説明

磁気吸着装置

【課題】優れた吸着力を備え、かつ吸着対象物に対する脱着を安全かつ迅速に実施できる磁気吸着装置を提供する。
【解決手段】本発明の磁気吸着装置180は、ネオジム磁石111(永久磁石)と、ネオジム磁石111を抱持するヨーク181とを備え、ヨーク181が、ネオジム磁石111と吸着するバックヨーク部183と、バックヨーク部183と一体に形成されてネオジム磁石111を取り囲む外周ヨーク部184とを有しており、前記バックヨーク部183に、バックヨーク部183を貫通して前記外周ヨーク部184の内側の空間に通じるねじ孔部181aが形成されていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気吸着装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、永久磁石を備えた磁性固定具(磁気吸着装置)が知られているが、一般的な磁性固定具ではフェライト磁石が用いられており、軽量品を対象とした吊り下げ具等に用途が限定されていた。しかし、近年、強力な磁力を有する希土類磁石が開発され、比較的大型のものにも用いられるようになってきている。例えば特許文献1記載のものでは、永久磁石によって壁に固定できる物品載置体が開示されている。ただし、荷重が100kgを超えるような用途については、着脱を容易にするために電磁石を用いるのが一般的であり、永久磁石は利用されていない(例えば特許文献2参照)。
【特許文献1】特開2004−049336号公報
【特許文献2】特開2005−320125号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
永久磁石を固定具に用いる場合、その取り付けを安全に行えるようにすることに加え、取り外しが容易であることが求められる。この点、特許文献1では、吸着力の異なる2つの磁石を上下に配置し、取り外す際には棚を上方に付勢して吸着力の弱い方の磁石を先に引きはがし、吸着力の強い方の磁石を斜め方向に持ち上げて取り外すようになっている。
しかしながら、このような取り外し方法は、使用されている永久磁石が人間の手で引き離せる程度のものである場合に限られ、引っ張り荷重で100kg以上の吸着力を有する永久磁石が用いられている場合を想定したものではない。
【0004】
本発明は、上記従来技術の問題点に鑑み成されたものであって、優れた吸着力を備え、かつ吸着対象物に対する脱着を安全かつ迅速に実施できる磁気吸着装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、上記課題を解決するために、永久磁石と、前記永久磁石を抱持するヨークとを備えた磁気吸着装置であって、前記ヨークが、前記永久磁石と吸着するバックヨーク部と、前記バックヨーク部と一体に形成されて前記永久磁石を取り囲む外周ヨーク部とを有しており、前記バックヨーク部に、前記バックヨーク部を貫通して前記外周ヨーク部の内側の空間に通じるねじ孔部が形成されていることを特徴とする。
このような構成とすることで、前記ねじ孔部に、吸着面に対して進退自在にボルトを螺合することができる。そして、ボルトの進退によって磁気吸着装置の吸着力を調整し、磁気吸着装置を安全かつ簡便に着脱できるようになる。
すなわち、磁気吸着装置を吸着対象物に吸着させる際には、前記ボルトを吸着面から突出させた状態で、吸着対象物に磁気吸着装置を接近させ、ボルトを吸着対象物に突き当てることで、吸着面と吸着対象物とが当接しないようにする。これにより、磁気吸着装置が吸着対象物に急激に引き寄せられるのを防止することができる。その後、ボルトを後退させて磁気吸着装置を吸着対象物に吸着させることで、安全に取り付け作業を実施できる。
また、磁気吸着装置を取り外す際には、ボルトをねじ孔部に螺合してその先端を吸着対象物に向かって前進させることで、磁気吸着装置を徐々に吸着対象物から引き離すことができ、安全に取り外すことができる。
【0006】
前記永久磁石がリング状であり、前記永久磁石の内周側に前記バックヨーク部と一体に形成された内周ヨーク部が形成されていることが好ましい。
この構成によれば、内周ヨーク部と永久磁石との間、及び外周ヨーク部と永久磁石との間に、それぞれ吸着部が形成されるので、永久磁石を大型化することなく磁気吸着装置の吸着力を高めることができる。すなわち、同程度の吸着力であればより小型の磁気吸着装置とすることができる。
【0007】
前記ねじ孔部が、前記内周ヨーク部の内部を貫通していることが好ましい。
この構成によれば、永久磁石と干渉せず、かつ磁気吸着装置を大型化することなく、吸着力調整部材(ボルト)を配置することができ、磁気吸着装置の設置時の利便性を高めることができる。
【0008】
前記バックヨーク部の前記永久磁石と反対側の面に、当該面から突出するねじ軸部が設けられていることが好ましい。
この構成によれば、前記ねじ軸部を用いて本発明の磁気吸着装置を設備機器に容易に取り付けられるようになる。
【0009】
前記ねじ孔部が、前記ねじ軸部を軸方向に貫通していることが好ましい。
この構成によれば、磁気吸着装置の吸着力を調整するためのねじ孔部と、磁気吸着装置を他の設備機器に取り付けるためのねじ軸部とを兼ねる構成とすることができ、磁気吸着装置を小型化することができる。
【0010】
前記永久磁石が、RE−Fe−M−Bで表記される永久磁石であることが好ましい。ただし、REはNd、Y、La、Ce、Pr、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luからなる群より選ばれる少なくとも一種の希土類元素、MはCo、Ti、Nb、Al、V、Mn、Sn、Ca、Mg、Pb、Sb、Zn、Si、Zr、Cr、Ni、Cu、Ga、Mo、W、Taからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素である。
これらの希土類永久磁石を用いることで、優れた磁気特性を有する磁気吸着装置とすることができる。そして、本発明ではねじ孔部に螺合したボルトの進退により、強力な吸着力を有する磁気吸着装置を安全に脱着操作できるようになっている。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ヨークに吸着力調整部材を挿通する貫通孔を設けたことで、強力に吸着対象物に吸着していても着脱を容易に行えるようになるので、操作性に優れた磁気吸着装置を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照しつつ説明する。
図1は、本発明に係る磁気吸着装置を示す分解斜視図である。図2(a)は、本発明に係る磁気吸着装置の縦断面図である。図2(b)は、本発明に係る磁気吸着装置の横断面図である。
なお、図2(a)に示す断面図は図2(b)のA−A’線に沿う位置に対応し、図2(b)に示す断面図は図2(a)のB−B’線に沿う位置に対応する。
【0013】
図1に示すように、本実施形態に係る磁気吸着装置180は、吸着装置本体180aと、吸着装置本体180aを設備機器等に固定するナット180bとを備えている。また、ボルト188は、吸着装置本体180aに螺合して使用され、磁気吸着装置180の吸着面から進退させて吸着対象物に対する吸着力を調整するために用いられる吸着力調整部材である。
【0014】
吸着装置本体180aは、図1及び図2に示すように、平面視リング状のNd−Fe−B系永久磁石(以下ネオジム磁石と称する。)111と、ネオジム磁石111を収容するキャップ状のヨーク181とを備えており、ヨーク181のネオジム磁石111と反対側の面にはねじ軸部186が形成されている。また、ヨーク181とネオジム磁石111との隙間には防食部材142a、142bが設けられている。本実施形態において、ネオジム磁石111と、ネオジム磁石111に接触する防食部材142a、142bとが、耐食性磁石176を構成している。
【0015】
耐食性磁石176を構成する永久磁石としては、Nd−Fe−B系永久磁石に限らず、RE−Fe−M−B(REはNd、Y、La、Ce、Pr、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luからなる群より選ばれる少なくとも一種の希土類元素、MはCo、Ti、Nb、Al、V、Mn、Sn、Ca、Mg、Pb、Sb、Zn、Si、Zr、Cr、Ni、Cu、Ga、Mo、W、Taからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素)で表記される鉄系の希土類永久磁石のほか、Sm−Co磁石、フェライト磁石等も用いることができる。これらの永久磁石は、表面に樹脂膜やめっき膜が形成されていてもよい。
【0016】
防食部材142a、142bは、図2(b)に示すように、いずれも平面視でリング状に形成されており、ネオジム磁石111の外周面と内周面とをそれぞれ覆っている。本実施形態の場合、防食部材142a、142bは、可撓性防食部材であり、本例では亜鉛粉末又は亜鉛合金粉末を樹脂材料等に混合してペースト状とした可撓性亜鉛陽極である。
【0017】
可撓性防食部材は、少なくとも塗布時に粘性を有するペースト状(パテ状)であればよい。つまり、塗布後の加熱処理や乾燥処理により固化するものであってもよい。さらには、塗布時には導電性を有しておらず、加熱処理や乾燥処理により導電性を発現するものであってもよい。
また可撓性防食部材に含まれる金属粉末は、陽極電位、陽極効率、電解生成物の発生量、取り扱いの難易を考慮すると、亜鉛が最も適している。
【0018】
防食部材142a、142bは、50μm以上の厚さに形成することが好ましく、500μm以上の厚さとすることがより好ましい。さらに1mm以上の厚さとすれば、極めて長期間にわたり防食作用を得られる防食部材となる。このような構成を備えていることで、本実施形態の磁気吸着装置180は、水中や海中などの過酷な腐食環境でもネオジム磁石111に腐食を生じることなく使用できるものとなっている。
【0019】
従来用いられているめっき膜の厚さ(5〜20μm程度)では、大気中での使用にはほとんど問題がないが、水中や海中などの過酷な腐食環境では十分な防食作用を得られず、ネオジム磁石111が腐食するおそれがある。これに対して、上述した範囲の厚さの防食部材を備えていれば、十分な量の防食部材を備えた耐食性磁石を構成することができ、長期間にわたり水中や海水中で使用しても腐食せず、吸着力を持続させることができる。
【0020】
ヨーク181は、ネオジム磁石111の背面側の磁石面に吸着する円盤状のバックヨーク部183と、ネオジム磁石111の外周面と対向する円筒状の外周ヨーク部184と、ネオジム磁石111の内周面と対向する内周ヨーク部185と、バックヨーク部183のネオジム磁石111と反対側に延出されたねじ軸部186と、を一体に形成した構成である。そして、ヨーク181は、バックヨーク部183と外周ヨーク部184と内周ヨーク部185とにより形成された平面視リング状の溝部181b内に耐食性磁石176を収容している。
【0021】
上記のようにリング状のネオジム磁石111の内周及び外周にそれぞれ内周ヨーク部185、外周ヨーク部184を設けていることで、本実施形態の磁気吸着装置180は、強力な吸着力を得られるようになっている。すなわち、このようなダブルヨーク構造を採用することで、ネオジム磁石111と内周ヨーク部185との間、及びネオジム磁石111と外周ヨーク部184との間のそれぞれに吸着部が形成され、ネオジム磁石111の磁力を効率よく吸着に利用することができるようになっている。
具体的には、上述した具体的構成において、内周ヨーク部185を設けない構成(シングルヨーク構造)の磁気吸着装置に比して、約1.7倍の吸着力が得られる。本実施形態では、このようにダブルヨーク構造を採用することで、寸法を大きくすることなく吸着力を大きく向上させており、重量の大きい設備機器であっても小型の磁気吸着装置で設置できるようになっている。
【0022】
また、ヨーク181の上記溝部181bは、図2(a)に示すように、ネオジム磁石111の高さよりも大きい深さに形成されており、ヨーク181に耐食性磁石176を収容した状態で、外周ヨーク部184及び内周ヨーク部185の開口側の端部がネオジム磁石111の磁石面よりも先端側(吸着対象物側)に突出するようになっている。
このように磁石よりもヨークを突出させておくことで、磁気吸着装置180を吸着対象物に吸着させたときの摩擦や衝撃からネオジム磁石111を保護することができ、ネオジム磁石111が摩耗したり、割れたりするのを防止することができる。
【0023】
ねじ軸部186は、ヨーク181と一体に円筒状に形成されており、バックヨーク部183の法線方向にねじ軸の延在方向が一致している。ねじ軸部186の外周面には、ナット180bを螺合するための雄ねじ部186aが形成されている。このねじ軸部186は、ナット180bとともに本実施形態の磁気吸着装置180を設備機器等に取り付ける部材として機能する。すなわち、設備機器等に設けられたボルト穴にねじ軸部186を挿通してナット180bにより締結することで、簡便に設備機器等に取り付けることができる。
【0024】
さらに、ねじ軸部186には、ねじ軸部186を軸方向に貫通するねじ孔部181aが形成されている。さらに、ねじ孔部181aは、図2(a)に示すように、ヨーク181のバックヨーク部183と内周ヨーク部185とを貫通している。すなわち、ねじ孔部181aは吸着装置本体180aを高さ方向に貫通して形成されている。
【0025】
ねじ孔部181aの内側面には、ボルト188の雄ねじ部189と螺合する雌ねじ部が形成されている。ねじ孔部181aは吸着装置本体180aを貫通しているので、ねじ孔部181aに十分な長さのボルト188を螺合すると、ボルト188の先端部を内周ヨーク部185の先端から突出させることができる。また、ボルト188を軸回りに回転させることで、ヨーク181の吸着面からのボルト188の突出長さを自在に調整することができる。
【0026】
ねじ軸部186の雄ねじ部186aに螺合されるナット180bは緩み止めナットであり、本実施形態の場合、図1に示すように、ナット180bのねじ穴と同軸のフリクションリング187が設けられている。フリクションリング187は、ねじ穴の中心部側に突出する爪部を有しており、ナット180bをねじ軸部186に螺合することで前記爪部が雄ねじ部186aのねじ山に接して変形し、この変形により生じる反力によって雄ねじ部186aを押圧するようになっている。そして、フリクションリング187と雄ねじ部186aとの摩擦力によってナット180bの自由回動が制限され、ナット180bが緩むのを防止するようになっている。
なお、ナット180bの緩み止め構造は特に限定されず、フリクションリングを用いたもののほか、スプリングワッシャを用いた構造や、ダブルナット構造、樹脂リングを用いた構造など、種々のものを用いることができる。
【0027】
バックヨーク部183には、バックヨーク部183を貫通してネオジム磁石111に達するねじ孔部(貫通孔)183aが複数形成されている。ねじ孔部183aは、ヨーク181にネオジム磁石111を収容する際に使用するものであり、ねじ孔部183aにボルト(吸着規制部材)を挿通してヨーク181の内側にボルトの先端を突出させておくことで、ヨーク181の開口側に配置したネオジム磁石111がバックヨーク部183に吸着するのを規制する。これにより、ネオジム磁石111を配置する際にヨーク181の内部に引き込まれてバックヨーク部183に衝突し、その衝撃によって割れたり、欠けたりするのを防止するようになっている。
【0028】
なお、ねじ孔部183aには防食部材142cが設けられている。上述したように、ねじ孔部183aは製造時の磁石の組み付け、あるいは解体時の磁石の取り外し以外にはほとんど使用されない。そこで、ねじ孔部183aにネオジム磁石111と接触するように防食部材142cを配することで、ネオジム磁石111の腐食を効果的に防止することができる。また、ねじ孔部183aを介した磁束の漏洩を低減できるので、磁力の利用効率を高めるとともに、他の部材に対して磁力が作用するのも防止できる。
【0029】
以上の構成を備えた本実施形態の磁気吸着装置180では、バックヨーク部183から突出して設けられたねじ軸部186に形成されたねじ孔部181aと、ねじ孔部181aに螺合されるボルト188とによって、強い磁力を有するネオジム磁石111による吸着力を制御し、安全かつ確実に吸着対象物に吸着させることができるようになっている。
【0030】
ここで、図3から図5を参照して、磁気吸着装置180の作用効果について詳細に説明する。
図3〜図5は、磁気吸着装置180を鋼板等の吸着対象物1001に吸着させる手順を示す図であり、これらの図には吸着装置本体180aの断面構造、及びボルト188が示されている。
【0031】
まず、磁気吸着装置180を吸着対象物1001に吸着させるのに先だって、図3に示すように、吸着装置本体180aのねじ孔部181aに、ねじ軸部186の先端からボルト188を螺合し、ボルト188の先端を内周ヨーク部185の先端から突出させた状態とする。このとき、ボルト188の突出長さは、磁気吸着装置180の吸着力にもよるが、概ね5〜8mm程度である。
【0032】
そして、ボルト188の先端を突出させた状態の磁気吸着装置180を、吸着対象物1001に接近させる。そうすると、突出したボルト188の先端が吸着対象物1001の表面に突き当たって、磁気吸着装置180と吸着対象物1001との接触が妨げられ、磁気吸着装置180と吸着対象物1001とは、ギャップ180gを介して離間された状態に保持される。このとき、磁気吸着装置180は吸着対象物1001に弱い力で引き寄せられるか、あるいは全く引き寄せられないこととなる。
【0033】
その後、ボルト188の頭部を回動してボルト188を後退させると、図4に示すように、磁気吸着装置180と吸着対象物1001とのギャップ180gが徐々に小さくなり、それに伴って両者の引き合う力も大きくなる。そして、ボルト188を先端が内周ヨーク部185から突出しない位置まで後退させると、図5に示すように、外周ヨーク部184及び内周ヨーク部185と吸着対象物1001とが当接して磁気吸着装置180が吸着対象物1001に吸着した状態となる。
【0034】
このように、本実施形態の磁気吸着装置180では、吸着対象物1001に対してボルト188の先端を突き当てることで磁気吸着装置180が吸着対象物1001に急激に接近するのを防止することができるので、安全に設置作業を行えるようになっている。また、ボルト188の先端を突き当てた状態から徐々に磁気吸着装置180を接近させるようになっているので、磁気吸着装置180が想定しない位置にずれて吸着されてしまうのを防止でき、所定の位置に確実に吸着させることができる。
【0035】
また、ボルト188は、磁気吸着装置180を吸着対象物1001から取り外すときにも有効に機能する。
まず、本実施形態に係る磁気吸着装置180では、ネオジム磁石111の磁力を有効に利用し、極めて強力な吸着力を得られるようになっている。具体的には、ネオジム磁石として、表面積36cm、外形70mm、内径32mm、厚さ15mmのリング状のものを用い、ヨーク181を鋼材で作製した場合において、水平方向(吸着面の法線方向;引っ張り荷重)で約170kg(4.7kg/cm)、垂直方向(吸着面方向;剪断荷重)で約80kg(2.2kg/cm)の吸着力が得られる。さらに、外形が100mmのネオジム磁石を用いた場合には、水平方向で約310kgもの吸着力が得られる。
【0036】
上述したような強い吸着力を備えているため、一度取り付けると位置調整や取り外しが困難である。一般的には、作業員が一人で容易に着脱できる吸着力は陸上で20〜30kgであり、水中では浮力が加わるためにその半分程度の吸着力しか扱うことができない。したがって、本実施形態のような比較的大きなネオジム磁石を備えた磁気吸着装置は、何ら対策しないとすれば、吸着対象物上で動かすことすらできない。
【0037】
その点、本実施形態では、図5に示す吸着状態において、ボルト188を軸回りに回転させてボルト188の先端部を吸着対象物1001側に進出させることで、図4に示すように、磁気吸着装置180と吸着対象物1001との間にギャップ180gを形成することができる。磁気吸着装置180に用いられているネオジム磁石111は、極めて強力な吸着力を有するため、人手では直接引き離すのは困難であるが、磁気吸着装置180の吸着力はヨーク181と吸着対象物1001とのギャップ180gの2乗に反比例するため、数mmのギャップ180gを形成するだけで人手でも容易に引き離せるようになる。
【0038】
したがって本実施形態の磁気吸着装置180では、ボルト188を操作するだけで容易に吸着対象物1001から引き離すことができ、またボルト188は吸着面から突出させた状態に保持されるため、引き離した磁気吸着装置180が再び吸着対象物1001に吸着してしまうことが無く、安全に作業を行うことができる。
【0039】
さらに、ボルト188は、設置後に磁気吸着装置180の位置調整を行う場合にも有効に機能する。すなわち、ボルト188を操作することで、磁気吸着装置180を磁気吸着装置180を吸着対象物1001から少しだけ引き離すと、磁気吸着装置180は吸着対象物1001に弱い力で吸着した状態となる。このような状態とすることで、磁気吸着装置180を吸着対象物1001上で容易に移動させることができるようになるので、磁気吸着装置180を所望の位置に移動させた後、ボルト188を操作して磁気吸着装置180を吸着対象物1001に再び吸着させることで、安全に位置調整作業を実施することができる。
【0040】
このように、磁気吸着装置180は、吸着対象物1001への取り付け、取り外し、あるいは位置調整を、容易かつ安全に実施することができるものである。
【0041】
また、本実施形態において、ボルト188としては、その先端部を円錐状に尖らせた形状のものを用いることが好ましい。このように尖鋭な先端形状を有するボルト188を用いることで、磁気吸着装置180を吸着対象物1001に取り付けた後、ボルト188の先端を吸着対象物1001に押しつけることで、尖鋭な先端で押圧力がさらに強くなるため、ボルト188を吸着対象物1001に確実に接触させることができる。したがって、磁気吸着装置180と吸着対象物1001とを導通状態とする用途において、かかる導通状態をより確実なものとすることができる。
【0042】
また、ボルト188は、他の部材を磁気吸着装置180に締結するための固定具として用いることもできる。例えば、磁気吸着装置180を介して吸着対象物1001の電流や電圧を計測するような場合に、計測機器の端子を固定する固定具として、ボルト188を利用することができる。このようにあらかじめ計測機器の接続部が設けられた構成としておけば、点検などを容易かつ迅速に実施できるようになる。また、この場合においてボルト188の先端を尖鋭形状としておけば、吸着対象物1001に対する計測をより確実に行えるようになる。
【0043】
また本実施形態に係る磁気吸着装置180では、防食部材142a、142bによって、ネオジム磁石111と外周ヨーク部184、及びネオジム磁石111と内周ヨーク部185とが離間されている。すなわち、防食部材142a、142bがネオジム磁石111とヨーク181との間のスペーサとしても機能する。これにより、ネオジム磁石111の外周面と外周ヨーク部184との間、及びネオジム磁石111の内周面と内周ヨーク部185との間で短絡磁束が生じるのを防止し、磁気吸着装置180の吸着力を高めている。
【0044】
さらに、本実施形態において、防食部材142a、142bを均一な厚さに形成することで、ネオジム磁石111と外周ヨーク部184との間隔、及びネオジム磁石111と内周ヨーク部185との間隔を均一に保持することができるので、磁気吸着装置180の吸着面となる外周ヨーク部184の開口端、及び内周ヨーク部185の開口端において周方向で均一な吸着力が得られるようになる。
【0045】
なお、本実施形態ではネオジム磁石111と外周ヨーク部184との間、及びネオジム磁石111と内周ヨーク部185との間に、それぞれ防食部材142a、142bを設けた構成としているが、防食部材142a、142bは、過酷な腐食環境で使用しない場合には設けなくてもよい。しかしこの場合でも、防食部材142a、142bに代えて、非磁性材料をネオジム磁石111の外周面及び内周面に設けておくことが好ましい。これによりネオジム磁石111と外周ヨーク部184との間、及びネオジム磁石111と内周ヨーク部185との間での短絡磁束が生じて吸着力が低下するのを防止することができる。
【0046】
また本実施形態では、ネオジム磁石111の腐食を防止するための防食部材142a、142bとして、防食材料の粉末を含む可撓性防食部材を用いたが、このような可撓性防食部材に代えて、亜鉛や亜鉛合金等の防食材料をシート状に延伸した防食シートを用いることもできる。この場合にも、ネオジム磁石111に接触する防食シートから供給される防食電流によりネオジム磁石111の腐食を防止することができ、長期間にわたり良好な吸着力を得ることができる。
【0047】
上記防食シートを用いる場合には、ネオジム磁石111と防食シートとを導電性接着剤を介して接着することが好ましい。このような構成とすることで、ネオジム磁石111と防食シートとの電気的導通を確実に確保することができる。導電性接着剤としては、例えば金属粒子を樹脂接着剤に混合したものを用いることができ、前記金属粒子として、亜鉛粉末又は亜鉛合金粉末を用いることが好ましい。亜鉛を含む金属粒子を用いることで、防食シートからの防食電流を効率よく確実にネオジム磁石111に供給されるようになる。
【0048】
また、上記防食シートを防食部材142a、142bが設けられた位置以外の部位に接着することもできる。例えば、ネオジム磁石111のバックヨーク部183と反対側の面(ヨーク開口側の面)に接着してもよい。あるいは、バックヨーク部183のネオジム磁石111と反対側の面(ナット180b側の面)に接着してもよい。さらには、外周ヨーク部184の外周面に接着することもできる。
【0049】
(磁気吸着装置の使用例)
上記構成を備えた本実施形態の磁気吸着装置は、設備機器を鋼構造物に固定する用途に好適に用いることができ、例えば、鋼矢板式岸壁の電気防食に用いられている流電陽極の設置に用いることができる。
図6(a)は、本発明に係る磁気吸着装置を備えた流電陽極の平面図であり、図6(b)は、図6(a)のD−D’線に沿う断面図である。
【0050】
図6に示すように、本実施形態の流電陽極100は、側面視台形状の陽極本体101と、陽極本体101の長手方向端部の側面から進出する取り付け部103と、取り付け部103のボルト穴に取り付けられた、先の実施形態に係る磁気吸着装置180とを備えている。
【0051】
陽極本体101は、亜鉛、マグネシウム、又はこれらやアルミニウムの合金からなるものとされ、典型的には、アルミニウム合金が用いられる。
取り付け部103は、鋼材を用いて作製される。取り付け部103は、図6(b)に示すように、陽極本体101の内部を長手方向に貫通する芯金であり、その両端部にはボルト穴が設けられており、かかるボルト穴に磁気吸着装置180のねじ軸部186を挿通し、ナット180bで締結することで磁気吸着装置180が取り付けられている。
【0052】
以上の構成を備えた流電陽極100は、図6に示すように、磁気吸着装置180のヨーク181の開口側の吸着面を、鋼矢板1000に向けた状態で接近させることで、鋼矢板1000に吸着固定することができる。磁気吸着装置180の構成部材はいずれも導電性を有しているため、鋼矢板1000と接触するヨーク181から取り付け部103を介して陽極本体101と鋼矢板1000とが電気的に接続される。これにより、海水中に流電陽極100を設置することで、陽極本体101から鋼矢板1000に持続的に防食電流が供給され、鋼矢板1000の腐食を防止することができる。
【0053】
そして、本発明では、流電陽極100を磁気吸着装置180により設置する取り付け構造を採用したことで、従来の水中アーク溶接を用いた流電陽極の取り付け構造における問題点をすべて解決できるものとなっている。
すなわち、水中アーク溶接のように鋼矢板1000を加工する必要がないので、溶接による鋼矢板1000の強度低下が生じることがない。また、水中アーク溶接では取り付け作業に資格が必要であったが、本発明では資格不要で作業することができる。さらに、水中アーク溶接では取り付け品質が潜水士の技量に左右され、また海中での溶接に時間がかかるという問題があったが、本発明では磁気吸着させるだけであるため、潜水士の技量に関係なく確実に設置することができ、また短時間に作業を実施することができる。
【0054】
また鋼矢板1000において磁気吸着装置180を吸着させるための平坦面は、上記磁気吸着装置2個分の領域が確保されていればよいため、鋼矢板1000に凹凸や反りがあっても容易に取り付けることが可能である。
さらに、磁気吸着装置180は、耐食性磁石176を備えているので、海中に長期間設置してもネオジム磁石111に腐食を生じることはなく、長期間にわたり良好な吸着力を得られるものとなっている。
【0055】
また、本実施形態の流電陽極100では、鋼矢板1000への取り付けに際して、磁気吸着装置180に取り付けられたボルト188を利用して安全に取り付け作業を行えるようになっている。
つまり、流電陽極100を鋼矢板1000に取り付ける前に、ボルト188を磁気吸着装置180のねじ軸部186の先端側からねじ孔部181aに螺合し、ボルト188の先端部を内周ヨーク部185の先端から突出させた状態としておく。これにより、ヨーク181と鋼矢板1000との接触が妨げられるため、磁気吸着装置180は鋼矢板1000に弱い力で引き寄せられるか、あるいは全く引き寄せられないこととなる。その後、ボルト188を軸回りに回転させてヨーク181から後退させることで、磁気吸着装置180と鋼矢板1000とを徐々に接近させ、吸着させることができる。
【0056】
また、ボルト188を備えていることで、流電陽極100を鋼矢板1000から容易に取り外すことができる。すなわち、図6(b)に示す吸着状態において、ボルト188を軸回りに回転させてボルト188の先端部を鋼矢板1000側に進出させると、磁気吸着装置180を鋼矢板1000から引き離すことができる。またボルト188は吸着面から突出させた状態に保持されるため、引き離した磁気吸着装置180が再び鋼矢板1000に吸着してしまうことが無く、安全に作業を行うことができる。
【0057】
さらにボルト188は、設置後に流電陽極100の位置調整を行う場合にも有効に機能する。すなわち、ボルト188を操作することで、磁気吸着装置180を鋼矢板1000から少しだけ引き離すと、磁気吸着装置180は鋼矢板1000に弱い力で吸着した状態となる。このような状態とすることで、流電陽極100を容易に移動させることができるようになるので、流電陽極100を所望の位置に移動させた後、ボルト188を操作して磁気吸着装置180を鋼矢板1000に再び吸着させることで、安全に位置調整作業を実施することができる。
【0058】
このように、磁気吸着装置180を備えたことで、流電陽極100は、その取り付け、取り外し、あるいは位置調整を、容易かつ安全に実施できるものとなっている。
【0059】
また、本実施形態において、ボルト188として、その先端部を円錐状に尖らせた形状のものを用いれば、鋼矢板1000と磁気吸着装置180との導通をより確実なものとすることができ、したがって陽極本体101と鋼矢板1000との導通状態をさらに安定に保持することができる。
また、ボルト188を、他の部材を磁気吸着装置180に締結するための固定具として用いてもよく、例えば、流電陽極100を鋼矢板1000に設置した後、流電陽極100において発生する電流を計測するための計測機器の端子を固定する固定具として、ボルト188を利用することができる。このようにあらかじめ計測機器の接続部が設けられた構成としておけば、陽極本体101の損耗状態等の点検を容易かつ迅速に実施することができる。
【0060】
なお、上記の例では、鋼矢板に取り付けられる流電陽極に用いた場合について説明したが、本発明に係る磁気吸着装置は、陸上、海中を問わず、種々の用途に用いることができる。例えば、土木、建築用途では、鉄柱や鉄板などの鋼構造物の組み付けや、鋼構造物に対する付属品の取り付け等に好適に用いることができる。この用途では、従来、溶接、リベット、ボルト締結等の加工手段を用いて組み付けや取り付けを行っていたが、本発明の磁気吸着装置を採用すれば、これらを強力に吸着させて上記加工手段による施工と同等の強度を得られるので、工期の短縮や作業効率の向上といった効果が得られる。さらには、必要に応じて取り外すこともできるため、作業足場の設置等に用いれば、撤収作業をも迅速に行えるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】実施形態に係る磁気吸着装置の分解斜視図。
【図2】実施形態に係る磁気吸着装置の縦断面図及び横断面図。
【図3】実施形態に係る磁気吸着装置の作用説明図。
【図4】実施形態に係る磁気吸着装置の作用説明図。
【図5】実施形態に係る磁気吸着装置の作用説明図。
【図6】実施形態に係る磁気吸着装置の使用例を示す平面図及び断面図。
【符号の説明】
【0062】
100 流電陽極、111 ネオジム磁石、142a,142b,142c 防食部材、176 耐食性磁石、180 磁気吸着装置、181 ヨーク、181a ねじ孔部、183 バックヨーク部、183a ねじ孔部(貫通孔)、184 外周ヨーク部、185 内周ヨーク部、188 ボルト(吸着力調整部材)、180a 吸着装置本体、180b ナット、186 ねじ軸部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
永久磁石と、前記永久磁石を抱持するヨークとを備えた磁気吸着装置であって、
前記ヨークが、前記永久磁石と吸着するバックヨーク部と、前記バックヨーク部と一体に形成されて前記永久磁石を取り囲む外周ヨーク部とを有しており、
前記バックヨーク部に、前記バックヨーク部を貫通して前記外周ヨーク部の内側の空間に通じるねじ孔部が形成されていることを特徴とする磁気吸着装置。
【請求項2】
前記ねじ孔部に螺合されたボルトを備えたことを特徴とする請求項1に記載の磁気吸着装置。
【請求項3】
前記永久磁石がリング状であり、前記永久磁石の内周側に前記バックヨーク部と一体に形成された内周ヨーク部が形成されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の磁気吸着装置。
【請求項4】
前記ねじ孔部が、前記内周ヨーク部の内部を貫通していることを特徴とする請求項3に記載の磁気吸着装置。
【請求項5】
前記バックヨーク部の前記永久磁石と反対側の面に、当該面から突出するねじ軸部が設けられていることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の磁気吸着装置。
【請求項6】
前記ねじ孔部が、前記ねじ軸部を軸方向に貫通していることを特徴とする請求項5に記載の磁気吸着装置。
【請求項7】
前記永久磁石が、RE−Fe−M−Bで表記される永久磁石であることを特徴とする請求項1から6のいずれか1項に記載の磁気吸着装置。
ただし、REはNd、Y、La、Ce、Pr、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luからなる群より選ばれる少なくとも一種の希土類元素、MはCo、Ti、Nb、Al、V、Mn、Sn、Ca、Mg、Pb、Sb、Zn、Si、Zr、Cr、Ni、Cu、Ga、Mo、W、Taからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素である。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−277581(P2008−277581A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−120224(P2007−120224)
【出願日】平成19年4月27日(2007.4.27)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【出願人】(500337473)株式会社ソフテム (7)
【Fターム(参考)】