説明

神経変性疾患治療薬

【課題】
酸化ストレスによる神経細胞障害を抑制し、安全な神経変性疾患治療薬を提供する。
【解決手段】
一般式
【化1】


(式中、R1は炭素数4〜8のアルキル基、R2は水素原子、炭素数2〜6のアルキルカルボニル基または炭素数2〜6のアルコキシカルボニル基を示す。)で表される化合物またはそのシクロデキストリン包接体からなるハイドロキノン誘導体を有効成分として含むことを特徴とする神経変性疾患治療薬である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は神経変性疾患治療薬、具体的にはアルツハイマー病、パーキンソン病などの神経変性疾患の予防及び治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢者人口の増加に伴って、アルツハイマー病やパーキンソン病など老化によって発症頻度の増加する神経変性疾患の予防及び治療薬の開発が急務となっている。
【0003】
これらの神経変性疾患では、冒される部位はそれぞれ異なるものの、いずれも神経細胞の変性、細胞死などの障害が認められ、その原因やメカニズムについては現在も研究が続けられているが、未だ解決されていない。また、これらの疾患の治療薬については、たとえばアルツハイマー病の場合はコリンエステラーゼ阻害剤が、パーキンソン病の場合はL−ドーパ製剤やドーパミン放出促進剤あるいはCOMT阻害剤などのドーパミンの分解を阻害する薬剤が用いられているが、これらの治療薬では神経細胞の障害を抑制することはできないため、症状の進行を止めることはできない。
【0004】
一方、これらの疾患の原因の一つとして、酸化ストレスの関与が指摘されている。下記の非特許文献1には、ビタミンEがアルツハイマー病患者の脳内に多量に蓄積するβ−アミロイドや虚血再還流障害、アルミニウムの蓄積などの種々の原因による酸化ストレスを軽減して脳を保護し、アルツハイマー病の進行を抑制する可能性について述べられている。また、非特許文献2には高用量のビタミンEおよびパーキンソン病治療薬として用いられている抗酸化剤のセレギリンを中等度のアルツハイマー病患者に投与する臨床治験が行われ、重度認知症への進行を遅延させる効果が報告されている。
【0005】
【非特許文献1】阿部皓一ら, ビタミン, 74巻3号, 113-119(2000)
【非特許文献2】M. Sano et al., N Engl J Med, 336, 1216-1222(1997)
【0006】
しかしながら、抗酸化剤の投与により、神経変性疾患に対するある程度の病状の進行抑制の可能性や効果は認められたものの、疾患の予防および症状の顕著な改善には至っておらず、充分な効果が得られているとは言いがたい。神経変性疾患に対しては、酸化ストレスによる神経細胞障害を阻止して、病態の進行を止める優れた効果のある治療薬の開発が望まれている。
【0007】
一方で、抗酸化作用を持つハイドロキノン誘導体の中で特に抗酸化作用と生体適合性が高い化合物として、下記一般式(1)で現される化合物が挙げられる。本化合物は、ビタミンEなどの抗酸化剤に比べても特に抗酸化作用が強く、酸化ストレスの増大に繋がる一酸化窒素(NO)産生を抑制する作用が特に強い物質であり、本化合物及びそれを用いた酸化防止剤、難治性炎症性疾患治療剤、発ガン阻止剤、動脈硬化治療用組成物に関する発明が開示されている。
【0008】
【化1】

(1)
(式中、R1は炭素数4〜8のアルキル基、R2は水素原子、炭素数2〜6のアルキルカルボニル基または炭素数2〜6のアルコキシカルボニル基を示す。)
【0009】
例えば、特許文献1には本化合物を有効成分とする抗酸化剤が開示されており、代表的な食品用抗酸化剤であるブチルヒドロキシトルエン以上の抗酸化作用を持ち、生体毒性も低い旨が記載されている。
【0010】
本発明者らによる特許文献2には、本化合物が抗酸化作用を持ち、NOの産生を阻害することから、慢性関節リウマチや非特異的炎症性腸疾患などの難治性炎症性疾患の治療薬として有効であることが記載されている。特許文献3には本化合物を有効成分とする発ガン阻止剤について記載されている。また、本発明者らによる特許文献4には本化合物を有効成分とする肝臓疾患治療用組成物について記載されている。さらに、本発明者らによる特許文献5には本化合物がコレステロールの酸化を防止する作用から、動脈硬化治療剤として生体内で十分な効果を発揮し、しかも安全性が高いことが記載されている。
【0011】
なお、非特許文献3によると、本化合物のうち、R1のアルキル基の炭素数4〜8のものが特に抗酸化作用が高く、6のものが最も高い。非特許文献4には、一般式(1)のハイドロキノン誘導体のうち、2,3,5−トリメチルハイドロキノン−1−ヘキシルエーテルが、ビタミンEと比較して2倍の強さの抗酸化作用を有し、同じく500倍の強さのNO産生抑制作用を有することが記載されている。
【0012】
しかしながら、特許文献1−5及び非特許文献1−4のいずれにも、本化合物の神経細胞における作用、神経細胞障害への抑制効果を検討した例はなく、神経変性疾患に対する治療薬として用いた例もない。
【0013】
また一方で、特許文献6には、本化合物の化1の一般式に該当しないがハイドロキノン誘導体の一種である2−イソプロピルハイドロキノンが、神経成長因子の生合成を促進する効果があることが記載されている。しかし、生合成促進以外の機能、特に酸化ストレスを抑制する作用に関しては記述されていない。またハイドロキノン誘導体のうち、特にどの誘導体が神経疾患治療薬として薬理活性や生体適合性の面からも最も有効かという点に関しても記述されていない。
【0014】
【特許文献1】特開平5−301836号公報
【特許文献2】特開2004−352661号公報
【特許文献3】特開平6−100441号公報
【特許文献4】特開平8−67627号公報
【特許文献5】特開2002−241366号公報
【特許文献6】特公平7−110812号公報
【非特許文献3】Y. Nihro et al., Chem pharm Bull, 42, 576-579(1994)
【非特許文献4】Wei Liu et al., J Pharm Pharmacol, 54, 383-389(2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明者らはかかる見地から、ハイドロキノン誘導体の神経変性疾患に対する有効性に関して鋭意研究を重ねた。その結果、上記一般式(1)のハイドロキノン誘導体が酸化ストレスから神経細胞を保護する作用が特異的に強いことを見いだし、神経変性疾患の治療薬として有用であることから本発明を完成させた。
【課題を解決するための手段】
【0016】
すなわち本発明は次の一般式(1)、
【化2】

(1)
(式中、R1は炭素数4〜8のアルキル基、R2は水素原子、炭素数2〜6のアルキルカルボニル基または炭素数2〜6のアルコキシカルボニル基を示す。)で表される化合物またはそのシクロデキストリン包接体からなるハイドロキノン誘導体を有効成分として含むことを特徴とする神経変性疾患治療薬を提供するものである。
【0017】
また、化2で表される化合物が2,3,5−トリメチルハイドロキノン−1−ヘキシルエーテルまたは2,3,5−トリメチルハイドロキノン−1−ヘキシルエーテル 4−アセテートである請求項1に記載の神経変性疾患治療薬を提供するものである。
【発明の効果】
【0018】
化2で表される化合物またはそのシクロデキストリン包接体からなる本発明のハイドロキノン誘導体は、酸化ストレスから神経細胞を強力に保護する作用を有し、かつ、安全性が高いので、このハイドロキノン誘導体を有効成分とする本発明の組成物は、神経変性疾患治療薬として有効に用いることができる。
【0019】
さらに、2,3,5−トリメチルハイドロキノン−1−ヘキシルエーテルまたは2,3,5−トリメチルハイドロキノン−1−ヘキシルエーテル 4−アセテートは薬理活性および生体適合性の面で優れており、特に有効に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0021】
本発明の神経変性治療薬に含有される、化2に示される化合物は、R1で示される炭素数4〜8のアルキル基が直鎖状、分岐状、環状のいずれであってもよく、その例としては各種ブチル基、各種ペンチル基、各種ヘキシル基、各種ヘプチル基、各種オクチル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、シクロオクチル基などを挙げることができる。薬理活性と生体適合性の面からは、炭素数4〜7の直鎖状のものが好ましく、特にn−ヘキシル基が好適である。
【0022】
また、R2のうちの炭素数2〜6のアルキルカルボニル基は直鎖状、分岐状のいずれであってもよく、例えばアセチル基、プロピオニル基、ブチリル基、イソブチリル基などが挙げられる。さらに、R2のうちの炭素数2〜6のアルコキシカルボニル基は直鎖状、分岐状のいずれであってもよく、例えばメトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、プロポキシカルボニル基、イソプロポキシカルボニル基などが挙げられる。
【0023】
化2の化合物のうち、特に薬理活性の点から好ましい化合物としては、2,3,5−トリメチルハイドロキノン−1−ブチルエーテル、2,3,5−トリメチルハイドロキノン−1−ヘキシルエーテルおよび2,3,5−トリメチルハイドロキノン−1−ヘキシルエーテル 4−アセテートを挙げることができる。
【0024】
上記化2で表される化合物およびそのシクロデキストリン包接体は、例えば特許文献5に記載の方法で製造することができる。
【0025】
本発明の神経変性疾患治療薬は、前述の化2で表される化合物またはそのシクロデキストリン包接体からなるハイドロキノン誘導体を有効成分として含むものであって、製剤用担体や賦形剤など、医薬品の添加剤として許容されている添加剤を加えて製剤化される。錠剤、顆粒剤、カプセル剤、内服用液剤等の、消化管からの吸収に適した形態の経口投与製剤、射剤、坐剤およびテープ、パップなどの経皮吸収剤等の非経口投与剤、また固形剤、液剤、流通性、保存性などから使用時に固形溶剤を適当な溶剤で溶解するなど、従来慣用されている形態がいずれも適宜使用できる。さらに、神経変性疾患治療薬として、血液−脳関門を通過させるための輸送機構に関する技術を用いることも特に有用である。
【0026】
投与量は目標とする治療効果、投与方法、年齢、体重などによって変化するので一概には規定できないが、通常一日の非経口的な投与量は体重当たり、有効成分として約0.01〜100mgであり、好ましくは約0.05〜10mgである。経口的には約0.1〜300mgであり、好ましくは約0.5〜100mgであり、これを1日に1〜5回に分割して投与すればよい。
【実施例】
【0027】
次に、本発明を試験例により、さらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
【0028】
(試験例:培養細胞を用いた細胞保護作用)
前述の一般式(1)で示されるハイドロキノン誘導体のうち、2,3,5−トリメチルハイドロキノン−1−ヘキシルエーテル(化合物1)について、過酸化脂質による神経細胞に対する毒性の抑制作用をビタミンEとの比較の下に検討した。ヒト神経芽細胞種由来SH−SY5Y細胞およびラット副腎髄質褐色細胞種で神経細胞の培養モデルであるPC12細胞を常法に従って培養した。培地はDulbecco‘s Eagle Medium(DMEM)にFCS(牛胎児血清)を添加した培地を基本に、NaHCO (3.7g/L);Penicillin G(100U/mL);Streptomycin(100mg/ml)を添加したものを用い、24穴マイクロプレートを使用し、SH−SY5Y細胞は6×10個、PC12細胞は4×10個を接種し、COインキュベータ内で37℃ にて培養した。48時間後に化合物1またはビタミンEを添加した。さらにその約30分後に、リノール酸ヒドロペルオキシドをSH−SY5Y細胞に対しては70μM、PC12細胞に対しては35μM添加し、約20時間培養後に生存細胞を測定した。
【0029】
生存細胞の測定はMethylene blue dye uptake法を用いた。すなわち、細胞をPBS(リン酸緩衝生理食塩液、MgおよびCa不含)で2回洗浄後、10%ホルマリンで5分固定した。蒸留水で3回洗浄後、0.05%メチレンブルー水溶液で60分染色、蒸留水で3回洗浄、0.33N HClを加え、20分後に665nmで吸光度を測定した。その結果に従って、細胞生存率および保護率をそれぞれ下式によって算出した。
【0030】
細胞生存率(%)=被験物質添加群の吸光度÷無処置群の吸光度×100
保護率(%)={1−(100−被験物質添加群の生存率)÷(100−被験物質無添加群の生存率)}×100
【0031】
試験成績のうち、SH−SY5Y細胞における結果を[表1]に、PC12細胞におけ
る結果を[表2]に示す。
【表1】

【0032】
【表2】

【0033】
表1、2より、化合物(1)はビタミンEに比べ、SH−SY5Y細胞およびPC12細胞のどちらにおいても、リノール酸ヒドロペルオキシドによる細胞障害を明らかに強く抑制しており、また細胞毒性も低い。
【0034】
また、化合物(1)の添加による保護率は、抗酸化作用による酸化ストレスからの細胞保護の効果のみから予想される値、すなわち化合物(1)の抗酸化作用がビタミンEの2倍であることから予想される値よりも遥かに高い。特に、PC12細胞における生存率、保護率は、ビタミンEにおけるそれぞれ最大およそ42%、15%前後に対して、化合物(1)においてはともに最大90%前後と著しく高い。この原因は定かではないが、ハイドロキノン誘導体には抗酸化以外にも、神経細胞の保護や生存に寄与する作用がある可能性が考えられる。そうした要素のひとつとして、ハイドロキノン誘導体が持つと報告されている神経成長因子の生合成の促進作用が考えられ、神経細胞の生育、生存を促進することで、抗酸化作用による細胞保護との相乗効果によって生存率、保護率を上昇させている可能性がある。この効果は、化合物(1)を脳神経疾患の治療薬として用いる場合の有効性を示す。
【0035】
これらの試験結果より、本発明化合物は脂質過酸化物による酸化ストレスからの神経細胞保護においてきわめて有効であることが明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)一般式
【化2】

(式中、R1は炭素数4〜8のアルキル基、R2は水素原子、炭素数2〜6のアルキルカルボニル基または炭素数2〜6のアルコキシカルボニル基を示す。)で表される化合物またはそのシクロデキストリン包接体からなるハイドロキノン誘導体を有効成分として含むことを特徴とする神経変性疾患治療薬。
【請求項2】
化1で表される化合物が2,3,5−トリメチルハイドロキノン−1−ヘキシルエーテルまたは2,3,5−トリメチルハイドロキノン−1−ヘキシルエーテル 4−アセテートである請求項1に記載の神経変性疾患治療薬。

【公開番号】特開2009−102262(P2009−102262A)
【公開日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−275790(P2007−275790)
【出願日】平成19年10月23日(2007.10.23)
【出願人】(000152952)株式会社日本ハイポックス (3)
【Fターム(参考)】