説明

真空蒸着装置

【課題】 基板ホルダー及び真空チャンバー内壁へ向かう反射電子を低減する。
【解決手段】 真空チャンバー1内の上部に基板ホルダー4が取り付けられ、真空チャンバー1内の下部に、蒸発材料8が充填されるハースライナー9′を収容した坩堝7′と電子銃10とを有する電子ビーム蒸発源が設けられており、坩堝7′の内面と該内面に対向するハースライナー9′の外面との間に、電子銃10からの電子ビームEBが入射し、入射した電子が坩堝7′の内面とハースライナー9′の外面との間で散乱される空間が形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子ビーム蒸発源を用いた真空蒸着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
真空蒸着装置は、真空チャンバー内において、蒸発させた物質を基板に付着させるもので、光学レンズの反射防止膜等の膜形成に使われている。
【0003】
最近、この様な真空蒸着装置には、電子ビーム照射により蒸発材料を加熱蒸発させる、いわゆる、電子ビーム蒸発源が多く用いられている。
【0004】
さて、この様な電子ビーム蒸発源において、例えば水冷により冷却された銅製の坩堝(冷却坩堝)に直接蒸発材料を充填し、該蒸発材料に電子ビームを照射すると、前記坩堝の水冷により蒸発材料の熱が奪われてしまい、蒸発材料の加熱効率が著しく低下してしまう。更に、該蒸発材料の表面部分の温度と前記坩堝に接触する部分との温度差が著しく大きくなる為に、該蒸発材料中に突沸が生じてしまう。
【0005】
そこで、前記坩堝の内側に断熱性の高い材料で製作したハースライナーと呼ばれる内坩堝をセットし、このハースライナーに蒸発材料を充填し、該蒸発材料を電子ビーム照射で加熱する様に成すことによって、該蒸発材料から前記坩堝への熱伝導を激減させ、それにより前記問題を解決している。
【0006】
尚、この様なハースライナーを設けることにより、蒸着後の汚れを掃除する場合、前記坩堝内部は汚れていないので、小部品であるハースライナーだけを該坩堝から取り外して掃除すれば済み、掃除自体が極めて楽になるメリットもある。
【0007】
図1はこの様な電子ビーム蒸発源を備えた真空蒸着装置の一概略例を示したものである。
【0008】
図中1は真空チャンバーで、排気通路2を通じて真空ポンプ(図示せず)により排気される様に成っている。
該真空チャンバーの上壁中央には、基板3(3a、3b、3c、…)がセットされた基板ホルダー4がホルダー支持軸5を介して取り付けられている。
【0009】
前記真空チャンバー1の底壁に設けられた基台6中には、坩堝7が設けられており、該坩堝内に蒸発材料8が充填されたハースライナー9が設置されている。
【0010】
又、前記基台6中には、前記坩堝7に隣接して電子銃10が設けられており、該電子銃からの電子ビームEBが偏向器(図示せず)により、例えば270゜偏向され、前記ハースライナー9に充填された前記蒸発材料8を衝撃する様に成されている。尚、前記電子銃10と前記坩堝7の間には、走査用コイル(図示せず)が設けられており、該電子銃から発生し、前記偏向器(図示せず)により偏向された電子ビームEBが前記蒸発材料8上を走査する様に成されている。
【0011】
この様な真空蒸着装置において、先ず、オペレータの指令に基づき前記真空チャンバー1内を真空ポンプ(図示せず)により真空排気する。
【0012】
該真空チャンバー内が所定の真空度に達したら、制御装置(図示せず)により前記電子銃10を作動し、該電子銃からの電子ビームEBは偏向器(図示せず)により例えば270°偏向され、前記ハースライナー9内の前記蒸発材料8を照射する。そして、走査コイル(図示せず)の働きにより、前記電子ビームEBは該蒸発材料上を走査する。
【0013】
この前記電子ビームEBの衝撃により、前記蒸発材料8は加熱され、やがて蒸発を始め、蒸発物質は前記基板3に到達し、該基板表面に膜状に付着する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2004− 315953号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
さて、この様な基板への膜形成において、前記電子銃10からの電子ビームが前記蒸発材料8へ照射された時、該電子ビームの一部が該蒸発材料の表面で散乱し、反射電子BSEが発生する。
【0016】
この様な反射電子BSEは前記基板3や前記真空チャンバー1内壁の方向に向かい、この様な反射電子BSEの一部は該基板や前記真空チャンバー1内壁に達して損傷を与える。
【0017】
特に、前記基板3が樹脂製の場合には、反射電子BSEが当たることにより蒸発物質の密着性の低下や膜質の低下をもたらす。
【0018】
又、前記ハースライナー9内に充填された前記蒸発材料8が有機物等の極めて分解し易い材料の場合には、前記電子銃10からの電子ビーム照射により、物質構造が破壊されてしまう。
【0019】
本発明は、この様な問題を解決する新規な真空蒸着装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明の真空蒸着装置は、真空チャンバー、該真空チャンバー内に取り付けられた基板ホルダー、及び、該真空チャンバー内に設けられ、蒸発材料が充填されるハースライナーを収容した坩堝と電子銃とを有する電子ビーム蒸発源を備えた真空蒸着装置において、前記坩堝の内面と該内面に対向する前記ハースライナーの外面との間に、前記電子銃からの電子ビームが入射し、該入射した電子が前記坩堝の内面と前記ハースライナーの外面との間で散乱される空間が形成されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、ハースライナーに充填された蒸発材料に電子ビームを直接照射せずに、坩堝とハースラーナーとの間に電子銃からの電子ビームが入射する空間を形成し、この空間内において坩堝内面とハースライナー外面との間で電子の散乱を繰り返す様にして、該ハースライナーを加熱し、該ハースライナーの加熱によって充填されている蒸発材料を加熱する様に成したので、真空チャンバーや基板方向に向かって来る反射電子が著しく少なくなる。従って、該真空チャンバー内壁や基板の損傷が避けられ、前記基板が樹脂製であっても蒸発物質の密着性の低下や膜質の低下が避けられる。
【0022】
又、本発明では、蒸発材料に直接電子ビームが照射されないので、ハースライナーに充填された蒸発材料が有機物の様な分解し易い物質であっても、物質構造が破壊されることがない。
【0023】
又、本発明では、従来の坩堝と同様に前記真空チャンバー内に設置することで、高融点材料の蒸着を大気開放せずに連続成膜することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】真空蒸着装置の一概略例を示したものである。
【図2】本発明の真空蒸着装置の一概略例を示したものである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0026】
図2は本発明の真空蒸着装置の一概略例を示したものである。尚、図1で使用した記号と同一記号の付されたものは同一構成要素を示す。
【0027】
図2に示す真空蒸着装置が図1の真空蒸着装置に対して異なる所は、電子銃、坩堝及びハースライナーを主要部とする電子ビーム蒸発源の構造である。
【0028】
図2に示す坩堝7′とハースライナー9′は共にお椀状の形状を成しているが、前記坩堝7′の口径がハースライナー9′の口径より大きく(例えば、1.5倍程度〜2倍程度)且つ該坩堝の深さも該ハースライナーの深さより大きく(例えば、1.5倍程度〜2倍程度)形成されており、該坩堝の一方(電子銃10側)の内側面と該ハースライナーの一方(電子銃10側)の外側面との間、及び、該坩堝の内底面と該ハースライナーの外底面との間にそれぞれ空間が出来る様に、該坩堝の他方の内側面に該ハースライナーの他方の該側面が取り付けられている。
【0029】
更に、前記坩堝7′の一方(電子銃10側)の内側面と前記ハースライナー9′の一方(電子銃10側)の外側面との間に形成される空間の底面に相当する該坩堝の内底面部LAと、該内底面部に対向する前記ハースライナー9′の外底面部LBが、共に左傾きの傾斜面を成している。
【0030】
この様な真空蒸着装置において、先ず、オペレータの指令に基づき前記チャンバー1内を真空ポンプ(図示せず)により真空に排気する。
【0031】
該真空チャンバー内が所定の真空度に達したら、制御装置(図示せず)の指令により前記電子銃10が作動し、該電子銃からの電子ビームEBは偏向器(図示せず)により例えば270°偏向され、前記坩堝7′の一方(電子銃10側)の内側面と前記ハースライナー9′の一方(電子銃10側)の外側面の間に形成される空間部に入射し、該坩堝の内底面部LAを照射する。
【0032】
そして、走査コイル(図示せず)の働きにより、前記電子ビームEBは該坩堝の内底面部LA上を走査する。
【0033】
この様に前記坩堝の内底面部LAに電子ビームEBが照射されると、該内底面部LAから反射電子BSEが放出され、該反射電子は前記内底面部LAに対向する前記ハースライナーの外底面部LBに向かう。そして、ここで反射して前記坩堝7′の内底面に向かい、更に、ここで散乱して前記ハースライナー9′の外底面に向かう。この様にして、前記坩堝7′の内底面部LAの反射電子放出が発端となり、前記坩堝7′の内面と前記ハースライナー9′の外面との間に形成されている空間における該坩堝内面と該ハースライナー外面の間で反射電子BSEの散乱を繰り返すと、前記ハースライナー9′は該反射電子の一部を吸収することにより加熱されることになる。
【0034】
この様にして該ハースライナーが加熱されると、該ハースライナー内に充填された前記蒸発材料8が加熱され、やがて蒸発を始め、蒸発物質は前記基板3に到達し、該基板表面に膜状に付着する。
【0035】
尚、前記坩堝7′の内面と前記ハースライナー9′の外面との間に形成されている空間の開口部に当たる部分は、さほど大きくないので、該空間内で散乱を繰り返している電子が前記基板ホルダー4やチャンバー1内壁の方向に出ていくものは少ない。この際、電子ビームの入射角を出来るだけ小さくし、且つ、前記空間の開口部サイズに対する該空間の深さの比(アスペクト比)を十分大きくすることによって、該開口部から外部へ出ていく反射電子BSEの量を著しく少なくすることが出来る。
【0036】
尚、前記坩堝7′やハースライナー9′は有底円筒状のものでも良い。
【0037】
又、前記坩堝7′とハースライナー9′の間に形成される空間内で電子の散乱を生じさせる為の構造は前記図2に示されるものに限定されない。例えば、前記坩堝7′内面とハースライナー9′外面に形成されている傾斜面は1つであったが、二つ以上形成されていても良い。
【0038】
又、前記電子銃10からの電子が入射し、電子の散乱が繰り返される空間が、前記坩堝7′の内底面とハースライナー9′の外底面との間、及び、坩堝の一方(電子銃10側)の内側面とハースライナー9′の一方の外側面との間にそれぞれ形成される様にし、前記坩堝7′の他方の内側面にハースライナー9′の他方の外側面を取り付ける様にしたが、前記電子銃10からの電子が入射し、電子の反射が繰り返される空間が、前記坩堝7′の内底面とハースライナー9′の外底面との間、及び、前記坩堝7′の他方の内側面とハースライナー9′の他方の外側面との間にそれぞれ形成される様にし、前記坩堝7′の一方(電子銃10側)の内側面にハースライナー9′の一方の外側面を取り付ける様にしても良い。尚、前記坩堝7′の内側面とハースライナー9′の外側面との間に形成される空間における電子の散乱の繰り返しのみで前記蒸発材料8を蒸発させられるなら、前記坩堝7′の内底面とハースライナー9′の外底面との間に空間を形成する必要はない。
【符号の説明】
【0039】
1…真空チャンバー
2…真空排気通路
3…基板
4…基板ホルダー
5…ホルダー支持軸
6…基台
7、7′…坩堝
8…蒸発材料
9、9′…ハースライナー
10…電子銃
EB…電子ビーム
BSE…反射電子
LA…坩堝内傾斜面
LB…ハースライナー内傾斜面部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空チャンバー、該真空チャンバー内に取り付けられた基板ホルダー、及び、該真空チャンバー内に設けられ、蒸発材料が充填されるハースライナーを収容した坩堝と電子銃とを有する電子ビーム蒸発源を備えた真空蒸着装置において、前記坩堝の内面と該内面に対向する前記ハースライナーの外面との間に、前記電子銃からの電子ビームが入射し、該入射した電子が前記坩堝の内面と前記ハースライナーの外面との間で散乱される空間が形成されていることを特徴とする真空蒸着装置。
【請求項2】
少なくとも前記坩堝の一方の内側面と該内側面に対向する前記ハースライナーの一方の外側面との間に、前記電子銃からの電子ビームが入射し、該入射した電子が前記坩堝内側面と前記ハースライナーの外側面との間で散乱される空間が形成されていることを特徴とする請求項1記載の真空蒸着装置。
【請求項3】
前記坩堝の内底面と該内底面に対向する前記ハースライナーの外底面との間に、前記電子が前記坩堝内底面と前記ハースライナーの外底面との間で散乱される空間が形成されていることを特徴とする請求項2記載の真空蒸着装置。
【請求項4】
前記坩堝の他方の内側面に前記ハースライナーの他方の外側面が取り付けられている請求項2記載の真空蒸着装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−255059(P2010−255059A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−107622(P2009−107622)
【出願日】平成21年4月27日(2009.4.27)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】