説明

硫黄化合物の分析方法

【課題】検出下限及び定量下限が低い、炭化水素に含まれる硫黄化合物の定性及び定量分析方法を提供する。
【解決手段】炭化水素に含まれる硫黄化合物をガスクロマトグラフ−誘導結合プラズマ質量分析装置により定性及び定量分析する際に、コリジョンガスとしてキセノンガスを0.05mL/分以上供給することを特徴とする硫黄化合物の分析方法である。ここで、前記硫黄化合物がベンゾチオフェン及び/又は該ベンゾチオフェンよりも分子量の大きい硫黄化合物である場合、前記コリジョンガスとしてキセノンガスを0.10mL/分以上供給することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化水素に含まれる硫黄化合物の分析方法に関し、好ましくは、液体炭化水素、特には、灯油及び軽油に含まれる硫黄化合物の分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
昨今、高効率でクリーンな技術として注目を集めている燃料電池の水素源として炭化水素を用いる場合、水素製造工程における改質触媒の触媒毒となり、更には燃料電池本体の性能を低下させる硫黄を厳しく除去する必要がある。例えば、ナフサ、灯油、軽油等の燃料油を燃料電池の水素源とする場合、これら燃料油中の硫黄分をppb以下まで低減する必要がある。
【0003】
しかしながら、炭化水素中の硫黄化合物の定性及び定量分析に従来用いられてきた炎光光度検出器(Flame Photometric Detector:FPD)−ガスクロマトグラフ(Gas Chromatograph:GC)、原子発光検出器(Atomic Emission Detector:AED)−GC及び硫黄化学発光検出器(Sulfur Chemiluminescence Detector:SCD)−GCは、ppb以下の硫黄分濃度に対して感度が不足している。また、近年、ガソリン中の硫黄化合物の定性・定量分析に適用された事例のあるGC−誘導結合プラズマ質量分析装置(Inductively Coupled Plasma Mass Spectrpmeter:ICP−MS)ですら、感度が十分とは言えず、3ppb程度が限界であった(非特許文献1参照)。さらに、従来の検討(非特許文献1)はガソリンに関するものであり、より沸点の高い灯油や軽油についての検討は皆無である。
【0004】
一方、ICP−MSのコリジョンガスとしてキセノン(Xe)ガスを使用した場合、硫黄の検出強度が低下するものの、共存する酸素2原子イオン(322+)が引き起こすスペクトル干渉を低減できるため、結果的に硫黄の定量下限を下げられることが知られている。しかしながら、GCを直結する場合には、酸素2原子イオンの影響は大きくないものと考えられており、更に、コリジョンガスを導入することにより硫黄の検出強度が低下するというデメリットがあることから、GC−ICP−MSにコリジョンガスを導入することは、装置メーカーも効果が無いと考えていた。
【0005】
【非特許文献1】Steven M. Wilbur and Emmett Soffey:Agilent Technologies Tchnical Report “Quantification and Characterization of Sulfur in Low−Sulfur Reformulated Gasolines by GC−ICP−MS”
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明の目的は、検出下限及び定量下限が低い、炭化水素に含まれる硫黄化合物の定性及び定量分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を進めた結果、コリジョンガスとしてキセノンガスを使用することにより、GC−ICP−MSでもバックグランドが大幅に低下し、その結果、硫黄化合物の検出強度が低下するものの定量下限が低下して、より微量の硫黄分を定量できることを見出した。また、コリジョンガスとしてのキセノンガスの供給量は0.05mL/分以上で効果があり、0.05〜1.00mL/分の範囲が好ましく、0.10〜0.50mL/分の範囲が更に好ましく、0.20〜0.30mL/分の範囲がより一層好ましく、特に分子量の大きい硫黄化合物、例えばベンゾチオフェン以上の分子量を有する硫黄化合物に対しては、より多くのキセノンガスを供給することが好ましいことを見出した。
【0008】
即ち、本発明は、GC−ICP−MSによる定性及び定量分析において、酸素2原子イオンの阻害を受ける硫黄の分析方法に関するものであり、本発明の硫黄化合物の分析方法は、炭化水素に含まれる硫黄化合物をガスクロマトグラフ−誘導結合プラズマ質量分析装置により定性及び定量分析する際に、コリジョンガスとしてキセノンガスを0.05mL/分以上供給することを特徴とする。
【0009】
本発明の硫黄化合物の分析方法の好適例においては、前記硫黄化合物がベンゾチオフェン及び/又は該ベンゾチオフェンよりも分子量の大きい硫黄化合物であって、前記コリジョンガスとしてキセノンガスを0.10mL/分以上供給する。
【0010】
また、本発明の硫黄化合物の分析方法は、前記炭化水素の中でも、灯油及び軽油に対して好適である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、炭化水素、好ましくは、液体炭化水素、より好ましくは、灯油又は軽油に含まれる硫黄化合物のGC−ICP−MSによる定性及び定量分析において、分析系内で共存する酸素分子、水、シロキサン等がプラズマ中で分解し再結合して生成する酸素2原子イオンを、キセノンガスからなるコリジョンガスで除去することにより、硫黄を高感度で分析することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に、本発明を詳細に説明する。本発明による硫黄化合物の定性及び定量分析方法においては、GC−ICP−MSによる分析において、コリジョンガスとしてキセノンガスを使用することにより、酸素2原子イオンを除去し高感度で硫黄を検出することができる。
【0013】
ICP−MSは、1980年代に製品化されて以来、既に20年以上経過しており、現在様々な業界で幅広く普及している。特に半導体業界での利用は多く、時代とともに要求が厳しくなる高純度物質の品質管理のための分析法として活用されている。また、環境試料中の微量の有害金属分析等への応用が期待されており、特に最近では、環境分野における各種公定法の改正に伴う環境基準値及び排水基準値の低下に対応するために、ICP−MSが採用されている。
【0014】
ICP−MSは、ほとんどの元素の検出下限値がpptからppqオーダーと非常に高感度であり、多元素同時分析が可能で、定性及び定量が迅速にでき、ダイナミックレンジが広く、同位対比の測定が可能である等の様々な特長を有する。該ICP−MSは、イオン源(ICP)、サンプリングインターフェイス、イオンレンズ、質量分析(MS)計、検出器から構成される。また、プラズマガス(メイクアップガス)としては、アルゴン(Ar)を用いる。イオン源であるICPは、MS分析のためのイオン化源として理想的であり、多くの元素が90%以上イオン化する。ICP内で生成したイオンは、サンプリングインターフェイスを経てMS分析部に導かれる。サンプリングインターフェイス部は、サンプリングコーンとスキマーコーンの2つの金属でできた円錐状の形をしたもので構成され、この両者の間は、ロータリーポンプにより約数百Paに排気される。サンプリングコーンとスキマーコーンを通して引き込まれたイオンは、イオンレンズによりその軌道がMS分析計へ収束される。イオンレンズ、質量分析部は、ターボ分子ポンプによりそれぞれ10-3Pa、10-4Paに排気される。そして、質量分析計により質量選別されたイオンは、イオン検出器により検出される。
【0015】
ICP−MSの問題点の一つに、目的元素と同じ質量数の多原子イオンが重なり干渉を及ぼすスペクトル干渉がある。多原子イオン干渉は、アルゴン起因の多原子イオン(ArO、ArH、ArOH、ArN、ArCl、ArC、ArAr等)のほかに、空気中の酸素分子に由来する酸素2原子イオンや窒素分子に由来する窒素2原子イオン等がある。
【0016】
本発明の分析方法で用いるコリジョン(衝突)ガスとは、インターフェース部で不要な多原子イオンと衝突させ、不要な多原子イオンが検出される量を低減するためのガスのことである。従来、水素ガスやヘリウムガス等のコリジョンガスが使用されてきたが、近年、キセノンガスが酸素2原子イオンの除去に効果的であることが見出された。
【0017】
本発明の分析方法で用いるMSは、質量数ごとに検出するため、同じ分子量のものを区別できない。ここで、酸素2原子イオンの質量数は32であり、硫黄の原子量32と同一である。そのため、MSに酸素2原子イオンが混入すると、硫黄と一緒に検出されてしまう。硫黄分が高い場合には、微量の酸素2原子イオンが加算されても大きな問題とならないが、ppbレベルの分析では、硫黄の量に対する酸素2原子イオンの量が無視できないレベルとなる。なお、酸素2原子イオンは、硫黄分を全く含まない液体を分析した場合にバックグランドとして検出され、一般に、バックグランドの10分の1程度が定量下限とされることから、1ppbの硫黄分の分析を可能とするためには、バックグランドを10ppb程度とする必要がある。
【0018】
ICP−MSをGCと直結した場合において、特に詳細な定性分析に必要なキャピラリーカラムを用いると、GCのカラムに導入されるサンプル量が少ないため、硫黄の検出強度が必然的に小さくなる。一方、酸素分子、水、シロキサン等がプラズマ中で分解し再結合して生成する酸素2原子イオンに関しては、ヘリウム等のキャリアガス等で希釈されることや、カラム内で硫黄化合物と分離されることから、ほとんど検出されていないものと考えられてきた。なお、ICP−MSにコリジョンガスを導入することで、酸素2原子イオンを除去することができるが、それと同時に硫黄イオン(32+)の一部も除去され、硫黄の検出強度が減少してしまう。そのため、GCを経由すると、酸素2原子イオンは、ほとんど存在しないものと考えられていたことから、GC−ICP−MSにおいてコリジョンガスを導入することは、硫黄の検出強度を低下させるだけで、全く効果がないものと考えられていた。
【0019】
本発明者らは、鋭意検討した結果、GC−ICP−MSにおいてもコリジョンガスを導入することにより、硫黄の定量下限を低くすることが可能であり、約1ppbまで定量できることを見出した。特に、コリジョンガスとしてキセノンガスを0.05mL/分以上、好ましくは0.05〜1.00mL/分、より好ましくは0.10〜0.50mL/分、より一層好ましくは0.20〜0.30mL/分供給することにより、効果が絶大となる。なお、コリジョンガスとしてのキセノンガスの供給量が多すぎると硫黄イオン(32+)までも除去され、硫黄の検出強度を低下させてしまうため、キセノンガスの供給量を1.00mL/分以下とすることが好ましい。特に、より分子量の小さい硫黄化合物、例えばベンゾチオフェンよりも分子量が小さい化合物に対しては、コリジョンガスとしてのキセノンガスの供給量を0.05〜0.3mL/分にすることがより効果的であり、一方、より分子量の大きい硫黄化合物、例えばベンゾチオフェン以上の分子量を有する硫黄化合物に対しては、コリジョンガスとしてキセノンガスを0.10mL/分以上、好ましくは0.20mL/分以上供給することがより効果的であることを見出した。この原因は、明確ではないが、沸点の高い液体炭化水素は、粘性が高いため、溶存酸素分子がGCへ同伴されやすいこと、高沸点化合物がGCカラムから流出する温度では、カラムに含まれる酸素化合物も流出すること等が考えられる。
【0020】
本発明の硫黄化合物の分析方法が好適に適用できる炭化水素としては、メタン、エタン、プロパン、ブタン、天然ガス等の炭化水素ガス、液化石油ガス(LPG)の他、ガソリン、ナフサ、灯油、軽油、重油等の液体炭化水素が挙げられ、これらの中でも、液体炭化水素が好ましく、灯油及び軽油が更に好ましい。
【0021】
上記液体炭化水素は、石油留分等であり、硫黄化合物を含む液体炭化水素である。該石油留分は、原油を蒸留、分解、水素化、異性化等の精製処理を経て得られた炭化水素を主成分とする液体であり、主に含まれる炭化水素の沸点は、30〜400℃であり、含まれる硫黄分が50ppm以下、特には10ppm以下であることが好ましい。好適な石油留分としては、軽油留分、灯油留分、ガソリン留分等が挙げられる。これらの留分は、軽油、灯油、ガソリン、燃料電池用炭化水素燃料等の石油製品の原料として用いられる。
【0022】
上記炭化水素は、燃料電池等の水素源として用いることができるが、該炭化水素に含まれる硫黄は、水素製造工程において改質触媒の触媒毒となり、さらには燃料電池本体の性能を低下させるため厳しく除去される必要がある。例えば、ナフサ、灯油、軽油等の燃料油を水素源として用いる場合、該燃料油中の硫黄分を、数質量ppb以下、好ましくは1質量ppb以下まで低減する必要がある。
【0023】
上記ガソリンは、炭素数4〜11程度の炭化水素を主体とし、密度(15℃)が0.783g/cm3以下程度で、沸点範囲が30〜220℃程度である。自動車及びその他類似のガソリンエンジンに使用されるため、該ガソリンはオクタン価が高いことが好ましく、該ガソリン用に、接触分解、接触改質、アルキレーション等でオクタン価が高い留分を得ている。一般に、芳香族、低沸点のイソパラフィン、及びオレフィンは、オクタン価が高い。該ガソリンは、硫黄分を数ppmから100ppm以下、窒素分を数ppmから数十ppm程度含む。
【0024】
上記灯油は、炭素数12〜16程度の炭化水素を主体とし、密度(15℃)が0.790〜0.850g/cm3程度で、沸点範囲が150〜320℃程度である。該灯油は、パラフィン系炭化水素を多く含むが、芳香族系炭化水素を0〜30容量%程度含み、多環芳香族も0〜5容量%程度含む。具体的には、日本工業規格(Japanese Industrial Standards)JIS 1号灯油が挙げられ、灯火用及び暖房用・ちゅう(厨)房用燃料として用いられる。該灯油の品質としては、引火点40℃以上、95%留出温度270℃以下、硫黄分0.008質量%以下、煙点23mm以上(寒候用のものは21mm以上)、銅板腐食(50℃、3時間)1以下、色(セーボルト)+25以上の規定がある。また、該灯油は、硫黄分を数ppmから80ppm以下、窒素分を数ppmから数十ppm程度含む。
【0025】
上記軽油は、炭素数16〜20程度の炭化水素を主体とし、密度(15℃)が0.820〜0.880g/cm3程度で、沸点範囲が140〜390℃程度である。該軽油は、パラフィン系炭化水素を多く含むが、芳香族系炭化水素を10〜30容量%程度含み、多環芳香族も1〜10容量%程度含む。該軽油は、硫黄分を数ppmから100ppm以下、窒素分を数ppmから数十ppm程度含む。
【0026】
本発明の方法で分析される硫黄化合物は、一般に炭化水素に含まれる硫黄化合物の中から選ばれることが好ましく、特に灯油や軽油に含まれる硫黄化合物の中から選ばれることが好ましい。該硫黄化合物中の硫黄は、4つの天然同位体を持っており、具体的には、32S(94.93%)、33S(0.76%)、34S(4.29%)及び36S(0.02%)からなる。通常は高感度で定量するため、質量数32が測定される。一方、酸素は、16O(99.76%)、17O(0.038%)及び18O(0.205%)の天然同位体を持っているため、硫黄の測定質量数を選択しても、酸素の2原子イオンの生成が自由な組み合わせで起こるとすれば、干渉から逃れることはできない。なお、本発明では、質量数32の測定を主とするが、質量数34等の測定を対象外とするものではない。
【0027】
上記炭化水素に含まれる硫黄化合物の濃度は、低い方が本発明の効果が大きく、例えば、炭化水素に含まれる硫黄化合物の濃度は、硫黄として50質量ppm以下であることが好ましく、10質量ppm以下であることが更に好ましい。
【0028】
上記炭化水素中に含まれる有機硫黄化合物は、メルカプタン類、鎖状スルフィド類、環状スルフィド類、チオフェン類、ベンゾチオフェン類及びジベンゾチオフェン類の6タイプに分類することができる。
【0029】
上記メルカプタン類は、メルカプト基(−SH)を有する硫黄化合物(RSH:Rは、アルキル基やアリール基等の炭化水素基)であり、チオール又はチオアルコールとも呼ばれる。上記メルカプト基は、反応性が高く、特に金属と容易に反応する。代表的なメルカプタン類としては、メチルメルカプタン、エチルメルカプタン、プロピルメルカプタン、ブチルメルカプタン(ターシャリーブチルメルカプタンを含む)、ペンチルメルカプタン、ヘキシルメルカプタン、ヘプチルメルカプタン、オクチルメルカプタン、ノニルメルカプタン、デシルメルカプタンの他、チオフェノール(フェニルメルカプタン、ベンゼンチオールとも呼ぶ)、チオクレゾール(メルカプトトルエンとも呼ぶ)、チオキシレノール(メルカプトキシレン、ジメチルフェニルメルカプタンとも呼ぶ)、チオカルバクロール(2-メルカプト-p-シメン、5-イソプロピル-2-メチルチオフェノールとも呼ぶ)、ジチオカテコール(o-フェニレンジメルカプタン、o-メルカプトベンゼン、1,2-ジスルフヒドリルベンゼンとも呼ぶ)、ジチオヒドロキノン(ジチオハイドロキノン、p-フェニレンジメルカプタン、p-ジメルカプトベンゼン、1,4-ジスルフヒドリルベンゼンとも呼ぶ)、ジチオレゾルシン(m-フェニレンジメルカプタン、m-ジメルカプトベンゼン、1,3-ジスルフヒドリルベンゼンとも呼ぶ)、ジチオール(トルエン-3,4-ジチオール、3,4-ジメルカプトトルエンとも呼ぶ)、トリチオフロログルシン等のチオフェノール類(Ar−SH:Arはアリール基)、更には、チオナフトール(ナフチルメルカプタン、メルカプトナフタリンとも呼ぶ)、チオベンズヒドロール(ベンズヒドリルメルカプタン、α-メルカプトジフェニルメタンとも呼ぶ)及びこれらの誘導体等が挙げられる。
【0030】
上記スルフィド類は、チオエーテルとも呼ばれ、硫化アルキル及び硫化アリールの総称であり、一般式R−S−R’(R及びR’は、アルキル基やアリール基等の炭化水素基)で表わされる硫黄化合物である。該スルフィド類は、硫化水素の水素2原子をアルキル基等で置換した形の化合物である。本発明においては、ジスルフィド類も上記スルフィド類に含める。該ジスルフィドは、二硫化物を意味し、二硫化アルキル及び二硫化アリールの総称であり、一般式R−S−S−R’(R及びR’は、アルキル基等の炭化水素基)で表わされる硫黄化合物である。ジスルフィド結合(S−S)は、メルカプト基(−SH)の酸化段階の一つであり、自然界にもタンパク質中に存在する。上記スルフィド類は、鎖状スルフィド類と環状スルフィド類とに分類できる。
【0031】
上記鎖状スルフィド類は、スルフィド類のうち、硫黄原子を異原子として含む複素環をもたない硫黄化合物である。代表的な鎖状スルフィド類としては、ジメチルスルフィド、メチルエチルスルフィド、メチルプロピルスルフィド、ジエチルスルフィド、メチルブチルスルフィド、エチルプロピルスルフィド、メチルペンチルスルフィド、エチルブチルスルフィド、ジプロピルスルフィド、メチルヘキシルスルフィド、エチルペンチルスルフィド、プロピルブチルスルフィド、メチルヘプチルスルフィド、エチルヘキシルスルフィド、プロピルペンチルスルフィド、ジブチルスルフィド、ジメチルジスルフィド、メチルエチルジスルフィド、メチルプロピルジスルフィド、ジエチルジスルフィド、メチルブチルジスルフィド、エチルプロピルジスルフィド、メチルペンチルジスルフィド、エチルブチルジスルフィド、ジプロピルジスルフィド、メチルヘキシルジスルフィド、エチルペンチルジスルフィド、プロピルブチルジスルフィド、メチルヘプチルジスルフィド、エチルヘキシルジスルフィド、プロピルペンチルジスルフィド、ジブチルジスルフィド、チオアニソール(硫化メチルフェニルとも呼ぶ)、チオフェネトール(硫化エチルフェニルとも呼ぶ)、チオベンゾフェノン等のチオケトン類(RCSR’:R及びR’は、アルキル基やアリール基等の炭化水素基)及びこれらの誘導体等が挙げられる。
【0032】
一方、上記環状スルフィド類は、スルフィド類のうち、1個以上の硫黄原子を異原子として含む複素環をもち、芳香性をもたない(五員環又は六員環で且つ二重結合を2個以上もつ複素環をもたない)硫黄化合物である。代表的な環状スルフィド類としては、テトラヒドロチオフェン(硫化テトラメチレンとも呼ぶ)、チオクロマン(ジヒドロベンゾチオピランとも呼ぶ)、チアアダマンタン、トリチオアセトン、ジチオアセトン等のチオケトン類(RCSR’:R及びR’は、アルキル基やアリール基等の炭化水素基)、チオベンズアルデヒドの三量体、1,4-ジチアン(ジエチレンジスルフィドとも呼ぶ)、ジチオラン及びこれらの誘導体等が挙げられる。
【0033】
上記チオフェン類は、1個以上の硫黄原子を異原子として含む複素環式化合物のうち、複素環が五員環又は六員環で且つ芳香性を有し(複素環に二重結合を2個以上有し)、さらに複素環がベンゼン環と縮合していない硫黄化合物及びその誘導体であり、複素環同士が縮合した化合物も含む。チオフェンは、チオフランとも呼ばれ、その他の代表的なチオフェン類としては、メチルチオフェン(チオトレンとも呼ぶ)、チオピラン(ペンチオフェンとも呼ぶ)、チオフテン、テトラフェニルチオフェン(チオネサルとも呼ぶ)、ジチエニルメタン及びこれらの誘導体が挙げられる。
【0034】
上記ベンゾチオフェン類は、1個以上の硫黄原子を異原子として含む複素環式化合物のうち、複素環が五員環又は六員環で且つ芳香性を有し(複素環に二重結合を2個以上有し)、さらに複素環が1個のベンゼン環と縮合している硫黄化合物及びその誘導体である。ベンゾチオフェンは、チオナフテン、チオクマロンとも呼ばれ、その他の代表的なベンゾチオフェン類としては、メチルベンゾチオフェン、ジメチルベンゾチオフェン、トリメチルベンゾチオフェン、テトラメチルベンゾチオフェン、ペンタメチルベンゾチオフェン、ヘキサメチルベンゾチオフェン、メチルエチルベンゾチオフェン、ジメチルエチルベンゾチオフェン、トリメチルエチルベンゾチオフェン、テトラメチルエチルベンゾチオフェン、ペンタメチルエチルベンゾチオフェン、メチルジエチルベンゾチオフェン、ジメチルジエチルベンゾチオフェン、トリメチルジエチルベンゾチオフェン、テトラメチルジエチルベンゾチオフェン、メチルプロピルベンゾチオフェン、ジメチルプロピルベンゾチオフェン、トリメチルプロピルベンゾチオフェン、テトラメチルプロピルベンゾチオフェン、ペンタメチルプロピルベンゾチオフェン、メチルエチルプロピルベンゾチオフェン、ジメチルエチルプロピルベンゾチオフェン、トリメチルエチルプロピルベンゾチオフェン、テトラメチルエチルプロピルベンゾチオフェン等のアルキルベンゾチオフェンの他、チオクロメン(ベンゾチオ-γ-ピランとも呼ぶ)、ジチアナフタリン及びこれらの誘導体が挙げられる。
【0035】
上記ジベンゾチオフェン類は、1個以上の硫黄原子を異原子として含む複素環式化合物のうち、複素環が五員環又は六員環で且つ芳香性を有し(複素環に二重結合を2個以上有し)、さらに複素環が2個のベンゼン環と縮合している硫黄化合物及びその誘導体である。ジベンゾチオフェンは、ジフェニレンスルフィド、ビフェニレンスルフィド、硫化ジフェニレンとも呼ばれ、上記ジベンゾチオフェン類の中でも、4-メチルジベンゾチオフェンや4,6-ジメチルジベンゾチオフェンは、水素化精製における難脱硫化合物として良く知られている。その他の代表的なジベンゾチオフェン類としては、トリメチルジベンゾチオフェン、テトラメチルジベンゾチオフェン、ペンタメチルジベンゾチオフェン、ヘキサメチルジベンゾチオフェン、ヘプタメチルジベンゾチオフェン、オクタメチルジベンゾチオフェン、メチルエチルジベンゾチオフェン、ジメチルエチルジベンゾチオフェン、トリメチルエチルジベンゾチオフェン、テトラメチルエチルジベンゾチオフェン、ペンタメチルエチルジベンゾチオフェン、ヘキサメチルエチルジベンゾチオフェン、ヘプタメチルエチルジベンゾチオフェン、メチルジエチルジベンゾチオフェン、ジメチルジエチルジベンゾチオフェン、トリメチルジエチルジベンゾチオフェン、テトラメチルジエチルジベンゾチオフェン、ペンタメチルジエチルジベンゾチオフェン、ヘキサメチルジエチルジベンゾチオフェン、ヘプタメチルジエチルジベンゾチオフェン、メチルプロピルジベンゾチオフェン、ジメチルプロピルジベンゾチオフェン、トリメチルプロピルジベンゾチオフェン、テトラメチルプロピルジベンゾチオフェン、ペンタメチルプロピルジベンゾチオフェン、ヘキサメチルプロピルジベンゾチオフェン、ヘプタメチルプロピルジベンゾチオフェン、メチルエチルプロピルジベンゾチオフェン、ジメチルエチルプロピルジベンゾチオフェン、トリメチルエチルプロピルジベンゾチオフェン、テトラメチルエチルプロピルジベンゾチオフェン、ペンタメチルエチルプロピルジベンゾチオフェン、ヘキサメチルエチルプロピルジベンゾチオフェン等のアルキルジベンゾチオフェンの他、チアントレン(ジフェニレンジスルフィドとも呼ぶ)、チオキサンテン(ジベンゾチオピラン、ジフェニルメタンスルフィドとも呼ぶ)及びこれらの誘導体が挙げられる。
【0036】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記の実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0037】
テトラヒドロチオフェン(試薬特級、関東化学株式会社製)、ジエチルジスルフィド(試薬特級、和光純薬工業株式会社製)及びベンゾチオフェン(試薬特級、関東化学株式会社製)を、トルエン(試薬特級、関東化学株式会社製)で硫黄として100質量ppbに稀釈した。次に、表1に示す分析条件で、硫黄化合物の定性および定量分析を実施した。なお、GC−ICP−MSとしては、Agilent社製6890N型GCと7500cs型ICP−MSをトランスファーラインで繋いだシステムを用いた。結果を図1に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
図1に示すように、コリジョンガスとしてキセノンガスを供給することにより、バックグランドと同じ検出強度の硫黄分であるバックグランド相当濃度BEC(Background Equivalent Concentration)がほぼ半減し、定量下限が約半分まで低下することが分かる。なお、テトラヒドロチオフェン及びジエチルジスルフィドの場合には、キセノンガス供給量の指示値7%(実測流量:0.14mL/分)以上では、キセノンガス供給量を増やしてもBECを更に低下させる効果が少ないが、より分子量の大きいベンゾチオフェンでは、キセノンガス供給量の指示値10%(実測流量:0.20mL/分)以上でも、キセノンガス供給量を増やすことでBECを更に低下させる効果があることがわかる。なお、ベンゾチオフェンの硫黄について、キセノンガス供給量の指示値10%でBECは約10質量ppbであり、定量下限をバックグランドの10分の1と考えると、定量下限は約1質量ppbとなる。
【実施例2】
【0040】
灯油(ジャパンエナジー社製、沸点範囲158.5〜270.0℃、5%留出点170.5℃、10%留出点175.0℃、20%留出点181.5℃、30%留出点188.0℃、40%留出点194.5℃、50%留出点202.5℃、60%留出点211.0℃、70%留出点221.0℃、80%留出点232.0℃、90%留出点245.5℃、95%留出点256.5℃、97%留出点263.5℃、密度(15℃)0.7982g/ml、芳香族分17.5容量%、飽和分82.5容量%、硫黄分13.3ppm、ベンゾチオフェン類8.8ppm、ジベンゾチオフェン類4.5ppm、窒素分1ppm以下)に含まれる硫黄化合物について、コリジョンガスとしてキセノンガスを0.20mL/分供給して、実施例1と同様にGC−ICP−MSにより定性及び定量分析を実施した。その結果、灯油においても、約1質量ppbの硫黄を検出することができ、キセノンガスから成るコリジョンガスの効果が確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】実施例1におけるコリジョンガス供給量(コリジョンガスのバルブ指示値)とバックグランド相当濃度との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化水素に含まれる硫黄化合物をガスクロマトグラフ−誘導結合プラズマ質量分析装置により定性及び定量分析する際に、コリジョンガスとしてキセノンガスを0.05mL/分以上供給することを特徴とする硫黄化合物の分析方法。
【請求項2】
前記硫黄化合物がベンゾチオフェン及び/又は該ベンゾチオフェンよりも分子量の大きい硫黄化合物であって、前記コリジョンガスとしてキセノンガスを0.10mL/分以上供給することを特徴とする請求項1に記載の硫黄化合物の分析方法。
【請求項3】
前記炭化水素が灯油又は軽油であることを特徴とする請求項1又は2に記載の硫黄化合物の分析方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−145219(P2006−145219A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−331606(P2004−331606)
【出願日】平成16年11月16日(2004.11.16)
【出願人】(304003860)株式会社ジャパンエナジー (344)