説明

窒素を含む炭素材の製造方法

【課題】リチウムイオン二次電池や電気二重層キャパシタにおける電極材料、耐摩耗材料、水素貯蔵材料などに利用するため、窒素導入量や導入位置を制御できる新規な含窒素炭素材の製造方法を提供する。
【解決手段】ジメチルホルムアミドなどの有機溶媒及びその有機溶媒に溶ける1または2以上の四級アンモニウム塩、好ましくはテトラアルキルアンモニウムテトラフルオロボレート及びアンモニウムテトラフルオロボレートを含む溶液中で、ポリ(テトラフルオロエチレン)を電解還元してカルビン状の含窒素炭素材を製造し、これに必要によりX線照射することにより芳香環化することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】この発明は、窒素を含む炭素材(以下、含窒素炭素材)の製造方法に属し、特にリチウムイオン二次電池や電気二重層キャパシタにおける電極材料、耐摩耗材料、水素貯蔵材料などに好適に利用されうる炭素材に関する。
【0002】
【従来の技術】一部の炭素が窒素で置換された炭素材は、電子の受容性が増加するなど、通常の炭素材と異なる電子状態を有することから、種々の分野で新素材として期待されている。従来、含窒素炭素材は、ニッケル触媒の存在下でアセトニトリルを800〜1000℃で熱分解する方法、窒素中で黒鉛棒を放電させるアーク放電法、スパッタリング法などにより合成されていた。いずれも気相中で高いエネルギーを照射して活性化した窒素ガスを炭素元素と置換させるものである。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】しかし、従来の合成法では、非常に高いエネルギーが必要であり、製造コストが高いうえ、窒素の導入量や生成物の化学構造を制御することは困難であることから、生成物の物性を制御することができず、多くの分野においてその利用に消極的であった。それ故、この発明の課題は、窒素導入量や導入位置を制御できる新規な含窒素炭素材の製造方法を提供することにある。
【0004】
【課題を解決するための手段】上記課題を解決するために、この発明の含窒素炭素材の製造方法は、有機溶媒及びその有機溶媒に溶ける1または2以上の四級アンモニウム塩を含む溶液中で、ポリ(テトラハロエチレン)を電解還元することを特徴とする。
【0005】この発明の方法において、四級アンモニウム塩は電解還元の支持電解質として機能するとともに、生成物の窒素源ともなる。そして、この発明の方法によれば、電解還元の中間物質としてポリ(テトラハロエチレン)よりカルビン炭素が生成する。このカルビン炭素は公知のように構造上極めて反応性に富み、系中に支持電解質として存在する四級アンモニウム塩の四級アンモニウムカチオンがカルビン炭素の生成と同時に付加し、窒素元素を含む炭素材が得られる。一連の反応は穏和な液相付加反応であり、高エネルギーを要しない。しかもカルビンの三重結合の一方の炭素に四級アンモニウムカチオンが付加すれば、電気的中性を保つために他方の炭素には四級アンモニウムカチオンは付加しない。従って、窒素導入位置に一定の秩序をもたせることができる。更に、液相中での穏和な条件で付加することから、四級アンモニウム塩の濃度や種類によって窒素導入量を容易に変えることができる。
【0006】前記四級アンモニウム塩としては、例えばテトラアルキルアンモニウムテトラフルオロボレート及びアンモニウムテトラフルオロボレートのうちから選ばれる1種以上である。このうち、テトラアルキルアンモニウムテトラフルオロボレート及びアンモニウムテトラフルオロボレートの両方を用いるときは、窒素導入量が後者の濃度に従って変化する。前記有機溶媒としてはジメチルホルムアミド(以下、DMF)が好ましい。他の条件が同一の場合、最も窒素導入量を多くすることができるからである。前記ポリ(テトラハロエチレン)は多孔質に成形されていると好ましい。成形されていると取り扱いやすいし、多孔質であると炭素源の比表面積が増し、窒素導入量が増すからである。上記電解還元後にX線を照射すると、炭素材が芳香環化するなど、窒素−炭素の結合様式を変えることができる。
【0007】
【実施例】−実施例1−容器中でテトラアルキルアンモニウムテトラフルオロボレートn-Bu4NBF4及びアンモニウムテトラフルオロボレートNH4BF4を前者が0.5M、後者が0.4Mの濃度となるように20mLの無水DMFに溶かした。この溶液にポリ(テトラフルオロエチレン)のシート(以下、PTFEシート)を入れた。そして、溶液中に銀/塩化銀(飽和KCl)参照電極、先端が直径0.5mmの針状をなす白金作用電極及び孔径10〜16μmのガラスフィルターで仕切られた大きさ9×6×0.1mmの白金対極の3つの電極を浸し、白金作用電極の先端をPTFEシートに接触させた。この状態で反応系をアルゴン雰囲気に保ち、銀/塩化銀参照電極に対して−3Vの直流電圧を3時間白金作用電極に印加することによって、電解還元を行った。
【0008】電圧の印加時間の経過に伴ってPTFEシートの白金作用電極との接触部分が黒く変色した。変色した部分をフーリエ変換赤外分光法(FT−IR)によって分析すると、図1に見られるように2200cm-1にC≡CまたはC≡Nに帰属できるピークが認められた。2200cm-1付近にピークが現れる化学種の種類が少ないことから、カルビン炭素が生成していると認められる。尚、ピーク強度が低いのは、三重結合は化学的反応性が高く、測定時にはかなりの割合で芳香族二重結合に転化しているからであると思われる。
【0009】変色部分について、X線光電子分光法(XPS)にて結合エネルギーごとのピーク強度を測定した結果を図2に示す。図2において縦軸はピーク強度(単位:任意)、横軸は結合エネルギーを示す。図2に見られるように変色部分は電解前のPTFEシートに比べてF1s(「1s」の「1」は主量子数、「s」はs軌道の意味であり、原子の結合状態を示す。以下、同様。)に対するC1sのピーク強度が増加し、O1sやN1sに帰属できるピークも認められた。また、変色部分の表面をアルゴンで30秒間スパッタした後にXPS測定する操作を繰り返した。その測定結果を図3に示す。図3において、上下方向はピーク強度(単位:任意)、左右方向は結合エネルギー、前後方向はサイクルを示す。図3R>3に見られるように、O1sピークはすぐに消失したが、N1sピークは内部までほぼ均一に分布していた。従って、変色部分に存在する窒素は、四級アンモニウム塩の表面吸着によるものではなく、炭素との結合によるものであることが示唆される。
【0010】−実施例2−支持電解質の濃度を表1に示す値に調製したこと以外は実施例1と同一条件で電解還元を行い、変色部分の表面の存在元素をXPSで測定した。測定結果を表1に併記する。
【0011】
【表1】


表1に示されるように、NH4BF4の濃度の増加に伴ってC−Nに帰属できるNピークの割合が増加し、四級アンモニウム塩の窒素が付加していることが示唆される。
【0012】−実施例3−PTFEシートに代えて、平均孔径0.5μm、気孔率74%の多孔性PTFEを用いた以外は、実施例2と同一条件で電解還元を行い、変色部分の表面の存在元素をXPSで測定した。測定結果より、C1sに帰属できる全ピークの合計ピーク強度に対するN1sに帰属できる全ピークの合計ピーク強度の比率を算出し、これをN/C元素比とした。N/C元素比とNH4BF4の濃度との関係を黒四角■で打点したグラフを図4に示す。尚、比較のために、実施例2の測定結果から得られた同様の関係を黒丸●で同図に打点した。図4に示されるように、多孔性PTFEの場合もNH4BF4の濃度の増加に伴って窒素付加量が増加しており、しかも同じNH4BF4濃度では多孔性PTFEのほうが著しく付加量が多かった。
【0013】−実施例4−実施例2におけるNH4BF4濃度=0.4Mのものと同一条件で電解還元することにより変色したシートを得た。得られたシートを無水DMFで10分間×3回超音波洗浄し、室温で4時間真空乾燥した後、変色部分にX線(CuKα線1.54Å、40kW、30mA)を4時間照射した。X線照射前後のXPS測定結果を表2に示す。
【0014】
【表2】


表2に示されるように、X線を照射することにより、芳香環内に存在するC=N結合のピークが認められた。
【0015】−実施例5−PTFEシートに代えて、実施例3と同形同質の多孔性PTFEを用いた以外は、実施例4と同一条件で変色シートを得た後、実施例4と同様にX線照射した。その結果、C−N結合のピークは認められず、C=N結合のピークが認められた。C=N結合の存在割合はピーク強度比より5.78mol%であった。
【0016】−実施例6−支持電解質としてn−Bu4NBF4のみを用いたことと支持電解質を溶かす溶媒及び電解還元時に印加する電圧が異なる以外は実施例1と同一条件で電解還元し、変色部分の窒素導入割合(N/C元素比)を実施例3と同様にして求めた。溶媒の種類と電圧ごとの窒素導入割合を図5に、同じく窒素導入電流効率を図6に示す。窒素導入電流効率は、N/C元素比を通電電気量(単位:クーロン)で割った値である。図中、THFはテトラヒドロフラン、ANはアセトニトリル、DECはジエチレンカーボネート、DME+ECはジメトキシエタンとエチレンカーボネートとの混合物の略記号であり、いずれも溶媒である。図5及び図6に見られるように、DMFを溶媒として用いたときに最も窒素導入割合及び電流効率が高くなった。
【0017】
【発明の効果】以上のように、この発明の炭素材製造方法によれば、低エネルギーで所望量の窒素を含む炭素材を得ることができるので、電極材料、耐摩耗材料、水素貯蔵材料などの種々の素材を量産するのに有益である。
【図面の簡単な説明】
【図1】 電解前後のPTFEシートについて測定したFT−IRスペクトルを示す図である。
【図2】 電解前後のPTFEシートについて測定したXPSサーベイスペクトルを示す図である。
【図3】 電解後のPTFEシートにアルゴンスパッタをしながら測定したXPSスペクトルを示す図である。
【図4】 N/C元素比とNH4BF4の濃度との関係を示すグラフである。
【図5】 溶媒の種類と電圧ごとの窒素導入割合を示すグラフである。
【図6】 溶媒の種類と電圧ごとの窒素導入電流効率を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】有機溶媒及びその有機溶媒に溶ける1または2以上の四級アンモニウム塩を含む溶液中で、ポリ(テトラハロエチレン)を電解還元することを特徴とする炭素材の製造方法。
【請求項2】前記四級アンモニウム塩がテトラアルキルアンモニウムテトラフルオロボレート及びアンモニウムテトラフルオロボレートのうちから選ばれる1種以上である請求項1に記載の方法。
【請求項3】前記ポリ(テトラハロエチレン)が多孔質に成形されている請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】前記有機溶媒がジメチルホルムアミドである請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】電解還元後にX線を照射する請求項1〜4のいずれかに記載の方法。

【図3】
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【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図4】
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【公開番号】特開2003−247091(P2003−247091A)
【公開日】平成15年9月5日(2003.9.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2002−45883(P2002−45883)
【出願日】平成14年2月22日(2002.2.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2001年11月1日〜2日 電気化学会北陸支部主催の「電気化学会北陸支部40周年記念大会」において文書をもって発表
【出願人】(899000046)関西ティー・エル・オー株式会社 (75)
【Fターム(参考)】