説明

磁気特性に優れたIPMモータのロータ鉄心用鋼板

【課題】IPMモータのロータ鉄心として用いるときにIPMモータのリラクタンストルクの低下を招くことなく、高強度化と高磁束密度の両立が可能なロータ鉄心用鋼板を提供する。
【解決手段】C:0.06〜0.90質量%、Si:1.5質量%以下、Mn:0.2質量%以下、P:0.05質量%以下、S:0.02質量%以下、酸可溶Al:0.005〜3.5質量%を、Si+Al:5.0質量%以下なる条件で含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する熱延鋼板を冷延し、連続焼鈍ライン又は連続焼入れラインにて750℃以上に加熱後、450℃以下まで10℃/s以上の冷却速度で冷却し、その後200〜500℃の温度域に120s以上保持することにより、780N/mm以上の降伏強度、及び4000A/mにおける磁束密度B4000が1.6T以上なる磁界の強さを呈する鋼板を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は主に電気自動車やハイブリッド自動車或いは工作機械などに使用される永久磁石埋め込み型モータのロータ鉄心用鋼板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に永久磁石埋め込み型モータ(以下「IPMモータ」と記す。)は、誘導電動機モータと比べ、高価な永久磁石を使用するため、コストは高くなるものの、高効率であり、ハイブリッド自動車や電気自動車の駆動用モータや発電用モータ、さらには各種工作機械用のモータとして広く使用されてきている。
IPMモータの鉄心は固定子と回転子に分けられるが、固定子側には巻線を通じて、交流磁界が直接付与されるため、高効率化のためには、鉄心には高透磁率であることと同時に、体積抵抗率を高めて、鉄損を低減する必要があった。そのため、固定子用の鉄心には、極低炭素鋼にSiを添加して軟磁気特性を改善した電磁鋼板が用いられている。
【0003】
一方、回転子側には、永久磁石が埋め込まれ、鉄心は主にヨークとして磁束密度を高める役割を担っており、固定子側から発生する僅かな交流磁界の影響は受けるもののその影響は限定的であり、磁束密度は高くする必要があるが、鉄損についてはモータの性能には大きな影響を及ぼさない。したがって、鉄心材として鉄損特性に有利な電磁鋼板を使用する必要はなかった。しかし、固定子のみに電磁鋼板を使用すると、電磁鋼板の製品歩留りが低下してモータの製造コストが高くなることもあって、通常は固定子側と全く同じ電磁鋼板を素材として用いていた。
一般に、モータの効率は回転子の回転速度を高くするほど良好となるが、回転子には永久磁石を埋め込んでいるため、回転速度が速くなり過ぎると、永久磁石に働く遠心力によって回転子の突極部近傍が変形し、固定子と接触、最終的にはモータの破損に至る。
【0004】
回転速度の限界は、回転子用鉄心の形状が同一の場合には、回転子用鉄心の降伏強度に依存するが、例えば3%程度のSiを含有する無方向性電磁鋼板(35A300)の場合、磁性焼鈍後の降伏強度は約400N/mm2程度であり、現状ではせいぜい15000rpm程度までが回転速度の限界と考えられている。これまでも、電磁鋼板をベースに鉄心の降伏強度を高くする検討が種々行われている。
【0005】
例えば、特許文献1には磁気特性、耐変形性の優れた電磁鋼板及びその製造方法に関する発明が開示されている。また、特許文献2には、鉄損特性の内、ヒステリシス損よりも渦電流損の改善に着目し、高強度化との両立を図った鋼板及びその製造方法が開示されている。その製造方法は、Cを通常の電磁鋼板よりも高め、連続焼鈍設備にて変態強化することを特徴としている。
特許文献3は、強度の改善に力を注いでおり、変態や冷延により導入された転位を、低温焼鈍、ロールレベラーの通板等によって再配列させることで、高強度と高磁束密度を両立させる発明が開示されている。
【特許文献1】特開2005-133175号公報
【特許文献2】特開2005-60811号公報
【特許文献3】特開2009-46738号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1で提案された方法は、軟磁気特性の改善に力を注いでいるため、十分な強度が確保できない。また特許文献2で提案された方法による焼入れ処理ままではヒステリシス損が大きくなり過ぎて交流磁界を付与しても十分に励磁する事ができず、残留磁束密度も低くなる。そのため、IPMモータのリラクタンストルクが低下してモータ効率が低下する。なお、特許文献2の図2において、焼入れままの発明鋼は、同じ体積抵抗率の通常の電磁鋼板よりも渦電流損が低い値となっているが、これは、同じ条件で励磁しても、磁壁の移動が磁界の変化に追随できず、磁界の変化幅が見かけ上小さくなったためと考えられる。すなわち、特許文献2に記載のものでは、鋼中の転位密度が非常に高く、しかも複雑に絡み合っているために、励磁しても磁壁の移動が磁界の変化に追随できず、結果的に磁束密度の値が低くなっている。
特許文献3は、強度の改善に重点を置いており、高強度化に有効なSiおよびMnを多量に含有し、磁束密度の低下を招いている。
【0007】
本発明は、このような問題を解消すべく案出されたものであり、IPMモータのロータ鉄心として用いるときにIPMモータのリラクタンストルクの低下を招くことなく、降伏強度は従来材と同様でありながら、磁束密度をさらに高めることが可能なロータ鉄心用鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のIPMモータのロータ鉄心用鋼板は、SiとMnが鋼板の高強度化に有効であると同時に、多量に含有すると磁束密度の低下をまねく、すなわち相反する効果を有することから、発明者がSiとMnの含有量と磁気特性の関係を鋭意検討し、その結果、それらの含有量を規定することでその目的を達成したものである。すなわち、C:0.06%超〜0.90質量%以下、Si:1.5質量%以下かつMn:0.2質量%以下、P:0.05質量%以下、S:0.02質量%以下、酸可溶Al:0.005〜3.5質量%を、Si+Al:5.0質量%以下なる条件で含み、必要に応じてTi、Nb、Vの1種又は2種以上を合計で0.01〜0.20質量%、或いはさらに必要に応じてMo:0.1〜0.6質量%、Cr:0.1〜1.0質量%及びB:0.0005〜0.005質量%の1種以上を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、780N/mm以上の降伏強度、及び4000A/mにおける磁束密度B4000が1.6T以上なる磁界の強さを呈することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、強度と磁気特性がともに優れたロータ鉄心用鋼板が提供される。したがって、当該鋼板をIPMモータのロータ鉄心として用いるとき、IPMモータのリラクタンストルクの低下を招くことなく、高強度で高速回転可能なIPMモータのロータが得られる。
本発明により、高速回転モータの高効率化、更なる小型化が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下に、本発明の詳細を説明する。
まず、本発明鋼板を構成する鋼の成分組成について説明する。本明細書において、含有量の範囲に関し下限値を記載せずに上限値のみを「〜質量%以下」と表現する場合がある。その場合の下限値は、対象の成分について常法の分析方法による検出限界以下であることを意味する。
C:0.06%超〜0.90質量%以下
780N/mm2以上の降伏強度を得るためには、0.06質量%を超えるCを含有させる必要がある。しかし、0.90質量%を超えて含有させると、磁束密度が低くなる。
【0011】
Si:1.5質量%以下
Siは、高強度化や渦電流損の低減に有効な元素である。しかし、多量に添加すると磁束密度の劣化を招くとともに、鋼板の靭性も劣化する。本出願では、添加量は1.5質量%以下とするべきである。
Mn:0.2質量%以下
Mnも、高強度化や渦電流損の低減に有効な元素であるが、多量に添加すると磁束密度を劣化させてしまう。そこで、Mn以外の元素、本発明ではSiにより高強度化及び渦電流損の低減を行えば、過度にMnを含有する必要はない。所定のSi含有量の範囲においてMn含有量を0.2質量%以下に抑えることで磁束密度が向上し、モータトルクの向上につながる。
【0012】
P:0.05質量%以下
Pは高強度化に有効な元素であるが、添加量が多いと鋼の靭性を著しく低下させ、磁束密度も低下する。0.05質量%までは許容できるため、上限を0.05質量%とする。
以下の3行は、岩津さんと私(坂本)の間の出願前のやりとりが明細書の中に残ったまま出願してしまったものです。気がついてすぐ、この段落を訂正する手続補正書は出しました。今回、もちろん削除します。
S:0.02質量%以下
Sは高温脆化を引き起こす元素であり、大量に含有すると、熱間圧延時に表面欠陥を生じ、表面品質を劣化させる。したがって、できるだけ低減することが望まれる。0.02%質量までは許容できるため、上限を0.02質量%とする。
【0013】
酸可溶Al:0.001〜3.5質量%、Si+Al≦5.0質量%
Alは脱酸剤として添加されるほか、Siと同様に鋼の体積抵抗率を上昇させるのに有効な元素である。その効果を発揮するためには、少なくとも0.005%以上含有させることが必要である。しかしSiとの合計で5.0質量%を越えて含有させると磁束密度の低下が大きくなり、モータの性能が劣化する。
【0014】
Ti+Nb+V:0.01〜0.20質量%
Ti,Nb及びVは、鋼中で炭窒化物を形成し、析出強化による高強度化に有効な元素である。その効果を得るためには、1種又は2種以上を合計で、0.01質量%以上の添加が必要である。しかし、0.20質量%を超えて添加しても、析出物の粗大化により強度上昇は飽和するとともに、製造コストの増大を招く。
【0015】
Mo:0.1〜0.6質量%、Cr:0.1〜1.0質量%及びB:0.0005〜0.005質量%の1種以上
Mo,Cr及びBは、鋼の焼入れ性を高め、高強度化に有効な元素である。その効果を得るためには、それぞれ単独で、設定の下限値以上の添加が必要である。しかし、それぞれの上限値を超えて添加してもその効果は飽和するととともに製造コストの増加を招く。なお、単独でも複合添加でもその効果は認められるが、複合添加する場合は、それぞれ設定した上限値の1/2を超えて添加すると、その効果に比して製造コストの上昇が大きくなるので、1/2以下の量を複合添加することが望ましい。
【0016】
次に、本発明のIPMモータのロータ鉄心用鋼板の製造方法について説明する。
前記した通り、IPMモータのロータ鉄心用鋼板は、鋼板の成分組成の調整を特徴としている。すなわち、製造方法は冷延鋼板を製造する常法に従えばよい。上記した成分組成を有する熱延鋼板を、酸洗し、冷間圧延の後、連続焼鈍することにより製造できる。焼鈍後の冷延鋼板にスキンパス圧延等を施して、鋼板の形状を矯正することも常法に従うことができる。また、得られた冷延鋼板の少なくとも片方の表面に有機成分の絶縁皮膜、無機成分の絶縁皮膜及び有機・無機複合の成分のいずれかの絶縁皮膜を形成してもよい。
【0017】
連続焼鈍以降の工程は、例えば、次のような条件で製造すればよい。
焼鈍加熱温度:750℃以上
連続熱処理により高強度化を図る場合、加熱温度が750℃未満では十分な強度が得られない。したがって、750℃以上の温度に加熱する。
冷却条件:450℃以下まで平均冷却速度10℃/s以上で冷却、200〜500℃に120s以上保持
冷却終了温度が450℃より高いと硬質相の体積率が小さくなり、十分な強度が得られない。また、冷却後の保持温度が200℃未満又は保持時間が120s未満では、転位の再配列が不十分で磁束密度が低くなる。また、保持温度が500℃を超えると軟質化するため十分な強度が得られなくなる。
【0018】
冷却手段
連続熱処理における冷却手段は、ガスジェット、汽水冷却、水冷ロールによる冷却、水冷など種々の方法が考えられるが、ガスジェット又は汽水冷却以外の方法では、鋼板の板形状の劣化を生じるため、ガスジェット冷却又は汽水冷却の方が望ましい。板形状が劣化すると、積層した際の占積率が劣るため、ロータのバランスがくずれ、モータ性能が劣化する。
連続熱処理後の軽冷延
冷延鋼板の製造工程では、通常、熱処理後に軽冷延(スキンパス圧延)を付与して、板形状を向上させている。この場合、伸び率は0.5〜2.0%程度である。
【実施例】
【0019】
表1に示す成分組成を有する鋼を真空溶解し、これらの連鋳片を1250℃に加熱し、830℃で仕上げ圧延して560℃で巻取り、板厚1.8mmの熱延鋼板を得た。この熱延鋼板を酸洗後、冷間圧延して板厚0.5mmの冷延鋼板を得た。
続いて、得られた冷延鋼板に対し連続焼鈍を施した。その条件は、加熱温度;830〜870℃,平均冷却速度;75℃/sで230〜270℃まで冷却、更に引き続き再加熱した。再加熱温度は380〜420℃で、その温度での保持時間は、180秒とした。
更に、焼鈍後の鋼板に最大歪量が0.7%のスキンパス圧延を施した。
【0020】
得られた冷延鋼板からJIS5号試験片を加工し、JIS Z 2241に規定された引張試験方法により、降伏強度と引張強さを測定した。また、内径33mm、外形45mmのリング状の試験片を打抜きにより作製し、磁化測定に供した。さらに、幅10mmの短冊状のサンプルを圧延方向と平行な方向から切出し、先端r0.3mmおよび0.5mmの90°曲げ試験に供した。
表2に、各サンプルの降伏強さと引張強さ、曲げ試験の結果、及び4000A/mにおける磁束密度B4000を示した。
曲げ試験の結果は、先端r0.3mmで割れ無しであったものを◎、先端r0.5mmで割れ無しであったものを○、先端r0.5mmで割れが発生したものを×で表示している。
【0021】
No.2鋼は、Si含有量が多いため、磁束密度B4000が1.6T未満となっていた。
No.4、16は特許文献3の発明範囲にあたりSiおよびMnの含有量がともに多いため、磁束密度B4000が1.6T未満であった。No.4については、No.16よりもP量が多いため曲げ性に劣っておりロータ形状への加工が困難であった。
一方、本願発明範囲を満足する成分組成を有するその他の鋼に関しては、高強度かつ高磁束密度を有しており、機械的強度が要求される高速回転モータに好適である。
【0022】
【表1】

下線は、本発明で規定した条件から外れることを示す。
【0023】
【表2】

下線は、所望値から外れることを示す。




【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.06%超〜0.90質量%以下、Si:1.5質量%以下、Mn:0.2質量%以下、P:0.05質量%以下、S:0.02質量%以下、酸可溶Al:0.005〜3.5質量%を、Si+Al:5.0質量%以下なる条件で含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、780N/mm以上の降伏強度、及び4000A/mにおける磁束密度B4000が1.6T以上なる磁界の強さを呈することを特徴とするIPMモータのロータ鉄心用鋼板。
【請求項2】
さらに、Ti、Nb、Vの1種又は2種以上を合計で0.01〜0.20質量%含有する請求項1に記載のIPMモータのロータ鉄心用鋼板。
【請求項3】
さらに、Mo:0.1〜0.6質量%、Cr:0.1〜1.0質量%及びB:0.0005〜0.005質量%の1種以上を含有する請求項1に記載のIPMモータのロータ鉄心用鋼板。
【請求項4】
さらに、Ti、Nb、Vの1種又は2種以上を合計で0.01〜0.20質量%と、Mo:0.1〜0.6質量%、Cr:0.1〜1.0質量%及びB:0.0005〜0.005質量%の1種以上を含有する請求項1に記載のIPMモータのロータ鉄心用鋼板。


【公開番号】特開2012−92446(P2012−92446A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−216182(P2011−216182)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】