説明

磁気記録媒体の製造方法

【課題】ヘッドと磁気記録媒体外周部表面との接触破断の確率を小さくして磁気記録媒体の信頼性を高めることのできる磁気記録媒体の製造方法を提供すること。
【解決手段】成膜工程における非磁性基体の外周部の最下端の保持位置と、浸漬塗布による非磁性基体の下端部の液溜り厚膜部13とが重ならない位置に、非磁性基体を回転させて潤滑剤塗布工程を実施する磁気記録媒体10の製造方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はコンピュータ等情報機器用記憶装置等に使用される磁気記録媒体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
情報機器用記憶装置の高記録密度化が進み、磁気記憶装置においても情報を読み書きする磁気ヘッドの高度化、および情報が読み書きされる磁気記録媒体の高度化により高記録密度化が進められている。磁気記録媒体は、通常複数の薄膜の積層構造を有している。図1に一般的な垂直磁気記録媒体の層構成模式図を示す。
一般に磁気記録媒体はアルミニウム合金やガラスなど非磁性基体上に、結晶配向性を制御するための非磁性下地層、情報が記録される磁性記録層、磁気ヘッドとの摺動から磁性記録層を保護するための保護層を順次成膜することにより製造される。加えて保護層上には液体潤滑層を形成するのが一般的である。
なお、非磁性下地層材料にはRuに代表される金属薄膜が、磁性記録層にはCoとCrの合金を主体としこれに数種類の元素を添加した磁性薄膜が、保護層にはカーボンを主体とする薄膜がそれぞれ使用される。また近年登場した垂直磁気記録方式の場合は、図1のように、非磁性下地層と非磁性基体間に軟磁性層を挿入するのが一般的である。成膜方法には、薄膜特性の制御が容易で、かつ高品質の薄膜が得られることから、一般にスパッタ法やCVD法が用いられる。また液体潤滑剤にはPFPE(パーフルオロポリエーテル)が主に用いられている。
【0003】
このような磁気記録媒体について、基板外周部の鉛直下側に保持部を有する基板ホルダについては特許文献1に記載がある。また、液体潤滑剤の浸漬塗布の際に基板下端部に液溜り厚膜部が形成されることを解決すべき課題とすることは特許文献2に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−216216号公報(図5)
【特許文献2】特開2008−77793号公報(段落0009、図6)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来磁気記録媒体が搭載される磁気記憶装置は、実質的には据え置き型に近い大きさのコンピュータに搭載されていた。据え置き型のコンピュータでは磁気記憶装置および磁気記録媒体を取り巻く環境変化は極めて限定的であり、問題は少ない。しかし近年の携帯情報端末の普及、また携帯端末に磁気記憶装置が搭載されるに至ると、磁気記憶装置および搭載される磁気記録媒体に要求される対環境性能は従前に比較し格段に厳しいものとなってきている。
代表的な使用ストレス環境としては車載用途としての振動や高地(低気圧下)での携帯情報端末の使用といったものがあげられる。機械的機構による実動作をnmレベルの空隙を確保しつつ空気圧で浮上するヘッドで行う磁気記憶装置であるハードディスク装置にとって加振や気圧変動は、ヘッド・媒体間の接触の確率を増大し信頼性を損なう重大な外部環境因子であり、時にはヘッドクラッシュ等の致命的な欠陥発生の原因となりうる。このため、磁気記録媒体には更なる信頼性を確保する手段が求められている。
【0006】
一般的には磁気記録媒体の保護層の膜厚を厚くすれば、耐久性向上が図れるので、信頼性確保は可能である。しかし、広く知られているように前記保護層の膜厚と高記録密度化とはトレードオフの関係にあり、近年の高密度化に伴い保護層膜厚は減少の一途を辿っている。加えて、磁気記録媒体は図2のように作成時スパッタリング工程において専用の基体ホルダに治具(爪)で基体外周部を鉛直下側を含む3点以上で挟持して保持する搬送形態をとっていることが多い。そのため、よく知られているように、治具のシャドーになる部分のスパッタ膜厚が他部位と比較し薄くなることは避け得ず、特に保護層においては耐久性の大きな劣化要因となっている。
また、液体潤滑剤として近年使用されているPFPE系の材料は浸漬法で塗布されるのが一般的である。磁気記録媒体への塗布時は浸漬の稼動軸に対し通常媒体形状が非対称なことにより、図3のように潤滑液面14またはベーパーラインから、媒体が離脱する時に、浸漬稼動軸鉛直下側の基体外周部下端面部に液溜り厚膜部が形成される。この液溜り厚膜部は自身のメニスカス力で浮上中のヘッドを吸着する方向に働き、ヘッドと媒体の接触を誘発し信頼性を阻害する要因となる。
【0007】
前述した挟持治具下の保護層の信頼性阻害部分と液体潤滑剤の液溜り厚膜部分という2項目の信頼性阻害項目は、共に基体の鉛直下側にて共通に発生し、特に前記2項目部位が重なると、保護層が薄い部分に選択的にヘッドと媒体の接触が起こることとなり信頼性の大幅な劣化に繋がる。
本発明は、以上説明した問題点に鑑みてなされたものである。本発明の目的は、ヘッドと磁気記録媒体外周部表面との接触破断の確率を小さくして磁気記録媒体の信頼性を高めることのできる磁気記録媒体の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、前記目的を達成するために、ディスク状の非磁性基体を鉛直状態にして、その外周部の最下端を含む複数箇所で接触して当該非磁性基体を保持し、前記非磁性基体上に少なくとも非磁性下地層と磁気記録層と保護層を順次積層する成膜工程と、前記非磁性基体の基板面を鉛直状態で浸漬塗布法により潤滑層を塗布形成する潤滑剤塗布工程とを有する磁気記録媒体の製造方法において、前記成膜工程における前記非磁性基体の外周部の最下端の保持位置と、前記浸漬塗布による前記非磁性基体の下端部の液溜り厚膜部とが重ならない位置に、前記非磁性基体を回転させて前記潤滑剤塗布工程を実施する磁気記録媒体の製造方法とする。
本発明の磁気記録媒体の製造方法では、前記潤滑層を浸漬塗布形成するための潤滑剤をパーフルオロポリエーテル系有機化合物とすることが好ましい。
【0009】
本発明は、さらに、非磁性基体の外周部下端から0.5mm内側における前記潤滑層の膜厚は非磁性基体の中周部平坦域における前記潤滑層の膜厚より1.2nm以上厚くすることができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ヘッドと磁気記録媒体外周部表面との接触破断の確率を小さくして磁気記録媒体の信頼性を高める磁気記録媒体の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施形態を含む一般的な垂直磁気記録媒体の模式的断面図である。
【図2】本発明の実施形態にかかる保持治具により非磁性基体を保持した状態を示す模式的正面図である。
【図3】本発明の実施形態にかかる垂直磁気記録媒体の、浸漬塗布時の基体下端の液体潤滑層の液溜り厚膜部を示す模式的正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の磁気記録媒体の製造方法の実施例について、図面を参照して詳細に説明する。本発明はその要旨を超えない限り、以下に説明する実施例の記載の磁気記録媒体の製造方法に限定されるものではない。
以下に、本発明の磁気記録媒体の製造方法の一実施例について、図面を参照して詳細に説明する。以下、説明する実施例に記載の磁気記録媒体の製造方法は、本発明を好適に説明するための一例に過ぎず、本発明は以下の実施例の記載に限定されるものではない。
本発明にかかる磁気記録媒体10は、図1に示すように、非磁性基体1であるガラス基板1上に裏打ち軟磁性層2、非磁性下地層3、Co合金磁性記録層4、カーボン保護層5等の機能層をこの順に積層して形成される。この図1に示される範囲では、本発明の製造方法の特徴は示されないので、従来の一般的な磁気記録媒体と同じである。
【0013】
これらの機能層の形成はDCマグネトロンスパッタ装置内で、図2に示すように、中心孔を有するディスク状のガラス基板1を基板面が鉛直になるように縦にして保持治具11の基体挟持爪11aにより保持して順次成膜することにより行う。成膜方法としては前述のスパッタリング法だけに限られるものではなくCVD法によって成膜できる場合もある。
ガラス基板1を縦にして保持するためには、ガラス基板1の外周部の鉛直下端部の保持位置を基準にして約120度で3分割する位置に基体挟持爪11aを設けて保持すると保持安定度が高くて好ましい。他の位置で挟持してもよいし、3箇所以上の保持でもよい。
ガラス基板1に前述の機能層を積層した磁気記録媒体10の中周位置での膜厚が4nmとなるように、カーボン保護層5を形成することが好ましい。
【0014】
図3に示すように、このカーボン保護層5上にはさらに潤滑剤として機能するPFPE(パーフルオロポリエーテル)を浸漬法にて磁気記録媒体の中周位置での膜厚が1.0nmとなるように塗布する。その後、120℃で35分のベーキングを行い、潤滑層12とする。Bondedルブ厚(溶媒を蒸発させ潤滑剤を基板表面材と化学反応させた後の潤滑層12の厚さ)を磁気記録媒体10の中周位置にて0.6nmとする。
ここで、前記潤滑剤塗布前に、スパッタ直後の状態から磁気記録媒体10を90度回転させることにより、潤滑剤を浸漬法で塗布する際に、前工程のDCマグネトロンスパッタでガラス基板1を保持治具11の基体挟持爪11aで挟持した挟持位置(保持位置)を磁気記録媒体10の鉛直下端部から外れるようにする。この工程が本発明の製造方法にかかる最も特徴的な工程である。なお、浸漬塗布の際の磁気記録媒体10は、それを構成するガラス基板1の中心孔で保持することが好ましい。
【0015】
ただし、この磁気記録媒体10の前記回転は前述ように、図3に示す浸漬塗布時の磁気記録媒体10の基体下端部13と、図2に示すガラス基板1の保持治具11の基体挟持爪11aによる前記挟持位置とが重ならないようにする目的で回転させることが重要であって、90度の回転という角度自体に発明の本質があるのではない。
さらに、浸漬塗布時の磁気記録媒体10の前記基体下端部13とは潤滑剤を浸漬法で、磁気記録媒体10を図3の矢印の方向に、潤滑液14に浸漬し、次いで潤滑液14上に引き上げる際に、磁気記録媒体10の基体下端部13に液溜り厚膜部が形成される範囲をいう。
要はスパッタ時にガラス基板1を縦に保持したときに鉛直下端部にある保持治具11の基体挟持爪11aによる挟持位置と、潤滑液に浸漬塗布する際に形成される基体下端部13の液溜り厚膜部とが重ならないようにすることである。
【0016】
このようにして潤滑層12を形成した磁気記録媒体について、本発明の効果を確認するために、減圧チャンバー内に前記磁気記録媒体を持ち込み、15kfeetに相当する高地での気圧条件に減圧した後、連続ロードアンロード動作を繰り返し行い破断するまでの回数を調べた。この結果から、ヘッドと磁気記録媒体外周部表面との接触による破断の確率の大きさを評価した。
表1に潤滑層12の液溜り厚膜部の膜厚と平坦部の膜厚の差が1.2nmと0.8nmの条件と、潤滑剤の塗布工程直前の磁気記録媒体の回転の有無(すなわち、前記保持治具の基体挟持爪による挟持位置と基体下端部の液溜り厚膜部との重なりの有無)という条件の組み合わせで、それぞれの平均破断回数を調べた結果を示す(表1中、480k回のkは1000を表す)。
【0017】
【表1】

この表1によれば、磁気記録媒体の回転有無しおよび基体下端部の潤滑層の液溜り厚膜部の膜厚による破断耐久性の違いを確認できる。基体回転無しおよび基体下端部潤滑層の液溜り厚膜部の膜厚と平坦部膜厚との差が1.2nmのとき、言い換えると、スパッタ治具下のシャドー部分における保護層薄膜部と基体下端部潤滑層の液溜り厚膜部とが重なる場合に、最短の56k回(56000回)で破断が生じることから、この条件では大きな耐久性劣化が生じていることが分かる。
下端部潤滑層の液溜り厚膜部の膜厚と平坦部膜厚との差が1.2nmであっても、浸漬前の基体回転により、前記保護層薄膜部とした基体下端部潤滑層の液溜り厚膜部とが重ならなければ、480k回(480000回)で破断というように、前述に比べて十分に高い破断信頼性が得られることも分かる。前記膜厚の差が0.8nmで、浸漬前の基体回転があれば、540k回(540000回)で破断というさらに高い破断信頼性が得られることも前記表1から分かる。
【実施例】
【0018】
(本発明の垂直磁気記録媒体の作成)
本発明により作成される磁気記録媒体として、垂直磁気記録媒体を採りあげて以下具体的に製造方法を説明する。ただし、本発明はこの垂直磁気記録媒体の製造方法に限定されないことはいうまでもない。
本発明の製造方法により製造される垂直磁気記録媒体は、非磁性基体としては、円板状のアルミニウムなどの金属基板、ガラス基板、プラスチックフィルム基板などを用いることができる。具体的には表面が平滑な化学強化ガラス基板(例えば、HOYA社製N−5ガラス基板)を用い、これを洗浄後スパッタ装置内に導入し、非磁性のNi系合金であるNi58Fe15Cr27ターゲットを用い、Arガス圧5mTorr下でNiFeCrシード層を15nm成膜する。
【0019】
続いて、Ruターゲットを用い、Ru下地層を成膜するが、初期層5nmは、Arガス圧30mTorr下で成膜し、表面層5nmは、80mTorr下で成膜し、合計膜厚は10nmとした。この非磁性下地層は、その上に形成される磁性層の結晶粒子径や結晶配向を制御すること、および軟磁性層と磁性層の磁気的な結合を防ぐために用いられる層である。その結晶構造は上層の磁性層を形成する材料に合わせて適宜選択することが必要であるが、非晶質構造でも用いることは可能である。
例えば、直上の磁性層に、六方最密充填(hcp)構造を取るCoを主体とした材料を用いる場合は、下地層を形成する材料としては同じhcp構造もしくは面心立方(fcc)構造をとる材料が好ましく用いられる。具体的には、Ru、Re、Rh、Pt、Pd、Ir、Ni、Co、Cu或いはこれらを含む合金材料が好ましく用いられる。
【0020】
その後、磁性層には、結晶系の磁性材料が好ましく用いられ、このような磁性結晶粒としては、例えば、CoPt合金に、Cr、B、Ta、Wなどの金属を添加した材料、FePt合金にNi、Cuなどを添加した材料を用いることができる。具体的には、92(Co75Cr10Pt15)−8SiO2ターゲットを用いてCoCrPt−SiO2磁気記録層をArガス圧30mTorr下で20nm成膜する。
保護層は、従来から磁気記録媒体の保護層に使用されている公知の保護層を用いることができ、例えば、カーボンを主体とする保護層を用いることができる。単層ではなく、例えば異なる性質の二層カーボンや、金属膜とカーボン膜、金属酸化物の膜とカーボン膜の積層膜とすることもできる。具体的にはカーボンターゲットを用いてカーボンからなる保護層6nmを成膜する。
【0021】
潤滑層は、ヘッドのクラッシュ防止のために形成されるものであり、潤滑層としては液体潤滑層を用いる。液体潤滑層を形成する液体潤滑剤としては、例えば、パーフルオロポリエーテルを用いる。液体潤滑層を形成する方法としては、浸漬塗布法を用いる。この際、前述のように磁気記録媒体を縦に保持したときの鉛直下端部にある保持治具の基体挟持爪による挟持位置と、液体潤滑剤を浸漬法で塗布する際に形成される基体下端部の潤滑層の液溜り厚膜部の位置とが重ならないように、磁気記録媒体を90度の角度で回転させ、前記両位置を相互にずらせた後、液体潤滑液に浸漬して膜厚1nmに塗布形成する。その後、120℃で35分のベーキングを行い、磁気記録媒体の中周位置にて0.6nmの膜厚とする。このようにして、前述のように、高い破断信頼性を有する垂直磁気記録媒体を作成することができる。
【符号の説明】
【0022】
1 非磁性基体(ガラス基板)
2 軟磁性層
3 非磁性下地層
4 磁性記録層
5 カーボン保護層
10 磁気記録媒体
11 保持治具
11a 基体挟持爪
12 潤滑層
13 基体下端部
14 潤滑液。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ディスク状の非磁性基体を鉛直状態にして、その外周部の最下端を含む複数箇所で接触して当該非磁性基体を保持し、前記非磁性基体上に少なくとも非磁性下地層と磁気記録層と保護層を順次積層する成膜工程と、前記非磁性基体を鉛直状態で浸漬塗布法により潤滑層を塗布形成する潤滑剤塗布工程とを有する磁気記録媒体の製造方法において、前記成膜工程における前記非磁性基体の外周部の最下端の保持位置と、前記浸漬塗布による前記非磁性基体の下端部の液溜り厚膜部とが重ならない位置に、前記非磁性基体を回転させて前記潤滑剤塗布工程を実施することを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項2】
前記潤滑層を浸漬塗布形成するための潤滑剤がパーフルオロポリエーテル系有機化合物であることを特徴とする請求項1記載の磁気記録媒体の製造方法。
【請求項3】
非磁性基体の外周部下端から0.5mm内側における前記潤滑層の膜厚が非磁性基体の中周部平坦域における前記潤滑層の膜厚より1.2nm以上厚いことを特徴とする請求項1または2記載の磁気記録媒体の製造方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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