説明

相同組換え頻度が上昇した形質転換菌

【課題】有性世代を有さない生物の遺伝子ターゲッティングによる遺伝子破壊あるいは遺伝子置換に必要な相同組換え効率の良い菌株を提供すること。
【解決手段】アスペルギルス・ソーヤ及びアスペルギルス・オリゼ等の麹菌に代表されるトリコモナス科糸状菌に属し有性世代を持たない菌を用いて、Ku遺伝子破壊株及びアンチセンスRNA法等によるKu遺伝子を抑制することによって相同組換え(ターゲッティング)頻度が上昇した変異株、及び、該変異株を使用する遺伝子ターゲッティング法により、遺伝子破壊株、遺伝子欠失株、遺伝子置換株、遺伝子挿入株、又は染色体改変株を作成する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)及びアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryze)等の麹菌に代表される、トリコモナス科糸状菌に属し有性世代を持たない菌であって、相同組み換え頻度が有意に上昇した形質転換菌(変異株)、及び、該形質転換菌を宿主として使用する遺伝子ターゲッティング法等の遺伝子操作法等に関する。
【背景技術】
【0002】
外来DNAの染色体への組込みは染色体DNAの2本鎖切断時の修復機構を介して行われることが知られており、このDNA修復機構には相同組換えと非相同組換え(非相同末端結合)の2種類の機構が存在する。相同組換えの場合には外来DNAと相同性のある領域を介して組込みが起こるが、非相同組換えの場合には外来DNAの配列には関係なく染色体上のランダムな位置への組込みが起こり、これら2つの組換え機構は平衡して作用していると考えられている(Ristic et al. Nucl. Acids Res. (2003) 31: 5229-5237)。
【0003】
相同組換え機構の中心をなす遺伝子はrad52グループと呼ばれる一連の遺伝子でその中にrad50、51、52、54、Mre11、XRS2等が含まれる(Kooistra et al. 2004)。相同組換え機構はバクテリアから真核生物まで多くの生物種で存在が確認され、Aspergillus属の実験室株であり単核分生子を持つAspergillus nidulansにおいてもuvsC遺伝子がクローニングされ研究が進められており(van Heemst et al. Mol. Gen. Genet. (1997)254: 654-64)、発現頻度を一定レベル上昇させることで相同組換頻度が向上することが報告されている(Natsume et al. Biosci. Biotechnol. Biochem. (2004) 68: 1649-1656)。
【0004】
一方で非相同組換え機構は相同組換えとは全く異なる非相同末端結合(Non-Homologous End Joining)によることがに明らかとなっており、この機構の中心になる遺伝子としてはKu70、Ku80、Xrcc4、LIG4、DNAPKcsなどが知られている。Ku70およびKu80はヘテロダイマーとして機能し、ヌクレオチドキナーゼ(XRCC4)およびDNA LigaseVIとともに複合体を形成して、DNA二重鎖切断(DSB)時にその修復のためにDNA末端に結合してNon-Homologous End Joiningを促進することが知られている。(Walker et al. Nature (2001) 412: 607-614)。このKuを介した非相同組換え機構に関しては真核生物でのみ存在が確認されている。
【0005】
Ku遺伝子の変異(破壊)による表現形の変化については酵母、動物細胞、植物等で報告がある。Ku遺伝子の破壊によって、酵母Saccharomyces cerevisiaeでは温度感受性(Silmon et al.1996:非特許文献1)、マウスでは生育遅延及び小型化(Nussenzweig et al 1996:非特許文献2)、又、ヒトではtelomere末端へも結合してその安定性保持に関与することも報告されている(Hsu et al. 2000:非特許文献3)。更に、植物ArabidopsisではTelomere長が増大し、MMSに対する感受性が増大することが知られ(Bundock et al. 2002:非特許文献4)、又、Ku遺伝子はT-DNAによる非相同組込みには影響を及ぼさない(Gallego et al. 2003:非特許文献5)ことが知られている。これらの文献に見られるように、非相同組換えに関与するKu遺伝子を破壊した場合には、様々な表現形の変化が生じる可能性があり、その結果を予想することは事実上不可能である。
【0006】
尚、最近になりKu遺伝子変異におけるターゲッティング(Targeting)頻度が上昇することが酵母Kluyveromayces lactis (Kooistra et al. 2004:非特許文献6)およびアカパンカビNeurospora crassa (Ninomiya et al. 2004:非特許文献7)で相次いで報告された。しかしながら、非特許文献6における酵母では相同領域が600pb程度あれば遺伝子ターゲッティング頻度が元々88%と非常に高く、頻度もせいぜい十数%上昇した程度である。又、非特許文献7におけるアカパンカビでも相同領域が1kb程度あれば遺伝子ターゲッティング頻度も元々約20%と比較的高く、頻度も約5倍上昇した程度である。尚、アカパンカビは多核細胞で有性世代を持つ菌である。
【0007】
又、特表2003−526376号公報(特許文献1)には、相同組み換えを改善する方法として、例えば、Ku抗体又はKuアンチセンスRNA等の非相同端連結阻害剤、又はRad52タンパク質等の相同組み換え促進剤を使用する方法が開示されている。しかしながら、この特許文献には、具体的な実施例は記載されてなく、特に、アスペルギルス属等の糸状菌を用いた例については一切の開示及び示唆する記載も含まれていない。
【0008】
それに対して麹菌では遺伝子座によって違うものの、相同領域を2kbほど取った場合にも遺伝子targeting頻度が1〜3%と低い。従って、表現形によるスクリーングが不可能な場合には目的の遺伝子破壊株の取得に多大な労力が必要となることが判っている(Takahashi et al. 2004:非特許文献8)。

【特許文献1】特表2003−526376号公報
【非特許文献1】Silmon et al. Nucl. Acids Res. (1996) 24: 4639-4684
【非特許文献2】Nussenzweig et al. Nature (1996) 382: 551-555
【非特許文献3】Hsu et al. Genes&Development (2000) 14: 2807-2812
【非特許文献4】Bundock et al. Nucl. Acids Res. (2002) 30:3395-3400
【非特許文献5】Gallego et al. Plant J (2003) 35:557-565
【非特許文献6】Kooistra et al. Yeast (2004) 21:781-792
【非特許文献7】Ninomiya et al. PNAS (2004) 101: 12248-12252
【非特許文献8】Takahashi et al. Mol. Gen. Genet. (2004) 272: 344-52
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)及びアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryze)等の麹菌は醤油、酒、味噌などの醸造食品の製造に工業的に用いられている。更に、近年、他の生物種同様アスペルギルス・オリゼのゲノム配列が明らかとなり、遺伝子の機能的解析の重要性がますます高まってきている。
【0010】
しかしながら、Aspergillus nidulans, niger, fumigatus, awamoriなどのアスペルギルス属菌が単核の世代を持つのに対し、アスペルギルス・ソーヤ及びアスペルギルス・オリゼ等の麹菌は分生子の状態も含めてその生活環において常に多核の状態を保ち、これまでのところ有性世代が確認されておらず、親細胞から娘細胞への核の分配機構についても解明されていない。そのために、菌株間の交配やRIP(repeat induced mutation)等の手段によって新たな変異株を作成することが出来ず、遺伝学的研究が困難であり、上記のように産業的に極めて有用な菌であるにもかかわらず、遺伝的解析は遅れていた。
【0011】
このような有性世代を有さない生物の遺伝子の機能解析には遺伝子ターゲッティングによる遺伝子破壊あるいは遺伝子置換が特に重要な技術となるが、そのために必要な相同組換えあるいは非相同組換えメカニズムに関する研究報告は従来ほとんど存在せず、又、これら麹菌等における相同組換え頻度は、既に記載したように非常に低いものである。更に、これらの麹菌においては、もともとの薬剤耐性が高いことから形質転換マーカーとして使用できる外来異種遺伝子マーカーが殆ど存在しない。これらのことから麹菌を用いた遺伝子破壊株の取得あるいは任意の位置での相同組換え株を取得することは表現形によるスクリーニングが可能な場合等を除いては極めて困難であった。そのために、相同組換え効率の良い遺伝子破壊株の取得法が望まれていた。
【0012】
そこで今回、本発明者はアスペルギルス・ソーヤ及びアスペルギルス・オリゼ等の麹菌を用いてKu遺伝子破壊株及びアンチセンスRNA法によるKu遺伝子を抑制することによって相同組換え頻度が上昇した変異株の作成を試み、トリコモナス科糸状菌に属し有性世代を持たないこれら菌において初めて非相同組換え関連遺伝子の抑制が遺伝子相同組換え(ターゲッティング)頻度に与える影響を検証し、本発明を完成した。
【課題を解決するための手段】
【0013】
すなわち本発明は、以下の各態様にかかるものである。
1.トリコモナス科糸状菌に属し有性世代を持たない菌であって、Ku遺伝子が抑制されていることにより相同組み換え頻度が上昇した形質転換菌。
2.アスペルギルス属に属する、上記1記載の形質転換菌。
3.アスペルギルス・ソーヤ又はアスペルギルス・オリゼ由来である、上記2記載の形質転換菌。
4.Ku遺伝子が破壊されている、上記1ないし3のいずれか一項に記載の形質転換菌。
5.相同組み換え頻度が少なくとも60倍上昇した、上記4記載の形質転換菌。
6.Ku遺伝子がアンチセンスRNA法によって不活化されている、上記1ないし3のいずれか一項に記載の形質転換菌。
7.相同組み換え頻度が少なくとも10倍上昇した、上記6記載の形質転換菌。
8.Ku遺伝子が以下の(a)又は(b)のタンパク質をコードする、上記1ないし7のいずれか一項に記載の形質転換菌:
(a)配列番号1ないし6のいずれか一つの配列に示されたアミノ酸配列から成るタンパク質;又は
(b)アミノ酸配列(a)において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ非相同組換え機構に関与する機能を有するタンパク質。
9.Ku遺伝子が以下の(a)又は(b)のDNAから成る、上記1ないし7のいずれか一項に記載の形質転換菌:
(a)配列番号1ないし6のいずれか一つの配列に示されたコード領域を含むDNA;又は
(b)(a)のDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、非相同組換え機構に関与する機能を有するタンパク質をコードするDNA。
10.上記1ないし9のいずれか一項に記載の形質転換菌を使用する遺伝子ターゲッティング法。
11.上記1ないし9のいずれか一項に記載の形質転換菌を使用する遺伝子ターゲッティング法により、遺伝子破壊株、遺伝子欠失株、遺伝子置換株、遺伝子挿入株、又は染色体改変株を作成する方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によって、Ku遺伝子を抑制することにより、トリコモナス科糸状菌に属し、多核細胞であって有性世代を持たない菌に関して、相同組み換え頻度が顕著に上昇した形質転換菌を初めて得る、という予想外の結果を得ることが出来た。
【0015】
特に、麹菌Ku遺伝子破壊株に代表される本発明で得られた形質転換菌は、生育抑制あるいは胞子着生能の低下といったネガティブな表現形を持たず、顕著な相同組換え頻度の上昇が見られたことから、効率的な麹菌の遺伝子ターゲッティングを行う際に極めて有用であり、その結果、各種の遺伝子破壊株、遺伝子欠失株、遺伝子置換又は挿入株、又は染色体改変株を効率的に作成することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明において、「有性世代を持たないトリコモナス科糸状菌」に菌学的に分類される菌の種類及び範囲は当業者に明らかであり、その代表的な例としては、アスペルギルス・ソーヤ又はアスペルギルス・オリゼ等のアスペルギルス属に、及びペニシリウム属等に属する菌を挙げることが出来る。これらの菌は、市販品として、又は、アメリカンタイプカルチャーコレクション(ATCC)等の公的寄託機関から入手することも可能である。
【0017】
「Ku遺伝子」は、既に記載したように、例えば、Ku70遺伝子及びku80遺伝子等の非相同組換え機構に関与する遺伝子である。その具体例として、アスペルギルス・ソーヤ由来のKu70遺伝子(配列番号1)及びku80遺伝子(配列番号2又は配列番号3)、並びに、アスペルギルス・オリゼ由来のKu70遺伝子(配列番号4)及びku80遺伝子(配列番号5又は配列番号6)を挙げることが出来る。尚、これらアスペルギルス・ソーヤとアスペルギルス・オリゼーのKu70遺伝子及びku80遺伝子の相同性(アミノ酸レベル)は95%以上と高いことが判明した。又、これら遺伝子とアカパンカビのホモログとの相同性(アミノ酸レベル)は約50%である。
【0018】
即ち、Ku遺伝子の好適例として、配列番号1ないし6のいずれか一つの配列に示されたアミノ酸配列から成るタンパク質、又は、該アミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ非相同組換え機構に関与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を挙げることが出来る。
【0019】
更に、Ku遺伝子の好適例として、配列番号1ないし6のいずれか一つの配列に示されたコード領域を含むDNA、又は、該DNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、非相同組換え機構に関与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを挙げることが出来る。
【0020】
配列番号1ないし6における各コード領域は、アスペルギルス・ソーヤ及びアスペルギルス・オリゼーのゲノム配列に関する情報に基づいて、アカパンカビkuホモログとの配列の比較及びGT-AG則などによるイントロン配列の規則性を基に決定した。アスペルギルス・ソーヤのkuのゲノム配列はプライマーkuU459-kuL4222およびku2U830-ku2L4937(アスペルギルス・オリゼーのゲノム配列及びアカパンカビkuホモログのゲノム配列を基に作成)を用いてアスペルギルス・ソーヤATCC46250のゲノムDNAを鋳型としPCRにより増幅した断片をTOPO-TAクローニングkit(invitrogen社)によってクローニングした後、定法に従って配列を読むことによって決定した。
【0021】
ここで、ハイブリダイゼーションは、Molecular cloning third.ed.(Cold Spring Harbor Lab.Press,2001)に記載の方法等、当業界で公知の方法あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行なうことができる。
【0022】
ハイブリダイゼーションは、例えば、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー(Current protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987))に記載の方法等、当業界で公知の方法あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行なうことができる。
【0023】
本明細書において、「ストリンジェントな条件下」とは、例えば、温度60℃〜68℃において、ナトリウム濃度150〜900mM、好ましくは600〜900mM、pH 6〜8であるような条件を挙げることが出来る。
【0024】
従って、配列番号1ないし配列番号4に示されたコード領域を含むDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとハイブリダイズできるDNAとしては、例えば、該DNAの全塩基配列との相同性の程度が、全体の平均で、約90%以上、好ましくは約95%以上である塩基配列を含有するDNA等を挙げることができる。尚、塩基配列間の同一性は、当業者に公知のアルゴリズム、例えば、Blastを用いて決定することができる。
【0025】
本発明の形質転換菌において、Ku遺伝子の抑制は当業者に公知の任意の方法で実施することが出来る。例えば、本明細書中の実施例に具体的に記載されているような方法で、Ku遺伝子破壊ベクターを使用してKu遺伝子を破壊したり、又は、Ku遺伝子のアンチセンス発現ベクターを利用するアンチセンスRNA法によって、Ku遺伝子を不活化することが可能である。こうして得られる形質転換菌は、このようなKu遺伝子の抑制に関する遺伝子操作が施される前の元の菌と比較して、相同組み換え頻度が顕著に上昇している。具体的には、少なくとも10倍、好ましくは、少なくとも約60倍上昇している。
【0026】
遺伝子ターゲッティング(標的遺伝子組換え)は細胞にDNAを導入し、相同組換え体を選択することにより、標的とする特定遺伝子に突然変異を導入する方法である。従って、本発明による相同組換え頻度が上昇した形質転換菌を用いることによって、遺伝子ターゲッティング法において非常に高いターゲッティング効率が得られ、遺伝子破壊(ノックアウト)株、遺伝子欠失株、遺伝子置換又は挿入株、又は染色体改変株等の、所望の各種目的株を容易に取得することが出来る。
【0027】
尚、以下の実施例1で作成された本発明の形質転換菌であるAspergillus sojae I-6株(wh,ΔpyrG)由来のΔku70株(ASKUPTR8)は、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに平成16年12月2日付で寄託され、受領番号FERM AP-20311が付されている。
【0028】
以下、実施例に則して本発明を具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの記載によって何等制限されるものではない。尚、以下の実施例における各遺伝子操作の手段・条件等は、特に断わりがない限り、例えば、特開平8−80196号公報等に記載されている当業者に公知の一般的な方法に従い実施した。
【0029】
PCRは当業者に周知の条件及び手段を用いて、本発明の増幅用プライマーセットを使用して行うことが出来る。例えば、94℃で2分の後、94℃で10秒、55℃で20秒、72℃で2分を30サイクル行い、最後に72℃で5分を行う。なお、サーマルサイクラーとしては、Perkin Elmer社製9600など一般のサーマルサイクラーを用いることができる。耐熱性 DNAポリメラーゼとしては、ExTaq DNA Polymerase(宝酒造製)などの一般の市販品を用い、反応液の組成はポリメラーゼに添付の説明書に従って実施する。又、これらPCRで使用される各種プライマーは表3にまとめて示した。
【0030】
[実験方法]
使用菌株:
Aspergillus sojae I-6株(wh,ΔpyrG)及びAspergillus oryzae RIB40ΔpyrG株を用いた。ここで、Aspergillus sojae I-6株は ATCC46250から作成したpyrG deletion株(Takahashi et al.2004)であり、Aspergillus oryzae RIB40 ΔpyrG株はAspergillus oryzae ATCC42149から作成したpyrG deletion株である。
【0031】
使用培地:
ポリペプトンデキストリン(PD)培地(polypepton 1%, dextrin 2%, KH2PO4 0.5%, NaNO3 0.1%, MgSO4 0.05%, casamino acid 0.1%, pH 6.0)、CzapekDox (CZ) 最小培地、再生培地として1.2M ソルビトール CZ使用した。2mg/ml 5fluoroortic acid (SIGMA) および20mM Uridine含有CZ培地はpyrG-株のポジティブセレクション用の培地として使用した。.KClO3- mono-methylammonium-CZ agar plates (470 mM KClO3, 100 mM mono-methylammonium, CZ)はareAC末破壊株のネガティブセレクション用の培地として使用した。, タンニン酸培地 (Glucose 1%, Tannic-acid 1%, NH4PO4 0.2%, KH2PO4 0.2%, MgSO4 0.1%, Agar 1.5%, pH 7.5)はタンナーゼ破壊株のセレクション用の培地として使用した。
【0032】
形質転換:
150ml容三角フラスコ中の20mM Uridineを含むポリペプトンデキストリン液体培地50mlに分生子を接種し、30℃で約20時間振とう培養を行い、菌体を回収した。回収した菌体を0.7M KCl bufferで洗浄し、1%Lysing enzyme(シグマ社)を含む0.7M KCl buffer中で30℃、3時間緩やかに振とうし、プロトプラストを調製した。得られたプロトプラストを1.2Mソルビトール bufferで洗浄した後、プロトプラストPEG法により形質転換を行った。形質転換体の再生は0.5%agarを含む1.2Mソルビトール-CZ培地上で行った。
【0033】
Ku70破壊ベクターの構築:
Aspergilllus sojae染色体DNAを鋳型とし、プライマーku78U及びku3482L(アカパンカビのku70の配列及び対応するアスペルギルス・オリゼーのゲノム配列を基に作成)を用いたPCRを行った。増幅して得られた3.4kbDNA断片の塩基配列を決定し、それがKu70を含むことを確認した。この断片をTOPO TAクローニングキット(Invitrogen社)を用いてクローニングした。得られたプラスミドよりKu断片をEcoRIで切り出し、pUC18にサブクローニングした。このプラスミドをBglIIで切断し、末端にBglIIサイトを配置したプライマーpyrU204Bg、pyrL2924Bgを用いて増幅したpyrGを含む2.7kbDNA断片とライゲーションを行い、Ku70内部600bpの領域をpyrGで置き換えたベクターpkupyr1を構築した(図1)。さらにpPTRI(TAKARA社)を鋳型とし、プライマーptrBg2482U、ptrBg4443Lを用いて増幅したピリチアミン耐性遺伝子(ptrA)を含み両末端にBglIIサイトを持つ2.1kb ptrA断片とBglIIにて切断したpkupyr1とのライゲーションを行い、Ku内部600bpの領域がptrAで置き換わったベクターpkuptrHを構築した。Ku70破壊は図1に示すような方法で行った。
【0034】
Ku70アンチセンスRNA発現ベクターの構築:
Aspergillus sojae染色体DNAよりgpdA (glycelaldehyde3-phosphate dehydogenase遺伝子)のプロモーターおよびターミネーター配列を取得し、これに対してKu70のコード領域の5’側半分を逆方向につなぎ、KuアンチセンスRNA発現用のベクターを構築した(図2)。プライマーgp365U-Kおよびgp1458L-BHを用いてgpdプロモーターを増幅し、TOPO TAクローニングキット(Invitrogen社)を用いてクローニングした後、pUC18のKpnI-BamHIサイトにサブクローニングした。このベクターのBamHI-SalIサイトに、プライマーku714U-Slおよびku1764L-BHを用いて増幅後TAクローニングしたku断片を挿入し、さらにプライマーgpT2855U-SlおよびgpT3954L-Psを用いて増幅したgpdターミネーターをSalI-PstIサイトに挿入し、Kuアンチセンス発現用のコンストラクトを作成した。このコンストラクトを含む3kbKpnI-PstI断片をpPTRIのKpnI-PstIサイトに導入し、KuアンチセンスRNA発現用ベクターpRkuA1を構築した。
【0035】
Ku80破壊ベクターの構築:
Aspergillus sojae染色体DNAよりプライマーku2U936Xbおよびku2L4698K(アカパンカビのku80の配列及び対応するアスペルギルス・オリゼーのゲノム配列を基に作成)を用いてPCRにより増幅して得られた3.9kbDNA断片の塩基配列を決定し、それがKu80を含むことを確認した。この断片をTOPO TAクローニングキット(Invitrogen社)を用いてクローニングした。このベクターをBglII-MunIで切断し、pyrU204Bgおよびpyr2939Eを用いて増幅したpyrGを含む2.7kb断片とライゲーションし、ku80破壊ベクターpku80polを構築した(図3)。
【実施例1】
【0036】
Ku70破壊株の作成と遺伝子破壊がターゲッティング(相同組換え)頻度に与える影響:
Ku70破壊株を作成するために上記のKu70破壊ベクターpkupyr1を鋳型としてプライマーku78U-3482LでPCRを行い増幅されたDNA断片を用いて、A.sojae pyrG deletion株を形質転換した。0.5%agarを含む1.2Mソルビトール-CZ培地上で再生した形質転換よりゲノムDNAを取得し、プライマーkuU459-kuL4222を用いてPCRを行った。その結果増幅断片が3.4kbから5.9kbにシフトしたku遺伝子破壊株が99個の形質転換体から1株得られた(図4)。この株に対しpkupyr1中のpyrGをピリチアミン耐性遺伝子ptrAで置き換えたベクターpkuptrHをプライマーku78U-3482Lで増幅した断片で定法に従い、形質転換を行った。得られた形質転換体を2mg/ml-5FOA−CZに移し、5FOA耐性株を選抜した後、染色体DNAを抽出してプライマーkuU459-kuL4222を用いてPCRを行った。その結果、5FOA耐性として得られた12株中5株が、増幅断片が5.9kbから5.2kbへとシフトした株、即ち、Asku70内部のpyrGがptrAで置き換わり且つpyrG deletionであることが確認された。本発明の形質転換菌であるこのような株をA.sojae AsKuptr8株と名づけた。(図5)。尚、この株には目立った表現形が存在せず、成長速度胞子着生能などについても親株との差は見られなかった。
【0037】
このΔku70株(AsKuptr8)を用いて相同組換えによってtannase遺伝子破壊株を取得し、遺伝子破壊(相同組換え)頻度を検証した。実験にはtannase遺伝子破壊ベクターpTanPN07(Takahashi et al. 2004 Mol. Gen.Genet.)を使用した。プライマーtanU250Xb-tanL3406EIを用いてpTanPN07を鋳型としてPCRを行い遺伝子破壊用の断片を増幅した。これを用いてA.sojae pyrG deletion株I-6およびA.sojae ku70破壊株AsKuptr8を形質転換した(図6)。野生型麹菌はタンニン酸プレート上でハローを形成するが、tannase遺伝子破壊株はハローを形成しなくなるため、容易にスクリーニングが可能である(図7)。それぞれ得られた形質転換体をタンニン酸プレート上に接種し、ハロー形成の有無を見た。表1に示すように親株のI-6株由来の形質転換体はほとんどがハローを形成し、破壊株は150株中2株しか得られず、破壊頻度は約1.3 %であったが、ku70破壊株であるKuptr8由来の形質転換体は56株中42株がハローを形成しなくなり、破壊頻度が75%へと顕著に上昇することが明らかとなった(表1A)。また形質転換体ゲノムDNAを鋳型としてプライマーtanU42-tanL3518を用いてPCRを行った際に増幅されるバンドが3.5kbから6.0kbへシフトすることからtannase遺伝子の破壊が確認された(図8)。尚、上記相同組換えにおける相同領域アーム長は1.4kbであった。
【実施例2】
【0038】
次にこの株を用いてKu80に対する遺伝子破壊頻度を調べた。Ku80破壊ベクターpku80pol(図3)をプライマーku2U936Xb-ku2L4698Kを用いて増幅し、得られた断片を用いてI-6株およびAsKuptr8を形質転換した。得られた形質転換体よりゲノムDNAを抽出し、これを鋳型としてku2U830-ku2L4937によりPCRを行った。親株では3.5kbのバンドがku80破壊株では4.0kbにシフトするため、破壊株が判別できる(図9)。その結果I-6株では42株中1株のみでku80が破壊されており破壊頻度は2.4%であったが、Askuptr8株(Δku70株)では25株中18株でku80が破壊されており破壊頻度は72%に上がっていることが確認された(表1C)。尚、上記相同組換えにおける相同領域アーム長は1.0kbであった。
【実施例3】
【0039】
Ku70アンチセンスRNA発現株の作成とターゲッティング頻度に与える影響:
上記のKuアンチセンスRNA発現ベクターpRkuA1を環状の状態でA.sojae pyrG deletion株I-6に導入し、KuアンチセンスRNA発現用のコンストラクトが導入された本発明の形質転換体4株(kuA1,A2,A3,A4株)を得た。形質転換体の選択はピリチアミンにより行った。またKuアンチセンスRNA発現用のコンストラクト導入の確認はPCRおよびサザンハイブリダイゼーションにより行った。これらの株を用いてareA C末破壊実験を行った。実験にはベクターarePXB(Takahashi et al. 2004)を用いた。arePXBをNotI-Xhoでcutした後、これを用いてkuA1株等を形質転換し、得られた形質転換体をCZ-KClO3-100mM モノメチルアンモニウム培地上に移し、生育抑制が見られる株の数を調べた。その結果親株のI-6由来の形質転換体でareA C末破壊が見られたのは約0%あるいは0.7%に過ぎなかったのに対し、kuA1株、 kuA3株、 及びkuA4株ではそれぞれ約12.5%、8%の株で破壊が見られ、破壊頻度は10倍以上に上昇していた(表1B)。尚、上記相同組換えにおける相同領域アーム長は0.9kbであった。
【0040】
次にtannase破壊用ベクターpTanPNO7(Takahashi et al. 2004)を使用してtannase破壊実験を行った。野生株はタンニン酸培地上でハローを形成するが、Tannase破壊株はハローを形成しなくなるため判別できる。その結果I-6由来の形質転換体ではtannase破壊の頻度は約1%であったのに対し、kuA1株及びkuA4株ではそれぞれ約16%、12%となり親株の10倍以上に上昇していることが判明した(表1A)。
【実施例4】
【0041】
A.oryzaeのku70遺伝子破壊株を用いたtannase破壊頻度の検証:
A.oryzae RIB40 pyrG deletion株を用いてプロトプラストを調製し、Ku70破壊ベクターpkupyr1を鋳型としてプライマーku78U-3482Lで増幅した断片を用いて定法に従い形質転換を行った。1.2MソルビトールCZで再生し、得られた形質転換体からゲノムDNAを抽出し、プライマーkuU459-kuL4222を用いてPCRを行った。その結果増幅断片が3.4kbから5.9kbにシフトしたku遺伝子破壊株が30株中3株得られた(図10)。この株に対しpkupyr1中のpyrGを含む2.7kbBglII断片をピリチアミン耐性遺伝子ptrAで置き換えたベクターpkuptrHをプライマーku78U-3482Lで増幅した断片で定法に従い、形質転換を行った。得られた形質転換体のうち5FOA-CZプレート上で生育する株からゲノムDNAを抽出し、プライマーkuU459-kuL4222を用いてPCRを行った。その結果、5FOA耐性として得られた6株中4株が増幅断片が5.9kbから5.2kbへとシフトした株、即ち、ku70内部のpyrGがptrAで置き換わり且つpyrG deletionである株であることが確認された。本発明の形質転換菌であるこのような株をA.oryzae RkuN16ptr1株と名づけた。
【0042】
この株を使用してtannase破壊頻度を検証するためにプライマーtanU250Xb-tanL3406EIを用いてpTanPN07(Takahashi et al. 2004)を鋳型としてPCRを行いtannase遺伝子破壊用の断片を増幅した。この断片を用いて定法に従いA.oryzae ku70破壊株RkuN16ptr1を形質転換した。得られた22個の形質転換体をタンニン酸培地に移しハロー形成の有無を見た。その結果、22株中14株がハローを形成しなくなり、この株のtannase破壊頻度は63.4%に上昇したことが判明した(表1A)。
【実施例5】
【0043】
相同領域アーム長がターゲッティング頻度に与える影響:
tannase遺伝子座をtargetとして相同領域アーム長のターゲッティング頻度に与える影響を検証した。tannase破壊ベクターpTanPNO7を鋳型とし、プライマーtanU889-tanL2473、tanU1350-tanL2134、tanU1379-tanL1986を用いてそれぞれアーム長500bp、100bp、50bpに相当する断片を増幅し、ku70破壊株(AsKuptr8)を用いて形質転換をおこなった。結果を表2に示す。その結果アーム長が1.4kbの場合にはターゲッティング頻度が75%であるのに対し、アーム長が500bp,100bp,50bpの場合はそれぞれ、ターゲッティング頻度が14.3%、0%、0%であった。これらの結果から相同領域アーム長と相同組換え頻度には正の相関があり、100bp以下の極端に短いアームの場合には相同組換え株はほとんど得られないが、500bp程度でも約14%の頻度でターゲッティングできることが判明した(表2)。
【0044】
【表1】

【0045】
【表2】

【0046】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0047】
大きな表現形の変化を伴わずに極めて高頻度に遺伝子破壊株等を得られる本発明の形質転換菌は、位置効果を考慮したプロモーター解析・改変、及び任意の遺伝子発現等の様々な遺伝的解析において強力なツールになると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】Ku70遺伝子破壊株の作成を示す模式図である。
【図2】Ku70アンチセンスRNA発現株の作成を示す模式図である。
【図3】Ku80遺伝子破壊株の作成を示す模式図である。
【図4】アスペルギルス・ソーヤKu70破壊の結果を示す電気泳動の写真である。
【図5】アスペルギルス・ソーヤKu部位へのptrA挿入の結果を示す電気泳動の写真である。
【図6】Tannase遺伝子破壊株の作成を示す模式図である。
【図7】Tannase遺伝子破壊株の表現形によるスクリーニングの結果を示す写真である。
【図8】Tannase遺伝子破壊の結果を示す電気泳動の写真である。
【図9】Ku80破壊の結果を示す電気泳動の写真である。
【図10】アスペルギルス・オリゼKu70破壊の結果を示す電気泳動の写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トリコモナス科糸状菌に属し有性世代を持たない菌であって、Ku遺伝子が抑制されていることにより相同組み換え頻度が上昇した形質転換菌。
【請求項2】
アスペルギルス属に属する、請求項1記載の形質転換菌。
【請求項3】
アスペルギルス・ソーヤ又はアスペルギルス・オリゼ由来である、請求項2記載の形質転換菌。
【請求項4】
Ku遺伝子が破壊されている、請求項1ないし3のいずれか一項に記載の形質転換菌。
【請求項5】
相同組み換え頻度が少なくとも60倍上昇した、請求項4記載の形質転換菌。
【請求項6】
Ku遺伝子がアンチセンスRNA法によって不活化されている、請求項1ないし3のいずれか一項に記載の形質転換菌。
【請求項7】
相同組み換え頻度が少なくとも10倍上昇した、請求項6記載の形質転換菌。
【請求項8】
Ku遺伝子が以下の(a)又は(b)のタンパク質をコードする、請求項1ないし7のいずれか一項に記載の形質転換菌:
(a)配列番号1ないし6のいずれか一つの配列に示されたアミノ酸配列から成るタンパク質;又は
(b)アミノ酸配列(a)において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ非相同組換え機構に関与する機能を有するタンパク質。
【請求項9】
Ku遺伝子が以下の(a)又は(b)のDNAから成る、請求項1ないし7のいずれか一項に記載の形質転換菌:
(a)配列番号1ないし6のいずれか一つの配列に示されたコード領域を含むDNA;又は
(b)(a)のDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、非相同組換え機構に関与する機能を有するタンパク質をコードするDNA。
【請求項10】
請求項1ないし9のいずれか一項に記載の形質転換菌を使用する遺伝子ターゲッティング法。
【請求項11】
請求項1ないし9のいずれか一項に記載の形質転換菌を使用する遺伝子ターゲッティング法により、遺伝子破壊株、遺伝子欠失株、遺伝子置換株、遺伝子挿入株、又は染色体改変株を作成する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−158269(P2006−158269A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−353026(P2004−353026)
【出願日】平成16年12月6日(2004.12.6)
【出願人】(000173935)財団法人野田産業科学研究所 (9)
【Fターム(参考)】