説明

白金触媒組成物及びその製造方法

【発明の詳細な説明】
(産業上の利用分野)
本発明は、所謂ヒドロシリル化反応に有用な新規白金触媒組成物に関する。
(従来技術)
不飽和二重結合を有する有機化合物に、≡SiH基を分子中に有する有機ケイ素化合物を付加させる反応は、所謂ヒドロシリル化反応として知られており、新たな有機ケイ素化合物の合成に利用されている。
このような有機ケイ素化合物の合成に利用されるヒドロシリル化反応においては、一般に種々の白金系触媒が使用されており、例えば活性炭に白金を担持させてなるもの(米国特許第2,970,150号明細書)、塩化白金酸(同第2,823,218号明細書)、白金−有機化合物錯体(同第3,159,601号明細書)、白金一有機官能性シロキチン錯体(特公昭63−19218号公報)等の白金系触媒が知られている。
(解決すべき問題点)
しかしながら、従来公知の上記白金系触媒は、付加反応活性が高く、反応性に富んでいるという利点を有するものの、活性が高いために、ヒドロシリル化反応を行うに際して反応種である有機化合物中の未端不飽和二重結合が内部転位し、この結果として、反応しにくい異性体原料が未反応物として反応系中に残存したり、あるいは目的とする有機ケイ素化合物の異性体が多量に副生し、収率が低下するという不都合を生じる。しかも、上記の異性体原料は、これを回収しても再使用困難であり、また副生した目的とする有機ケイ素化合物の異性体は、その化学構造の類似性からいって分離精製することが極めて困難である。
従って本発明は、ヒドロシリル化反応を行うに際して生じる上記のような不都合を回避することが可能な白金触媒組成物及びその製造方法を提供することを目的とする。
(問題点を解決するための手段)
本発明の白金触媒組成物は、下記一般式(I)、CH2=CH−R−CH=CH2 (I)
式中、Rは炭素数2〜10の二価飽和炭化水素基を示す、で表されるジオレフィン成分と0価、2価或いは4価の何れかの白金化合物成分とから成る。
この白金触媒組成物は、前記一般式(I)で表されるジオレフィンと、0価、2価或いは4価の何れかの白金化合物とを反応させることによって製造される。
ジオレフィン 本発明において使用するジオレフィンは、前記一般式(I)、即ち、CH2=CH−R−CH=CH2 (I)
で表される通り、分子鎖両端に2重結合を有するものである。
かかる一般式(I)において、基Rは、炭素数2〜10の二価飽和炭化水素基、例えばエチレン、プロピレン、ブチレン、ヘキシレン、オクチレン、デシレン、シクロヘキシレン等であるが、これらは部分的に分岐していてもよい。
本発明においては、白金への配位性及び異性化抑止効果の点から、特に1,5−ヘキサジエン、1,7−オクタジエン、1,9−デカジエン、1,11−ドデカジエンなどの前記R基が直鎖状となっているジオレフィンが好適に用いられる。
この場合、ブタジエンやペンタジエンのように鎖長が短いジオレフィンを用いたときには、異性化抑止効果が乏しくなり、また1,14−パンタデカジエンのように鎖長の長いジオレフィンは固化し易く、取扱が困難であり適さない。更に、シクロオクタジエンのように環状のジオレフィンも異性化抑止効果が乏しく、本発明の目的を達することができない。何れにしろ、前記一般式(I)で表されるジオレフィンを使用することによってのみ、ヒドロシリル化反応に際しての異性化を有効に抑制し得る白金触媒組成物を得ることが可能となる。
白金化合物 本発明において、上記のジオレフィンと組合せて使用する白金化合物としては、0価、2価或いは4価の何れかの白金化合物が使用される。
かかる白金化合物としては、これに限定されるものではないが、例えば代表的なものとして次のものを例示することができる。
2価の白金化合物として、PtX2(Xはハロゲン原子を示す、以下同じ)で表される塩化白金(II)等のハロゲン化白金、テトラクロロ白金(II)酸等の白金酸、及びテトラクロロ白金(II)酸カリウム等の白金(II)酸のアルカリ塩。
4価の白金化合物として、PtX4で表される塩化白金(IV)等のハロゲン化白金、ヘキサクロロ白金(IV)酸等の白金酸、及びヘキサクロロ白金(IV)酸カリウム、ヘキサクロロ白金(IV)酸ナトリウム等の白金(IV)酸のアルカリ塩。
0価の白金化合物として、上記の2価乃至4価の白金化合物を、NaHCO3等のアルカリ性物質により中和したもの。
上記の白金化合物は、必要により、アルコール等の溶媒に溶解させて使用に供される。
白金触媒組成物の製造 本発明の白金触媒組成物は、上述した特定のジオレフィンと白金化合物とを反応させることによって製造される。
両成分の反応は、Zeise塩を調製する方法(新実験化学講座vol.12,255,1976,丸善参照)と同様に、溶剤系で両者を室温乃至加熱下で混合すればよい。
反応温度は、用いるジオレフィン及び白金化合物の種類によっても相違するが、一般には10〜100℃、好ましくは20〜80℃、更に好ましくは40〜80℃の範囲とするのが好適であり、反応時間は1〜24時間程度で十分である。
ジオレフィンと白金化合物との使用割合は、通常、白金化合物1モル当り(白金換算)、ジオレフィンを0.5〜8モル、好ましくは2〜6モルとするのがよい。
また白金自体が高価なものであるため、反応生成物を触媒として添加するときの誤差を少なくするために、反応に際して、アルコール類、各種炭化水素系溶剤を用いて、有効白金成分が数%程度になるように希釈して白金化合物を使用することも可能である。
更に白金化合物として、塩化白金酸などの塩素含有白金化合物を使用する場合には、遊離塩素イオンにより副反応が生じる場合があるので、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、ヒドラジン等の塩基を用いて、予め該塩素含有白金化合物を中和したのちにジオレフィンを反応させるか、あるいは該塩素含有白金化合物とジオレフィンとを反応させ、次いで前記塩基を添加して中和処理を行なうことが望ましい。一般的には、塩素含有白金化合物を予め中和処理に付した後に反応を行うことが好適である。
得られた反応生成物は、濾過、抽出等の常法の精製処理によって、副生する塩化ナトリウム等の塩、余剰の中和剤等が除去されて、白金触媒組成物として使用に供される。
白金触媒組成物 上記方法によって得られた白金触媒組成物においては、少なくとも一部に前述したジオレフィンと白金化合物との反応生成物が形成されており、かかる反応生成物の存在により、ヒドロシリル化反応に対して有効な触媒作用を示すものと考えられる。この反応生成物は、白金原子を中心原子とし、ジオレフィンの2重結合が配位したオレフィン白金錯塩からなるものと推定され、このオレフィン白金錯塩は、前記ジオレフィンをZとすると、例えば、[PtZ2],[X4PtZ2],[X2PtZ2PtX2
[X4PtZ],[X2PtZ],等の化学構造を有しているものと考えられる。
このようなジオレフィン成分及び白金化合物成分を含有して成る本発明の白金触媒組成物は、必要により、白金濃度が、0.1〜5重量%となるように有機溶媒で希釈されて使用される。
ヒドロシリル化反応 本発明の白金触媒組成物は、分子中に≡SiH基を有する有機ケイ素化合物と、下記一般式、CH2=CH−CH2−R1 (II)
あるいは、CH2=CH−CH2−R2−CH2−CH=CH2 (III)
式中、R1は1価の有機基を示し、R2は炭素数が8以下の2価の飽和炭化水素基または直接結合を示す、で表される分子鎖末端に不飽和結合を有する有機化合物とのヒドロシリル化反応を有効に促進させるための触媒として有利に使用される。
即ち、このヒドロシリル化反応は、前記≡SiH基のオレフィン結合に対する付加反応であり、この反応により、下記式≡Si−CH2CH2CH2−R1 (IV)
≡Si−CH2CH2CH2−R2−CH2−CH=CH2 (V)
あるいは、≡Si−CH2CH2CH2−R2−CH2CH2CH2−Si≡ (VI)
で表されるシリル基を有する有機ケイ素化合物が合成される。
従来公知の白金系触媒を用いて上記の反応を行なうと、原料であるオレフィン乃至ジオレフィンの一部について、その端末2重結合が内部転位して反応困難な異性体を生じることとなるのである。
例えば式(II)のモノオレフィンを用いた時には、下記反応式、X3Si−H+CH2=CH−CH2−R1⇒X3Si−CH2CH2CH2−R1+CH3−CH=CH−R1で表される通り、原料オレフィンの一部が異性体として未反応のまま残存してしまうため、その収率は極めて低い。しかも、残存した原料オレフィンの異性体は、反応性が著しく乏しいために、回収しての再使用も困難となっている。
更に、式(III)のジオレフィンを用いた時には、ジオレフィン過剰の場合に、下記反応式、

で表され、また有機ケイ素化合物が過剰の場合において、下記反応式、

で表される通り、原料ジオレフィンの一部が内部転位により異性体化する結果として、目的とする化合物以外に多量の副生成物が生じ、収率の著しい低下を招く。しかもジオレフィン過剰の場合の主生成物と副生成物とは異性体同士であり、両者を分離精製することは困難である。またこれらの場合にも、原料ジオレフィンの一部は、反応困難な異性体となって、未反応物として残存する。
かように、従来から知られている白金触媒を用いて上記のヒドロシリル反応を行う場合には、原料オレフィン化合物の異性体化の結果として、上述した不都合を回避し得なかったのである。
しかして前述した本発明の白金触媒を上記のヒドロシリル反応に適用する場合には、原料オレフィン化合物の異性体化が有効に抑制されるため、収率の低下等の種々の不都合が有効に回避されるのである。
本発明の白金触媒が適用されるとヒドロシリル反応において、用いる有機ケイ素化合物としては、≡SiH基を少なくとも1個分子中に有していれば特に制限はなく、Si原子を1個のみ有するモノマーから多数のSi原子を有するオルガノポリシロキサンまで、如何なる構造の有機ケイ素化合物を使用することができる。
また分子鎖末端に不飽和結合を有する有機化合物としては、これに限定されるものではないが、1−ブテン、1−ヘキセン、1−オクテン、1−デセン、1−オクタデセン等のモノオレフィン類、アリルグリシジルエーテル等のエポキシオレフィン類、アリルメタクリレート、アリルアクリレート等のアクリルオレフィン類、アリルクロリド、ビニルベンジルクロリド等のハロオレフィン類、1,5−ヘキサジエン、1,7−オクタジエン、1,9−デカジエン、1,11−ドデカジエン、1,13−テトラデカジエン等のジエン類、ステレン、α−メチルスチレン等のスチレン類などが例示されるが、特に分子鎖両末端に不飽和2重結合を有するジオレフィン類が好適に使用される。
反応は、一般に有機溶媒中で、室温〜200℃、好ましくは30〜150℃の範囲で行なわれる。この際、本発明の白金触媒組成物は、反応種である有機ケイ素化合物あたり1×10-5〜1×10-1モル%(白金換算)の割合で使用される。
(実施例)
実施例1 冷却管、温度計、攪拌装置、窒素ガス導入口を備えたフラスコに、塩化第二白金酸六水和物(H2PtCl6・H2O) 5.2g(10mmol)
を仕込み、更に、1,5−ヘキサジエン 4.9g(60mmol)
エタノール(溶媒) 26 g を加えて溶解させ、これに炭酸水素ナトリウム(NaHCO3) 6.7g(80mmol)
を徐々に添加したところ、激しく発泡した。
しばらく攪拌を続けて発泡がおさまってから、反応系内を窒素気流下に保ちながら50〜65℃で2時間反応させたところ、最初黄橙色であった反応混合物は暗赤色に変色した。
反応終了後、これを冷却し、ろ過することによって、副生した塩化ナトリウムと過剰の炭酸水素ナトリウムを除去した後、ろ液を減圧下(100torr以下)40〜50℃で濃縮して溶媒を除き、残った液体をトルエンで希釈して総重量が100gとなるようにし、再度ろ過を行って残る塩化ナトリウムと炭酸水素ナトリウムを除去した。
ここに得られた白金−ジオレフィン錯体を分析したところ、白金濃度は1.43%であった。
この溶液を、更にトルエンで希釈して、白金濃度が0.2%の溶液とした。この溶液を触媒E1とした。
実施例2 実施例1と同様の方法で、塩化第二白金酸六水和物 5.2g(10mmol)
及び、1,9−デカジエン 8.3g(60mmol)
を反応させたところ、最初黄橙色であった反応混合物は暗赤色に変色した。
反応終了後、実施例1と同様の方法で、白金−ジオレフィン錯体のトルエン溶液を得た。
これを分析したところ、白金濃度は0.78%であった。
この錯体を、更にトルエンで希釈して、白金濃度が0.2%の溶液とした。この溶液を触媒E2とした。
実施例3 実施例1と同様の装置を用いて、塩化白金酸六水和物 5.2g(10mmol)
1,5−ヘキサジエン 4.9g(60mmol)
エタノール(溶媒) 26 g を、窒素気流下、50〜65℃で2時間反応を行い、次いでこれを冷却した後、総重量が100gとなるようにエタノールで希釈した。
ここに得られた白金−ジオレフィン錯体を分析したところ、白金濃度は2.11%であった。
この溶液を、更にトルエンで希釈して、白金濃度が0.2%の溶液とした。この溶液を触媒E3とした。
実施例4 実施例1と同様の装置を用いて、塩化第一白金カリウム(K2PtCl4) 4.2g(10mmol)
及び、1,5−ヘキサジエン 4.9g(60mmol)
エタノール(溶媒) 26 g を、実施例3と同様の方法で白金−ジオレフィン錯体のエタノール溶液を得た。
これを分析したところ、白金濃度は2.25%であった。
この溶液を、更にトルエンで希釈して、白金濃度が0.2%の溶液とした。この溶液を触媒E4とした。
比較例1 比較例1と同様の方法で、塩化第二白金酸六水和物 5.2g(10mmol)
及び、下記式、

で表される1,3−ジビニル1,1,3,3−テトラメチルジシロキサン 11.2g(60mmol)
を反応させたところ、最初黄橙色であった反応混合物は暗赤色に変色した。
反応終了後、実施例1と同様の方法で、白金−シロキサン錯体のトルエン溶液を得た。
これを分析したところ、白金濃度は0.63%であった。
この錯体を、更にトルエンで希釈して、白金濃度が0.2%の溶液とした。この溶液を触媒C1とした。
比較例2 比較例1において、1,3−ジビニル1,1,3,3−テトラメチルジシロキサンの代わりに、1,5−シクロオクタジエン 6.5g(60mmol)
を用いた以外は、同様にして白金−ジオレフィン錯体のトルエン溶液を得た。
これを分析したところ、白金濃度は0.75%であった。
この錯体を、更にトルエンで希釈して、白金濃度が0.2%の溶液とした。この溶液を触媒C2とした。
比較例3 塩化第二白金酸六水和物を、n−ブチルアルコール、sec−ブチルアルコール、t−ブチルアルコール、2−エチルヘキサノールの各アルコールで溶解し、それぞれ白金濃度が2%となるように調製したものを、更にトルエンで希釈して白金濃度0.2%の溶液とした。
この溶液を、それぞれ触媒C3,C4,C5,C6とした。
応用例 冷却管、滴下コート、温度計、攬拌装置を備えたフラスコに、1,9−デカジエン 277g(2mol)
トルエン(溶媒) 250g を仕込み、窒素気流下で約60℃に昇温させた。
この系に、上記の各実施例及び比較例で得られた触媒E1〜E4、C1〜C6を、それぞれ白金換算で50umol加え、10種類の反応系を準備した。
ついでこれらの反応系の各々に、滴下ロートをもちいて、トリクロロシラン(HSiCl3) 136g(1mmol)
を滴下したところ、発熱が認められた。
滴下終了後、60〜65℃で1時間反応させ、各々の反応系についての反応生成物を、ガスクロマトグラフィーにより分析し、下記式より異性化率を求めた。またSiH基のアルカリ加水分解によるH2ガス定量から下記式より付加反応率を求めた。それぞれの測定結果を第1表に示す。


上記式中、異性化率Aは付加反応生成物の異性化率であり、異性化率Bはデカジエン異性化率である。
尚、上記応用例の反応は、次式で表される。






【特許請求の範囲】
【請求項1】下記一般式、CH2=CH−R−CH=CH2式中、Rは炭素数2〜10の二価飽和炭化水素基を示す、で表されるジオレフィン成分と、0価、2価或いは4価の何れかの白金化合物成分とを含有していることを特徴とする白金触媒組成物。
【請求項2】下記一般式、CH2=CH−R−CH=CH2式中、Rは炭素数2〜10の二価飽和炭化水素基を示す、で表されるジオレフィンと、0価、2価或いは4価の何れかの白金化合物とを反応させることを特徴とする白金触媒組成物の製造方法。

【公告番号】特公平8−9006
【公告日】平成8年(1996)1月31日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平1−296995
【出願日】平成1年(1989)11月15日
【公開番号】特開平3−157138
【公開日】平成3年(1991)7月5日
【出願人】(999999999)信越化学工業株式会社