説明

硬質相形成用合金粉末

【課題】焼結合金に分散する硬質相を形成するための合金粉末において、安価で、かつ従来のCo−Mo−Si系合金粉末と同等以上の耐摩耗性を発揮する合金粉末を提供する。
【解決手段】硬質相形成用合金粉末を、組成が、質量比で、Mo:15〜35%、Si:1〜10%、Cr:20〜40%、および残部がCoと不可避不純物とし、さらにCo含有量の80質量%以下をFeで置換、またはさらに上記組成にMnを5質量%以下追加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関のバルブシート等の、高温における耐摩耗性が要求される耐摩耗性焼結合金に分散される硬質相を形成するために好適な硬質相形成用合金粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
焼結合金は、合金設計の自由度が高く、溶製材と比較して耐熱性や耐摩耗性等の各種特性を付加し易いため、内燃機関のバルブシートに適用されている。このようなバルブシート用の耐摩耗性焼結合金には、主に耐摩耗性の向上を目的として鉄基合金基地に高硬度の硬質相を分散させたものが多い。例えば、フェロモリブデンやフェロタングステン等のフェロアロイ粉末を原料粉末に添加して焼結することでフェロアロイ粒子を硬質相として鉄基合金基地中に分散させたり(特許文献1等)、高速度工具鋼粉末やダイス鋼粉末を原料粉末に添加して焼結することで、金属炭化物が析出分散する硬質相を鉄基合金基地中に分散させたもの(特許文献2等)等が知られている。特に、高い耐摩耗性が要求される場合には、Co−Cr−W系合金(特許文献1)や、Co−Mo−Si系合金(特許文献3等)等のCo基合金粉末や、Ni基合金粉末(特許文献4等)を原料粉末に添加して硬質相として分散させると好適であることが知られている。
【0003】
【特許文献1】特開昭64−015349号公報
【特許文献2】特開平09−195012号公報
【特許文献3】特開昭56−152947号公報
【特許文献4】特開平10−046298号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
Co−Mo−Si系合金粉末を用い、これを硬質相として分散させた耐摩耗性焼結合金は、近年、CoやMo等の価格高騰により、コストが高いものとなってきている。そこで、本発明は、安価で、かつ従来のCo−Mo−Si系合金粉末と同等以上の耐摩耗性を発揮する硬質相形成用合金粉末を提供することを目的とする。なお、以降の記載において、「%」は全て質量比における百分率、すなわち「質量%」を表すものとする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の硬質相形成用合金粉末は、焼結合金に分散する硬質相を形成するための硬質相形成用合金粉末であり、組成が、質量比で、Mo:15〜35%、Si:1〜10%、Cr:20〜40%、および残部がCoと不可避不純物からなることを特徴とする。また、Coの80質量%以下をFeで置換することや、Mn:5質量%以下を追加することを好ましい態様とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明の硬質相形成用合金粉末は、比較的安価なCrを基地強化元素として用いるもので、耐摩耗性焼結合金の原料粉末に添加され焼結されることで、焼結合金に分散する硬質相を形成する。その際、硬質相形成用合金粉末のCrが硬質相の合金基地を強化するとともに、硬質相形成用合金粉末から拡散したCrが耐摩耗性焼結合金の鉄基合金基地を強化する。さらに、Crは耐摩耗性部品の表面に不動態酸化被膜を形成する。このため、本発明の硬質相形成用合金粉末を用いた耐摩耗性焼結合金は、優れた耐食性および耐摩耗性を発揮する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の硬質相形成用合金粉末は、従来のCo−Mo−Si系合金粉末と同様に、原料粉末に添加され焼結されることで、基地中に硬質相として分散する。本発明は、従来のCo−Mo−Si系合金粉末を改良するにあたり、これに多量のCrを含有させたことを骨子とする。
【0008】
Co:
本発明の硬質相形成用合金粉末のCoは、硬質相形成用合金粉末により形成される硬質相の合金基地に固溶して硬質相の耐熱性を向上させるとともに、高温強度ならびに高温耐摩耗性の向上に寄与する。また、硬質相形成用合金粉末のCoは、焼結時に焼結合金の基地に拡散して焼結合金基地を固溶強化するとともに、硬質相を焼結合金基地に強固に結合する作用がある。加えて、Coの一部はMo、Cr、Siとともにモリブデン珪化物、クロム珪化物およびそれらの複合珪化物を形成し、硬質相の核となって焼結合金基地の塑性流動、凝着を防止し、耐摩耗性の向上に寄与する。
【0009】
Mo:
本発明の硬質相形成用合金粉末のMoは、焼結時に焼結合金の基地に拡散して焼結合金基地を固溶強化するとともに、焼結合金基地の焼入れ性を改善する作用を有し、焼結合金の強度と耐摩耗性の向上に寄与する。また、Moは、主にSiとともに硬質なモリブデン珪化物を形成するとともに、一部はCrやCoとも反応して複合珪化物を形成し、硬質相の核となる。これにより、焼結合金基地の塑性流動、凝着が防止され、耐摩耗性が向上する。ここで、硬質相形成用合金粉末中のMoの含有量が15%を下回ると、基地強化が不充分になるとともに、充分な量の珪化物が析出せず上記ピン止め効果が乏しくなって耐摩耗性が低下する。一方、Moを35%を超えて含有すると、硬質相形成用合金粉末が硬くなって原料粉末の圧縮性が損なわれるとともに、珪化物の量が増加して相手部品の摩耗を促進する。このため、硬質相形成用合金粉末中のMo量は15〜35%とする。
【0010】
Si:
Siは、Mo、Co、Crと化合し、硬質なモリブデン珪化物、クロム珪化物およびそれらの複合珪化物を形成して耐摩耗性の向上に寄与する。硬質相形成用合金粉末中のSi量が1%未満であると、充分な量の珪化物が析出せず、10%を超えると硬質相形成用合金粉末が固くなって圧縮性が損なわれるとともに、焼結性が低下する。このため硬質相形成用合金粉末中のSi量は1〜10%とする。
【0011】
Cr:
Crは焼結後に形成される硬質相の合金基地に固溶して硬質相の合金基地を強化するとともに、焼結時に焼結合金の基地に拡散して焼結合金基地の強化に寄与する。また、焼結合金に拡散したCrは、耐摩耗性部品の表面に不動態酸化被膜を形成して、耐食性や耐酸化性の向上に寄与する。さらに、Crの一部は、Si、Mo、Coとともに硬質なクロム珪化物や複合珪化物を形成する。Crは、CoやMoに比して比較的安価であり、Crを添加してCo量を減少させた分、硬質相形成用合金粉末が安価となるため、耐摩耗性焼結合金を安価に製造できる。上記作用を有するCrが硬質相形成用合金粉末の組成において20%に満たないと、上記の効果が乏しくなる。一方、硬質相形成用合金粉末中のCr量が40%を超えると、硬質相形成用合金粉末表面に形成される酸化被膜が強固となり、焼結の進行を阻害する。また、酸化被膜により硬質相形成用合金粉末が硬くなるため、原料粉末の圧縮性が低下して、焼結合金の強度が低下し、焼結合金の耐摩耗性の低下を招く。このため、硬質相形成粉末中のCr量は20〜40%とする。
【0012】
本発明においては、硬質層を形成する硬質相形用合金成粉末のCr量を上記のように設定して耐食性や耐酸化性を高めたことにより、硬質相の合金基地を形成するCoの一部をFeで置換することが可能となる。すなわち、Feに固溶したCrが不動態酸化被膜を形成して耐食性や耐酸化性を向上させるため、耐食性に優れているが高価なCoの一部について、安価なFeで置換することが可能となる。ここで、硬質相形用合金成粉末のCo量の80%まではFeで置換することが可能である。
【0013】
Mn:
本発明においては、硬質相形成粉末にMnを含有させて、焼結後に形成される硬質相の合金基地にMnを固溶させ、硬質相の合金基地を強化することができる。このように硬質相の合金基地を強化すると、硬質相に析出する珪化物(モリブデン珪化物、クロム珪化物およびそれらの複合珪化物)の流動や脱落が防げるため、苛酷な条件下でも優れた耐摩耗性が発揮される。また、Mnは焼結合金のFe基地に拡散して硬質相の固着性を良好にし、硬質相自体の脱落を防止して耐摩耗性を向上させる作用も有する。このようなMnが硬質相形成用合金粉末の組成において5%を超えると、硬質相形成用合金粉末表層にMn酸化被膜を形成して焼結時の拡散を阻害し、硬質相の固着性が低下する。このため、硬質相形成用合金粉末中のMn量は5%を上限とする。
【0014】
本発明の硬質相形成用合金粉末による硬質相が分散する耐摩耗性焼結合金の基地部分には、従来と同様の耐摩耗性焼結合金基地が適用可能であり、具体的には低合金鋼やステンレス鋼が適用可能である。すなわち、従来のCo−Mo−Si系の硬質相形成用合金粉末を添加する焼結合金の原料粉末において、従来のCo−Mo−Si系の硬質相形成用合金粉末に替えて、本発明の硬質相形成用合金粉末を用いればよい。このような原料粉末を用いて成形、焼結を行った後得られる焼結合金は、従来のCo−Mo−Si系の硬質相形成用合金粉末による硬質相が分散する耐摩耗性焼結合金と同等以上の耐食性や耐酸化性および耐摩耗性を有する。また、高価なCoを低減した分、安価に製造できる。
【実施例】
【0015】
[第1実施例]
鉄粉末、銅粉末および黒鉛粉末と、表1に示す組成の硬質相形成用合金粉末とを用意し、鉄粉末に、銅粉末:1.5%、硬質相形成用合金粉末:35%、黒鉛粉末:1%を成形潤滑剤(ステアリン酸亜鉛:0.8%)とともに配合し、混合を行った。得られた原料粉末を成形圧力650MPaでφ30mm×φ20mm×h10mmのリング形状に成形した。次に、これら成形体を、アンモニア分解ガス雰囲気中で1160℃で60分間焼結し、試料番号01〜07の試料を作製した。これらの試料について、簡易摩耗試験および腐食試験を行った。これら試験の結果を表1に併せて示す。
【0016】
簡易摩耗試験は、高温下で打撃と摺動の入力がかかる状態で行った。具体的には、上記リング状試験片(焼結合金)を、内周縁部に45°のテーパ面を有するバルブシート形状に加工し、アルミ合金製ハウジングに圧入嵌合した。そして、外周縁部の一部に45°のテーパ面を有する円盤形状の相手材(バルブ)をSUH−36素材で作製し、これをモーター駆動による偏心カムの回転によって上下ピストン運動させることにより、焼結合金と相手材とのテーパ面同士を繰り返し衝突させた。すなわち、バルブの動作は、モータ駆動によって回転する偏心カムによってバルブシートから離れる開放動作と、バルブスプリングによるバルブシートへの着座動作とを繰り返す、上下ピストン運動である。なお、この試験では、焼結合金が350℃となるように相手材をバーナーで加熱して温度設定し、打撃回数を2800回/分、繰り返し時間を10時間とした。このような試験後、バルブシートの摩耗量およびバルブの摩耗量を測定して評価を行った。腐食試験では、作製したリング状試験片を10%硝酸水溶液に1時間浸漬し、浸漬前後の重量変化の測定を行い、これを表面積で除した値を腐食減量(mg/cm)として評価した。
【0017】
【表1】

【0018】
表1の試料番号01の試料は、従来の硬質相形成用合金粉末を用いた例である。また、試料番号02〜07の試料は、従来の硬質相形成用合金粉末のMoを低減し、Coの36%をFeで置換するとともに、Cr量を5〜50%まで変化させた例である。これらの試料より、硬質相形成粉末中のCr量の影響を調べることができる。
【0019】
硬質相形成粉末中のCr量が5%の試料番号02の試料は、硬質相形成粉末中にFeを含むとともにCr量が乏しいことから、バルブシートの摩耗量が大きくなっている。また、硬質相形成粉末中にFeを含むことから、腐食減量も大きい値となっている。硬質相形成粉末中のCr量が10%の試料番号03の試料は、Cr量が増加したことからバルブシートの摩耗量および腐食減量が低減しているが、それらの値は大きい。一方、硬質相形成粉末中のCr量が20〜40%の試料番号04〜06の試料では、Crによる基地強化により、摩耗量が試料番号01(従来例)と同等もしくはそれより小さい値を示すとともに、Crによる耐食性の向上により、腐食減量が試料番号01(従来例)の半分以下となっている。しかしながら、硬質相形成粉末中のCr量が40%の試料番号06の試料は、上記のように良好な耐摩耗性および耐食性を示すものの、摩耗量および腐食減量は、硬質相形成粉末中のCr量が30%の試料番号05の試料に比して若干増加している。これは、試料番号06の試料では、Cr量が増加したことにより硬質相形成用合金粉末の表面の酸化被膜が強固となり、硬質相形成用合金粉末の硬さが増加して原料粉末の圧縮性が低下したためと考えられる。これにより、成形体密度が低下し、焼結体密度が低下したと考えられる。この焼結体密度低下の影響が、硬質相形成粉末中のCr量が40%を超える試料番号07の試料では著しくなり、焼結体の強度が低下してバルブシート摩耗量が著しく増加するとともに、バルブシートの摩耗粉がバルブを攻撃してバルブの摩耗量も著しく増加している。また、孔食が生じ易くなり、腐食減量も増加している。以上の結果より、硬質相形成粉末中のCr量が、20〜40%の範囲において、従来の硬質相形成用合金粉末を用いた場合と比べて、得られる焼結合金が同等以上の耐摩耗性を示すとともに、より優れた耐食性を示すことが確認された。
【0020】
[第2実施例]
第1実施例で用いた鉄粉末、銅粉末、黒鉛粉末と、表2に示す組成の硬質相形成粉末を用いて、第1実施例と同様の比率で配合し、混合を行った。得られた原料粉末を第1実施例と同様に成形、焼結して試料番号08〜13の試料を作製した。これらの試料について、第1実施例と同様にして耐摩耗性の評価を行った。この結果を第1実施例の試料番号01および05の試料の値とともに表2に示す。
【0021】
【表2】

【0022】
表2より、硬質相形成粉末中のCoをFeで置換する場合のFeの置換率(硬質相形成粉末中のCo量とFe量の総和に対する硬質相形成粉末中のFe量の百分率)の影響を調べることができる。試料番号08の試料は硬質相形成粉末中のCoをFeで置換しない場合の試料であり、これまでの実施例中最も摩耗量が少なく、良好な耐摩耗性を示している。ここで、硬質相形成粉末中のCoをFeで置換し、Feの置換率を増加させて行くと、摩耗量が増加する。ただし、Feの置換率が80%までは、試料番号01の試料(従来例)と同等もしくはそれより小さい摩耗量を示している。しかしながら、Feの置換率が80%を超えるとCoの効果が乏しくなり、摩耗量が著しく増加している。以上の結果より、硬質相形成粉末中のCoをFeで置換することはできるが、硬質相形成粉末中のCoをFeで置換する場合のFeの置換率は80%以下に止めるべきであることが確認された。
【0023】
[第3実施例]
第1実施例で用いた鉄粉末、銅粉末、黒鉛粉末と、表3に示す組成の硬質相形成粉末を用いて、第1実施例と同様の比率で配合し、混合を行った。得られた原料粉末を第1実施例と同様に成形、焼結して試料番号14〜17の試料を作製した。これらの試料について、第1実施例と同様にして耐摩耗性の評価を行った。この結果を第1実施例の試料番号01および05の試料の値とともに表3に示す。
【0024】
【表3】

【0025】
表3より、硬質相形成粉末にMnを含有させる効果を調べることができる。硬質相形成粉末にMnを含有しない試料番号05の試料に比して、硬質相形成粉末にMnを5%以下含有する試料番号14〜16の試料では、硬質相の合金基地がMnにより強化されて、バルブシートの摩耗量が同等以下となっている。一方、硬質相が強化されることから、バルブの摩耗量は、Mnの含有量の増加につれて若干増加する傾向が見られる。また、硬質相形成粉末にMnを5%を超えて含有する試料番号17の試料では、バルブシートの摩耗量が著しく増加している。これは、Mnの含有量の増加により、硬質相形成粉末が硬くなって原料粉末の圧縮性が著しく低下したためと考えられる。この結果、成形体密度が低下して焼結体密度が低下し、焼結体強度が低下したと考えられる。また、バルブシートの摩耗粉がバルブを攻撃したため、バルブの摩耗量も著しく増加している。以上の結果より、硬質相形成粉末にMnを含有させることで、焼結合金の耐摩耗性をさらに向上することができるが、硬質相形成粉末のMnの含有量は5%以下に止めるべきであることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼結合金に分散する硬質相を形成するための硬質相形成用合金粉末であり、
組成が、質量比で、Mo:15〜35%、Si:1〜10%、Cr:20〜40%、および残部がCoと不可避不純物からなることを特徴とする硬質相形成用合金粉末。
【請求項2】
前記Coの80質量%以下をFeで置換することを特徴とする請求項1に記載の硬質相形成用合金粉末。
【請求項3】
前記組成に、Mn:5質量%以下を追加することを特徴とする請求項1または2に記載の硬質相形成用合金粉末。