説明

磁場発生装置および磁気共鳴装置

【課題】ESR測定とNMR測定を高速で切り替える。
【解決手段】直流電源から供給される直流電流によって静磁場を発生させる磁場発生装置において、励磁コイルL1と、該励磁コイルL1に流れる電流を決める抵抗R1と、該励磁コイルL1と前記直流電源の正極との間に順方向に挿入された第1のダイオードD1とから成る第1の直流回路と、補助コイルL2と、該補助コイルL2に流れる電流を決める抵抗R2と、該補助コイルL2と前記直流電源の負極との間に挿入され、該補助コイルL2に流れる電流をON/OFFするスイッチS1とから成る第2の直流回路と、を備え、前記励磁コイルL1の前段側と、前記補助コイルL2の後段側でありかつ前記スイッチS1の前段側とは、前記第2の直流回路から前記第1の直流回路への方向を順方向とする第2のダイオードD2により接続される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばESR測定とNMR測定を高速に切り替えて行なう装置に使用される磁場発生装置の技術分野に属するものである。
【背景技術】
【0002】
ESR(電子スピン共鳴)装置とNMR(核磁気共鳴)装置は、スピン磁気モーメントを有する電子や原子核に静磁場を印加し、該スピン磁気モーメントにラーモアの歳差運動を発生させて、そこに歳差運動と同じ周波数の高周波磁場を照射して共鳴させることにより、該スピン磁気モーメントを有する電子や原子核の信号を検出する分析装置である。
【0003】
電子と原子核では、磁気モーメントの値が大きく異なるため、同じ強度の静磁場を与えても、発生するラーモアの歳差運動の周波数は大きく異なる結果となる。従って、ESR現象とNMR現象を一緒に測定するためには、ESR用がGHzオーダー、NMR用がMHzオーダーと、周波数の大きく異なる高周波磁場を別々に発生させて試料に印加する方法が取られる(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3468637号公報
【特許文献2】特公昭61−49620号公報
【特許文献3】特開2002−184588号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、このような同じ強度の静磁場でESRとNMRの測定を行なう方法では、例えばESRの測定周波数を生体試料に公的な1GHz程度に設定すると、それに対応するNMR測定用高周波の周波数が低くなり、NMR側の感度が大きく低下してしまうという問題があった。
【0006】
そこで、この問題を解決するために、ESR測定時の静磁場強度を、NMRの測定の際には大きくジャンプさせて、NMR測定用高周波の周波数をより高くして、NMRの測定感度を高めることが考えられる。
【0007】
ところが、ESRに静磁場を提供している電磁石はインダクタンスであるため、ESRの測定モードからNMRの測定モードに切り替えると同時に電磁石の静磁場強度をジャンプさせようとすると、電磁誘導現象のため、ジャンプしない方向に誘導力が働き、時間的に大きな遅れを発生するという問題があった。
【0008】
従来、ESRの分野では、測定感度を高めるため、定点積分法という技術があって、静磁場の高速スイッチングを行なわせるために、主静磁場を発生するインダクタンスの大きな主コイルと、ジャンプ用の静磁場を発生するインダクタンスの小さな副コイルを重畳させ、両者の磁場を足し合わせることで、静磁場の高速スイッチングを達成していた(特許文献2)。
【0009】
しかしながら、この方法により達成できる静磁場のジャンプ幅の大きさは、せいぜい数十ガウス程度であり、ESR測定とNMR測定の切り替えの際に求められる2000ガウスの高速ジャンプを達成することはできない。
【0010】
また、直流電源を用いて励磁コイルに電流を流すとき、電源の電圧変化になるべく速く電流を追随させるため、電源と励磁コイルとの間に抵抗を入れ、電流が変化する際に、励磁コイルにかかる電圧の変化を大きくするという技術があることも広く知られている。
【0011】
しかしながら、応答の速さをあまりに追い求めると、大きな抵抗値の抵抗を使用せざるを得ず、その結果、供給するほぼ全ての電力を抵抗で消費することとなり、静磁場を作るためのエネルギー以外に、膨大な電力が必要になってしまうという問題があった。
【0012】
本発明は、上述した点に鑑み、大きな差を有する2つの静磁場強度間を高速でスイッチングできる磁場発生装置および磁気共鳴装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
この目的を達成するため、本発明にかかる磁場発生装置は、
直流電源から供給される励磁電流I1を励磁コイルL1に流すことにより、磁場を発生させる磁場発生装置において、
前記励磁コイルL1と並列接続される補助コイルL2と、前記補助コイルL2と直列接続され、前記直流電源から補助コイルL2に流れる電流を断続するスイッチ素子と、該スイッチ素子による電流の断続により前記補助コイルの両端に発生する電圧に基づく誘起電流I3を、前記励磁電流I1に重畳させて前記励磁コイルL1に流すため、前記補助コイルL2と前記励磁コイルL1の低電位側との間を接続するダイオードD2と、前記励磁コイルL1の低電位側から前記直流電源に前記誘起電流I3が逆流しないように前記励磁コイルL1の低電位側と直流電源の間に接続される逆流素子ダイオードD1とを備え、前記スイッチ素子を繰り返しON/OFFすることにより、OFF期間にON期間よりも大きな励磁電流を前記励磁コイルL1に流すように構成したことを特徴としている。
【0014】
また、正極と負極を備えた直流電源から供給される直流電流によって静磁場を発生させる磁場発生装置において、
励磁コイルL1と、該励磁コイルL1に流れる電流を決める抵抗R1と、該励磁コイルL1と前記直流電源の正極との間に順方向に挿入された第1のダイオードD1とから成る第1の直流回路と、
補助コイルL2と、該補助コイルL2に流れる電流を決める抵抗R2と、該補助コイルL2と前記直流電源の負極との間に挿入され、該補助コイルL2に流れる電流をON/OFFするスイッチS1とから成る第2の直流回路と、
を備え、
前記励磁コイルL1の前段側と、前記補助コイルL2の後段側でありかつ前記スイッチS1の前段側とは、前記第2の直流回路から前記第1の直流回路への方向を順方向とする第2のダイオードD2により接続されていることを特徴としている。
【0015】
また、本発明にかかる磁気共鳴装置は、
前記磁場発生装置を備え、前記スイッチS1がONの場合はESR測定装置、前記スイッチS1がOFFの場合はNMR測定装置として使用されることを特徴としている。
【発明の効果】
【0016】
本発明の磁場発生装置および磁気共鳴装置によれば、
直流電源から供給される励磁電流I1を励磁コイルL1に流すことにより、磁場を発生させる磁場発生装置において、
前記励磁コイルL1と並列接続される補助コイルL2と、前記補助コイルL2と直列接続され、前記直流電源から補助コイルL2に流れる電流を断続するスイッチ素子と、該スイッチ素子による電流の断続により前記補助コイルの両端に発生する電圧に基づく誘起電流I3を、前記励磁電流I1に重畳させて前記励磁コイルL1に流すため、前記補助コイルL2と前記励磁コイルL1の低電位側との間を接続するダイオードD2と、前記励磁コイルL1の低電位側から前記直流電源に前記誘起電流I3が逆流しないように前記励磁コイルL1の低電位側と直流電源の間に接続される逆流素子ダイオードD1とを備え、前記スイッチ素子を繰り返しON/OFFすることにより、OFF期間にON期間よりも大きな励磁電流を前記励磁コイルL1に流すように構成したので、
大きな差を有する2つの静磁場強度間を高速でスイッチングできる磁場発生装置および磁気共鳴装置を提供することが可能になった。
【0017】
また、正極と負極を備えた直流電源から供給される直流電流によって静磁場を発生させる磁場発生装置において、
励磁コイルL1と、該励磁コイルL1に流れる電流を決める抵抗R1と、該励磁コイルL1と前記直流電源の正極との間に順方向に挿入された第1のダイオードD1とから成る第1の直流回路と、
補助コイルL2と、該補助コイルL2に流れる電流を決める抵抗R2と、該補助コイルL2と前記直流電源の負極との間に挿入され、該補助コイルL2に流れる電流をON/OFFするスイッチS1とから成る第2の直流回路と、
を備え、
前記励磁コイルL1の前段側と、前記補助コイルL2の後段側でありかつ前記スイッチS1の前段側とは、前記第2の直流回路から前記第1の直流回路への方向を順方向とする第2のダイオードD2により接続されているとともに、
前記スイッチS1がONの場合はESR測定装置、前記スイッチS1がOFFの場合はNMR測定装置として使用されるので、
大きな差を有する2つの静磁場強度間を高速でスイッチングできる磁場発生装置および磁気共鳴装置を提供することが可能になった。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明にかかる磁気共鳴装置の測定条件の一例を示す図である。
【図2】本発明にかかる磁気共鳴装置の主要部の一実施例を示す図である。
【図3】本発明にかかる磁場発生回路の一実施例を示す図である。
【図4】本発明による磁気ジャンプ応答の改善を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態を説明する。
【0020】
図1は、本発明にかかる磁気共鳴装置の測定条件の一例を示す図である。本装置は、ESRとNMRを高速スイッチングで切り替えて測定可能な構成を備えており、ESR側、ならびにNMR側の測定条件は互いに大きく異なっている。
【0021】
本装置の例では、ESR側の測定条件は、静磁場強度が1000ガウス、高周波の周波数が3GHz、ESR検出器がループギャップ共振器(LGR)である。また、NMR側の測定条件は、静磁場強度が3000ガウス、高周波の周波数が120MHz、NMR検出器がサドル型共振器(SR)である。測定に際しては、この2つの条件の間で高速スイッチングを行なう。
【0022】
図2は、本発明にかかる磁気共鳴装置の主要部の一実施例を示す図である。図中、1はESR測定を行なわせるためのLGRである。測定試料は、このLGR1の中にセットしてある。LGR1を取り囲むようにして、NMR測定を行なわせるためのSR2がセットされている。LGR1とSR2の外側には、ESR/NMR兼用の静磁場発生装置3がセットされている。
【0023】
LGR1が発生する周波数3GHzのESR用高周波磁界HL、SR2が発生する周波数120MHzのNMR用高周波磁界HS、およびESR/NMR兼用の静磁場発生装置3が発生する直流静磁場H0は、その発生軸の向きがお互いに直交し合っている。これによりESRとNMRの磁気共鳴現象をそれぞれ独立して観測することができる。
【0024】
図3は、本発明にかかる磁気共鳴装置に使用される磁場発生装置の一実施例を示す図である。
【0025】
図中、L1が主コイル(空芯コイル)で、図2の静磁場発生装置3に対応している。そのインダクタンスの値は10mH程度である。主コイルL1は、L1に流れる電流値I1を決めるための抵抗R1、電流I1の流れる方向を規制するダイオードD1、L1の内部抵抗R3とともに、100Vの直流電源に対して第1の直列回路を構成している。R1の値は10Ω程度、D1を流れる電流値は10A程度、R3の値は数Ω程度である。
【0026】
また、この第1の直列回路と並列に、インダクタンスL2を中心とする第2の直列回路が構成されている。L2が補助コイル(空芯コイル)である。そのインダクタンスの値は1H程度である。補助コイルL2は、L2に流れる電流値I2を決めるための抵抗R2、電流I2の流れを瞬間的に遮断するスイッチS1とともに、100Vの直流電源に対して第2の直列回路を構成し、R2の値は数Ω程度である。
【0027】
さらに、これら2つの直列回路は、L2とS1の間とD1とL1の間を、ダイオードD2によって接続されており、ダイオードD2は、第1の直列回路から第2の直列回路に向けて電流が流れないようにしている。
【0028】
ダイオードD2の役割は、スイッチS1が閉じているときに、直流電源の電流I1が第1の直列回路から第2の直列回路に向けて流れ出ないようにするというものである。また、ダイオードD1の役割は、スイッチS1が開いた瞬間に、補助コイルL2からの誘導電流I3が第2の直列回路から直流電源に向けて逆流することを防ぐようにするというものである。
【0029】
なお、シミュレーションによって算出される電圧と電流のようすを実際の回路の動作に近づけるためには、主コイルL1と抵抗R3に並列な第1の浮遊容量C1(およそ1000pFを想定)を仮定するとともに、補助コイルL2と抵抗R2に並列な第2の浮遊容量C2(およそ1000pFを想定)を仮定する必要がある。
【0030】
本発明にかかる磁場発生装置の動作について説明する。
【0031】
1.最初にS1を閉じる。
【0032】
2.直流電源から、電流を2つの直列回路に供給する。
【0033】
3.主コイルL1には、R1、D1、R3で決まる電流が流れる。また、補助コイルL2には、R2で決まる電流が流れる。回路の電流が定常電流に達したら、主コイルL1によって作られる静磁場がESR測定に提供される。
【0034】
4.ESR測定からNMR測定に切り替えるタイミングと同期させて、スイッチS1を開ける。この瞬間、補助コイルL2には、電流をこれまで通りに流し続けようとする誘導現象が起こり、500V程度の高電圧が瞬時に発生する。
【0035】
5.補助コイルL2に蓄積されたエネルギーのうち、S1を開けることで減少する電流分の磁気エネルギーがD2を通じて主コイルL1に移動し、主コイルL1の発生する静磁場の強度がきわめて速い速度で上昇する。
【0036】
6.R1、R2、R3に応じた電流値で主コイルL1の電流は定常状態になり、L1の電流値は、S1を開ける前よりも増えた状態で定常状態になる。回路の電流が定常電流に達したら、主コイルL1によって作られる静磁場がNMR測定に提供される。
【0037】
7.再びS1を閉じると、3の状態に戻る。
【0038】
このように、S1を開けると、補助コイルL2から主コイルL1に磁気エネルギーの移動が起こり、主コイルL1の磁気エネルギーの増加が電源電圧を変更することなく可能となり、インダクタンス電流の変化をきわめて短時間に達成することができる。
【0039】
本発明の回路に基づいて静磁場のスイッチングを行なった際に、従来と比べてどのように静磁場のジャンプ動作が改善されるかを示した模式図を図4に示す。図4に表わされた電圧Vと電流Iの値は、図3の*印の地点で観測される値を想定している。
【0040】
図4から明らかなように、S1のスイッチングOFFとともに補助コイルL2から放出されるエネルギーによって、主コイルL1を流れる電流は急速に立ち上がり、従来の電磁誘導による立ち上がりの鈍り現象は大幅に改善されることが分かった。
【0041】
本発明の効果としては、次のようなものが挙げられる。
(1)L2のインダクタンスに比べて直列に接続する抵抗R2の値を小さくしても、電流の変化を早くすることが可能なので、大幅な省エネになる。
(2)インダクターL2に蓄積されたエネルギーによって高電圧を発生させるために、高電圧の電源を必要としない。
(3)電源の電圧値を変更しなくても、R2を変えることでインダクタンスに流れる電流の値を変えることができる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
ESR/NMR兼用測定装置に広く利用できる。
【符号の説明】
【0043】
1:ループギャップ共振器、2:サドル型共振器、3:静磁場発生装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
直流電源から供給される励磁電流I1を励磁コイルL1に流すことにより、磁場を発生させる磁場発生装置において、
前記励磁コイルL1と並列接続される補助コイルL2と、前記補助コイルL2と直列接続され、前記直流電源から補助コイルL2に流れる電流を断続するスイッチ素子と、該スイッチ素子による電流の断続により前記補助コイルの両端に発生する電圧に基づく誘起電流I3を、前記励磁電流I1に重畳させて前記励磁コイルL1に流すため、前記補助コイルL2と前記励磁コイルL1の低電位側との間を接続するダイオードD2と、前記励磁コイルL1の低電位側から前記直流電源に前記誘起電流I3が逆流しないように前記励磁コイルL1の低電位側と直流電源の間に接続される逆流素子ダイオードD1とを備え、前記スイッチ素子を繰り返しON/OFFすることにより、OFF期間にON期間よりも大きな励磁電流を前記励磁コイルL1に流すように構成したことを特徴とする磁場発生装置。
【請求項2】
正極と負極を備えた直流電源から供給される直流電流によって静磁場を発生させる磁場発生装置において、
励磁コイルL1と、該励磁コイルL1に流れる電流を決める抵抗R1と、該励磁コイルL1と前記直流電源の正極との間に順方向に挿入された第1のダイオードD1とから成る第1の直流回路と、
補助コイルL2と、該補助コイルL2に流れる電流を決める抵抗R2と、該補助コイルL2と前記直流電源の負極との間に挿入され、該補助コイルL2に流れる電流をON/OFFするスイッチS1とから成る第2の直流回路と、
を備え、
前記励磁コイルL1の前段側と、前記補助コイルL2の後段側でありかつ前記スイッチS1の前段側とは、前記第2の直流回路から前記第1の直流回路への方向を順方向とする第2のダイオードD2により接続されていることを特徴とする磁場発生装置。
【請求項3】
請求項1または2記載の磁場発生装置を備え、前記スイッチS1がONの場合はESR測定装置、前記スイッチS1がOFFの場合はNMR測定装置として使用されることを特徴とする磁気共鳴装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−99735(P2011−99735A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−253901(P2009−253901)
【出願日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)