筋萎縮性側索硬化症治療剤
【課題】筋萎縮性側索硬化症(ALS)に対する新規な治療剤、及びALSの進行抑制剤の提供。
【解決手段】肝細胞増殖因子(HGF)を有効成分として含有し、脊髄又は脳室内に投与される、ALSの治療剤、及びALSの進行抑制剤。HGFは、1日0.01〜100mg投与されることが好ましい。また、脊髄内でのHGF発現レベルが投与前の2倍以上になる量のHGFが投与されることが好ましい。HGFは公知物質であり、医薬として使用できる程度に精製されたものであれば、種々の方法で調製されたものを用いることができる。
【解決手段】肝細胞増殖因子(HGF)を有効成分として含有し、脊髄又は脳室内に投与される、ALSの治療剤、及びALSの進行抑制剤。HGFは、1日0.01〜100mg投与されることが好ましい。また、脊髄内でのHGF発現レベルが投与前の2倍以上になる量のHGFが投与されることが好ましい。HGFは公知物質であり、医薬として使用できる程度に精製されたものであれば、種々の方法で調製されたものを用いることができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筋萎縮性側索硬化症(以下、ALS)治療剤に関する。より詳細には、HGF(Hepatocyte Growth Factor、肝細胞増殖因子)及び/又はHGF遺伝子を有効成分とするALS治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、運動ニューロンの進行性喪失および運動神経の軸索変性によって特徴づけられる深刻な神経変性疾患であり、結果として運動機能障害および寿命の短縮を導く。ALS患者の約15%は家族性のALS(FALS)であり、FALSの約15%から25%がCu2+/Zn2+スーパーオキシドジスムターゼ(SOD1)をコードしている遺伝子内に変異を有している。高レベルで変異SOD1タンパク質及びその活性を有するトランスジェニックマウスは、家族性および散発性ALS両方と同様の疾病の進行を示すため、ALSに対するモデルとして、この変異SOD1過剰発現トランスジェニックマウスが使用されている。そして、本発明においても、変異SOD1(G93A)過剰発現トランスジェニックマウスであるG93Aマウス(Science,264,1772-1775(1994))を使用した。
【0003】
運動ニューロンの変性は疾病の最初の事象と考えられているので、多くの試みが、運動ニューロンの生存を直接的に助けることに焦点を置いてきた。しかしながら、これらの試みはいずれも満足のいくものではなかった。一方、Brujinらは、星状細胞中に顕著なSOD1を含んでいる封入体が臨床兆候の前に現れ、疾病進行の間に目に見えて多量に増加することを報告し、変異SOD1(G85R)過剰発現トランスジェニックマウスにおいて変異-SOD1を介する損傷に対する第1の標的として、星状細胞を指し示している(Neuron,18,327-338(1997))。したがって、星状細胞の機能を回復させ、しかも運動ニューロンの細胞死を直接的に防ぐことができる二重機能性(bifunctional)物質は、ALSの処置により最適であると考えられる。しかしながら、そのような物質は未だ報告されていない。
【0004】
肝細胞増殖因子(HGF)は、最初に成熟肝細胞に対する強力なマイトージェンとして同定され、1989年にその遺伝子クローニングがなされた(Biochem.Biophys.Res.Commun.,122,1450-1459(1984)、Nature,342,440-443(1989))。HGFは肝細胞増殖因子として発見されたが、ノックアウト/ノックインマウスの手法を含む発現および機能的解析における近年の多数の研究により、HGFは新規な神経栄養因子であることが明らかにされた(Ciba. Found. Symp.,212,198-211(1997)、Nat.Neurosci.,2,213-217(1999))。HGFは海馬、大脳皮質、ドーパミン作動性中脳、小脳顆粒、感覚、運動ニューロン、交感神経神経芽細胞に対して神経栄養因子活性を示す(Ciba. Found. Symp.,212,198-211(1997)、Brain Res.Mol.Brain Res.,32,197-210(1995))。とりわけHGFは、in vitroでグリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF)に匹敵する、運動ニューロンに対する最も強力な生存促進因子の一つとして知られている(Neuron,17,1157-1172(1996))。発生段階の胎児脊髄運動ニューロン、および舌下神経の軸索切断後の成熟運動ニューロンに対するHGFの神経栄養因子活性が、in vivoで示されている(J.Neurosci.,20,326-337(2000)、Eur.J.Neurosci.,11,4139-4144(1999))。しかしながら、HGFのALSへの関与や、HGFの発現が実際にALSに対して効果を示したといった報告は一切なされておらず、従ってHGFがALSの治療剤となり得るか否かは何ら明らかにされていない状況にあった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、ALSに対する新規な治療剤に関する。より詳細には、HGF及び/又はHGF遺伝子を有効成分とするALS治療剤に関する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、まずALSのモデルマウスであるG93Aトランスジェニックマウスを用いて、HGFのALSへの関与を検討した。その結果、c-Met/HGFレセプター様免疫応答性(c-Met-IR)が、野生型同腹子の運動ニューロンと同様にG93Aトランスジェニックマウスの運動ニューロンにも局在していることを見出した。さらに、G93AトランスジェニックマウスにおけるALSの進展に伴い、脊髄前角(運動ニューロンが局在)におけるc-metおよびHGF mRNAの発現レベルがマウスの成長に伴って増加することを見出した。これらの結果により、ALSの運動ニューロンにおいてHGFが何らかの役割を果たしていることが示唆された。
【0007】
次に本発明者らは、ニューロン特異的エノラーゼプロモーター(NSE)を用いてニューロン特異的にラットHGFを発現するトランスジェニックマウスを作製し、当該マウスを用いて、実際にHGFがALSに対して効果を示すかどうかを検討した。その結果、HGFにより運動ニューロン死が減ぜられること、また運動ニューロンの軸索変性が抑制されることを初めて見出した。またHGFは、運動ニューロンのみならずALS関連神経毒性に関するDRG感覚神経に対しても、神経保護効果を発揮することをも見出した。さらにHGFは、神経保護効果を通して、ALSにおける筋肉喪失を遅延させる効果を有することを明らかにした。
さらに本発明者らは、HGFにより実際にALSの進行を抑制(遅延)できるか否かを前記トランスジェニックマウスを用いて検討した。その結果、極めて少量(野生型マウス及びG93Aマウスの約2倍)のHGFの発現により、驚くべきことに麻痺の開始が遅延され、寿命が延び、また運動能力が改善されることが明らかとなった。以上の知見により、HGFの発現がALSに対して治療効果を有することが、初めて明らかとなった。
【0008】
次に本発明者らは、HGFによるALS進行抑制のメカニズムを検討した結果、少なくとも以下の3つの新たなメカニズムにより、HGFはALS改善効果をもたらすことが示された。
【0009】
(1)運動ニューロンにおけるカスパーゼ−1の誘導抑制作用ALSの中期において、カスパーゼ−1が、変異SOD1を過剰発現しているトランスジェニックマウスの運動ニューロンで活性化されそして/または誘導されることが示されており(Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.,95,15763-15768(1998)、Science,288,335-339(2000))、またカスパーゼ−1に対するドミナントネガティブインヒビターのG93Aマウスへの導入が、約2週間死亡率をうまく遅延させたこと(Nature,388,31(1997)、J.Exp.Med.,185,933-940(1997))から、カスパーゼ−1がこの疾病の進行に重要な役割を果たしていると考えられている。そこで本発明者らはHGFがカスパーゼ-1の誘導を変化させるかどうかを検討した結果、HGFはALS運動ニューロンにおけるカスパーゼ-1の誘導を抑制する効果を有することが明らかとなった。
【0010】
(2)脊髄でのAktのリン酸化作用Aktのリン酸化が大脳皮質ニューロンと腎臓上皮細胞でのHGFの生存促進活性に関与することが示されており、またHGFは劇症肝炎モデルの肝臓でBcl-xL発現を誘導し、多量のアポトーシスを阻止することが示されている(Biochem.Biophys.Res.Commun.,244,683-690(1998)、Hepatology,30,151-159(1999))。そこで本発明者らはHGF発現によりAktのリン酸化が起こるか否かを調べた結果、ALSの脊髄において特異的に、Aktのリン酸化が認められた。
【0011】
(3)反応性星状細胞におけるグリア細胞特異的グルタミン酸輸送体(EAAT2/GLT1)のダウンレギュレーションの抑制グルタミン酸仲介興奮毒性が、グルタミン酸クリアランスの減少によってALSの運動ニューロン変性に関与することが指摘されている。この仮説と一致して、散発性ALSの患者の脊髄および運動皮質で、グルタミン酸輸送活性が明らかに減少し(N.Engl.J.Med.,326,1464-1468(1992))、星状細胞に局在し、グルタミン酸作動性神経毒性を抑制するための主要な輸送体であると考えられているグリア細胞特異的グルタミン酸輸送体(EAAT2/GLT-1)に対する免疫応答が選択的に消滅したこと(Ann.Neurol.,38,73-84(1995))が報告されている。また、ALSモデルであるG85R型トランスジェニックマウスでのEAAT2の減少や(Neuron,18,327-338(1997))、ALSでのSOD1変異(A4VおよびI113T)に関連したグリア細胞グルタミン酸輸送体の不活性化(Nat.Neurosci.,2,427-433(1999))も報告されている。以上のように、グルタミン酸作動性興奮毒性はALSの運動ニューロン変性において役割を果たしていると考えられているため、本発明者らはHGFの前記EAAT2への関与を検討した。その結果、HGFはALSにおけるEAAT2のダウンレギュレーションを抑制し、ALS末期においても機能的な星状細胞を保持する機能を有することが明らかとなった。
【0012】
このようにHGFは、少なくとも3つのメカニズム、すなわち、運動ニューロンにおけるカスパーゼ-1の誘導を防ぐことによって、またAktのリン酸化によって、そして反応性星状細胞におけるグリア細胞特異的グルタミン酸輸送体(EAAT2/GLT1)のダウンレギュレーションを防ぐことによって、ALSを改善することが示された。
【0013】
以上のようにHGFは、運動ニューロンに対する直接的神経栄養因子活性と、星状細胞においてグルタミン酸輸送体のレベルを保つことによる運動ニューロンに対するグルタミン酸細胞毒性の間接的な改善作用の2つの作用を通して、ALSの運動機能と寿命を改善する効果を有する。このような、二重機能性(bifunctional)の増殖因子は従来は知られておらず、HGFが最初の例である。HGFのこれらの機能は、ALSおよび関連した運動ニューロン疾患において、HGF(遺伝子又はタンパク質)が治療的に使用できることを示している。本発明は、以上のような知見に基づき完成するに至ったものである。
【0014】
すなわち本発明は、(1) HGF及び/又はHGF遺伝子を有効成分として含有する、ALS治療剤、(2) HGF及び/又はHGF遺伝子を有効成分として含有する、ALSの進行抑制剤、(3) HGF及び/又はHGF遺伝子を有効成分として含有する、運動ニューロンにおけるカスパーゼ−1の誘導抑制剤、(4) HGF及び/又はHGF遺伝子を有効成分として含有する、脊髄におけるAktのリン酸化促進剤、ならびに(5) HGF及び/又はHGF遺伝子を有効成分として含有する、星状細胞におけるグリア細胞特異的グルタミン酸輸送体(EAAT2/GLT−1)の減少抑制剤、に関する。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、HGF及び/又はHGF遺伝子を有効成分とするALSの治療剤(進行抑制剤)が提供される。HGFは、運動ニューロンに対する直接的神経栄養因子活性と、星状細胞においてグルタミン酸輸送体のレベルを保つことによる運動ニューロンに対するグルタミン酸細胞毒性の間接的な改善作用の2つの作用を通して、ALSの運動機能と寿命を改善する効果を有する。このような、二重機能性(bifunctional)の増殖因子は従来は知られておらず、従って、HGF及び/又はHGF遺伝子は従来にない効果的な治療剤として有効に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、G93Aトランスジェニックマウス(図中G93A)および野生型同腹子(図中wildtype)の運動ニューロンにおけるc-Metの発現(c-Met-IR)を、免疫組織学的解析により調べた結果を示す顕微鏡写真である。図中、2moは2ヶ月齢を、また8moは8ヶ月齢を示す。
【図2】図2は、G98Aマウスの疾病の進行における、脊髄でのHGFおよびc-met RNAの定量をコンペティティブRT-PCRにより行い、同齢の野生型マウスのそれと比較した結果を示すグラフである。横軸は月齢を、縦軸はc-met RNA量(左グラフ)あるいはHGF RNA量(右グラフ)を示す。図中、矢頭はc-metあるいはHGFのバンドを、また棒はコンペティターのバンドを示す。
【図3】図3は、ニューロン特異的エノラーゼプロモーターを用いて作製したHGFトランスジェニックマウスの各組織における外来性HGFの発現を、RNaseプロテクションアッセイにより解析した結果を示す、電気泳動写真である。図中、矢印は外来性HGFに相当するバンドを、また棒は内在性HGFに相当するバンドを示す。また図中、Brは脳を、Luは肺を、Htは心臓を、Liは肝臓を、Kdは腎臓を、Spは脾臓を、Stは胃を、Scは脊髄を、Tsは精巣を、Msは筋肉を、Inは腸を、Skは皮膚を指す。
【図4】図4は、2ヶ月齢の野生型およびHGFトランスジェニックマウス同腹子(n=6)での血漿HGFのレベルを示すグラフである。酵素結合免疫測定法(ELISA)で解析した。
【図5】図5は、出生後発達段階での野生型およびHGFトランスジェニックマウス同腹子での全脊髄におけるHGF含量を、ELISAによって解析した結果を示すグラフである。図中、P2は出生後2日目を、P14は出生後14日目を、また1moは1ヶ月齢を、6moは6ヶ月齢を示す。
【図6】図6は、腰髄前角の運動ニューロンの数及び形態を、組織学的に解析した結果を示す顕微鏡写真である。図中、wildtypeは野生型マウス、HGFはHGF単独トランスジェニックマウス、G93AはG93Aトランスジェニックマウス(ALS末期)、G93A/HGFは二重トランスジェニックマウス(ALS末期)の結果を示す。
【図7】図7は、各トランスジェニックマウスにおける腰髄の運動ニューロン数を、定量的に比較した結果を示すグラフである。図中、○は野生型を、●はHGF単独トランスジェニックマウスを、△はG93Aトランスジェニックマウスを、また▲は二重トランスジェニックマウスを示す。
【図8】図8は、各トランスジェニックマウスにおける腓腹筋の湿重量を示すグラフである。図中、○は野生型を、●はHGF単独トランスジェニックマウスを、△はG93Aトランスジェニックマウスを、また▲は二重トランスジェニックマウスを示す。
【図9】図9は、8ヶ月齢の各トランスジェニックマウスの前根(V、上パネル)と後根(D、下パネル)の切片(1μm)の形態を示す顕微鏡写真である。
【図10】図10は、各トランスジェニックマウスでの、2、6および8ヶ月齢の脊髄のHGFレベルをELISAにより解析した結果を示すグラフである。
【図11】図11は、G93Aトランスジェニックマウス(図中△、n=15)およびG93A/HGF二重トランスジェニックマウス(図中▲、n=16)における麻痺の開始を比較した結果を示すグラフである。
【図12】図12は、G93Aトランスジェニックマウス(図中△、n=15)およびG93A/HGF二重トランスジェニックマウス(図中▲、n=16)における死亡の開始を比較した結果を示すグラフである。
【図13】図13は、野生型(図中○、n=14)、HGF単独トランスジェニックマウス(図中●、n=15)、G93Aトランスジェニックマウス(図中△、n=15)、および二重トランスジェニックマウス(図中▲、n=16)の後肢伸長反射を測定した結果を示すグラフである。
【図14】図14は、野生型(図中○、n=14)、HGF単独トランスジェニックマウス(図中●、n=15)、G93Aトランスジェニックマウス(図中△、n=15)、および二重トランスジェニックマウス(図中▲、n=16)のローターロッド上での保持時間を測定した結果を示すグラフである。
【図15】図15は、野生型(図中○、n=14)、HGF単独トランスジェニックマウス(図中●、n=15)、G93Aトランスジェニックマウス(図中△、n=15)、および二重トランスジェニックマウス(図中▲、n=16)の歩幅を測定した結果を示すグラフである。
【図16】図16は、疾病進行中のG93A及びG93A/HGF同腹子の腰髄における変異SOD1の凝集を、免疫染色により解析した結果を示す顕微鏡写真である。図中4moは4ヶ月齢を、また8moは8ヶ月齢を示す。
【図17】図17は、野生型(W)、HGF単独(H)、G93A(G)、および二重トランスジェニック(G/H)の各マウスの腰髄での変異SOD1の量を、イムノブロッティングによって解析した結果を示す電気泳動写真である。図中、2moは2ヶ月齢を、6moは6ヶ月齢を、8moは8ヶ月齢を示す。
【図18】図18は、野生型(W)、HGF単独(H)、G93A(G)、および二重トランスジェニック(G/H)の各マウスの8ヶ月齢の腰髄における、リン酸化Akt(p-Akt)、Akt、Bcl-xL、及びBcl-2の免疫染色の結果を示す電気泳動写真である。
【図19】図19は、4種のマウスの8ヶ月齢の腰髄前角を、GFAPにより免疫組織化学解析した結果を示す顕微鏡写真である。
【図20】図20は、図19のGFAPによる免疫組織化学解析を定量的に示したグラフである。図中、○は野生型、●はHGF単独トランスジェニック、△はG93Aトランスジェニック、▲は二重トランスジェニックを示す(それぞれの群ごとにn=3)。
【図21】図21は、4種のマウスの2、6および8ヶ月時の脊髄のEAAT2、GFAPおよびc-Metの免疫ブロッティングの結果を示す電気泳動写真である。図中Wは野生型、HはHGF単独トランスジェニック、GはG93Aトランスジェニック、G/Hは二重トランスジェニックを示す。
【図22】図22は、標準化後のEAAT2の相対的レベル(標準化のためにEAAT2レベルをGFAPレベルで割る)を示したグラフである(それぞれの群毎にn=4マウス)。
【図23】図23は、HGF処理後の初代培養星状細胞におけるEAAT2およびc-Metの免疫ブロッティングを示す電気泳動写真である。
【図24】図24は、図23の免疫ブロッティングの結果を定量的に示したグラフである(それぞれの群でn=2)。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明において使用されるHGFは公知物質であり、その塩基配列及びアミノ酸配列は、Nature,342,440(1989)、特許第2777678号公報、Biochem.Biophys.Res.Commun.,163,967(1989)、Biochem.Biophys.Res.Commun.,172,321(1990)などに記載されている。当該HGFは、医薬として使用できる程度に精製されたものであれば、種々の方法で調製されたものを用いることができる。また既に市販されている製品(例えば、東洋紡Code No.HGF-101等)を使用することもできる。
【0018】
HGFの製造法としては、例えば、HGFを産生する初代培養細胞や株化細胞を培養し、培養上清等から分離、精製して該HGFを得ることができる。また、遺伝子工学的手法によりHGFをコードする遺伝子を適切なベクターに組み込み、これを適当な宿主に挿入して形質転換し、この形質転換体の培養上清から目的とする組換えHGFを得ることができる(例えば Nature,342,440(1989)、特開平5-111383号公報、Biochem.Biophys.Res.Commun.,163,967(1989)など参照)。上記の宿主細胞は特に限定されず、従来から遺伝子工学的手法で用いられている各種の宿主細胞、例えば大腸菌、酵母又は動物細胞などを用いることができる。ここで動物細胞としては、CHO細胞やCOS細胞、又はマウスC127細胞などが挙げられる(いずれもATCC等から入手可能)。このようにして得られたHGFは、天然型HGFと実質的に同じ作用を有する限り、天然型HGFに類似の構造を有するものであっても良い。すなわち、1)前記HGFのcDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされるタンパク質や、2)前記HGFのアミノ酸配列に対して1若しくは複数(好ましくは数個)のアミノ酸が置換、欠失及び/又は付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質、などのうち、HGFとしての作用を有するタンパク質であれば、本発明のHGFの範疇に含まれる。ここで前記1)及び2)のタンパク質をコードするDNAは、例えば部位特異的突然変異誘発法、PCR法、又は通常のハイブリダイゼーション法などにより容易に得ることができ、具体的にはMolecular Cloning 2nd Edt.,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)等の基本書を参考にして行うことができる。
【0019】
本発明は、HGFがALSの治療剤、具体的にはALSの進行抑制剤となることを初めて明らかにしたものである。HGFは、運動ニューロンに対する直接的神経栄養因子活性と、星状細胞においてグルタミン酸輸送体のレベルを保つことによる運動ニューロンに対するグルタミン酸細胞毒性の間接的な改善作用の2つの作用を通して、ALSの運動機能と寿命を改善する効果を有する。このような、二重機能性(bifunctional)の増殖因子は従来は知られておらず、HGFが最初の例である。HGFはこれら2つの作用を発揮することにより、ALSおよび関連した運動ニューロン疾患の進行を遅延・抑制することができる。
【0020】
HGFのALSに対する作用機序としては、HGFは、少なくとも以下の3つの作用を発揮することによって、ALS改善効果を示すと考えられる。
(1)運動ニューロンにおけるカスパーゼ−1の誘導抑制作用(2)脊髄でのAktのリン酸化作用(3)反応性星状細胞におけるグリア細胞特異的グルタミン酸輸送体(EAAT2/GLT1)のダウンレギュレーションの抑制作用
【0021】
このような作用を有する内因性増殖因子は今まで知られておらず、HGFが、前記作用を有することを示した最初の増殖因子である。HGFは、これらの作用を発揮することにより、ALSおよび関連した運動ニューロン疾患の進行を遅延・抑制することができる。ここでALSに関連した運動ニューロン疾患としては、進行性棘筋(spinal muscular)萎縮、進行性球麻痺、原発性側索硬化、小児性及び若年性筋萎縮、フォジオ-ロンデ症候群、シャルコー・マリー・ツース病などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0022】
本発明の治療剤は種々の製剤形態(例えば液剤、固形剤など)をとりうるが、一般的には有効成分であるHGFのみ又はそれと慣用の担体と共に注射剤とされる。当該注射剤は常法により調製することができ、例えば、HGFを適切な溶剤(例えば、滅菌水、緩衝液、生理食塩水等)に溶解した後、フィルター等でろ過滅菌し、次いで無菌的な容器に充填することにより調製することができる。注射剤中のHGFの含量としては、通常0.0002〜0.2(W/V%)程度、好ましくは0.001〜0.1(W/V%)程度に調整される。
【0023】
製剤化に際して、好ましくは安定化剤が添加され、安定化剤としては、例えばアルブミン、グロブリン、ゼラチン、マンニトール、グルコース、デキストラン、エチレングリコールなどが挙げられる。さらに、本発明の製剤は製剤化に必要な添加物、例えば、賦形剤、溶解補助剤、酸化防止剤、無痛化剤、等張化剤等を含んでいても良い。液状製剤とした場合は凍結保存、又は凍結乾燥等により水分を除去して保存するのが望ましい。凍結乾燥製剤は、用時に注射用蒸留水などを加え、再溶解して使用される。
【0024】
本発明の製剤は、該製剤の形態に応じた適当な投与経路により投与される。投与経路としては、HGFが作用を発揮し、ALSの進行を抑制し得るような投与経路であれば、いかなる投与経路であっても良い。一般的には、皮下投与、皮内投与、静脈内投与、動脈内投与、筋肉内投与、局所注入、脳室内投与、脊髄内投与などが挙げられる。さらに、体内に埋め込まれた装置を介した投与経路も挙げられ、具体的には、オスモチックポンプなどを用いて患部に連続的に徐々に投与する手法や、徐放性製剤(例えばミニペレット製剤)を患部近くに埋め込む手法などが挙げられる。このうち脊髄内投与は、脊髄内の運動ニューロンに本発明の製剤を直接到達させることが出来るため、好ましい投与経路である。
【0025】
投与量としては、患者の症状、年齢、体重などにより適宜調節されるが、通常HGFとして0.001mg〜1000mg、好ましくは0.01mg〜100mgであり、これを1日1回〜数回に分けて投与するのが適当である。
【0026】
また、以下の実施例に記載されたように、極めて少量のHGFの発現により、ALSが改善されることが示された。すなわち、野生型マウス及びG93Aトランスジェニックマウスの脊髄でのHGF発現量の約2倍のHGF発現レベルにより、ALSの症状が認めはじめられる時期である6ヶ月時の運動機能を十分に改善し、またマウスにおいて1ヶ月の寿命を引き延ばしたことが示された。従って、本発明のHGF製剤は、ALS患者に対して、少なくとも脊髄中でのHGF発現レベルが、HGF投与前の2倍以上となるような量で、投与されることが好ましい。本発明においては、このような、脊髄におけるHGFの発現レベルが、HGF投与前の2倍以上となるような量を投与することからなる、ALSの治療剤をも提供するものである。
【0027】
さらに近年、HGF遺伝子を用いた遺伝子治療に関する報告がなされており(Circulation,96,No3459(1997)、Nature Medicine,5,226-230(1999)、Circulation,100,No.1672(1999)、Gene Therapy,7,417-427(2000)などを参照)、また技術的にも確立された技術となっている。本発明においては、前述のようなHGFタンパクの投与のみならず、HGF遺伝子を導入することからなるALSの遺伝子治療剤をも包含するものである。以下、HGFの遺伝子治療につき記述する。
【0028】
本発明において使用される「HGF遺伝子」とは、HGF(HGFタンパク)を発現可能な遺伝子を指す。具体的には、Nature,342,440(1989)、特許第2777678号公報、Biochem.Biophys.Res.Commun.,163,967(1989)、Biochem.Biophys.Res.Commun.,172,321(1990)などに記載のHGFのcDNAを後述の如き適当な発現ベクター(非ウイルスベクター、ウイルスベクター)に組み込んだものが挙げられる。ここでHGFをコードするcDNAの塩基配列は、前記文献に記載されている他、Genbank 等のデータベースにも登録されている。従ってこれらの配列情報に基づき適当なDNA部分をPCRのプライマーとして用い、例えば肝臓や白血球由来のmRNAに対してRT-PCR反応を行うことなどにより、HGFのcDNAをクローニングすることができる。これらのクローニングは、例えばMolecular Cloning 2nd Edt., Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)等の基本書に従い、当業者ならば容易に行うことができる。
【0029】
さらに、本発明のHGF遺伝子は前述のものに限定されず、発現されるタンパク質がHGFと実質的に同じ作用を有する遺伝子である限り、本発明のHGF遺伝子として使用できる。すなわち、1)前記cDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAや、2)前記cDNAによりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1若しくは複数(好ましくは数個)のアミノ酸が置換、欠失及び/又は付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、などのうち、HGFとしての作用を有するタンパクをコードするものであれば、本発明のHGF遺伝子の範疇に含まれる。ここで前記1)及び2)のDNAは、例えば部位特異的突然変異誘発法、PCR法、又は通常のハイブリダイゼーション法などにより容易に得ることができ、具体的には前記Molecular Cloning等の基本書を参考にして行うことができる。
【0030】
本発明のHGF遺伝子は、前述のHGFタンパクと同様の疾患に適用することができる。また、HGF遺伝子とHGFタンパクは独立して使用することもできれば、両者を併用して用いることも可能である。
【0031】
次に、本発明の遺伝子治療において用いられる遺伝子導入方法、導入形態および導入量等について記述する。
【0032】
前記遺伝子を有効成分とする遺伝子治療剤を患者に投与する場合、その投与形態としては非ウイルスベクターを用いた場合と、ウイルスベクターを用いた場合の二つに大別され、実験手引書などにその調製法、投与法が詳しく解説されている(別冊実験医学,遺伝子治療の基礎技術,羊土社,1996、別冊実験医学,遺伝子導入&発現解析実験法,羊土社,1997、日本遺伝子治療学会編遺伝子治療開発研究ハンドブック、エヌ・ティー・エス,1999)。以下、具体的に説明する。
【0033】
A.非ウイルスベクターを用いる場合
慣用の遺伝子発現ベクターに目的とする遺伝子が組み込まれた組換え発現ベクターを用いて、以下のような手法により目的遺伝子を細胞や組織に導入することができる。細胞への遺伝子導入法としては、リポフェクション法、リン酸−カルシウム共沈法、DEAE−デキストラン法、微小ガラス管を用いたDNAの直接注入法などが挙げられる。また、組織への遺伝子導入法としては、内包型リポソーム(internal type liposome)による遺伝子導入法、静電気型リポソーム(electrostatic type liposome)による遺伝子導入法、HVJ−リポソーム法、改良型HVJ−リポソーム法(HVJ-AVEリポソーム法)、レセプター介在性遺伝子導入法、パーティクル銃で担体(金属粒子)とともにDNA分子を細胞に移入する方法、naked−DNAの直接導入法、正電荷ポリマーによる導入法等のいずれかの方法に供することにより、組換え発現ベクターを細胞内に取り込ませることが可能である。
【0034】
このうちHVJ−リポソームは、脂質二重膜で作られたリポソーム中にDNAを封入し、さらにこのリポソームと不活化したセンダイウイルス(Hemagglutinating virus of Japan : HVJ)とを融合させたものである。当該HVJ−リポソーム法は従来のリポソーム法と比較して、細胞膜との融合活性が非常に高いことを特徴とするものであり、好ましい導入形態である。HVJ−リポソームの調製法については文献(実験医学別冊,遺伝子治療の基礎技術,羊土社,1996、遺伝子導入&発現解析実験法,羊土社,1997、J.Clin.Invest.93,1458-1464(1994)、Am.J.Physiol.271,R1212-1220(1996))などに詳しく述べられているため、それらを参照されたい。なおHVJとしてはZ株(ATCCより入手可能)が好ましいが、基本的には他のHVJ株(例えば ATCC VR-907や ATCC VR-105など)も用いることができる。さらに、naked−DNAの直接導入法は、上記手法のうち最も簡便な手法であり、この観点から好ましい導入法である。
【0035】
ここで用いられる発現ベクターとしては、生体内で目的遺伝子を発現させることのできるベクターであれば如何なる発現ベクターであっても良いが、例えばpCAGGS(Gene 108,193-200(1991))や、pBK−CMV、pcDNA3.1、pZeoSV(インビトロゲン社、ストラタジーン社)などの発現ベクターが挙げられる。
【0036】
B.ウイルスベクターを用いる場合
ウイルスベクターとしては、組換えアデノウイルス、レトロウイルス等のウイルスベクターを用いた方法が代表的なものである。より具体的には、例えば、無毒化したレトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンビスウイルス、センダイウイルス、SV40、免疫不全症ウイルス(HIV)等のDNAウイルスまたはRNAウイルスに目的とする遺伝子を導入し、細胞に組換えウイルスを感染させることによって、細胞内に遺伝子を導入することが可能である。前記ウイルスベクターのうち、アデノウイルスの感染効率が他のウイルスベクターを用いた場合よりもはるかに高いことが知られており、この観点からは、アデノウイルスベクター系を用いることが好ましい。
【0037】
本発明の遺伝子治療剤の患者への導入法としては、遺伝子治療剤を直接体内に導入するin vivo法、及び、ヒトからある種の細胞を取り出して体外で遺伝子治療剤を該細胞に導入し、その細胞を体内に戻すex vivo法がある(日経サイエンス、1994年4月号、20−45頁、月刊薬事、36(1),23−48(1994)、実験医学増刊、12(15)、(1994)、日本遺伝子治療学会編 遺伝子治療開発研究ハンドブック、エヌ・ティー・エス、1999)。本発明では、in vivo法が好ましい。
【0038】
患者への投与部位としては、生体内で発現したHGFが作用を発揮し、ALSの進行を抑制し得るような投与経路であれば、いかなる投与経路であっても良い。一般的には、皮下投与、皮内投与、静脈内投与、動脈内投与、筋肉内投与、局所注入、脳室内投与、脊髄内投与などが挙げられる。さらに、体内に埋め込まれた装置を介した投与経路も挙げられ、具体的には、オスモチックポンプなどを用いて患部に連続的に徐々に投与する手法や、徐放性製剤(例えばミニペレット製剤)を患部近くに埋め込む手法などが挙げられる。このうち脊髄内投与は、脊髄内の運動ニューロンに本発明の製剤を直接到達させることが出来るため、好ましい投与経路である。
【0039】
製剤形態としては、上記の各投与形態に合った種々の製剤形態(例えば液剤など)をとり得る。例えば有効成分である遺伝子を含有する注射剤とされた場合、当該注射剤は常法により調製することができ、例えば適切な溶剤(PBS等の緩衝液、生理食塩水、滅菌水等)に溶解した後、必要に応じてフィルター等で濾過滅菌し、次いで無菌的な容器に充填することにより調製することができる。当該注射剤には必要に応じて慣用の担体等を加えても良い。また、HVJ−リポソーム等のリポソームにおいては、懸濁剤、凍結剤、遠心分離濃縮凍結剤などのリポソーム製剤の形態とすることができる。
【0040】
製剤中のDNAの含量は、治療目的の疾患、患者の年齢、体重等により適宜調節することができるが、通常、本発明のDNAとして0.0001−100mg、好ましくは0.001−10mgであり、これを数日ないし数ヶ月に1回投与するのが好ましい。さらに、前述のHGFタンパクの場合と同様に、本発明においては、脊髄におけるHGFの発現レベルが、HGF遺伝子投与前の2倍以上となるような量を投与することからなる、ALSの治療剤をも提供するものである。
【実施例】
【0041】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によりなんら限定されるものではない。
【0042】
材料及び方法
(1)トランスジェニックマウストランスジェニックG93Aマウス((SOD1-G93A)1Gurdl)をJackson Laboratoryから購入した(Science, 264, 1772-1775(1994))。維持のために、オスG93AマウスをメスC57B6マウスと交配し、PCRおよびドット−ブロットハイブリダイゼーションによって遺伝子型を決定した。
【0043】
KT3エピトープでタグ化した全長ラットHGF cDNA(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A 87, 3200-3204(1990))をPCRによって増幅し、pNSE-Exベクター(Doherty博士により提供)内のニューロン特異的エノラーゼプロモーター(Neuron, 18, 231-241(1997))の下流に挿入した。サブクローニングのために、リンカーの付加によってNot IサイトをpNSE-Exベクターに導入した。その後、プラスミドの全塩基配列を確認した。HGF-KT3は、MDCK細胞の遊走アッセイおよび海馬ニューロン初代培養のin vitro生存アッセイにおいて、ヒト組換え体HGFと同様の活性を示した。すでに記述した手法(J.Cell.Biol.,128,185-199(1995)、Proc.Natl.Acad.Sci.,U.S.A.,95,5269-5274(1998))にわずかな改良を加えてトランスジェニックマウスを作製し、トランスジーンの組み込みについて解析した。簡単に記すと、トランスジェニックカセットをSal I制限酵素処理によってベクターから切り取り、DNAを、遺伝的背景がG93Aトランスジェニックマウスと一致しているC57B6の胚に注入した。トランスジーンの組み込みを、トランスジーン中のSV40 ポリ(A)配列を用いたPCRおよびドット−ブロットにより確認した。外来HGFの発現は、HGF-KT3 cDNAの3’末端およびSV40ポリ(A)シグナル配列の5’領域をカバーするプローブを用いて、RNaseプロテクションアッセイによって調べた。
【0044】
NSE-HGFトランスジェニックマウスの子孫をG93Aトランスジェニックマウスと交配した。1つの親からの子を表現型が表れるまで同じケージで飼育した。表現型の最初の兆候の後、動物を分離しておいた。エサと水は摂取しやすくするため、ケージの底部に置いた。動物がその体を30秒以内で立てられない時、この時間を死亡時間として使用した。
【0045】
(2)前角でのHGFおよびc−met RNAの定量脊髄の前角に対する定量的なコンペティティブRT−PCR を、すでに報告された手法(Brain Res.Brain Res.Protoc.,5,190-197(2000))に従って行った。
【0046】
(3)RNaseプロテクションアッセイRNaseプロテクションアッセイを、すでに記載したように(J.Cell.Biol.,123,455-465(1993)、Science,268,1495-1499(1995))、RPAIIリボヌクレアーゼプロテクションアッセイキット(Ambion,Austin,TX)を用いて行った。HGF mRNAに特異的なアンチセンスcRNAプローブを調製するために、HGF-KT-3-polyAのHGF3'末端からpolyA配列の部分を含む326bp断片を、pGEM-Tベクター内に挿入した。プラスミドを直線化し、α-[32P]CTPの存在下で転写し、調製されたcRNAプローブをハイブリダイゼーションのために使用した。外来性HGF RNAは326bpのプロテクトバンドを与え、内在性HGF RNAはKT-3およびポリ(A)配列を欠いているのでより短いプロテクトバンド(251bp)を与える。
【0047】
(4)行動試験行動試験を6家系からのそれぞれの表現型の15動物で行った。マウスをそのしっぽで空中に吊したときに後肢の伸張が通常観察される。運動ニューロン疾病のマウスは、後肢の退縮を共通して示す。スコアは伸張後肢の数に対応する。ローターロッド試験のために、マウスを20rpmで回転しているロッドにおいた。ロッドに残ったそれぞれのマウスの持続時間を測定した。動物がロッド上に4分間残ることができた場合、試験を4分で終了し、4分として記録した。足跡を、その後足を黒色インクに浸した後、マウスを直線経路上で歩かせることで収集した。歩幅を通常歩行を示している領域内で測定した。
【0048】
(5)組織学的解析運動ニューロンを計数するために、脊髄を連続した濃度のエタノールによって固定し、パラフィン内に包埋した後、L5からL4まで連続的に切断した(14μm)。前角における(L4-L5内の)運動ニューロンの数を7切片毎に計20切片について計測した。前角の定義した領域で明らかな核小体がクリスタルバイオレットによって濃く染色されたニューロンを計数した。
【0049】
c-Met特異的抗体(Santa Cruz, 1:100)、HGF特異的抗体(Tokushu Meneki, 1:1000)、ヒトSOD特異的抗体(Sigma,1:200)、GFAP特異的抗体(Sigma, 1:1000)、およびカスパーゼ−1特異的抗体(Santa Cruz, 1:500)を、5%ヤギ血清およびマウスIgGブロッキング剤で1時間(M.O.M キット、Vector science)ブロッキングした後、室温で1時間−4時間、あるいは4℃で一晩切片に添加した。洗浄後、ビオチン化あるいは蛍光標識化2次抗体を添加し、15分間インキュベートした。蛍光免疫染色のために、切片をここでHoechst33342で対比染色後、蛍光顕微鏡下で観察した。CCDカメラ(Hamamatsu)で蛍光画像を取り込み、デジタル化し、蛍光レベルをAdobe PhotoShopを用いて測定した。ビオチン化2次抗体によって認識されるシグナルを視覚化するために、ABC溶液を10分間添加し、DAB溶液内で現像した。それぞれの染色の特異性を、すでに報告された手法(Sun et al.,1999)により試験した。
【0050】
L5ルートを解離し、4%パラホルムアルデヒド/0.25%グルタルアルデヒドにて一晩固定し、四酸化オスミウムによる氷上2時間の後固定し、ルートを脱水させ、Epon812に包埋した。包埋したルートを切断し(1μm)、トルイジンブルーで染色した。試料の形態を光学顕微鏡下で調べた。
【0051】
(6)細胞培養初代星状細胞を、すでに記述した手法(Brain Res.Mol.Brain Res.,41,259-268(1996))にわずかな改良を加えて培養した。生後2日のG93Aマウスあるいは野生型同腹子の大脳皮質を解剖し、小さな断片にした。組織ブロックを37℃水浴内に振とうしながら12分間、0.25%トリプシンおよび100μg/ml DNase Iとインキュベートすることで分解した。組織をピペットで吸引することで粉砕し、分離した細胞を、示された細胞数でポリ−L−オルニチンコートディッシュ上に、10%胎児ウシ血清を含むDF(高グルコースDMEM/HamF12, 50:50)培地(GibCO BRL)中にプレートした。プレートした7日後細胞がコンフレントになる時、細胞をPBSで2回洗浄し、示された濃度の組換えHGFで処理した。星状細胞の純度は7日間培養後には通常95%以上であり、形態学あるいはNSE/GFAP二重染色で調べた。
【0052】
(7)ウエスタンブロッティング腰髄抽出液をRIPA緩衝液内で調製した。50μgの可溶化物を10%SDS−ポリアクリルアミドゲル(SDS−PAGE)上で電気泳動し、PVDF膜に移した。膜をPBS内で一晩、5%ノンファットスキムミルクとともに4℃でインキュベートし、抗−EAAT2抗体(1:2,000, Chemicon)を2時間添加した。洗浄後、膜をHRP標識化抗モルモットIgG抗体(1:3,000, Chemicon)とともにインキュベートし、ECL化学蛍光反応を行った(Amersham, Buckinghamshire, UK)。膜から抗体をはずし、抗GFAP(1:3000, Sigma)、抗ヒトSOD(1:500, Sigma)、抗c-Met(1:400, Santa Curz)抗体で再プローブ化した。50μgの可溶化物を12%SDS−PAGEに供し、上述したように、リン酸化Akt(Cell Signaling Tech.)、Akt(Cell Signaling Tech.)、Bcl-xL/S(Santa Cruz)およびBcl-2(Santa Cruz)抗体を添加した。バンド強度をFluorchemイメージ解析装置(IS-8000)によって測定した。
【0053】
(8)HGF濃度の検出組織あるいは血漿中のHGFを抗ラットHGFポリクローナル抗体(Tokushu Meneki, Tokyo, Japan)を用いて酵素結合免疫測定法(ELISA)の方法で測定した。ラットHGF ELISA系は同様の親和性で、ラットとマウスHGFを特異的に検出する。
【0054】
(9)統計学的解析統計学的比較をステューデントt−検定で行った。生存試験のために、統計学的有意差(p<0.05)はログ順位検定によって評価した。
【0055】
実施例1
G93AトランスジェニックマウスにおけるHGF及びc-Metの発現と調節
G93Aトランスジェニックマウスの運動ニューロンにおいてc-Met/HGFレセプター様免疫反応性(c-Met-IR)が示されるか否かを、免疫組織学的解析により調べた。その結果、野生型同腹子の運動ニューロンと同様に、2ヶ月齢のG93Aマウスの運動ニューロンにおいてc-Met-IRが局在していることを発見した(図1)。またG93Aマウスが末期に達した8ヶ月の時点で、c-Met-IRが前角の多くの細胞で観察され、一方同齢の野生型同腹子は2ヶ月齢と同程度のc-Met-IRを示した(図1)。
【0056】
次に、G93Aトランスジェニックマウスの疾病の進行における脊髄前角内でのHGFおよびc-met mRNAの定量を、前述のコンペティティブRT-PCRにより行い、同齢の野生型マウスのそれと比較した。その結果、運動ニューロンが局在している脊髄の前角内におけるc-metおよびHGF mRNAの発現レベルは、G93AトランスジェニックマウスでのALSの進展の間に進行的に増加することが明らかになった(図2)。以上の結果により、HGFのALS運動ニューロンでの役割が示唆された。c-Met-IRは、末期において、残っている運動ニューロンのみでなく、周辺の星状様細胞内でも発現され、このような運動ニューロン以外の細胞でのHGFの役割も示唆された。これらの結果により、HGFが疾病の進展を遅らせる内因性因子の一つである可能性がもたらされた。
【0057】
実施例2
ニューロン特異的にHGFを過剰発現するトランスジェニックマウスの作製及び特性化
HGFのALSでの効果を検討するために、ニューロン特異的エノラーゼプロモーター(NSE)を用いて、ニューロン特異的にラットHGFを発現するトランスジェニックマウスを作製した。8つの独立したHGFトランスジェニックマウス系統の中から、神経系に特異的にしかし比較的低レベルで外来性HGFを特異的に発現している1つの系統を選択した。図3、図4及び図5に、HGFトランスジェニックマウス系統の特性を示す。RNaseプロテクションアッセイにより、外在性HGFは、試験した12の組織のうち、脳と脊髄に限定して発現していることが示された(図3の矢印)。HGFトランスジェニックマウスの組織中、血漿中の内在性および全HGFレベルは、それぞれ野生型同腹子のレベルと異ならなかった(図3及び図4)。一方、HGFタンパク質のレベルは、出生後の脊髄神経の主要な分化が終了した後においてのみ、脊髄においてマウスの成長に伴って増加した(図5)。
【0058】
HGFトランスジェニックマウスは外見上からは遺伝子型決定を行わないと、野生型トランスジェニックマウスと見分けることができなかった。すなわち、サイズ、体重、形態、あるいは多くの運動ニューロンおよび星状細胞を含んでいる運動神経系での振る舞いや変化、調べたいかなる発達段階での筋肉の重さの違いは見出されなかった。このことは、発達に影響することなしに、神経系特異的にHGFの導入が成功していることを示している(図6〜図10および 図19、図20参照)。
【0059】
実施例3
ALSに対するHGFの効果の検討(1)
ALSでのHGFの役割を検討するために、HGFトランスジェニックマウスのヘテロザイゴート(+/-)をG93Aマウスのヘテロザイゴート(+/-)と交配し、これによってALSのニューロンへ直接的にHGFを導入したトランスジェニックマウスを作製した。なお前記交配により、4つの異なったマウスの群、すなわち野生型(W)、HGFのみに対するトランスジェニック(HGF)、G93Aのみに対するトランスジェニック(G93A)、およびG93AおよびHGF両方に対する二重トランスジェニック(G93A/HGF)が生成される。
【0060】
まず、HGFの発現が運動ニューロンに対する神経保護効果を発揮するかどうかを、組織学的解析により検討した。結果を図6及び図7に示す。クリスタルバイオレットによって染色された末期の腰髄の前角のパラフィン切片(14μm)は、G93Aマウス(G93A)の運動ニューロンの数が明らかに減少しており、残っている運動ニューロンも萎縮した形態を示していた(図6)。一方、二重トランスジェニック同腹子(G93A/HGF)は、G93Aマウスのそれよりも明らかに多くの健康的な形態を持つ脊髄運動ニューロンを保持した(図6)。野生型およびHGF単独トランスジェニックマウスは、同様の数の健康な運動ニューロンを示した(図6)。
【0061】
次に、各マウスそれぞれの群毎6匹の独立した動物を用いて、腰髄の運動ニューロン数を定量的に比較した。その結果、G93Aマウスは6ヶ月齢で腰髄の運動ニューロンを欠失し始め、そして8ヶ月齢で、野生型あるいはHGF単独トランスジェニック同腹子の運動ニューロンと比較して、G93Aマウスの運動ニューロンは40%しか残っていなかった(図7)。対照的に二重トランスジェニック同腹子は、G93Aトランスジェニックマウスと比較して、運動ニューロンの数が明らかに改善されることが示された(図7)。
【0062】
HGFの運動ニューロンに対する生存促進活性が、ニワトリ胚において腰部レベルと頸部レベル間で異なることが示されているので、次に、HGFの導入が頸部レベルで運動ニューロンの死を減ずることができるかどうかも試験した。その結果、G93Aマウスにおいて、頸部運動ニューロンの55%が8ヶ月齢で残っていた。腰部のレベルでのものよりもより少ない数の頸部レベルでの運動ニューロンの死は、本モデルマウスの特徴である。二重トランスジェニックマウスでは頸部レベルにおいてもあきらかにより多い数(87.8±2.4%)の運動ニューロンが残っており、このことはHGFが腰部および頸部運動ニューロン両方に効果的であることを示している。
【0063】
次に、各マウスそれぞれの群毎に少なくとも3匹の独立したマウスを用いて、軸索変性に対するHGFの効果を組織学的解析により検討した。前根の大口径軸索の変性が8ヶ月齢のG93Aマウスで見られ(図9)、一方、二重トランスジェニック同腹子では前根の軸索変性は穏やかであり、前根のほとんどが悪化していない形態を示した。また後根は、G93Aマウスでは中程度の変性を示したのに対し、二重トランスジェニック同腹子での形態は視覚的に正常であった(図9)。これらはHGFが前根および後根の両方の変性を効果的に防ぐことを示している。さらに、末期の二重トランスジェニックマウスでは、前根が悪い場合でも、後根の同様な健康な形態を示した。したがって、HGFは運動ニューロンのみに対してではなく、ALS関連神経毒性に関するDRG感覚神経に対しても神経保護効果を発揮することが示された。さらに、HGFの神経保護効果はまた、腓腹筋重量の減少の遅延効果からも示された(図8)。
【0064】
実施例4
ALSに対するHGFの効果の検討(2)
HGFの導入により、麻痺の開始、寿命およびALSの運動能力を改善することができるかどうかを、先の4種のマウスを用いて試験した。麻痺の開始は、ヘテロザイゴート(+/-)G93Aマウスで平均年齢243.8±4.7日(平均±標準偏差、中央値=242±14日)で観察され、一方、二重トランスジェニックマウス(G93A/HGF)では、この開始は明らかに遅く、年齢271.9±5.6日(中央値282.5±9.5日、p=0.004)から起こった(図11)。また死亡の開始としては、G93Aマウスの平均生存日数は259.5±5.0日(中央値=259±11日)であった。一方二重トランスジェニックマウスでは286.8±6.5日まで引き延ばされ、平均寿命で27.3日の延命が示された(中央値=294±14.5日、p=0.003、図12)。
【0065】
さらに後肢伸張反射、ローターロッド上での保持時間、歩幅の測定によって運動能力を試験した。HGF単独トランスジェニックマウスは運動機能において野生型同腹子と明らかな違いは示さなかった。一方G93Aマウスは5ヶ月齢から後肢伸張度の、6ヶ月齢からローターロッド能力の、そして7ヶ月齢から歩幅の進行性の減少を示した。一方、二重トランスジェニックマウスでは試験したすべての機能的なパラメータにおいて、G93Aよりも非常にゆっくりとした減少を示した(図13〜図15)。
【0066】
図10は、ALS進行の間の4つの群での脊髄のHGFタンパク質レベルを示したものである。HGFレベルはHGFトランスジェニックマウスおよびG93A/HGF同腹子で2ヶ月と6ヶ月で約2倍高く、このことは少量のHGFの追加が6ヶ月時の運動機能を十分に改善し、1ヶ月の寿命を引き延ばすことを示している。しかし8ヶ月時のG93A/HGF二重トランスジェニックでのHGFの十分でない産出、すなわちHGF、G93AおよびG93A/HGFでのHGFのレベルは末期で同一であることは、その後のALSの不完全な改善を反映する可能性があり、より高いレベルでのHGFの発現が望まれる。以上のように、HGF遺伝子のALSニューロンでの発現により、ALSでの寿命および運動機能を明らかに改善することが示された。
【0067】
実施例5
ALSに対するHGFの作用メカニズムの検討(1)
二重トランスジェニックマウスにおける運動ニューロン死の減少、運動および感覚軸索の変性の減少、および運動機能のゆっくりとした減少に対する可能性のあるメカニズムを検討するため、すなわち、導入されたHGFがALSの最初の事象を変化させるのか、後期の事象を変化させるのか、又は特定の事象に影響することなく疾病進行の速さを改善させるのかを検討するために、まず疾病のもっとも早期の兆候の1つを試験した。変異SOD1の凝集が動物モデルでもっとも早期の事象であると報告されており、またSOD1の凝集が家族性ALS患者で観察されている。
【0068】
脊髄抽出液中の変異SOD1の総量を、ヒトSOD1抗体に対して特異的な、したがって内在性のマウスSOD1ではなく変異ヒトSOD1のみを認識する抗体を用いて、イムノブロッティングによって調べた。それぞれの群毎3匹の独立した動物を試験した。G93Aと二重トランスジェニックマウス両方において変異SOD1を2ヶ月齢から検出した。そして変異SOD1の総量は、同様の時間経過で、G93Aと二重トランスジェニックマウス両方で増加した。G93Aマウスでの変異SOD1の総量はHGF同腹子のそれとは異ならなかった(図17)。
【0069】
次に、SOD1の凝集について検討した。脊髄での変異SOD1の凝集が、G93Aマウスにおいて4ヶ月齢程度の初期段階で優先的に前角にて検出され、また凝集の量は動物が末期となった8ヶ月齢で明らかに増加した(図16)。二重トランスジェニックマウスでの変異SOD1の凝集は4ヶ月齢でG93A同腹子での凝集に匹敵し(図16)、特異的免疫応答性は野生型あるいはHGF単独トランスジェニック同腹子では検出されなかった。二重トランスジェニックマウスでの変異SOD1の凝集は8ヶ月で明らかに増加し(図16)、量はG93A同腹子と比較してわずかに少ないように見え、しかしながら違いはとても小さかった。これらの結果は、HGFはこのモデルでの神経毒性の起源と疾病の最初の事象を改善しないことを示した。
【0070】
カスパーゼ-1がALSの進行に重要な役割を果たしていると考えられている(Nature,388,31(1997)、J.Exp.Med.,185,933-940(1997))。従ってHGFがカスパーゼ−1の誘導を改善できるかどうかを、抗−カスパーゼ−1抗体、および成熟ニューロンを染色する抗−チューブリンIII抗体を用いた二重ラベル免疫組織化学法により調べた。カスパーゼ−1−免疫応答性(カスパーゼ−1−IR)は、試験したいかなる時間においても野生型とHGF同腹子両方で検出限界以下であった。G93Aマウスでは、カスパーゼ−1−IRは6ヶ月時に大チューブリンIII免疫染色細胞で特異的に誘導され、また共局在した。このことは運動ニューロンでのカスパーゼ−1の誘導を示している。G93Aでのカスパーゼ−1のレベルは8ヶ月時に減少し、かすかなカスパーゼ−1−IRのみが検出された。二重トランスジェニックマウスでは、6ヶ月齢で、大チューブリンIII免疫応答性細胞において、G93Aマウスと比較して非常に弱いカスパーゼ−1−IRを示し、このことはHGFがALSの中期において運動ニューロンでのカスパーゼ−1の誘導のレベルを減少させることを示している。
【0071】
Aktのリン酸化が大脳皮質ニューロンと腎臓上皮細胞でのHGFの生存促進活性に関与することが示され、そしてHGFは劇症肝炎モデルの肝臓でBcl-xL発現を誘導し、多量のアポトーシスを阻止することが示されている(Biochem.Biophys.Res.Commun.,244,683-690(1998)、Hepatology,30,151-159(1999))。そこでアポトーシスを減少させるHGFのメカニズムをさらに解明するために、Aktのリン酸化およびBcl-2ファミリー遺伝子の調節を調べた。
【0072】
ウエスタンブロットにおいて、Aktそれ自身の量はいかなる同腹子においても変化せず、対照的にAktは、8ヶ月時のG93A/HGFマウスの脊髄で特異的に、明らかにリン酸化されていることが示された(図18)。HGFマウスの脊髄でのかなり低いレベルのAktリン酸化は、二重トランスジェニックマウスのレベルよりも低いHGFマウスでのc-Metのレベルを反映している可能性がある(図21)。これらの結果は、HGFが部分的にAktの活性化を通して生存促進活性を示すことを示している。
【0073】
Bcl-xLおよびBcl-2タンパク質は8ヶ月齢での脊髄では誘導されなかった(図18)。以上の実験により、HGFは、運動ニューロンでのカスパーゼ−1誘導を防止することで、また脊髄でのAktのリン酸化によって、ALSの進行を減少させることが示された。
【0074】
実施例6
ALSに対するHGFの作用メカニズムの検討(2)
グルタミン酸仲介興奮毒性が、グルタミン酸クリアランスの減少によってALSの運動ニューロン変性に関与することが指摘されている。この仮説と一致して、散発性ALSの患者の脊髄および運動皮質で、グルタミン酸輸送活性が明らかに減少し(N.Engl.J.Med.,326,1464-1468(1992))、星状細胞に局在し、グルタミン酸作動性神経毒性を抑制するための主要な輸送体であると考えられているグリア細胞特異的グルタミン酸輸送体(EAAT2/GLT-1)に対する免疫応答が選択的に消滅したこと(Ann.Neurol.,38,73-84(1995))が報告されている。また、ALSモデルであるG85R型トランスジェニックマウスでのEAAT2の減少や(Neuron,18,327-338(1997)、ALSでのSOD1変異(A4VおよびI113T)に関連したグリア細胞グルタミン酸輸送体の不活性化(Nat.Neurosci.,2,427-433(1999))も報告されている。このように、グルタミン酸作動性興奮毒性はALSの運動ニューロン変性において役割を果たしていると考えられているため、HGFの前記EAAT2への関与を検討した。
【0075】
まず、c-Met-IRが反応性星状細胞に局在するかどうか、HGFが星状細胞の病原性(pathogenesis)及び反応性星状細胞のグルタミン酸輸送体のレベルを変化させるかどうかを調べた。抗GFAPおよび抗c-Met抗体を用いた脊髄の二重染色により、c-Met-IRは、残っている大ニューロンとGFAP陽性反応性星状細胞に局在することを明らかにした。免疫組織化学的な結果と矛盾することなしに、G93Aマウスおよび二重トランスジェニックマウスでのc-Metのレベルが特に8ヶ月時に増加し(図21、下パネル)、運動ニューロンだけでなく星状細胞も8ヶ月時(末期)のALSで、HGFに対する標的でありうることが示唆された。
【0076】
野生型あるいはHGF単独トランスジェニックマウスにおいて、星状細胞は主に白質で中心管近くに局在し、しかしわずかに前角に局在していた(図19)。G93Aマウスにおける反応性星状細胞は、運動ニューロン死がまだG93Aマウスで認められない時である6ヶ月齢時に、前角において進行的に増加した(図19)。対照的に、二重トランスジェニック同腹子では、前角における反応性星状細胞の数は著しく少なかった(図19)。GFAP-IRの反応性強度の定量により、6および8ヶ月齢のG93Aマウスのそれと比較して、それぞれ前角での免疫応答活性量が約40%および60%少ないことが示された(図20)。次に2、6及び8ヶ月時の各マウス脊髄のEAAT2、GFAPおよびc-Metの免疫ブロッティングを行った結果、G93AマウスおよびG93A/HGFマウス両方での6ヶ月時からのGFAPの誘導と、8ヶ月のG93Aマウスでの特異的なEAAT2のダウンレギュレーション、そして8ヶ月のG93AおよびG93A/HGFマウスでの特異的なc-Metのアップレギュレーションが示された。またG93A/HGFマウスにおいてはEAAT2の総レベルが8ヶ月時において保たれていた。
【0077】
8ヶ月齢でのG93AマウスでのEAAT2のレベルは、野生型あるいはHGF単独トランスジェニック同腹子のそれと比較して、40%明らかに減少していた(図22)。対照的に、二重トランスジェニックマウスは野生型あるいはHGF単独トランスジェニックマウス同腹子と比較して、腰髄でより高いレベルのEAAT2(140%)を示した(図22)。個々の星状細胞でのEAAT2のレベルを評価するために、EAAT2のレベルをGFAPのレベルで割った。EAAT2の11%のみがG93Aマウスで残っており、一方63%のEAAT2が二重トランスジェニックマウスで残っていた(図22)。星状細胞増加は6ヶ月で始まるにもかかわらず、星状細胞でのEAAT2の減少およびc-Metの誘導は末期にのみパラレルに起こることは、価値のある記録である。
【0078】
次に、初代培養星状細胞に対するHGFの作用を検討した結果、HGF処理によりG93Aマウスおよび野生型同腹子両方からの初代培養星状細胞でのEAAT2レベルが増加することが明らかとなった(図23及び図24)。このことは星状細胞でのEAAT2の減少の防止は、直接的に星状細胞でのHGFの活性によることを示している。以上のように、二重トランスジェニックマウスが末期でさらに機能的な星状細胞を保持する一方、G93Aマウスがグルタミン酸クリアランスの観点において、非機能的星状細胞を過剰産出することが示された。
【0079】
実施例7
HGF投与又はHGF遺伝子導入によるALSの進行抑制効果
ALSのモデルマウスであるG93Aマウスにおいて、ALSの症状が認められ始めた6ヶ月齢時より、HGFタンパク製剤を適当な投与回数、脊髄内などの適当な部位へ連日投与する。その際、HGFタンパクを含まない製剤を投与した群を対照群として用いる。さらに投与量、投与回数などを評価する場合、適宜投与量、投与回数を変えた群を用いる。その後、HGF投与群と対照群のそれぞれにおいて、実施例3及び4に記載されたようなALSの進行抑制効果等を検討する。HGF投与群においてALS進行抑制効果が認められることにより、HGFがALSの治療剤となることが確認される。さらに、HGFの代わりにHGF遺伝子を用いて同様の実験を行うことにより、HGF遺伝子がALSの治療剤となることが確認される。
【0080】
製剤例1
生理食塩水100ml中にHGF1mg、マンニトール1g及びポリソルベート80 10mgを含む溶液を無菌的に調製し、1mlずつバイアルに分注した後、凍結乾燥して密封することにより凍結乾燥製剤を得た。
【0081】
製剤例2
0.02Mリン酸緩衝液(0.15M NaCl及び0.01%ポリソルベート80含有、pH7.4)100ml中にHGF1mg及びヒト血清アルブミン100mgを含む水溶液を無菌的に調製し、1mlずつバイアルに分注した後、凍結乾燥して密封することにより凍結乾燥製剤を得た。
【産業上の利用可能性】
【0082】
HGF及び/又はHGF遺伝子は、従来にない効果的なALS治療剤である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、筋萎縮性側索硬化症(以下、ALS)治療剤に関する。より詳細には、HGF(Hepatocyte Growth Factor、肝細胞増殖因子)及び/又はHGF遺伝子を有効成分とするALS治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、運動ニューロンの進行性喪失および運動神経の軸索変性によって特徴づけられる深刻な神経変性疾患であり、結果として運動機能障害および寿命の短縮を導く。ALS患者の約15%は家族性のALS(FALS)であり、FALSの約15%から25%がCu2+/Zn2+スーパーオキシドジスムターゼ(SOD1)をコードしている遺伝子内に変異を有している。高レベルで変異SOD1タンパク質及びその活性を有するトランスジェニックマウスは、家族性および散発性ALS両方と同様の疾病の進行を示すため、ALSに対するモデルとして、この変異SOD1過剰発現トランスジェニックマウスが使用されている。そして、本発明においても、変異SOD1(G93A)過剰発現トランスジェニックマウスであるG93Aマウス(Science,264,1772-1775(1994))を使用した。
【0003】
運動ニューロンの変性は疾病の最初の事象と考えられているので、多くの試みが、運動ニューロンの生存を直接的に助けることに焦点を置いてきた。しかしながら、これらの試みはいずれも満足のいくものではなかった。一方、Brujinらは、星状細胞中に顕著なSOD1を含んでいる封入体が臨床兆候の前に現れ、疾病進行の間に目に見えて多量に増加することを報告し、変異SOD1(G85R)過剰発現トランスジェニックマウスにおいて変異-SOD1を介する損傷に対する第1の標的として、星状細胞を指し示している(Neuron,18,327-338(1997))。したがって、星状細胞の機能を回復させ、しかも運動ニューロンの細胞死を直接的に防ぐことができる二重機能性(bifunctional)物質は、ALSの処置により最適であると考えられる。しかしながら、そのような物質は未だ報告されていない。
【0004】
肝細胞増殖因子(HGF)は、最初に成熟肝細胞に対する強力なマイトージェンとして同定され、1989年にその遺伝子クローニングがなされた(Biochem.Biophys.Res.Commun.,122,1450-1459(1984)、Nature,342,440-443(1989))。HGFは肝細胞増殖因子として発見されたが、ノックアウト/ノックインマウスの手法を含む発現および機能的解析における近年の多数の研究により、HGFは新規な神経栄養因子であることが明らかにされた(Ciba. Found. Symp.,212,198-211(1997)、Nat.Neurosci.,2,213-217(1999))。HGFは海馬、大脳皮質、ドーパミン作動性中脳、小脳顆粒、感覚、運動ニューロン、交感神経神経芽細胞に対して神経栄養因子活性を示す(Ciba. Found. Symp.,212,198-211(1997)、Brain Res.Mol.Brain Res.,32,197-210(1995))。とりわけHGFは、in vitroでグリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF)に匹敵する、運動ニューロンに対する最も強力な生存促進因子の一つとして知られている(Neuron,17,1157-1172(1996))。発生段階の胎児脊髄運動ニューロン、および舌下神経の軸索切断後の成熟運動ニューロンに対するHGFの神経栄養因子活性が、in vivoで示されている(J.Neurosci.,20,326-337(2000)、Eur.J.Neurosci.,11,4139-4144(1999))。しかしながら、HGFのALSへの関与や、HGFの発現が実際にALSに対して効果を示したといった報告は一切なされておらず、従ってHGFがALSの治療剤となり得るか否かは何ら明らかにされていない状況にあった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、ALSに対する新規な治療剤に関する。より詳細には、HGF及び/又はHGF遺伝子を有効成分とするALS治療剤に関する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、まずALSのモデルマウスであるG93Aトランスジェニックマウスを用いて、HGFのALSへの関与を検討した。その結果、c-Met/HGFレセプター様免疫応答性(c-Met-IR)が、野生型同腹子の運動ニューロンと同様にG93Aトランスジェニックマウスの運動ニューロンにも局在していることを見出した。さらに、G93AトランスジェニックマウスにおけるALSの進展に伴い、脊髄前角(運動ニューロンが局在)におけるc-metおよびHGF mRNAの発現レベルがマウスの成長に伴って増加することを見出した。これらの結果により、ALSの運動ニューロンにおいてHGFが何らかの役割を果たしていることが示唆された。
【0007】
次に本発明者らは、ニューロン特異的エノラーゼプロモーター(NSE)を用いてニューロン特異的にラットHGFを発現するトランスジェニックマウスを作製し、当該マウスを用いて、実際にHGFがALSに対して効果を示すかどうかを検討した。その結果、HGFにより運動ニューロン死が減ぜられること、また運動ニューロンの軸索変性が抑制されることを初めて見出した。またHGFは、運動ニューロンのみならずALS関連神経毒性に関するDRG感覚神経に対しても、神経保護効果を発揮することをも見出した。さらにHGFは、神経保護効果を通して、ALSにおける筋肉喪失を遅延させる効果を有することを明らかにした。
さらに本発明者らは、HGFにより実際にALSの進行を抑制(遅延)できるか否かを前記トランスジェニックマウスを用いて検討した。その結果、極めて少量(野生型マウス及びG93Aマウスの約2倍)のHGFの発現により、驚くべきことに麻痺の開始が遅延され、寿命が延び、また運動能力が改善されることが明らかとなった。以上の知見により、HGFの発現がALSに対して治療効果を有することが、初めて明らかとなった。
【0008】
次に本発明者らは、HGFによるALS進行抑制のメカニズムを検討した結果、少なくとも以下の3つの新たなメカニズムにより、HGFはALS改善効果をもたらすことが示された。
【0009】
(1)運動ニューロンにおけるカスパーゼ−1の誘導抑制作用ALSの中期において、カスパーゼ−1が、変異SOD1を過剰発現しているトランスジェニックマウスの運動ニューロンで活性化されそして/または誘導されることが示されており(Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.,95,15763-15768(1998)、Science,288,335-339(2000))、またカスパーゼ−1に対するドミナントネガティブインヒビターのG93Aマウスへの導入が、約2週間死亡率をうまく遅延させたこと(Nature,388,31(1997)、J.Exp.Med.,185,933-940(1997))から、カスパーゼ−1がこの疾病の進行に重要な役割を果たしていると考えられている。そこで本発明者らはHGFがカスパーゼ-1の誘導を変化させるかどうかを検討した結果、HGFはALS運動ニューロンにおけるカスパーゼ-1の誘導を抑制する効果を有することが明らかとなった。
【0010】
(2)脊髄でのAktのリン酸化作用Aktのリン酸化が大脳皮質ニューロンと腎臓上皮細胞でのHGFの生存促進活性に関与することが示されており、またHGFは劇症肝炎モデルの肝臓でBcl-xL発現を誘導し、多量のアポトーシスを阻止することが示されている(Biochem.Biophys.Res.Commun.,244,683-690(1998)、Hepatology,30,151-159(1999))。そこで本発明者らはHGF発現によりAktのリン酸化が起こるか否かを調べた結果、ALSの脊髄において特異的に、Aktのリン酸化が認められた。
【0011】
(3)反応性星状細胞におけるグリア細胞特異的グルタミン酸輸送体(EAAT2/GLT1)のダウンレギュレーションの抑制グルタミン酸仲介興奮毒性が、グルタミン酸クリアランスの減少によってALSの運動ニューロン変性に関与することが指摘されている。この仮説と一致して、散発性ALSの患者の脊髄および運動皮質で、グルタミン酸輸送活性が明らかに減少し(N.Engl.J.Med.,326,1464-1468(1992))、星状細胞に局在し、グルタミン酸作動性神経毒性を抑制するための主要な輸送体であると考えられているグリア細胞特異的グルタミン酸輸送体(EAAT2/GLT-1)に対する免疫応答が選択的に消滅したこと(Ann.Neurol.,38,73-84(1995))が報告されている。また、ALSモデルであるG85R型トランスジェニックマウスでのEAAT2の減少や(Neuron,18,327-338(1997))、ALSでのSOD1変異(A4VおよびI113T)に関連したグリア細胞グルタミン酸輸送体の不活性化(Nat.Neurosci.,2,427-433(1999))も報告されている。以上のように、グルタミン酸作動性興奮毒性はALSの運動ニューロン変性において役割を果たしていると考えられているため、本発明者らはHGFの前記EAAT2への関与を検討した。その結果、HGFはALSにおけるEAAT2のダウンレギュレーションを抑制し、ALS末期においても機能的な星状細胞を保持する機能を有することが明らかとなった。
【0012】
このようにHGFは、少なくとも3つのメカニズム、すなわち、運動ニューロンにおけるカスパーゼ-1の誘導を防ぐことによって、またAktのリン酸化によって、そして反応性星状細胞におけるグリア細胞特異的グルタミン酸輸送体(EAAT2/GLT1)のダウンレギュレーションを防ぐことによって、ALSを改善することが示された。
【0013】
以上のようにHGFは、運動ニューロンに対する直接的神経栄養因子活性と、星状細胞においてグルタミン酸輸送体のレベルを保つことによる運動ニューロンに対するグルタミン酸細胞毒性の間接的な改善作用の2つの作用を通して、ALSの運動機能と寿命を改善する効果を有する。このような、二重機能性(bifunctional)の増殖因子は従来は知られておらず、HGFが最初の例である。HGFのこれらの機能は、ALSおよび関連した運動ニューロン疾患において、HGF(遺伝子又はタンパク質)が治療的に使用できることを示している。本発明は、以上のような知見に基づき完成するに至ったものである。
【0014】
すなわち本発明は、(1) HGF及び/又はHGF遺伝子を有効成分として含有する、ALS治療剤、(2) HGF及び/又はHGF遺伝子を有効成分として含有する、ALSの進行抑制剤、(3) HGF及び/又はHGF遺伝子を有効成分として含有する、運動ニューロンにおけるカスパーゼ−1の誘導抑制剤、(4) HGF及び/又はHGF遺伝子を有効成分として含有する、脊髄におけるAktのリン酸化促進剤、ならびに(5) HGF及び/又はHGF遺伝子を有効成分として含有する、星状細胞におけるグリア細胞特異的グルタミン酸輸送体(EAAT2/GLT−1)の減少抑制剤、に関する。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、HGF及び/又はHGF遺伝子を有効成分とするALSの治療剤(進行抑制剤)が提供される。HGFは、運動ニューロンに対する直接的神経栄養因子活性と、星状細胞においてグルタミン酸輸送体のレベルを保つことによる運動ニューロンに対するグルタミン酸細胞毒性の間接的な改善作用の2つの作用を通して、ALSの運動機能と寿命を改善する効果を有する。このような、二重機能性(bifunctional)の増殖因子は従来は知られておらず、従って、HGF及び/又はHGF遺伝子は従来にない効果的な治療剤として有効に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、G93Aトランスジェニックマウス(図中G93A)および野生型同腹子(図中wildtype)の運動ニューロンにおけるc-Metの発現(c-Met-IR)を、免疫組織学的解析により調べた結果を示す顕微鏡写真である。図中、2moは2ヶ月齢を、また8moは8ヶ月齢を示す。
【図2】図2は、G98Aマウスの疾病の進行における、脊髄でのHGFおよびc-met RNAの定量をコンペティティブRT-PCRにより行い、同齢の野生型マウスのそれと比較した結果を示すグラフである。横軸は月齢を、縦軸はc-met RNA量(左グラフ)あるいはHGF RNA量(右グラフ)を示す。図中、矢頭はc-metあるいはHGFのバンドを、また棒はコンペティターのバンドを示す。
【図3】図3は、ニューロン特異的エノラーゼプロモーターを用いて作製したHGFトランスジェニックマウスの各組織における外来性HGFの発現を、RNaseプロテクションアッセイにより解析した結果を示す、電気泳動写真である。図中、矢印は外来性HGFに相当するバンドを、また棒は内在性HGFに相当するバンドを示す。また図中、Brは脳を、Luは肺を、Htは心臓を、Liは肝臓を、Kdは腎臓を、Spは脾臓を、Stは胃を、Scは脊髄を、Tsは精巣を、Msは筋肉を、Inは腸を、Skは皮膚を指す。
【図4】図4は、2ヶ月齢の野生型およびHGFトランスジェニックマウス同腹子(n=6)での血漿HGFのレベルを示すグラフである。酵素結合免疫測定法(ELISA)で解析した。
【図5】図5は、出生後発達段階での野生型およびHGFトランスジェニックマウス同腹子での全脊髄におけるHGF含量を、ELISAによって解析した結果を示すグラフである。図中、P2は出生後2日目を、P14は出生後14日目を、また1moは1ヶ月齢を、6moは6ヶ月齢を示す。
【図6】図6は、腰髄前角の運動ニューロンの数及び形態を、組織学的に解析した結果を示す顕微鏡写真である。図中、wildtypeは野生型マウス、HGFはHGF単独トランスジェニックマウス、G93AはG93Aトランスジェニックマウス(ALS末期)、G93A/HGFは二重トランスジェニックマウス(ALS末期)の結果を示す。
【図7】図7は、各トランスジェニックマウスにおける腰髄の運動ニューロン数を、定量的に比較した結果を示すグラフである。図中、○は野生型を、●はHGF単独トランスジェニックマウスを、△はG93Aトランスジェニックマウスを、また▲は二重トランスジェニックマウスを示す。
【図8】図8は、各トランスジェニックマウスにおける腓腹筋の湿重量を示すグラフである。図中、○は野生型を、●はHGF単独トランスジェニックマウスを、△はG93Aトランスジェニックマウスを、また▲は二重トランスジェニックマウスを示す。
【図9】図9は、8ヶ月齢の各トランスジェニックマウスの前根(V、上パネル)と後根(D、下パネル)の切片(1μm)の形態を示す顕微鏡写真である。
【図10】図10は、各トランスジェニックマウスでの、2、6および8ヶ月齢の脊髄のHGFレベルをELISAにより解析した結果を示すグラフである。
【図11】図11は、G93Aトランスジェニックマウス(図中△、n=15)およびG93A/HGF二重トランスジェニックマウス(図中▲、n=16)における麻痺の開始を比較した結果を示すグラフである。
【図12】図12は、G93Aトランスジェニックマウス(図中△、n=15)およびG93A/HGF二重トランスジェニックマウス(図中▲、n=16)における死亡の開始を比較した結果を示すグラフである。
【図13】図13は、野生型(図中○、n=14)、HGF単独トランスジェニックマウス(図中●、n=15)、G93Aトランスジェニックマウス(図中△、n=15)、および二重トランスジェニックマウス(図中▲、n=16)の後肢伸長反射を測定した結果を示すグラフである。
【図14】図14は、野生型(図中○、n=14)、HGF単独トランスジェニックマウス(図中●、n=15)、G93Aトランスジェニックマウス(図中△、n=15)、および二重トランスジェニックマウス(図中▲、n=16)のローターロッド上での保持時間を測定した結果を示すグラフである。
【図15】図15は、野生型(図中○、n=14)、HGF単独トランスジェニックマウス(図中●、n=15)、G93Aトランスジェニックマウス(図中△、n=15)、および二重トランスジェニックマウス(図中▲、n=16)の歩幅を測定した結果を示すグラフである。
【図16】図16は、疾病進行中のG93A及びG93A/HGF同腹子の腰髄における変異SOD1の凝集を、免疫染色により解析した結果を示す顕微鏡写真である。図中4moは4ヶ月齢を、また8moは8ヶ月齢を示す。
【図17】図17は、野生型(W)、HGF単独(H)、G93A(G)、および二重トランスジェニック(G/H)の各マウスの腰髄での変異SOD1の量を、イムノブロッティングによって解析した結果を示す電気泳動写真である。図中、2moは2ヶ月齢を、6moは6ヶ月齢を、8moは8ヶ月齢を示す。
【図18】図18は、野生型(W)、HGF単独(H)、G93A(G)、および二重トランスジェニック(G/H)の各マウスの8ヶ月齢の腰髄における、リン酸化Akt(p-Akt)、Akt、Bcl-xL、及びBcl-2の免疫染色の結果を示す電気泳動写真である。
【図19】図19は、4種のマウスの8ヶ月齢の腰髄前角を、GFAPにより免疫組織化学解析した結果を示す顕微鏡写真である。
【図20】図20は、図19のGFAPによる免疫組織化学解析を定量的に示したグラフである。図中、○は野生型、●はHGF単独トランスジェニック、△はG93Aトランスジェニック、▲は二重トランスジェニックを示す(それぞれの群ごとにn=3)。
【図21】図21は、4種のマウスの2、6および8ヶ月時の脊髄のEAAT2、GFAPおよびc-Metの免疫ブロッティングの結果を示す電気泳動写真である。図中Wは野生型、HはHGF単独トランスジェニック、GはG93Aトランスジェニック、G/Hは二重トランスジェニックを示す。
【図22】図22は、標準化後のEAAT2の相対的レベル(標準化のためにEAAT2レベルをGFAPレベルで割る)を示したグラフである(それぞれの群毎にn=4マウス)。
【図23】図23は、HGF処理後の初代培養星状細胞におけるEAAT2およびc-Metの免疫ブロッティングを示す電気泳動写真である。
【図24】図24は、図23の免疫ブロッティングの結果を定量的に示したグラフである(それぞれの群でn=2)。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明において使用されるHGFは公知物質であり、その塩基配列及びアミノ酸配列は、Nature,342,440(1989)、特許第2777678号公報、Biochem.Biophys.Res.Commun.,163,967(1989)、Biochem.Biophys.Res.Commun.,172,321(1990)などに記載されている。当該HGFは、医薬として使用できる程度に精製されたものであれば、種々の方法で調製されたものを用いることができる。また既に市販されている製品(例えば、東洋紡Code No.HGF-101等)を使用することもできる。
【0018】
HGFの製造法としては、例えば、HGFを産生する初代培養細胞や株化細胞を培養し、培養上清等から分離、精製して該HGFを得ることができる。また、遺伝子工学的手法によりHGFをコードする遺伝子を適切なベクターに組み込み、これを適当な宿主に挿入して形質転換し、この形質転換体の培養上清から目的とする組換えHGFを得ることができる(例えば Nature,342,440(1989)、特開平5-111383号公報、Biochem.Biophys.Res.Commun.,163,967(1989)など参照)。上記の宿主細胞は特に限定されず、従来から遺伝子工学的手法で用いられている各種の宿主細胞、例えば大腸菌、酵母又は動物細胞などを用いることができる。ここで動物細胞としては、CHO細胞やCOS細胞、又はマウスC127細胞などが挙げられる(いずれもATCC等から入手可能)。このようにして得られたHGFは、天然型HGFと実質的に同じ作用を有する限り、天然型HGFに類似の構造を有するものであっても良い。すなわち、1)前記HGFのcDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされるタンパク質や、2)前記HGFのアミノ酸配列に対して1若しくは複数(好ましくは数個)のアミノ酸が置換、欠失及び/又は付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質、などのうち、HGFとしての作用を有するタンパク質であれば、本発明のHGFの範疇に含まれる。ここで前記1)及び2)のタンパク質をコードするDNAは、例えば部位特異的突然変異誘発法、PCR法、又は通常のハイブリダイゼーション法などにより容易に得ることができ、具体的にはMolecular Cloning 2nd Edt.,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)等の基本書を参考にして行うことができる。
【0019】
本発明は、HGFがALSの治療剤、具体的にはALSの進行抑制剤となることを初めて明らかにしたものである。HGFは、運動ニューロンに対する直接的神経栄養因子活性と、星状細胞においてグルタミン酸輸送体のレベルを保つことによる運動ニューロンに対するグルタミン酸細胞毒性の間接的な改善作用の2つの作用を通して、ALSの運動機能と寿命を改善する効果を有する。このような、二重機能性(bifunctional)の増殖因子は従来は知られておらず、HGFが最初の例である。HGFはこれら2つの作用を発揮することにより、ALSおよび関連した運動ニューロン疾患の進行を遅延・抑制することができる。
【0020】
HGFのALSに対する作用機序としては、HGFは、少なくとも以下の3つの作用を発揮することによって、ALS改善効果を示すと考えられる。
(1)運動ニューロンにおけるカスパーゼ−1の誘導抑制作用(2)脊髄でのAktのリン酸化作用(3)反応性星状細胞におけるグリア細胞特異的グルタミン酸輸送体(EAAT2/GLT1)のダウンレギュレーションの抑制作用
【0021】
このような作用を有する内因性増殖因子は今まで知られておらず、HGFが、前記作用を有することを示した最初の増殖因子である。HGFは、これらの作用を発揮することにより、ALSおよび関連した運動ニューロン疾患の進行を遅延・抑制することができる。ここでALSに関連した運動ニューロン疾患としては、進行性棘筋(spinal muscular)萎縮、進行性球麻痺、原発性側索硬化、小児性及び若年性筋萎縮、フォジオ-ロンデ症候群、シャルコー・マリー・ツース病などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0022】
本発明の治療剤は種々の製剤形態(例えば液剤、固形剤など)をとりうるが、一般的には有効成分であるHGFのみ又はそれと慣用の担体と共に注射剤とされる。当該注射剤は常法により調製することができ、例えば、HGFを適切な溶剤(例えば、滅菌水、緩衝液、生理食塩水等)に溶解した後、フィルター等でろ過滅菌し、次いで無菌的な容器に充填することにより調製することができる。注射剤中のHGFの含量としては、通常0.0002〜0.2(W/V%)程度、好ましくは0.001〜0.1(W/V%)程度に調整される。
【0023】
製剤化に際して、好ましくは安定化剤が添加され、安定化剤としては、例えばアルブミン、グロブリン、ゼラチン、マンニトール、グルコース、デキストラン、エチレングリコールなどが挙げられる。さらに、本発明の製剤は製剤化に必要な添加物、例えば、賦形剤、溶解補助剤、酸化防止剤、無痛化剤、等張化剤等を含んでいても良い。液状製剤とした場合は凍結保存、又は凍結乾燥等により水分を除去して保存するのが望ましい。凍結乾燥製剤は、用時に注射用蒸留水などを加え、再溶解して使用される。
【0024】
本発明の製剤は、該製剤の形態に応じた適当な投与経路により投与される。投与経路としては、HGFが作用を発揮し、ALSの進行を抑制し得るような投与経路であれば、いかなる投与経路であっても良い。一般的には、皮下投与、皮内投与、静脈内投与、動脈内投与、筋肉内投与、局所注入、脳室内投与、脊髄内投与などが挙げられる。さらに、体内に埋め込まれた装置を介した投与経路も挙げられ、具体的には、オスモチックポンプなどを用いて患部に連続的に徐々に投与する手法や、徐放性製剤(例えばミニペレット製剤)を患部近くに埋め込む手法などが挙げられる。このうち脊髄内投与は、脊髄内の運動ニューロンに本発明の製剤を直接到達させることが出来るため、好ましい投与経路である。
【0025】
投与量としては、患者の症状、年齢、体重などにより適宜調節されるが、通常HGFとして0.001mg〜1000mg、好ましくは0.01mg〜100mgであり、これを1日1回〜数回に分けて投与するのが適当である。
【0026】
また、以下の実施例に記載されたように、極めて少量のHGFの発現により、ALSが改善されることが示された。すなわち、野生型マウス及びG93Aトランスジェニックマウスの脊髄でのHGF発現量の約2倍のHGF発現レベルにより、ALSの症状が認めはじめられる時期である6ヶ月時の運動機能を十分に改善し、またマウスにおいて1ヶ月の寿命を引き延ばしたことが示された。従って、本発明のHGF製剤は、ALS患者に対して、少なくとも脊髄中でのHGF発現レベルが、HGF投与前の2倍以上となるような量で、投与されることが好ましい。本発明においては、このような、脊髄におけるHGFの発現レベルが、HGF投与前の2倍以上となるような量を投与することからなる、ALSの治療剤をも提供するものである。
【0027】
さらに近年、HGF遺伝子を用いた遺伝子治療に関する報告がなされており(Circulation,96,No3459(1997)、Nature Medicine,5,226-230(1999)、Circulation,100,No.1672(1999)、Gene Therapy,7,417-427(2000)などを参照)、また技術的にも確立された技術となっている。本発明においては、前述のようなHGFタンパクの投与のみならず、HGF遺伝子を導入することからなるALSの遺伝子治療剤をも包含するものである。以下、HGFの遺伝子治療につき記述する。
【0028】
本発明において使用される「HGF遺伝子」とは、HGF(HGFタンパク)を発現可能な遺伝子を指す。具体的には、Nature,342,440(1989)、特許第2777678号公報、Biochem.Biophys.Res.Commun.,163,967(1989)、Biochem.Biophys.Res.Commun.,172,321(1990)などに記載のHGFのcDNAを後述の如き適当な発現ベクター(非ウイルスベクター、ウイルスベクター)に組み込んだものが挙げられる。ここでHGFをコードするcDNAの塩基配列は、前記文献に記載されている他、Genbank 等のデータベースにも登録されている。従ってこれらの配列情報に基づき適当なDNA部分をPCRのプライマーとして用い、例えば肝臓や白血球由来のmRNAに対してRT-PCR反応を行うことなどにより、HGFのcDNAをクローニングすることができる。これらのクローニングは、例えばMolecular Cloning 2nd Edt., Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)等の基本書に従い、当業者ならば容易に行うことができる。
【0029】
さらに、本発明のHGF遺伝子は前述のものに限定されず、発現されるタンパク質がHGFと実質的に同じ作用を有する遺伝子である限り、本発明のHGF遺伝子として使用できる。すなわち、1)前記cDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAや、2)前記cDNAによりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1若しくは複数(好ましくは数個)のアミノ酸が置換、欠失及び/又は付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、などのうち、HGFとしての作用を有するタンパクをコードするものであれば、本発明のHGF遺伝子の範疇に含まれる。ここで前記1)及び2)のDNAは、例えば部位特異的突然変異誘発法、PCR法、又は通常のハイブリダイゼーション法などにより容易に得ることができ、具体的には前記Molecular Cloning等の基本書を参考にして行うことができる。
【0030】
本発明のHGF遺伝子は、前述のHGFタンパクと同様の疾患に適用することができる。また、HGF遺伝子とHGFタンパクは独立して使用することもできれば、両者を併用して用いることも可能である。
【0031】
次に、本発明の遺伝子治療において用いられる遺伝子導入方法、導入形態および導入量等について記述する。
【0032】
前記遺伝子を有効成分とする遺伝子治療剤を患者に投与する場合、その投与形態としては非ウイルスベクターを用いた場合と、ウイルスベクターを用いた場合の二つに大別され、実験手引書などにその調製法、投与法が詳しく解説されている(別冊実験医学,遺伝子治療の基礎技術,羊土社,1996、別冊実験医学,遺伝子導入&発現解析実験法,羊土社,1997、日本遺伝子治療学会編遺伝子治療開発研究ハンドブック、エヌ・ティー・エス,1999)。以下、具体的に説明する。
【0033】
A.非ウイルスベクターを用いる場合
慣用の遺伝子発現ベクターに目的とする遺伝子が組み込まれた組換え発現ベクターを用いて、以下のような手法により目的遺伝子を細胞や組織に導入することができる。細胞への遺伝子導入法としては、リポフェクション法、リン酸−カルシウム共沈法、DEAE−デキストラン法、微小ガラス管を用いたDNAの直接注入法などが挙げられる。また、組織への遺伝子導入法としては、内包型リポソーム(internal type liposome)による遺伝子導入法、静電気型リポソーム(electrostatic type liposome)による遺伝子導入法、HVJ−リポソーム法、改良型HVJ−リポソーム法(HVJ-AVEリポソーム法)、レセプター介在性遺伝子導入法、パーティクル銃で担体(金属粒子)とともにDNA分子を細胞に移入する方法、naked−DNAの直接導入法、正電荷ポリマーによる導入法等のいずれかの方法に供することにより、組換え発現ベクターを細胞内に取り込ませることが可能である。
【0034】
このうちHVJ−リポソームは、脂質二重膜で作られたリポソーム中にDNAを封入し、さらにこのリポソームと不活化したセンダイウイルス(Hemagglutinating virus of Japan : HVJ)とを融合させたものである。当該HVJ−リポソーム法は従来のリポソーム法と比較して、細胞膜との融合活性が非常に高いことを特徴とするものであり、好ましい導入形態である。HVJ−リポソームの調製法については文献(実験医学別冊,遺伝子治療の基礎技術,羊土社,1996、遺伝子導入&発現解析実験法,羊土社,1997、J.Clin.Invest.93,1458-1464(1994)、Am.J.Physiol.271,R1212-1220(1996))などに詳しく述べられているため、それらを参照されたい。なおHVJとしてはZ株(ATCCより入手可能)が好ましいが、基本的には他のHVJ株(例えば ATCC VR-907や ATCC VR-105など)も用いることができる。さらに、naked−DNAの直接導入法は、上記手法のうち最も簡便な手法であり、この観点から好ましい導入法である。
【0035】
ここで用いられる発現ベクターとしては、生体内で目的遺伝子を発現させることのできるベクターであれば如何なる発現ベクターであっても良いが、例えばpCAGGS(Gene 108,193-200(1991))や、pBK−CMV、pcDNA3.1、pZeoSV(インビトロゲン社、ストラタジーン社)などの発現ベクターが挙げられる。
【0036】
B.ウイルスベクターを用いる場合
ウイルスベクターとしては、組換えアデノウイルス、レトロウイルス等のウイルスベクターを用いた方法が代表的なものである。より具体的には、例えば、無毒化したレトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンビスウイルス、センダイウイルス、SV40、免疫不全症ウイルス(HIV)等のDNAウイルスまたはRNAウイルスに目的とする遺伝子を導入し、細胞に組換えウイルスを感染させることによって、細胞内に遺伝子を導入することが可能である。前記ウイルスベクターのうち、アデノウイルスの感染効率が他のウイルスベクターを用いた場合よりもはるかに高いことが知られており、この観点からは、アデノウイルスベクター系を用いることが好ましい。
【0037】
本発明の遺伝子治療剤の患者への導入法としては、遺伝子治療剤を直接体内に導入するin vivo法、及び、ヒトからある種の細胞を取り出して体外で遺伝子治療剤を該細胞に導入し、その細胞を体内に戻すex vivo法がある(日経サイエンス、1994年4月号、20−45頁、月刊薬事、36(1),23−48(1994)、実験医学増刊、12(15)、(1994)、日本遺伝子治療学会編 遺伝子治療開発研究ハンドブック、エヌ・ティー・エス、1999)。本発明では、in vivo法が好ましい。
【0038】
患者への投与部位としては、生体内で発現したHGFが作用を発揮し、ALSの進行を抑制し得るような投与経路であれば、いかなる投与経路であっても良い。一般的には、皮下投与、皮内投与、静脈内投与、動脈内投与、筋肉内投与、局所注入、脳室内投与、脊髄内投与などが挙げられる。さらに、体内に埋め込まれた装置を介した投与経路も挙げられ、具体的には、オスモチックポンプなどを用いて患部に連続的に徐々に投与する手法や、徐放性製剤(例えばミニペレット製剤)を患部近くに埋め込む手法などが挙げられる。このうち脊髄内投与は、脊髄内の運動ニューロンに本発明の製剤を直接到達させることが出来るため、好ましい投与経路である。
【0039】
製剤形態としては、上記の各投与形態に合った種々の製剤形態(例えば液剤など)をとり得る。例えば有効成分である遺伝子を含有する注射剤とされた場合、当該注射剤は常法により調製することができ、例えば適切な溶剤(PBS等の緩衝液、生理食塩水、滅菌水等)に溶解した後、必要に応じてフィルター等で濾過滅菌し、次いで無菌的な容器に充填することにより調製することができる。当該注射剤には必要に応じて慣用の担体等を加えても良い。また、HVJ−リポソーム等のリポソームにおいては、懸濁剤、凍結剤、遠心分離濃縮凍結剤などのリポソーム製剤の形態とすることができる。
【0040】
製剤中のDNAの含量は、治療目的の疾患、患者の年齢、体重等により適宜調節することができるが、通常、本発明のDNAとして0.0001−100mg、好ましくは0.001−10mgであり、これを数日ないし数ヶ月に1回投与するのが好ましい。さらに、前述のHGFタンパクの場合と同様に、本発明においては、脊髄におけるHGFの発現レベルが、HGF遺伝子投与前の2倍以上となるような量を投与することからなる、ALSの治療剤をも提供するものである。
【実施例】
【0041】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によりなんら限定されるものではない。
【0042】
材料及び方法
(1)トランスジェニックマウストランスジェニックG93Aマウス((SOD1-G93A)1Gurdl)をJackson Laboratoryから購入した(Science, 264, 1772-1775(1994))。維持のために、オスG93AマウスをメスC57B6マウスと交配し、PCRおよびドット−ブロットハイブリダイゼーションによって遺伝子型を決定した。
【0043】
KT3エピトープでタグ化した全長ラットHGF cDNA(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A 87, 3200-3204(1990))をPCRによって増幅し、pNSE-Exベクター(Doherty博士により提供)内のニューロン特異的エノラーゼプロモーター(Neuron, 18, 231-241(1997))の下流に挿入した。サブクローニングのために、リンカーの付加によってNot IサイトをpNSE-Exベクターに導入した。その後、プラスミドの全塩基配列を確認した。HGF-KT3は、MDCK細胞の遊走アッセイおよび海馬ニューロン初代培養のin vitro生存アッセイにおいて、ヒト組換え体HGFと同様の活性を示した。すでに記述した手法(J.Cell.Biol.,128,185-199(1995)、Proc.Natl.Acad.Sci.,U.S.A.,95,5269-5274(1998))にわずかな改良を加えてトランスジェニックマウスを作製し、トランスジーンの組み込みについて解析した。簡単に記すと、トランスジェニックカセットをSal I制限酵素処理によってベクターから切り取り、DNAを、遺伝的背景がG93Aトランスジェニックマウスと一致しているC57B6の胚に注入した。トランスジーンの組み込みを、トランスジーン中のSV40 ポリ(A)配列を用いたPCRおよびドット−ブロットにより確認した。外来HGFの発現は、HGF-KT3 cDNAの3’末端およびSV40ポリ(A)シグナル配列の5’領域をカバーするプローブを用いて、RNaseプロテクションアッセイによって調べた。
【0044】
NSE-HGFトランスジェニックマウスの子孫をG93Aトランスジェニックマウスと交配した。1つの親からの子を表現型が表れるまで同じケージで飼育した。表現型の最初の兆候の後、動物を分離しておいた。エサと水は摂取しやすくするため、ケージの底部に置いた。動物がその体を30秒以内で立てられない時、この時間を死亡時間として使用した。
【0045】
(2)前角でのHGFおよびc−met RNAの定量脊髄の前角に対する定量的なコンペティティブRT−PCR を、すでに報告された手法(Brain Res.Brain Res.Protoc.,5,190-197(2000))に従って行った。
【0046】
(3)RNaseプロテクションアッセイRNaseプロテクションアッセイを、すでに記載したように(J.Cell.Biol.,123,455-465(1993)、Science,268,1495-1499(1995))、RPAIIリボヌクレアーゼプロテクションアッセイキット(Ambion,Austin,TX)を用いて行った。HGF mRNAに特異的なアンチセンスcRNAプローブを調製するために、HGF-KT-3-polyAのHGF3'末端からpolyA配列の部分を含む326bp断片を、pGEM-Tベクター内に挿入した。プラスミドを直線化し、α-[32P]CTPの存在下で転写し、調製されたcRNAプローブをハイブリダイゼーションのために使用した。外来性HGF RNAは326bpのプロテクトバンドを与え、内在性HGF RNAはKT-3およびポリ(A)配列を欠いているのでより短いプロテクトバンド(251bp)を与える。
【0047】
(4)行動試験行動試験を6家系からのそれぞれの表現型の15動物で行った。マウスをそのしっぽで空中に吊したときに後肢の伸張が通常観察される。運動ニューロン疾病のマウスは、後肢の退縮を共通して示す。スコアは伸張後肢の数に対応する。ローターロッド試験のために、マウスを20rpmで回転しているロッドにおいた。ロッドに残ったそれぞれのマウスの持続時間を測定した。動物がロッド上に4分間残ることができた場合、試験を4分で終了し、4分として記録した。足跡を、その後足を黒色インクに浸した後、マウスを直線経路上で歩かせることで収集した。歩幅を通常歩行を示している領域内で測定した。
【0048】
(5)組織学的解析運動ニューロンを計数するために、脊髄を連続した濃度のエタノールによって固定し、パラフィン内に包埋した後、L5からL4まで連続的に切断した(14μm)。前角における(L4-L5内の)運動ニューロンの数を7切片毎に計20切片について計測した。前角の定義した領域で明らかな核小体がクリスタルバイオレットによって濃く染色されたニューロンを計数した。
【0049】
c-Met特異的抗体(Santa Cruz, 1:100)、HGF特異的抗体(Tokushu Meneki, 1:1000)、ヒトSOD特異的抗体(Sigma,1:200)、GFAP特異的抗体(Sigma, 1:1000)、およびカスパーゼ−1特異的抗体(Santa Cruz, 1:500)を、5%ヤギ血清およびマウスIgGブロッキング剤で1時間(M.O.M キット、Vector science)ブロッキングした後、室温で1時間−4時間、あるいは4℃で一晩切片に添加した。洗浄後、ビオチン化あるいは蛍光標識化2次抗体を添加し、15分間インキュベートした。蛍光免疫染色のために、切片をここでHoechst33342で対比染色後、蛍光顕微鏡下で観察した。CCDカメラ(Hamamatsu)で蛍光画像を取り込み、デジタル化し、蛍光レベルをAdobe PhotoShopを用いて測定した。ビオチン化2次抗体によって認識されるシグナルを視覚化するために、ABC溶液を10分間添加し、DAB溶液内で現像した。それぞれの染色の特異性を、すでに報告された手法(Sun et al.,1999)により試験した。
【0050】
L5ルートを解離し、4%パラホルムアルデヒド/0.25%グルタルアルデヒドにて一晩固定し、四酸化オスミウムによる氷上2時間の後固定し、ルートを脱水させ、Epon812に包埋した。包埋したルートを切断し(1μm)、トルイジンブルーで染色した。試料の形態を光学顕微鏡下で調べた。
【0051】
(6)細胞培養初代星状細胞を、すでに記述した手法(Brain Res.Mol.Brain Res.,41,259-268(1996))にわずかな改良を加えて培養した。生後2日のG93Aマウスあるいは野生型同腹子の大脳皮質を解剖し、小さな断片にした。組織ブロックを37℃水浴内に振とうしながら12分間、0.25%トリプシンおよび100μg/ml DNase Iとインキュベートすることで分解した。組織をピペットで吸引することで粉砕し、分離した細胞を、示された細胞数でポリ−L−オルニチンコートディッシュ上に、10%胎児ウシ血清を含むDF(高グルコースDMEM/HamF12, 50:50)培地(GibCO BRL)中にプレートした。プレートした7日後細胞がコンフレントになる時、細胞をPBSで2回洗浄し、示された濃度の組換えHGFで処理した。星状細胞の純度は7日間培養後には通常95%以上であり、形態学あるいはNSE/GFAP二重染色で調べた。
【0052】
(7)ウエスタンブロッティング腰髄抽出液をRIPA緩衝液内で調製した。50μgの可溶化物を10%SDS−ポリアクリルアミドゲル(SDS−PAGE)上で電気泳動し、PVDF膜に移した。膜をPBS内で一晩、5%ノンファットスキムミルクとともに4℃でインキュベートし、抗−EAAT2抗体(1:2,000, Chemicon)を2時間添加した。洗浄後、膜をHRP標識化抗モルモットIgG抗体(1:3,000, Chemicon)とともにインキュベートし、ECL化学蛍光反応を行った(Amersham, Buckinghamshire, UK)。膜から抗体をはずし、抗GFAP(1:3000, Sigma)、抗ヒトSOD(1:500, Sigma)、抗c-Met(1:400, Santa Curz)抗体で再プローブ化した。50μgの可溶化物を12%SDS−PAGEに供し、上述したように、リン酸化Akt(Cell Signaling Tech.)、Akt(Cell Signaling Tech.)、Bcl-xL/S(Santa Cruz)およびBcl-2(Santa Cruz)抗体を添加した。バンド強度をFluorchemイメージ解析装置(IS-8000)によって測定した。
【0053】
(8)HGF濃度の検出組織あるいは血漿中のHGFを抗ラットHGFポリクローナル抗体(Tokushu Meneki, Tokyo, Japan)を用いて酵素結合免疫測定法(ELISA)の方法で測定した。ラットHGF ELISA系は同様の親和性で、ラットとマウスHGFを特異的に検出する。
【0054】
(9)統計学的解析統計学的比較をステューデントt−検定で行った。生存試験のために、統計学的有意差(p<0.05)はログ順位検定によって評価した。
【0055】
実施例1
G93AトランスジェニックマウスにおけるHGF及びc-Metの発現と調節
G93Aトランスジェニックマウスの運動ニューロンにおいてc-Met/HGFレセプター様免疫反応性(c-Met-IR)が示されるか否かを、免疫組織学的解析により調べた。その結果、野生型同腹子の運動ニューロンと同様に、2ヶ月齢のG93Aマウスの運動ニューロンにおいてc-Met-IRが局在していることを発見した(図1)。またG93Aマウスが末期に達した8ヶ月の時点で、c-Met-IRが前角の多くの細胞で観察され、一方同齢の野生型同腹子は2ヶ月齢と同程度のc-Met-IRを示した(図1)。
【0056】
次に、G93Aトランスジェニックマウスの疾病の進行における脊髄前角内でのHGFおよびc-met mRNAの定量を、前述のコンペティティブRT-PCRにより行い、同齢の野生型マウスのそれと比較した。その結果、運動ニューロンが局在している脊髄の前角内におけるc-metおよびHGF mRNAの発現レベルは、G93AトランスジェニックマウスでのALSの進展の間に進行的に増加することが明らかになった(図2)。以上の結果により、HGFのALS運動ニューロンでの役割が示唆された。c-Met-IRは、末期において、残っている運動ニューロンのみでなく、周辺の星状様細胞内でも発現され、このような運動ニューロン以外の細胞でのHGFの役割も示唆された。これらの結果により、HGFが疾病の進展を遅らせる内因性因子の一つである可能性がもたらされた。
【0057】
実施例2
ニューロン特異的にHGFを過剰発現するトランスジェニックマウスの作製及び特性化
HGFのALSでの効果を検討するために、ニューロン特異的エノラーゼプロモーター(NSE)を用いて、ニューロン特異的にラットHGFを発現するトランスジェニックマウスを作製した。8つの独立したHGFトランスジェニックマウス系統の中から、神経系に特異的にしかし比較的低レベルで外来性HGFを特異的に発現している1つの系統を選択した。図3、図4及び図5に、HGFトランスジェニックマウス系統の特性を示す。RNaseプロテクションアッセイにより、外在性HGFは、試験した12の組織のうち、脳と脊髄に限定して発現していることが示された(図3の矢印)。HGFトランスジェニックマウスの組織中、血漿中の内在性および全HGFレベルは、それぞれ野生型同腹子のレベルと異ならなかった(図3及び図4)。一方、HGFタンパク質のレベルは、出生後の脊髄神経の主要な分化が終了した後においてのみ、脊髄においてマウスの成長に伴って増加した(図5)。
【0058】
HGFトランスジェニックマウスは外見上からは遺伝子型決定を行わないと、野生型トランスジェニックマウスと見分けることができなかった。すなわち、サイズ、体重、形態、あるいは多くの運動ニューロンおよび星状細胞を含んでいる運動神経系での振る舞いや変化、調べたいかなる発達段階での筋肉の重さの違いは見出されなかった。このことは、発達に影響することなしに、神経系特異的にHGFの導入が成功していることを示している(図6〜図10および 図19、図20参照)。
【0059】
実施例3
ALSに対するHGFの効果の検討(1)
ALSでのHGFの役割を検討するために、HGFトランスジェニックマウスのヘテロザイゴート(+/-)をG93Aマウスのヘテロザイゴート(+/-)と交配し、これによってALSのニューロンへ直接的にHGFを導入したトランスジェニックマウスを作製した。なお前記交配により、4つの異なったマウスの群、すなわち野生型(W)、HGFのみに対するトランスジェニック(HGF)、G93Aのみに対するトランスジェニック(G93A)、およびG93AおよびHGF両方に対する二重トランスジェニック(G93A/HGF)が生成される。
【0060】
まず、HGFの発現が運動ニューロンに対する神経保護効果を発揮するかどうかを、組織学的解析により検討した。結果を図6及び図7に示す。クリスタルバイオレットによって染色された末期の腰髄の前角のパラフィン切片(14μm)は、G93Aマウス(G93A)の運動ニューロンの数が明らかに減少しており、残っている運動ニューロンも萎縮した形態を示していた(図6)。一方、二重トランスジェニック同腹子(G93A/HGF)は、G93Aマウスのそれよりも明らかに多くの健康的な形態を持つ脊髄運動ニューロンを保持した(図6)。野生型およびHGF単独トランスジェニックマウスは、同様の数の健康な運動ニューロンを示した(図6)。
【0061】
次に、各マウスそれぞれの群毎6匹の独立した動物を用いて、腰髄の運動ニューロン数を定量的に比較した。その結果、G93Aマウスは6ヶ月齢で腰髄の運動ニューロンを欠失し始め、そして8ヶ月齢で、野生型あるいはHGF単独トランスジェニック同腹子の運動ニューロンと比較して、G93Aマウスの運動ニューロンは40%しか残っていなかった(図7)。対照的に二重トランスジェニック同腹子は、G93Aトランスジェニックマウスと比較して、運動ニューロンの数が明らかに改善されることが示された(図7)。
【0062】
HGFの運動ニューロンに対する生存促進活性が、ニワトリ胚において腰部レベルと頸部レベル間で異なることが示されているので、次に、HGFの導入が頸部レベルで運動ニューロンの死を減ずることができるかどうかも試験した。その結果、G93Aマウスにおいて、頸部運動ニューロンの55%が8ヶ月齢で残っていた。腰部のレベルでのものよりもより少ない数の頸部レベルでの運動ニューロンの死は、本モデルマウスの特徴である。二重トランスジェニックマウスでは頸部レベルにおいてもあきらかにより多い数(87.8±2.4%)の運動ニューロンが残っており、このことはHGFが腰部および頸部運動ニューロン両方に効果的であることを示している。
【0063】
次に、各マウスそれぞれの群毎に少なくとも3匹の独立したマウスを用いて、軸索変性に対するHGFの効果を組織学的解析により検討した。前根の大口径軸索の変性が8ヶ月齢のG93Aマウスで見られ(図9)、一方、二重トランスジェニック同腹子では前根の軸索変性は穏やかであり、前根のほとんどが悪化していない形態を示した。また後根は、G93Aマウスでは中程度の変性を示したのに対し、二重トランスジェニック同腹子での形態は視覚的に正常であった(図9)。これらはHGFが前根および後根の両方の変性を効果的に防ぐことを示している。さらに、末期の二重トランスジェニックマウスでは、前根が悪い場合でも、後根の同様な健康な形態を示した。したがって、HGFは運動ニューロンのみに対してではなく、ALS関連神経毒性に関するDRG感覚神経に対しても神経保護効果を発揮することが示された。さらに、HGFの神経保護効果はまた、腓腹筋重量の減少の遅延効果からも示された(図8)。
【0064】
実施例4
ALSに対するHGFの効果の検討(2)
HGFの導入により、麻痺の開始、寿命およびALSの運動能力を改善することができるかどうかを、先の4種のマウスを用いて試験した。麻痺の開始は、ヘテロザイゴート(+/-)G93Aマウスで平均年齢243.8±4.7日(平均±標準偏差、中央値=242±14日)で観察され、一方、二重トランスジェニックマウス(G93A/HGF)では、この開始は明らかに遅く、年齢271.9±5.6日(中央値282.5±9.5日、p=0.004)から起こった(図11)。また死亡の開始としては、G93Aマウスの平均生存日数は259.5±5.0日(中央値=259±11日)であった。一方二重トランスジェニックマウスでは286.8±6.5日まで引き延ばされ、平均寿命で27.3日の延命が示された(中央値=294±14.5日、p=0.003、図12)。
【0065】
さらに後肢伸張反射、ローターロッド上での保持時間、歩幅の測定によって運動能力を試験した。HGF単独トランスジェニックマウスは運動機能において野生型同腹子と明らかな違いは示さなかった。一方G93Aマウスは5ヶ月齢から後肢伸張度の、6ヶ月齢からローターロッド能力の、そして7ヶ月齢から歩幅の進行性の減少を示した。一方、二重トランスジェニックマウスでは試験したすべての機能的なパラメータにおいて、G93Aよりも非常にゆっくりとした減少を示した(図13〜図15)。
【0066】
図10は、ALS進行の間の4つの群での脊髄のHGFタンパク質レベルを示したものである。HGFレベルはHGFトランスジェニックマウスおよびG93A/HGF同腹子で2ヶ月と6ヶ月で約2倍高く、このことは少量のHGFの追加が6ヶ月時の運動機能を十分に改善し、1ヶ月の寿命を引き延ばすことを示している。しかし8ヶ月時のG93A/HGF二重トランスジェニックでのHGFの十分でない産出、すなわちHGF、G93AおよびG93A/HGFでのHGFのレベルは末期で同一であることは、その後のALSの不完全な改善を反映する可能性があり、より高いレベルでのHGFの発現が望まれる。以上のように、HGF遺伝子のALSニューロンでの発現により、ALSでの寿命および運動機能を明らかに改善することが示された。
【0067】
実施例5
ALSに対するHGFの作用メカニズムの検討(1)
二重トランスジェニックマウスにおける運動ニューロン死の減少、運動および感覚軸索の変性の減少、および運動機能のゆっくりとした減少に対する可能性のあるメカニズムを検討するため、すなわち、導入されたHGFがALSの最初の事象を変化させるのか、後期の事象を変化させるのか、又は特定の事象に影響することなく疾病進行の速さを改善させるのかを検討するために、まず疾病のもっとも早期の兆候の1つを試験した。変異SOD1の凝集が動物モデルでもっとも早期の事象であると報告されており、またSOD1の凝集が家族性ALS患者で観察されている。
【0068】
脊髄抽出液中の変異SOD1の総量を、ヒトSOD1抗体に対して特異的な、したがって内在性のマウスSOD1ではなく変異ヒトSOD1のみを認識する抗体を用いて、イムノブロッティングによって調べた。それぞれの群毎3匹の独立した動物を試験した。G93Aと二重トランスジェニックマウス両方において変異SOD1を2ヶ月齢から検出した。そして変異SOD1の総量は、同様の時間経過で、G93Aと二重トランスジェニックマウス両方で増加した。G93Aマウスでの変異SOD1の総量はHGF同腹子のそれとは異ならなかった(図17)。
【0069】
次に、SOD1の凝集について検討した。脊髄での変異SOD1の凝集が、G93Aマウスにおいて4ヶ月齢程度の初期段階で優先的に前角にて検出され、また凝集の量は動物が末期となった8ヶ月齢で明らかに増加した(図16)。二重トランスジェニックマウスでの変異SOD1の凝集は4ヶ月齢でG93A同腹子での凝集に匹敵し(図16)、特異的免疫応答性は野生型あるいはHGF単独トランスジェニック同腹子では検出されなかった。二重トランスジェニックマウスでの変異SOD1の凝集は8ヶ月で明らかに増加し(図16)、量はG93A同腹子と比較してわずかに少ないように見え、しかしながら違いはとても小さかった。これらの結果は、HGFはこのモデルでの神経毒性の起源と疾病の最初の事象を改善しないことを示した。
【0070】
カスパーゼ-1がALSの進行に重要な役割を果たしていると考えられている(Nature,388,31(1997)、J.Exp.Med.,185,933-940(1997))。従ってHGFがカスパーゼ−1の誘導を改善できるかどうかを、抗−カスパーゼ−1抗体、および成熟ニューロンを染色する抗−チューブリンIII抗体を用いた二重ラベル免疫組織化学法により調べた。カスパーゼ−1−免疫応答性(カスパーゼ−1−IR)は、試験したいかなる時間においても野生型とHGF同腹子両方で検出限界以下であった。G93Aマウスでは、カスパーゼ−1−IRは6ヶ月時に大チューブリンIII免疫染色細胞で特異的に誘導され、また共局在した。このことは運動ニューロンでのカスパーゼ−1の誘導を示している。G93Aでのカスパーゼ−1のレベルは8ヶ月時に減少し、かすかなカスパーゼ−1−IRのみが検出された。二重トランスジェニックマウスでは、6ヶ月齢で、大チューブリンIII免疫応答性細胞において、G93Aマウスと比較して非常に弱いカスパーゼ−1−IRを示し、このことはHGFがALSの中期において運動ニューロンでのカスパーゼ−1の誘導のレベルを減少させることを示している。
【0071】
Aktのリン酸化が大脳皮質ニューロンと腎臓上皮細胞でのHGFの生存促進活性に関与することが示され、そしてHGFは劇症肝炎モデルの肝臓でBcl-xL発現を誘導し、多量のアポトーシスを阻止することが示されている(Biochem.Biophys.Res.Commun.,244,683-690(1998)、Hepatology,30,151-159(1999))。そこでアポトーシスを減少させるHGFのメカニズムをさらに解明するために、Aktのリン酸化およびBcl-2ファミリー遺伝子の調節を調べた。
【0072】
ウエスタンブロットにおいて、Aktそれ自身の量はいかなる同腹子においても変化せず、対照的にAktは、8ヶ月時のG93A/HGFマウスの脊髄で特異的に、明らかにリン酸化されていることが示された(図18)。HGFマウスの脊髄でのかなり低いレベルのAktリン酸化は、二重トランスジェニックマウスのレベルよりも低いHGFマウスでのc-Metのレベルを反映している可能性がある(図21)。これらの結果は、HGFが部分的にAktの活性化を通して生存促進活性を示すことを示している。
【0073】
Bcl-xLおよびBcl-2タンパク質は8ヶ月齢での脊髄では誘導されなかった(図18)。以上の実験により、HGFは、運動ニューロンでのカスパーゼ−1誘導を防止することで、また脊髄でのAktのリン酸化によって、ALSの進行を減少させることが示された。
【0074】
実施例6
ALSに対するHGFの作用メカニズムの検討(2)
グルタミン酸仲介興奮毒性が、グルタミン酸クリアランスの減少によってALSの運動ニューロン変性に関与することが指摘されている。この仮説と一致して、散発性ALSの患者の脊髄および運動皮質で、グルタミン酸輸送活性が明らかに減少し(N.Engl.J.Med.,326,1464-1468(1992))、星状細胞に局在し、グルタミン酸作動性神経毒性を抑制するための主要な輸送体であると考えられているグリア細胞特異的グルタミン酸輸送体(EAAT2/GLT-1)に対する免疫応答が選択的に消滅したこと(Ann.Neurol.,38,73-84(1995))が報告されている。また、ALSモデルであるG85R型トランスジェニックマウスでのEAAT2の減少や(Neuron,18,327-338(1997)、ALSでのSOD1変異(A4VおよびI113T)に関連したグリア細胞グルタミン酸輸送体の不活性化(Nat.Neurosci.,2,427-433(1999))も報告されている。このように、グルタミン酸作動性興奮毒性はALSの運動ニューロン変性において役割を果たしていると考えられているため、HGFの前記EAAT2への関与を検討した。
【0075】
まず、c-Met-IRが反応性星状細胞に局在するかどうか、HGFが星状細胞の病原性(pathogenesis)及び反応性星状細胞のグルタミン酸輸送体のレベルを変化させるかどうかを調べた。抗GFAPおよび抗c-Met抗体を用いた脊髄の二重染色により、c-Met-IRは、残っている大ニューロンとGFAP陽性反応性星状細胞に局在することを明らかにした。免疫組織化学的な結果と矛盾することなしに、G93Aマウスおよび二重トランスジェニックマウスでのc-Metのレベルが特に8ヶ月時に増加し(図21、下パネル)、運動ニューロンだけでなく星状細胞も8ヶ月時(末期)のALSで、HGFに対する標的でありうることが示唆された。
【0076】
野生型あるいはHGF単独トランスジェニックマウスにおいて、星状細胞は主に白質で中心管近くに局在し、しかしわずかに前角に局在していた(図19)。G93Aマウスにおける反応性星状細胞は、運動ニューロン死がまだG93Aマウスで認められない時である6ヶ月齢時に、前角において進行的に増加した(図19)。対照的に、二重トランスジェニック同腹子では、前角における反応性星状細胞の数は著しく少なかった(図19)。GFAP-IRの反応性強度の定量により、6および8ヶ月齢のG93Aマウスのそれと比較して、それぞれ前角での免疫応答活性量が約40%および60%少ないことが示された(図20)。次に2、6及び8ヶ月時の各マウス脊髄のEAAT2、GFAPおよびc-Metの免疫ブロッティングを行った結果、G93AマウスおよびG93A/HGFマウス両方での6ヶ月時からのGFAPの誘導と、8ヶ月のG93Aマウスでの特異的なEAAT2のダウンレギュレーション、そして8ヶ月のG93AおよびG93A/HGFマウスでの特異的なc-Metのアップレギュレーションが示された。またG93A/HGFマウスにおいてはEAAT2の総レベルが8ヶ月時において保たれていた。
【0077】
8ヶ月齢でのG93AマウスでのEAAT2のレベルは、野生型あるいはHGF単独トランスジェニック同腹子のそれと比較して、40%明らかに減少していた(図22)。対照的に、二重トランスジェニックマウスは野生型あるいはHGF単独トランスジェニックマウス同腹子と比較して、腰髄でより高いレベルのEAAT2(140%)を示した(図22)。個々の星状細胞でのEAAT2のレベルを評価するために、EAAT2のレベルをGFAPのレベルで割った。EAAT2の11%のみがG93Aマウスで残っており、一方63%のEAAT2が二重トランスジェニックマウスで残っていた(図22)。星状細胞増加は6ヶ月で始まるにもかかわらず、星状細胞でのEAAT2の減少およびc-Metの誘導は末期にのみパラレルに起こることは、価値のある記録である。
【0078】
次に、初代培養星状細胞に対するHGFの作用を検討した結果、HGF処理によりG93Aマウスおよび野生型同腹子両方からの初代培養星状細胞でのEAAT2レベルが増加することが明らかとなった(図23及び図24)。このことは星状細胞でのEAAT2の減少の防止は、直接的に星状細胞でのHGFの活性によることを示している。以上のように、二重トランスジェニックマウスが末期でさらに機能的な星状細胞を保持する一方、G93Aマウスがグルタミン酸クリアランスの観点において、非機能的星状細胞を過剰産出することが示された。
【0079】
実施例7
HGF投与又はHGF遺伝子導入によるALSの進行抑制効果
ALSのモデルマウスであるG93Aマウスにおいて、ALSの症状が認められ始めた6ヶ月齢時より、HGFタンパク製剤を適当な投与回数、脊髄内などの適当な部位へ連日投与する。その際、HGFタンパクを含まない製剤を投与した群を対照群として用いる。さらに投与量、投与回数などを評価する場合、適宜投与量、投与回数を変えた群を用いる。その後、HGF投与群と対照群のそれぞれにおいて、実施例3及び4に記載されたようなALSの進行抑制効果等を検討する。HGF投与群においてALS進行抑制効果が認められることにより、HGFがALSの治療剤となることが確認される。さらに、HGFの代わりにHGF遺伝子を用いて同様の実験を行うことにより、HGF遺伝子がALSの治療剤となることが確認される。
【0080】
製剤例1
生理食塩水100ml中にHGF1mg、マンニトール1g及びポリソルベート80 10mgを含む溶液を無菌的に調製し、1mlずつバイアルに分注した後、凍結乾燥して密封することにより凍結乾燥製剤を得た。
【0081】
製剤例2
0.02Mリン酸緩衝液(0.15M NaCl及び0.01%ポリソルベート80含有、pH7.4)100ml中にHGF1mg及びヒト血清アルブミン100mgを含む水溶液を無菌的に調製し、1mlずつバイアルに分注した後、凍結乾燥して密封することにより凍結乾燥製剤を得た。
【産業上の利用可能性】
【0082】
HGF及び/又はHGF遺伝子は、従来にない効果的なALS治療剤である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
HGFを有効成分として含有し、脊髄又は脳室内に投与される、筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療剤。
【請求項2】
ALSが家族性のALS(FALS)である、請求項1記載のALS治療剤。
【請求項3】
HGFが1日0.01〜100mg投与される請求項1または2記載のALS治療剤。
【請求項4】
HGFを有効成分として含有し、脊髄又は脳室内に投与される、ALSの進行抑制剤。
【請求項5】
ALSがFALSである、請求項4記載のALSの進行抑制剤。
【請求項6】
HGFが1日0.01〜100mg投与される請求項4または5記載のALSの進行抑制剤。
【請求項7】
HGFを有効成分として含有し、脊髄内でのHGF発現レベルが投与前の2倍以上になる量のHGFが投与される、ALS治療剤。
【請求項8】
HGFが脊髄又は脳室内に投与される、請求項7に記載のALS治療剤。
【請求項9】
HGFを有効成分として含有し、脊髄内でのHGF発現レベルが投与前の2倍以上になる量のHGFが投与される、ALSの進行抑制剤。
【請求項10】
HGFが脊髄又は脳室内に投与される、請求項9に記載のALSの進行抑制剤。
【請求項11】
HGFを有効成分として含有する、ALSにおける筋重量減少抑制剤。
【請求項12】
HGFが脊髄又は脳室内に投与される、請求項11に記載のALSにおける筋重量減少抑制剤。
【請求項13】
HGFが1日0.01〜100mg投与される請求項11または12記載のALSの筋重量減少抑制剤。
【請求項1】
HGFを有効成分として含有し、脊髄又は脳室内に投与される、筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療剤。
【請求項2】
ALSが家族性のALS(FALS)である、請求項1記載のALS治療剤。
【請求項3】
HGFが1日0.01〜100mg投与される請求項1または2記載のALS治療剤。
【請求項4】
HGFを有効成分として含有し、脊髄又は脳室内に投与される、ALSの進行抑制剤。
【請求項5】
ALSがFALSである、請求項4記載のALSの進行抑制剤。
【請求項6】
HGFが1日0.01〜100mg投与される請求項4または5記載のALSの進行抑制剤。
【請求項7】
HGFを有効成分として含有し、脊髄内でのHGF発現レベルが投与前の2倍以上になる量のHGFが投与される、ALS治療剤。
【請求項8】
HGFが脊髄又は脳室内に投与される、請求項7に記載のALS治療剤。
【請求項9】
HGFを有効成分として含有し、脊髄内でのHGF発現レベルが投与前の2倍以上になる量のHGFが投与される、ALSの進行抑制剤。
【請求項10】
HGFが脊髄又は脳室内に投与される、請求項9に記載のALSの進行抑制剤。
【請求項11】
HGFを有効成分として含有する、ALSにおける筋重量減少抑制剤。
【請求項12】
HGFが脊髄又は脳室内に投与される、請求項11に記載のALSにおける筋重量減少抑制剤。
【請求項13】
HGFが1日0.01〜100mg投与される請求項11または12記載のALSの筋重量減少抑制剤。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【公開番号】特開2011−173916(P2011−173916A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−103191(P2011−103191)
【出願日】平成23年5月2日(2011.5.2)
【分割の表示】特願2000−280081(P2000−280081)の分割
【原出願日】平成12年9月14日(2000.9.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成12年7月31日 インターネットアドレス「http://sfn.scholarone.com」に発表
【出願人】(591115073)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年5月2日(2011.5.2)
【分割の表示】特願2000−280081(P2000−280081)の分割
【原出願日】平成12年9月14日(2000.9.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成12年7月31日 インターネットアドレス「http://sfn.scholarone.com」に発表
【出願人】(591115073)
【Fターム(参考)】
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