説明

白金系熱電対

【課題】従来と同等の温度特性を有し、取り扱い時や使用時に素線の断線を起こすことのない、S熱電対(Pt対Pt―Rh10%合金)やR熱電対(Pt対Pt―Rh13%合金)などのPt対Pt−Rh系熱電対を提案する。
【解決手段】本発明は、Pt対Pt−Rh合金のPt−PtRh系熱電対において、Pt素線は、Pt純度5N以上であり、酸化物が分散されたことを特徴とする。この本発明に係る熱電対のPt素線は、Zr換算で0.02〜0.5質量%のZr酸化物が分散されていることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Pt対Pt−Rh合金からなるPt−PtRh系熱電対に関する。
【背景技術】
【0002】
産業界で最も多く使用されている温度センサとして熱電対がある。この温度センサとしての熱電対は、代表的なものとして、S熱電対(Pt対Pt―Rh10%合金)やR熱電対(Pt対Pt―Rh13%合金)などのようなPt−PtRh系熱電対が知られている。
【0003】
このPt−PtRh系熱電対では、通常、可能な限り不純物を取り除いた高純度の白金(5N以上)がPt素線として用いられる。一方、対となる正極(+)側ではPt−Rh合金が使用される。そのため、使用中や取り扱い時に、熱電対の断線が生じる場合、そのほとんどが強度的に弱いPt素線側で生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7−270251号公報
【特許文献2】特開平8−136357号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記のような事情のもとになされたもので、従来と同等の温度特性を有し、取り扱い時や使用時に素線の断線を起こすことのない、Pt−PtRh系熱電対を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、Pt−PtRh系熱電対について、その素線の強度を向上させる手法を鋭意研究したところ、予想に反して、Pt素線として、酸化物を微細分散させたPtを用いると、Ptの温度特性を維持したまま、Pt素線の強度を向上させることができることを見出し、本発明を想到するに至った。
【0007】
本発明は、Pt対Pt−Rh合金のPt−PtRh系熱電対において、Pt素線はPt純度5N以上であり、酸化物が分散されたことを特徴とする。
【0008】
一般的に高純度Ptの強度を増加させるため他の金属との合金とすることが行われるが、金属学的には、高純度のPtに他の金属元素が混入すると、熱起電力値を低下させることが知られている(非特許文献1参照)。その為熱電対素線の強化という観点から、他の金属を混入させることは全く省みられていなかった。ところが、本発明者等の研究によると、高純度のPtに金属をそのままの形でなく酸化物として他の金属を微細に分散させると、熱起電力値はほとんど低下することがないまま、強度のみが向上することが判明したのである。また、本発明のPt−PtRh系熱電対では、Pt素線側に酸化物が分散されているものの、正極(+)のPt−Rh合金素線については、そのRh濃度の調整は不要となる。そして、本発明のPt対Pt−Rh系熱電対は、熱起電力がクラス1(Class1)のレベルを実現できる。
【0009】
(非特許文献1)John Cochrane, "Relationship of chemical composition to the electrical properties of platinum" Temperature Its Measurement and Control in Science and Industry, Vol.4(1972)pp.1619−1632
【0010】
本発明に係るPt−PtRh系熱電対におけるPt素線は、温度係数(TCR)がPt単独の場合と同等レベルで、そのクリープ強度が高いため、Pt素線の断線を生じにくく、従来のPt−PtRh系熱電対と同等の温度特性が実現できる。
【0011】
本発明に係るPt−PtRh系熱電対は、Pt素線がZr換算で0.02〜0.5質量%のZr酸化物が分散されていることが好ましい。このようなPt素線であれば、0℃〜100℃における温度係数(TCR)が3919ppm/℃〜3925ppm/℃であり、クリープ強度が1400℃、10MPa〜20MPaの範囲内で、100時間以上の破断強度を有するものとなる。Zr酸化物は、Zr換算で0.02質量%未満であると、高温クリープ強度向上が不十分となり、0.5質量%を超えると、塑性加工性が低下し熱電対として使われる形状までの伸線加工が困難となる。
【0012】
本発明に係るPt−PtRh系熱電対におけるPt素線は、次のようにして実現することができる。出発原料として、純度5N以上のPtを準備し、微細分散させる酸化物以外の不純物の混入が生じないようにすることが重要となる、具体的には、5NのPt原料を高周波溶解し、鋳造後、鍛造並びに伸線して線状のPtとする。これを用いてフレームガン・アークガン等により、水中にアトマイズし、Pt粉を作製する。このPt粉末をジルコニア製ポットに投入し、メディアとしてのジルコニアボールと精製水も投入して、強化白金製アジテーターを有するアトライターにより、攪拌処理を行う。その後、Pt粉末とジルコニアボールを分離する。分離したPt粉を、不活性雰囲気中、高温焼結処理をした後、焼結体を熱間鍛造、伸線処理をして、所定形状のPt素線を製造することにより、本発明に係るPt−PtRh系熱電対のPt素線が実現できる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、従来と同等の温度特性を有し、取り扱い時や使用時にPt素線の断線を起こすことのない、Pt−PtRh系熱電対を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】クリープ試験結果を示すグラフ
【図2】熱起電力の測定結果を示すグラフ
【図3】熱電対の長時間安定性を測定した結果を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について説明する。この実施形態では、R熱電対(Pt対Pt―Rh13%合金)を作製した場合を解説する。
【0016】
この実施形態における熱電対のPt素線は次のようにして製造した。まず、スポンジ状の高純度Pt(純度5N:99.999%Pt)原料を、アルミナルツボに投入し、大気雰囲気中、高周波溶解を行った。そして、水冷銅鋳型により鋳造して、鋳塊を熱間鍛造することにより棒状に成形した。この棒状に成形した鍛造物を、溝ロールにより伸線加工して、φ1.37mmのPt線を作製した。なお、一部はφ0.5mmまで伸線し、比較対照の材料として用いた。このPt線の特性については、後述する図2中のOriginal Pure Pt並びに表1及び図3中のPure Ptとして示している。+側のPt−Rh13%については、通常の商用(JIS C 1602-1995の仕様を満たす素線)に作製されたもので、今回示す起電力測定例については、全て同じ物を測定の対脚に用いている。
【0017】
次に、φ1.37mmのPt線とフレームガンとを用いて、水中にアトマイズして、Pt粉末を作製した。そして、このPt粉末4000gを、容量5Lのジルコニア製ポットに投入し、さらに、φ5mmのジルコニアボール7kgと精製水1.2Lもジルコニア製ポットに投入して、強化白金製のアジテーター(攪拌棒は軸、羽ともに強化白金製)により、回転数200rpmで、8時間の攪拌処理を行った。その後、Pt粉末とジルコニアボールとを分離して乾燥した。この攪拌処理後のPt粉末を秤量したところ、4004gとなっていた。
【0018】
続いて、この4004gのPt粉末を、四角柱型のカーボンボックス容器(容積40mm×40mm×140mm)に投入し、高温真空炉により、Ar雰囲気中、1300℃、3時間の焼結処理を行った。得られた焼結体を棒状に熱間鍛造して、この棒状鍛造物を溝ロールにより伸線加工して、φ0.5mmのPt線を作製した。その後、このφ0.5mmのPt線を、14A、3時間の通電アニール(温度では1700℃以上のアニールに相当)を行って、熱電対のPt素線(ジルコニウム酸化物が分散されているもの)を作製した。
【0019】
作製したジルコニウム酸化物が分散されているPt素線(以下ODS材という)について、その純度の指標となる抵抗温度係数を測定したところ、攪拌処理前のスポンジ状の高純度Pt原料の場合3922ppm/℃であったが、作製したODS材では、0〜100℃の温度範囲で、3919ppm/℃〜3925ppm/℃であり、ほぼ同等の温度特性であることが判明した。
【0020】
また1990年国際温度目盛の標準用白金抵抗温度計としての条件の可否を判断するW(Ga)の値は、元の高純度Pt線が1.11800〜1.11809であったのに対して、本ODS材は1.11780〜1.11802と、若干の低下はみられるものの、電気的にも十分な純度であることが確認された。
【0021】
作製したODS材のクリープ試験結果を図1に示す。今回のODS材の1400℃における初期応力と破断時間の関係を示したものである。直線は比較対照として従来の酸化物分散強化Pt(商品名GTH:田中貴金属工業株式会社製)を測定したもので(K.Maruyama, H. Yamasaki, T. Hamada, Materials Science and Engineering A 510-511(2009) p.p.312−316, High−temperature creep of GTHより)、今回の測定結果は○で示す。作製したODS材は従来の酸化物分散強化Pt(GTH)と同等以上の強度を有していることが確認できた。
【0022】
作製したODS材と、通常標準で使用しているPt−Rh13%合金素線(正極(+))とを、絶縁管に入れ接合することによりR熱電対を作製した。
【0023】
表1には、作製したODS材の熱起電力を測定した結果を示す。この熱起電力の測定は、ODS材(φ0.5mm×3m)を14A(132V)の電流(約1710℃の温度に相当する)で3時間通電加熱焼鈍した後に、Pt−Rh13%と組み合わせて熱電対を作成し、Sn、Zn、Al、Ag、Au、Pdの各温度定点で熱起電力を測定した。図2には、表1の結果をグラフに現したもので、横軸が測定温度、縦軸がJIS(IEC)規格からの偏差をプロットしている。図2中のOriginal Pure Ptは、本ODS材の作製工程の途中から採取した比較対照材で、通常の商用熱電対に用いられるものと同じ工程で作製されたものである。また対脚のPt−Rh13%は同じ素線を用いて測定している。
【0024】
図2を見ると分かるように、本ODS材は、本来の高純度Ptに比べれば若干熱起電力は低下しているが、全てがJIS(IEC)規格でのClass1の規格内の値であり、実用的には全く問題無い結果である。
【0025】
【表1】

【0026】
図3には、Pt対Pt−Rh合金熱電対のPt素線として、本ODS材を用いた熱電対の長時間の安定性を測定した結果を示す。1400℃の温度に曝し、定期的にAu定点の値を測定した。横軸は暴露時間で、縦軸はAu定点のJIS(IEC)規準値からの偏差である。測定条件は、通電電流を14A(約1710℃相当)、13A(約1560℃相当)、12A(1420℃相当)と変更して測定した。また、比較対照として高純度Ptを用いた通常の熱電対の結果も図3に示している。
【0027】
図3を見ると分かるように、焼鈍温度が低い場合には、初期に若干の上昇が見られるが、その後は安定しており、実用的に問題となるようなドリフトは認められず、全ての測定値は工業用として要求されるClass2の範囲には全て入っており、十分安定した状態で使用できることが確認された。なお、図3中のPure Ptは、先に記載した通り本ODS材を作製する元の高純度Ptの作製途中から採取したもので、Original Rは商用に作製された通常のR熱電対の結果であり、+脚であるPt−Rh13%側は全てこの同じ素線を用いて測定した結果である。
【0028】
続いて、本発明における熱電対と、従来品の熱電対とを高温での温度測定に使用したときの耐久性の違いを比較した結果について説明する。
【0029】
本発明の熱電対としては、ODS材(φ0.5mm×3m)を14A(132V)の電流(約1710℃の温度に相当する)で3時間通電加熱焼鈍した後に、Pt−Rh13%と組み合わせて作製した熱電対を使用し、従来品としてはPt素線として酸化物を含まないPt線を用いた。Pt−Rh13%は、両方の熱電対に同一ロットの通常品を用いた。
【0030】
耐久性の測定は、本発明の熱電対と従来の熱電対とを、ガラス製造ラインの清澄槽にそれぞれ13対づつ設置して行った。1550℃で測定を行った結果、3ヶ月間使用した時点で従来品の熱電対はPt素線が13対中3対が断線し使用できなくなった。これに対して、本発明の熱電対に断線は発生せず、問題なく使用を継続できることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は、純Ptを−脚とするR熱電対並びにS熱電対のPt素線として酸化物が分散されたPtを用いることにより、高温使用中に非常に切れにくい、実質的にほとんど切れることのないレベルの熱電対を実現できるので、長時間の高温測定を安定して行える。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Pt対Pt−Rh合金のPt−PtRh系熱電対において、
Pt素線は、Pt純度5N以上であり、酸化物が分散されたことを特徴とするPt−PtRh系熱電対。
【請求項2】
Pt素線は、Zr換算で0.02〜0.5質量%のZr酸化物が分散されている請求項1にPt−PtRh系熱電対。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2013−104705(P2013−104705A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−247104(P2011−247104)
【出願日】平成23年11月11日(2011.11.11)
【出願人】(509352945)田中貴金属工業株式会社 (99)
【Fターム(参考)】