説明

窒化珪素焼結体

【課題】特に金属溶湯に接触する溶湯部材に好適な耐熱衝撃性に優れた窒化珪素焼結体を提供する。
【解決手段】窒化珪素を主成分とし、マグネシウム及びイットリウムを酸化物換算で合計0.1〜10質量%、鉄を酸化第二鉄換算で0.1〜0.5質量%含み、Y/MgOで表されるモル比が0.01〜0.10であって、室温の熱伝導率が70W/(m・K)以上、3点曲げ強度が700MPa以上であることを特徴とする窒化珪素焼結体。室温から1000℃までの熱膨張係数が3.4×10−6/K以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化珪素焼結体に関する。例えば、金属溶湯に接触する溶湯部材として用いられる。
【背景技術】
【0002】
窒化珪素は、耐熱性に優れ、金属とは濡れ難いことから、金属溶湯を流し込む溶湯部材に適している。
【0003】
溶湯部材には、一瞬で500℃以上の金属溶湯が注ぎ込まれ、場合によっては、溶湯を冷却させるために、部材そのものを急冷させる必要が生じる。そのため、溶湯部材には、耐熱衝撃性が要求される。耐熱衝撃性に関わるパラメータには熱伝導率、熱膨張率や強度などがあり、一般的に、高熱伝導率、低熱膨張率、高強度なものほど、耐熱衝撃性に優れている。窒化珪素については、特に熱伝導率及び強度に主眼を置いた研究が多くなされている。
【0004】
例えば、窒化珪素の熱伝導率を向上させるために、従来多く用いられていたAl−RE(希土類元素)−O系ではなく、Mg−Y−O系の焼結助剤を用いることが提案されている(特許文献1および2参照)。
【0005】
特許文献1では、窒化珪素結晶粒子中へのAl原子の固溶、およびサイアロン相の形成によって窒化珪素結晶自体の熱伝導率が低下することから、焼結助剤にMg−Y−O系を用いた例が示されている。具体的には、窒化珪素を主成分とし、希土類元素およびMgを酸化物換算による合量で4〜30モル%、希土類金属とMgを酸化物換算のモル比(RE/MgO)が0.1〜15となる比率で含有するとともに、Alの酸化物換算量が1モル%以下の相対密度が48〜56%の成形体を、1500〜1800℃の非酸化性雰囲気中で焼成して、相対密度90%以上に緻密化して、焼結体の切断面における窒化珪素結晶の平均長軸径が0.5〜3μmの熱伝導率50W/m・K、強度600MPa以上の窒化珪素質放熱部材を得ることが記載されている。
【0006】
また、特許文献2も特許文献1と同様に、Mg−Y−O系の焼結助剤を用いた例が示されている。具体的には、窒化ケイ素質粉末1〜50重量部と、平均粒子径が0.2〜4μmのα型窒化珪素粉末99〜50重量部と、Mgと、La,Y及びYbを含む希土類元素から選択された少なくとも1種の希土類元素でなる焼結助剤とからなる焼結体であって、前記Mgを酸化マグネシウム換算し、La,Y及びYbを含む希土類元素から選択された少なくとも1種の元素を酸化物(RE)換算し、これら酸化物換算含有量の合計が0.6〜7wt%、且つ(MgO/RE)の重量比が1〜70である窒化ケイ素質焼結体が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−44351号公報
【特許文献2】特開2004−262756号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、これらの文献に記載された発明では、熱伝導率および曲げ強度は高いものの、耐熱衝撃性としては十分なものとは言えず、より耐熱衝撃性の高い部材が求められていた。
【0009】
本発明は、これらの問題に鑑みてなされたものであり、耐熱衝撃性の高い部材を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、これらの問題を解決するため、窒化珪素を主成分とし、マグネシウム及びイットリウムを酸化物換算で、合計0.1〜10質量%、鉄を酸化第二鉄に換算して0.1〜0.5質量%含み、Y/MgOで表されるモル比が0.01〜0.10であって、室温の熱伝導率が70W/(m・K)以上、3点曲げ強度が700MPa以上であることを特徴とする窒化珪素焼結体を提供する。
【0011】
また、本発明の窒化珪素焼結体は、室温から1000℃までの熱膨張係数が3.4×10−6/K以下である。
【0012】
さらに、本発明の窒化珪素焼結体は、焼結体の窒化珪素粒子のうち、短軸径5μm以上の粒子の割合が、10体積%未満であることが好ましい。
【0013】
さらに、焼結体の窒化珪素粒子のアスペクト比が15以下であることが好ましい。
【0014】
本発明の窒化珪素焼結体は、金属溶湯に接触する溶湯部材に好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0015】
特に金属溶湯に接触する溶湯部材に好適な耐熱衝撃性に優れた窒化珪素焼結体を提供する。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の窒化珪素焼結体は、窒化珪素を主成分とし、マグネシウム及びイットリウムを酸化物換算で、合計0.1〜10質量%、鉄を酸化第二鉄に換算して0.1〜0.5質量%含み、Y/MgOで表されるモル比が0.01〜0.10である。
【0017】
マグネシウム及びイットリウムが含まれる量を上記範囲としたのは、0.1質量%未満だと焼結性が不足し、10質量%を超えると焼結体中で窒化珪素の占める割合が少なくなり熱伝導率が低下するためである。また、両者のモル比を制御したのは、十分に緻密化させるためである。さらに、上記範囲でマグネシウム及びイットリウムを含み、これに鉄を所定量含ませることで耐熱衝撃性が向上する。
【0018】
本発明は、マグネシウム及びイットリウムが含まれる量を調整し、さらに鉄の量を制御することで耐熱衝撃性を向上させることを見出し発明に至ったものである。鉄は、従来特許文献2に記載されているように、窒化珪素粒子内に固溶し、熱伝導率を低下させるため、例えば100ppm以下のように非常に少量に抑えることが良いとされていた。しかしながら、熱伝導率や曲げ強度は高まるものの耐熱衝撃性の部材としては、十分ではなかった。本発明では、鉄を所定量含有させることにより、耐熱衝撃性が高められる効果を見出した。このような効果は、マグネシウム及びイットリウムが含まれる量を調整したうえで、鉄量を制御することで可能となる。このような観点から、マグネシウム及びイットリウムの含まれる量は、1.0〜10質量%とすることがより好ましい。
【0019】
鉄の含有量は、酸化第二鉄に換算して0.1〜0.5質量%とすることが好ましい。鉄は粒成長を抑制するために必要で、0.1質量%未満だと熱伝導率が低下し、0.5質量%を超えると強度低下が生じる。
【0020】
この鉄は粒界相中で主として酸化第二鉄(Fe)として存在する。そのため、粒界相中のMg−Si−O化合物もしくはY−Si−O化合物と酸化第二鉄との熱膨張差により、焼結の降温過程で粒界相中にマイクロクラックが発生する。この粒界相中のマイクロクラックが窒化珪素の熱膨張を緩和させるため、室温(23℃)から1000℃の熱膨張係数が3.4×10−6/K以下の窒化珪素焼結体が得られる。さらに本発明によれば、3.0×10−6/K以下の熱膨張係数とすることが可能であり、さらには2.8×10−6/K以下とすることができる。なお、粒界相中のMg−Si−OやY−Si−O等の複合酸化物と酸化第二鉄との存在形態は、特に限定されない。また、粒界相中の鉄の一部がYFe12やMgFeのような複合酸化物を形成していても良い。
【0021】
このような低熱膨脹性の観点から、焼結体の窒化珪素粒子が著しく柱状に粒成長することは好ましくなく、アスペクト比は15以下であることが好ましい。より好ましいアスペクト比の範囲は2〜15である。また短軸径5μm以上の粒子の割合が10体積%未満であることが望ましい。このような微構造とすることで、粒界相中のマイクロクラックによる低熱膨張化が顕著になる。その結果、本発明の窒化珪素焼結体は極めて優れた耐熱衝撃性を発揮する。
【0022】
本発明の窒化珪素焼結体は、窒化珪素を主成分とする。その窒化珪素はβ型窒化珪素であることが望ましい。α型窒化珪素は熱伝導率が低いため好ましくない。したがって、本発明の窒化珪素焼結体は、β型窒化珪素粒子と上記した複合酸化物等からなる粒界相から構成される。
【0023】
次に、本発明の窒化珪素焼結体の製造方法について説明する。
【0024】
原料である窒化珪素粉末の平均粒径は1μm以下が好ましい。また、本発明のアスペクト比である15以下を達成するためには、β分率が10%以下の窒化珪素原料粉末を用いることが好ましい。さらに、純度は、粒界相の生成等に影響するため、高純度であることが好ましい。具体的には、98.0%以上であることが望ましい。このような原料粉末を用いることで極めて耐熱衝撃性の良好な窒化珪素焼結体を得ることが容易になる。なお、本発明では、レーザー回折式粒度分布測定によるメジアン径(D50)をもって原料粉末の平均粒径とする。
【0025】
窒化珪素の原料粉末には、ある程度の酸素が含まれていることが好ましい。これは複合酸化物及び酸化物からなる粒界相を形成するためである。酸素量としては、1〜3質量%とすることが好ましい。このような範囲とすることで複合酸化物及び酸化物からなる粒界相を形成でき、そこに生じるマイクロクラックにより耐熱衝撃性を向上させることができる。
【0026】
マグネシウムの添加は、酸化マグネシウムの他、水酸化マグネシウム、硝酸マグネシウム等種々のマグネシウム化合物の粉末を用いることができる。また、イットリウムも同様に、酸化イットリウム、水酸化イットリウム、硝酸イットリウム等のイットリウム化合物の原料粉末を用いることができる。鉄は酸化第二鉄の他、酸化第一鉄、水酸化鉄、硝酸塩等の種々の粉末を適用することができる。これらは、窒化珪素焼結体中で酸化物または複合酸化物として主として粒界に取り込まれる。これらの純度は、粒界相の生成等に影響するため、高純度であることが好ましく、純度97%以上、より好ましくは99%以上の原料粉末を用いることが望ましい。また、平均粒径は、1μm以下の粉末を用いることが好ましい。
【0027】
原料粉末は、プレス成形、CIP成形、鋳込み成形等の成形方法により成形される。プレス成形やCIP成形等の乾式成形を用いる場合には、原料粉末にバインダーを加えて噴霧乾燥法等により顆粒とすることが好ましい。
【0028】
得られた原料粉末の成形体は、必要に応じてバインダーや分散剤等の有機物を除去するための脱脂を行った後、焼結される。焼結は、常圧焼結、加圧雰囲気焼結、ホットプレス焼結等の焼結方法により作製できる。なかでも窒素を用いた加圧雰囲気中での焼結が好ましい。その場合の圧力は、0.5〜0.98MPaで行うことが好ましい。これは、窒化珪素の分解を防ぎ、緻密化を促進するためである。焼成条件としては、温度はα型からβ型の転移が生じる温度以上が好ましく、1700〜1900℃が好ましい。1900℃より高温では、Siの分解が生じ、1700℃より低温では、十分に緻密化しない場合がある。
【0029】
以下、実施例を用いて本発明の窒化珪素焼結体の製造方法について説明する。
【0030】
平均粒径が1.0μm、酸素量が1.5%、比表面積が6.5m/g、β分率が6%以下の直接窒化法により得られた窒化珪素原料粉末に酸化第二鉄を添加し、マグネシウム源には水酸化マグネシウム(Mg(OH))を用い、イットリウム源には酸化イットリウム(Y)を用いて表1に示すような組成で各焼結助剤を添加混合した。水酸化マグネシウムの添加量は、窒化珪素焼結体に含まれる酸化マグネシウム量が所定の数値になるように調整して添加した。その混合粉末に対して成形用バインダーとしてアクリル樹脂を、イオン交換水を溶媒として添加し、噴霧乾燥後、篩を通して成形用顆粒を得た。なお、平均粒径はレーザー回折式粒度分布測定機により測定した。
【0031】
得られた成形用顆粒を成形圧1.5t/cmで直径20mm、厚さ5mmの円盤状に成形した。強度測定用には50mm×50mm、厚さ6mmの板形状に成形した。
【0032】
次に成形体を所定温度で脱脂した後、1700℃から1900℃の温度で、10MPaの窒素圧力雰囲気下で焼結させた。焼結工程は、室温から1100℃まで真空中で焼成し、1100℃から1600℃までは0.1MPaの窒素雰囲気中で焼成し、1600℃から1900℃までは0.88MPaで焼成した。
【0033】
焼結体の相対密度は、アルキメデス法により算出した。熱伝導率はレーザーフラッシュ法により測定した。室温における3点曲げ強度はJISR1601に準拠して測定した。また、室温(23℃)から1000℃における熱膨張係数はJISR1618に準拠して測定した。
【0034】
アスペクト比と短軸径5μm以上の窒化珪素粒子の割合の測定方法は、焼結体の任意の切断面を鏡面加工し、O+CFの混同ガス中で粒界相をエッチングした後に、走査型電子顕微鏡観察を行い、その写真を用いて算出した。具体的には、粒子数300〜400個の走査型電子顕微鏡写真を用いて、無作為に直線を引き、その線に交差する粒子全てについてアスペクト比を求め平均した。短軸径5μm以上の粒子の体積割合については、交差する全粒子の面積合計と、短軸径5μm以上の粒子の面積合計とから割合を算出した。
なお、本発明の窒化珪素焼結体のX線回折においては、β型の窒化珪素のみ検出され、α型窒化珪素は検出されなかった。また、このようにして求めた面積割合(面積%)が、体積割合(体積%)と等しいものとして評価した。
【0035】
熱衝撃については、4×4×40mmの試験片を大気雰囲気中、昇温速度200℃/hで1000℃まで昇温し、1時間保持した後に、23℃の水中へ投下したときのクラック有無を確認した。
【0036】
【表1】

【0037】
表中試験No.の後に※を記したのは本発明の範囲外の試験例である。耐熱衝撃試験の結果については、クラック無しを○とし、クラック有りを×とした。
【0038】
本発明の範囲内である試験No.1〜7については、優れた耐熱衝撃性を示した。これらの焼結体については、窒化珪素粒子のうち短軸径5μm以上を持つものの割合が、10体積%未満であり、また、窒化珪素粒子のアスペクト比は15以下であった。
【0039】
一方、Y/MgOモル比が、本発明の範囲外である試験No.8、9、14、15及び17、酸化第二鉄に換算した鉄含有量が本発明の範囲外である試験No.10及び11、並びに酸化物換算のマグネシウム及びイットリウムの合計量が本発明の範囲外である試験No.12、13及び16では、耐熱衝撃性に劣っていた。これらのことから、酸化物換算のマグネシウム及びイットリウムの合計量、Y/MgOモル比及び酸化第二鉄に換算した鉄含有量をそれぞれ所定範囲とすることで耐熱衝撃性が発揮されることが示された。
【0040】
この結果から、本発明の窒化珪素焼結体は、優れた耐熱衝撃性が要求される溶湯部材に特に好適であることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化珪素を主成分とし、
マグネシウム及びイットリウムを酸化物換算で合計0.1〜10質量%、
鉄を酸化第二鉄換算で0.1〜0.5質量%含み、
/MgOで表されるモル比が0.01〜0.10であって、
室温の熱伝導率が70W/(m・K)以上、3点曲げ強度が700MPa以上であることを特徴とする窒化珪素焼結体。
【請求項2】
室温から1000℃までの熱膨張係数が3.4×10−6/K以下である請求項1に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項3】
焼結体の窒化珪素粒子のうち、短軸径5μm以上の粒子の割合が、10体積%未満である請求項1または2に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項4】
焼結体の窒化珪素粒子のアスペクト比が15以下である請求項1〜3に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項5】
金属溶湯に接触する溶湯部材に用いられる請求項1〜4に記載の窒化珪素焼結体。

【公開番号】特開2010−173877(P2010−173877A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−16514(P2009−16514)
【出願日】平成21年1月28日(2009.1.28)
【出願人】(000000240)太平洋セメント株式会社 (1,449)
【出願人】(391005824)株式会社日本セラテック (200)
【Fターム(参考)】