説明

磁気回路および磁場印加方法

【課題】磁性体試料の磁場中熱処理を効果的に実行することが可能な磁気回路を提供すること。
【解決手段】軟磁性裏打ち層12の面内径方向に磁気的異方性を付与する磁気回路においては、磁場印加部20AのS極およびN極側にそれぞれ、磁場印加部20Aaおよび20Abを設ける。このような構成の磁気回路を多段に重ねると個々の磁気回路同士の空隙に形成される磁場(空隙磁場)は、水平磁化(面内磁化)磁石(20A)による磁場に加え、垂直磁化磁石(20Aaおよび20Ab)からの磁場が重畳されて形成される。このうち垂直磁化磁石の磁極面は磁気回路同士間の空隙により近く位置するため、この空隙に、より強い磁場を形成することができる。また、垂直磁化磁石(20Aaおよび20Ab)は水平磁化磁石(20A)のN極とS極の両方に配置されているので、何れか一方にのみ垂直磁化磁石を設ける場合に比較して、磁場重畳効果はより強くなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気回路に関し、より詳細には、磁気記録媒体用基板などの磁場中熱処理に好適に用いられる磁気回路に関する。
【背景技術】
【0002】
情報記録の技術分野において、文字や画像あるいは楽曲といった情報を磁気的に読み込み・書き出しする手段であるハードディスク装置は、パーソナルコンピュータをはじめとする電子機器の一次外部記録装置や内蔵型記録手段として必須のものとなっている。このようなハードディスク装置には磁気記録媒体としてハードディスクが内蔵されているが、ハードディスクには、磁気情報をディスク面内に水平に書き込むいわゆる「面内磁気記録方式(水平磁気記録方式)」と、磁気情報をディスク面内に垂直に書き込む「垂直磁気記録方式」とがある。
【0003】
図1は、水平磁気記録方式のハードディスクの一般的な積層構造を説明するための断面概略図で、非磁性の基板1上に、スパッタリング法で成膜された非磁性のCr系下地層2、磁気記録層3および保護膜としてのカーボン層4が順次積層され、このカーボン層4の表面に液体潤滑剤を塗布して形成された液体潤滑層5が形成されている。これら各層の厚みは高々20nm前後であり、全ての成膜はマグネトロンスパッタリング法などのドライプロセスで実行されるのが一般的である(例えば、特許文献1参照)。そして、磁気記録層3はCoCrTaやCoCrPt等の一軸結晶磁気異方性のCo合金とされ、このCo合金の結晶粒がディスク面と水平に磁化されて情報が記録されることとなる。
【0004】
しかしながら、このような水平磁気記録方式では、記録密度を高めるために個々の記録領域(磁区)のサイズを小さくすると、隣接した磁区のN極同士およびS極同士が反発し合って磁化の打ち消し合いが生じることとなる。このため、高記録密度化のためには磁気記録層の厚みを薄くして結晶粒のサイズを小さくする必要があること、また、結晶粒の微細化(小体積化)が進むと熱エネルギによって結晶粒の磁化方向が乱されてデータが消失するという「熱揺らぎ」の現象が生じることなどの問題点が指摘され、高記録密度化への限界が認識されるようになった。
【0005】
このような問題に鑑みて検討されるようになったのが「垂直磁気記録方式」である。この記録方式では、磁気記録層はディスク表面に対して垂直に磁化されるため、N極とS極が交互に束ねられてビット配置され、磁区のN極とS極は隣接しあって相互に磁化を強めることとなる結果、ビット内における自己減磁場(反磁場)が少ないために磁化状態(磁気記録)の安定性が高くなる。また、垂直に磁化方向が記録される場合には、磁気記録層の厚みをあまり薄くする必要性もない。このため、記録領域の水平方向のサイズを小さくしても、記録層厚を厚くして垂直方向を大きくとれば、全体としての結晶粒の体積が大きくなって「熱揺らぎ」の影響を小さくすることが可能であることから、超高密度記録を実現する方式として期待されている。
【0006】
図2は、軟磁性裏打ち層(SUL:Soft Under Layer)上に垂直磁気記録のための記録層を設けた「垂直二層式磁気記録媒体」としてのハードディスクの基本的な層構造を説明するための断面概略図で、非磁性の基板11上に、軟磁性裏打ち層(SUL)12、磁気記録層13、保護層14、潤滑層15が順次積層されている。
【0007】
ここで、軟磁性裏打ち層12は、書き込み磁場の増大と磁気記録層13の反磁場低減に有効に作用する層であり、パーマロイやCoZrNbアモルファスなどが典型的に用いられる。また、磁気記録層13としては、CoCrPt系合金、PtCo膜、PtFe膜、あるいは、SmCoアモルフアス膜などが用いられる。
【0008】
図2に示したように、垂直二層式磁気記録方式のハードディスクでは、磁気記録層13の下地として軟磁性裏打ち層12が設けられ、その磁気的性質は「軟磁性」であり、層厚みは概ね100nm〜500nm程度とされる。この軟磁性裏打ち層12は、書き込み磁場の増大効果と磁気記録膜の反磁場低減を図るためのもので、磁気記録層13からの磁束の通り道であるとともに、記録ヘッドからの書き込み用磁束の通り道としても機能する。つまり、軟磁性裏打ち層12は、永久磁石磁気回路における鉄ヨークと同様の役割を果たす。このため、書き込み時における磁気的飽和の回避を目的として、磁気記録層13の層厚に比較して厚く層厚設定される必要がある。
【0009】
積層構成の観点からは、軟磁性裏打ち層12は、図1で示した水平磁気記録方式のハードディスクで設けられる非磁性のCr系下地層2に対応するものであるが、その成膜はCr系下地層2の成膜に比較して容易ではない。
【0010】
既に説明したように、水平磁気記録方式におけるハードディスクの各層の厚みはせいぜい20nm前後であり、全てドライプロセス(主にマグネトロンスパッタ)で形成される(特許文献1参照)。垂直二層式記録媒体においても、磁気記録層13と軟磁性裏打ち層12をドライプロセスで形成する方法が種々検討されている。
【0011】
しかしながら、ドライプロセスで軟磁性裏打ち層12を形成する場合には、スパッタリング・ターゲットが飽和磁化の大きい強磁性体であること、しかも軟磁性裏打ち層12の厚みとして100nmもしくはそれ以上のものが必要とされることなどの理由により、膜厚均一性や組成均一性、ターゲット寿命、プロセスの安定性、そして何よりも成膜速度の低さから、量産性や生産性の上で大きな問題を抱えている。
【0012】
このような理由により、厚膜化が容易でしかも研磨加工が可能なメッキ法で、非磁性基板11上に金属膜を被覆して、これを軟磁性裏打ち層12として用いる試みが検討されている。
【0013】
図3は、軟磁性裏打ち層12をメッキ成膜で設けた垂直二層式記録媒体の構成例を説明するための図で、ここで図示された積層構造では、非磁性基板11と軟磁性裏打ち層12との間に、該基板との密着性を確保するための核付け膜16がメッキ成膜により設けられている。
【0014】
ところで、軟磁性膜の面内には特定の方向に磁性を帯びた磁区が多数発生し易く、それら磁区の界面には磁壁が発生する。このような磁壁を有する軟磁性膜を、垂直二層式磁気記録媒体用の軟磁性裏打ち層として用いた場合には、磁壁部分より発生する漏れ磁界によってスパイクノイズやマイクロスパイクノイズと呼ばれる孤立パルスノイズが発生し、信号再生特性が大きく損なわれる可能性が有る。このような問題への対処法として、軟磁性膜に、磁化容易方向である面内径方向もしくは面内周方向への異方性化を施すことが有効である。
【0015】
図4は、「磁気的異方性」を説明するための図で、異方性磁場(Hk)は、面内径方向の磁化飽和磁場強度と面内周方向の磁化飽和磁場強度との差(δH)で与えられる。なお、δHが正の場合には面内径方向が磁化方向(異方性方向)であり、δHが負の場合には面内周方向が磁化方向(異方性方向)である。ここで、磁気異方性の数値は絶対値で示される。
【0016】
乾式プロセス(例えばスパッタ法)で軟磁性膜を形成する場合には、スパッタ成膜時に基板側に径方向磁場を印加することにより、軟磁性膜に面内径方向の磁気的異方性を付与している。また、湿式プロセス(例えばメッキ法)で軟磁性膜を形成する場合には、メッキ成膜時に基板に一方向磁場を印加して基板を回転させながら成膜を行うことにより、面内周方向に磁気的異方性を付与することが可能である。このような磁気的異方性は基板の中心軸に対して概ね軸対称であり、磁気記録過程のシミュレーション結果からは、磁気的異方性の方向は面内径方向と面内周方向の何れでもよいと考えられている。
【0017】
しかし、乾式と湿式の何れの成膜プロセスによっても、良好な膜特性の軟磁性膜の成膜と、当該膜に高い軸対称性の磁気的異方性を付与することを、同時に実行することは容易ではない。このため、これらを同時に可能とする方法が求められている。
【0018】
磁気異方性を付与する有効な手段のひとつとして、軟磁性体を磁場中で熱処理する手法がある。例えば、GMRヘッドの作製工程においては、ピン層やフリー層の方位付けのために、1テスラ(T)を超える強磁場中で熱処理を施して当該磁場方向に磁気的異方性が付与される。
【0019】
また、AV用の磁気ヘッドにおいては、回転磁場中(磁場装置を回転するかヘッドを回転するかの何れか)で熱処理を施して磁気的に等方性化することによりノイズの低減化を図ることができることが知られている。
【0020】
しかしながら、このような熱処理工程においては、熱処理炉を非磁性部品で構成し、当該熱処理炉の内部に一方向磁場を発生させることが必要とされるため、磁場発生装置は大型の外部設置を要するものとなり易く、熱処理炉もまた複雑な構成になり易いという難点がある。
【0021】
また、軟磁性体に磁気的異方性や等方性を付与するための磁場中熱処理方法そのものは既に確立された手法であるとも言えるが、上述のような垂直二層式記録媒体の軟磁性裏打ち層に対して、磁場中熱処理により面内径方向や面内周方向の軸対称な磁気的異方性を付与することは容易ではない。これは、熱処理炉の外部から磁場を印加する構成では、炉内の基板の面内径方向や面内周方向の磁場を形成し難いためである。
【0022】
面内径方向の磁場はコイルの同極対向などで比較的容易に形成することができるが、磁気的異方性を得るために好適な面内径方向の発散磁場が得られる領域は狭く、しかも、強磁場を得ることは困難である。
【0023】
このような種々の制約により、軟磁性裏打ち層に対して、磁場中熱処理による軸対称な磁気的異方性の付与が実現されたことはなかった。
【0024】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、軟磁性体(特に、垂直二層式磁気記録媒体用の軟磁性裏打ち層(SUL膜))に対して、磁場中熱処理により軸対称な磁気的異方性を付与するに好適な、しかもより強磁場を発生可能な永久磁石磁気回路およびこれを用いた磁場印加方法を提供することにある。
【特許文献1】特開平5−143972号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
本発明は、上述のような課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、互いに平行となるように対向して設けられた複数の磁場印加部の間に形成される空隙内に試料を収容して磁場を印加する磁気回路であって、前記磁場印加部のそれぞれは複数の永久磁石のセグメントを組み合わせて構成されており、前記永久磁石のセグメントのひとつは前記磁場印加部の対向面に平行な方向に水平磁化した第1の永久磁石であり、該第1の永久磁石のN極側には前記磁場印加部の対向面に垂直な方向に垂直磁化した第2の永久磁石が設けられ、該第1の永久磁石のS極側には前記第2の磁石と逆向きの方向に垂直磁化した第3の永久磁石が設けられていることを特徴とする。
【0026】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の磁気回路において、前記磁場印加部は前記第1乃至第3の永久磁石を複数組み合わせて仮想中心軸の周りにリング状に構成されており、前記第1の永久磁石は該磁石の磁化方向が前記仮想中心軸の方向を向くように配置されていることを特徴とする。
【0027】
請求項3に記載の発明は、請求項1に記載の磁気回路において、前記磁場印加部は前記第1乃至第3の永久磁石を複数組み合わせて仮想中心軸の周りにリング状に構成されており、前記第1の永久磁石は該磁石の磁化方向が前記仮想中心軸に向かう方向と垂直となるように配置されていることを特徴とする。
【0028】
請求項4に記載の発明は、請求項3に記載の磁気回路において、前記第1の永久磁石の磁化方向は、隣接する他の第1の永久磁石の磁化方向と概ね90°異なることを特徴とする。
【0029】
請求項5に記載の発明は、請求項1乃至4の何れか1項に記載の磁気回路において、前記磁石は保磁力20kOe以上の2−17型SmCo系磁石であり、前記空隙が50mm以上100mm以下であることを特徴とする。
【0030】
請求項6に記載の発明は、磁場の印加方法であって、請求項1乃至5の何れか1項に記載の磁気回路を用い、前記空隙に円板状試料を収容し、該円板状試料の中心軸を前記磁気回路の仮想中心軸に一致させた状態で前記円板状試料と磁気回路に相対的回転速度を与え、該円板状試料の全面に面内周方向若しくは面内系方向の磁場を印加することを特徴とする。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、磁場印加部の側面(磁石の磁極側面)を磁場印加に利用することに加え、磁石空隙面に磁極面を有する磁石も併用することとしたので、磁場印加部(磁石)間の空隙に強磁場を形成することが可能となり、磁性体試料の磁場中熱処理を効果的に実行することが可能となる。
【0032】
このため、本発明の磁気回路によれば、空隙間隔を大きく設定することができ、一度の磁場中熱処理で処理可能な磁性体試料数を増大させることが可能となり、磁気回路をコンパクトに設計することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下に、図面を参照して本発明を実施するための形態について詳細に説明する。
【0034】
(本発明に至る検討経緯):本発明者らは、磁場発生方法について鋭意検討し、磁化方向の異なる複数の永久磁石を組み合わせることにより、高温中において従来の磁気回路よりも強磁場を発生可能な本発明の永久磁石磁気回路を発明するに至った。そして、この永久磁石磁気回路を熱処理炉内において用いることにより、処理対象の磁性体に対して概ね軸対称に磁場を印加する方法も発明した。
【0035】
先ず、本発明に至った検討経緯について説明する。
【0036】
焼結希土類永久磁石として、C軸を磁場中で揃えて成形・焼結した異方性焼結磁石が一般的に用いられている。
【0037】
図5は、このような異方性磁石の磁場の様子を模式的に示す図で、図5(A)に示すように、磁束は磁石20のN磁極面から湧き出てS磁極面に沈み込む。NおよびSの磁極は必ずペア(双極子モーメント)となっており、湧き出しと沈み込みの磁束量は均衡している。磁荷は電荷と異なり単独では取り出せないので、永久磁石により実現できる磁場分布(方向を含め)には制約がある。比較的実現し易いのは、磁性体のヨーク21を介した、磁極面に面した一方向磁場で(図5(B))、磁極間の湾曲した磁場分布(図5(C))も容易に発生させることができる。
【0038】
一方、実現し難い磁場分布は、ある面内で放射状に向いた径方向磁場や環状に生じる周方向磁場である。
【0039】
図6は、このような径方向磁場や周方向磁場の磁束の様子を説明するための図で、径方向磁場(図6(A))の形成が難しいのは、径内側と径外側の磁荷量を均衡させることが難しいためである。また、周方向磁場(図6(B))の形成が難しいのは、リング状磁石の周方向に異方性を付与できたとしても、磁束流れは磁石内で基本的に閉じてしまい、湧き出し口がないため磁石外部に洩れ難いためである。
【0040】
本発明者らは、熱処理炉内部に永久磁石磁気回路を持ち込んで、この磁気回路と処理対象物とが同一の温度に置かれた状態で磁場中熱処理を施すことを試みた。
【0041】
図7は、このような試みで検討した磁気回路の構成例を説明するための図で、この図では、比較的小型の永久磁石磁気回路からなる磁場印加部を符号20Aおよび20Bで示し、その磁化方向(即ち、磁場方向)を矢印で示している。
【0042】
図7(A)に図示された磁場印加部20Aは、非磁性基板上軟磁性裏打ち層12の径方向に磁場を発生させており、軟磁性裏打ち層12が基板中心軸(C)の周りに回転することで、時間平均でみれば、全面に磁場印加が施される。また、図7(B)に図示された磁場印加部20Bは、軟磁性裏打ち層12の周方向に磁場を発生させており、軟磁性裏打ち層12が基板中心軸(C)の周りに回転して、同じく時間平均でみれば、全面に磁場印加される。
【0043】
そして、図7(A)のように、軟磁性裏打ち層12の径方向に磁場を発生させる磁場印加部20Aを用いて磁場印加すれば基板平面内の径方向の磁化曲線に磁気的異方性が付与され、図7(B)のように軟磁性裏打ち層12の周方向に磁場を発生させる磁場印加部20Bを用いて磁場印加すれば基板平面内の周方向の磁化曲線に磁気的異方性が付与されることとなる。
【0044】
このような検討により、本発明者らは、処理対象物である磁性体の全体または一部に磁場を印加した状態で回転を与えることにより、この磁性体に軸対称の磁気的異方性を付与することが可能であることを確認している。
【0045】
例えば、図7に示した磁気回路では、磁場印加部(20A、20B)である磁石と処理対象物である軟磁性裏打ち層12との間に、磁石の磁化方向と概ね逆向きの方向の磁場を発生することができる。この磁石が希土類磁石である場合を仮定すると、磁石の側面からの磁束漏洩は殆ど無視できると考えてよいので、空隙磁束の方向や強度は容易に制御可能である。
【0046】
そして、図7に図示した2種類の磁気回路を使い分けることにより、処理対象物への磁場印加方向を選択することができる。例えば、図7に図示したように処理対象物が円形状の場合には、図7(A)に図示した磁場印加部20Aによって面内径方向磁場を発生させ、図7(B)に図示した磁場印加部20Bによって面内周方向磁場を発生させることができる。また、面内径方向と周方向の中間方向に磁場を印加させたい場合には、磁石(20A、20B)の磁化方向を当該中間方向に向ければよい。
【0047】
特に、これらの磁気回路を複数段重ね、個々の磁気回路同士の空隙に処理対象物を複数挿入して一括処理することとすれば、一度の処理で複数の磁性体に磁気的異方性を付与することが可能となる。
【0048】
しかし、本発明者らの検討の結果、このような構成の磁気回路では、磁石の磁極面と直交する空隙に磁場を発生させているために、例え磁場印加部として希土類磁石を用いたとしても、当該空隙領域の磁場強度を充分に高めることが困難であるとの結論に至った。
【0049】
尤も、磁場印加部(磁石)間の空隙を比較的狭く(例えば、30mm以下)しておけばキロガウス(kG)オーダの磁場強度は容易に得られる。しかし、実用的な観点からは、より広い空隙(例えば100mm程度)領域内に、方向と強度が制御された磁場を発生させ、多くの試料を一度に処理することが必要とされる。このような実用的観点からは、図7に示した構成の磁気回路では、充分な磁場強度を確保することが困難であるという問題がある。
【0050】
本発明者らは、磁性体試料に周方向あるいは径方向に磁気的異方性を付与するための磁気回路において、磁場印加部(磁石)間の空隙に形成される磁場強度をより高め、これにより、より効果的な磁場中熱処理を可能とするとともに、空隙間隔を大きく設定して一度の磁場中熱処理で処理可能な磁性体試料数を増大させることを可能とすべ検討した結果、本発明をなすに至った。
【0051】
図8は、本発明にかかる磁気回路の構成例を説明するための図である。本発明の磁気回路は、図7を参照して説明した上述の磁気回路を改良したものであり、基本的な設計のコンセプトは、図7に図示した磁気回路においては、磁場印加部の側面(磁石の磁極側面)のみを磁場印加に利用しているのに対して、本発明においては、磁石空隙面に磁極面を有する磁石も併用することにより、空隙磁場を強める構成とする点にある。
【0052】
例えば、基板上に形成された軟磁性裏打ち層12の面内径方向に磁気的異方性を付与する磁気回路においては、図8(A)に図示したように、図7(A)の磁場印加部(磁石)20AのS極およびN極側にそれぞれ、磁場印加部(磁石)20Aa(図では上面側がN極)および20Ab(図では上面側がS極)を設ける。
【0053】
このような構成の磁気回路を多段に重ねると個々の磁気回路同士の空隙に形成される磁場(空隙磁場)は、水平磁化(面内磁化)磁石(20A)による磁場に加え、垂直磁化磁石(20Aaおよび20Ab)からの磁場が重畳されて形成される。このうち垂直磁化磁石の磁極面は磁気回路同士間の空隙により近く位置するため、この空隙に、より強い磁場を形成することができる。また、垂直磁化磁石(20Aaおよび20Ab)は水平磁化磁石(20A)のN極とS極の両方に配置されているので、何れか一方にのみ垂直磁化磁石を設ける場合に比較して、磁場重畳効果はより強くなる。
【0054】
なお、図8(A)に図示した磁場印加部の構成(20A、20Aa、および20Ab)では、磁石20Aと磁石20Aaおよび20Abの磁化方向が90°異なる配置とされているが、90°以下の角度で徐々に磁化方向を変化させるように構成しても構わない。
【0055】
また、基板上に形成された軟磁性裏打ち層12の面内周方向に磁気的異方性を付与する磁気回路においては、図8(B)に図示したように、図7(B)の磁場印加部(磁石)20BのS極およびN極側にそれぞれ、磁場印加部(磁石)20Ba(図では上面側がN極)および20Bb(図では上面側がS極)を設ける。
【0056】
このような構成の磁気回路を多段に重ねると個々の磁気回路同士の空隙に形成される磁場(空隙磁場)は、水平磁化(面内磁化)磁石(20B)による磁場に加え、垂直磁化磁石(20Baおよび20Bb)からの磁場が重畳されて形成され、垂直磁化磁石の磁極面が磁気回路同士間の空隙により近く位置することにより、この空隙により強い磁場を形成することができる。また、垂直磁化磁石(20Baおよび20Bb)は水平磁化磁石(20B)のN極とS極の両方に配置されているので、何れか一方にのみ垂直磁化磁石を設ける場合に比較して、磁場重畳効果はより強くなる。
【0057】
なお、図8(B)に図示した磁場印加部の構成(20B、20Ba、および20Bb)では、磁石20Bと磁石20Baおよび20Bbの磁化方向が90°異なる配置とされているが、90°以下の角度で徐々に磁化方向を変化させるように構成しても構わない。
【0058】
また、図8に図示した磁気回路により発生される磁場では、処理対象物に軸対称の磁場を印加することはできない。このため、磁気回路もしくは処理対象物の少なくとも一方を回転させ、相対的回転速度を与えることにより、実効的に軸対称磁場を処理対象物に印加する。なお、図8は、処理対象物である基板を回転させる場合を例示している。
【0059】
上述のような磁気異方性付与のための磁場印加は、磁場中熱処理のためであるので、上記の回転は熱処理とともに実行され、この磁場中熱処理工程は、通常、5分以上数時間かけてゆっくりと行われる。このため、相対回転速度は5rpm以上500rpm以下であれば、印加される磁場は軸対称磁場と看做すことができる。5rpm未満の相対回転速度では時間平均の軸対称性が得られない場合があり、500rpmを超える相対回転速度では回転機構が複雑なものとなる場合がある。なお、相対回転速度の好ましい下限は10rpmであり、好ましい上限は150rpmである。
【0060】
本発明の磁気回路は熱処理炉内に設けられるため、磁気回路の耐熱性は重要な課題のひとつである。磁場中熱処理の温度は、概ね150℃以上300℃以下で行われることが多く、この温度範囲で熱減磁しない磁気回路であることが必要となる。
【0061】
本発明の磁気回路にこのような耐熱性をもたせるため、磁場印加部としてNdFeB系焼結磁石を用いる場合には、その保磁力が20kOe(キロ・エルステッド)以上であることが好ましく、より好ましくは保磁力30kOe以上とする。
【0062】
一方、2−17型SmCo系磁石を用いる場合には、保磁力10kOe以上が好ましく、保磁力20kOe以上がより好ましい。2−17型SmCo系磁石はNdFeB系磁石よりも飽和磁化が低いが、保磁力の可逆温度係数はNdFeB系磁石の1/3程度であるため、200℃以上の温度での磁場中熱処理に使用するには好適である。
【0063】
本発明の磁気回路は、150℃未満の温度でも使用され得るが、150℃以上の高温での使用を想定すると、相互の磁石を固定するに際して接着剤を用いることは好ましいとは言えない。耐熱性を有するエポキシ系接着剤でも、150℃を超える高温では、本来の接着力を長期に渡って維持するのは難しい。また、高温度下では接着剤から発生する揮発ガスが、未処理試料に悪影響を及ぼす可能性もある。したがって、どのようにして磁石を固定するかは重要である。
【0064】
希土類永久磁石は金属間化合物を主相としており、非常に脆性が高く、タップ加工が難しい。このため、ネジ止めは事実上できないので、磁石は機械的に固定することが好ましい。ここで、「機械的に固定」とは、2つ以上の希土類永久磁石から構成される永久磁石磁気回路において、各磁石の側面間隔および磁化方向の位置関係が、接着剤を使用することなく且つ直接ネジを用いることなく保持されるようにすることを意味する。
【0065】
具体的には、磁石の一部に段差を設けて押さえる方法や、磁石にテーパ部(非磁性材料、磁性材料を問わない)を設けて、非磁性のボルトにより当該テーパ部を支持板に固定する方法等が有効である。
【0066】
磁石面はベアの状態でも構わないが、金属系のコーティングが施されている方が望ましい。希土類磁石は概ね脆いため、その表面に直接外力が加えられた場合には、割れや欠けが生じることがある。これを防止するためにも、NiメッキやAlイオンプレーティングのような手法により、延性のある金属で被覆することが効果的である。
【0067】
磁気回路に用いる磁石の形状は特定のものに限定されるものではないが、単段の磁気回路をリング状磁気回路として構成可能で、かつ、この単段磁気回路を2段以上、相互間に空隙を設けて重ね得るものであることが好ましい。単段の磁気回路のそれぞれに設けられる磁場印加部(磁石)の磁化方向は、面内径方向または面内周方向に磁場を発生できるようにしたハルバック型の構成がよい。
【0068】
特に、面内周方向磁化を目的とする磁気回路の場合には、90°ずつ、磁化方向が回転して変化するように配置することが望ましい。また、磁石の厚さとしては、特に限定するものではないが、5mm〜100mmの厚さに加工されたセグメント磁石が好ましい。
【0069】
図9は、本発明の磁気回路の構成例を説明するための図で、この磁気回路は、基板上に形成された軟磁性裏打ち層の面内径方向に磁気的異方性を付与するように、磁石の磁化方向が選択されている。図9(A)はこの磁気回路の上面図、図9(B)は図9(A)のb−b´に沿う断面図である。
【0070】
この磁気回路は、単段の磁気回路が、既に図8(A)を参照して説明した3つの磁石(水平磁化磁石(20A)と垂直磁化磁石(20Aaおよび20Ab))からなる1組の磁場印加部20を複数組(当該図では5組)組み合わされて構成されており、この単段の磁気回路が5段積層され、各段の間に形成される空隙に軟磁性裏打ち層12が形成された基板が複数セットされて磁場印加を受ける。
【0071】
この磁気回路の仮想中心と基板の中心軸は概ね一致しており、基板は不図示の回転機構により、基板中心軸(C)の周りに回転可能とされ、この回転によって軟磁性裏打ち層の全面に磁場印加が施される。
【0072】
なお、図9には軟磁性裏打ち層の径方向に磁場を発生させる磁石が例示されているが、軟磁性裏打ち層の周方向に磁場を発生させる磁石を用いて磁場印加すれば、軟磁性裏打ち層面内の周方向の磁化曲線に磁気的異方性が付与される。
【0073】
図10は、基板上に形成された軟磁性裏打ち層の面内周方向に磁気的異方性を付与するように、磁石の磁化方向が選択された磁気回路の構成例で、図10(A)はこの磁気回路の上面図、図10(B)は図10(A)のb−b´に沿う断面図である。
【0074】
図10に図示した磁気回路においては、90°ずつ、磁化方向が回転して変化するように磁石が配置されている。この場合、基板の面内周方向の磁場方向が周期的に変化する。しかし、該磁場の角度が変わらなければ、磁場の向きが180°変化しても、軟磁性裏打ち層(SUL膜))の磁気異方性の方向に影響を及ぼさないので、問題はない。
【0075】
図9および図10に図示された磁気回路の何れにおいても、磁石間空隙は、30mm〜200mm程度とされ、好ましくは50〜100mmに設定する。また、図9および図10に図示された磁気回路の何れも、リング状に組み合わせた磁石の一部を欠落させて「切り欠け部」を設けている。このような「切り欠け部」を設けておくと、処理される基板の中央穴に支持棒を挿入し、この支持棒を磁気回路の仮想中心軸と一致するようにセッティングすることができ、作業性を向上することができる。
【0076】
本発明の磁気回路は、例えば垂直磁気記録媒体の製造プロセスにおいて用いられ、その好適な処理対象物は、基板上に設けられた軟磁性裏打ち層を備えたものである。既に説明したように、基板材料としては、例えば、Si単結晶、結晶化強化ガラス、アモルファス強化ガラス、アルミニウム等があり、軟磁性裏打ち層に含まれる軟磁性材料としては、例えば、Ni、Co、Feから少なくとも一種以上選ばれる材料等がある。このような軟磁性裏打ち層に含まれる軟磁性材料の保磁力は、通常、20Oe以下、好ましくは、0.1〜10Oeである。
【0077】
基板上への軟磁性裏打ち層の形成は、スパッタリング法等の乾式プロセス、メッキ法等の湿式プロセスの何れによってもよい。軟磁性裏打ち層の厚さは、10〜1000nmであることが好ましく、好ましい下限は50nm、好ましい上限は500nmである。
【実施例】
【0078】
r=11kGでHcj=25kOeの2−17型SmCo系磁石と、Br=12.5kGでHcj=30kOeのNd2Fe14B系磁石とを用いて、図9または図10に図示した構成の磁気回路を製作した。これらの磁気回路の単一の磁場印加面は、複数組の磁石(図9においては20、図10においては20B、20Ba、20Bb)を組み合わせて構成されている。また、各磁石20の表面には、欠け防止のために、電気Niメッキ(約10μm厚)が施されている。これらの磁石20の厚みは15mm乃至25mmであり、磁石面間空隙は50mm〜100mmとした。なお、磁石にテーパを設けることにより磁石飛び出し防止と固定を行い、この磁場印加面を5面積層させて4つの空隙を設けた。
【0079】
表1は、上記の空隙の中心位置で磁場強度をガウスメータで測定した結果、および、これらの磁気回路を温度範囲160〜300℃の高温熱処理(1時間保持)した後の各磁気回路の減磁率を纏めたものである。
【0080】
【表1】

【0081】
何れの磁気回路においても、高温熱処理後に大きな減磁は認められなかった。また、50mm以上の空隙を有する上記1乃至6何れの試料において、500G以上の空隙磁場が得られた。
【0082】
これらの磁気回路を用いて、軟磁性裏打ち層への磁場印加を行った。軟磁性裏打ち層は、直径65mmの(100)Si単結晶(Pドープのn型基板)上に、Ni膜とCoNiFeB膜を順次メッキ成膜して得られた垂直磁気記録用の軟磁性裏打ち層である。なお、成膜後の保磁力は3.00Oeと、良好な軟磁気特性を示していた。
【0083】
この軟磁性裏打ち層付きの基板を、表1に示した各磁気回路の空隙に1枚ずつ収容し、基板と磁気回路の中心軸を略一致させ、80rpmで基板を回転させながら、Ar不活性ガス中で1時間の磁場中熱処理を施した。なお、熱処理温度は表1に示した温度である。
【0084】
試料を冷却させた後、各々の軟磁性裏打ち層の磁気特性を測定したところ、それぞれ印加した磁場方向により面内径方向もしくは面内周方向に、15乃至250Oe前後の時期的異方性が基板全体に付与されていることが確認された。また、磁気的異方性および基板中心軸の周りの対称性も良好であった。このことから、本発明の磁気回路においては、磁石間空隙を広く設定した場合においても、軸対称な磁場が印加されており、軟磁性裏打ち層に実用上充分な磁気的異方性の付与が可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明により、磁性体試料の磁場中熱処理を効果的に実行することが可能な磁気回路が提供される。特に、軟磁性体(特に、垂直二層式磁気記録媒体用の軟磁性裏打ち層(SUL膜))に対して、磁場中熱処理により軸対称な磁気的異方性を付与するに好適な、しかも強磁場を発生可能な永久磁石磁気回路が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】水平磁気記録方式のハードディスクの一般的な積層構造を説明するための断面概略図である。
【図2】垂直二層式磁気記録媒体としてのハードディスクの基本的な層構造を説明するための断面概略図である。
【図3】軟磁性裏打ち層をメッキ成膜で設けた垂直二層式記録媒体の構成例を説明するための図である。
【図4】「磁気的異方性」を説明するための図である。
【図5】異方性磁石の磁場の様子を模式的に示す図である。
【図6】径方向磁場や周方向磁場の磁束の様子を説明するための図である。
【図7】本発明者らの試みた磁気回路の構成例を説明するための図である。
【図8】本発明にかかる磁気回路の構成例を説明するための図である。
【図9】基板上に形成された軟磁性裏打ち層の面内径方向に磁気的異方性を付与する構成の本発明の磁気回路の構成例を説明するための図である。
【図10】基板上に形成された軟磁性裏打ち層の面内周方向に磁気的異方性を付与する構成の本発明の磁気回路の構成例を説明するための図である。
【符号の説明】
【0087】
11 基板
12 軟磁性裏打ち層(SUL)
13 磁気記録層
14 保護層
15 潤滑層
16 核付け膜
20 磁場印加部(磁石)


【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに平行となるように対向して設けられた複数の磁場印加部の間に形成される空隙内に試料を収容して磁場を印加する磁気回路であって、
前記磁場印加部のそれぞれは複数の永久磁石のセグメントを組み合わせて構成されており、
前記永久磁石のセグメントのひとつは前記磁場印加部の対向面に平行な方向に水平磁化した第1の永久磁石であり、
該第1の永久磁石のN極側には前記磁場印加部の対向面に垂直な方向に垂直磁化した第2の永久磁石が設けられ、
該第1の永久磁石のS極側には前記第2の磁石と逆向きの方向に垂直磁化した第3の永久磁石が設けられていることを特徴とする磁気回路。
【請求項2】
前記磁場印加部は前記第1乃至第3の永久磁石を複数組み合わせて仮想中心軸の周りにリング状に構成されており、
前記第1の永久磁石は該磁石の磁化方向が前記仮想中心軸の方向を向くように配置されていることを特徴とする請求項1に記載の磁気回路。
【請求項3】
前記磁場印加部は前記第1乃至第3の永久磁石を複数組み合わせて仮想中心軸の周りにリング状に構成されており、
前記第1の永久磁石は該磁石の磁化方向が前記仮想中心軸に向かう方向と垂直となるように配置されていることを特徴とする請求項1に記載の磁気回路。
【請求項4】
前記第1の永久磁石の磁化方向は、隣接する他の第1の永久磁石の磁化方向と概ね90°異なることを特徴とする請求項3に記載の磁気回路。
【請求項5】
前記磁石は保磁力20kOe以上の2−17型SmCo系磁石であり、前記空隙が50mm以上100mm以下であることを特徴とする請求項1乃至4の何れか1項に記載の磁気回路。
【請求項6】
請求項1乃至5の何れか1項に記載の磁気回路を用い、前記空隙に円板状試料を収容し、該円板状試料の中心軸を前記磁気回路の仮想中心軸に一致させた状態で前記円板状試料と磁気回路に相対的回転速度を与え、該円板状試料の全面に面内周方向若しくは面内系方向の磁場を印加することを特徴とする磁場の印加方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−41223(P2008−41223A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−217814(P2006−217814)
【出願日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】