説明

磁場形成装置及びこれを用いた粒子加速器

【課題】小型であり設置コストや運用コストが低廉でありながら、重粒子につきがん治療等に利用可能なエネルギーまで加速が可能となるような高磁場並びに磁場分布を形成することができ、エネルギーの増大に伴う相対論効果のための質量増加に対応するための径方向の磁気勾配を有する高磁場並びにビーム(放射線)収束のための周方向磁場の強弱を形成することができる磁場形成装置を提供する。
【解決手段】酸化物超電導導体を巻いて成る扇形形状のコイル若しくは扇形形状の酸化物超電導バルク体が複数周方向に並べられたコイル群あるいは超電導バルク体群を、互いに向き合った状態で2組配置する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強収束のための磁場を形成可能な磁場形成装置、及びこの磁場形成装置を利用した荷電粒子を加速する加速器に関する。
【背景技術】
【0002】
粒子を加速する小型の加速器として、下記特許文献1に記載されたサイクロトロンが知られている。この加速器では、円盤状の二枚の磁極の間に複数の磁極セクタ(ヒル)が周方向(円周方向)に並ぶように配置され、磁極セクタ同士の間に谷(ギャップ、バレー)が設けられており、コイルによって生成され磁極セクタにより形成された磁極の間の電磁場によって、粒子が螺旋状に加速される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−106300号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このような加速器では、小型・高効率化のために磁気回路に鉄を使用するが故に、磁場は最大2テスラ(T)程度となり、せいぜい水素イオン粒子を10メガ電子ボルト(MeV/u)程度のエネルギーを有するまでしか加速することができず、PET(Positron Emission Tomography)用の放射性薬剤製造に用いられるに留まっている。鉄を使用するため原理的に高磁気剛性の粒子線の加速は不可能で、近年がんの放射線照射治療において顕著な有用性が認められつつある重粒子線(炭素六価プラスイオン126+等の放射線)をがん治療に利用可能となるまで十分に加速することができない。
【0005】
一方、がんの放射線照射治療において有用とされる400MeV/u程度のエネルギーをもった(光速の7割程度の速度へ加速された)重粒子線(炭素)の電離放射線は、現状約千個のコイルを直径50メートル(m)程度の円に沿って並べたシンクロトロン加速器により供給されているが、このコイルシステムないし加速器では、設置コストが莫大なものとなるし、運転コストについても、多数のコイルの冷却や、制御の複雑さ、オペレーターの多人数化、多大な電力消費によって甚大なものとなっている。
【0006】
具体的には、2008年12月時点で重粒子シンクロトロン加速器は日本で2台稼働され、1台建設中であるが、稼働中の2台の加速器の内の1台はシンクロトロン2個を擁し、そのサイズは必要な周辺装置を含め140m×60m程度であり、全体の初期コストが数百億円のオーダーとなり、電力コストやオペレーターの人件費も合わせて数十億円のオーダーになるといわれている。又、もう1台の加速器に関しては、周辺装置を含めたサイズが90m×80m程度であり、初期コストやその他のコストは前述のものと同程度かこれより若干低い程度となるといわれている。更に、建設中の加速器及び必要な周辺装置のサイズは60m×50m程度であり、初期コストが百数十億円のオーダーとなり、電力コストやオペレーターの人件費が前述のものと同程度となると見込まれている。なお、2008年12月時点で、重粒子シンクロトロン加速器は、世界に上記の他ドイツに1台しかない。
【0007】
このような規模では、いかにがん治療に有用といえども普及に弾みがつかないため、重粒子の加速器の小型化やランニングコストの低減等が望まれるところであり、このような観点からはコイルの数が数個程度と少ないサイクロトロンで重粒子加速器を構成することが考えられる。しかし、鉄心による磁場の成形は、鉄では飽和の生じない1.6Tが限度であり、これを前提に加速可能なサイクロトロンを設計すると、少なくとも直径13m程度のポールフェイス(磁極表面)を有する磁石(47千トン)が必要となってしまう。
【0008】
又、サイクロトロンでは螺旋軌道で粒子の加速を行うために周方向に増減する磁場分布(磁場勾配)を形成する必要があるが、鉄のバルク(特許文献1では磁極セクタ)を周方向に間隔を置いて並べることによりヒルバレーを形成しても、鉄の飽和する2T程度を超える磁場に対しては粒子加速のための磁場勾配を形成することができず、がん治療に使用できる重粒子線のための6T程度の周方向に増減する磁場分布を形成することができない。
【0009】
そこで、請求項1に記載の発明は、小型であり設置コストや運用コストが低廉でありながら、重粒子につきがん治療等に利用可能なエネルギーまで加速が可能となるような高磁場並びに磁場分布を形成することができ、エネルギーの増大に伴う相対論効果による質量増加に対応する半径方向の磁気勾配を有する高磁場並びに加速粒子収束のための周方向磁場の強弱を形成することができる磁場形成装置を提供することを目的としたものである。
【0010】
又、請求項5に記載の発明は、重粒子についてもがん治療等に利用可能なエネルギーまで加速可能でありながら小型であり、設置コストや運用コストが従来の重粒子加速器に比して極めて低廉でありながら、重粒子につきがん治療等に利用可能なエネルギーまで加速が可能である加速器を提供することを目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、磁場形成装置にあって、酸化物超電導導体を巻いて成る扇形形状のコイルが複数周方向に並べられたコイル群を、互いに向き合った状態で2組備えていることを特徴とするものである。
【0012】
上記目的を達成するために、請求項2に記載の発明は、磁場形成装置にあって、扇形形状の酸化物超電導バルク体が複数周方向に並べられた超電導バルク体群を、互いに向き合った状態で2組備えていることを特徴とするものである。
【0013】
請求項3に記載の発明は、上記目的に加えて、比較的に低コストでありながら重粒子につきがん治療等に利用可能なエネルギーまで加速が可能となるような高磁場並びに磁場分布を形成する目的を達成するため、上記発明にあって、酸化物超電導導体は、RE−123系酸化物超電導体(REBaCu7−δ、REはイットリウムを含む希土類元素)であることを特徴とするものである。
【0014】
請求項4に記載の発明は、上記目的に加えて、比較的に低コストでありながら重粒子につきがん治療等に利用可能なエネルギーまで加速が可能となるような高磁場並びに磁場分布を形成する目的を達成するため、上記発明にあって、酸化物超電導バルク体は、RE−Ba−Cu−O(REはイットリウム,サマリウム,ランタン,ネオジウム,ユーロピウム,ガドリニウム,ジスプロシウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム,ルテチウムのうち少なくとも1つ又は2つ以上の任意の組合せ、Baはバリウム、Cuは銅、Oは酸素)で表せる主成分を有することを特徴とするものである。
【0015】
上記目的を達成するために、請求項5に記載の発明は、粒子加速器にあって、上記磁場形成装置を磁極間に組み込んで形成されていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、酸化物超電導導体を巻いて成る扇形形状のコイル若しくは扇形形状の酸化物超電導バルク体が複数周方向に並べられ、互いに向き合った状態で配置されている。よって、小型であり設置コストや運用コストが低廉でありながら、重粒子につきがん治療等に利用可能なエネルギーまで加速可能となるような等時性の高磁場ないし磁場勾配を形成することができる磁場形成装置ないし粒子加速器を提供することができる、という効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の第1形態に係る磁場形成装置の平面説明図である。
【図2】図1の磁場形成装置及びコイルシステムを示す斜視説明図である。
【図3】図2のコイルシステムの一部断面説明図である。
【図4】比較例のコイルシステムの一部断面説明図である。
【図5】図1の磁場形成装置(ないし図2のコイルシステム)により形成される磁場を示すグラフである。
【図6】本発明の第2形態に係る磁場形成装置の平面説明図である。
【図7】図6の磁場形成装置及びコイルシステムを示す斜視説明図である。
【図8】図6の磁場形成装置(ないし図7のコイルシステム)により形成される磁場を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係る実施の形態の例につき、適宜図面に基づいて説明する。なお、当該形態は、下記の例に限定されない。
【0019】
[第1形態]
図1は本発明の第1形態に係る粒子加速器に含まれる、磁場形成装置1の平面説明図である。磁場形成装置1は、上下にそれぞれコイル群2を備えており、各コイル群2は、複数(6個)のコイル3を含む。各コイル3は、所定の中心角(30度)を有するほぼ扇形の形状(扇形形状)であり、外径(半径)1.6メートル(m)、幅0.08mであって、3つの角は内径(半径)0.03m、外径(半径)0.11mで丸められ、中心角は半径0.315mの円の外側に位置している。
【0020】
そして、各コイル3は、超電導導体を線状にして成る超電導線材を巻き(空心)、更にこれをシールドで覆うことで形成されている。各コイル3は、図示しない電力供給装置(電源)と電気的に接続されている。なお、シールド内には、図示しない冷却媒体が図示しない冷却装置にのみ流入可能に封入されており、当該冷却装置は、当該冷却媒体を20ケルビン(K)まで冷却してシールド内を流通させることが可能となっている。
【0021】
各コイル3の超電導線材の幅は1センチメートル(cm)程度であり、厚さは基板や安定化銅を含み200マイクロメートル(μm)であって、超電導線材表面の絶縁被膜を含め占積率は0.7程度とされ、負荷率は0.7程度とされている(運転電流を300A程度とし、電流密度を約8.47×10アンペア毎平方メートル(A/m)とする)。
【0022】
更に、超電導線材の材質としては、金属系(ニッケルチタン,ニオブスズ等、4.2Kで超電導状態)や酸化物系(ビスマス系あるいはRE−Ba−Cu−O系等、77Kで超電導状態に入り、20Kで特性の良好な超電導状態となる)の双方を用いることができるが、臨界温度が高く比較的高温で超電導状態となり、又臨界磁界も高いことから酸化物超電導導体を用いることが好ましく、酸化物超電導導体の内でも、作製コストが比較的に高いものの、磁場に強く、耐熱耐食性ニッケル基合金(ハステロイ・登録商標・以下同様)が線材構成材となるために機械的強度も良好な、主成分がRE−Ba−Cu−Oで表せる酸化物超電導導体を用いることが更に好ましい。なお、前者のビスマス系酸化物超電導線材の具体例としては、住友電気工業株式会社製Bi2223(BiSrCaCu10)が挙げられ、後者のRE−Ba−Cu−O系酸化物超電導線材の具体例としては、American Superconductor Corporation(AMSC)社製YBCO(YBaCu7−δ)が挙げられる。本形態(図1)では、YBCOを用いている。
【0023】
ここで、主成分がRE−Ba−Cu−Oで表せる酸化物超電導導体において、REはY(イットリウム),Sm(サマリウム),Gd(ガドリニウム),Ho(ホルミウム)といった希土類元素のうち少なくとも1つ又は2つ以上の任意の組合せであり、Baはバリウム、Cuは銅、Oは酸素である。又、好ましくは、酸化物超電導導体はREがYであるイットリウム系酸化物超電導導体とし、より好ましくはYBaCu7−δを始めとするY−123系酸化物とし、あるいはYBaCu7−δのYの全部又は一部を他の希土類金属に置き換えたもの(RE−123系酸化物超電導体)とする。
【0024】
又、酸化物超電導導体は、表面に結晶配向性を有する基板(線材構成材)上に形成されている。基板は、好ましくは、Cu(銅),Ni(ニッケル),Ti(チタン),Mo(モリブデン),Nb(ニオブ),Ta(タンタル),W(タングステン),Mn(マンガン),Fe(鉄),Ag(銀)等の金属あるいはこれらの合金から成る金属層を備えており、より好ましくは、ステンレス,インコネル,ハステロイから成る金属層を備えている。
【0025】
更に、好ましくは、酸化物超電導導体と基板との間に、金属酸化物から成る中間層が配置される。中間層は、パイロクロア構造,希土類−C構造,ペロブスカイト型構造あるいは蛍石型構造を有し、例えば、BaZrO(Zrはジルコニウム),Y,MgO(Mgはマグネシウム),SrTiO(Srはストロンチウム,Tiはチタン),YSZ(イットリア安定ジルコニア)、又はGdZr等のLn−M−O系化合物(Lnは1種以上のランタノイド元素,MはSr・Zr・Ga(ガリウム)の群から選択される1種以上の元素)等である。中間層は、スパッタ法、電子線ビーム蒸着法等で形成されるが、好ましくはIBAD法(Ion Beam Assisted Deposition、イオンビームアシスト法)により成膜される。
【0026】
各コイル3は、上記の外形内で上記の超電導線材を巻いて形成され、巻数は2400回であり、線長は7516.4mとなる。又、コイル3はコイル群2において6個あり、コイル群2は上下2組あるので、超電導線材の総延長は各線長を12倍した90.1968キロメートル(km)となる。
【0027】
そして、コイル群2においてコイル3は周方向(円周方向)に等間隔に並べられ、各コイル群2においてコイル3が他方のコイル群2のコイル3と向かい合うように上下のコイル群2が配置されている(図2参照)。各コイル群2では、各コイル3の弧の部分が、同一円弧に重なるように配置されている。各コイル群2において、各コイル3が主に強磁場部分を構成し(ヒル)、コイル3とコイル3の間が比較的に弱い磁場の部分(バレー)を主に構成する。
【0028】
図2は本形態の粒子加速器に含まれるコイルシステム10と磁場形成装置1とを示す斜視説明図であり、図3はコイルシステム10の一部断面説明図であって、磁場形成装置1は、コイルシステム10の内側に配置されている。なお、コイルシステム10及び磁場形成装置1は、図示しない円柱状の2個の平行な上下の磁極の間に配置されている。粒子加速器は、磁場を発生する当該磁極と、磁場につき中心から周方向へ行くに従い徐々に磁束密度の増強ないし調整をして荷電粒子を螺旋状の軌道で加速させる磁場形成装置1ないしコイルシステム10と、荷電粒子を生成して磁場形成装置1(あるいはコイルシステム10,磁極)の中央付近に入射させる図示しないイオン源と、これらの制御を行う図示しない制御装置を有する。
【0029】
コイルシステム10は、互いに鏡面対称に向き合う状態で上下に配置された2組のコイルユニット12を有しており、コイルユニット12の1組は、全体形状が環状である1個の主コイル13と、全体形状が環状である2個の補正コイル14,16とから成っている。なお、補正コイル14,16につき、主コイル13により近いものを補正コイル14とし、他を補正コイル16とする。又、図3では、コイルユニット12の1組に係る半分の断面が示されており、コイルシステム10全体の断面は、縦軸を対称軸として鏡面対称に図示された断面を描いてコイルユニット12の1組の断面を把握すると共に、横軸を対称軸として鏡面対称にコイルユニット12の他の1組の断面を描くことで把握される。図3の数値の単位はメートル(m)である。
【0030】
主コイル13は、超電導導体を線状にして成る超電導線材を、輪状の中心線の全体に対して所定間隔をおいて巻き(空心)、更にこれを環状のシールドで覆うことで形成されている。超電導線材の寸法や材質は、磁場形成装置1のコイル3と同様である。主コイル13は、磁場形成装置1と共通の電源と電気的に接続されている。なお、シールド内には、磁場形成装置1と共通の冷却媒体が図示しない冷却装置にのみ流入可能に封入されており、当該冷却装置は、当該冷却媒体を20Kまで冷却してシールド内を流通させることが可能となっている。
【0031】
主コイル13は、補正コイル14,16に比して面積の広い断面(空心部分を含む断面)を有しており、主コイル13の当該断面は、縦(厚み・軸方向寸法)約0.0831m,横(環の幅・幅方向寸法)約0.89mとなっていて、縦横比(アスペクト比)が縦:横=1:2を超え、1:3をも超えるものとなっている。又、主コイル13の外径は半径約2.525mであり、内径(環の内側の径,環の孔の径)は半径約1.635mとなっている。
【0032】
そして、主コイル13は、磁極に対し中心を合わせた状態で磁極に沿うように配置されており、鏡面対称の主コイル13に対して約0.139m離れた状態で配置されている(図3の横軸に対して約0.070m離れている)。
【0033】
一方、補正コイル14,16は、寸法や配置を除き、主コイル13と同様に形成され、設計されている。
【0034】
補正コイル14は、外径約1.605m,内径約1.444m,幅約0.161m,厚み約0.117mとされており、中心を主コイル13の中心と揃え、主コイル13に沿った状態で、対称位置の補正コイル14に対し約0.543m間隔を置いて配置されている(図3の横軸に対して約0.272m離れている)。従って、補正コイル14は、主コイル13や自身の軸方向において主コイル13と並んだ状態で配置されており、主コイル13より遠方(目的磁場・対称線・横軸からより離れた側,磁極に近い側,他方のコイルユニットから遠い側)に位置していて、その内径ないし外径は主コイル13の外径より小さくされており、主コイル13の外径より(コイルの径方向・半径方向・放射方向でみて)内側に位置している。
【0035】
補正コイル16は、外径約1.096m,内径約0.946m,幅約0.150m,厚み約0.0930mとされており、中心を主コイル13の中心に合わせ、主コイル13に沿う状態で、対称位置の補正コイル16に対し約1.129m間隔を置いて配置されている(図3の横軸に対して約0.565m離れている)。従って、補正コイル16は、主コイル13や補正コイル14より遠方に位置しており、又その内径ないし外径は、主コイル13や補正コイル14の外径より小径とされていて、主コイル13や補正コイル14の外径より内側に配置されている。なお、主コイル13及び補正コイル14,16のコイル巻き体積は、合わせて約1.732立方メートル(m)となる。
【0036】
磁場形成装置1では、各コイルユニット12において、補正コイル16より近方に、その内径ないし外径より大きな外径の補正コイル14が配置され、補正コイル14より近方に、更にその内径ないし外径より大きな外径の主コイル13が配置されており、コイルユニット2全体としてみて遠方に盛り上がる山型形状となっている。又、磁場形成装置1では、コイルユニット2同士でみて互いに対称となっており、コイルユニット2で挟まれた部分において、粒子加速等を目的とする磁場(目的磁場)が形成される。コイルユニット2における各種コイルは、それぞれスイッチを介して単一の電源と電気的に接続されており、当該スイッチをオンにすることで単独の電源により電圧を付加されて励磁され、他の励磁コイルや磁場形成装置1と共に目的磁場を生成する。なお、図3における横軸が、目的磁場の中央線となる。
【0037】
一方、本発明に係るコイルシステム10に対する比較例として、図4において図3と同様に示すような、コイルユニットが単独のコイルで構成され、当該コイルが上下に鏡面対称に配置されたものを挙げる。当該コイルは、外径約2.162m,内径約1.855m,幅約0.307m,厚み約0.723mとされており、対称位置のコイルに対し約0.13m間隔を置いて配置されている(図4の横軸に対して約0.065m離れている)。
【0038】
これらの磁場形成装置1等を有する粒子加速器につき、コンピュータ制御によりそれぞれ以下のように動作させる。
【0039】
即ち、まず本発明に係る磁場形成装置1及びコイルシステム10を有する粒子加速器につき、粒子加速器ないし磁場形成装置1の制御装置としてのコンピュータは、冷却装置を動作させ、冷却媒体を各コイル群2の各コイル3や各コイルユニット12の主コイル13及び補正コイル14,16が超電導状態となる温度(20K)まで伝導冷却により冷却し、冷却媒体の温度を安定させる。そして、磁場形成装置1ないしコイルシステム10に対し、徐々に電圧を付加し、上述の電流密度となるまで各コイル3並びに各主コイル13及び各補正コイル14,16に電流を流す。そして、上述の電流密度が生じ、超電導状態により電流が安定すれば、電圧の付加を停止して、粒子を螺旋軌道で加速させる等時性磁場を形成する定常状態に移行させる。
【0040】
このようにして得られた等時性磁場(目的磁場,図3の横軸上,直径3.2m・高さ(厚さ)13cm)の磁束密度分布を図5に示す。図5において、(a)は所定の半径(3種類)における周方向に沿った磁束密度分布を示し、(b)は所定の角度(2種類)あるいは全体の平均における目的磁場の中心から径方向外側への磁束密度分布を示す。磁場形成装置1等を有する粒子加速器では、径方向に徐々に磁束密度の高くなる粒子加速に適した磁気勾配を有する磁場を形成することができている。しかも、目的磁場につき、平均して、中心付近の磁束密度を4T程度とし、周端側の磁束密度を6T程度とすることができ、常電導の鉄の限界である2Tを大幅に超える非常に大きな磁束密度の磁場を、滑らかな磁気勾配を有する状態で形成することができている。
【0041】
従って、目的磁場に荷電粒子を入射させることで、重粒子であっても螺旋軌道により十分に(400MeV/u程度まで)加速することができ、重粒子線がん治療に必要な重粒子の加速につき、磁場形成装置1等を有する粒子加速器で行うことができる。そして、磁場形成装置1やコイルシステム10自体の寸法は直径約5m×高さ約2mとなり、周辺装置を含めても数十平方メートル(m)程度の設置面積で済む等、磁場形成装置1や粒子加速器を非常にコンパクトに小型化することができる。更に、粒子加速器が小型であるため、製作に要する材料の量を低減することができ、運転に必要な電力量も低減することができ、運転に係る制御も比較的に簡易なものとすることができて、導入コストや運用コストを低廉なものとすることができ、保守も簡単に行うことができて保守コストも低廉なものとすることができる。
【0042】
加えて、各コイル3並びに各主コイル13及び各補正コイル14,16を超電導状態とし、超電導状態による励磁を行い、超電導加速器として運転するため、これらコイルに付加する電力量の低減に寄与するし、ジュール発熱が生じず冷却媒体の冷却エネルギーも比較的に少なく済み、運転に必要な電力量の低減を図ることができる。又、小型で冷却媒体の量が少なく、又ジュール熱を生じないこと等により、停止状態から高磁場状態(粒子加速可能状態)となる時間を短時間とすることができ、効率良く粒子加速を行うことができる。更に、ジュール熱を生じないこと等により、各コイル3並びに各主コイル13及び各補正コイル14,16に熱変形が生じる事態を防止することができ、磁場分布の変動を防止して、安定した等時性磁場の形成ないし磁場の粒子加速の安定動作の確保等を行うことができる。そして、以上の特性により、重粒子加速器の普及を促進することができ、重粒子線がん治療を実施可能な病院が増加する等、多大な効果を奏することができる。
【0043】
一方、比較例に係るコイルシステムと本発明の磁場形成装置1を有する粒子加速器につき同様に動作させた場合、本発明における図5で示したような磁場と同様の磁場を得ることができるものの、コイルの形成のために使用する超電導線材の量が約3.92mとなり、本発明のコイルシステム1ないし粒子加速器に対して約2.26倍の線材使用量となる。
【0044】
従って、複数のコイルから成るコイルユニットを含む本発明のコイルシステム1ないし粒子加速器にあっては、重粒子につきがん治療等に利用可能なエネルギーまで加速が可能となるような等時性の高磁場並びに磁場分布を実現しながら、比較的にコストを要する酸化物超電導線材の使用量を低減することができ、がん治療等に利用可能な粒子加速器の普及の促進に一層寄与することとなる。
【0045】
[第2形態]
本発明の第2形態に係る磁場形成装置21ないし粒子加速器は、コイル群2に代えて超電導バルク体群22を用いる他は、第1形態の磁場形成装置1ないし粒子加速器と同様に成る。
【0046】
図6及び図7に示すように、磁場形成装置21は、超電導バルク体群22を備えており、各超電導バルク体群22は、複数(6個)の超電導バルク体23を含む。各超電導バルク体23は、第1形態のコイル3と同様の外形を有するが、中空ではなく板状となっている。各超電導バルク体23は、冷却装置から供給される冷却媒体の流通するシールドで覆われており、20K程度に冷却可能となっている。
【0047】
各超電導バルク体23は、バルク酸化物超電導材料で形成されており、好ましくは主成分がRE−Ba−Cu−Oで表せる酸化物超電導体で形成される。ここで、REはY(イットリウム),Sm(サマリウム),La(ランタン),Nd(ネオジウム),Eu(ユーロピウム),Gd(ガドリニウム),Dy(ジスプロシウム),Ho(ホルミウム),Er(エルビウム),Tm(ツリウム),Yb(イッテルビウム),Lu(ルテチウム)といった希土類元素のうち少なくとも1つ又は2つ以上の任意の組合せであり、Baはバリウム、Cuは銅、Oは酸素である。又、好ましくは、REはYであり、バルク酸化物超電導体はイットリウム系酸化物超電導バルク体とする。
【0048】
この酸化物超電導体は、超電導相(123相)の中に絶縁相(非超電導相,211相)が微細分散したものである。超電導相は、単結晶状(完全なもののみならず小傾角粒界等の実用に差障りない欠陥を有するものを含む)であり、90〜96K程度の超電導遷移温度を有していて、REBaCu7−δと表せる。一方、絶縁相は、好ましくは超電導相と同素体であって、粒度が50μm以下(より好ましくは10μm以下)となっており、REBaCuOと表せる。超電導相中の絶縁相の割合は、臨界電流密度ないし機械的強度に鑑み、5〜35体積パーセントが望ましい。なお、酸化物超電導体中に、気泡(50〜500μm程度)を含んで良い。
【0049】
又、酸化物超電導体は、銀,白金若しくはセリウムのうち少なくとも1つ又は2つ以上の任意に組合せたものを50質量パーセント(質量%)までの任意の量だけ添加されることが好ましく、特に銀を5〜20質量%添加することがより好ましい。銀等の添加により、銀化合物等(10〜500μm程度)が生じても差し支えない。
【0050】
そして、超電導バルク体群22において超電導バルク体23は周方向に等間隔に並べられ、各超電導バルク体群22において超電導バルク体23が他方の超電導バルク体群22の超電導バルク体23と向かい合うように上下の超電導バルク体群22が配置されており、磁場形成装置21が形成される(図7参照)。各超電導バルク体群22において、各超電導バルク体23が強磁場部分を構成し(ヒル)、超電導バルク体23同士の間が弱磁場部分(バレー)を構成する。磁場形成装置21は、第1形態で説明したコイルシステム10に磁場形成装置1と同様に収容され、本形態の粒子加速器が形成される。
【0051】
このような磁場形成装置21等を有する粒子加速器につき、コンピュータシミュレーションにより第1形態と同様に動作させ(但し各超電導バルク体23への電圧付与は行わない)、得られた等時性磁場の磁束密度分布を図8に示す。図8において、(a)は所定の半径(3種類)における周方向に沿った磁束密度分布を示し、(b)は所定の角度(2種類)あるいは全体の平均における目的磁場の中心から径方向外側への磁束密度分布を示す。磁場形成装置21等を有する粒子加速器にあっても、径方向に徐々に磁束密度の高くなる粒子加速に適した磁気勾配を有する磁場を形成することができている。しかも、等時性磁場につき、平均して、中心付近の磁束密度を4T程度とし、周端側の磁束密度を6T程度とすることができ、常電導の鉄の限界である2Tを大幅に超える非常に大きな磁束密度の磁場を、滑らかな磁気勾配を有する状態で形成することができている。
【0052】
従って、磁場形成装置21等を有する粒子加速器にあっても、目的磁場に荷電粒子を入射させることで、重粒子線がん治療に必要な重粒子の加速等を行うことができる。又、磁場形成装置21やコイルシステム10自体の寸法はやはり直径約5m×高さ約2mで収まり、周辺装置を含めても数十平方メートル(m)程度の設置面積で済む等、磁場形成装置21や粒子加速器を非常にコンパクトに小型化することができる。更に、粒子加速器が小型であるため、製作に要する材料の量を低減することができ、運転に必要な電力量も低減することができ、運転に係る制御も比較的に簡易なものとすることができて、導入コストや運用コストを低廉なものとすることができ、保守も簡単に行うことができて保守コストも低廉なものとすることができる。
【0053】
加えて、各超電導バルク体23並びに各主コイル13及び各補正コイル14,16を超電導状態とし、超電導状態による励磁を行い、超電導加速器として運転するため、これらコイルに付加する電力量の低減に寄与するし、ジュール発熱が生じず冷却媒体の冷却エネルギーも比較的に少なく済み、運転に必要な電力量の低減を図ることができる。又、小型で冷却媒体の量が少なく、又ジュール熱を生じないこと等により、停止状態から高磁場状態(粒子加速可能状態)となる時間を短時間とすることができ、効率良く粒子加速を行うことができる。更に、ジュール熱を生じないこと等により、各超電導バルク体23並びに各主コイル13及び各補正コイル14,16に熱変形が生じる事態を防止することができ、磁場分布の変動を防止して、安定した等時性磁場の形成ないし磁場の粒子加速の安定動作の確保等を行うことができる。そして、以上の特性により、本形態にあっても、重粒子線を加速可能な粒子加速器の普及を促進することができ、重粒子線がん治療を実施可能な病院が増加する等、多大な効果を奏することができる。
【0054】
[第3形態]
本発明の第3形態に係る粒子加速器は、コイルシステム10における各コイルの巻線方式を除き、第1形態や第2形態の粒子加速器と同様に成る。
【0055】
第3形態の粒子加速器では、各主コイル13及び各補正コイル14,16は、帯状の超電導線材をパンケーキ巻きして形成されたパンケーキコイルを用いて構成されている。各主コイル13及び各補正コイル14,16は、中央に孔を有する円盤状(環状)のパンケーキコイルにつき、複数重ねることで積層構造をとるように(積層パンケーキコイルとして)構成されている。
【0056】
第3形態の粒子加速器においても、第1形態や第2形態と同様、磁気勾配を付与可能な高磁場につき、小型で低コストで普及容易な装置において形成することができる。しかも、各主コイル13及び各補正コイル14,16がパンケーキコイルあるいはその積層体で形成されているため、励磁時において電磁力が圧縮応力として線材構成材(ハステロイ)に対して印加されるようにすることができ、各主コイル13及び各補正コイル14,16の機械的強度を高くして挫屈を回避することができて、耐久性を一層向上し、又高磁場をより安定した状態で生成することができる。
【0057】
[変更例]
なお、主に上記形態を変更して成る、本発明の他の形態を例示する。磁気形成装置のコイルや超電導バルク体の数は、片側5個以下(2個以上)として良いし、7個以上として良い。これらコイルや超電導バルク体の形状は、放射方向に沿わない直線や折線・曲線等を有する扇形に類した形状等(扇形形状にスパイラルセクターを含めて良い)とすることができる。コイルや超電導バルク体の大きさも、様々に変更することができる。又、複数のコイルや超電導バルク体の大きさや形状は、それぞれ個々に異なるものとして良いし、複数の任意のグループに分け、グループ毎に同じ大きさあるいは形状をもつようにして良く、これらのコイルや超電導バルク体はどのように配置しても良い。磁気形成装置において、コイルと超電導バルク体とを混在させて良い。コイルや超電導バルク体の配置は、間隔毎に異なる寸法として良いし、一定数置きに同じ間隔寸法をとらせても良い。各コイル群のコイルは、他のコイル群のコイルと対応する(向かい合う・平面視で重なる)位置に配置せず、角度のずれた状態で配置されて良いし、一部のコイルのみ対応する位置に配置されて良く、この点超電導バルク体群にあっても同様である。
【0058】
コイルユニットにおいて、コイルの数は、片側につき2個としても良いし、4個以上としても良い。コイルにつき、断面積に基づき主コイルと補正コイルとに分けず、全て同様の断面積を有するようにしたり、各コイルで様々な断面積をもつようにしたりして良い。又、主コイルを補正コイルより目的磁場に対して遠くに配置して良い。コイルの寸法や配置につき、磁気勾配形状や磁束密度の高さ等に応じて微調整し、あるいは変更することができる。一方のコイルユニットは、他方のコイルユニットにおける全てのコイルに対して鏡面対称であるコイルのみから成る必要はなく、他方のコイルユニットにはない微調整用のコイルを追加して配備する等、他方のコイルユニットに属する複数のコイルに対して鏡面対称であるコイルを含むのであればどのような構成を採用しても良い。パンケーキコイルは、積層せず単独で用い、積層数を様々にし、あるいは層毎の厚みや巻き数や線材の種類・寸法等を様々にすることができ、磁場形成装置は、ソレノイドコイル、パンケーキコイル、又は積層パンケーキコイルの組合せとして良い。冷却媒体の温度につき、20K以外として良い。
【0059】
電源や冷却装置は、磁場形成装置とコイルユニットとで別個のものを用いることができ、あるいは任意のコイル毎に専用のものとすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の磁場形成装置ないし粒子加速器によれば、小型で低コストな構成によって極めて高い磁場を提供することができ、本発明の磁場形成装置ないし粒子加速器は、各種医療機関用の医療用加速器に採用可能であることはもちろん、最大級の規模を有しない研究機関においても容易に導入可能な実験用粒子加速器を作製するために採用したり、高磁場を必要とする産業機器に組み込んだりすることも可能であり、本発明の磁場形成装置ないし重粒子の加速が可能な粒子加速器は、様々な用途を有する。
【0061】
又、特にがん治療用重粒子加速器とした場合には、次に説明するように、がんに対し非常に効果的な重粒子線の照射を効率良く実施することができ、多数のがん患者に対し治療を施して生活の質(Quality Of Life,QOL)の向上を提供することができるものである。
【0062】
即ち、炭素六価イオン線(荷電粒子)を水平垂直の2門で照射することで、エネルギー吸収量の高い位置をがん患部の位置に集中させることができ、又その集中性につきエックス線やガンマ線に対して遙かに高水準とし、陽子線と比しても更に急峻な境界をもつものとすることができ、患部以外の部位に対して低負担となり治療の負担が軽減され、患部のみに線量を集中させてがん細胞に対する生物学的効果(細胞致死効果)をエックス線や陽子線の3倍程度とすることができ、比較的に短い照射時間で効果を上げることができて分割照射回数を少なくしあるいは治療期間や入院期間を短くしあるいはリハビリテーション期間を不要又は極めて短くすることができ、外科的切除や他の放射線治療に比して身体的負担や費用負担等の極めて少ないがん治療を実施することができる。又、その線量の集中性等により、低酸素がん(中期以降の大きな腫瘍)や放射線抵抗性がん(腺がん・骨肉腫等のがん)に対しても有効である場合を生じ、難治がんに対する治療にも利用することができる。そして、低負担で原則手術不要であること等により、高齢者や他病保有者等であっても治療の可能性を見出すことができるし(治療対象者の拡大)、患者のQOL向上を図ることができ、ひいては社会的負担(Social Cost)を低減することができる。本発明の磁場形成装置ないし医療用重粒子加速器によれば、このように顕著な効果を奏する機器の普及を促進することが可能となる。
【符号の説明】
【0063】
1,21 磁場形成装置
2 コイル群
3 コイル
22 超電導バルク体群
23 超電導バルク体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物超電導導体を巻いて成る扇形形状のコイルが複数周方向に並べられたコイル群を、互いに向き合った状態で2組備えている
ことを特徴とする磁場形成装置。
【請求項2】
扇形形状の酸化物超電導バルク体が複数周方向に並べられた超電導バルク体群を、互いに向き合った状態で2組備えている
ことを特徴とする磁場形成装置。
【請求項3】
酸化物超電導導体は、RE−123系酸化物超電導体(REBaCu7−δ、REはイットリウムを含む希土類元素)であることを特徴とする請求項1に記載の磁場形成装置。
【請求項4】
酸化物超電導バルク体は、RE−Ba−Cu−O(REはイットリウム,サマリウム,ランタン,ネオジウム,ユーロピウム,ガドリニウム,ジスプロシウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム,ルテチウムのうち少なくとも1つ又は2つ以上の任意の組合せ、Baはバリウム、Cuは銅、Oは酸素)で表せる主成分を有する
ことを特徴とする請求項2に記載の磁場形成装置。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4の何れかに記載の磁場形成装置を磁極間に組み込んだ
ことを特徴とする粒子加速器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−212031(P2010−212031A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−55556(P2009−55556)
【出願日】平成21年3月9日(2009.3.9)
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【出願人】(301032942)独立行政法人放射線医学総合研究所 (149)
【出願人】(000213297)中部電力株式会社 (811)
【Fターム(参考)】