説明

磁気力顕微鏡及び高空間分解能磁場測定方法

【課題】従来の磁気力顕微鏡では、カンチレバーの一次共振周波数が探針走査時に変動するため、変調周波数信号の位相が変動し、位相情報付き磁場分布を得ることが困難である。励磁周波数が100Hz程度と低いため、測定時間が長くなってしまう。FM変調信号という間接的な信号を測定するために、S/N比を高くすることが困難である。
【解決手段】本発明の磁気力顕微鏡は、磁性体を有する探針1付きのカンチレバー2と、第1の共振周波数で励振する第1の発振器4と、変位検出回路7と、微動素子16と、微動素子16を駆動するz軸駆動部12と、第2の共振周波数で励磁する第2の発振器13と、変位信号及び参照信号を入力するロックインアンプ21とを備えている。そして、z軸駆動部12は、変位信号及び第1の共振周波数に基づいて、探針1を磁気記録ヘッド8に対して接近させ又は離間させ、ロックインアンプ21は、変位信号及び参照信号に基づいて、磁場データを生成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料表面の磁場分布及び凹凸形状を測定する磁気力顕微鏡及び磁場分布を高空間分解能で測定する高空間分解能磁場測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハードディスクをはじめとした磁気記録装置の高密度化に向けて、磁気記録ヘッド及び磁性薄膜の磁気特性を高い空間分解能で磁場分布を画像化する手法が進められている。これを実現するために、いくつかの技術が提案されている。
【0003】
非特許文献1〜5には、交流磁場を直接観察するために、周波数変調技術を用いた磁気力顕微鏡の構成と、その磁気力顕微鏡を用いて、ハードディスクの磁気記録ヘッドに交流電流を印加した場合における、磁気記録ヘッドから発生する交流磁場像を測定した結果が記載されている。
【0004】
また、特許文献1には、磁気力顕微鏡による測定時間を短縮するために、磁気力顕微鏡のカンチレバーの共振周波数とは異なる周波数の外部磁場を被測定試料である磁気記録ヘッドに印加する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−175534号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】H. Saito, H. Ikeya, G. Egawa, S. Ishio and S. Yoshimura, 「Magnetic force microscopy of alternating magnetic field gradient by frequency modulation of tip oscillation」, JOURNAL OF APPLIED PHYSICS, 105, 07D524 (2009)
【非特許文献2】W. Lu, Z. Li, K. Hatakeyama, G. Egawa, S. Yoshimura and H. Saito, 「High resolution magnetic imaging of perpendicular magnetic recording head using frequency-modulated magnetic force microscopy with a hard magnetic tip」, APPLIED PHYSICS LETTERS 96, 143104 (2010)
【非特許文献3】田中、柳内、真島、第71回応用物理学会学術講演会、17-P12-12、62 (2010)
【非特許文献4】H. Saito, W. Lu, K. Hatakeyama, G. Egawa and S. Yoshimura「High frequency magnetic field imaging by frequency modulated magnetic force microscopy」, JOURNAL OF APPLIED PHYSICS 107, 09D309 (2010)
【非特許文献5】W. Lu, K. Hatakeyama, G. Egawa, S. Yoshimura and H. Saito, 「Characterization of Magnetic Field Distribution in a Trailing-Edge Shielded Head by Frequency-Modulated Magnetic Force Microscopy」, IEEE TRANSACTIONS ON MAGNETICS, VOL. 46, NO. 6, JUNE 2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1〜5に開示されている磁気力顕微鏡では、まず被測定試料の表面の凹凸形状を測定する。この従来の磁気力顕微鏡では、被測定試料の表面の凹凸形状を測定するのに、カンチレバーを一次共振周波数で振動させて、カンチレバーの先端の振動振幅が一定になるように、カンチレバーの先端に取り付けられた探針と被測定試料間の距離を制御しながら被測定試料の表面を走査する。次に、1回目の走査で記憶した被測定試料の表面の凹凸形状のデータを用いて、探針と被測定試料間の距離を一定に保った状態で、磁場の大きさ及び位相変化の状態を、1回目の走査ラインに沿って測定する。ここで、被測定試料は、一定の励磁周波数で励磁されているので、検出される信号は、その励磁周波数をカンチレバーの一次共振周波数で周波数変調(以下、FMともいう。)されたものとなる。この信号をFM復調し、励磁周波数を参照周波数としてロックインアンプに入力し、ロックイン検波することで被測定試料表面の磁場分布のデータを得る。
【0008】
しかしながら、上述した従来の磁気力顕微鏡では、カンチレバーの一次共振周波数が探針の走査時に変動することに起因して、FM信号も変動し、結果として検出信号であるFM信号の位相が変動する。このため、従来の磁気力顕微鏡は、磁場の大きさと位相とを示すRcosθ像を得ることが困難であるとの欠点を有している。従来の磁気力顕微鏡では、測定系にフェーズロックドループを組み込むことにより、位相の変動を改善することは可能であるが、装置が複雑かつ高価になる。また、被測定試料に対する励磁周波数が100Hz〜1kHz程度と低いため、単位時間当たりの測定のスループットが悪く、測定時間が長くなってしまうという欠点もある。なお、被測定試料に対する励磁周波数を単に高めることで、この問題は改善される余地があるが、被測定試料に対する励磁周波数を高めるためには、変調周波数である一次共振周波数を引き上げなければならない。そうすると、カンチレバーの変位検出のための光てこの周波数応答を大幅に向上させなければならず、非特許文献4でも指摘されているように、測定系の問題が生ずる。さらに、FM信号という間接的な信号を測定することにより、S/N比を高くすることは原理的に困難であるとの問題もある。
【0009】
また、特許文献1に開示されている磁気力顕微鏡では、カンチレバーを一次共振周波数で振動させ、カンチレバーの共振周波数と異なり、かつカンチレバーの共振周波数の整数倍(又は整数倍/2)の周波数で被測定試料を励磁している。これにより、測定位置の移動時のステップ応答を改善して、測定時間を短縮するとしている。しかしながら、この従来の磁気力顕微鏡では、被測定試料の励磁周波数をカンチレバーの共振周波数でない周波数で励磁しているので、測定系のQが低く、ゲインが上がらず、結果として検出信号のS/N比を上げることができないという欠点がある。
【0010】
そこで、本発明は、フェーズロックドループを不要としながら、短い測定時間で高いS/N比の磁場分布データを得ることができる磁気力顕微鏡を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明の磁気力顕微鏡は、磁性体からなる探針又は磁性体を塗布若しくは薄膜形成した探針を先端に有するカンチレバーと、カンチレバーをカンチレバーの第1の共振周波数で励振する第1の発振器と、カンチレバーの先端の変位を検出する変位検出器と、試料を上面に固定して、探針を試料に対して接近させ、離間させ、又は測定位置の移動をさせる微動素子と、微動素子を駆動する駆動部と、試料を上記カンチレバーの第2の共振周波数で励磁する第2の発振器と、変位検出器から出力される変位信号及び第2の共振周波数である参照信号を入力する微小信号増幅器とを備えている。そして、駆動部は、変位検出器によって検出されたカンチレバーの先端の変位及び第1の共振周波数に基づいて、微動素子を駆動することによって探針を試料に対して接近させ又は離間させて、試料の凹凸形状を測定する。微小信号増幅器は、試料の凹凸形状、変位信号及び上記参照信号に基づいて、試料表面の磁場に応じた出力を生成するように動作する。
【0012】
また、本発明の磁気力顕微鏡は、磁性体からなる探針又は磁性体を塗布若しくは薄膜形成した探針を先端に有するカンチレバーと、カンチレバーをカンチレバーの第1の共振周波数で励振する第1の発振器と、カンチレバーの先端の変位を検出する変位検出器と、試料を上面に固定して、探針を試料に対して接近させ、離間させ、又は測定位置の移動をさせる微動素子と、微動素子を駆動する駆動部と、試料を上記カンチレバーの第2の共振周波数の1/2の周波数で励磁する第2の発振器と、変位検出器から出力される変位信号及び第2の共振周波数である参照信号を入力する微小信号増幅器とを備えている。そして、駆動部は、変位検出器によって検出されたカンチレバーの先端の変位及び第1の共振周波数に基づいて、微動素子を駆動することによって探針を試料に対して接近させ又は離間させて、試料の凹凸形状を測定する。第2の発振器は、試料を励磁して、探針の磁性体の保磁力以上の外部磁場を発生させ、微小信号増幅器は、試料の凹凸形状、変位信号及び参照信号に基づいて、試料表面の磁場に応じた出力を生成するように動作する。
【0013】
本発明の高空間分解能磁場測定方法は、第1の発振器によって、磁性体からなる探針又は磁性体を塗布若しくは薄膜形成した探針を先端に有するカンチレバーをカンチレバーの第1の共振周波数で励振し、カンチレバーの先端の変位及び第1の共振周波数に基づいて、探針を試料に対して接近させ又は離間させることにより試料の凹凸形状を測定するステップと、第2の発振器によって、試料をカンチレバーの第2の共振周波数で励磁し、測定した凹凸形状、カンチレバーの先端の変位及び第2の共振周波数に基づいて、試料表面の磁場に応じた出力を生成するステップとを有する。
【0014】
また、本発明の高空間分解能磁場測定方法は、第1の発振器によって、磁性体からなる探針又は磁性体を塗布若しくは薄膜形成した探針を先端に有するカンチレバーをカンチレバーの第1の共振周波数で励振し、カンチレバーの先端の変位及び第1の共振周波数に基づいて、探針を試料に対して接近させ又は離間させることにより試料の凹凸形状を測定するステップと、第2の発振器によって、試料をカンチレバーの第2の共振周波数の1/2の周波数で励磁し、測定した凹凸形状、カンチレバーの先端の変位及び第2の共振周波数に基づいて、試料表面の磁場に応じた出力を生成するステップとを有する。第2の発振器は、試料を励磁して、探針の磁性体の保磁力以上の外部磁場を発生させる。
【発明の効果】
【0015】
カンチレバーの第2の共振周波数に基づいて、磁場分布データを取得するので、第1の共振周波数の位相変動の影響を受けることがなく、フェーズロックドループを組み込まなくても、分解能の高い磁場分布データを得ることができる。被測定試料を励磁するのに用いるカンチレバーの第2の共振周波数は、第1の共振周波数よりも高い周波数に設定できるので、測定のスループットを高めて、測定時間を短くすることができる。検出する磁場分布を示す信号は、FM信号ではなく、第1の共振周波数と独立した周波数である第2の共振周波数に基づいているので、高いS/N比で信号を得ることができる。
【0016】
第2の発振器によって、探針の磁性体の保磁力以上の外部交流磁場を発生させて、交流磁場の2倍の周波数を、カンチレバーの二次共振周波数と等しくしたときに、測定できる磁場分布の空間分解能を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の磁気力顕微鏡の構成例を示すブロック図である。
【図2】本発明の磁気力顕微鏡の励磁コイルに流す電流と変位検出回路の出力電圧との関係を示す図である。
【図3】本発明の磁気力顕微鏡により測定した磁気記録ヘッドの凹凸形状を示す図(トポグラフィ像)である。
【図4】図3の磁気記録ヘッドの表面の磁場の大きさを測定した図である。
【図5】図3、4の磁気記録ヘッドの表面の磁場を位相情報(磁場の向き)付で測定した図である。
【図6】図5の磁場のデータを3次元データ処理して得た図である。
【図7】従来技術との比較のために、本発明の磁気力顕微鏡により測定した磁気記録ヘッド表面の磁場の大きさの測定データを示す図である。
【図8】図7で測定した磁気記録ヘッドと同じものを、カンチレバーの一次共振周波数の正確に6倍の周波数で励磁した場合の磁場の大きさの測定データを示す図である。
【図9】本発明の磁気力顕微鏡において、励磁電流を1mArmsにして測定した磁気記録ヘッドの磁場の(a)Rcosθ成分及び(b)Rsinθ成分の測定結果を示す図である。
【図10】本発明の変形例である磁気力顕微鏡において、被測定試料を励磁する励磁電流を5mArmsにして、強磁性体探針の保磁力を超える外部磁場を印加した場合の(a)Rcosθ成分及び(b)Rsinθ成分の測定結果を示す図である。
【図11】本発明の変形例である磁気力顕微鏡において、被測定試料を励磁する励磁電流を10mArmsにして、強磁性体探針の保磁力を超える外部磁場を印加した場合の(a)Rcosθ成分及び(b)Rsinθ成分の測定結果を示す図である。
【図12】本発明の変形例である磁気力顕微鏡において、被測定試料を励磁する励磁電流を20mArmsにして、強磁性体探針の保磁力を超える外部磁場を印加した場合の(a)Rcosθ成分及び(b)Rsinθ成分の測定結果を示す図である。
【図13】本発明の磁気力顕微鏡の他の変形例の構成を示すブロック図である。
【図14】図13の構成の磁気力顕微鏡によって測定したトポグラフィ像及び磁場分布像である。(a)は、保磁力以下の磁場を生成するため励磁電流を1mArmsとしたときのトポグラフィ像である。(b)は、(a)の条件における磁場分布像である。(c)は、保磁力を超える磁場を生成するため励磁電流を20mArmsとしたときのトポグラフィ像である。(d)は、(c)の条件における磁場分布像である。
【図15】分解能の比較のために、被測定試料をカンチレバーの二次共振周波数に等しい周波数の交流磁場で保磁力を超えて励磁した場合の磁気力顕微鏡の測定結果である。(a)は、磁場分布を示す。(b)は、Rcosθ像を示す。(c)は、Rsinθ像を示す。
【図16】(a)は、図13(d)の破線の断面における磁場の強度分布を電圧換算値(断面プロファイル)として示す図である。(b)は、磁場分布を空間周波数の関数として示すために、(a)の断面プロファイルのデータをフーリエ変換した得た図である。
【図17】変形例と他の変形例との比較のために、図15(a)〜(c)の破線の断面におけるプロファイルのデータをフーリエ変換して得たデータをそれぞれ示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[磁気力顕微鏡の構成]
図1は、本発明の磁気力顕微鏡の構成例を示すブロック図である。
【0019】
先端に強磁性体を有する探針1を接続された板バネ(以下、カンチレバーともいう。)2が圧電素子3に片持ち梁状に固定されている。探針1は、シリコン素材表面にCoCrPt合金薄膜を形成したものである。ただし、磁性体は、CoCrPtに限らず、CoCr合金やCoPt合金等の他のCo系合金であってもよく、他の磁性体、たとえばフェライト、Fe、Ni、FePt、これらの合金又はパーマロイ等であってもよい。探針1の形状は、円錐又は角錐状である。カンチレバー2は、シリコン製である。ただし、シリコン製に限らず、シリコンナイトライド等他の材質であってもよい。なお、一般には探針1及びカンチレバー2は、一体成型により形成される。ただし、測定の分解能を高めるために、シリコン製カンチレバーにカーボンナノチューブからなる探針1を付加したものでもよく、また一体成型された探針1の先端に針状磁性体を結晶成長させたものであってもよい。
【0020】
第1の発振器4は、カンチレバー2の固定端側で圧電素子3に接続されている。第1の発振器4は、所定の周波数で圧電素子3を駆動して振動させて、カンチレバー2を一次共振周波数で振動させる。第1の発振器4は、関数発生器により構成され正弦波を発生するが、他の正弦波発生回路により構成されてもよい。
【0021】
半導体レーザ5と4分割された光検出素子6と変位検出回路7とからなる光てこは、カンチレバー2の振動状態を検出するために、カンチレバー2で反射されたレーザ光を光検出素子6で検出して光電変換する。そして、検出したレーザ光の振幅及び位相の変化を変位検出回路7で検出する。なお、カンチレバー2の変位検出を行うのに、光てこに限らず、他の干渉光を利用する方式、たとえば光ファイバ干渉計又はプリズムを用いたフォーカス誤差検出による方式等を用いることができ、さらに干渉光以外の方式、たとえば磁気抵抗素子を用いた方式又は圧電素子を用いた方式等を用いることもできる。
【0022】
変位検出回路7の出力は、直列接続されたバンドパスフィルタ9、RMS−DC変換器10に接続され、誤差増幅器11の反転入力を介してz軸駆動部12に接続される。誤差増幅器11の非反転入力には、基準参照電圧11aが接続されている。そして、誤差増幅器11の出力は、z軸駆動部12に接続され、z軸駆動部12の出力は、微動素子16に接続されて微動素子16のzスキャナ部を駆動する。zスキャナ部は、z軸駆動部12により、被測定試料である磁気記録ヘッド8の測定面に対して上下方向に駆動される。
【0023】
信号処理制御部17は、xy走査駆動部18及び粗動機構駆動部19を介して、それぞれ微動素子16のxyスキャナ部及び粗動機構20に接続される。z軸駆動部12及びxy走査駆動部18の出力は、さらに信号処理制御部17に接続され、信号処理制御部17は、被測定試料の凹凸形状データとして信号処理を行い、画像データとしてモニタ22に出力する。
【0024】
被測定試料である磁気記録ヘッド8は、xyz軸の各方向にnmオーダで被測定試料の位置決めをする微動素子16の上面に固定される。微動素子16は、広範囲にxyz軸の各方向に被測定試料の位置決め及び走査をする粗動機構20の上面に固定される。微動素子16及び粗動機構20は、z軸駆動部12、xy走査駆動部18、粗動機構駆動部19を介して、探針1の先端と被測定試料の表面との距離及び位置を制御する。なお、微動素子16は、たとえば圧電素子により形成されており、z軸駆動部12等によって印加される電圧により、変位する方向及び変位量を制御される。一方、粗動機構は、機械的な駆動手段、たとえばモータ制御により、測定台の位置制御を行う。
【0025】
第2の発振器13の出力は、被測定試料である磁気記録ヘッド8の磁心に巻回された励磁コイル14に接続される。励磁コイル14の他方の端子は、電流制限抵抗15を介して接地される。また、第2の発振器13の出力は、ロックインアンプ21の参照入力に接続される。光てこの変位検出回路7の出力は、ロックインアンプ21に接続される。ロックインアンプ21は、第2の発振器13の出力である参照入力信号に基づいて、変位検出回路7の出力信号をロックイン検波して、磁場の大きさ及び磁場の位相データを出力する。ロックインアンプ21の出力は、信号処理制御部17に接続され、信号処理制御部17が、入力された磁場の大きさ及び磁場の位相データに基づいて、所定の処理を行い、画像データとしてモニタ22に出力する。
【0026】
なお、信号処理制御部17において信号処理された凹凸形状データや磁場分布データは、モニタ22に出力されるばかりでなく、プリンタ等の他の出力装置により出力されることができるのはいうまでもない。
【0027】
[本発明の磁気力顕微鏡の動作原理]
カンチレバー2は、一端が自由端である片持ち梁であり、複数の共振モードを有する。一次共振周波数f1と二次共振周波数f2との関係を求めるために、カンチレバー2のたわみ方向の振動振幅ηについて力学的な運動方程式を考える。
【0028】
【数1】

【0029】
ここで、カンチレバー2の断面積A、曲げモーメントI、密度ρ、縦弾性係数Eである。
【0030】
振動振幅η(x,t)=Y(x)cos(ω・t+α)とおいて、変数分離を行うと、Y(x)について式(1)を書き換えることができ、以下のとおりとなる。
【0031】
【数2】

【0032】
これより、Y(x)の一般解は、以下の式(3)のとおりとなる。
【0033】
【数3】

【0034】
ここで、固定端、自由端の条件を考慮すると、カンチレバーの境界条件は、以下の式(4)、(5)のようになる。
【0035】
【数4】

【0036】
【数5】

【0037】
これらの境界条件を式(2)に代入して計算することにより、以下の式(6)を得る。
【0038】
【数6】

【0039】
ここで、振動系の拘束条件を表わす振動方程式は、以下の式(7)のとおりである。
【0040】
【数7】

【0041】
式(7)より、mを求めると、m1=1.875104、m2=4.694091となり、それぞれ一次共振周波数f1、二次共振周波数f2に対応する。
【0042】
また、式(2)より、角周波数ω については、mとの関係を以下のように表すことができる。
【0043】
【数8】

【0044】
これより、ω 、すなわち共振周波数fは、mの2乗に比例することがわかる。したがって、一次共振周波数f1と二次共振周波数f2の比は、f2/f1=(m2/m1)=6.266893となる。なお、同様の計算により、さらに高次のm及びωを求めると、一次共振周波数と三次共振周波数との比は、約17.5倍であり、一次共振周波数と四次共振周波数との比は、約33.4倍である。
【0045】
カンチレバー2は、その形状や材質に応じて、複数の固有の共振周波数をもっており、これらの共振モードは、同一のカンチレバー2において互いに干渉することなく同時に存在する。したがって、所定のフィルタ等を付加することにより、これらの周波数の信号をそれぞれ独立に取り出すことができる。このことから、本発明の磁気力顕微鏡では、たとえば励磁周波数を二次共振周波数f2にして、二次共振周波数f2の信号を取り出すフィルタ等の構成を従来技術の磁気力顕微鏡に追加するだけで、直接的に励磁信号による磁場データを出力することが可能となる。この場合において、特定の周波数に基づく周波数変復調機能を測定系に付加する必要はもちろんない。
【0046】
[磁気力顕微鏡の動作]
再度、図1を参照して、本発明の磁気力顕微鏡の動作について詳細に説明する。
【0047】
まず、本発明の磁気力顕微鏡の被測定試料表面の凹凸状態測定については、以下のように行う。
【0048】
先端に強磁性体の探針1を接続されたカンチレバー2は、圧電素子3に片持ち梁状に固定されている。上述したように探針1は、シリコン素材表面にCoCrPt合金薄膜を形成したものであり、カンチレバー2は、シリコン製である。そして、カンチレバー2と探針1とは一体成型されたものである。圧電素子3を第1の発振器4によって振動させ、カンチレバー2を一次共振周波数f1で振動させる。ここで、カンチレバー2の一次共振周波数f1は、58.306kHzである。上述したように、二次共振周波数f2は、6.266893×f1であるから、理論的には、365.397kHzとなるが、実測では、371.548kHzであった。f2/f1=6.37となって、理論値から少しずれているのは、一次共振周波数と二次共振周波数とで、粘性係数が異なることによる。第1の発振器4は、関数発生器(ファンクションジェネレータ)により構成される。なお、カンチレバーの一次共振周波数f1は、カンチレバーの形状、材質等から任意に設定することができることはいうまでもない。
【0049】
半導体レーザ5と4分割された光検出素子6と変位検出回路7とからなる光てこは、カンチレバー2の振動状態を検出する。変位検出回路7によって検出された信号は、バンドパスフィルタ9、RMS−DC変換器10を介して、誤差増幅器11によってz軸駆動部12に入力される。バンドパスフィルタ9及びRMS−DC変換器10は、光てこの変位検出回路7から出力される信号には、一次共振周波数f1以外の周波数成分も含まれることから、これらの周波数成分を除去するために用いられる。誤差増幅器11に入力された信号は、基準参照電圧11aと比較されて、誤差増幅器11によって負帰還増幅された信号としてz軸駆動部12に入力される。誤差増幅器11からの負帰還信号により、z軸駆動部12は、カンチレバー2の先端の振幅が小さくなったことを検出したときには、微動素子16のzスキャン部を駆動して、磁気記録ヘッド8を探針1から遠ざけるようにする。逆に、カンチレバー2の先端の振幅が大きくなったことを検出したときには、微動素子16のzスキャン部を駆動して磁気記録ヘッド8を探針1に近づけるようにする。微動素子16のxyスキャン部は、信号処理制御部17によって、xy走査駆動部18を駆動して、磁気記録ヘッド8の測定面を二次元面内で移動させる。このようにして、凹凸を有する被測定試料である磁気記録ヘッド8の表面形状から所定の距離を保ちながら、所定の箇所を走査して、磁気記録ヘッド8の表面の凹凸形状を測定する。測定された凹凸形状は、z軸駆動部12及びxy走査駆動部の駆動信号を信号処理制御部17に入力して信号処理することにより、凹凸形状を可視化情報(以下、トポグラフィ像ともいう。)としてモニタ22に出力する。
【0050】
なお、上述では、カンチレバー2の先端の振動振幅を一定にする制御について説明したが、振動の位相や周波数の変位を検出し、これらを一定にするような制御によっても被測定試料の凹凸形状を測定することができるのは言うまでもない。
【0051】
次に、本発明の磁気力顕微鏡は、上記で測定した被測定試料である磁気記録ヘッド8の表面形状に沿うように探針1を走査して、探針1と磁気記録ヘッド8との距離を一定に保ちながら磁場の大きさ及び位相を測定する。
【0052】
第2の発振器13は、カンチレバー2の二次共振周波数f2で発振して、励磁コイル14に交流電流を流すことにより、被測定試料である磁気記録ヘッド8を二次共振周波数f2で励磁する。光てこの変位検出回路7によって検出された信号は、ロックインアンプ21に入力される。ロックインアンプ21は、第2の発振器13の出力信号を参照信号として、変位検出回路7の出力信号をロックイン検波する。ロックイン検波された信号は、信号処理制御部17に入力される。信号処理制御部17は、ロックイン検波された信号を画像処理して、磁気記録ヘッド8表面の磁場分布及び位相データをモニタ22に出力し可視化する。このように、ロックイン検波においては、参照信号の周波数を二次共振周波数f2としているので、一次共振周波数f1の信号の位相が変動したとしても、ロックインアンプ21から出力される信号の位相に影響を与えることはない。
【0053】
なお、上述では、被測定試料である磁気記録ヘッド8の磁心に巻回された励磁コイル14に励磁電流を流すことで、磁気記録ヘッド8を励磁して、表面の磁場分布及び位相を測定した。しかしながら、たとえばハードディスクの磁気記録媒体表面の磁場分布及び位相の測定をする場合には、磁気記録媒体に励磁コイルが付属しているわけではない。そのため、被測定試料への外部磁場を印加するための構成を測定系に導入する必要がある。そこで、被測定試料である磁気記録媒体とは別に、外部磁場発生用の小型のコイルを用意する。たとえば、所定の基板上にCu箔を貼ったものを周知のエッチング技術を用いて、所定の直径及び形状のループ電流経路をパターン形成したループコイルを作成する。図1の励磁コイル14に代えて、このループコイルに第2の発振器13、電流制限抵抗15を接続する。そして、被測定試料となる磁気記録媒体を覆うようにこのループコイルを近接させて配置して、ループコイルから発生する磁束が磁気記録媒体を通過するようにする。このようにすることで、ループコイルを流れる励磁電流によって磁気記録媒体に外部磁場を印加することができ、上述と同様の方法で磁気記録媒体の表面磁場分布測定を行うことができる。
【0054】
[磁気力顕微鏡の測定結果]
被測定試料として、磁気記録ヘッド8の主磁極部分を用いた。探針1の磁性材料の保磁力以下の外部磁場となるように、励磁コイル14に流す電流を調整して測定を行った。探針1の保磁力以下になるように励磁電流を調整したのは、図2に示すように、入力である励磁コイル14に流れる励磁電流と、出力である光てこの変位検出回路7の出力電圧とが入出力線形性を維持できるからである。励磁コイル14に流す電流が5mArms以下の場合に、探針1の磁性体が磁気飽和せず、入出力線形性が維持できることを確認した。
【0055】
測定の際には、磁気記録ヘッド8の主磁極部分において、カンチレバー2の振動振幅を一定に保ちながら被測定試料表面を走査し、1ラインを1Hzの速さでトポグラフィ像の測定を行った。そして、トポグラフィ像測定と同一の走査ライン上を走査し、磁場分布の測定を行った。磁場分布を測定する際には、一次共振周波数f1の振動振幅を20%以下に減衰させ、磁気記録ヘッド8表面の凹凸部をトレースする高さを、基準面の高さから−24nmまで試料表面に接近させて測定を行った。
【0056】
第2の発振器13がカンチレバー2の二次共振周波数f2(371.548kHz)で発振すると、二次共振周波数f2の交流電流が励磁コイル14に流れる。そうすると、磁気記録ヘッド8の主磁極から励磁電流に応じた交流磁場が発生し、探針1の磁性体との相互作用による磁気力が探針1に加わり、カンチレバー2は、二次共振周波数f2で振動する。変位検出回路7の出力をロックインアンプ21に入力し、ロックインアンプ21の参照入力を第2の発振器13に接続する。そうすると、ロックインアンプ21は、二次共振周波数f2=371.548kHzを参照周波数として、変位検出回路7の出力信号をロックイン検波して、位相情報付きの磁場信号であるRcosθ成分及びRsinθ成分を出力する。ロックインアンプ21の測定レンジを検出信号の最大値に合わせることでS/N比を向上させるために、タイムコンスタントを1msとしている。
【0057】
上述の設定にすることで、256ピクセル×256ピクセルの画像サイズのトポグラフィ像及び位相情報付きの磁場分布の測定を約9分で完了することができた。なお、比較のために、非特許文献1−5の従来技術の磁気力顕微鏡を用いた場合には、測定時間は約40分であった。
【0058】
図3−図6は、磁気記録ヘッド8の励磁周波数として、二次共振周波数f2=371.548kHz、励磁電流として、5mArmsを、励磁コイル14に流して測定を行った結果である。
【0059】
図3は、上述した構成の磁気力顕微鏡で測定したトポグラフィ像である。主磁極30は、書込シールド部31に三方を囲まれている。書込シールド部31の右側はサイドシールド部32である。
【0060】
図4は、図3のトポグラフィ像に対応する磁場分布のうち、磁場の大きさの分布のみを示す図である。主磁極付近の磁場が強く、書込シールド部31において磁場が弱くなっていることが分かる。
【0061】
図5は、図3のトポグラフィ像に対応する位相情報を含めた磁気力を示す図であり、サイドシールド部32の部分で磁場の向きが主磁極とは反対になっていることを示している。
【0062】
図6は、図5を3次元画像処理した図であり、磁場の大きさに加え、磁場の向きが各部分に対してどの方向であるかを視覚的により明確に示している。
【0063】
上述したように、本発明の磁気力顕微鏡では、被測定試料の表面の凹凸形状とともに、交流磁場像を観察することが容易である。カンチレバー2を数100kHz以上の二次共振周波数で直接的に励振するために、100Hzから1kHz程度で測定をする従来の磁気力顕微鏡よりも短時間で測定を行うことができる。また、上述において詳細に説明したように、磁場分布の測定に周波数変調を用いていないので、測定系にフェーズロックドループを挿入することが不要であり、かつフェーズロックドループがなくても高いS/N比で磁場分布データを取得することが可能である。
【0064】
図7〜図8は、本発明の磁気力顕微鏡と、特許文献1に記載されている、カンチレバーの共振周波数と等しくなく、かつカンチレバーの共振周波数の整数倍の周波数で試料を励磁する磁気力顕微鏡との測定結果の比較を示したものである。
【0065】
図7は、本発明の磁気力顕微鏡による位相情報付きの磁場分布の測定結果である。一次共振周波数f1と二次共振周波数f2との比は、上述のとおり約6.3倍である。なお、この測定においては、カンチレバーの一次共振周波数f1は、67.904kHzであり、二次共振周波数f2は、428.366kHzである。一方、図8は、特許文献1に記載の磁気力顕微鏡を用いた測定結果を取得するために、図7の被測定試料と同一の被測定試料を同一のカンチレバー(f1=67.904kHz)を用いて、一次共振周波数の正確に6倍の周波数である407.424kHzの電流で励磁コイルを励磁した場合の測定結果である。励磁周波数を一次共振周波数の6倍としたのは、本発明の磁気力顕微鏡における周波数の比率6.3倍ともっとも近い整数だからである。
【0066】
図7〜図8から明らかなように、取得した画像データの鮮明さに大きな差がある。検出できた信号としては、本発明の磁気力顕微鏡の場合においては、10mVであるのに対して、特許文献1に記載された従来技術の磁気力顕微鏡では、300μVであった。したがって、本発明の磁気力顕微鏡の方が、特許文献1に記載された従来技術の磁気力顕微鏡よりも33.3倍大きな信号を取得できていることになる。以上より、被測定試料を、カンチレバーの一次共振周波数の整数倍の周波数の単なる高調波で駆動するのではなく、カンチレバー固有の高次の共振周波数を用いることで、測定系のQを高くすることができ、高いゲインを得ることで、高いS/N比を実現することができる。
【0067】
なお、上述では、磁気力測定に用いる共振周波数は、二次共振周波数としたが、二次共振周波数に限らず三次あるいはより高次の共振周波数を被測定試料の励磁周波数に用いてもよい。ただし、周波数の比は、三次共振周波数の場合は、約17.5倍であり、四次の場合は、34.4倍であり、1MHz以上の周波数となるので、測定感度や測定系の応答速度に留意する必要がある。
【0068】
[変形例1]
本発明の磁気力顕微鏡では、被測定試料から発生する交流磁場を、探針1の強磁性体との相互作用により、カンチレバー2の振動として検出している。上述の実施の形態においては、探針1の強磁性体の保磁力を超えない大きさの外部磁場を印加した。このような探針1の磁性体の保磁力以下の外部磁場においては、磁場分布は、Rcosθ成分のみの信号が検出され、Rsinθはほぼゼロになる。ここで、探針1の磁性体の保磁力を超えるような外部磁場を用いると、磁性体の磁化曲線がヒステリシスを有するようになり、結果としてRcosθだけでなく、Rsinθ成分を検出することができるようになる。Rsinθ成分を測定することにより、Rcosθ成分だけでは検出できなかった、どの部分の磁場がより強くなっているかという点が明確に測定できるようになる。
【0069】
図9は、保磁力以下の外部磁場とするために、励磁コイル14の励磁電流を1mArmsとした場合の(a)Rcosθ成分及び(b)Rsinθ成分の測定結果であり、(b)のRsinθ成分は、ほとんど変化が見られず、Rsinθ成分がほとんど存在しない(ゼロ)ことを示している。なお、磁場分布の検出感度を高めるため、探針1を基準面の高さの−34nmの位置まで、被測定試料の表面に接近させて測定した。
【0070】
図10〜図12は、探針1の保磁力を超える外部磁場を被測定試料に印加するために、励磁コイル14の励磁電流を、図10では5mArmsとし、図11では10mArmsとし、図12では、20mArmsとした場合の(a)Rcosθ成分及び(b)Rsinθ成分の測定結果である。
【0071】
図9〜12において各図(a)に示すように、Rcosθ成分は、強度は異なるもののほとんど差がない。これに対して、各図(b)に示すように、Rsinθ成分は、主磁極30と書込シールド部31のギャップ部分において信号が検出され、励磁電流が増大し、外部磁場が大きくなるにつれて、その信号の強度も大きくなっていることがわかる。具体的には、5mArmsでは主磁極中心部辺りが負になりかけており、10mArms及び20mArmsにおいては、主磁極全体において負になっていることが分かる。さらに、10mArms及び20mArmsにおいては、主磁極のくさび形形状を反映した磁気分布像がRsinθ像において観察できる。
【0072】
このように、Rcosθ成分のみの磁場分布情報だけでは、測定のダイナミックレンジが不足するような場合には、探針1の保磁力を超える外部磁場を印加することにより、Rsinθ成分の変化を加えることでより詳細な磁場分布情報を得ることが可能となる。
【0073】
なお、本変形例に用いる探針1は、空間分解能を良好にするために、磁性体に覆われた面を制御することにより外形寸法を小さくしたものを用いることが好ましい。たとえばカーボンナノチューブからなる探針1の先端部分に磁性体を塗布したものや、探針1の先端に針状磁性体を結晶成長させたもの等が好ましい。
【0074】
[変形例2]
カンチレバー先端に接続された探針の保磁力を超える交流磁場を印加すると、磁場が探針を構成する強磁性体の保磁力を超えるたびに、カンチレバーに引力が働く。このことは、印加した交流磁場の周波数の2倍の周波数で、カンチレバーと被測定試料との間に引力を生ずることを示す。したがって、被測定試料を二次共振周波数の1/2で励磁することによって、二次共振周波数に等しい周波数の引力モードにおける磁気力測定を行うことができる。
【0075】
図13は、本発明の他の変形例の磁気力顕微鏡の構成例を示すブロック図である。上述した変形例1の構成に対して、被測定試料に印加する交流磁場の周波数が、カンチレバー2の二次共振周波数f2の1/2の周波数であることが相違する。
【0076】
上述した図1に示される場合と同様に、先端に強磁性体を有する探針1を接続されたカンチレバー2が圧電素子3に片持ち梁状に固定されている。探針1は、シリコン素材表面にCoCrPt合金薄膜を形成したものである。磁性体は、CoCrPtに限らず、CoCr合金やCoPt合金等の他のCo系合金であってもよく、他の磁性体、たとえばフェライト、Fe、Ni、FePt、これらの合金又はパーマロイ等であってもよいのも図1の場合と同様である。たとえば、ナノワールド社製のPPP−MFMR等であってもよく、この場合の保磁力は、300Oe程度である。
【0077】
第1の発振器4は、カンチレバー2の固定端側で圧電素子3に接続されている。第1の発振器4は、圧電素子3を駆動して、カンチレバー2を一次共振周波数で振動させる。
【0078】
半導体レーザ5と4分割された光検出素子6と変位検出回路7とからなる光てこは、カンチレバー2の振動状態を検出するために、カンチレバー2で反射されたレーザ光を光検出素子6で検出して光電変換する。そして、検出したレーザ光の振幅及び位相の変化を変位検出回路7で検出する。なお、図1の場合と同様に、カンチレバー2の変位検出を行うのに、光てこに限らず、他の干渉光を利用する方式、たとえば光ファイバ干渉計又はプリズムを用いたフォーカス誤差検出による方式等を用いることができ、さらに干渉光以外の方式、たとえば磁気抵抗素子を用いた方式又は圧電素子を用いた方式等を用いることもできる。
【0079】
変位検出回路7の出力は、直列接続されたバンドパスフィルタ9、RMS−DC変換器10に接続され、誤差増幅器11の反転入力を介してz軸駆動部12に接続される。誤差増幅器11の非反転入力には、基準参照電圧11aが接続されている。そして、誤差増幅器11の出力は、z軸駆動部12に接続され、z軸駆動部12の出力は、微動素子16に接続されて微動素子16のzスキャナ部を駆動する。zスキャナ部は、z軸駆動部12により、被測定試料である磁気記録ヘッド8の測定面に対して上下方向に駆動される。
【0080】
信号処理制御部17は、xy走査駆動部18及び粗動機構駆動部19を介して、それぞれ微動素子16のxyスキャナ部及び粗動機構20に接続される。z軸駆動部12及びxy走査駆動部18の出力は、さらに信号処理制御部17に接続され、信号処理制御部17は、被測定試料の凹凸形状データとして信号処理を行い、画像データとしてモニタ22に出力する。
【0081】
被測定試料である磁気記録ヘッド8は、xyz軸の各方向にnmオーダで被測定試料の位置決めをする微動素子16の上面に固定される。微動素子16は、広範囲にxyz軸の各方向に被測定試料の位置決め及び走査をする粗動機構20の上面に固定される。微動素子16及び粗動機構20は、z軸駆動部12、xy走査駆動部18、粗動機構駆動部19を介して、探針1の先端と被測定試料の表面との距離及び位置を制御する。なお、微動素子16は、たとえば圧電素子により形成されており、z軸駆動部12等によって印加される電圧により、変位する方向及び変位量を制御される。一方、粗動機構は、機械的な駆動手段、たとえばモータ制御により、測定台の位置制御を行う。
【0082】
第2の発振器13aは、カンチレバー2の二次共振周波数f2の1/2の周波数を出力する。第2の発振器13aの出力は、被測定試料である磁気記録ヘッド8の磁心に巻回された励磁コイル14に接続される。励磁コイル14の他方の端子は電流制限抵抗15を介して接地される。
【0083】
第3の発振器13bは、カンチレバー2の二次共振周波数f2の周波数を出力する。第3の発振器13bの出力は、ロックインアンプ21の参照入力に接続される。光てこの変位検出回路7の出力は、ロックインアンプ21に接続される。ロックインアンプ21は、第2の発振器13aの出力である参照入力信号に基づいて、変位検出回路7の出力信号をロックイン検波して、磁場の大きさ及び磁場の位相データを出力する。ロックインアンプ21の出力は、信号処理制御部17に接続され、信号処理制御部17が、入力された磁場の大きさ及び磁場の位相データに基づいて、所定の処理を行い、画像データとしてモニタ22に出力する。
【0084】
なお、第2の発振器13aの出力を2倍の周波数にする逓倍器を介してロックインアンプ21の参照周波数としてカンチレバー2の二次共振周波数に等しい周波数の信号を入力するようにしてもよい。あるいは、参照周波数としてロックインアンプ21に入力する二次共振周波数f2の信号を分周器によって(1/2)f2の周波数としたものを被測定試料の励磁に用いてもよい。
【0085】
図14〜図17には、図13の構成で測定した結果を示す。具体的な測定条件としては、カンチレバー2を一次共振周波数f1〜67.481kHzの範囲で励振し、図1の場合と同様にしてトポグラフィ像を測定する。ここで、たとえばカンチレバー2の振動振幅を0.5Vppとする。
【0086】
次に、磁場分布を取得するために、被測定試料である磁気記録ヘッド8の主磁極部分において、カンチレバー2の振動振幅を一定に保つように探針1と磁気記録ヘッド8との距離を制御しながら走査する。ここで、たとえばカンチレバー2の振動振幅を0.1Vppに下げて、振動中心の位置を試料表面から8nmの距離まで接近させる。この場合のカンチレバー2の二次共振周波数f2は、424.324kHzであったので、磁気記録ヘッド8を励磁する周波数としては、これの1/2の周波数とある212.162kHzとする。
【0087】
このようにして、磁場分布像を、光てこによってカンチレバー2の二次共振周波数f2を参照入力信号の周波数としてロックインアンプ21を用いて測定する。
【0088】
たとえば、探針1と被測定試料との間の距離を制御しながら、1ライン当たり1Hzで走査し、表面形状を測定し記憶する。そして、記憶した表面形状に沿って表面との一定距離を保ち磁場分布像を測定する。そうすると、上述した図1等の場合と同様に、256ピクセル×256ピクセルのトポグラフィ像及び磁場分布像の測定時間として9分程度である。
【0089】
図14(a)、(c)に示すように、励磁電流を探針1の強磁性体の保磁力以下の1mArmsにしても、保磁力を超える20mArmsにしても、同じトポグラフィ像を取得することができる。一方、図14(b)に示すように、励磁電流を保磁力以下の1mArmsとすると磁場分布像としては、ほとんど何も検出されない。図14(d)に示すように、励磁電流を20mArmsとすると、くさび形をしたヘッドの先端の形状を磁場分布像として確認することができる。
【0090】
空間分解能を確認するために、変形例1の状態、すなわち保磁力を超える交流磁場を被測定試料に印加し、交流磁場の周波数を二次共振周波数f2に等しい周波数として再度測定した磁場分布像として取得したものを図15(a)〜(c)に示す。変形例1で説明したように、Rsinθ像として、磁場発生方向を含めて測定することができる。
【0091】
図16(a)は、図14(d)の破線の箇所の断面プロファイルを示す図であり、図14(d)の下側を距離の基準(x=0nm)として、磁場の強度に比例した電圧をプロットしたものである。ほぼ中心付近(x=530nm)に磁極によって磁場の強度が大きくなっている。図16(a)の断面プロファイルをフーリエ変換することによって、図16(b)に示すようなデータを得る。このフーリエ変換データより、空間周波数kx=95μm−1以上においては、信号強度が−37dBでほぼ一定値であることがわかる。ここで、信号強度−37dBは、空間周波数に依存しない熱雑音である。一方、空間周波数kx=95μm−1以下では、熱雑音よりも大きな信号強度を有しているため、空間周波数kx=95μm−1が熱雑音に埋もれずに検出することができる最大の空間周波数に対応する。したがって、この最大空間周波数の逆数をとることによって、最小の空間分解能を見積もることができ、図16(b)の場合における空間分解能の最小値は、10.52nmとすることができる。
【0092】
以上が、被測定試料を、カンチレバー2の二次共振周波数f2の1/2の周波数で励磁した場合の空間分解能であるが、カンチレバー2の二次共振周波数f2で励磁した場合の空間分解能についても、図15(a)〜(c)の破線の断面プロファイルから同様に見積もることができる。図17(a)〜(c)が図15(a)〜(c)のそれぞれに対応した断面プロファイルをフーリエ変換した図である。測定系の熱雑音に埋もれない空間周波数の最大値より求めた空間分解能の最小値は、図17(b)よりRcosθについては20.41nmである。また、図17(c)より、Rsinθについては、17.85nmである。
【0093】
強磁性探針の保磁力を超えて被測定試料を励磁した場合においては、カンチレバーの二次共振周波数f2の1/2の周波数で励磁することによって、二次共振周波数f2で励磁する場合よりも、2倍程度の空間分解能で磁場分布像を測定することができる。
【0094】
上述では、カンチレバー2の励振周波数を、カンチレバー2の一次共振周波数とし、被測定試料の励磁周波数をカンチレバー2の二次共振周波数の1/2の周波数としたが、測定系の広帯域化、精度等を確保することによって、それぞれより高次の共振周波数を用いてもよい。たとえば、カンチレバー2の励振周波数を二次共振周波数とし、被測定試料の励磁周波数を三次共振周波数とすることができる。あるいは、カンチレバー2の励振周波数を一次共振周波数のままとし、被測定試料の励磁周波数を三次又はそれ以上高次の共振周波数の1/2の周波数としてもよい。
【0095】
また、図1の構成例の場合と同様に、被測定試料である磁気記録ヘッド8の磁心に巻回された励磁コイル14に代えて、ループコイルを用いてもよい。ループコイルは、たとえば、所定の基板上にCu箔を貼ったものを周知のエッチング技術を用いて、所定の直径及び形状のループ電流経路をパターン形成することによって形成することができる。ループコイルに第2の発振器13a、電流制限抵抗15を接続し、被測定試料となる磁気記録媒体を覆うようにこのループコイルを近接させて配置して、ループコイルから発生する磁束が磁気記録媒体を通過するようにする。このようにすることで、ループコイルを流れる励磁電流によって磁気記録媒体に外部磁場を印加することができ、上述と同様の方法で磁気記録媒体の表面磁場分布測定を行うことができる。
【0096】
以上説明した磁気力顕微鏡は、具体例を説明するためのものであって、上述した実施の形態のみに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能であることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0097】
1 探針、2 カンチレバー、3 圧電素子、4 第1の発振器、5 レーザ、6 受光素子、7 変位検出器、8 磁気記録ヘッド、9 バンドパスフィルタ、10 RMS−DC変換器、11 誤差増幅器、11a 基準参照電圧、12 z軸駆動部、13,13a 第2の発振器、13b 第3の発振器、14 励磁コイル、15 電流制限抵抗、16 微動素子、17 信号処理制御部、18 xy走査駆動部、19 粗動機構駆動部、20 粗動機構、21 ロックインアンプ、22 モニタ、30 主磁極、31 書込シールド、32 サイドシールド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性体からなる探針又は磁性体を塗布若しくは薄膜形成した探針を先端に有するカンチレバーと、
上記カンチレバーを該カンチレバーの第1の共振周波数で励振する第1の発振器と、
上記カンチレバーの先端の変位を検出する変位検出器と、
試料を上面に固定して、上記探針を該試料に対して接近させ、離間させ、又は測定位置の移動をさせる微動素子と、
上記微動素子を駆動する駆動部と、
上記試料を上記カンチレバーの第2の共振周波数で励磁する第2の発振器と、
上記変位検出器から出力される変位信号及び上記第2の共振周波数である参照信号を入力する微小信号増幅器とを備え、
上記駆動部は、上記変位検出器によって検出された上記カンチレバーの先端の変位及び上記第1の共振周波数に基づいて、上記微動素子を駆動することによって上記探針を上記試料に対して接近させ又は離間させて、該試料の凹凸形状を測定し、
上記微小信号増幅器は、上記試料の凹凸形状、上記変位信号及び上記参照信号に基づいて、上記試料表面の磁場に応じた出力を生成することを特徴とする磁気力顕微鏡。
【請求項2】
上記第1の共振周波数は、上記カンチレバーの一次共振周波数であり、
上記第2の共振周波数は、上記カンチレバーの二次以上の高次共振周波数である請求項1記載の磁気力顕微鏡。
【請求項3】
上記高次共振周波数は、二次共振周波数である請求項2記載の磁気力顕微鏡。
【請求項4】
上記変位検出器は、
レーザ光を出力するレーザ出力部と、
上記レーザ出力部から出力されたレーザ光を上記カンチレバーで反射した反射光が入力する受光素子と、
上記受光素子で変換された電気信号を処理することによって、上記カンチレバーの変位量を測定する信号処理部とを含む光てこである請求項1記載の磁気力顕微鏡。
【請求項5】
上記第2の発振器は、上記試料を覆うように近接して配置されるコイルを介して、上記試料を上記第2の共振周波数で励磁することを特徴とする請求項1記載の磁気力顕微鏡。
【請求項6】
上記微小信号増幅器は、ロックインアンプである請求項1記載の磁気力顕微鏡。
【請求項7】
上記第2の発振器は、上記試料を励磁して、上記探針の磁性体の保磁力以上の外部磁場を発生させることを特徴とする請求項1記載の磁気力顕微鏡。
【請求項8】
磁性体からなる探針又は磁性体を塗布若しくは薄膜形成した探針を先端に有するカンチレバーと、
上記カンチレバーを該カンチレバーの第1の共振周波数で励振する第1の発振器と、
上記カンチレバーの先端の変位を検出する変位検出器と、
試料を上面に固定して、上記探針を該試料に対して接近させ、離間させ、又は測定位置の移動をさせる微動素子と、
上記微動素子を駆動する駆動部と、
上記試料を上記カンチレバーの第2の共振周波数の1/2の周波数で励磁する第2の発振器と、
上記変位検出器から出力される変位信号及び上記第2の共振周波数である参照信号を入力する微小信号増幅器とを備え、
上記駆動部は、上記変位検出器によって検出された上記カンチレバーの先端の変位及び上記第1の共振周波数に基づいて、上記微動素子を駆動することによって上記探針を上記試料に対して接近させ又は離間させて、該試料の凹凸形状を測定し、
上記第2の発振器は、上記試料を励磁して、上記探針の磁性体の保磁力以上の外部磁場を発生させ、
上記微小信号増幅器は、上記試料の凹凸形状、上記変位信号及び上記参照信号に基づいて、上記試料表面の磁場に応じた出力を生成することを特徴とする磁気力顕微鏡。
【請求項9】
上記第1の共振周波数は、上記カンチレバーの一次共振周波数であり、
上記第2の共振周波数は、上記カンチレバーの二次以上の高次共振周波数である請求項8記載の磁気力顕微鏡。
【請求項10】
上記高次共振周波数は、二次共振周波数である請求項9記載の磁気力顕微鏡。
【請求項11】
第1の発振器によって、磁性体からなる探針又は磁性体を塗布若しくは薄膜形成した探針を先端に有するカンチレバーを該カンチレバーの第1の共振周波数で励振し、該カンチレバーの先端の変位及び第1の共振周波数に基づいて、該探針を試料に対して接近させ又は離間させることにより該試料の凹凸形状を測定するステップと、
第2の発振器によって、上記試料を上記カンチレバーの第2の共振周波数で励磁し、上記測定した凹凸形状、該カンチレバーの先端の変位及び該第2の共振周波数に基づいて、上記試料表面の磁場に応じた出力を生成するステップとを有する高空間分解能磁場測定方法。
【請求項12】
上記第1の共振周波数は、上記カンチレバーの一次共振周波数であり、
上記第2の共振周波数は、上記カンチレバーの二次以上の高次共振周波数である請求項11記載の高空間分解能磁場測定方法。
【請求項13】
上記高次共振周波数は、上記カンチレバーの二次共振周波数である請求項12記載の高空間分解能磁場測定方法。
【請求項14】
第1の発振器によって、磁性体からなる探針又は磁性体を塗布若しくは薄膜形成した探針を先端に有するカンチレバーを該カンチレバーの第1の共振周波数で励振し、該カンチレバーの先端の変位及び第1の共振周波数に基づいて、該探針を試料に対して接近させ又は離間させることにより該試料の凹凸形状を測定するステップと、
第2の発振器によって、上記試料を上記カンチレバーの第2の共振周波数の1/2の周波数で励磁し、上記測定した凹凸形状、該カンチレバーの先端の変位及び該第2の共振周波数に基づいて、上記試料表面の磁場に応じた出力を生成するステップとを有し、
上記第2の発振器は、上記試料を励磁して、上記探針の磁性体の保磁力以上の外部磁場を発生させることを特徴とする高空間分解能磁場測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図13】
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【図16】
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【図17】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2012−198192(P2012−198192A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−270138(P2011−270138)
【出願日】平成23年12月9日(2011.12.9)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)