真核細胞における目的遺伝子の発現制御方法、RNA分子およびDNA分子
【課題】本発明が解決すべき課題は、RNA酵素やmRNA以外のRNAを用いることなく、導入遺伝子の発現を所望の分子により簡便に制御するためのRNA分子を提供することにある。また、本発明は、当該RNA分子をコードするDNA分子と、当該DNA分子を用いて目的遺伝子を真核細胞において発現するための方法を提供することも目的とする。
【解決手段】本発明に係るRNA分子は、リガンドにより目的遺伝子の発現を制御できるRNA分子であって、特定の5’末端ステムループ、モジュレータ配列、anti−anti−内部リボソーム結合サイト配列、アプタマー配列、anti−内部リボソーム結合サイト配列、内部リボソーム結合サイトおよび目的遺伝子を5’側から有することを特徴とする。
【解決手段】本発明に係るRNA分子は、リガンドにより目的遺伝子の発現を制御できるRNA分子であって、特定の5’末端ステムループ、モジュレータ配列、anti−anti−内部リボソーム結合サイト配列、アプタマー配列、anti−内部リボソーム結合サイト配列、内部リボソーム結合サイトおよび目的遺伝子を5’側から有することを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真核細胞において目的遺伝子の発現を制御するための方法と、当該方法で用いるRNA分子とDNA分子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細胞は様々な遺伝子発現の調節機構を有しており、例えば、特定の酵素が必要となった際にそれをコードする遺伝子の発現を開始したり、また、特定の遺伝子が過剰に発現したりしないようにしている。
【0003】
このような機構としては、大腸菌のラクトースオペロンが有名である。ラクトースオペロンでは、グルコースが存在せず且つラクトースが存在するときに、ラクトース分解酵素であるβ−ガラクトシダーゼが産生されるように制御されている。
【0004】
このラクトースオペロンを利用すれば、原核細胞において、IPTGなどのラクトース類縁体による遺伝子発現の促進が可能である。しかし、遺伝子発現の促進に用いられる化合物はラクトース類縁体に限定され、所望の分子により遺伝子発現を制御することはできない。また、真核細胞でこのラクトースオペロンを用いることはできない。
【0005】
真核細胞で機能する分子応答性の遺伝子発現制御機構も、ごくわずかではあるが見出されている。しかし、やはり発現制御に使用できる化合物が限られる。
【0006】
その他にも、代謝産物などの特定分子により遺伝子の発現を制御する機構が原核生物で見出されている。詳しくは、図1のとおり、この機構においては、タンパク質をコードする遺伝子の上流にリボソーム結合部位(RBS)が存在し、さらにその上流には代謝産物などの結合部位(アプタマー)が存在する。通常は、リボソーム結合部位にリボソームが結合し、その下流の遺伝子が翻訳されるが、代謝産物などがアプタマーに結合するとリボソーム結合部位の構造が変化してリボソームが結合できなくなり、結果として翻訳が阻害される。このようにして、原核細胞の中には、特定遺伝子の過剰発現が抑制されているものがある。このような機構は、リボ核酸(RNA)がそれ自体で遺伝子発現を制御していることから、リボスイッチと呼ばれている。
【0007】
所望の分子に結合するアプタマー自体は、試験管内人工進化法で獲得することが可能であるため、アプタマーを用いた人工リボスイッチシステムの構築方法が確立できれば、所望の分子により遺伝子発現を制御でき得る。また、天然から見出されているリボスイッチは、通常、上述したような遺伝子発現を抑制するタイプのものであるが、産業上より有用な促進タイプのリボスイッチの構築も可能であり得る。実際、原核細胞で働く人工リボスイッチシステムがいくつか報告されている。
【0008】
ところが、上記の原核細胞のリボスイッチを真核細胞に応用することはできない。真核細胞では、原核細胞と異なり、mRNA内部のリボソーム結合部位へのリボソームの結合の可否により翻訳が制御されているのではなく、リボソームはmRNAの5’末端に結合し、翻訳が開始されることによる。
【0009】
しかし、真核生物でも所望の分子によりmRNAの翻訳を制御する技術が開発されている。
【0010】
例えば、特許文献1と非特許文献1〜2には、図2のとおり、特定化合物へ選択的に結合するアプタマーをmRNAの5’非翻訳領域やスプライシングサイトに挿入し、特定分子のアプタマーへの結合によりリボソームによるスキャニングやスプライソソームによるスプライシングを阻害し、結果として翻訳を阻害するシステムが開示されている。しかし、かかるシステムでは翻訳を阻害することはできても、特定分子を用いて翻訳を促進することはできない。
【0011】
また、特許文献2と非特許文献3〜4には、特定の分子により切断活性が抑制される核酸(リボザイム)や特定の分子により切断活性が付与される核酸(アプタザイム)をmRNAに挿入したシステムが開示されている。本発明者らは、同様のシステムを応用し、特定の分子を検出するためのシステムを開発している(特許文献3)。ところが、かかるシステムは複雑で設計自体が困難であり、また、核酸の切断を伴うために一方向の制御しかできない上に、システムの応答性は核酸酵素の活性に大きく依存するという欠点を有する。
【0012】
さらに、特許文献4〜5と非特許文献5〜7には、mRNAとは異なるRNAに分子応答性を付与し、アンチセンス効果やRNAi効果により翻訳を制御するシステムが記載されている。しかし当該システムでは、mRNAとは異なるRNAが必要であるため、二種のRNAの転写量や転写場所の調整が必要である。また、複数のRNAを用いると、他の遺伝子に悪影響を及ぼす可能性が増大するという問題が生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】米国特許出願公開第2002/0006661号明細書
【特許文献2】国際公開第00/24912号パンフレット
【特許文献3】特開2008−220191号公報
【特許文献4】米国特許出願公開第2006/0088864号明細書
【特許文献5】米国特許出願公開第2009/0143327号明細書
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Geoffrey Werstuckら,サイエンス(SCIENCE),第282号,第296〜298頁(1998年)
【非特許文献2】Dong-Suk Kimら,RNA,第11号,第1667〜1677頁(2005年)
【非特許文献3】Leising Yenら,ネイチャー(Nature),第431号,第471〜476頁(2004年)
【非特許文献4】Maung Nyan Winら,プロシーディングス・オブ・ザ・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンス(Proceedings of the National Academy of Sciences),第104号,第36号,第14283〜14288頁(2007年)
【非特許文献5】Travis S Bayerら,ネイチャー・バイオテクノロジー(Nature Biotechnology),第23号,第3号,第337〜343頁(2005年)
【非特許文献6】Chase L Beiselら,モレキュラー・システムズ・バイオロジー(Molecular Systems Biology),第4号,第1〜14頁(2008年)
【非特許文献7】Deepak Kumarら,ジャーナル・オブ・ザ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティ(Journal of the American Chemical Society),第131号,第13906〜13907頁(2009年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上述したように、従来、真核細胞において導入遺伝子の発現や翻訳を制御するためのシステムは既に開発されている。しかしながら、mRNA以外のRNAやRNA酵素を用いることなく、導入遺伝子の発現を所望の分子により簡便に制御できる技術は無かった。
【0016】
そこで、本発明が解決すべき課題は、mRNA以外のRNAやRNA酵素を用いることなく、導入遺伝子の発現を所望の分子により簡便に制御するためのRNA分子を提供することにある。また、本発明は、当該RNA分子をコードするDNA分子と、当該DNA分子を用いて目的遺伝子を真核細胞において発現するための方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、内部リボソーム結合サイト配列を有するウィルスmRNAを利用し、特に、その5’末端に5’末端ステムループを導入して真核細胞で主要な5’末端依存性の翻訳を抑制し、且つ適切なモジュレータ配列とアプタマー配列を導入することによりリガンドの存在・不存在時における内部リボソーム結合サイトの三次元構造の変化を制御すれば、リガンドの存在・不存在に応じて目的遺伝子の発現を明確に制御できることを見出して、本発明を完成した。
【0018】
本発明に係るRNA分子は、リガンドにより目的遺伝子の発現を制御できるRNA分子であって、5’側から以下の構造および配列を有することを特徴とする。
【0019】
(a) 5’末端依存性翻訳を阻害する5’末端ステムループ;
(b) リガンド不存在時に、下記アプタマー配列の一部と相補的に結合してモジュレータ配列ステムループを形成するモジュレータ配列;
(c) リガンド不存在時には、モジュレータ配列および下記アプタマー配列の一部と共にステムループを形成し、リガンド存在時には下記anti−内部リボソーム結合サイト配列(以下、内部リボソーム結合サイトを「IRES」(Internal Ribosome Entry Site)と略記する)と相補的二重鎖を形成するanti−anti−IRES配列;
(d) リガンドとの結合能を有するアプタマー配列;
(e) リガンド不存在時にはIRESの一部と相補的二重鎖を形成してIRESへのリボソームの結合を阻害し、リガンド存在時にはanti−anti−IRES配列と相補的二重鎖を形成するanti−IRES配列;
(f) IRES;および
(g) 目的遺伝子
【0020】
上記IRESに対するanti−IRES配列の相補塩基長としては、6以上、12以下が好適である。当該相補塩基長が6以上であれば、リガンドが存在していないときにanti−IRES配列がIRESとより確実に相補鎖を形成し、IRESの働きを阻害してIRES依存性の翻訳を有効に抑制できる。また、当該相補塩基長が12以下であれば、リガンドの存在によりanti−IRES配列がより確実にIRESから脱離し、IRES依存性翻訳を開始せしめることが十分に可能になる。
【0021】
上記anti−IRES配列に対するanti−anti−IRES配列の相補塩基長としては、6以上、12以下が好適である。当該相補塩基長が6以上であれば、リガンドが存在しているときにanti−anti−IRES配列がanti−IRES配列とより確実に相補鎖を形成してanti−IRES配列の働きを阻害し、IRES依存性の翻訳を有効に進行せしめることが可能になる。また、当該相補塩基長が12以下であれば、リガンドの不存在時にanti−IRES配列がanti−anti−IRES配列から脱離し、より確実にIRESに結合して不活性化することが可能になる。
【0022】
上記モジュレータ配列がアプタマー配列の一部のみならず、anti−anti−IRES配列の一部とも相補的二重鎖を形成する場合、その相補塩基長としては、5以下が好適である。モジュレータ配列のanti−anti−IRES配列の一部に結合する部分の塩基配列は、anti−IRES配列の一部と同一にならざるを得ない。よって、上記相補塩基長が過剰に長いと、モジュレータ配列自体がIRESに結合し、IRES配列依存性の翻訳を阻害するおそれがあり得る。しかし上記相補塩基長が5以下であれば、かかる阻害を有効に抑制することができる。
【0023】
上記アプタマー配列の一部に対するモジュレータ配列の相補塩基長としては、4以上、8以下が好適である。当該相補塩基長が4以上である場合、リガンドが存在しないときにモジュレータ配列がアプタマー配列へより確実に結合し、IRES依存性の翻訳を有効に抑制できる。一方、当該相補塩基長が8以下である場合には、リガンドの存在によるアプタマーの三次元構造変化に応じてモジュレータ配列がアプタマー配列からより確実に脱離し、anti−anti−IRES配列とanti−IRES配列との結合を抑制せず、ひいてはIRES依存性の翻訳を促進することができる。即ち、当該相補塩基長が4以上、8以下である場合には、リガンドによるIRES依存性の翻訳のオン−オフスイッチが非常に有効に働く。
【0024】
但し、アプタマー配列の一部とモジュレータ配列との好適な相補塩基長は、アプタマーの配列にも依存する。よって、同様の好適な態様は、モジュレータ配列ステムループ構造の安定性によって定めることが好ましい。かかる基準として、モジュレータ配列ステムループ構造のギブズ自由エネルギー(ΔG)が−17.5kcal/mol以上、−8.5kcal/mol以下である場合が好適である。上記で述べた理由と同様に、リガンドの存在・不存在によるモジュレータ配列ステムループ構造、即ちモジュレータ配列とanti−anti−IRES配列の一部およびアプタマー配列の一部との結合と脱離が明確となり、リガンドによるIRES依存性の翻訳のスイッチが非常に有効に働く。
【0025】
上記IRESとしては、チャバネアオカメムシ腸管ウィルスのものが好適であり、また、anti−IRES配列としては、チャバネアオカメムシ腸管ウィルスのIRESの三次元構造における偽結節IIIまたはステムループVに結合可能なものが好適である。これらIRESとanti−IRES配列の優れた効果は、後述する実験により実証されている。
【0026】
本発明に係るDNA分子は、上記RNA分子をコードするものであり、且つ当該コード領域の上流にプロモータ配列を有することを特徴とする。
【0027】
本発明に係る目的遺伝子の真核細胞における発現を制御するための第一の方法は、上記RNA分子またはDNA分子を真核細胞の抽出物と混合し、反応させる工程を含むことを特徴とする。
【0028】
また、本発明に係る目的遺伝子の真核細胞における発現を制御するための第二の方法は、上記DNA分子を真核細胞にトランスフェクションする工程;および、真核細胞にリガンドを導入することにより、内部リボソーム結合サイトを活性化する工程を含むことを特徴とする。
【0029】
上記RNA分子、DNA分子と遺伝子発現の制御方法は、真核細胞またはその抽出物を用い、リガンドの存在・不存在に応じて目的遺伝子の発現を明確に制御できる点で非常に有用である。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、従来、真核細胞における導入遺伝子発現の制御は複雑なシステムなどを用いない限りオフ制御しかできなかったのに対して、ウィルスのIRES(内部リボソーム結合サイト)を用いた簡便なシステムにより、導入遺伝子の発現をオン制御することができる。
【0031】
よって本発明は、リガンドを用いた導入遺伝子発現の制御を通じて、タンパク質の他、薬剤などの化合物の製造、疾病の治療や診断、バイオセンサーやバイオイメージング、合成生物学、タンパク質の働きや細胞の活動の網羅的な解析など、幅広い応用が考えられるものとして、産業上非常に有用である。また、本発明に係る核酸は、ウィルスにおいても発現や翻訳が可能であるので、ウィルス研究にも適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】図1は、原核細胞におけるリボスイッチを模式的に示した図である。
【図2】図2は、真核細胞における人工的なリボスイッチ、即ちアプタマーを用いた人工的なオフスイッチを模式的に示した図である。
【図3】図3は、チャバネアオカメムシ腸管ウィルスのゲノムの模式図である。
【図4】図4は、後述する予備実験(実験例1)で用いた5種の鋳型mRNAの構造の模式図である。
【図5】図5は、後述する予備実験(実験例1)におけるルシフェラーゼアッセイの結果を示すグラフである。
【図6】図6は、チャバネアオカメムシ腸管ウィルスのIRESの三次元構造を示す図である。
【図7】図7は、IRESの活性に重要な三次元構造を探索した、後述する予備実験(実験例2)におけるルシフェラーゼアッセイの結果を示すグラフである。
【図8】図8は、IRESの活性を抑制するに十分なanti−IRES配列の相補塩基長を検討した、後述する予備実験(実験例3)におけるルシフェラーゼアッセイの結果を示すグラフである。
【図9】図9は、anti−IRES配列のIRES不活性化作用を阻害するに十分なanti−anti−IRES配列の相補塩基長を検討した、後述する予備実験(実験例4)におけるルシフェラーゼアッセイの結果を示すグラフである。
【図10】図10は、本発明に係るRNA分子の具体的な一例を示す模式図である。(1)はリガンドが存在しない場合、即ちIRESが活性化されておらずIRES依存性翻訳が行われていない場合を示し、(2)はリガンドが存在する場合、即ちIRESが活性化されIRES依存性翻訳が開始されている場合を示す。
【図11】図11は、本発明に係るRNA分子において、モジュレータ配列の塩基長を検討した、後述する実施例1におけるルシフェラーゼアッセイの結果を示すグラフである。
【図12】図12は、本発明で使用可能なリガンドの例と、それに対応するアプタマーの塩基配列を示す図である。
【図13】図13は、様々なリガンドとそのアプタマーを用いた、後述する実施例2におけるルシフェラーゼアッセイの結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明に係るRNA分子の構造と配列を、5’末端側から説明する。なお、本発明に係るRNA分子の具体的な一例が図10に示されている。
【0034】
(a) 5’末端ステムループ
5’末端ステムループは、本発明に係るRNA分子の5’末端に存在し、その末端配列同士が相補鎖を形成しているステムループ構造を有するものである。その主な役割は、真核細胞での5’末端依存性翻訳、即ち、mRNAの5’末端へのリボソームの結合により開始される翻訳を阻害することにある。また、モジュレータ配列とanti−anti−IRES配列の一部およびアプタマー配列の一部との相補鎖の形成を安定化するという役割も有する。
【0035】
5’末端ステムループとしては、上記作用効果を示すものであれば特に制限されないが、その塩基長は少なくとも10塩基長程度であればよく、好ましくは10塩基長以上、200塩基長以下程度、より好ましくは12塩基長以上、100塩基長以下程度、さらに好ましくは15塩基長以上、50塩基長以下程度である。その両末端配列同士による相補鎖の長さとしては、4塩基長以上、45塩基長以下程度が好ましく、6塩基長以上、22塩基長以下程度がより好ましい。ループ部分の長さは、3塩基長以上、10塩基長以下程度が好ましく、4塩基長以上、5塩基長以下程度がより好ましい。また、T7ファージのg10leader配列の5’末端部など、天然に存在する5’末端ステムループやその人工合成物を利用してもよい。
【0036】
なお、本発明における相補鎖には、A−UおよびG−Cの組合せのみからなる完全相補鎖のみでなく、その間にそれ以外の組合せが存在していても全体として完全相補鎖と同等の融解温度(Tm)を示す不完全相補鎖も含まれるものとする。
【0037】
(b) モジュレータ配列
モジュレータ配列は、リガンドの存在・不存在によるIRES依存性翻訳の制御効率を高めるための配列である。より詳しくは、リガンド不存在時にはanti−anti−IRES配列およびアプタマー配列と共にステムループ構造を形成することによりanti−anti−IRES配列とanti−IRES配列との相補鎖の形成を抑制し、IRES依存性翻訳を抑制する。一方、リガンド存在時には、アプタマーへのリガンドの結合によるアプタマーの三次元構造変化に応じてアプタマー配列から脱離してanti−anti−IRES配列とanti−IRES配列との相補鎖の形成を可能にし、anti−IRES配列をIRESから脱離させ、IRES依存性の翻訳を開始できるようにする。
【0038】
モジュレータ配列は、アプタマー配列の一部と相補的に結合するものであることから、その3’末端部の塩基配列はアプタマー配列の5’末端部と相補的なものとすればよい。
【0039】
モジュレータ配列は、anti−anti−IRES配列の一部と相補的二重鎖を形成していてもよい。その場合、その5’末端部の塩基配列はanti−anti−IRES配列の3’末端部と相補的なものとなる。
【0040】
モジュレータ配列の塩基長は、上記作用を発揮できるように最適化すればよい。例えば、モジュレータ配列とanti−anti−IRES配列との間で相補的二重鎖が形成される場合、当該相補的配列の塩基長は、1以上、5以下とすることが好ましい。モジュレータ配列とanti−anti−IRES配列は相補的であり、さらにanti−anti−IRES配列とanti−IRES配列と相補的であることから、モジュレータ配列の一部はanti−IRES配列と同一となる。よって、上記相補塩基長が過剰に長いと、モジュレータ配列自体がIRESに結合し、IRES配列依存性の翻訳を阻害するおそれがあり得る。しかし上記相補塩基長が5以下であれば、かかる阻害を有効に抑制することができる。
【0041】
また、モジュレータ配列のアプタマー配列の一部に対する相補塩基長としては、4以上、8以下が好適である。当該相補塩基長が4以上である場合、リガンドが存在しないときにモジュレータ配列がアプタマー配列へより確実に結合し、IRES依存性の翻訳を有効に抑制できる。一方、当該相補塩基長が8以下である場合には、リガンドの存在によるアプタマーの三次元構造変化に応じてモジュレータ配列がアプタマー配列からより確実に脱離し、anti−anti−IRES配列とanti−IRES配列との結合を抑制せず、ひいてはIRES依存性の翻訳を促進することができる。即ち、当該相補塩基長が4以上、8以下である場合には、リガンドによるIRES依存性の翻訳のスイッチが非常に有効に働く。
【0042】
さらに、モジュレータ配列は、モジュレータ配列ステムループ構造のギブズ自由エネルギー(ΔG)を計算し、その値が適切なものとなるようにして、非常に簡便にデザインすることが可能である。より詳しくは、先ず、アプタマーについては、後述するようにリガンドを決定すれば、そのリガンドに選択的かつ強固に結合できる塩基配列を常法により決定することができる。また、anti−anti−IRES配列も、IRESの作用を有効に阻害できるanti−IRES配列を決定すれば、その相補鎖として決定できる。こうして決定されたアプタマー配列の一部とanti−anti−IRES配列の一部とステムループ構造を構成できるモジュレータ配列を適当にデザインし、例えば、RNA structureなどのコンピュータソフト(Mathews,D.H.ら, Proceedings of the National Academy of Sciences,第101号,第7287〜7292頁(2004年)参照)によりステムループ構造のギブズ自由エネルギー(ΔG)を計算し、その値が好ましくは−17.5kcal/mol以上、−8.5kcal/mol以下になるようにすればよい。当該値が−8.5kcal/mol以下であれば、リガンドが存在しない場合にモジュレータ配列ステムループ構造を十分安定的に維持でき、IRES依存性翻訳をより確実に抑制できる。一方、当該値が小さ過ぎるとリガンドが存在していてもモジュレータ配列ステムループ構造が解消されず、IRES依存性翻訳が開始されないおそれがあり得るので、当該値としては−17.5kcal/mol以上が好ましい。なお、RNA structureによるギブズ自由エネルギー(ΔG)は、数秒あれば計算可能である。
【0043】
(c) anti−anti−IRES配列
anti−anti−IRES配列は、リガンドが存在していないときにはモジュレータ配列とモジュレータ配列ステムループを構成する一方で、リガンドが存在しているときにはanti−IRES配列と相補的二重鎖を形成し、anti−IRES配列をIRESから脱離させてIRESを活性化させる作用を有する。
【0044】
anti−anti−IRES配列の塩基配列は、モジュレータ配列とステムループを形成するに適する配列とする。例えば、その3’末端部がモジュレータ配列の5’末端部と相補的二重鎖を形成してステムループの幹部分となる場合、両者の塩基配列は、互いに相補的なものとする。また、同時に、リガンド存在時にはanti−IRES配列と相補的二重鎖を形成するため、anti−IRES配列と相補的である必要がある。
【0045】
anti−anti−IRES配列は、上記作用を十分に発揮できるようデザインすればよいが、好適にはanti−IRES配列との相補鎖とすることができる。ここで、anti−anti−IRES配列は、anti−IRES配列に対する相補塩基長が6以上となるようにすることが好ましい。当該相補塩基長が6以上であれば、リガンドが存在しているときにanti−anti−IRES配列がanti−IRES配列とより確実に相補鎖を形成してanti−IRES配列の働きを阻害し、IRES依存性の翻訳を有効に進行せしめることが可能になる。一方、当該相補鎖長が長過ぎると、anti−IRES配列との親和性が過剰になり、リガンドが存在しない場合でもanti−IRES配列によるIRESの不活性化作用が十分に発揮されず、IRES依存性翻訳が開始されるおそれがあり得るので、当該相補鎖長は15以下が好ましく、12以下がより好ましい。
【0046】
(d) アプタマー
アプタマーは、リガンドに対して選択的かつ強固に結合できるものであり、リガンドの存在により三次元構造を変化させてIRESを活性化させる作用を有する。より詳しくは、リガンド不存在時にはモジュレータ配列およびanti−anti−IRES配列と共にモジュレータ配列ステムループを形成する。一方、リガンド存在時にはリガンドの包接によりその三次元構造が変化し、隣接するanti−anti−IRES配列とanti−IRES配列とを近付けて相補的二重鎖を形成させ、anti−IRES配列をIRESから脱離させることによりIRESを活性化させ、IRES依存性翻訳を開始させる。
【0047】
アプタマーの塩基配列は、試験管内人工進化法(SELEX(Systematic Evolution of Ligands by Exponential Enrichment)法ともいわれる。Tuerk,C.ら,Science,第240巻,第505〜510頁(1990年)を参照)により、使用するリガンドに応じて最適化することが可能である。この方法は、リガンドに対し、ランダムな塩基配列の多数のオリゴヌクレオチドの混合物であるオリゴヌクレオチドライブラリを作用させ、親和性の高いオリゴヌクレオチドを選出し、選出されたオリゴヌクレオチドを増幅するという作業を繰り返すものである。これによって、リガンドに対して選択的かつ強固に結合するオリゴヌクレオチドを最適化することが可能になる。
【0048】
(e) anti−IRES配列
anti−IRES配列は、リガンドの存在・不存在に応じてIRESから脱離または結合することにより、IRESを活性化したり或いは不活性化する作用を有するものである。より詳しくは、リガンドが存在しない場合、anti−IRES配列はIRESの構造中、その重要な部分に結合してIRESを不活性化する。一方、リガンドが存在する場合には、anti−anti−IRES配列と相補的二重鎖を形成してIRESから脱離するので、IRESは活性化される。
【0049】
anti−IRES配列は、IRESの作用効果の発揮に重要な部分に対する相補鎖としてデザインすることができる。例えば、使用するIRESの塩基配列の解析やX線結晶構造解析などにより、ループやステムループ、偽結節など、重要な三次元構造を見出す。その上で、IRESに加えて、5’末端ステムループ、ルシフェラーゼなどのレポーター遺伝子およびIRESの特定部位に対する相補鎖を有するmRNAや、当該相補鎖を有さない以外は同様のmRNAとIRESの特定部位に対する相補的なアンチセンスDNAやアンチセンスRNAなどを用いた予備実験で、レポーター遺伝子の発現試験を行い、IRES依存性翻訳に重要な部分を決定する。anti−IRES配列は、このように決定された重要部分に相補的な塩基配列とすればよい。
【0050】
anti−IRES配列のIRESに対する相補塩基長としては、6以上が好適である。当該相補塩基長が6以上であれば、リガンドが存在していないときにanti−IRES配列がIRESとより確実に相補鎖を形成し、IRESの働きを阻害してIRES依存性の翻訳を有効に抑制できる。一方、当該相補塩基長が長過ぎると、リガンドが存在していてもanti−IRES配列がIRESから脱離できず、IRESが活性化されないおそれがあり得るので、当該相補塩基長としては、15以下が好ましく、12以下がより好ましい。
【0051】
(f) IRES
IRES(内部リボソーム結合サイト)は、主にウィルスのRNA分子の内部に存在して翻訳の開始に関与するものであり、40Sリボソームや60Sリボソームがここに結合することにより翻訳が開始される。
【0052】
IRESは、上述したようにその三次元構造を決定し、その作用効果の発揮に重要な部位を特定した上で用いてもよいが、既に塩基配列や三次元構造が明らかにされているものを用いることもできる。そのようなIRESとしては、チャバネアオカメムシ腸管ウィルス、コオロギ麻痺病ウィルス、C型肝炎ウィルス、ポリオウィルスなどのIRESを挙げることができる。
【0053】
なお、本発明者の実験的知見によれば、チャバネアオカメムシ腸管ウィルスのIRESにおいては、偽結節IIIとステムループVという三次元構造がIRES依存性翻訳にとり非常に重要であるので、anti−IRES配列は、これら三次元構造に係る塩基配列と相補的なものとすればよい。
【0054】
(g) 目的遺伝子
本発明の目的遺伝子は、本発明に係る核酸分子により発現させることを所望する任意のものであればよく、特に制限されない。例えば、生産の望まれる有用なタンパク質をコードする遺伝子;ルシフェラーゼ遺伝子やGFF遺伝子(診断、バイオセンサー、バイオイメージングなどのため);その役割やネットワークを明らかにしたいタンパク質をコードする遺伝子(タンパク質の解析などのため);代謝カスケードの一部を担う遺伝子(合成生物学などのため)などを挙げることができる。
【0055】
3’末端の配列は、本発明の作用効果を阻害しない限り、特に制限されないし、また、特に設ける必要はない。例えば、目的遺伝子やIRESなどに結合し、その発現や作用を阻害するような配列は当然に用いることはできない。一方、エキソヌクレアーゼ対策として、特に問題を起こさない中立的な100塩基以上の配列を3’末端に設けることも可能である。さらに、ポリA配列を導入してもよい。
【0056】
本発明で用いるリガンドは、本発明に係るRNA分子において、アプタマーに結合してその三次元構造を変化させ、IRESを活性化させるものであれば特に制限されず、原則として所望のものを用いることができる。例えば、比較的低分子の有機化合物;金属イオンなどの無機化合物;増殖因子、酵素、受容体、膜タンパク質、ウィルスタンパク質などのタンパク質およびその一部などを挙げることができる。
【0057】
例えば、細胞膜を通じてリガンドを外部から細胞内に取り込ませる場合、水溶性の低分子有機化合物を用いることができる。このようなリガンドとしては、テオフィリン、フラビンモノヌクレオチド、テトラサイクリン、スルホローダミンを挙げることができる。その他、細胞内分子をリガンドとして用いることも可能である。但し、リガンドとしては、細胞毒性を示さないものを用いることが好ましい。
【0058】
本発明に係るDNA分子は、上記RNA分子をコードするものであり、且つ当該コード領域の上流にプロモータ配列を有することを特徴とする。かかるDNA分子は、真核細胞自体や真核細胞の抽出物からなる遺伝子発現システムにおいて、所望のリガンドを用いて所望の目的遺伝子を発現させることができる点で有用である。
【0059】
より詳しくは、本発明に係るDNA分子を真核細胞にトランスフェクションして発現させ、さらに細胞内にリガンドを導入してIRESを活性化させることにより、目的遺伝子を発現せしめることができる。また、遺伝子発現システムを含む真核細胞の抽出物と本発明に係るDNA分子を混合し、当該DNAからRNAへの転写とタンパク質への翻訳を促進して、目的遺伝子を発現させることができる。
【0060】
本発明に係るDNA分子のプロモータは、使用する真核細胞に応じたものを適宜選択すればよい。例えば、酵母に対してはGAL、動物に対してはSV40といったウィルスプロモータを用いることができる。
【0061】
本発明に係るDNA分子のトランスフェクション手段は、特に制限されない。一般的には、本発明に係るDNA分子を、使用する真核細胞に応じたプラスミドベクターやウィルスベクターに組み込んだ上で、真核細胞に導入する。また、本発明に係るDNA分子の両末端に、使用する真核細胞のDNAの相同配列を設け、相同組換えできる可能性もある。
【0062】
以上で説明した本発明に係るRNA分子とDNA分子は、真核細胞やウィルスへ導入した上で、リガンドを添加することにより、目的遺伝子を発現させることができるし、また、真核細胞の遺伝子発現システムを用い、in vitroで目的遺伝子を発現させることもできる。即ち、本発明において、真核細胞で目的遺伝子を発現することには、真核細胞自体を用いる態様のみならず、真核細胞の遺伝子発現システムを用いて無細胞的に目的遺伝子を発現させる態様も含むものとする。
【0063】
真核細胞の抽出物からなる遺伝子発現システムを利用する場合、具体的には、先ず、リボソームなど、DNAやRNAからタンパク質を合成するための物質を含む真核細胞抽出物を調製する。例えば植物細胞からかかる抽出物は、植物種子を粉砕して胚芽を選別し、胚芽を洗浄してから微粉砕し、メタノールやエタノールなどで抽出することにより得られる。また、かかる抽出物は市販品を用いてもよい。次に、得られた真核細胞抽出物と上記DNAまたはRNAとを混合し、反応させればよい。その際、アミノ酸などタンパク質合成に必要な基質などを添加してもよいし、RNAポリメラーゼなど、DNAからRNAへの転写に必要な物質をさらに添加してもよい。反応温度や反応時間は適宜調整すればよいが、例えば、20℃以上、40℃以下程度で、30分間以上、10時間以下程度反応させることができる。
【実施例】
【0064】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0065】
実験例1 PSIV IRESの最適化
(1) 鋳型DNAの調製
チャバネアオカメムシ腸管ウィルス(以下、「PSIV」という)のゲノムRNA(図3)において、第5951〜6204塩基であり、非構造タンパク質前駆体をコードする第1ORFの3’側末端の53塩基を5’側に、キャプシドタンパク質前駆体をコードする第2ORFの5’側末端であり、キャプシドタンパク質前駆体のN末端の4つのアミノ酸をコードする12塩基を3’側に、内部リボソーム結合サイト(IRES)をコードする遺伝子をそれらの間に有するRNAに対応する鋳型DNAであるpPSIV−IRES−NCP(Genscript社製の人工合成物)を、PrimeSTAR MAX DNAPolymerase(Takara Bio社製)を用いたPCRにより増幅した。また、ホタルルシフェラーゼ遺伝子(pE01−Luc,以下、「F−Luc」という)も同様に増幅した。これらDNAをライゲーションし、同様に増幅した。得られたDNAを用い、図6のステムループ構造(以下、「5’−SL」という)をコードする遺伝子を5’末端に、さらに翻訳を促進するためのT7プロモータ配列を有する鋳型DNAを調製した。
【0066】
また、上記と同様にして、上記鋳型DNAにおいて、第1ORFの3’側末端の53塩基を含まない、即ち、PSIVゲノムの第6004〜6204塩基を含む鋳型DNA;並びに、IRESをコードする遺伝子の一部が欠損、即ち、それぞれPSIVゲノムの第6017〜6204塩基、第6073〜6204塩基および第6101〜6204塩基を含む鋳型DNAを調製した。
【0067】
(2) 鋳型mRNAの調製
MEGAscript T7 Kit(Applied Biosystems社製)を用い、上記各鋳型DNAを転写した鋳型mRNAを得た。RNeasy MinElute Cleanup Kit(QIAGEN社製)を用い、得られた鋳型mRNAを精製し、また、波長260nmの光の吸収を利用して鋳型mRNAを定量した。
【0068】
得られた5種の鋳型mRNAを、図4に示す。図4中の数字は、PSIVゲノムRNA中の塩基番号を示す。また、LとSLとPKは、翻訳に必要なIRESの三次元構造を示し、Lはループ(loop)、SLはステムループ(stem-loop)、PKは偽結節(pseudoknot)を示す。また、5’−SLは、配列番号1(SEQ ID NO:1)の配列を有し、5’末端のステムループであり、真核細胞における5’末端が介在する翻訳を阻害する役割を有する。N−CPは、PSIVゲノムにおける第6193〜6204塩基であり、キャプシドタンパク質前駆体をコードする第2ORFの5’側末端であって、キャプシドタンパク質前駆体のN末端の4つのアミノ酸をコードする12塩基である。当該配列は、IRESが介在する翻訳を促進する役割を有する。F−Lucは、ホタルルシフェラーゼ遺伝子である。
【0069】
(3) 鋳型mRNAの翻訳
WEPRO1240 Expression Kit(CellFree Science社製)を用い、上記で得られた鋳型mRNAを無細胞翻訳した。具体的には、上記鋳型mRNA(3pmol)、小麦胚芽抽出物(WEPRO1240,2μL)、クレアチンキナーゼ(終濃度で40ng/μL)および標準コムギ無細胞タンパク質合成用基質(終濃度で1×)の混合物(10μL)を、26℃で1時間インキュベートした。
【0070】
(4) ルシフェラーゼアッセイ
上記(3)の反応混合物を水で11倍に希釈し、その5μLをLuciferase Assay Reagent containing luciferin(Promega社製,75μL)と混合した。反応混合液をブラック96ウェルプレートに入れ、マルチラベルプレートカウンター(Perkin−Elmer社製,Wallac ARVO MX)を用い、蛍光強度を測定した。以上の翻訳から測定を3回ずつ行い、その平均値を算出した。結果を、2番目の鋳型mRNA(図4の2:IRES6004−Luc,以下、「鋳型mRNA2」のように示す)の値を100%とする相対活性により図5に示す。
【0071】
図5のとおり、鋳型mRNA2で最も翻訳効率が高かった。鋳型mRNA2は、全IRESを含んでいる一方で、第1ORFの一部を含んでいない。それに対して、全IRESを含むが第1ORFの一部を含む鋳型mRNA1では、翻訳効率が低下している。かかる結果は、第1ORFの一部がIRESの三次元構造に影響を与えることによると考えられる。一方、IRESの一部が欠損している鋳型mRNA4〜5では、翻訳活性がほとんど見られなかった。かかる結果からは、本システムにおいては、5’末端が介在する翻訳が5’−SLによりほぼ完全に阻害されていることが分かる。
【0072】
実験例2 Anti−IRESによる翻訳の阻害
mRNA発現を制御するためには、リガンドが存在しない場合に翻訳を抑制しなければならない。そのため、IRES介在性翻訳を効率的に阻害できるAnti−IRESを探索した。
【0073】
詳しくは、上記実験例1(1)〜(2)と同様の方法により、図6に示す5’末端ステムループ(5’−SL)とPSIV−IRESのIRESとの間(Xn)に、IRESの重要な三次元構造であるループ(L)、ステムループ(SL)または偽結節(PK)の何れかに関与する配列と相補的な以下の配列が挿入されたmRNAを調製した。
【0074】
【表1】
【0075】
得られたmRNAを用い、上記実験例1(3)〜(4)と同様の方法により、翻訳効率を算出した。結果を、上記実験例1の鋳型mRNA2の値を100%とする相対活性により図7に示す。
【0076】
図7のとおり、PK−IIIに結合する鋳型mRNA8、cPK−IIに結合する鋳型mRNA11およびSL−Vに結合する鋳型mRNA13の阻害活性が非常に優れており、特に鋳型mRNA8と鋳型mRNA13が、重要なIRES部分が欠損している鋳型mRNA4と匹敵するほど阻害活性が優れていた。なお、鋳型mRNA8は、PK−IIIを構成する配列の一方に結合し、IRESの三次元構造を変化させることにより、IRES介在性翻訳を阻害すると考えられる。
【0077】
実験例3 Anti−IRESの長さの検討
次に、IRES介在性翻訳を阻害するに十分なanti−IRESの塩基長を調べた。
【0078】
上記実験例1(1)〜(2)と同様の方法により、以下のとおり、上記実験例2で最も阻害活性に優れていた鋳型mRNA8のanti−IRESの長さを変更した鋳型mRNAを調製した。
【0079】
【表2】
【0080】
得られたmRNAを用い、上記実験例1(3)〜(4)と同様の方法により、翻訳効率を算出した。結果を、上記実験例1の鋳型mRNA2の値を100%とする相対活性により図8に示す。
【0081】
図8の結果のとおり、anti−IRESの塩基長が4になると阻害活性が全く無くなった。一方、塩基長が7〜8であればほぼ完全に阻害できることが明らかとなった。
【0082】
実験例4 Anti−IRESによる翻訳の阻害の回復
mRNA発現のオン−オフを制御するためには、リガンドにより変化したIRESの構造を元に戻し、IRES介在性翻訳を回復させる必要がある。そこで、anti−IRESへ相補的に結合してその機能を阻害するanti−anti−IRESを検討した。
【0083】
上記実験例1(1)〜(2)と同様の方法により、上記実験例2の鋳型mRNA8において、5’−SLとanti−IRESとの間(Yn)に、5塩基(ループ)を介して、塩基長の異なる以下のanti−anti−IRESを有する鋳型mRNAを調製した。
【0084】
【表3】
【0085】
得られたmRNAを用い、上記実験例1(3)〜(4)と同様の方法により、翻訳効率を算出した。結果を、上記実験例1の鋳型mRNA2の値を100%とする相対活性により図9に示す。
【0086】
図9の結果のとおり、相補塩基長が3〜5では、anti−IRESにより阻害されたIRES介在性翻訳を回復させることはできなかった。しかし、相補塩基長が7の場合はほぼ50%までIRES介在性翻訳を回復させることができ、anti−IRESと同じ塩基長のanti−anti−IRESを使った場合には、約80%までIRES介在性翻訳を回復させることができた。このように、anti−IRESとanti−anti−IRESとで二本鎖を形成させれば、IRESの構造を元に戻し、IRES介在性翻訳を回復させることができ得ることが明らかにされた。
【0087】
実施例1
上記実験例1〜4の結果をもって、リガンドによりmRNA発現のオン−オフを制御するシステムとして、以下の戦略を案出した。
・ 5’末端に5’−SLを設け、5’末端介在性翻訳を抑制し、IRES介在性翻訳を利用する
・ リガンドと強固かつ選択的に結合できるアプタマー配列を、anti−IRESとanti−anti−IRESとの間に挿入する
・ モジュレータ配列(MS)をanti−anti−IRESの5’側に挿入し、anti−IRES/anti−anti−IRESの二重鎖の形成を制御する
・ 翻訳効率のオン−オフの比を高めるため、モジュレータ配列を最適化する
上記の戦略に基づく一例を、図10に示す。
【0088】
図10の左図は、リガンドが存在しない場合を示し、モジュレータ配列(MS)がanti−anti−IRESの3’末端とアプタマー配列の5’末端と結合してステムループ(MS−SL)を形成している。その結果、anti−anti−IRESはanti−IRESと結合できないため、anti−IRESはIRESの重要部位と結合し、IRESの三次元構造を変化させる。よって、5’末端介在性翻訳は5’−SLにより阻害されている上に、IRES介在性翻訳も抑制されるため、mRNAは翻訳されない。
【0089】
一方、アプタマーへ強固かつ選択的に結合するリガンドが存在する場合(図10の右図)、アプタマーへのリガンドの結合によりモジュレータ配列(MS)がアプタマーとanti−anti−IRESから遊離し、anti−anti−IRESとanti−IRESとの二重鎖形成が可能となり、その結果、IRESの三次元構造が回復し、IRES介在性翻訳が進行する。
【0090】
上記の戦略を実現化すべく、上記実験例4の鋳型mRNA aa8を基にして、テオフィリンをリガンドとすることができるmRNAをデザインし、上記実験例1(1)〜(2)と同様の方法で合成した。具体的には、鋳型mRNA aa8において、anti−anti−IRESとanti−IRESとの間にテオフィリンアプタマー配列を挿入し、また、anti−anti−IRESと5’−SLとの間にモジュレータ配列(MS)を挿入した。
【0091】
この際、モジュレータ配列(MS)において、anti−anti−IRESと結合する部分は、5’−AGAC−3’という4塩基に固定し、アプタマー配列と結合する部分を検討した。anti−anti−IRESと結合する部分を4塩基に固定した理由は、モジュレータ配列(MS)の3’側は必然的にanti−IRESの5’側と同じにならざるを得ないので、モジュレータ配列(MS)自体がIRESと結合して翻訳が阻害されるおそれがあるが、上記実験例3の鋳型mRNA8−4と8−r4のとおり、4塩基長であれば、モジュレータ配列(MS)がIRESに結合して無条件に翻訳が阻害されることはないからである。
【0092】
また、モジュレータ配列(MS)のうちアプタマー配列と結合する部分(Zn)は、以下のとおり2〜8塩基長、モジュレータ配列(MS)全体としては6〜12塩基長のものをデザインした。
【0093】
【表4】
【0094】
上記mRNAを用い、1mMテオフィリンが存在する場合と存在しない場合において、上記実験例1(3)〜(4)と同様の方法により、翻訳効率を算出した。結果を、上記実験例1の鋳型mRNA2の値を100%とする相対活性により図11に示す。
【0095】
図11の結果のとおり、モジュレータ配列(MS)のうちアプタマー配列に結合する部分が5塩基長以上、全体で9塩基長以上であれば、リガンドであるテオフィリンが存在しない場合における翻訳が十分に抑制されていた。このことは、モジュレータ配列(MS)がanti−anti−IRESとアプタマー配列に結合していることから、anti−IRESがIRESと結合してその三次元構造を変化させていることによると考えられる。一方、モジュレータ配列(MS)のうちアプタマー配列に結合する部分が8塩基長、全体で12塩基長の場合、テオリフィンが存在していても翻訳が十分に進行しなかった。その理由は、テオリフィンが存在していてもモジュレータ配列(MS)がanti−anti−IRESとアプタマー配列から離れず、anti−IRESもIRESから離れられないことによると考えられる。
【0096】
それに対して、モジュレータ配列(MS)のうちアプタマー配列に結合する部分が5〜7塩基長、全体で9〜11塩基長の場合、テオフィリンが存在していない場合に対する存在している場合の比(ON/OFF比)が約8倍から10倍までと非常に高いものとなっている。このように本発明によれば、リガンドにより遺伝子の発現を制御できることが証明された。また、本実施例では無細胞の真核細胞遺伝子発現システムを用いたが、かかる態様で良好な結果が得られたことにより、真核細胞自体を用いた形質転換技術でも同様の結果が得られると考えられる。
【0097】
また、各mRNAにおいて、mRNA発現のオン−オフ制御に最も重要であるモジュレータ配列ステムループ(MS−SL)のギブズ自由エネルギー(ΔG)を、RNAの構造から計算した。結果を図11に示す。
【0098】
図11の結果のとおり、ギブズ自由エネルギー(ΔG)が大き過ぎるとおそらくモジュレータ配列ステムループが不安定となり、リガンドが存在しない場合でもIRES依存性翻訳が開始されてしまう一方で、小さ過ぎるとモジュレータ配列ステムループが過剰に安定化し、リガンドが存在してもIRES依存性翻訳が開始されない場合があることが分かった。
【0099】
実施例2
上記実施例1の結果に基づき、リガンドとしてテオフィリンを用いるシステムを他のリガンドとアプタマー配列との組合せに適用するため、mRNAをデザインした。
【0100】
具体的には、図12のテオリフィン−アプタマーの他、フラビンモノヌクレオチド(FMN)−アプタマー、テトラサイクリン(tc)−アプタマー、スルホローダミンB−アプタマーの組合せを用いたmRNAにおいて、モジュレータ配列ステムループ(MS−SL)のギブズ自由エネルギー(ΔG)が、上記実施例1で最もON/OFF比が高かったmRNAであるtheo5の−11.7kcal/molに近くなるように、モジュレータ配列(MS)をデザインし、上記実施例1(1)〜(2)の方法と同様にして調製した。但し、テトラサイクリンなどの濃度が高過ぎるとIRES介在性翻訳が阻害されるおそれがあり得るため、テオフィリンの濃度のみ1mMとし、他の濃度は0.3mMとした。各mRNAにおけるモジュレータ配列(MS)とギブズ自由エネルギー(ΔG)を以下に示す。
【0101】
【表5】
【0102】
上記mRNAを用い、各リガンドが存在する場合と存在しない場合において、上記実験例1(3)〜(4)と同様の方法により、翻訳効率を算出した。結果を、上記実験例1の鋳型mRNA2の値を100%とする相対活性により図13に示す。
【0103】
図13の結果のとおり、各リガンドを用いない場合の翻訳効率は、mRNA theo5と同等に低い一方で、各リガンドを用いた場合の翻訳効率は向上した。特にリガンドとしてテトラサイクリンを用いた場合のON/OFF比は飛び抜けて高く、約30にも達した。
【技術分野】
【0001】
本発明は、真核細胞において目的遺伝子の発現を制御するための方法と、当該方法で用いるRNA分子とDNA分子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細胞は様々な遺伝子発現の調節機構を有しており、例えば、特定の酵素が必要となった際にそれをコードする遺伝子の発現を開始したり、また、特定の遺伝子が過剰に発現したりしないようにしている。
【0003】
このような機構としては、大腸菌のラクトースオペロンが有名である。ラクトースオペロンでは、グルコースが存在せず且つラクトースが存在するときに、ラクトース分解酵素であるβ−ガラクトシダーゼが産生されるように制御されている。
【0004】
このラクトースオペロンを利用すれば、原核細胞において、IPTGなどのラクトース類縁体による遺伝子発現の促進が可能である。しかし、遺伝子発現の促進に用いられる化合物はラクトース類縁体に限定され、所望の分子により遺伝子発現を制御することはできない。また、真核細胞でこのラクトースオペロンを用いることはできない。
【0005】
真核細胞で機能する分子応答性の遺伝子発現制御機構も、ごくわずかではあるが見出されている。しかし、やはり発現制御に使用できる化合物が限られる。
【0006】
その他にも、代謝産物などの特定分子により遺伝子の発現を制御する機構が原核生物で見出されている。詳しくは、図1のとおり、この機構においては、タンパク質をコードする遺伝子の上流にリボソーム結合部位(RBS)が存在し、さらにその上流には代謝産物などの結合部位(アプタマー)が存在する。通常は、リボソーム結合部位にリボソームが結合し、その下流の遺伝子が翻訳されるが、代謝産物などがアプタマーに結合するとリボソーム結合部位の構造が変化してリボソームが結合できなくなり、結果として翻訳が阻害される。このようにして、原核細胞の中には、特定遺伝子の過剰発現が抑制されているものがある。このような機構は、リボ核酸(RNA)がそれ自体で遺伝子発現を制御していることから、リボスイッチと呼ばれている。
【0007】
所望の分子に結合するアプタマー自体は、試験管内人工進化法で獲得することが可能であるため、アプタマーを用いた人工リボスイッチシステムの構築方法が確立できれば、所望の分子により遺伝子発現を制御でき得る。また、天然から見出されているリボスイッチは、通常、上述したような遺伝子発現を抑制するタイプのものであるが、産業上より有用な促進タイプのリボスイッチの構築も可能であり得る。実際、原核細胞で働く人工リボスイッチシステムがいくつか報告されている。
【0008】
ところが、上記の原核細胞のリボスイッチを真核細胞に応用することはできない。真核細胞では、原核細胞と異なり、mRNA内部のリボソーム結合部位へのリボソームの結合の可否により翻訳が制御されているのではなく、リボソームはmRNAの5’末端に結合し、翻訳が開始されることによる。
【0009】
しかし、真核生物でも所望の分子によりmRNAの翻訳を制御する技術が開発されている。
【0010】
例えば、特許文献1と非特許文献1〜2には、図2のとおり、特定化合物へ選択的に結合するアプタマーをmRNAの5’非翻訳領域やスプライシングサイトに挿入し、特定分子のアプタマーへの結合によりリボソームによるスキャニングやスプライソソームによるスプライシングを阻害し、結果として翻訳を阻害するシステムが開示されている。しかし、かかるシステムでは翻訳を阻害することはできても、特定分子を用いて翻訳を促進することはできない。
【0011】
また、特許文献2と非特許文献3〜4には、特定の分子により切断活性が抑制される核酸(リボザイム)や特定の分子により切断活性が付与される核酸(アプタザイム)をmRNAに挿入したシステムが開示されている。本発明者らは、同様のシステムを応用し、特定の分子を検出するためのシステムを開発している(特許文献3)。ところが、かかるシステムは複雑で設計自体が困難であり、また、核酸の切断を伴うために一方向の制御しかできない上に、システムの応答性は核酸酵素の活性に大きく依存するという欠点を有する。
【0012】
さらに、特許文献4〜5と非特許文献5〜7には、mRNAとは異なるRNAに分子応答性を付与し、アンチセンス効果やRNAi効果により翻訳を制御するシステムが記載されている。しかし当該システムでは、mRNAとは異なるRNAが必要であるため、二種のRNAの転写量や転写場所の調整が必要である。また、複数のRNAを用いると、他の遺伝子に悪影響を及ぼす可能性が増大するという問題が生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】米国特許出願公開第2002/0006661号明細書
【特許文献2】国際公開第00/24912号パンフレット
【特許文献3】特開2008−220191号公報
【特許文献4】米国特許出願公開第2006/0088864号明細書
【特許文献5】米国特許出願公開第2009/0143327号明細書
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Geoffrey Werstuckら,サイエンス(SCIENCE),第282号,第296〜298頁(1998年)
【非特許文献2】Dong-Suk Kimら,RNA,第11号,第1667〜1677頁(2005年)
【非特許文献3】Leising Yenら,ネイチャー(Nature),第431号,第471〜476頁(2004年)
【非特許文献4】Maung Nyan Winら,プロシーディングス・オブ・ザ・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンス(Proceedings of the National Academy of Sciences),第104号,第36号,第14283〜14288頁(2007年)
【非特許文献5】Travis S Bayerら,ネイチャー・バイオテクノロジー(Nature Biotechnology),第23号,第3号,第337〜343頁(2005年)
【非特許文献6】Chase L Beiselら,モレキュラー・システムズ・バイオロジー(Molecular Systems Biology),第4号,第1〜14頁(2008年)
【非特許文献7】Deepak Kumarら,ジャーナル・オブ・ザ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティ(Journal of the American Chemical Society),第131号,第13906〜13907頁(2009年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上述したように、従来、真核細胞において導入遺伝子の発現や翻訳を制御するためのシステムは既に開発されている。しかしながら、mRNA以外のRNAやRNA酵素を用いることなく、導入遺伝子の発現を所望の分子により簡便に制御できる技術は無かった。
【0016】
そこで、本発明が解決すべき課題は、mRNA以外のRNAやRNA酵素を用いることなく、導入遺伝子の発現を所望の分子により簡便に制御するためのRNA分子を提供することにある。また、本発明は、当該RNA分子をコードするDNA分子と、当該DNA分子を用いて目的遺伝子を真核細胞において発現するための方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、内部リボソーム結合サイト配列を有するウィルスmRNAを利用し、特に、その5’末端に5’末端ステムループを導入して真核細胞で主要な5’末端依存性の翻訳を抑制し、且つ適切なモジュレータ配列とアプタマー配列を導入することによりリガンドの存在・不存在時における内部リボソーム結合サイトの三次元構造の変化を制御すれば、リガンドの存在・不存在に応じて目的遺伝子の発現を明確に制御できることを見出して、本発明を完成した。
【0018】
本発明に係るRNA分子は、リガンドにより目的遺伝子の発現を制御できるRNA分子であって、5’側から以下の構造および配列を有することを特徴とする。
【0019】
(a) 5’末端依存性翻訳を阻害する5’末端ステムループ;
(b) リガンド不存在時に、下記アプタマー配列の一部と相補的に結合してモジュレータ配列ステムループを形成するモジュレータ配列;
(c) リガンド不存在時には、モジュレータ配列および下記アプタマー配列の一部と共にステムループを形成し、リガンド存在時には下記anti−内部リボソーム結合サイト配列(以下、内部リボソーム結合サイトを「IRES」(Internal Ribosome Entry Site)と略記する)と相補的二重鎖を形成するanti−anti−IRES配列;
(d) リガンドとの結合能を有するアプタマー配列;
(e) リガンド不存在時にはIRESの一部と相補的二重鎖を形成してIRESへのリボソームの結合を阻害し、リガンド存在時にはanti−anti−IRES配列と相補的二重鎖を形成するanti−IRES配列;
(f) IRES;および
(g) 目的遺伝子
【0020】
上記IRESに対するanti−IRES配列の相補塩基長としては、6以上、12以下が好適である。当該相補塩基長が6以上であれば、リガンドが存在していないときにanti−IRES配列がIRESとより確実に相補鎖を形成し、IRESの働きを阻害してIRES依存性の翻訳を有効に抑制できる。また、当該相補塩基長が12以下であれば、リガンドの存在によりanti−IRES配列がより確実にIRESから脱離し、IRES依存性翻訳を開始せしめることが十分に可能になる。
【0021】
上記anti−IRES配列に対するanti−anti−IRES配列の相補塩基長としては、6以上、12以下が好適である。当該相補塩基長が6以上であれば、リガンドが存在しているときにanti−anti−IRES配列がanti−IRES配列とより確実に相補鎖を形成してanti−IRES配列の働きを阻害し、IRES依存性の翻訳を有効に進行せしめることが可能になる。また、当該相補塩基長が12以下であれば、リガンドの不存在時にanti−IRES配列がanti−anti−IRES配列から脱離し、より確実にIRESに結合して不活性化することが可能になる。
【0022】
上記モジュレータ配列がアプタマー配列の一部のみならず、anti−anti−IRES配列の一部とも相補的二重鎖を形成する場合、その相補塩基長としては、5以下が好適である。モジュレータ配列のanti−anti−IRES配列の一部に結合する部分の塩基配列は、anti−IRES配列の一部と同一にならざるを得ない。よって、上記相補塩基長が過剰に長いと、モジュレータ配列自体がIRESに結合し、IRES配列依存性の翻訳を阻害するおそれがあり得る。しかし上記相補塩基長が5以下であれば、かかる阻害を有効に抑制することができる。
【0023】
上記アプタマー配列の一部に対するモジュレータ配列の相補塩基長としては、4以上、8以下が好適である。当該相補塩基長が4以上である場合、リガンドが存在しないときにモジュレータ配列がアプタマー配列へより確実に結合し、IRES依存性の翻訳を有効に抑制できる。一方、当該相補塩基長が8以下である場合には、リガンドの存在によるアプタマーの三次元構造変化に応じてモジュレータ配列がアプタマー配列からより確実に脱離し、anti−anti−IRES配列とanti−IRES配列との結合を抑制せず、ひいてはIRES依存性の翻訳を促進することができる。即ち、当該相補塩基長が4以上、8以下である場合には、リガンドによるIRES依存性の翻訳のオン−オフスイッチが非常に有効に働く。
【0024】
但し、アプタマー配列の一部とモジュレータ配列との好適な相補塩基長は、アプタマーの配列にも依存する。よって、同様の好適な態様は、モジュレータ配列ステムループ構造の安定性によって定めることが好ましい。かかる基準として、モジュレータ配列ステムループ構造のギブズ自由エネルギー(ΔG)が−17.5kcal/mol以上、−8.5kcal/mol以下である場合が好適である。上記で述べた理由と同様に、リガンドの存在・不存在によるモジュレータ配列ステムループ構造、即ちモジュレータ配列とanti−anti−IRES配列の一部およびアプタマー配列の一部との結合と脱離が明確となり、リガンドによるIRES依存性の翻訳のスイッチが非常に有効に働く。
【0025】
上記IRESとしては、チャバネアオカメムシ腸管ウィルスのものが好適であり、また、anti−IRES配列としては、チャバネアオカメムシ腸管ウィルスのIRESの三次元構造における偽結節IIIまたはステムループVに結合可能なものが好適である。これらIRESとanti−IRES配列の優れた効果は、後述する実験により実証されている。
【0026】
本発明に係るDNA分子は、上記RNA分子をコードするものであり、且つ当該コード領域の上流にプロモータ配列を有することを特徴とする。
【0027】
本発明に係る目的遺伝子の真核細胞における発現を制御するための第一の方法は、上記RNA分子またはDNA分子を真核細胞の抽出物と混合し、反応させる工程を含むことを特徴とする。
【0028】
また、本発明に係る目的遺伝子の真核細胞における発現を制御するための第二の方法は、上記DNA分子を真核細胞にトランスフェクションする工程;および、真核細胞にリガンドを導入することにより、内部リボソーム結合サイトを活性化する工程を含むことを特徴とする。
【0029】
上記RNA分子、DNA分子と遺伝子発現の制御方法は、真核細胞またはその抽出物を用い、リガンドの存在・不存在に応じて目的遺伝子の発現を明確に制御できる点で非常に有用である。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、従来、真核細胞における導入遺伝子発現の制御は複雑なシステムなどを用いない限りオフ制御しかできなかったのに対して、ウィルスのIRES(内部リボソーム結合サイト)を用いた簡便なシステムにより、導入遺伝子の発現をオン制御することができる。
【0031】
よって本発明は、リガンドを用いた導入遺伝子発現の制御を通じて、タンパク質の他、薬剤などの化合物の製造、疾病の治療や診断、バイオセンサーやバイオイメージング、合成生物学、タンパク質の働きや細胞の活動の網羅的な解析など、幅広い応用が考えられるものとして、産業上非常に有用である。また、本発明に係る核酸は、ウィルスにおいても発現や翻訳が可能であるので、ウィルス研究にも適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】図1は、原核細胞におけるリボスイッチを模式的に示した図である。
【図2】図2は、真核細胞における人工的なリボスイッチ、即ちアプタマーを用いた人工的なオフスイッチを模式的に示した図である。
【図3】図3は、チャバネアオカメムシ腸管ウィルスのゲノムの模式図である。
【図4】図4は、後述する予備実験(実験例1)で用いた5種の鋳型mRNAの構造の模式図である。
【図5】図5は、後述する予備実験(実験例1)におけるルシフェラーゼアッセイの結果を示すグラフである。
【図6】図6は、チャバネアオカメムシ腸管ウィルスのIRESの三次元構造を示す図である。
【図7】図7は、IRESの活性に重要な三次元構造を探索した、後述する予備実験(実験例2)におけるルシフェラーゼアッセイの結果を示すグラフである。
【図8】図8は、IRESの活性を抑制するに十分なanti−IRES配列の相補塩基長を検討した、後述する予備実験(実験例3)におけるルシフェラーゼアッセイの結果を示すグラフである。
【図9】図9は、anti−IRES配列のIRES不活性化作用を阻害するに十分なanti−anti−IRES配列の相補塩基長を検討した、後述する予備実験(実験例4)におけるルシフェラーゼアッセイの結果を示すグラフである。
【図10】図10は、本発明に係るRNA分子の具体的な一例を示す模式図である。(1)はリガンドが存在しない場合、即ちIRESが活性化されておらずIRES依存性翻訳が行われていない場合を示し、(2)はリガンドが存在する場合、即ちIRESが活性化されIRES依存性翻訳が開始されている場合を示す。
【図11】図11は、本発明に係るRNA分子において、モジュレータ配列の塩基長を検討した、後述する実施例1におけるルシフェラーゼアッセイの結果を示すグラフである。
【図12】図12は、本発明で使用可能なリガンドの例と、それに対応するアプタマーの塩基配列を示す図である。
【図13】図13は、様々なリガンドとそのアプタマーを用いた、後述する実施例2におけるルシフェラーゼアッセイの結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明に係るRNA分子の構造と配列を、5’末端側から説明する。なお、本発明に係るRNA分子の具体的な一例が図10に示されている。
【0034】
(a) 5’末端ステムループ
5’末端ステムループは、本発明に係るRNA分子の5’末端に存在し、その末端配列同士が相補鎖を形成しているステムループ構造を有するものである。その主な役割は、真核細胞での5’末端依存性翻訳、即ち、mRNAの5’末端へのリボソームの結合により開始される翻訳を阻害することにある。また、モジュレータ配列とanti−anti−IRES配列の一部およびアプタマー配列の一部との相補鎖の形成を安定化するという役割も有する。
【0035】
5’末端ステムループとしては、上記作用効果を示すものであれば特に制限されないが、その塩基長は少なくとも10塩基長程度であればよく、好ましくは10塩基長以上、200塩基長以下程度、より好ましくは12塩基長以上、100塩基長以下程度、さらに好ましくは15塩基長以上、50塩基長以下程度である。その両末端配列同士による相補鎖の長さとしては、4塩基長以上、45塩基長以下程度が好ましく、6塩基長以上、22塩基長以下程度がより好ましい。ループ部分の長さは、3塩基長以上、10塩基長以下程度が好ましく、4塩基長以上、5塩基長以下程度がより好ましい。また、T7ファージのg10leader配列の5’末端部など、天然に存在する5’末端ステムループやその人工合成物を利用してもよい。
【0036】
なお、本発明における相補鎖には、A−UおよびG−Cの組合せのみからなる完全相補鎖のみでなく、その間にそれ以外の組合せが存在していても全体として完全相補鎖と同等の融解温度(Tm)を示す不完全相補鎖も含まれるものとする。
【0037】
(b) モジュレータ配列
モジュレータ配列は、リガンドの存在・不存在によるIRES依存性翻訳の制御効率を高めるための配列である。より詳しくは、リガンド不存在時にはanti−anti−IRES配列およびアプタマー配列と共にステムループ構造を形成することによりanti−anti−IRES配列とanti−IRES配列との相補鎖の形成を抑制し、IRES依存性翻訳を抑制する。一方、リガンド存在時には、アプタマーへのリガンドの結合によるアプタマーの三次元構造変化に応じてアプタマー配列から脱離してanti−anti−IRES配列とanti−IRES配列との相補鎖の形成を可能にし、anti−IRES配列をIRESから脱離させ、IRES依存性の翻訳を開始できるようにする。
【0038】
モジュレータ配列は、アプタマー配列の一部と相補的に結合するものであることから、その3’末端部の塩基配列はアプタマー配列の5’末端部と相補的なものとすればよい。
【0039】
モジュレータ配列は、anti−anti−IRES配列の一部と相補的二重鎖を形成していてもよい。その場合、その5’末端部の塩基配列はanti−anti−IRES配列の3’末端部と相補的なものとなる。
【0040】
モジュレータ配列の塩基長は、上記作用を発揮できるように最適化すればよい。例えば、モジュレータ配列とanti−anti−IRES配列との間で相補的二重鎖が形成される場合、当該相補的配列の塩基長は、1以上、5以下とすることが好ましい。モジュレータ配列とanti−anti−IRES配列は相補的であり、さらにanti−anti−IRES配列とanti−IRES配列と相補的であることから、モジュレータ配列の一部はanti−IRES配列と同一となる。よって、上記相補塩基長が過剰に長いと、モジュレータ配列自体がIRESに結合し、IRES配列依存性の翻訳を阻害するおそれがあり得る。しかし上記相補塩基長が5以下であれば、かかる阻害を有効に抑制することができる。
【0041】
また、モジュレータ配列のアプタマー配列の一部に対する相補塩基長としては、4以上、8以下が好適である。当該相補塩基長が4以上である場合、リガンドが存在しないときにモジュレータ配列がアプタマー配列へより確実に結合し、IRES依存性の翻訳を有効に抑制できる。一方、当該相補塩基長が8以下である場合には、リガンドの存在によるアプタマーの三次元構造変化に応じてモジュレータ配列がアプタマー配列からより確実に脱離し、anti−anti−IRES配列とanti−IRES配列との結合を抑制せず、ひいてはIRES依存性の翻訳を促進することができる。即ち、当該相補塩基長が4以上、8以下である場合には、リガンドによるIRES依存性の翻訳のスイッチが非常に有効に働く。
【0042】
さらに、モジュレータ配列は、モジュレータ配列ステムループ構造のギブズ自由エネルギー(ΔG)を計算し、その値が適切なものとなるようにして、非常に簡便にデザインすることが可能である。より詳しくは、先ず、アプタマーについては、後述するようにリガンドを決定すれば、そのリガンドに選択的かつ強固に結合できる塩基配列を常法により決定することができる。また、anti−anti−IRES配列も、IRESの作用を有効に阻害できるanti−IRES配列を決定すれば、その相補鎖として決定できる。こうして決定されたアプタマー配列の一部とanti−anti−IRES配列の一部とステムループ構造を構成できるモジュレータ配列を適当にデザインし、例えば、RNA structureなどのコンピュータソフト(Mathews,D.H.ら, Proceedings of the National Academy of Sciences,第101号,第7287〜7292頁(2004年)参照)によりステムループ構造のギブズ自由エネルギー(ΔG)を計算し、その値が好ましくは−17.5kcal/mol以上、−8.5kcal/mol以下になるようにすればよい。当該値が−8.5kcal/mol以下であれば、リガンドが存在しない場合にモジュレータ配列ステムループ構造を十分安定的に維持でき、IRES依存性翻訳をより確実に抑制できる。一方、当該値が小さ過ぎるとリガンドが存在していてもモジュレータ配列ステムループ構造が解消されず、IRES依存性翻訳が開始されないおそれがあり得るので、当該値としては−17.5kcal/mol以上が好ましい。なお、RNA structureによるギブズ自由エネルギー(ΔG)は、数秒あれば計算可能である。
【0043】
(c) anti−anti−IRES配列
anti−anti−IRES配列は、リガンドが存在していないときにはモジュレータ配列とモジュレータ配列ステムループを構成する一方で、リガンドが存在しているときにはanti−IRES配列と相補的二重鎖を形成し、anti−IRES配列をIRESから脱離させてIRESを活性化させる作用を有する。
【0044】
anti−anti−IRES配列の塩基配列は、モジュレータ配列とステムループを形成するに適する配列とする。例えば、その3’末端部がモジュレータ配列の5’末端部と相補的二重鎖を形成してステムループの幹部分となる場合、両者の塩基配列は、互いに相補的なものとする。また、同時に、リガンド存在時にはanti−IRES配列と相補的二重鎖を形成するため、anti−IRES配列と相補的である必要がある。
【0045】
anti−anti−IRES配列は、上記作用を十分に発揮できるようデザインすればよいが、好適にはanti−IRES配列との相補鎖とすることができる。ここで、anti−anti−IRES配列は、anti−IRES配列に対する相補塩基長が6以上となるようにすることが好ましい。当該相補塩基長が6以上であれば、リガンドが存在しているときにanti−anti−IRES配列がanti−IRES配列とより確実に相補鎖を形成してanti−IRES配列の働きを阻害し、IRES依存性の翻訳を有効に進行せしめることが可能になる。一方、当該相補鎖長が長過ぎると、anti−IRES配列との親和性が過剰になり、リガンドが存在しない場合でもanti−IRES配列によるIRESの不活性化作用が十分に発揮されず、IRES依存性翻訳が開始されるおそれがあり得るので、当該相補鎖長は15以下が好ましく、12以下がより好ましい。
【0046】
(d) アプタマー
アプタマーは、リガンドに対して選択的かつ強固に結合できるものであり、リガンドの存在により三次元構造を変化させてIRESを活性化させる作用を有する。より詳しくは、リガンド不存在時にはモジュレータ配列およびanti−anti−IRES配列と共にモジュレータ配列ステムループを形成する。一方、リガンド存在時にはリガンドの包接によりその三次元構造が変化し、隣接するanti−anti−IRES配列とanti−IRES配列とを近付けて相補的二重鎖を形成させ、anti−IRES配列をIRESから脱離させることによりIRESを活性化させ、IRES依存性翻訳を開始させる。
【0047】
アプタマーの塩基配列は、試験管内人工進化法(SELEX(Systematic Evolution of Ligands by Exponential Enrichment)法ともいわれる。Tuerk,C.ら,Science,第240巻,第505〜510頁(1990年)を参照)により、使用するリガンドに応じて最適化することが可能である。この方法は、リガンドに対し、ランダムな塩基配列の多数のオリゴヌクレオチドの混合物であるオリゴヌクレオチドライブラリを作用させ、親和性の高いオリゴヌクレオチドを選出し、選出されたオリゴヌクレオチドを増幅するという作業を繰り返すものである。これによって、リガンドに対して選択的かつ強固に結合するオリゴヌクレオチドを最適化することが可能になる。
【0048】
(e) anti−IRES配列
anti−IRES配列は、リガンドの存在・不存在に応じてIRESから脱離または結合することにより、IRESを活性化したり或いは不活性化する作用を有するものである。より詳しくは、リガンドが存在しない場合、anti−IRES配列はIRESの構造中、その重要な部分に結合してIRESを不活性化する。一方、リガンドが存在する場合には、anti−anti−IRES配列と相補的二重鎖を形成してIRESから脱離するので、IRESは活性化される。
【0049】
anti−IRES配列は、IRESの作用効果の発揮に重要な部分に対する相補鎖としてデザインすることができる。例えば、使用するIRESの塩基配列の解析やX線結晶構造解析などにより、ループやステムループ、偽結節など、重要な三次元構造を見出す。その上で、IRESに加えて、5’末端ステムループ、ルシフェラーゼなどのレポーター遺伝子およびIRESの特定部位に対する相補鎖を有するmRNAや、当該相補鎖を有さない以外は同様のmRNAとIRESの特定部位に対する相補的なアンチセンスDNAやアンチセンスRNAなどを用いた予備実験で、レポーター遺伝子の発現試験を行い、IRES依存性翻訳に重要な部分を決定する。anti−IRES配列は、このように決定された重要部分に相補的な塩基配列とすればよい。
【0050】
anti−IRES配列のIRESに対する相補塩基長としては、6以上が好適である。当該相補塩基長が6以上であれば、リガンドが存在していないときにanti−IRES配列がIRESとより確実に相補鎖を形成し、IRESの働きを阻害してIRES依存性の翻訳を有効に抑制できる。一方、当該相補塩基長が長過ぎると、リガンドが存在していてもanti−IRES配列がIRESから脱離できず、IRESが活性化されないおそれがあり得るので、当該相補塩基長としては、15以下が好ましく、12以下がより好ましい。
【0051】
(f) IRES
IRES(内部リボソーム結合サイト)は、主にウィルスのRNA分子の内部に存在して翻訳の開始に関与するものであり、40Sリボソームや60Sリボソームがここに結合することにより翻訳が開始される。
【0052】
IRESは、上述したようにその三次元構造を決定し、その作用効果の発揮に重要な部位を特定した上で用いてもよいが、既に塩基配列や三次元構造が明らかにされているものを用いることもできる。そのようなIRESとしては、チャバネアオカメムシ腸管ウィルス、コオロギ麻痺病ウィルス、C型肝炎ウィルス、ポリオウィルスなどのIRESを挙げることができる。
【0053】
なお、本発明者の実験的知見によれば、チャバネアオカメムシ腸管ウィルスのIRESにおいては、偽結節IIIとステムループVという三次元構造がIRES依存性翻訳にとり非常に重要であるので、anti−IRES配列は、これら三次元構造に係る塩基配列と相補的なものとすればよい。
【0054】
(g) 目的遺伝子
本発明の目的遺伝子は、本発明に係る核酸分子により発現させることを所望する任意のものであればよく、特に制限されない。例えば、生産の望まれる有用なタンパク質をコードする遺伝子;ルシフェラーゼ遺伝子やGFF遺伝子(診断、バイオセンサー、バイオイメージングなどのため);その役割やネットワークを明らかにしたいタンパク質をコードする遺伝子(タンパク質の解析などのため);代謝カスケードの一部を担う遺伝子(合成生物学などのため)などを挙げることができる。
【0055】
3’末端の配列は、本発明の作用効果を阻害しない限り、特に制限されないし、また、特に設ける必要はない。例えば、目的遺伝子やIRESなどに結合し、その発現や作用を阻害するような配列は当然に用いることはできない。一方、エキソヌクレアーゼ対策として、特に問題を起こさない中立的な100塩基以上の配列を3’末端に設けることも可能である。さらに、ポリA配列を導入してもよい。
【0056】
本発明で用いるリガンドは、本発明に係るRNA分子において、アプタマーに結合してその三次元構造を変化させ、IRESを活性化させるものであれば特に制限されず、原則として所望のものを用いることができる。例えば、比較的低分子の有機化合物;金属イオンなどの無機化合物;増殖因子、酵素、受容体、膜タンパク質、ウィルスタンパク質などのタンパク質およびその一部などを挙げることができる。
【0057】
例えば、細胞膜を通じてリガンドを外部から細胞内に取り込ませる場合、水溶性の低分子有機化合物を用いることができる。このようなリガンドとしては、テオフィリン、フラビンモノヌクレオチド、テトラサイクリン、スルホローダミンを挙げることができる。その他、細胞内分子をリガンドとして用いることも可能である。但し、リガンドとしては、細胞毒性を示さないものを用いることが好ましい。
【0058】
本発明に係るDNA分子は、上記RNA分子をコードするものであり、且つ当該コード領域の上流にプロモータ配列を有することを特徴とする。かかるDNA分子は、真核細胞自体や真核細胞の抽出物からなる遺伝子発現システムにおいて、所望のリガンドを用いて所望の目的遺伝子を発現させることができる点で有用である。
【0059】
より詳しくは、本発明に係るDNA分子を真核細胞にトランスフェクションして発現させ、さらに細胞内にリガンドを導入してIRESを活性化させることにより、目的遺伝子を発現せしめることができる。また、遺伝子発現システムを含む真核細胞の抽出物と本発明に係るDNA分子を混合し、当該DNAからRNAへの転写とタンパク質への翻訳を促進して、目的遺伝子を発現させることができる。
【0060】
本発明に係るDNA分子のプロモータは、使用する真核細胞に応じたものを適宜選択すればよい。例えば、酵母に対してはGAL、動物に対してはSV40といったウィルスプロモータを用いることができる。
【0061】
本発明に係るDNA分子のトランスフェクション手段は、特に制限されない。一般的には、本発明に係るDNA分子を、使用する真核細胞に応じたプラスミドベクターやウィルスベクターに組み込んだ上で、真核細胞に導入する。また、本発明に係るDNA分子の両末端に、使用する真核細胞のDNAの相同配列を設け、相同組換えできる可能性もある。
【0062】
以上で説明した本発明に係るRNA分子とDNA分子は、真核細胞やウィルスへ導入した上で、リガンドを添加することにより、目的遺伝子を発現させることができるし、また、真核細胞の遺伝子発現システムを用い、in vitroで目的遺伝子を発現させることもできる。即ち、本発明において、真核細胞で目的遺伝子を発現することには、真核細胞自体を用いる態様のみならず、真核細胞の遺伝子発現システムを用いて無細胞的に目的遺伝子を発現させる態様も含むものとする。
【0063】
真核細胞の抽出物からなる遺伝子発現システムを利用する場合、具体的には、先ず、リボソームなど、DNAやRNAからタンパク質を合成するための物質を含む真核細胞抽出物を調製する。例えば植物細胞からかかる抽出物は、植物種子を粉砕して胚芽を選別し、胚芽を洗浄してから微粉砕し、メタノールやエタノールなどで抽出することにより得られる。また、かかる抽出物は市販品を用いてもよい。次に、得られた真核細胞抽出物と上記DNAまたはRNAとを混合し、反応させればよい。その際、アミノ酸などタンパク質合成に必要な基質などを添加してもよいし、RNAポリメラーゼなど、DNAからRNAへの転写に必要な物質をさらに添加してもよい。反応温度や反応時間は適宜調整すればよいが、例えば、20℃以上、40℃以下程度で、30分間以上、10時間以下程度反応させることができる。
【実施例】
【0064】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0065】
実験例1 PSIV IRESの最適化
(1) 鋳型DNAの調製
チャバネアオカメムシ腸管ウィルス(以下、「PSIV」という)のゲノムRNA(図3)において、第5951〜6204塩基であり、非構造タンパク質前駆体をコードする第1ORFの3’側末端の53塩基を5’側に、キャプシドタンパク質前駆体をコードする第2ORFの5’側末端であり、キャプシドタンパク質前駆体のN末端の4つのアミノ酸をコードする12塩基を3’側に、内部リボソーム結合サイト(IRES)をコードする遺伝子をそれらの間に有するRNAに対応する鋳型DNAであるpPSIV−IRES−NCP(Genscript社製の人工合成物)を、PrimeSTAR MAX DNAPolymerase(Takara Bio社製)を用いたPCRにより増幅した。また、ホタルルシフェラーゼ遺伝子(pE01−Luc,以下、「F−Luc」という)も同様に増幅した。これらDNAをライゲーションし、同様に増幅した。得られたDNAを用い、図6のステムループ構造(以下、「5’−SL」という)をコードする遺伝子を5’末端に、さらに翻訳を促進するためのT7プロモータ配列を有する鋳型DNAを調製した。
【0066】
また、上記と同様にして、上記鋳型DNAにおいて、第1ORFの3’側末端の53塩基を含まない、即ち、PSIVゲノムの第6004〜6204塩基を含む鋳型DNA;並びに、IRESをコードする遺伝子の一部が欠損、即ち、それぞれPSIVゲノムの第6017〜6204塩基、第6073〜6204塩基および第6101〜6204塩基を含む鋳型DNAを調製した。
【0067】
(2) 鋳型mRNAの調製
MEGAscript T7 Kit(Applied Biosystems社製)を用い、上記各鋳型DNAを転写した鋳型mRNAを得た。RNeasy MinElute Cleanup Kit(QIAGEN社製)を用い、得られた鋳型mRNAを精製し、また、波長260nmの光の吸収を利用して鋳型mRNAを定量した。
【0068】
得られた5種の鋳型mRNAを、図4に示す。図4中の数字は、PSIVゲノムRNA中の塩基番号を示す。また、LとSLとPKは、翻訳に必要なIRESの三次元構造を示し、Lはループ(loop)、SLはステムループ(stem-loop)、PKは偽結節(pseudoknot)を示す。また、5’−SLは、配列番号1(SEQ ID NO:1)の配列を有し、5’末端のステムループであり、真核細胞における5’末端が介在する翻訳を阻害する役割を有する。N−CPは、PSIVゲノムにおける第6193〜6204塩基であり、キャプシドタンパク質前駆体をコードする第2ORFの5’側末端であって、キャプシドタンパク質前駆体のN末端の4つのアミノ酸をコードする12塩基である。当該配列は、IRESが介在する翻訳を促進する役割を有する。F−Lucは、ホタルルシフェラーゼ遺伝子である。
【0069】
(3) 鋳型mRNAの翻訳
WEPRO1240 Expression Kit(CellFree Science社製)を用い、上記で得られた鋳型mRNAを無細胞翻訳した。具体的には、上記鋳型mRNA(3pmol)、小麦胚芽抽出物(WEPRO1240,2μL)、クレアチンキナーゼ(終濃度で40ng/μL)および標準コムギ無細胞タンパク質合成用基質(終濃度で1×)の混合物(10μL)を、26℃で1時間インキュベートした。
【0070】
(4) ルシフェラーゼアッセイ
上記(3)の反応混合物を水で11倍に希釈し、その5μLをLuciferase Assay Reagent containing luciferin(Promega社製,75μL)と混合した。反応混合液をブラック96ウェルプレートに入れ、マルチラベルプレートカウンター(Perkin−Elmer社製,Wallac ARVO MX)を用い、蛍光強度を測定した。以上の翻訳から測定を3回ずつ行い、その平均値を算出した。結果を、2番目の鋳型mRNA(図4の2:IRES6004−Luc,以下、「鋳型mRNA2」のように示す)の値を100%とする相対活性により図5に示す。
【0071】
図5のとおり、鋳型mRNA2で最も翻訳効率が高かった。鋳型mRNA2は、全IRESを含んでいる一方で、第1ORFの一部を含んでいない。それに対して、全IRESを含むが第1ORFの一部を含む鋳型mRNA1では、翻訳効率が低下している。かかる結果は、第1ORFの一部がIRESの三次元構造に影響を与えることによると考えられる。一方、IRESの一部が欠損している鋳型mRNA4〜5では、翻訳活性がほとんど見られなかった。かかる結果からは、本システムにおいては、5’末端が介在する翻訳が5’−SLによりほぼ完全に阻害されていることが分かる。
【0072】
実験例2 Anti−IRESによる翻訳の阻害
mRNA発現を制御するためには、リガンドが存在しない場合に翻訳を抑制しなければならない。そのため、IRES介在性翻訳を効率的に阻害できるAnti−IRESを探索した。
【0073】
詳しくは、上記実験例1(1)〜(2)と同様の方法により、図6に示す5’末端ステムループ(5’−SL)とPSIV−IRESのIRESとの間(Xn)に、IRESの重要な三次元構造であるループ(L)、ステムループ(SL)または偽結節(PK)の何れかに関与する配列と相補的な以下の配列が挿入されたmRNAを調製した。
【0074】
【表1】
【0075】
得られたmRNAを用い、上記実験例1(3)〜(4)と同様の方法により、翻訳効率を算出した。結果を、上記実験例1の鋳型mRNA2の値を100%とする相対活性により図7に示す。
【0076】
図7のとおり、PK−IIIに結合する鋳型mRNA8、cPK−IIに結合する鋳型mRNA11およびSL−Vに結合する鋳型mRNA13の阻害活性が非常に優れており、特に鋳型mRNA8と鋳型mRNA13が、重要なIRES部分が欠損している鋳型mRNA4と匹敵するほど阻害活性が優れていた。なお、鋳型mRNA8は、PK−IIIを構成する配列の一方に結合し、IRESの三次元構造を変化させることにより、IRES介在性翻訳を阻害すると考えられる。
【0077】
実験例3 Anti−IRESの長さの検討
次に、IRES介在性翻訳を阻害するに十分なanti−IRESの塩基長を調べた。
【0078】
上記実験例1(1)〜(2)と同様の方法により、以下のとおり、上記実験例2で最も阻害活性に優れていた鋳型mRNA8のanti−IRESの長さを変更した鋳型mRNAを調製した。
【0079】
【表2】
【0080】
得られたmRNAを用い、上記実験例1(3)〜(4)と同様の方法により、翻訳効率を算出した。結果を、上記実験例1の鋳型mRNA2の値を100%とする相対活性により図8に示す。
【0081】
図8の結果のとおり、anti−IRESの塩基長が4になると阻害活性が全く無くなった。一方、塩基長が7〜8であればほぼ完全に阻害できることが明らかとなった。
【0082】
実験例4 Anti−IRESによる翻訳の阻害の回復
mRNA発現のオン−オフを制御するためには、リガンドにより変化したIRESの構造を元に戻し、IRES介在性翻訳を回復させる必要がある。そこで、anti−IRESへ相補的に結合してその機能を阻害するanti−anti−IRESを検討した。
【0083】
上記実験例1(1)〜(2)と同様の方法により、上記実験例2の鋳型mRNA8において、5’−SLとanti−IRESとの間(Yn)に、5塩基(ループ)を介して、塩基長の異なる以下のanti−anti−IRESを有する鋳型mRNAを調製した。
【0084】
【表3】
【0085】
得られたmRNAを用い、上記実験例1(3)〜(4)と同様の方法により、翻訳効率を算出した。結果を、上記実験例1の鋳型mRNA2の値を100%とする相対活性により図9に示す。
【0086】
図9の結果のとおり、相補塩基長が3〜5では、anti−IRESにより阻害されたIRES介在性翻訳を回復させることはできなかった。しかし、相補塩基長が7の場合はほぼ50%までIRES介在性翻訳を回復させることができ、anti−IRESと同じ塩基長のanti−anti−IRESを使った場合には、約80%までIRES介在性翻訳を回復させることができた。このように、anti−IRESとanti−anti−IRESとで二本鎖を形成させれば、IRESの構造を元に戻し、IRES介在性翻訳を回復させることができ得ることが明らかにされた。
【0087】
実施例1
上記実験例1〜4の結果をもって、リガンドによりmRNA発現のオン−オフを制御するシステムとして、以下の戦略を案出した。
・ 5’末端に5’−SLを設け、5’末端介在性翻訳を抑制し、IRES介在性翻訳を利用する
・ リガンドと強固かつ選択的に結合できるアプタマー配列を、anti−IRESとanti−anti−IRESとの間に挿入する
・ モジュレータ配列(MS)をanti−anti−IRESの5’側に挿入し、anti−IRES/anti−anti−IRESの二重鎖の形成を制御する
・ 翻訳効率のオン−オフの比を高めるため、モジュレータ配列を最適化する
上記の戦略に基づく一例を、図10に示す。
【0088】
図10の左図は、リガンドが存在しない場合を示し、モジュレータ配列(MS)がanti−anti−IRESの3’末端とアプタマー配列の5’末端と結合してステムループ(MS−SL)を形成している。その結果、anti−anti−IRESはanti−IRESと結合できないため、anti−IRESはIRESの重要部位と結合し、IRESの三次元構造を変化させる。よって、5’末端介在性翻訳は5’−SLにより阻害されている上に、IRES介在性翻訳も抑制されるため、mRNAは翻訳されない。
【0089】
一方、アプタマーへ強固かつ選択的に結合するリガンドが存在する場合(図10の右図)、アプタマーへのリガンドの結合によりモジュレータ配列(MS)がアプタマーとanti−anti−IRESから遊離し、anti−anti−IRESとanti−IRESとの二重鎖形成が可能となり、その結果、IRESの三次元構造が回復し、IRES介在性翻訳が進行する。
【0090】
上記の戦略を実現化すべく、上記実験例4の鋳型mRNA aa8を基にして、テオフィリンをリガンドとすることができるmRNAをデザインし、上記実験例1(1)〜(2)と同様の方法で合成した。具体的には、鋳型mRNA aa8において、anti−anti−IRESとanti−IRESとの間にテオフィリンアプタマー配列を挿入し、また、anti−anti−IRESと5’−SLとの間にモジュレータ配列(MS)を挿入した。
【0091】
この際、モジュレータ配列(MS)において、anti−anti−IRESと結合する部分は、5’−AGAC−3’という4塩基に固定し、アプタマー配列と結合する部分を検討した。anti−anti−IRESと結合する部分を4塩基に固定した理由は、モジュレータ配列(MS)の3’側は必然的にanti−IRESの5’側と同じにならざるを得ないので、モジュレータ配列(MS)自体がIRESと結合して翻訳が阻害されるおそれがあるが、上記実験例3の鋳型mRNA8−4と8−r4のとおり、4塩基長であれば、モジュレータ配列(MS)がIRESに結合して無条件に翻訳が阻害されることはないからである。
【0092】
また、モジュレータ配列(MS)のうちアプタマー配列と結合する部分(Zn)は、以下のとおり2〜8塩基長、モジュレータ配列(MS)全体としては6〜12塩基長のものをデザインした。
【0093】
【表4】
【0094】
上記mRNAを用い、1mMテオフィリンが存在する場合と存在しない場合において、上記実験例1(3)〜(4)と同様の方法により、翻訳効率を算出した。結果を、上記実験例1の鋳型mRNA2の値を100%とする相対活性により図11に示す。
【0095】
図11の結果のとおり、モジュレータ配列(MS)のうちアプタマー配列に結合する部分が5塩基長以上、全体で9塩基長以上であれば、リガンドであるテオフィリンが存在しない場合における翻訳が十分に抑制されていた。このことは、モジュレータ配列(MS)がanti−anti−IRESとアプタマー配列に結合していることから、anti−IRESがIRESと結合してその三次元構造を変化させていることによると考えられる。一方、モジュレータ配列(MS)のうちアプタマー配列に結合する部分が8塩基長、全体で12塩基長の場合、テオリフィンが存在していても翻訳が十分に進行しなかった。その理由は、テオリフィンが存在していてもモジュレータ配列(MS)がanti−anti−IRESとアプタマー配列から離れず、anti−IRESもIRESから離れられないことによると考えられる。
【0096】
それに対して、モジュレータ配列(MS)のうちアプタマー配列に結合する部分が5〜7塩基長、全体で9〜11塩基長の場合、テオフィリンが存在していない場合に対する存在している場合の比(ON/OFF比)が約8倍から10倍までと非常に高いものとなっている。このように本発明によれば、リガンドにより遺伝子の発現を制御できることが証明された。また、本実施例では無細胞の真核細胞遺伝子発現システムを用いたが、かかる態様で良好な結果が得られたことにより、真核細胞自体を用いた形質転換技術でも同様の結果が得られると考えられる。
【0097】
また、各mRNAにおいて、mRNA発現のオン−オフ制御に最も重要であるモジュレータ配列ステムループ(MS−SL)のギブズ自由エネルギー(ΔG)を、RNAの構造から計算した。結果を図11に示す。
【0098】
図11の結果のとおり、ギブズ自由エネルギー(ΔG)が大き過ぎるとおそらくモジュレータ配列ステムループが不安定となり、リガンドが存在しない場合でもIRES依存性翻訳が開始されてしまう一方で、小さ過ぎるとモジュレータ配列ステムループが過剰に安定化し、リガンドが存在してもIRES依存性翻訳が開始されない場合があることが分かった。
【0099】
実施例2
上記実施例1の結果に基づき、リガンドとしてテオフィリンを用いるシステムを他のリガンドとアプタマー配列との組合せに適用するため、mRNAをデザインした。
【0100】
具体的には、図12のテオリフィン−アプタマーの他、フラビンモノヌクレオチド(FMN)−アプタマー、テトラサイクリン(tc)−アプタマー、スルホローダミンB−アプタマーの組合せを用いたmRNAにおいて、モジュレータ配列ステムループ(MS−SL)のギブズ自由エネルギー(ΔG)が、上記実施例1で最もON/OFF比が高かったmRNAであるtheo5の−11.7kcal/molに近くなるように、モジュレータ配列(MS)をデザインし、上記実施例1(1)〜(2)の方法と同様にして調製した。但し、テトラサイクリンなどの濃度が高過ぎるとIRES介在性翻訳が阻害されるおそれがあり得るため、テオフィリンの濃度のみ1mMとし、他の濃度は0.3mMとした。各mRNAにおけるモジュレータ配列(MS)とギブズ自由エネルギー(ΔG)を以下に示す。
【0101】
【表5】
【0102】
上記mRNAを用い、各リガンドが存在する場合と存在しない場合において、上記実験例1(3)〜(4)と同様の方法により、翻訳効率を算出した。結果を、上記実験例1の鋳型mRNA2の値を100%とする相対活性により図13に示す。
【0103】
図13の結果のとおり、各リガンドを用いない場合の翻訳効率は、mRNA theo5と同等に低い一方で、各リガンドを用いた場合の翻訳効率は向上した。特にリガンドとしてテトラサイクリンを用いた場合のON/OFF比は飛び抜けて高く、約30にも達した。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リガンドにより目的遺伝子の発現を制御できるRNA分子であって、5’側から以下の構造および配列を有することを特徴とするRNA分子。
(a) 5’末端依存性翻訳を阻害する5’末端ステムループ;
(b) リガンド不存在時に、下記アプタマー配列の一部と相補的に結合してモジュレータ配列ステムループを形成するモジュレータ配列;
(c) リガンド不存在時には、モジュレータ配列および下記アプタマー配列の一部と共にステムループを形成し、リガンド存在時には下記anti−内部リボソーム結合サイト配列と相補的二重鎖を形成するanti−anti−内部リボソーム結合サイト配列;
(d) リガンドとの結合能を有するアプタマー配列;
(e) リガンド不存在時には内部リボソーム結合サイトの一部と相補的二重鎖を形成して内部リボソーム結合サイトへのリボソームの結合を阻害し、リガンド存在時にはanti−anti−内部リボソーム結合サイト配列と相補的二重鎖を形成するanti−内部リボソーム結合サイト配列;
(f) 内部リボソーム結合サイト;および
(g) 目的遺伝子
【請求項2】
内部リボソーム結合サイトに対するanti−内部リボソーム結合サイト配列の相補塩基長が6以上、12以下である請求項1に記載のRNA分子。
【請求項3】
anti−内部リボソーム結合サイト配列に対するanti−anti−内部リボソーム結合サイト配列の相補塩基長が6以上、12以下である請求項1または2に記載のRNA分子。
【請求項4】
anti−anti−内部リボソーム結合サイト配列の一部に対するモジュレータ配列の相補塩基長が5以下である請求項1〜3のいずれかに記載のRNA分子。
【請求項5】
アプタマー配列の一部に対するモジュレータ配列の相補塩基長が4以上、8以下である請求項1〜4のいずれかに記載のRNA分子。
【請求項6】
モジュレータ配列ステムループ構造のギブズ自由エネルギー(ΔG)が、−17.5kcal/mol以上、−8.5kcal/mol以下である請求項1〜5のいずれかに記載のRNA分子。
【請求項7】
内部リボソーム結合サイトが、チャバネアオカメムシ腸管ウィルスのものである請求項1〜6のいずれかに記載のRNA分子。
【請求項8】
anti−内部リボソーム結合サイト配列が、チャバネアオカメムシ腸管ウィルスの内部リボソーム結合サイト配列の三次元構造における偽結節IIIまたはステムループVに結合可能なものである請求項7に記載のRNA分子。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載のRNA分子をコードするものであり、且つ当該コード領域の上流にプロモータ配列を有することを特徴とするDNA分子。
【請求項10】
目的遺伝子の真核細胞における発現を制御するための方法であって、
請求項1〜8のいずれかに記載のRNA分子または請求項9に記載のDNA分子を、真核細胞の抽出物と混合し、反応させる工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項11】
目的遺伝子の真核細胞における発現を制御するための方法であって、
請求項9に記載のDNA分子を真核細胞にトランスフェクションする工程;および
真核細胞にリガンドを導入することにより、内部リボソーム結合サイトを活性化する工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項1】
リガンドにより目的遺伝子の発現を制御できるRNA分子であって、5’側から以下の構造および配列を有することを特徴とするRNA分子。
(a) 5’末端依存性翻訳を阻害する5’末端ステムループ;
(b) リガンド不存在時に、下記アプタマー配列の一部と相補的に結合してモジュレータ配列ステムループを形成するモジュレータ配列;
(c) リガンド不存在時には、モジュレータ配列および下記アプタマー配列の一部と共にステムループを形成し、リガンド存在時には下記anti−内部リボソーム結合サイト配列と相補的二重鎖を形成するanti−anti−内部リボソーム結合サイト配列;
(d) リガンドとの結合能を有するアプタマー配列;
(e) リガンド不存在時には内部リボソーム結合サイトの一部と相補的二重鎖を形成して内部リボソーム結合サイトへのリボソームの結合を阻害し、リガンド存在時にはanti−anti−内部リボソーム結合サイト配列と相補的二重鎖を形成するanti−内部リボソーム結合サイト配列;
(f) 内部リボソーム結合サイト;および
(g) 目的遺伝子
【請求項2】
内部リボソーム結合サイトに対するanti−内部リボソーム結合サイト配列の相補塩基長が6以上、12以下である請求項1に記載のRNA分子。
【請求項3】
anti−内部リボソーム結合サイト配列に対するanti−anti−内部リボソーム結合サイト配列の相補塩基長が6以上、12以下である請求項1または2に記載のRNA分子。
【請求項4】
anti−anti−内部リボソーム結合サイト配列の一部に対するモジュレータ配列の相補塩基長が5以下である請求項1〜3のいずれかに記載のRNA分子。
【請求項5】
アプタマー配列の一部に対するモジュレータ配列の相補塩基長が4以上、8以下である請求項1〜4のいずれかに記載のRNA分子。
【請求項6】
モジュレータ配列ステムループ構造のギブズ自由エネルギー(ΔG)が、−17.5kcal/mol以上、−8.5kcal/mol以下である請求項1〜5のいずれかに記載のRNA分子。
【請求項7】
内部リボソーム結合サイトが、チャバネアオカメムシ腸管ウィルスのものである請求項1〜6のいずれかに記載のRNA分子。
【請求項8】
anti−内部リボソーム結合サイト配列が、チャバネアオカメムシ腸管ウィルスの内部リボソーム結合サイト配列の三次元構造における偽結節IIIまたはステムループVに結合可能なものである請求項7に記載のRNA分子。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載のRNA分子をコードするものであり、且つ当該コード領域の上流にプロモータ配列を有することを特徴とするDNA分子。
【請求項10】
目的遺伝子の真核細胞における発現を制御するための方法であって、
請求項1〜8のいずれかに記載のRNA分子または請求項9に記載のDNA分子を、真核細胞の抽出物と混合し、反応させる工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項11】
目的遺伝子の真核細胞における発現を制御するための方法であって、
請求項9に記載のDNA分子を真核細胞にトランスフェクションする工程;および
真核細胞にリガンドを導入することにより、内部リボソーム結合サイトを活性化する工程を含むことを特徴とする方法。
【図3】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図1】
【図2】
【図4】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図1】
【図2】
【図4】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2012−23998(P2012−23998A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−164364(P2010−164364)
【出願日】平成22年7月21日(2010.7.21)
【出願人】(504147254)国立大学法人愛媛大学 (214)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年7月21日(2010.7.21)
【出願人】(504147254)国立大学法人愛媛大学 (214)
【Fターム(参考)】
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