む基材から前記白金族金属を回収する方法であって、
前記基材上の白金族金属を活性金属と反応させて合金化する工程と、
前記基材上の前記合金化した白金族金属を、塩化処理および/または酸化処理することで白金族金属塩化物を含む化合物を形成する工程と、
前記基材を塩水に浸漬または塩水中で攪拌する工程と、を有し、
前記塩水に浸漬または塩水中で攪拌する工程では、前記基材に含まれる前記白金族金属を塩水に溶解させることを特徴とする白金族金属の回収方法である。
【0013】
第8の発明は、
Ptを含む基材からPtを回収する方法であって、
前記基材上のPtを活性金属と反応させて合金化する工程と、
前記基材上のPt合金を、塩化処理および/または酸化処理することでPt塩化物を含む化合物を形成する工程と、
前記基材を塩水に浸漬または塩水中で攪拌する工程と、を有し、
前記塩水に浸漬または塩水中で攪拌する工程では、前記塩水を用いて前記基材に含まれるPtを溶解させることを特徴とする白金族金属の回収方法である。
【0014】
第9の発明は、
前記塩水が、塩化ナトリウム水溶液であることを特徴とする第1から第8の発明のいずれか1項に記載の白金族金属の回収方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、環境調和性に優れ、作業性の良い塩化ナトリウム水溶液等の塩水を用いて、スクラップ等から白金族金属を抽出することが出来た。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る塩化処理に用いる塩化剤のエリンガム図である。
【図2】PtClの電位−pClのグラフである。
【図3】RhClの電位−pClのグラフである。
【図4】RuClの電位−pClのグラフである。
【図5】IrClの電位−pClのグラフである。
【図6】Pt−HOの電位−pHのグラフである。
【図7】Rh−HOの電位−pHのグラフである。
【図8】Ru−HOの電位−pHのグラフである。
【図9】Ir−HOの電位−pHのグラフである。
【図10】Pt−HO−Clの電位−pHのグラフである。
【図11】Rh−HO−Clの電位−pHのグラフである。
【図12】Ru−HO−Clの電位−pHのグラフである。
【図13】Ir−HO−Clの電位−pHのグラフである。
【図14】本実施例おける操作フローである。
【図15】本実施例に係る合金化処理に用いた装置例である。
【図16】本実施例に係るCuClを用いた塩化処理の反応装置例である。
【図17】本発明に係る白金族金属および白金族金属塩化物の蒸気圧を示したグラフである。
【図18】Pt−Mg、Pt、PtO、PtO、Mg、MgOのXRDスペクトルである。
【図19】Rh−Mg、Rh、RhMg、Mg、MgOのXRDスペクトルである。
【図20】Ru−Mg、Ru、RuMg、RuO、Mg、MgOのXRDスペクトルである。
【図21】Ir−Mg、Ir、IrMg、IrMg、Mg、MgOのXRDスペクトルである。
【図22】合金化処理および塩化処理を施したM―Mg合金試料の塩酸およびNaCl水溶液への溶解試験結果である。
【図23】Pt−Mg、PtのXRDスペクトルである。
【図24】Rh−Mg、Rh、RhCl、パラフィルムのXRDスペクトルである。
【図25】Ru−Mg、Ru、RuCl、パラフィルムのXRDスペクトルである。
【図26】Ir−Mg、Ir、IrCl、パラフィルムのXRDスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、環境調和型の白金族金属リサイクルプロセスを提供するため、環境調和性に優れ廃液処理の容易な溶液へ白金族金属の溶解を可能にする、白金族金属の回収方法の提供を行うものである。具体的には、白金族金属を溶解させる前処理として、活性金属による合金化処理に続き塩化処理を施すことにより、塩化ナトリウム水溶液等の塩水溶液へ易溶な白金族金属の化合物を合成する手法を提供する。
【0018】
本発明者らは、白金に対し、マグネシウムなどの活性金属との合金化処理、および、塩化銅(II)(CuCl)による塩化処理を施すことで、塩水溶液への溶解性が飛躍的に向上することを知見した。次に、白金族金属の中でも特に酸への溶解性の低いロジウム(Rh)、ルテニウム(Ru)、イリジウム(Ir)に対しても、上述した合金化処理に続き、塩化処理および/または酸化処理を施すことによって、塩水溶液への効率的な溶解・抽出が出来ることを知見した。
以下、合金化処理、塩化処理温度、塩化処理剤、白金族金属塩化物の溶解挙動の検討、の順に説明する。
【0019】
(合金化処理)
白金族金属の合金化処理には、白金族金属を活性金属蒸気中に導入することで行う。ここで、活性金属の蒸気は、反応室内で金属蒸気源を高温に加熱して発生させることが出来る。金属蒸気源としては、Mg,Ca,Zn,Fe,Na,K,Pb,Li等の金属を用いることができる。あるいは、それらの酸化物、炭化物、さらにはこれらに必要に応じて炭素等を添加したものでもよい。例えば、金属蒸気源として、亜鉛酸化物(ZnO等)、鉄、ナトリウム酸化物(NaO)と、炭素との混合物を用いることができ、それぞれZn蒸気、Fe蒸気、Na蒸気を発生させる金属蒸気源として機能する。
【0020】
そして、上記の金属蒸気源を、被処理物である白金族金属とともに反応室内へ導入し、反応室内を500〜1600K程度とすることで、容易に活性金属蒸気の雰囲気に白金族金属を曝すことができる。この工程により、白金族金属は活性金属蒸気と反応して貴金属合金となる。
なお、当該合金化工程は、上述した気相反応を利用した合金化処理に限定されるものではなく、白金族金属の形態によっては、活性金属の固体や液体と貴金属粒子とを直接接触させ、両者を反応させることで、貴金属粒子を合金化してもよい。
【0021】
本発明に係る白金族金属の回収方法においては、合金化に用いられる金属として、上述した、貴金属との化学的親和性が高い活性金属を用いることが好ましいが、10−4atm以上の蒸気圧を有し、貴金属合金を形成しうる金属であれば適用可能である。尚、後述する実施例においては、白金族金属と反応しやすく、溶解性の高いマグネシウム(Mg)を選択した。
【0022】
(塩化処理温度)
PtおよびPt−Mg合金に対し、673K、773K、873Kの3水準の温度において、CuClを用いた、気相反応または混合反応による塩化処理を施した。すると、673Kおよび773Kで塩化処理を施した場合には、PtClが生成し、塩水への溶解率が向上することを確認した。
白金族金属の塩化物は、製法、特に塩化処理温度によって価数や結晶構造、溶解挙動等が異なる。例えば、Ruに関しては673K以下で塩化処理を施すことにより、可溶なβ−RuClが生成した。従って、573〜873Kで塩化処理を行うことが好ましい。
【0023】
(塩化処理剤)
本発明に係る塩化処理に用いる塩化剤を、熱力学的な観点から検討した。本発明で用いた塩化物のエリンガム図を図1に示す。図1は、縦軸に標準反応ギブズエネルギー、横軸に温度を採り、CuCl、CuCl、IrCl、RuCl、RhCl、PtCl、MgClについて、文献データが報告されている値は実線で示し、報告値の外挿により求めた値は図中に破線で表示したグラフである。
上述した573〜873Kの温度範囲では、式1に示す塩化銅(I)(CuCl)とCuClの標準反応ギブズエネルギーは、式2に示すPtCl、RhCl、RuCl、IrClの標準生成ギブズエネルギーよりも大きな値である。ゆえに、式1および式2に示す反応が存在するならば、平衡論的にCuClがPt、Rh、Ru、Irを塩化するための塩化剤として働くと考えられる。
2CuCl(s)→2CuCl(s,l)+Cl(g)・・・・(式1)
2/nM(s)+Cl(g)→2/nMCl(s) (M:Pt,Rh,Ru,Ir,n=2,3)・・・・(式2)
【0024】
また、CuClと白金族金属の固体粉末を混合して物理的に接触させて塩化処理を行う場合もある。この為、式1および式2に示すClガスによる塩化反応に加え、式3に示すCuClが直接白金族金属の塩化に作用する可能性もある。
2CuCl(s)+2/nM(s)→2CuCl(s,l)+2/nMCl(s)・・・・(式3)
573〜873Kにおける塩化処理の塩化剤として塩素(Cl)ガスでも良いが、取り扱いをより容易とする観点からはCuClが好ましい。
以上の塩化処理によって、白金族金属塩化物または白金族金属塩化物を含む化合物が得られる。
【0025】
(白金族金属塩化物の溶解挙動の検討)
酸化数の高い白金族金属イオンは、水溶液中で塩化物錯体となって安定に存在する為、当該白金族金属の塩化物を塩水(例えば、塩化ナトリウム水溶液等)のようなaCl-の高い水溶液に溶解させると、強力な酸化剤を用いなくとも、溶存化学種の錯イオンを容易に形成すると考えられる。
【0026】
ここで、図2〜5は、縦軸に電位、横軸にpClを採った、電位−pClのグラフである。但し、図2はPtCl、図3はRhCl、図4はRuCl、図5はIrClの電位-pClのグラフである。
ここで、pClを、水溶液中の塩化物イオンの活量(aCl-)より式4で定義した。
pCl=−log aCl- ・・・・(式4)
当該図中には、一例として6M塩酸のaCl-=15(pCl=−1.2)の線を記載した。白金族金属塩化物は、既に塩化(酸化)されているため、塩素の化学ポテンシャルが高い状態である。即ち、白金族金属を塩水に溶解させて回収出来る。
【0027】
上述した考察は、電位−pH図からも説明することができる。図6〜13は、縦軸に電位、横軸にpHを採った、電位−pHのグラフである。
但し、図6はPt−HO、図7はRh−HO、図8はRu−HO、図9はIr−HO、の電位-pHのグラフであり、図10はPt−HO−Cl、図11はRh−HO−Cl、図12はRu−HO−Cl、図13はIr−HO−Cl、の電位-pHのグラフ(aCl-=15(pCl=−1.2))である。
図6〜9に示す塩化物イオンを含まないM−HO系のE−pH図では、酸性側において白金族金属の溶存化学種の安定領域(灰色部分)が小さい(または存在しない)一方で、図10〜13に示す塩化物イオンの存在を考慮したM−HO−Cl系のE−pH図では、塩化物イオンの存在により錯イオンとしての安定領域(灰色部分)が拡大するため、白金族金属イオンは、塩化物錯イオンとして容易に溶解すると考えられる。また、aCl-が高い場合には塩化物錯イオンの安定領域がpH=7付近まで広がるため、中性の塩素系溶液中(例えば、NaCl水溶液)にも安定な塩化物錯イオンが生成することがわかる。
これより、前処理後の白金族金属の溶解には、塩化ナトリウム水溶液を用いることが出来る。
なお、抽出した白金族金属の合金を単離するには、既存の製錬方法を適用すればよい。
【実施例】
【0028】
以下、本発明について実施例を参照しながら具体的に説明する。
本実施例は、酸化剤を用いずに白金族金属を溶解する、環境調和性に優れたリサイクルプロセスの実施例である。そして本実施例は、上述した熱力学的な考察から、白金族金属に塩化処理を施すことで得られた白金族金属塩化物が、塩酸(HCl水溶液)や塩水(例えば、NaCl水溶液)等の、酸化剤を含まない溶液への溶解が可能であることにより、想到されたものである。
【0029】
具体的には、各白金族金属に対し、マグネシウムを用いた合金化処理、および、塩化銅(II)CuClを塩化剤として用いた塩化処理を行った。
当該塩化処理を、さらに具体的に説明すると、合金化処理により合成したM−Mg合金(但し、M:Pt,Rh,Ru,Ir)に対し、573K、673K、773K、873Kの4水準の一定温度で塩化処理を施して試料を得た。次に、当該塩化処理を施した試料の、塩素系水溶液への溶解性について検討したものである。
【0030】
本実施例おける操作フローを図14に示す。また、本実施例に用いた試薬の形態、純度を表1に示す。
本実施例ではまず、各白金族金属粉末とMg粉末とを直接接触させて白金族金属の合金化処理を行った。次に、合金化処理により合成したM−Mg合金とCuCl粉末を混合して573K、673K、773K、873Kの4水準の一定温度で塩化処理を施した。
当該塩化処理によって得られた試料を、室温において45mlの10M塩酸および50mlのNaCl(300g/l)水溶液へ6時間保持し、白金族金属の塩素系水溶液への溶解性を評価した。
【表1】

以下、具体的な操作と、得られた結果について説明する。
【0031】
(1.合金化処理操作)
4〜8gの各白金族金属(以下、本実施例において「M」と記載する場合がある。)粉末と1〜2gのMg粉末とを用いて合金化処理を行い、M−Mg合金を合成した。
本実施例に係る、合金化処理に用いた装置例を図15に示す。
まず、各々の白金族金属粉末と、Mg粉末とをタンタル(Ta)製坩堝に入れた。当該Ta製坩堝と伴に、容器内に残留する窒素(N)ならびに酸素(O)の捕捉剤となるスポンジチタン(Ti)を反応容器内に入れた後、容器をステンレス鋼製円板で蓋をしてTIG溶接により密閉した。尚、当該反応容器は、ステンレス鋼管(SUS316、肉厚3mm)とステンレス鋼製円板(SUS316、肉厚4mm)をタングステン電極不活性ガス(TIG)溶接で接合して作製したものである。
【0032】
当該反応容器を、1193Kに昇温した電気炉(EYELA社製、TMF−3200)に設置して12時間保持し、Ta製坩堝中の白金族金属とMgとを溶融・合金化した。
当該合金化処理後、反応容器ごと水中に浸漬して、これを急冷し、旋盤を用いて容器を開封して、反応容器中の合金試料を回収した。当該回収された合金試料を、めのう製乳鉢で粉砕した後、ふるいで粒度が600μm以下になるよう分級し、M−Mg合金の粉末試料を得た。
【0033】
得られたM−Mg合金の粉末試料に対して、粉末X線回折装置(XRD)による相の同定を行った。また、得られた試料の組成を、エネルギー分散型X線分光分析装置(EDS、日本電子データム社製、JED−2200)により測定した。しかし、EDSによる表面分析値は、真のバルク組成値に対する信頼性が劣る。そこで、当該測定後、誘導結合プラズマ原子発光分光法(ICP−AES)により、各試料のバルク体の組成分析を行った。ところが、Rh、Ru、Irは、王水などの酸で溶解することが困難であるため、M−Mg合金中の白金族金属の組成は、当該M−Mg合金中のMg量を当該ICP−AESにより定量することで決定した。つまり、M−Mg合金中のMg以外の金属系元素は、全て白金族金属と仮定して、各試料のバルク体の組成分析を行ったものである。
【0034】
(2.塩化処理操作)
CuClを用いて、各M−Mg合金試料の塩化処理を施すことにより、白金族金属の塩化物の合成を試みた。
塩化処理操作では、0.2gまたは0.4gの各M−Mg合金試料に対して、以下、式1〜式5に記載する反応に必要な当量の2倍の物質量にあたるCuClを用いた。CuClの計算にあたり、Pt−Mg合金試料の組成は、上述したICP−AESによって求めた値を用い、Rh−Mg合金、Ru−Mg合金、Ir−Mg合金の組成はEDSにより仮決定した値を用いた。
【0035】
2CuCl(s)+Pt(s)→2CuCl(s,l)+PtCl(s)・・・・(式5)
2CuCl(s)+2/3Rh(s)→2CuCl(s,l)+2/3RhCl(s)・・・・(式6)
2CuCl(s)+2/3Ru(s)→2CuCl(s,l)+2/3RuCl(s)・・・・(式7)
2CuCl(s)+2/3Ir(s)→2CuCl(s,l)+2/3IrRuCl(s)・・・・(式8)
2CuCl(s)+Mg(s)→2CuCl(s,l)+MgCl(s)・・・・(式9)
【0036】
本実施例に係る、CuClを用いた塩化処理の反応装置例を図16に示す。
各M―Mg合金試料をCuClと混合し、石英製坩堝(高さ26mm、内径26mm、外径30mm)に入れ、片端閉じの石英管(長さ450mm、内径42mm、外径46mm)内に石英製坩堝を設置し、粉末あるいは気化した試料の散逸を低減するためのガラスウール(東ソー社製、Fine−10)を装入した。その後、石英管内部を1×10−6atmの真空度に減圧し、横型電気炉(光洋サーモシステム社製、KTF−647)を用いて、それぞれ573K、673K、773K、873Kの4水準の一定温度条件で3時間保持し、M−Mg合金試料の塩化処理を行った。
【0037】
塩化処理後の各M−Mg合金試料の白金族金属組成(C“PGMs,chlo.)は試験前の試料の白金族金属重量と、試験後に得られた試料重量(wchlo.)の比から決定した。塩化処理後の試料の白金族金属組成に使用した式10を以下に示す。


mat:試験前のM−Mg合金重量(g)
C‘PGMs,alloy:試験前のM−Mg合金の白金族金属組成(mass%)
【0038】
式10において、試験前のM−Mg合金の白金族金属組成(CPGMs,alloy)には、上述したICP−AESによるMg定量によって決定した値を用いた。また、本計算は、白金族金属および白金族金属塩化物は揮発性が低いため(図17参照)、塩化試験前後において白金族金属重量は変化しない、という仮定を置いている。
但し、図17は、縦軸に蒸気圧、横軸に温度の逆数を採ったグラフで、本発明に係る白金族金属および白金族金属塩化物の値を示したものである。
尤も、塩化処理の条件によっては、酸化処理反応が起き、生成物が塩化物あるいは複合塩化物ではなく、酸化物と塩化物との複合化合物が生成する場合もある。
【0039】
(3.塩素系水溶液への溶解操作)
合金化試験で得られたM−Mg合金試料を王水へ溶解し、塩化試験で得られたM−Mg合金試料を10M塩酸、およびNaCl(300g/l)水溶液へ溶解し、得られた水溶液中の白金族金属濃度から、各白金族金属の溶解性を評価した。また、比較のため、純白金族金属粉末試料も同様の試験に用いた。
当該溶解性の評価試験は、室温において40mlの王水、45mlの10M塩酸、50mlのNaCl(300g/l)水溶液へ、各々0.1gのM−Mg合金試試料を投入して6時間保持することで行った。生成した未溶解の残渣は、ろ紙(ADVANTEC製、No.5C、直径55mm)を用いた自然ろ過法により、ろ液から分離した。
塩素系水溶液への溶解操作においては、攪拌および/または80℃程度の温度とすることにより、溶解速度および溶解率を上げることも可能である。
【0040】
得られたろ液へ、イオン交換水を加えて液量を100mlまたは200mlに調製した。溶解性の評価試験後のろ液における各元素の濃度の定量はICP−AESを用いて行い、溶解残渣における相の同定はXRDにより行った。
【0041】
(4.合金化処理の結果)
合金化処理における合成条件および結果を表2に示す。XRDを用いて、得られたM−Mg合金試料の化合物相の同定を試みたところ、図18〜21に示す回折パターンが得られた。
但し、図18〜21は、縦軸に強度、横軸に角度を採ったXRDスペクトルのグラフである。
Pt−Mg合金試料については、JCPDS(JointCommitteeforPowderDiffractionStandards)カードに登録されているレファレンスデータが少なく、得られた回折パターンから相の同定を行うことはできなかった。しかし、純Ptや純Mg、MgOの回折ピークと異なる位置に新たな回折ピークの出現が観察されたことから、合金化処理においてPtとMgとの金属間化合物が生成していることが示唆された。
【0042】
Rh、Ru、Irに対して合金化処理を施して得られた試料の回折パターンから、それぞれRhMg、RuMg1.5、IrMg44およびIrMgのピークが観察された。この結果、いずれの試料においても、白金族元素とMgとの金属間化合物相が生成したということが解った。しかし、PtとMgとの合金試料、および、RuとMgとの合金試料についてはそれぞれ、純Ptおよび純Ruの回折ピークも観察されたため、一部の金属が未反応のまま試料中に残ったことも解った。
【表2】

【0043】
(5.塩化処理の結果)
上述した塩化処理における塩化条件、および当該塩化処理の結果を表3に示す。
白金族金属は溶解性が低く、塩化処理を施したM−Mg合金試料であっても、全溶解することが困難であるため、ICP−AESによる組成分析を行うことができなかった。よって、塩化処理後の試料の白金族金属組成は、前述の式10に示す計算によって決定した。
【表3】

【0044】
(6.合金化処理および塩化処理を施した白金族金属の溶解性)
合金化処理を施したRuおよびIrについて、王水への溶解試験について条件と結果とを表4に示す。
純Ru(Ru−2)および純Ir(Ir−2)が王水に全く溶解しない条件下であっても、Ru−Mg合金(Ru−M1−1)およびIr−Mg合金(Ir−M1−1)では、Ruが5.4%、Irが2.8%溶解した。これは、Mgの選択的溶解によって、白金族金属の表面積が大幅に増大したため、酸に対する溶解速度が向上したことに起因するものと考えられる。
【0045】
合金化処理および塩化処理を施したM−Mg合金試料の、塩酸およびNaCl水溶液への溶解試験について、条件と結果とを表5〜8、および図22に示す。
但し、図22は、縦軸に溶解度、横軸に白金族金属、および、573〜873Kにて塩化処理を行ったM−Mg合金試料を採った棒グラフであり、黒色は10M塩酸への溶解率、灰色は30%NaCl水溶液への溶解率、↓は、不溶解を示す。
M−Mg合金試料へ、合金化処理および塩化処理を施したことで白金族金属の10M塩酸およびNaCl(300g/l)水溶液への溶解率は向上した。特に、Pt−Mg合金に対して673Kで塩化処理を施した試料では、Ptの10M塩酸への溶解率は56.4%、NaCl(300g/l)水溶液への溶解率は72.1%と飛躍的に向上した。Ptが乾式の前処理により塩水を用いるだけで、Ptの大半が水溶液中に溶解させることが出来ることを示したことは、本発明の重要な事例の1つである。
これは、M−Mg合金試料へ合金化処理および塩化処理を施したことにより、試料中のPGMsが塩化され酸化数の高い塩化物あるいは複合塩化物に変化し、塩素系水溶液中に塩化物錯体として溶解したと考えられる。
また、条件によっては、PGMsが、塩化物あるいは複合塩化物ではなく、酸化物と塩化物との複合化合物が生成したとも考えられる。
【0046】
Rh、Ru、Irに関しても、純金属が、10M塩酸およびNaCl(300g/l)水溶液に全く溶解しないのに対し、合金化処理、および、塩化処理および/または酸化処理を施した試料の溶解率は、高いもので10%〜30%程度に向上した。
通常の湿式法による回収では、王水や硝酸などの酸化剤を含む酸を用いて長時間の処理を施す必要のある白金族金属に対して、上述した処理を施すことで、塩酸、さらにはNaCl水溶液に溶解することが確認できたことは、特筆すべきことと言える。
【表4】

【表5】

【表6】

【表7】

【表8】

【0047】
(7.溶解残渣の分析)
上述したように、M−Mg合金試料へ合金化処理および塩化処理および/または酸化処理を施すことで、白金族金属の塩酸およびNaCl水溶液への溶解率は向上した。しかし、573Kで塩化処理した試料は、673K、773K、873Kで塩化処理した試料の場合に比べ、溶解率が低い傾向にあった。
当該塩化処理による生成物およびその溶解挙動について考察するために、塩化処理後のM−Mg合金試料の塩酸への溶解残渣に対してXRDによる分析を行った。当該XRD測定結果を図23〜26に示す。
但し、図23〜26は、縦軸に強度、横軸に角度を採ったXRDスペクトルのグラフである。
573Kでの塩化処理後のM−Mg合金の溶解残渣のXRD測定結果からは、純白金族金属のピークが観察された。さらに、Rh、Ru、Irに関しては、673K、773K、873Kで塩化処理を施した試料の溶解残渣には金属のピークは存在せず、それぞれ塩化ロジウム(III)(RhCl)、塩化ルテニウム(III)(RuCl)、塩化イリジウム(III)(IrCl)のピークが観察された。一方、Ptに関しては、673K、773K、873Kで塩化処理を施した試料の溶解率が高く、溶解残渣の量が少なかったため、XRD測定は行えなかった。
【0048】
また、塩化処理後のRh−Mg合金の溶解残渣は黒く、673K、773K、873Kで塩化処理を施した試料の溶解残渣は赤系統の色であることが解った。
溶解残渣の写真から得られる情報と、RhClは赤色またはレンガ赤色であることからも、673K、773K、873Kで塩化処理を施した試料の溶解残渣はRhClであることが解った。
【0049】
以上から、573Kでは白金族金属の塩化反応が十分に進行しなかった為、純白金族金属が溶解残渣として残り、673K、773K、873Kでは塩化反応が進行することで白金族金属の塩素系水溶液への溶解性は向上したものの、今度は、生成したRhCl、RuCl、IrClの溶解性が低く、溶解残渣として残ったことが分かった。従って、本試験における溶解性の向上は、RhCl、RuCl、IrCl以外の白金族金属塩化物や複合塩化物の生成に起因していると考えられる。
【0050】
以上、詳細に説明したように、白金族金属に対するマグネシウム(Mg)との合金化処理およびCuClを塩化剤として用いた塩化処理について検討を行った。
マグネシウムとの合金化処理および、CuClを用いた塩化処理により、Ptの10M塩酸への溶解率は56.4%に増大し、NaCl(300g/l)水溶液への溶解率は72.1%に増大した。一方、Rh、Ru、Irに関しても、これらの純金属が10M塩酸およびNaCl(300g/l)水溶液に全く溶解しないにも拘らず、合金化処理および塩化処理を施した試料の溶解率は10%〜30%程度に向上した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
白金族金属を含む基材から前記白金族金属を回収する方法であって、
前記白金族金属を活性金属と反応させて合金化する工程と、
前記合金化した白金族金属を、塩化処理および/または酸化処理することで白金族金属塩化物を形成する工程と、
前記基材から塩水を用いて、前記白金族金属塩化物を抽出する工程と、を有することを特徴とする白金族金属の回収方法。
【請求項2】
前記白金族金属を、塩化処理および/または酸化処理する工程が、前記白金族金属を含む前記基材と塩化剤との混合物を加熱する工程であることを特徴とする請求項1に記載の白金族金属の回収方法。
【請求項3】
前記塩化剤が、Cl、CuCl、FeCl、CuClおよび/またはFeClの低級塩化物、CuClおよび/またはFeClを含む複合塩化物、から選択される1種以上であることを特徴とする請求項2に記載の白金族金属の回収方法。
【請求項4】
前記活性金属が、Mg,Ca,Zn,Fe,Na,K,Pb,Liから選ばれる1種又は2種以上の金属であることを特徴とする請求項1に記載の白金族金属の回収方法。
【請求項5】
前記白金族金属を合金化する工程が、前記活性金属の気相雰囲気中で、前記基材上の白金族金属と前記活性金属とを反応させる気相反応工程であることを特徴とする請求項1に記載の白金族金属の回収方法。
【請求項6】
前記白金族金属が、Pt、Pd、Rh、Ru、Ir、Osのいずれか1種又は2種以上であることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の白金族金属の回収方法。
【請求項7】
白金族金属を含む基材から前記白金族金属を回収する方法であって、
前記基材上の白金族金属を活性金属と反応させて合金化する工程と、
前記基材上の前記合金化した白金族金属を、塩化処理および/または酸化処理することで白金族金属塩化物を含む化合物を形成する工程と、
前記基材を塩水に浸漬する工程と、を有し、
前記塩水に浸漬する工程では、前記基材に含まれる前記白金族金属を塩水に溶解させることを特徴とする白金族金属の回収方法。
【請求項8】
Ptを含む基材からPtを回収する方法であって、
前記基材上のPtを活性金属と反応させて合金化する工程と、
前記基材上のPt合金を、塩化処理および/または酸化処理することでPt塩化物を含む化合物を形成する工程と、
前記基材を塩水に浸漬する工程と、を有し、
前記塩水に浸漬する工程では、前記塩水を用いて前記基材に含まれるPtを溶解させることを特徴とする白金族金属の回収方法。
【請求項9】
前記塩水が、塩化ナトリウム水溶液であることを特徴とする請求項1から8のいずれか1項に記載の白金族金属の回収方法。

【図14】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【公開番号】特開2011−252217(P2011−252217A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−128010(P2010−128010)
【出願日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 東京大学大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻 岡部研究室 湯川 剛 修士論文 論文名:白金族金属の新しい分離・回収法 東京大学大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻 修士論文要旨集
【出願人】(801000049)財団法人生産技術研究奨励会 (72)
【出願人】(000224798)DOWAホールディングス株式会社 (550)
【Fターム(参考)】