説明

磁性を有する薬剤、薬剤の誘導システム、並びに磁気検出装置

【課題】従来の技術的問題を解決でき、実用化が容易なドラッグ・デリバリシステムを実現する。
【解決手段】側鎖に−NH2基をもつ化合物の当該−NH2基をNO・(NOラジカル)からなる安定ラジカルにして得られる、磁性を有する薬剤を提供する。薬剤自体に磁性をもたせることができるため、従来のように磁性体からなる担体を用いることなく、薬剤自体が有する磁性を利用して体内の患部まで薬剤を誘導することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性を有する薬剤、薬剤の誘導システム、並びに磁気検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
薬剤は生体内に投与され患部に到達し、その患部局所において薬理効果を発揮することで治療効果を引き起こすが、薬剤が患部以外の組織(つまり正常組織)に到達しても治療にはならない。したがって、いかにして効率的に患部に薬剤を誘導するかが治療戦略上重要となる。このように薬剤を患部に誘導する技術はドラッグ・デリバリと呼ばれ、近年研究開発が盛んに行なわれている。このドラッグ・デリバリには少なくとも二つのメリットがある。一つは患部組織において十分に高い薬剤濃度が得られることである。薬理効果は患部における薬剤濃度が一定以上でないと現れず、低い濃度では治療効果が望めないからである。二つ目は薬剤を患部組織のみに誘導して、不必要に正常組織に誘導させないことである。これにより副作用を抑制することができる。
【0003】
このようなドラッグ・デリバリが最も効果を発揮するのが抗がん剤によるがん治療である。抗がん剤は細胞分裂の活発ながん細胞の細胞増殖を抑制するものが大半であるため、正常組織においても細胞分裂の活発な組織、例えば骨髄あるいは毛根、消化管粘膜などの細胞増殖を抑制してしまう。このため抗がん剤の投与を受けたがん患者には貧血、抜け毛、嘔吐などの副作用が発生する。これら副作用は患者にとって大きな負担となるため投薬量を制限しなければならず、抗がん剤の薬理効果を十分に得ることができないという問題がある。さらに最悪の場合、副作用によって患者が死亡してしまう恐れがある。そこで、ドラッグ・デリバリによって抗がん剤をがん細胞まで誘導し、がん細胞に集中して薬理効果を発揮させることによって、副作用を抑えつつ効果的にがん治療を行うことができると期待されている。
【0004】
抗がん剤以外では、例えば男性勃起不全治療薬への応用が考えられる。男性勃起不全治療薬は、ニトロ製剤との併用により重篤な全身低血圧を引き起こし死亡にいたる例があり、とりわけ中高年以上の心疾患をもつ男性に問題となる。これは勃起不全治療薬が必ずしも患部に集中せず、全身の血管に作用してニトロ製剤のもつ血管拡張作用を増幅してしまうためである。そこで、ドラッグ・デリバリによって男性勃起不全治療薬を患部まで誘導し、患部に集中して薬理効果を発揮させることによって、ニトロ製剤との併用による副作用の発生を抑えることができると考えられる。
【0005】
ドラッグ・デリバリの具体的な手法としては、例えば担体(キャリア)を用いた患部組織へ誘導が検討されているが、これは患部に集中しやすい担体に薬剤を乗せて、担体に薬剤を患部まで運ばせようというものである。担体としては各種抗体やマイクロスフェア、あるいは磁性体を使用することが検討されている。なかでも有力視されているのが磁性体であり、薬剤に磁性体である担体を付着させ、磁場によって患部に集積させる方法が検討されている(例えば下記特許文献1参照)。この方法は誘導方法の簡便性と患部を標的にした治療が可能であることから、細胞毒性の高い抗がん剤にはとりわけ有効な手法として考えられている。
【0006】
また、安定ラジカル有機分子の合成についての報告(非特許文献1〜4)があるが、薬剤における報告や、生理活性がある化合物に関する報告は未だなされていない。
【0007】
【特許文献1】特開2001−10978号公報
【非特許文献1】J. Einhorn et al., J.Org.Chem., 1997, 62, 9385
【非特許文献2】N. Iluma, R. Tamura et al., Angew. Chem. Int. Ed., 2004, 43, 3677
【非特許文献3】M. Marcos et al., Chem. Mater. 8 (1996) 2611
【非特許文献4】M. Dvolaitzky et al., Tetrahedron 32 (1976) 1835
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述したように、磁性体である担体をキャリアとして用いる場合、経口投与が困難なこと、担体分子が一般的に巨大であること、あるいは薬剤分子との結合強度、親和性に技術的な問題が指摘されており、実用化が困難であった。
【0009】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、従来の技術的問題を解決でき、実用化が容易なドラッグ・デリバリシステムを実現することを目的とする。
さらに磁性体が特定の体内蛋白質に結合する性質を利用して、生体内の機能蛋白質の定量を行うことにより、生体機能(脳機能など)をMRIによって測定することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、(1)側鎖に−NH2基をもつ化合物の当該−NH2基をNO・(NOラジカル)からなる安定ラジカルにして得られる、磁性を有する薬剤;
(2)下記式(1)で示されるGABA誘導体からなる、前記(1)記載の磁性を有する薬剤;
【化1】

(3)個体に投与された際に、当該個体に加えた磁界によって目的とする組織或いは患部に誘導されるように構成した、前記(1)又は(2)に記載の磁性を有する薬剤;
(4)前記個体外表面から前記組織又は患部に磁場を与えて、当該組織又は患部に誘導されるようにした、前記(3)に記載の磁性を有する薬剤;
(5)前記個体の前記組織内又は患部内に磁力発生手段を適用し、当該組織又は前記患部に誘導されるようにした、前記(4)に記載の磁性を有する薬剤;
(6)前記個体の前記組織内又は患部内に前記個体の体液を供給する血管等の経路の途中に磁力発生手段を配置して、下流の組織又は患部に誘導されるようにした、前記(3)に記載の磁性を有する薬剤;
(7)体内に投与した前記(1)又は(2)に記載の磁性を有する薬剤を、当該薬剤の磁性を利用して所定の患部に誘導する誘導システムであって、個体の表面又は当該個体の組織又は患部に対して磁場を発生する手段を配置するようにした、薬剤の誘導システム;
(8)体内に投与した前記(1)又は(2)に記載の磁性を有する薬剤を、当該薬剤の磁性を利用して所定の患部に誘導する誘導システムであって、個体に対して磁場を発生する手段と、当該磁場を前記固定の目的とする組織又は患部に誘導する手段と、を備える、薬剤の誘導システム;
(9)前記磁場を発生する手段は、2つの磁石を対にして当該二つの磁石の間に前記目的とする組織又は患部を置き、当該組織又は患部に磁束を集中させるように構成されてなる前記(7)又は(8)に記載の薬剤の誘導システム;
(10)前記目的とする組織又は患部はMRI又はCTによって同定されてなる前記(7)〜(9)の何れかに記載の薬剤の誘導システム;
(11)体内に投与した前記(1)又は(2)に記載の磁性を有する薬剤の磁性を検出することにより、当該薬剤の体内動態を検知することを特徴とする磁気検出装置;
(12)体内に投与した前記(1)又は(2)に記載の磁性を有する薬剤の磁性を検出することにより、当該薬剤の体内分布を検知し、当該薬剤が示す生体機能を定量することを特徴とする磁気検出装置;
(13)前記磁性を磁気共鳴誘導によって検出する前記(11)又は(12)に記載の磁気検出装置;を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、薬剤自体に磁性をもたせることができるため、これを薬剤として用いれば、従来のように磁性体からなる担体を用いることなく、薬剤自体が有する磁性を利用して体内の患部まで薬剤を誘導することができる。
その結果、従来における、経口投与が困難なこと、担体分子が一般的に巨大であること、あるいは薬剤分子との結合強度、親和性に技術的な問題があることを解決することができ、実用化が容易なドラッグ・デリバリ・システム及び画像診断を実現することが出来る。後者においては、従来困難とされた、脳機能測定が薬剤の脳機能蛋白への結合を定量することにより可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
次に、本発明の実施の形態について説明する。以下の実施形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの実施形態にのみ限定する趣旨ではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、さまざまな形態で実施することができる。
【0013】
(薬剤)
本発明の薬剤は、側鎖に−NH2基をもつ化合物の当該−NH2基をNO・(NOラジカル)にして安定ラジカル(不対電子)を存在させた、磁性を有する薬剤である。
前記薬剤は、下記式(1)で示されるGABA(γ−アミノ酪酸又は4−アミノ酪酸とも呼ばれる)誘導体からなることが好ましい。
【化1】

【0014】
本発明の磁性を有する薬剤は、生体内マーカーであってもよい。
本発明の薬剤の使用例としては、薬剤自体が磁性を有するため、個体に投与した後、当該個体に磁界を加えて、薬剤を目的とする組織又は患部に誘導させることができる。
別の使用例としては、前記個体外表面から前記組織又は患部に磁場を与えて、薬剤を当該組織又は患部に誘導させることができる。
別の使用例としては、前記個体の組織内又は患部内に磁力発生手段を適用し、薬剤を当該組織又は患部に誘導させることができる。
別の使用例としては、前記個体の組織内又は患部内に当該個体の体液を供給する血管等の経路の途中に磁力発生手段を配置して、薬剤を下流の組織又は患部に誘導させることができる。
【0015】
(薬剤誘導システム)
本発明の磁性を有する薬剤は、体内に投与した当該薬剤を、当該薬剤の磁性を利用して所定の患部に誘導する誘導システムであって、個体の表面、組織、又は患部に対して磁場を発生する手段を配置するようにした、薬剤の誘導システム、に適用することができる。
本発明の磁性を有する薬剤は、体内に投与した当該薬剤を、当該薬剤の磁性を利用して所定の患部に誘導する誘導システムであって、個体に対して磁場を発生する手段と、当該磁場を前記個体の目的とする組織又は患部に誘導する手段と、を備える薬剤の誘導システム、に適用することができる。
前記磁場を発生する手段は、2つの磁石を対にして当該二つの磁石の間に前記目的とする組織又は患部を置き、当該組織又は患部に磁束を集中させるように構成されてなることが好ましい。
前記目的とする組織又は患部は、MRI又はCTによって同定されることが好ましい。
【0016】
(磁気検出装置)
本発明の磁性を有する薬剤は、体内に投与した当該薬剤の磁性を検出することにより、当該薬剤の体内動態を検知する磁気検出装置に適用することができる。
本発明の磁性を有する薬剤は、体内に投与した当該薬剤の磁性を検出することにより、当該薬剤の体内分布を検知し、当該薬剤が示す生体機能(脳機能など)を定量する磁気検出装置に適用することができる。
前記薬剤の磁性は、磁気共鳴誘導によって検出することが好ましい。
【0017】
(機能診断、がん化学療法)
本発明の磁性を有する薬剤の別の使用例として、がん組織に誘導された薬剤に電磁波を当てることにより、局所的に温度を上昇させ、がん細胞を特異的に殺傷することができる。
このように、本発明の薬剤を用いれば、一つの薬剤で機能診断及びがん化学療法を同時に行うことができる。例えば、がん化学療法が可能なMRI診断装置、磁場誘導ドラッグ・デリバリ・システムを提供することができる。
【実施例】
【0018】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0019】
(実施例1)
まず、上記化学式(1)で示されるGABA誘導体を水溶液中で磁石に引き寄せられることを確認した。
次に、本発明に係る誘導装置の例について説明する。この誘導装置は、図1に示すように重力方向に互いに向き合う一対の磁石230,232がスタンド234とクランプ235によって支持されており、磁石の間には金属板236が置かれている。一対の磁石間に金属板、特に鉄板をおくことにより、局所的に一様で強力な磁界を作り出すことができる。
【0020】
この誘導装置は磁石の代わりに電磁石を用いて発生磁力を可変にすることができる。また、XYZ方向に一対の磁力発生手段を移動できるようにして、テーブル上の固体の目的とする位置に磁力発生手段を移動させることができる。
この磁界の領域に固体の組織を置くことにより、この組織に薬剤を集中させることができる。体重約30グラムのマウスに既述のGABA誘導体(薬剤濃度5mg/ml(15mM))を静注して開腹し、右の腎臓を前記一対の磁石の間に来るようにマウスを鉄板の上に置く。
【0021】
使用した磁石は、信越化学工業株式会社製 品番:N50(ネオジウム系永久磁石) 残留磁束密度:1.39-1.44 Tである。このとき、右側の腎臓に与えられた磁場は約0.3(T)で左側の腎臓に与えられる磁場はその約1/10である。左の腎臓及び磁界を適用しない腎臓(コントロール)と共に、マウスの右腎に磁界を加えて10分後MRIでSNRをT1モード及びT2モードで測定した。その結果、図2に示すように、磁界を加えた右腎(RT)が左腎(LT)及びコントロールに比較して薬剤を組織内に留め置くことができることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明に係わる誘導装置の実施形態を示す斜視図である。
【図2】マウスの腎臓に対する、MRI測定結果(T1強調信号)のグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
側鎖に−NH2基をもつ化合物の当該−NH2基をNO・(NOラジカル)からなる安定ラジカルにして得られる、磁性を有する薬剤。
【請求項2】
下記式(1)で示されるGABA誘導体からなる、請求項1記載の磁性を有する薬剤。
【化1】

【請求項3】
個体に投与された際に、当該個体に加えた磁界によって目的とする組織或いは患部に誘導されるように構成した、請求項1又は2に記載の磁性を有する薬剤。
【請求項4】
前記個体外表面から前記組織又は患部に磁場を与えて、当該組織又は患部に誘導されるようにした、請求項3に記載の磁性を有する薬剤。
【請求項5】
前記個体の前記組織内又は患部内に磁力発生手段を適用し、当該組織又は前記患部に誘導されるようにした、請求項4に記載の磁性を有する薬剤。
【請求項6】
前記個体の前記組織内又は患部内に前記個体の体液を供給する血管等の経路の途中に磁力発生手段を配置して、下流の組織又は患部に誘導されるようにした、請求項3に記載の磁性を有する薬剤。
【請求項7】
体内に投与した請求項1又は2に記載の磁性を有する薬剤を、当該薬剤の磁性を利用して所定の患部に誘導する誘導システムであって、
個体の表面又は当該個体の組織又は患部に対して磁場を発生する手段を配置するようにした、薬剤の誘導システム。
【請求項8】
体内に投与した請求項1又は2に記載の磁性を有する薬剤を、当該薬剤の磁性を利用して所定の患部に誘導する誘導システムであって、
個体に対して磁場を発生する手段と、当該磁場を前記固定の目的とする組織又は患部に誘導する手段と、を備える、薬剤の誘導システム。
【請求項9】
前記磁場を発生する手段は、2つの磁石を対にして当該二つの磁石の間に前記目的とする組織又は患部を置き、当該組織又は患部に磁束を集中させるように構成されてなる請求項7又は8に記載の薬剤の誘導システム。
【請求項10】
前記目的とする組織又は患部はMRI又はCTによって同定されてなる請求項7〜9の何れかに記載の薬剤の誘導システム。
【請求項11】
体内に投与した請求項1又は2に記載の磁性を有する薬剤の磁性を検出することにより、当該薬剤の体内動態を検知することを特徴とする磁気検出装置。
【請求項12】
体内に投与した請求項1又は2に記載の磁性を有する薬剤の磁性を検出することにより、当該薬剤の体内分布を検知し、当該薬剤が示す生体機能を定量することを特徴とする磁気検出装置。
【請求項13】
前記磁性を磁気共鳴誘導によって検出する請求項11又は12に記載の磁気検出装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−196912(P2009−196912A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−38458(P2008−38458)
【出願日】平成20年2月20日(2008.2.20)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【出願人】(505328683)
【Fターム(参考)】