説明

種々のpH及びイオン強度の溶液における乾燥ナノ結晶セルロースの分散性及びバリア特性を制御する方法

溶液pH及びイオン強度を制御することにより乾燥ナノ結晶セルロース(NCC)の分散性を制御する新たな方法が提供され、安定な非再膨潤性の酸性形態NCC(H−NCC)フィルムが濃水酸化ナトリウム溶液中に置かれると、このフィルムは膨潤するが分散せず、一方、ナトリウム形態NCC(Na−NCC)又は中性一価対イオンを有するその他のNCCフィルムは純水に容易に分散し、塩酸及び塩化ナトリウム並びに水酸化ナトリウムの十分なイオン強度の溶液中に置かれたNa−NCCフィルムは、膨潤するが分散せず、フリーズドライNCC生成物に対しても同様の特性が観察される。これらのNCCフィルムの分散性は、イオン強度と、フィルムが曝露される電解質溶液の素性の関数である。電解質溶液中でバリア特性を有するが、その耐用年数の終わりに純水で濯ぐと分解又は分散するNCCフィルムが想定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水性媒体のイオン強度及び/又はpHを制御することにより、水性媒体における乾燥形態のナノ結晶セルロース(NCC)の分散性及びバリア特性を制御する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースウィスカー又はナノ結晶は、様々なセルロース源、特に木材パルプ及び綿から、セルロースの制御された酸加水分解により得ることができる。セルロース微小繊維に沿ったアモルファス領域がより低密度であるほど、加水分解中の酸の攻撃をより受けやすく、開裂してセルロースナノ結晶を生成する[1,2]。その低コスト、再生可能性及びリサイクル可能性により、ナノ結晶セルロースウィスカーは様々な用途において魅力的となっており[3,4]、またその化学的及び物理的特性を調整可能とする化学的反応性によっても魅力的となっている。
【0003】
NCCは、再生可能で、リサイクル可能で、カーボンニュートラルな材料である。NCCのこれらの因子、並びに潜在的に独特な機械的及び光学的特性は、工業規模でのNCCベース製品の製造における大きな関心をもたらした。しかしながら、NCCはまず、僅か数重量パーセントの固形分の水性懸濁液として生成されるため、任意の大量用途においては、コスト並びに発送サイズ及び重量の両方を最低限とするために、NCCが乾燥形態で提供され、使用場所において再懸濁されることが必要である。
【0004】
水性NCC懸濁液の蒸発により、臨界濃度より上のNCC懸濁液に固有のキラルネマチック液晶秩序を保持する固体半透明NCCフィルムが生成される。これらのフィルムは、約40〜175g/mの範囲の秤量で生成することができる。これらのフィルムは、秩序ある自己集合のために、物理的に強固であり、バリア特性を有し、狭い波長域における円偏光を反射するように作製することができる。NCC懸濁液のフリーズドライにより、薄片層状から固体フォーム、さらに滑らかな粉末に至るテクスチャを有する生成物が生成される。
【0005】
硫酸加水分解により生成されたナノ結晶セルロース懸濁液は、一度完全に乾燥して固体フィルムとなると、水又はその他の液体媒体に分散性ではなくなる[5]。プロトン対イオンは、他の中性一価対イオンM、例えばNa、K、Cs、NH、並びにテトラアルキルアンモニウム及びトリアルキルアミンイオン等と、適切なM水酸化物で滴定することにより交換され得るが、乾燥すると、これらの形態のNCCは、水に対し完全に再分散性であることが判明している[6]。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、水性媒体における乾燥NCCの分散性、耐性及びバリア特性を制御するための方法を提供することを目的とする。
【0007】
本発明は、水性媒体のイオン強度を増加させること及び/又はその酸性度又はアルカリ度を所与の低い値より高く増加させることを含む、そのような方法を提供する。これにより、以前は分散性形態であった乾燥NCCが非分散性となる。
【0008】
本発明によれば、NCCのフィルム及びフリーズドライ形態は、その分散性がまず制御され、次いで水性塩、酸又は塩基への曝露により改質され得るように、調合され得る。
【0009】
本発明によれば、少なくとも5mMのイオン強度を有する水性液体環境を有するシステムであって、前記環境は、本質的に一価カチオンからなるカチオンを含有し、Hプロトンの少なくとも一部がH以外の一価カチオンで置き換えられているH−NCCフィルムを備えるバリアにより収容され、前記バリアフィルムは、水に分散性であるが、前記液体環境に非分散性であるシステムが提供される。
【0010】
本発明の別の態様において、Hプロトンの少なくとも一部がH以外の一価カチオンで置き換えられているH−NCCフィルムの、少なくとも5mMのイオン強度を有する水性液体用のバリアとしての使用が提供される。
【0011】
本発明のさらに別の態様において、少なくとも5mMのイオン強度を有する水性液体用の水分解性バリアフィルムを生成する方法であって、H−NCCの水性懸濁液を提供すること、H−NCCのHプロトン含量の少なくとも一部を一価カチオンMで置換すること、水性フィルム形成層を形成すること、及び、前記層を乾燥させて固体フィルムとすることを含む方法が提供される。
【0012】
本発明の具体的実施形態において、包装された水性液体であって、前記液体は、少なくとも5mMのイオン強度を有し、前記液体は、本質的に一価カチオンからなるカチオンを含有し、前記液体は、前記液体用の包装材のバリアフィルムと接触しており、前記バリアフィルムは、Hプロトンの少なくとも一部がH以外の一価カチオンで置き換えられているH−NCCフィルムであり、前記バリアフィルムは、水に分散性であるが、前記水性液体に非分散性である、包装された水性液体が提供される。
【0013】
本発明により、少なくとも5mMのイオン強度を有する一価カチオン含有水性液体用に許容されるバリアであるが、水に分散性であり、それにより使用後に水中での分解によってより容易に処理可能であるフィルムの、例えばそのような液体用の容器内での使用が可能となる。
【0014】
水性液体は、酸性、中性、又は塩基性であってもよく;必要なイオン強度は、イオン種に依存して変動し得るが、少なくとも5mM、好ましくは少なくとも10mMである。
【0015】
水性液体は、カチオン含量が本質的に一価カチオン、例えばH又はNaの含量である水性液体であることが理解される。多価カチオンが任意の有意な含量で存在する場合、多価カチオンは、フィルムの特性、特に水におけるフィルムの分散性に影響する。水分散性等の特性に悪影響を及ぼすには十分でない、極めて少量又は微量の多価カチオンの存在は許容することができ、本発明の範囲内である。本明細書において、本質的に一価カチオンからなる液体のカチオンという言及は、この文脈で理解される、すなわちそのような少量又は微量の多価カチオンが存在し許容され得ると理解されるが、その存在は本発明の要件ではない。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(発明の詳細な説明)
乾燥NCCの制御された分散性は、いくつかの可能性のある用途を有する。NCCフィルムの制御された分散性により、例えば、NCCから製作されたフィルムライニングがバリアから分散性に変化することができる。そのようなシステムにより、例えば、中程度のイオン強度を有するフルーツジュースを保持するが、次いで空となって清浄な水に曝露されると分散性となるセルロース包装が可能になる。NCCのリサイクル可能性は、そのようなフィルムライニングの追加的な利点である。
【0017】
固体NCCフィルムは、周囲条件下でのNCC懸濁液の蒸発により調製し、固体フリーズドライNCCは凍結乾燥により調製し、その分散性は様々なイオン強度及びpHの水性溶媒中で決定した。結果は以下の通りであった。
【表1】

【0018】
最初の酸性形態のNCC(H−NCC)は、pH2.6のNCC懸濁液から調製されたが、いかなる酸、塩基又は塩溶液にも再分散しない。4から6のpH値は、水酸化ナトリウムによるプロトン対イオンの部分中和により得られる中間ナトリウム対イオン含量を有するNCC懸濁液から調製された乾燥NCCを示す。Na−NCCは、NaOHでpH7まで滴定されたNCC懸濁液から調製した。pH8のNa−NCC懸濁液から調製された乾燥NCCは、過剰のNaOHを含有する。
【0019】
コロイド状NCC粒子は、会合した対イオンに関わらず多価電解質であるため、水分散性NCCフィルムの塩溶液への分散は、ドナン平衡によりもたらされるNCCの電解質誘導ゲル化作用により防止される[7]。約50mMの追加のNaCl濃度は、二相NCC懸濁液におけるゲル化をもたらす[8]が、ゲル化をもたらすために必要な最小イオン強度は、懸濁液中のNCC濃度の増加とともに減少する。固体フィルムは非常に高い有効NCC濃度を有するため、それよりはるかに低い電解質濃度でその分散が防止され得る。水分散性NCCフィルムの中では、電解質溶液は、膨潤(NCC層を貫通及び崩壊させる水によりもたらされる)及びゲル化(NCC粒子の静電気的反発力を遮蔽する電解質イオンによりもたらされる)という2つの競合する効果を生成する。フィルムを包囲する溶液のイオン強度がより高いほど、溶解イオンがNCCフィルムのゲル化をもたらす傾向がより大きくなり、フィルムの膨潤を低減して分散を防止する。最小イオン強度を下回ると、ゲル化は膨潤によりもたらされる崩壊を相殺するのに十分ではなくなり、分散が生じる。したがって、一度水分散性NCCフィルムが一価カチオンを含有する塩溶液から除去され、水に入れられると、フィルムは分散する。
【0020】
フィルムは、ポリビニルアルコール又はグリセロール等の可塑剤を含有してもよい。
【実施例】
【0021】
(例1)
直径9cmのプラスチック製ペトリ皿内の15mL試料(秤量約64g/m)を周囲条件下(20〜25℃、20〜65%相対湿度、乾燥時間24〜72時間)で蒸発させることにより、H−NCC懸濁液(pH2.6;2.7%NCC(重量比))からフィルムを生成した。所望により、懸濁液は、蒸発前に、超音波処理するか、高圧せん断ホモジナイザで均質化するか、又は他の形態のエネルギーで処理することができる。
【0022】
NCCフィルム(様々な対イオンを有する)は、a)水に再分散させるか、b)構造を無傷に保ったまま水中で部分的に膨潤させるか、又はc)乾燥フィルムを加熱することにより水中で安定(すなわち、膨潤又は再分散しない)とすることができることが知られている[9]。
【0023】
本発明者らは、H−NCCフィルムが周囲条件下で長期間(数カ月以上)乾燥されると、フィルムはカテゴリーcに分類されることを発見した。予想されるように、これらのH−NCCフィルムが水中及び様々な濃度のNaCl溶液中に置かれると、フィルムは膨潤も分散もしなかった(カテゴリーc)。対照的に、1〜5M NaOH溶液中に置かれると、これらのH−NCCフィルムは膨潤したが分散せず(すなわち、この溶媒系に対してはこれらのフィルムはカテゴリーbに分類される)、酸性、中性及びアルカリ性濃度の幅広い範囲にわたってバリアとして機能するフィルムの能力を示した。H−NCCフィルムは、NaOH濃度及び曝露の長さに依存して、後に脱イオン水中に置かれると、分解し得るか又は分解し得ない。
【0024】
バリア特性の上限は、H−NCCフィルムを濃(12M≒50%)NaOH(水溶液)中に置くことにより特定した。これらの条件下において、H−NCCフィルムは、数日間安定であったが、1週間から2週間の期間にわたると最終的には分解し、微小白色粒子を生成した。
【0025】
(例2)
H−NCC(pH2.6;2.7%NCC(重量比))の懸濁液を、室温で0.2M NaOH(水溶液)で最終pH6.9まで滴定した。直径9cmのプラスチック製ペトリ皿内の15mL試料(秤量約64g/m)を周囲条件下(20〜25℃、20〜65%相対湿度、乾燥時間24〜72時間)で蒸発させることにより、得られたNa−NCC懸濁液からフィルムを生成した。所望により、懸濁液は、蒸発前に、超音波処理するか、高圧せん断ホモジナイザで均質化するか、又は他の形態のエネルギーで処理することができる。
【0026】
Na−NCCのフィルムは、水に容易に分散可能であり、個々のNCC粒子の懸濁液を生成することが知られている[8]。本発明者らは、構造を無傷に保ったまま水中で部分的にのみ膨潤するNa−NCCフィルムを生成するためには、フィルムを105℃で12時間以上加熱しなければならないことを発見した。対照的に、0.01〜0.05Mを超えるイオン強度の水溶液中に置かれると、未加熱の空気乾燥Na−NCCフィルムは膨潤するが、分散しない。
【0027】
イオン強度が0.1M以上のHCl溶液中に置かれると、上記のように生成されたNa−NCCフィルムは膨潤したが、分散しなかった。イオン強度が0.01M以上の塩化ナトリウム及び水酸化ナトリウム溶液中に置かれると、Na−NCCフィルムは分散しなかった。
【0028】
(例3)
NaOH(水溶液)をH−NCCに添加することにより、2.5%(重量比)NCC懸濁液をpH7まで調製した。懸濁液を−65℃で凍結し、次いで50〜100mTorrの真空下で凍結乾燥させると、薄片層状固体が得られた。10から100mMのNaCl(水溶液)中に置かれると、FD Na−NCCは、一部分散して小薄片を残し、より希薄な溶液中ではより多くの分散及びより小さな薄片が生じた。2M NaCl(水溶液)及び1M HCl(水溶液)中では、視認できる分散は生じなかったが、薄片が若干膨潤した。対照的に、フリーズドライH−NCCは、50mM NaCl(水溶液)中で膨潤も分散もしない。
【0029】
(参考文献)


【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも5mMのイオン強度を有する水性液体電解質環境を有するシステムであって、前記環境は、本質的に一価カチオンからなるカチオンを含有し、Hプロトンの少なくとも一部がH以外の一価カチオンで置き換えられているH−NCCフィルムを備えるバリアにより収容され、前記バリアは、水に分散性であるが、前記液体環境に非分散性である上記システム。
【請求項2】
前記イオン強度が、少なくとも10mMである、請求項1に記載のシステム。
【請求項3】
前記液体環境が、酸性である、請求項1又は2に記載のシステム。
【請求項4】
前記液体環境が、中性である、請求項1又は2に記載のシステム。
【請求項5】
前記液体環境が、塩基性である、請求項1又は2に記載のシステム。
【請求項6】
包装された水性液体であって、前記液体は、少なくとも5mMのイオン強度を有し、前記液体は、本質的に一価カチオンからなるカチオンを含有し、前記液体は、前記液体用の包装材のバリアフィルムと接触しており、前記バリアフィルムは、Hプロトンの少なくとも一部がH以外の一価カチオンで置き換えられているH−NCCフィルムであり、前記バリアフィルムは、水に分散性であるが、前記水性液体に非分散性である上記包装された水性液体。
【請求項7】
前記イオン強度が、少なくとも10mMである、請求項6に記載の包装された水性液体。
【請求項8】
酸性pHを有する、請求項6又は7に記載の包装された水性液体。
【請求項9】
アルカリ性pHを有する、請求項6又は7に記載の包装された水性液体。
【請求項10】
中性pHを有する、請求項6又は7に記載の包装された水性液体。
【請求項11】
5mMを超えるイオン強度を有する水性液体用の水分解性バリアフィルムを生成する方法であって、
H−NCCの水性懸濁液を提供すること、H−NCCのHプロトン含量の少なくとも一部を一価カチオンMで置換すること、水性フィルム形成層を形成すること、及び、前記層を乾燥させて固体フィルムとすることを含む上記方法。
【請求項12】
前記イオン強度が、少なくとも10mMである、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記バリアフィルムが、本質的に一価カチオンからなるカチオンを含有する、酸性pHを有する水性液体用である、請求項11又は12に記載の方法。
【請求項14】
前記バリアフィルムが、本質的に一価カチオンからなるカチオンを含有する、アルカリ性pHを有する水性液体用である、請求項11又は12に記載の方法。
【請求項15】
前記バリアフィルムが、本質的に一価カチオンからなるカチオンを含有する、中性pHを有する水性液体用である、請求項11又は12に記載の方法。
【請求項16】
少なくとも5mMのイオン強度を有する水性液体電解質環境用のバリアとしての使用のためのH−NCCフィルムであって、前記環境は、本質的に一価カチオンからなるカチオンを含有し、前記フィルムのHプロトンの少なくとも一部は、H以外の一価カチオンで置き換えられており、前記バリアは、水に分散性であるが、前記液体環境に非分散性である上記H−NCCフィルム。
【請求項17】
前記バリアが、強酸性又は塩基性液体用である、請求項16に記載のフィルム。
【請求項18】
前記バリアが、5Mから50%のNaOH用である、請求項17に記載のフィルム。
【請求項19】
プロトンの少なくとも一部がH以外のカチオンで置き換えられているH−NCCフィルムの、本質的に一価カチオンからなるカチオンを含有する、5mMを超えるイオン強度を有する水性液体用のバリアとしての使用。
【請求項20】
前記イオン強度が、少なくとも10mMである、請求項19に記載の使用。
【請求項21】
前記液体環境が、酸性である、請求項19に記載の使用。
【請求項22】
前記液体環境が、中性である、請求項19に記載の使用。
【請求項23】
前記液体環境が、塩基性である、請求項19に記載の使用。

【公表番号】特表2012−512281(P2012−512281A)
【公表日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−541039(P2011−541039)
【出願日】平成21年12月8日(2009.12.8)
【国際出願番号】PCT/CA2009/001786
【国際公開番号】WO2010/069046
【国際公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【出願人】(507171683)
【Fターム(参考)】